(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる!   作:大目玉

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「ファイアーエムブレム」3

 翌日の早朝、俺は酒瓶をひっさげて、パレスの外れにある共同墓地に来ていた。ウェンデルのジジイに場所を教えてもらったんだ。

 

 この共同墓地には、同盟軍の兵の墓だけじゃなくて、三年前に殺されたアカネイアの王族、貴族、それにアストリアたちのようなアカネイア騎士の墓もある。この戦争が終わったら、ちゃんとした葬儀を執り行うとして、それまでの仮の墓ってことだ。

 ヴィクターたちをアストリアたちと同じ場所に埋めるのかよと俺は腹立たしい気分になったが、ウェンデルから詳しい話を聞いて、それならと納得した。

 

 簡単な柵で囲まれた共同墓地には、出入り口か一箇所しかない。で、入って正面に行くとアカネイアの王族、それから貴族の中でも格が上の連中の墓がある。

 左に行くと、下級貴族、騎士たちの墓がある。ヴィクターたち同盟軍の兵たちの墓は右だ。

 これはなかなか上手い配置だ。

 俺たちが思っているのと同じように、アカネイア貴族や騎士の遺族だって、死んだ身内を同盟軍の兵たちと一緒に埋葬されたくはねえと思ってるだろう。明確に区切られているのは、かえって安心するはずだ。

 そして、アカネイア勢と同盟軍の兵たちは、王家を挟んで対等の位置にある。パレス奪還のために奮戦したのは同盟軍だ。この配置には文句を言いにくいだろう。

 何より、さっきも言った通り、こいつは仮のものだ。これ以上、文句があるなら、文句がある奴が金を出し、手間をかければいいと反論できる。

 この配置を考えたのはニーナだそうで、俺は感心したものだった。

 俺はもちろん正面も左も無視して右へと向かった。

 

 急ごしらえの墓地には、杭を使ったやはり急ごしらえの墓標が立ち並んでいた。杭の一本一本に名前が刻んであることが救いか。

 墓標の間を歩きながら、俺は念仏を唱えた。ニーナが言ってた、神々に魂の安らぎを祈る、だっけ? よく知らねえし。ていうか、この世界の神ってナーガだろ、たぶん。あいつに祈るって正直ぴんとこねえんだよな。「なんまんだぶ」でいいだろ。

 ヴィクターの墓の前にたどりつく。俺は酒瓶のふたを開け、逆さにして墓標の根元に酒を注いだ。ラングが持ってきた中で一番高い酒(ララベル談)だ。

 

「パレスは俺たちのものになったぞ」

 

 お前もどうにかして生き延びてりゃあな。うまい酒も飲めたし、女も抱けたし、お前が言ってたオレルアン貴族の暮らしだってできただろうに。

 

「まあ、あの世から気楽に見てろよ」

 

 いろいろと気に入らねえことはあるが、ここで投げ捨てちまう気はねえからよ。

 酒瓶が空になったとき、後ろから足音が近づいてくるのに俺は気づいた。振り返る。

 

「あなたも来ていたのですね」

 

 そこに立っていたのは、ニーナだった。

 

「……墓参りか?」

 

 四日ぶりに会ったせいか、俺の口から出たのはずいぶんと馬鹿馬鹿しい問いかけだった。こんな朝っぱらから、こいつがそれ以外の用事で墓地に来るわけがない。

 ニーナは生真面目に頷いた。

 

「あまり時間が取れないので、一人一人に手を合わせることはできず、墓地の中を歩きまわりながら神々に祈るという形ですが」

 

「十分だろう。墓参りに何時間かける気だ」

 

 俺はニーナの脇をすり抜けてその場から立ち去ろうとしたが、その前にニーナが言った。

 

「少し、時間をいただけませんか」

 

 ニーナの声は真剣そのものだった。おもわず足を止めてしまうほど。俺は体ごとニーナに向き直り、言葉を促す。

 

「あなたがミディアを辱めたのは、何か理由があったのですか」

 

 俺はニーナの顔をまじまじと見つめた。その目に、あの時のような怒りは感じられない。パレス奪還から四日が過ぎて、いくらか落ち着いてきたってことだろうか。

 俺はことさらに冷笑を浮かべた。

 

「理由があれば不問にしてくれるってのか?」

 

「どのような理由があろうとも、許すことはできません」

 

 ニーナはきっぱりと答えた。

 

「ただ、レナが気になることを教えてくれたのです。ヴィクターの部下たちが、ミディアを引き渡してほしいと要求してきたと。つまり……」

 

 レナが? 俺は内心で首を傾げたが、すぐに納得した。あいつの読み書き講座も、懺悔受付もまだ続いている。俺の手下やヴィクターの手下たちにしてみれば、幹部級の中では一番話しやすい相手だ。

 

「ヴィクターの仇の身内だから、ってことだろう」

 

 先んじて俺は言った。アストリアとミディアの関係は恋人であって結婚はしていなかったが、あいつらにしてみればそのへんの違いは些細なもんだ。

 

「ええ。ですが、ミディアはあなたの戦利品であるとレナが告げると、彼らは渋々引き下がったそうです」

 

 これも海賊、山賊なら当然の話だ。特に俺は、自分のものにした女については何度となく戒めてきた。ヴィクターの部下たちも、長いつきあいだから分かっている。

 

「あなたはまさか、ミディアを助けるために……」

 

「そんなわけねえだろ」

 

 俺が言うと、ニーナは深いため息をついた。

 

「これもレナが言っていたことですが……。こう聞けば、あなたは間違いなく否定すると」

 

 意表を突かれて、俺はとっさに言葉が出てこなかった。

 あいつ……。ここんとこ甘い顔を見せすぎたか。ララベルのことがなけりゃ、俺がどういう人間なのか、今夜にでもあらためてその体に教え込んでやるんだが。

 ニーナはまっすぐ俺を見つめて言った。

 

「思い返すと、不自然な点があります。あなたは、兵たちを私のところへ向かわせ、一人でミディアたちのところへ向かった。敵がどこにいるかも分からない状況で、わざわざ一人になるなんてあなたらしくありません」

 

 俺が黙っていると、ニーナは更に続けた。

 

「それに……いつものあなたなら、ミディアを辱めるにしても、私に話を持ちかけてきたと思います。リンダにしたように。この点も、やはりあなたらしくないと……」

 

「お前、俺が海賊だってことを忘れちゃいねえか?」

 

 俺は脅しつけるように、一歩踏みだしながら言った。

 

「やりたい時にやる。襲うのも、奪うのも、女を抱くのも。それが海賊だ。腹が立つことがあったから、たまたま目についた女で鬱憤を晴らした。それだけだ」

 

 それだけだと言いながら、俺の口は止まらなかった。

 

「お前、俺に初めて抱かれた時のことをもう忘れたか? 俺は覚えてるぞ。あまりにうるせえんで血みどろの戦場を見せつけてやったあと、ベッドに運んで裸にひん剥いてやったな。俺のやることに小難しい理由をくっつけようとするんじゃねえ」

 

 これだけ言えば黙って引き下がるだろう。

 そう思ったが、俺の予想は外れた。

 ニーナは青ざめはしたものの、引くどころか一歩前に出てきた。

 

「忘れてはいません。その後、あなたがまるで一国の将軍のように小難しい話を始めたことも覚えています」

 

 墓標に囲まれて、俺たちは睨みあう。だが、それは長いこと続かなかった。

 ニーナがため息をついて、言った。

 

「やりたいからやった。あくまでそう言い張るのなら、それでけっこうです。先ほども言った通り、どのような理由があろうともあなたを許すことはできませんから。その行いにふさわしい罰を与えるだけです」

 

「ほほう。じゃあ、その罰とやらについて聞かせてもらおうか」

 

「そうしたいところですが……。あなたとは、他にも話さなければならないことがあります」

 

 ニーナの台詞に、俺は顔をしかめた。

 他に話があるってのは、まあ分かる。戦後処理が山積みだからな。俺がやらないといけないこともあるはずだ。だが、罰を言い渡すのなんてすぐにすむだろう。

 

 ニーナは無言で俺をじっと見つめた。昂ぶった感情を落ち着かせようとしているように、俺には見えた。

 

「手を」

 

 言われて、俺は右手を差しだす。

 ニーナは両手で俺の手を取った。そして、深く頭を下げた。

 

「ありがとう」

 

 その声は、かすかに震えていた。何のことだと俺が言う前に、ニーナは言った。

 

「ありがとう。私をここまで連れてきてくれて。パレスを取り戻してくれて」

 

 俺は、呆然とした顔でニーナを見つめていた。

 えっ。

 えっ?

 礼を言われた?

 不意を突かれて、俺はすっかりうろたえていた。いや、だって、さっきまで睨みあって言い争ってたんだぞ。ニーナの方は心構えができてんだろうが、こっちは感情が追いつかねえ。

 俺は手を引こうとしたが、動転して力が入らなかった。むしろ、ニーナの手から伝わってくる熱とかやわらかさを変に意識して、ますます動けなくなった。

 

「あなたのおかげで、私はようやく向きあうことができた。お父様とお母様に。あの時、命を落とした多くの人々に。私はようやく報告することができた。パレスを取り戻したことを」

 

 ニーナの両手に包まれている俺の手に、熱いものが滴った。

 俺はふと、このパレスが見えるところまで来た時のことを思いだした。

 

「泣きはしません」

 

 あの時、気丈な笑みを浮かべてそう言ったニーナが、今、泣いていた。

 ……仕方ねえか。

 こういうの、ガラじゃねえんだけどなあ。

 内心でため息をつきつつ、俺は黙って見守ってやることにした。

 

 

 ニーナは怒りを主張するように唇をとがらせて、泣きはらした目で俺を睨みつけている。

 こいつが泣いていたのは十分ぐらいだろうか。

 自分から泣き止んだんじゃない。

 俺が焦れた。十分て長えよ。

 半分はいたずら心からだが、もう半分はいい加減にしろやって気分で、まあ、ちょっと右手を動かしてこいつの鼻をつまんだわけだ。

 そしたらおこですよ。激おこぷんぷん丸ですよ。古いね。

 俺が悪いの? 十分もつきあってやっただけいいじゃん?

 だいたいさあ、誰か来たらどうすんだよ。

 いや、同盟軍の連中だったら別にいいよ。ガザック殿がまたニーナ姫を泣かしておられるぞー、とかそんなノリでスルーしてくれるじゃん、たぶん。

 アカネイア勢が来たら事案じゃん。同盟軍の兵の墓エリアだから、こっちに来ることはまずないとは思うけどさ。共同墓地全体を囲ってる柵は簡単なものだから、外から見えないこともないんだよ。こいつってほんと脇が甘い。いつかフラ○デーされるぞ。

 

「気はすんだか?」

 

「おかげさまで」

 

 鼻を鳴らしながら、ニーナは答えた。この分ならもう平気だろう。そう思って、俺はこいつに背を向けて歩きだそうとした。

 

「もう一つ、お話したいことがあるのですが」

 

 俺は途方に暮れた顔で振り返った。

 まだ話があるのにあんだけ泣いてたのかよ、お前。止めて正解じゃねえか。感謝の気持ちが足りなくね?

 

「手短にな。腹も減ってきたし」

 

 さすがに嫌味をぶつけてやる。ニーナは少し困ったような顔になったが、迷うよりはさっさと言った方がいいと思ったんだろう。話を切りだした。

 

「相談したいのは、あなたへの恩賞についてです」

 

 ああ、それか。今までは一戦終わるたびに俺がやってたが、ここではたしかにニーナの役回りだろう。俺の解任についても、パレス奪還後にあらためて、ってことだったしな。

 

「このように考えてみたのですが……」

 

 ニーナは緊張した表情で、一つ一つゆっくりと説明する。

 聞き終えて、俺は唖然とした。

 

「それ、お前が考えたのか……?」

 

 ニーナはこくりと頷いた。オイオイオイ。死ぬわこいつ。普通なら。

 

「そんな提案、俺が呑むと本気で思ってるのか……?」

 

「私も自信が持てなかったので、何人かに相談してみました。ミネルバ殿とリンダは無理があると言いましたが、シーダとレナ、それからマリア王女は、あなた以外の人間には誰であっても通用しないが、あなたならきっと呑んでくれると」

 

「俺なら呑むって、その根拠は何だ。聖人君子か何かと思ってるわけじゃねえだろう」

 

 そりゃミネルバもリンダも無理だって言うわ。俺だってありえねえと思う。

 

「根拠と言われると困るのですが……」

 

 ニーナは本当に困ったような顔をして、ややたどたどしく言った。

 

「あなたには、私たちに見えないものが見えている。私たちが知らないことを知っていて、私たちが考えつけないことを考えている。目指しているものも、たぶん……。そのことを、少なくともシーダとレナの二人は感じとったのだと思います」

 

「お前もか?」

 

 俺が聞くと、ニーナは小さく頷いた。ミネルバ、リンダとの違いはつきあいの長さの差か。マリアが賛成したのは、何だろうな。そういうのを敏感に察したってやつか?

 だが……。うーん、やべえな、ときめいちまった。ちょっと思いつかなかった考えだ。どうしようかな。

 俺はニーナから視線をそらして深い深いため息をついた。

 ヴィクターの墓が視界に映った。

 

 十秒ぐらいの沈黙の後に、俺は聞いた。

 

「もし、俺が嫌だって言ったら?」

 

「他の方法を考えますから、それまで時間をいただけますか」

 

 俺はおもわずニーナをまじまじと見つめた。

 食い下がった。

 しかも、考えると言った。こいつが。このポンコツ姫が。

 成長したのか? この共同墓地の配置も、こいつが考えたものだっていうし。アカネイア戦記のエピソードを考えれば、素養はあったといえるしな。

 面白い。

 実に面白い。

 

「条件が、そうだな、三つある」

 

 俺がふてぶてしく言うと、ニーナは息を呑みつつ、頷いた。

 

「一つめ。お前はこれまで通り、俺の女だ。俺が部屋に来いと言ったら来い。リンダの分もしっかり奉仕してもらう」

 

「わかりました」

 

 これは予想していたことなのか、ニーナは即答した。

 

「二つめ。ラングの奴は、もうお前んとこに来たか?」

 

 ニーナは戸惑ったような顔を見せたが、嫌悪感を目に浮かべて頷いた。さすがに行動の速い奴だ、ラング。

 

「お前はあいつをどうしたい?」

 

「許せるわけがありません。ですが……ボアに、処罰を保留するよう言われました。今、そのようなことをしては貴族たちに不安を与え、ドルーアを喜ばせるだけだと」

 

「奴の処分を俺にやらせろ。貴族の反応なんて気にするな。これが二つめだ」

 

 ニーナは少し迷ったようだが、頷いた。ラングに対する怒りが勝ったらしい。よしよし。

 

「三つめだ」

 

 俺は周囲に人の気配がないことをすばやく確認すると、自分の口を指さした。

 意味を理解して、ニーナは頬を赤く染める。おお、初々しいじゃねえか。

 慌てて周囲を見回し、人影がないことを確認すると、ニーナは意を決して目をつぶった。顔を前に突きだす。

 ニーナの唇と俺の唇が重なった。


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