不朽のモウカ   作:tapi@shu

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第四十三話

 ピエトロ・モンテベルディはその整えられた黒髪と口元の髭を歪ませ、端整な造りの垂れ目に疲労を感じさせ、顔全体には苦渋の色を多分に表しながら、心の中で何度も『話が違う』と反芻していた。

 ピエトロの率いてる『モンテベルディのコーロ』と呼ばれる集団は、復讐を終えたフレイムヘイズによって主に構成されている。復讐を終え、やるべき事をなくした彼らは、基が気さくで、気のいい性格だったことから、彼らは気づけばまとまって後進の援助を買うようになっていた。

 彼らの援助の殆どの内容は、``紅世の徒``への復讐の手助けだ。

 しかし、そこには直接的な個々の介入などは無く。そこに行き着くまでの、つまりは復讐対象の``紅世の徒``と戦える環境を作ることが、この『モンテベルディのコーロ』の存在意義だった。

 その環境を整えることも、時代が変わり、在り方を変え、今では『クーベリック・オーケストラ』と協力体制を取りながらも、復讐への橋渡し的な役割を果たすようになっていた。

 此度のアメリカでの反乱でも、『モンテベルディのコーロ』のやることは変わらない。

 自分たちの支援を待つ、若輩のフレイムヘイズ達を補佐、指導をして導きながらも``紅世の徒``への復讐できるように手を差し伸べ、時には身を呈して守り、フレイムヘイズの減少を阻止する。幾多の強力な討ち手の庇護が無くなった今だってそれには変わりない。

 そう、こんな状況下であっても、こんな状況下だからこそ、彼らは自分たちの責務を果たさなくちゃいけない。

 

(人手が欲しかったさ。最初に名前を聞いた時は、まだこの地に残っていたのかと驚いたくらいだ)

 

 『不朽の逃げ手』の名は、この欧州の地では特に名高い。その名を一躍広めさせた出来事言えば、大戦での立役者とまで言わせるほどの働きが主な要因だろう。

 尤も、ピエトロも『不朽の逃げ手』の噂については、外界宿を取りまとめる一人として数多くの情報を持っていた。

 

(数十年単位で消えたりするのに、ひょっこり大きな事変と共に再び現れる。なんとも奇っ怪な人物じゃないか)

 

 大戦で衝撃的なデビューを果たし、暫く噂を聞かないと思ったら教授の企みを暴き現れ、再び消える。次に噂を聞いときには、当時では変わり種として復讐者たちに蔑まれていた、ドレル・クーベリックの計画の一端を担う。そして今度は、『封絶』とかいう革命的な自在法を引き連れて。

 ピエトロは噂を聞く限りでは、まるでこのフレイムヘイズの立つ場所こそが、世界の出来事の中心に居るようにしか思えなかった。

 この他にだって、戦闘は多分に行われている。

 『輝爍の撒き手』が爆発で``紅世の徒``をバラし。『弔詞の詠み手』が``紅世の徒``を食い荒らす。このようなことが世界各地行われ、強力な討ち手によって強力な``紅世の徒``を狩り狩られる日々。

 その一つ一つが小さくない争いではあったが、彼が巻き込まれた大事に比べれば小さなものになってしまう。

 

(というよりはむしろ)

(そういう星の下の生まれってことじゃないのかい?)

 

 ピエトロの持つ懐中時計から明るくも野太い女性の声が、ピエトロの内心の声に続けるように言った。

 

(それはどういうことかな? 僕のおふくろ)

 

 ピエトロに僕のおふくろと呼ばれた、彼に異能の力を与えし``紅世の王``である``珠漣の清韻``センティアはこれまた明るい声で、「そのまんまさ!」と答えた。

 ふむ、と少しだけ考える素振りをしたピエトロは、すぐにポンと手を叩き、その綺麗な顔に納得の表情を浮かべる。

 

(そうか! 彼は数奇な運を背負ってるんだね)

(果たしてそれが幸運なのか不運なのかは、本人のみぞ知るってことさ!)

 

 モウカがピエトロの居る外界宿に馳せ参じることが決定し、出会う前までは二人して『不朽の逃げ手』というフレイムヘイズきっての有名人の話に花を咲かせていた。

 その話の中には多分な期待が寄せられており、その期待はモウカに実際に初めて会ったチューリヒの外界宿の会合では、尊敬の念となって言葉の節々に現れていた。

 ピエトロが言葉を発する度に、何故か苦笑をするモウカと、反対に爆笑をするそのモウカの契約相手の``晴嵐の根``ウェパルが妙にピエトロの印象に残った。

 『不朽の逃げ手』が発する存在感は、猛者特有の威圧感や圧迫感こそはないものの、幾多の戦いをくぐり抜けていきた先達者の貫禄を醸し出してはいた。

 『不朽の逃げ手』を目で見て、肌で感じて、期待通りだとピエトロは内心で微笑んだ。

 これで欧州もなんとかなる、と。

 ピエトロは自分でそう思いながらも、この表現もまた大袈裟であることも理解していた。強力なフレイムヘイズとはいえ、たった一人で欧州の地が守りきれるはずはない。常識ではなく、道理。現実である。 ははは、と軽く笑いながらピエトロの指示を否定する討ち手本人に、

 

「モウカに護衛なんて無理無理! 柄じゃないというよりは、全くの実力不足だよね。だってさ。自分の身を守ることすら出来ずに、逃げるの選択肢しか選べない情けない男なんだから」

 

 自らの契約者を侮辱するようなことを笑いながら平然と言う``紅世の王``。一人にして二人組の口から出る言葉の一言にピエトロは胸中では、言葉の意味を確りと吟味して、理解している自分がいながらも戸惑いの反応しか返せないでいた。

 彼のフレイムヘイズは噂に違わぬ強力な討ち手ではなかったのか。彼が役に立つと若いあの爺さんは言っていたのに。そう思わざるしかない言葉に、彼は『話が違う』と心の中だけで反芻していたのだった。

 ウェパルとモウカのやりとりには、ピエトロにとって幾つか理解に苦しむところがあったが、それ以上に、いや待てと言いたくなる衝動にかられる。

 

「ウェルの言葉は兎も角、それなら俺よりもリーズ向けだな」

「私に仕事を押し付けるきよね」

「いや、僕はそこの麗しいお嬢さんにではなくてね」

 

 あまり好ましくない展開だと考えたピエトロは慌てて二人の会話に口を挟んだ。

 ``篭盾``フルカスの契約者『堅槍の放ち手』リーズ・コロナーロ。彼女の名をピエトロが初めて耳にしたのは、モウカとの初対面の時と同じであり、必然と彼女の力をピエトロは知らない。けれども、そこにいる『不朽の逃げ手』と比べれば劣ることは容易に想像できる。何よりも、今この時発している存在の力の物量が全然違っている。

 存在の力が全ての力を示すものではないが、最も簡単に測れる物差しではある。

 それに今の比較対象は、先の発言で非常に怪しい力の持ち主であるが、有能で有名な『不朽の逃げ手』だ。彼より優れている者は数少なく、劣っている者は圧倒的に多い。だから、リーズのほうがモウカより劣っていると考えるのは当然であった。

 

「今回の護衛は、新人フレイムヘイズの訓令と``紅世の徒``討滅の鍛錬なんだ。アメリカで暴動が起きて初めてで、どの程度``紅世の徒``が勢いづいているか分からない。そのためにも」

「こちらの持つ、最大戦力を投下したいってことさ!」

「``紅世の徒``の勢いを挫かせ、味方の士気を上げるためにもね」

 

 最悪、『不朽の逃げ手』が優れた力を持っていなかったとしても、その名前があるだけでも十分に効果はある。``紅世の徒``とフレイムヘイズに欧州には未だに『不朽の逃げ手』が健在であることを表明できれば、名前だけでも十分な効果が発揮できるであろう。

 

(ただ、戦ってその力を存分に発揮してもらえれば、それ以上の効果も期待できるのだけどね)

 

 普通のフレイムヘイズなら``紅世の徒``との戦闘を用意すれば、両手を上げて喜ぶだろう条件なのだが、ピエトロはここまでのモウカとのやり取りで、彼が従来のフレイムヘイズの在り方とかけ離れていることを理解していた。

 その在り方が顕著に現れていたのが、この外界宿での彼の生活だ。

 緊急時の為に、出歩くことをなるべく禁じて、自由を半ば強制的に部屋へと押し込んでいるのに、文句の一つ、我侭の一つもピエトロに言ってこない。

 唯我独尊、自己中心的の言葉を地で行くフレイムヘイズにとって自由を奪われたのにも関わらず、このような謙虚な生活態度は、今もこの世で大暴れしているフレイムヘイズとは一線を画している。あまりにも品行優秀であった。

 この頃から、少し違和感を感じていたが、先の会話でようやくその違和感が取り除けた。

 

(彼はあまり戦いを望んでいないのかな)

 

 ありがちの戦闘狂とは違う、平和に生きたいフレイムヘイズ。

 そういったものをピエトロは感じていた。

 『不朽の逃げ手』の力を目にしたことは一度もない。噂では誰もがすごいフレイムヘイズであると称え、中でも彼の紡ぐ自在法──荒らし屋の代名詞ともなっている『嵐の夜』は大戦での活躍もあって名高い。

 だというのに、実は大した力を持っていないと言われても、にわかには信じがたい事実であり。ピエトロも一人のフレイムヘイズとして、彼の戦いを実際に目にしたいものだと考えていた。

 モウカの実力を自分の目で確かめて、噂の真実とやらも見抜こう。

 そういった意図もあり、より一層に彼には今回の護衛の任について欲しいと思っていた。

 あえて、モウカが戦いを好まないことに気付きながらも。

 しかし、その期待は簡単に、

 

「だから何さ?」

「モウカに事情を説明してなんとかなるとは思わないほうがいいよ?」

 

 裏切られてしまう。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

 オンとオフを完全に使い分ける。

 自分の行くべき道を確りと見据えている。

 どんなことがあってもブレない。

 リーズ・コロナーロは新人フレイムヘイズの訓練している片隅で、モウカとピエトロの問答を思い返して、モウカに対する評価を改めて認識した。

 全く動じないモウカと初っ端からずっと笑っていたウェパルのコンビを、ピエトロはついには崩すことが出来なかった。

 リーズにとっては当然の結果。

 見えに見えていた、分かりきっていた結論。

 

(無駄なことなのにね)

 

 途中に何度か話を振られたとき以外はずっと聞いていたリーズは、常にそう思っていた。

 無駄。時間の浪費。無価値な会話。こんなのは最初から分かっていたではないか。モウカに何かをやらせたいなら、平和と安泰を保証する以外に有効な手段はない。

 

(でも、今度は私が来なくてはならない事情ができてしまった。成果を……結果を出さなくてはならないのよ)

 

 リーズだって、本当は来たいわけじゃなかった。

 モウカが自身の代わりに、とリーズを指名した時にはモウカを責める言葉を発したし。ピエトロがモウカを諦めた際に、リーズに目線が来た時にはすぐに拒否をした。

 

「嫌。その仕事が面倒そうなのも嫌な理由だけど、ここを離れるのが嫌」

 

 こことは外界宿ではなく、モウカの隣を指す言葉である。

 本当はこの言葉で押し切るつもりだった。この後に、誰に何と言われても『嫌』を貫き通して、絶対にここに居残る算段。例え、モウカに行けと命令されたとしてもだ。とはいっても、モウカの性格を熟知していると自負するリーズは、モウカがそんなことを言うとは思わない。命令調ではなく、嘆願くらいはしてきそうだとは思っても。

 リーズの読み通りにモウカはリーズに無理難題を押し付けることはなかったのだが、その代わりに聞きたくもない言葉を聞いてしまった。

 ピエトロがリーズとモウカの両者に依頼を断られ、哀愁に満ちた背中を見せながら退場した後、リーズとモウカも各々があてがわられた部屋へと戻り、一夜寝て次の日の朝を迎えた。

 聞きたくない言葉は、その朝、モウカの部屋の前を通った時に偶然耳にしてしまう。

 

『そういえば、リーズと一緒に居る価値ってあんまりなくなったよね。だって今までリーズは資金面で掛け替えのない存在だったけど、今ではドレルから資金調達は出来るし』

 

 いつもの呑気な調子の声から出るとは思えない、リーズにとっては恐ろしい言葉。

 モウカの事をよく知っているが故に、リーズがこの言葉の意味を深く理解することはたやすかった。

 だから、リーズは直ぐに行動に出た。

 リーズの足は自分の部屋へと戻らずに、真っ直ぐとピエトロの元へ向かった。

 こうして、護衛の任に着かなくてはいけない理由ができてしまった。

 居心地の良い場所を自ら確保するために。今の居場所を保持するために。そして何より、モウカが自分に利用価値を見出させるために。

 

「はあ……面倒なことこの上ないじゃない」

「ふむ、我がフレイムヘイズも、どこかの誰かに似て『面倒』なんて言葉をよく使うようになったな」

「しょうがないでしょ。ずっと一緒にいたんだから。私にとっては、もう生まれた時から一緒に居るように自然なの。あの人にとっては分からないけど」

 

 無条件では決して隣に歩ませてはくれない、誰かに文句を言うように言った。

 そこが彼らしいといえば彼らしいのだが、もう少し身内にも甘くなってほしいものだと。

 

「ふむ、フレイムヘイズとなって生まれた瞬間からずっと一緒だからな。生まれた時からというのも、あながち間違いじゃないと見る」

 

 フルカスの少し的外れな言葉の後には、もう一度リーズが深いため息をする。

 

「悩んでてもしょうがないわよね。いつも通り私もあまり考えずにお気楽にいきましょ。自分の力を存分に振るえるいい機会だと思って」

「ふむ、それがよかろう。あの者の下では、力を発揮するのは難しいからな」

「そうよ。あの人はいつも自分一人で何事からも逃げてしまえるんだもの」

 

 リーズは今も訓令を受けているフレイムヘイズ達を守るように一つの自在法を発動させている。

 封絶を張っていない彼女と彼らを囲むようにして見えない盾が囲み、彼らを``紅世の徒``の急襲から守ってくれる。見えない盾は相手の攻撃を防いでくれるだけに留まらず、盾に接触したものを槍で迎撃し、射出する。攻撃と防御の異なる2つの要素の両立を成した。『堅槍の放ちて』の代名詞となるはずの自在法。

 全てはモウカの足りない防御力を補い、足りない攻撃力を満たすために生まれた自在法。

 モウカのために使う日は未だに訪れていない。

 

 

 

 

 

◆  ◆  ◆

 

 

 

 

 

「成功したみたいだ」

「みたいだよ。良かったね! 自分が行くことがなくなって」

 

 リーズが護衛のために出立した後、モウカは自室でほくそ笑んでいた。

 何が何でも、これ以上の厄介ごとを頼まれたくなかったモウカは、どうにかして誰かに仕事をなすりつけなくてはいけなかった。

 護衛なんて仕事は、モウカの自在法と自身の特性を考えたら全然適さない。逃げに特化した力は、自分の命を守ることこそ得意としているが、他人のことは省みていない。少数を守ることは、『嵐の夜』の力を考慮すれば、ある程度は出来ると考えても、やはりその使用目的は自身の身であり、危険となったら他者の命など考えるはずもなかった。

 ようするに、なにか問題が発生すれば護衛の仕事を投げ捨てて、新人のフレイムヘイズを見殺しにしてでも、自分だけが生きようとする。

 こんな男に護衛が出来るだろうか。

 考えるまでもなく、出来るはずがない。となれば、この仕事は誰のためにもならない。

自分が無理なら誰かに押し付けるよりほかない。自ら率先してやってくれて、守りに自信を持つ者が好ましい。

これは、モウカの代役となったフレイムヘイズが失敗すると、また話がモウカに転がり込む可能性を考慮し、失敗しない人材を選ぶ審査基準である。

するとどうだろうか。お手頃そうなのが一名いるではないか。

モウカはこの瞬間からリーズに白羽の矢を立て、一計を用いた。

 

「リーズに向けた言葉は嘘じゃないけどね。身一つのほうが逃げるのも楽なのは事実だし」

 

罪悪感を感じない楽しそうな声。

これが『不朽の逃げ手』の生き方。

三百年以上の長い時を弱い力で生きてきた弱者の在り方だった。

 

「だけど、今すぐ見捨てるなんてこともない。だってさ彼女も一応――」

 

――世にも珍しい俺の理解者だから

利用する時は最大限に利用するけど、と一人部屋の中で、本人には決して聞かさない言葉を漏らした。


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