(FE紋章の謎の世界に転生したので)海賊王に俺はなる!   作:大目玉

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「レフカンディの罠」3

 俺たちが南下を開始してほどなく、ヴィクターから砦を二つともおさえたという報告が届いた。

 マチスはとっくに東へ向かっている。いまごろはちゃんと砦をおさえているだろう。万が一間に合わなかったとしても、ナイトキラーで迎撃してそのままおさえこむことができるはずだ。

 目標の砦が見えてきたところで、再びヴィクターからの伝令が来た。

 

「親分の言った通り、砦のそばから伏兵が出た、引き続き砦をおさえながら、敵の伏兵に対処する、とのことです」

 

「わかった。任せる」

 

 俺は伝令を労い、ヴィクターのもとへ帰らせる。

 砦のそばか。まあ、本当に砦の中に潜んでたら、俺たちが砦をおさえた瞬間に城内戦闘になるもんな。ゲームとのずれはいろいろなところにあるし。

 

 俺はさらに前進を命じる。そのとき、東から数騎の騎兵がこちらに向かって駆けてくるのが見えた。味方だ。同盟軍の軍旗を掲げている。

 俺のもとにたどりついた騎兵が、息せききって報告した。

 

「申し訳ありません! 砦の奪取に失敗しました。マチス隊長は重傷を負われ……」

 

 えっ?

 俺は自分の耳を疑った。

 何が起こった? 援軍として出てくる敵ソシアルナイトはそんなに強い奴じゃなかったはずだ。マチスがナイトキラーを使わなかったか? いや、あいつは使える武器は遠慮なく使う奴だ。

 じゃあ、何だってんだ?

 

「マチスに傷を負わせたのはどんなやつだった?」

 

「ジェネラルです……」

 

 えっ?

 ジェネラル? なんで? ハーマインが前線に出てきたのか?

 

「ガザック様?」

 

 そばにいるシーダの声で、俺は我に返った。数秒間、呆然と立ちつくしていたらしい。

 東からは、逃げてきた騎兵が続々と到着している。俺は前進を中断して、マチスを待つことにした。

 ほどなく姿を見せたマチスに、俺は絶句した。

 肩から胸にかけて鎧を砕かれ、酷い傷を負っている。血まみれだ。顔は土で汚れて髪も乱れていた。

 

「も、申し訳ない……」

 

 俺の前に来たマチスは、馬の首にしがみつきながら、かすれた声で謝罪の言葉を口にした。馬から下りる余裕すらないようだ。

 

「さっさと後方に下がれ! レナかウェンデルに手当てしてもらって休んでろ! シーダ、こいつについていってやれ!」

 

 俺は怒鳴ってマチスを後方へ向かわせる。

 何だ、これ。

 俺の知らないことが起きている。

 まずいぞ。こうなったらヴィクターたちのところまで引き返すか。

 

 だが、俺が決断するよりも早く、敵が東から姿を見せた。

 仰々しい鎧に身を包んだジェネラルが、わずかな手勢を引き連れてこちらへ向かってくる。

 俺は息を呑んだ。

 あの鎧、マリオネスだ。

 血にまみれた鋼の槍を肩に担いで、マリオネスは俺と向かいあう。不敵な笑みを浮かべた。

 

「早い再会となったな、海賊」

 

「てめえ、なんでここにいる……?」

 

「むろん、オレルアンでの恥を雪ぐためよ」

 

 こいつがマチスをやったのか。再登場が早すぎるだろ。あと三、四章ぐらい後で来いよ。空気を読まないにもほどがある。

 

「貴様をここで討ちとって、部下たちの無念を晴らす」

 

 マリオネスが槍をかまえる。こうなったらやるしかねえ。俺も鋼の斧を握りしめた。鉄の斧じゃどうにもならねえからな。ああもう、なんで「紋章の謎」にはハンマーがねえんだ。

 

 そのとき、北東に黒い騎影が見えた。敵のソシアルナイトだ。2ユニット分はいる。

 はっとした。マチスがやられて砦をおさえられなかったから、そこから援軍が出てきたんだ。

 俺は顔を真っ赤にして、手下たちを振り返った。

 

「てめえらは敵の騎兵を阻止しろ! ヴィクターたちと合流して、絶対に食い止めろ!」

 

 ヴィクターたちの近くにはニーナがいる。レナ、ウェンデル、リカード、バヌトゥといった非戦闘員もだ。シーダと重傷のマチスもそこへ向かっている。

 ニーナたちがやられたら、俺たちは本当に終わりだ。

 不意に、鉄の色をした何かが俺の頬をかすめる。マリオネスが槍で突いてきたのだ。

 

「よそ見をしている余裕があるのか?」

 

 血がべっとりと左顎を染める。

 俺はマリオネスを睨みつけながら、手下たちを怒鳴りつけた。

 

「さっさと行け!」

 

 手下たちは俺の命令を果たすべく、駆け足でソシアルナイトのところへ向かった。

 敵の援軍は確か六ターン続くんだったか? 手下たちもそれなりに強くなっている。それに海賊とハンターの組みあわせだ。だが、もたせることができるだろうか。

 

 槍と斧がぶつかりあって火花が散った。海賊とジェネラルが正面から斬りあうたあな。「三すくみ」だけでいいから今この瞬間に実装されてくれねえかな。

 

 マリオネスの槍が、俺の腕や足を斬り、突く。血と汗が混じって飛んだ。まだ軽傷だ。俺も斧を振るってマリオネスの鎧をへこませ、わずかな隙間に斬りつけて傷を負わせる。手が痛くなるほど硬え。

 戦いは長引きそうだった。だが、ものは考えようだ。

 ここでマリオネスをおさえておけば、ヴィクターたちが何とか体勢を立て直す。そう思いたい。

 

 俺が攻め、やつが耐える。やつが攻め、俺が避ける。

 やつの槍をまともに受ければおしまいだ。それがわかっているから俺は慎重になる。おたがいに浅傷しか負わせることができず、俺の体には槍による傷がいくつもできたが、やつの鎧も傷だらけになっていた。

 マリオネスが笑った。

 

「やるな」

 

「褒めても、くれてやるものはこの斧以外にねえぞ」

 

「私も、貴様の命以外に求めるものはない。だが、あまり時間をかけてもいられないのでな」

 

 マリオネスは後ろに控えている部下に「やれ」と、命じた。部下がラッパを吹く。何だ? 援軍をここに集める気か?

 

 南側に、敵の影が現れる。今のラッパを聞いてやってきたんだろう。タイミングから考えると近くにいたようだ。こちらへ向かってくるその姿を見て、俺は驚愕した。

 ジェネラルだ。

 

「マリオネス殿、手こずっているようではないか」

 

「いや、ハーマイン殿。さすがこの男、手強い。海賊といって侮れませんぞ」

 

 近づいてくるジェネラルと、マリオネスが親しげに言葉をかわした。

 ハーマインだと? こいつ、城を開けてきやがったのか!?

 

 その瞬間、俺の脇腹に強烈な熱が走った。体の半分をごっそり持っていかれるような激痛に俺は絶叫する。意識が一瞬飛んで、手足が痺れた。脇腹をおさえながら俺は後ずさる。マリオネスが、血に濡れた槍をかまえて言った。

 

「隙は見逃さんぞ」

 

 俺はくらくらする頭でマリオネスを睨みつけたが、声が出てこなかった。喉はからからなのに、全身から汗が噴き出ている。呼吸が落ち着かない。傷口からの血も止まらない。

 

「この海賊が、オレルアンであなたを苦しめたという男か」

 

 俺との間合いを詰めながら、ハーマインが言った。

 

「そうだ。本音をいえば私の手で葬ってやりたい。だが、大将首には違いないし、戦場では何をおいてもまず勝つことを優先すべきだろう。手伝っていただきたい」

 

 そういうことか。俺はすべてを理解した。

 撤退したマリオネスは、ハーマインにかけあって、自分も罠に加わることを提案したんだ。

 もともとマリオネスは、城内に敵が入ってきても冷静に対処できるやつだ。ハーマインの作戦に興味を示すのはおかしい話じゃない。

 

「お前んとこのミネルバは、この作戦にいい反応を示さなかったんじゃねえか?」

 

 俺は激痛に耐え、必死に声を絞りだして、挑発気味にマリオネスに聞いた。

 

「学のない海賊とはいえ、殿下を呼び捨てにするとは何ごとだ」

 

 マリオネスは怒ったように顔をしかめる。

 

「お前のような者でも知っている通り、たしかに、あの方は堂々たる戦い方を好まれる。だが、あの方はそれでよいのだ。ミネルバ殿下がそのような戦い方をされるからこそ、あの方に続いて戦場を駆けるとき、我々の士気はこの上なく高まり、我々はどこまでも勇敢になれる」

 

 ハーマインがため息をついた。マリオネスはその反応を笑って受け流す。

 

「ハーマイン殿はグルニアの将だからな。わかってもらえぬのは残念だが仕方ない。だが、こうして私があなたの策に協力したことで、水に流してもらえぬか」

 

「むろんだ、マリオネス殿。私もグルニアの将として、カミュ将軍やロレンス将軍に求めているものがある。しかし、ミネルバ王女はよい部下を持ったものだ」

 

 同感だぜ、ハーマイン。

 マリオネス、お前すげえできるやつだよ。何その気遣い。部下に欲しい。

 

 しかし、俺の挑発はまったく意味がなかった。マリオネスが怒って隙ができるかと思ったのだが、全然見当たらねえ。

 

 ハーマインが銀の槍で突きかかってくる。俺はそれをかろうじてかわした。その拍子に傷口から血が流れて、地面を濡らす。まずいな、体が上手く動かねえ。

 もちろんマリオネスも攻撃の手を緩めない。俺は二方向から迫る槍を斧で弾き返し、あるいは避けて、必死に持ちこたえた。だが、反撃する余裕が全然ねえ。

 

「はあっ!」

 

 ハーマインが鋭く踏みこんできた。銀の槍が、俺の左肩をえぐる。頭の中に、ライフゲージが一気に減る光景が浮かんだ。

 俺はよろめいて、足をふらつかせながら後退する。自分でも倒れていないのが不思議なくらいだった。

 

 痛みで頭が全然回らねえ。どうする? どうすれば勝てる? 必殺が出れば勝てるか? 無理じゃねえかな、鋼の斧だし。全部回避して全部必殺出せばいけるか? 乱数でもいじる気かよ、この世界で。そんな技術もねえくせに。駄目だ、混乱してる。

 ここで死ぬのか。

 俺は絶望した顔でマリオネスとハーマインを見た。

 まあ。海賊ガザックなんだから、こんなもんじゃねえか。一章のボスが、五章と六章のボスをまとめて相手にしてるんだぜ。

 

 ゲームではマルスが死んだらゲームオーバーになるが、俺が死んだらどうなるのかな。やっぱりゲームオーバーか。マルスの場合はシーダが悲しんでメッセージが流れるが、俺の場合はどうなるのかな。

 

「ガザック様!」

 

 遠くから、シーダの声が聞こえたような気がした。やっぱりシーダがそういう役目なのか。

 いやいや、俺とシーダってそういう関係じゃねえだろ。幻聴か。俺の脳が、こういう時はやっぱシーダでしょとか思って、脳内物質とか使ってそんな声を……。

 

「ガザック様!」

 

 もう一度、シーダの声が聞こえた。かすかにペガサスの羽ばたきも。

 

 幻聴じゃない……?

 

 意識が覚醒する。どうやら俺は半分意識を失って朦朧としていたらしい。体中が痛い。脇腹と肩は特に痛い。燃えるように熱い。なんで立ってられるのか自分でも不思議だ。

 足には地面を踏む感触がある。手には斧の柄の感触がある。マリオネスとハーマインはどこかあらぬ方向を見ている。俺は空を見上げた。

 

 一騎のペガサスが、全力で羽ばたいてこっちに向かってくる。

 その背に乗っているのはシーダだった。何か不気味で呪われた感じの斧を、両手で持って。

 シーダがその斧を、俺に向かって投げる。俺は手を伸ばして、それを――デビルアクスを受けとった。

 

 その瞬間、紫色の瘴気が俺を包み、体から一切の痛みが消え失せる。そして、強烈な闘争本能が俺の中に湧きあがった。さあ俺を振るえ、血を吸え、肉を喰らえと、この世ならぬものの声がする。

 

「黙れ」

 

 俺は一声でそれをおさえこむ。お前を使うのはこの俺だ。出しゃばるんじゃねえ。

 俺はマリオネスに向き直る。口から血とともに熱い息を吐きだした。

 

 あれから俺は自分のステータスを見ていない。今でも幸運が1なら、五分の一の確率でデビルアクスは俺に牙をむく。だが、こいつを使わなかったとしても、このままでは俺は死ぬ。

 だったら。

 

「ぐがぁぁぁぁ!」

 

 俺の口から、獣の咆哮みたいな声が飛びでた。

 体は思った通りに、いや、それ以上に動いた。一息でマリオネスとの間合いを詰める。マリオネスが槍を繰りだした。それは俺の腕をかすめたが、俺の動きを鈍らせることはなかった。

 俺の振るった斧は、マリオネスの肩口に突き刺さり、傷をつけるのさえ苦労していたあの鎧を叩き割り、肉と骨を砕いて深くえぐり抜いた。傷口から噴き出した血が、マリオネスの鎧を赤く染めた。マリオネスは動きを止め、血を吐きだした。

 

「くっ……貴様ら……」

 

 マリオネスは俺を睨みつけたが、すぐに笑みを浮かべた。

 

「見事な一撃だった」

 

 マリオネスがぐらりと傾く。デビルアクスがやつの体から抜けた。

 マリオネスは仰向けに倒れた。地面に血が広がっていく。その手から槍が転がっても、その体はぴくりとも動かなかった。

 

 俺は顔を上げて、ハーマインを見る。

 ハーマインは、いままさに俺を銀の槍で突こうとするところだった。

 その光景が、なんでかスローモーションになって、やたらとゆっくり、はっきり見えた。だからって俺が早く反応できてるわけじゃねえ。腕が上がらねえし。あれだ、アドレナリンがどばどば出ると、こんなふうに見えるんだっけ。

 マリオネスを倒した直後で、俺は隙だらけ。さすがにこれはどうしようもねえ。今度こそ、俺は死を覚悟した。

 

 そのとき、ハーマインの背後にシーダが回りこんだ。ペガサスを急旋回させて。空中から。

 馬鹿。お前、武器なんて何も持ってねえだろ。

 

「小癪な!」

 

 ジェネラルだけあって、ハーマインはその動きに気づいた。体勢を変え、振り返って銀の槍を突きだす。

 ぱっと、鮮血が花火のように舞った。

 シーダが、ペガサスの首に倒れこんだのが見えた。

 

「余計な邪魔が入ったな、今度こそ……」

 

 ハーマインがこちらに向き直る。

 その時には、俺はハーマインの目の前まで踏みこんでいた。

 

「ひっ!?」

 

 俺を見たハーマインが悲鳴を上げた。顔を真っ青にして。

 デビルアクスはハーマインの頭部を両断した。肉と骨と脳漿を吹き飛ばし、血をぶちまけながら鎧ごと胸のあたりまでを切り裂いて、やっと止まった。

 マリオネスの時とは違い、デビルアクスがその体に刺さったまま、ハーマインは倒れた。俺はやつにかまわず、ペガサスに……シーダに歩み寄る。

 まだ生きてる。

 

「運の強いやつ……」

 

 俺はシーダをペガサスから下ろして両手で抱きあげる。マリオネスの手勢を睨みつけた。

 

「ここで死んでいくか?」

 

 そう言ってやると、やつらは武器を放り捨てて我先にと逃げだしはじめた。

 南から、ソルジャーの一団がこちらに向かってくるのが見えた。ああ、城の西の砦に潜んでいた連中か。

 俺は息を吸いこむと、空に向かって大声で叫んだ。

 

「マリオネスもハーマインも死んだ! 後を追いたいやつだけここに来い!」

 

 結局、敵の兵士がここにやってくることはなく、レフカンディでの戦いは終わった。


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