やっぱり、二人が揃ったら負けないんだから。
――雷神の閃光
時間はレヴィとシュテルの交わらぬ口論をフェイトが止めたときに遡る。
「私に、良い考えがあるよ――」
その言葉に、レヴィとシュテルの言い争いは中断された。
言い争いを中断したレヴィはフェイトに向き直ると、無言のまま視線だけで続きを促す。
それを感じ取りフェイトは一つ頷くと自身の案を語る。
「前みたいに、レヴィの身体を作り直せば――」
『それは無理ですね』
しかしそれは、すぐさまシュテルに却下された。
『レヴィの躯体を再構築する事自体は可能です。しかし、右腕を失うほどの損傷を受けている現状では、先日と同様に完全なる再構築が必要です。それでは時間がかかり過ぎますし、それでしたらそのまま私の案であるディアーチェへのトリニティドライブを実行した方がマシというものでしょう』
「そ、そっか」
あまりもの速さでの反論に、フェイトは怯むが、シュテルの反論を肯定するようにレヴィも頷く。
「あの、レヴィはフォーミュラが使える人が戦場にもう一人必要だって思ってるんだよね?」
それでもフェイトはめげず、レヴィの意見を聞く。
「うん、そうだね。正直に言って今のユーリ、U-Dは予想、予測の埒外だ。せめて防御と攻撃。二つの役割をこなすためにフォーミュラが使える人は二人いなきゃだめだ」
「うん。それは私もそう思う」
レヴィの意見を今度はフェイトが肯定する。
「だから! はやくボクが戻らなくちゃ――」
「だったら、私が、フォーミュラを使えないかな」
そしてレヴィの言葉を遮るようにして放たれたフェイトの言葉に、レヴィとシュテルは絶句する。
「レヴィの身体の中にあるナノマシン? を注射かなにかで移植して、それでレヴィは私とユニゾンする。私がレヴィの身体になる。そうすれば、フォーミュラを使える魔導師が戦線に戻れるでしょ?」
フェイトの言葉は正しくはあった。
しかしその正しさは机上の空論。実現が可能であれば、という但し書きが付くものである。
「ダメだ! 危険すぎる! どんな影響があるかわからないんだよ!?」
『レヴィの言うとおりです。それに現在レヴィはトリニティドライブによって私とユニゾンしている状態です。こんな状態のレヴィを受け入れるなって、不可能です。万が一できたとしても融合事故が100%起きて――』
「うん、それでいいんだよ」
シュテルの放った融合事故の言葉にフェイトは強くうなづく。
「融合事故って、あの後習ったけどはやてを取り込んだリインフォースみたいに、融合騎が表に出る奴でしょ? それでいいんだ。言ったでしょ、『私がレヴィの身体になる』って」
そう言い放ったフェイトは力強い視線でレヴィの瞳を見つめる。
そのあまりにも力強い視線はレヴィがとっさにうろたえるほどの力が、覚悟が込められていた。
『確かに、あなたの言う通りにうまく成功すれば、全て解決です。ですが、全てが失敗すれば、あなたは最悪命を失うかもしれないですよ』
「シュテるん!? 何言ってるのさ!?」
「うん、覚悟の上だよ」
「フェイト!?」
自身の中にいるシュテルが放ったフェイト覚悟の確認の言葉に、レヴィはただただ困惑の言葉を放つ。
そして、その覚悟すらフェイトはできていると言い放つではないか。
『レヴィは躯体を放棄してあなたと融合が失敗すれば、ディアーチェとトリニティドライブを再度すれば大丈夫でしょう。しかし、フォーミュラを移植した上でユニゾンまで失敗すれば、あなたはただの無駄死にになる可能性すらあります』
「それでも、やらないよりマシでしょ」
「フェイト! 何言ってんのさ!! ダメだよそんなの! フェイトが犠牲になるなんて!」
レヴィを無視して進む二人の会話にレヴィは思わずフェイトの肩を残った左手で強く握りしめる。
そうしてフェイトの瞳に映るレヴィは、右腕を失い身体中が傷だらけで、弱弱しい瞳に不安と恐怖を浮かべており、自分の右肩を握る力は弱弱しく、痛みなど感じない。
――あぁ、レヴィはこんなにも頑張ってるのに。
自分も傷を負っているが、それでもレヴィほどではない。
フェイトはこの時初めて、レヴィもヒトなのだと感じた。
ずっと自分と一緒にいてくれて、いろんな話でフェイトを楽しませてくれたレヴィ。
戦い方のアイデアを出したり、魔法で補助してくれたり、自分を助けてくれたレヴィ。
一度は別れを覚悟したものの、自分の吐いた弱音を聞いて戻ってきてくれたレヴィ。
フェイト・テスタロッサにとって、レヴィ・テスタロッサという少女は、家族であり、双子の姉妹であり、自身の最大の理解者であり――
――私の、
だけど、目の前の少女はどうだ。身体中傷だらけで右腕は失ってしまった。
身体の特殊性により、本人すらも右腕を失ったことに頓着していないが、その戦闘衣服は血に塗れ汚れ切ってしまっている。
身体が傷つけば血を流し、心が傷つけば涙を流す。
どこにでもいる一人の少女ではないか。
自分となんらかわらない、大切な少女ではないか。
「レヴィ」
あまりのも当たり前なことをやっと認識したとき、フェイトは愛おしさがあふれ、レヴィを優しく抱きしめていた。
「フェイト、止めようよ。ボクが頑張るから。絶対ユーリだって救う。だから、君が犠牲になることなんて――」
抱きしめられたレヴィの声はあまりにも弱弱しく、抱きしめたレヴィの身体はあまりにも華奢だった。
生まれ上当然であるが、自分と全く変わらない背丈に全く変わらない肉付きをしている。
見た目には、あれほどの身体能力を発揮するなど想像もつかない、齢一桁の少女の身体であった。
そんな少女に守られていたことを、見守られていたことをフェイトはやっと認識した。初めて、自覚した。
だからまずは感謝の言葉を述べよう。
「レヴィ、今までも、いつも私を守ってくれてありがとう」
「フェイト……」
「私はもう大丈夫だよ。あの時約束したもんね。私はキミがいなくても大丈夫になるって」
闇の書の幸せな時間。魔法はなく、しかしレヴィがいる。友達がいる。すべてが幸せで完璧な世界。
それを捨ててでも、夢の世界に背を向けてでも、現実に戻ると決めたときにフェイトは決めたはずだった。レヴィがいなくても大丈夫になる、と。独り立ちするのだと。
それは結局、レヴィが自分の涙を拭いに現れてしまったことでうやむやになり、結局自分はレヴィに甘えることを卒業できなかった。
そのせいで先日は大きな被害を招いた。
あわや、この腕の中の愛おしい存在を失うところであった。
そして、今もまた、目の前の蒼い少女は己を犠牲にしようとしている。
もう頑張らなくていいはずなのに頑張ろうとしている。
だから――
「だから、今度は私にキミを守らせて。私に、キミの力にならせて」
「――フェイト」
「姉でも妹でもない。守る人と守られる人じゃない。支える人と支えられる人じゃない」
――今度は、これからは、フェイト・テスタロッサも同じくらい頑張る番なのだ。
「二人一緒で、守りあう関係で、支えあう関係になろう。レヴィの身体がもう戦えないなら、変わりに私が戦う。
レヴィがフォーミュラが必要だというのなら、私がフォーミュラを使う」
力強く、慈しみを込めて宣言しよう。
「私にレヴィの隣に居させて。大丈夫だよ、絶対なんとかなる。だって私達が揃ったら、『最強』なんだから」
「二人でなら、どこまでも飛んでいけるはずだから」
そういって、フェイトはレヴィを強く見つめた。二人の瞳に、お互いの瞳しか映らないほどに――。
***
「……わかった」
そうして少々の間をおいて、レヴィはフェイトの案を実行することを認めた。
『むぅ、色々と言いたいことはありますが、時間がありません。その話はあとにします』
なにやら拗ねた様子のシュテルの声が聞こえてくるが、シュテル本人も気を取り直して、作業を始める。
『始めに、フォーミュラを移植します。バルニフィカスを巨大な注射器としましたので、これでレヴィの体内からフォーミュラを利用するためのナノマシンを、血液を介して移植します』
「うん。わかった」
『レヴィは、血が減る影響で脳が朦朧とするかもしれませんが、その状態になったら躯体を放棄してください。その後、私とのトリニティドライブを維持したままフェイト・テスタロッサとユニゾン、変則トリニティに移行します』
「りょーかい」
『フェイト・テスタロッサはレヴィの身体が消え次第バルニフィカスを用いて自身に輸血を。血液の拒否反応はあなたとレヴィならば出ないでしょうが、ナノマシンの動作は保証できません。そもそもレヴィはナノマシンが存在する事を前提に再構築されており、唯一の人間サンプルであるヴィヴィオは
「うん、とっくに覚悟、完了だよ」
フェイトのその言葉と揺らぎない瞳をみつめ、レヴィは深呼吸する。
『始めましょう。あまり時間はありません』
そのシュテルの言葉と共に、レヴィはフォーミュラの力で機械的な注射器へと変わったバルニフィカスを自分に突きさした。
それと同時にものすごい勢いで血が吸い取られ、そのままレヴィは躯体を破棄する。
そうして残されたバルニフィカスを手に取ると、フェイトは躊躇なく自身の片腕に突きさす。
「ぐっ」
『大丈夫? フェイト』
注射器から液体が注入される独特の不快感にうめき声を漏らすと、自分のそばに見知った声が聞こえるのが感じられる。
「大丈夫だよ、レヴィ」
レヴィが己と共にいる感覚を懐かしく思っていると、バルニフィカスからの輸血は完了していた。
「つ、っぐぅ」
それと程なくして訪れる不快感。身体が変質する気持ち悪さと痛いのかどうかすらわからない表現しようのない感覚に襲われる。
『フェイト――』
「大丈夫。レヴィと一緒なら絶対、大丈夫だから。
だから――私と、一つになろう」
フェイトの言葉にレヴィも、シュテルも、そして、バルディッシュも声もなく同意を示す。
示された同意の意志がフェイトに伝わる。
「常に目指すのは最強の自分」
『あぁ、遂に来てしまった。この時が』
『比翼の鳥と言うらしい』
〈
そうして放たれる4つの言葉。
それはレヴィとフェイトが一つになる魔法の呪文。
今はそれにシュテルまでも追加し、即興で呪文を唱える。それはもはや何が起こるのかすら予想できない、いわばパンドラの箱。
「我が身が求めしは理想の体」
『なんと悲しいことか、世界はやはり誰にでも優しく、誰にも優しくない』
『二つが揃わなければ飛べない不完全な鳥であるが、我らは四つ』
〈
パンドラの箱の中にはあまたの絶望が詰まっているという。
「体は二つ、心は三つ。だけど今だけは体は一つで、心も一つ」
『だけど、私だけは優しくあろうとそう決めた』
『ならば揃った我らは羽ばたき、どこまでも飛んでいこう』
〈
しかし相手は人型の絶望。
絶望の権化が相手であるのならば――
「その全てで、理想を追い求める事に決めた」
『その全てで、理想を追い求める事に決めた』
『その全てで、理想を追い求める事に決めた』
〈
――パンドラの箱の中には、希望のみが入っているはずなのだから。
『だから私は、
言葉は一つとなり、フェイトの変革も終わる。
身体はフォーミュラドライブ独特の光を放ち、綺麗な金髪の中に、爽やかな水色の房がメッシュのように混じる。
それはまるで、本当にフェイトとレヴィが一つになってしまったのかの如く。
『ある意味失敗で、ある意味成功ですね』
『フェイト』の中からシュテルの声が響く。シュテルだけは従来のユニゾンと同じ状況であるらしい。
『うん、そうだね』
そう言う『フェイト』の声は二重音声のように、同じ声が重なって放たれる。
その身体からは、抑えきれない魔力が、緋色の焔と蒼に包まれる金色の稲妻となって迸る。
『この状態のあなたを、私はどう呼びましょうか』
『どうでもいいよ。
『そうですか、では今は保留にしておきましょう』
シュテルと喋りながら身体の調子を確認していると、こみ上げてくる嘔吐感を我慢できずに、せき込む。
『ごほっ、がはっ』
咳をするように吐き出したそれは、グローブに包まれた手を赤く染め上げていた。
『大丈夫ですか』
『ナノマシンの急な改造と、融合事故は流石に負荷が高いみたいだね。即死しなかっただけマシ、かな』
『これはますます時間がありませんね、早く戻りましょう』
シュテルの言葉にうなづき、汚れた手をマントで拭うと、両手に二つのデバイスを握りしめる。
『行こう、これで本当の本当に、最後にしよう』
そうつぶやくと、『フェイト』は神速で移動を開始した。
*************
そうして『フェイト』は間に合った。ヴィヴィオの掴むU-Dの腕を切り裂き、ヴィヴィオを救出した。
『ヴィヴィオ、無茶をさせて悪いんだけど、もう少しだけフォーミュラで皆を守ってあげて』
「は、はい」
U-Dから目を離さぬままヴィヴィオに向かってかけられた言葉に頷きつつ、ヴィヴィオは『フェイト』の言う通りにした。
『大丈夫。すぐ、終わらせるから』
離れていくヴィヴィオに向かってか、それとも目の前で咆哮を上げる
その言葉を聞くや否やU-Dが加速する。『神速』を用いた高速移動を行う。ただひたすらに眼前の
その動きはすでに神速の領域外に居るヴィヴィオでは見切れない速度であった。
しかし、届かない。
ヴィヴィオの視界では消えるようなスピードで高速移動をしたU-Dは気付いたら
ヴィヴィオが救出された際についた左腕の傷だけでなく、身体中に裂傷と火傷を負い、この一瞬で鮮血に塗れている。
そして今も、閃光が『フェイト』とU-Dの間で煌めくと、U-Dに傷が増えていく。
U-Dの防御力を超え、回復力を上回る速度で。
その閃光が傷を負わせている
閃光が煌めくのが先か、U-Dの傷が増えるのが先か。神速を発動していないヴィヴィオにはどちらが先なのかもわからなかった。
いや、神速を発動していてもわからないであろう。
なにせ、『神速』を用いて神速の領域にいるはずのU-Dですら《認識できていない》のだから。
マテリアル―Lの高速移動を解析し、実行しする事で
この
しかし戻ってきた、姿を変えたマテリアル―Lは
そして今もU-Dが動くより先に、認識不可能な閃光のみが迸る
それはレヴィがフェイトと同一化したことによる恩恵。
限界のないマテリアル―Lと、限界のあるフェイト・テスタロッサが合一となった故の
能力値を爆発的に上昇させ限界を超える強化魔法『神速』と。
人間のもつ
それらを
まさに御神流歩式奥義之極 神移。恭也ですら見せなかった、見せることのできない奥義の極点に至った今の『フェイト』は、UーDの2倍以上に早く、全てが停止した世界に居る。
そんな誰もが追いつけない孤独の世界に居る『フェイト』が繰り出す技こそ、もう一つの極点。
停止した世界で、呼吸を整え、左右の手に握る轟雷の特大剣と爆焔の特大剣を同時に、
停止した世界においてさえ神速と呼べる速度で振るわれた双特大剣は、まさに速度の足りぬ世界において、振った後の剣閃しか認識できない。
それがU-Dを傷つける閃光の正体であった。
しかし、いくら強化されても、いくら
『フェイト』の感覚で言えば気づけば、通常の速度の世界では一瞬で。『フェイト』の身体は血に塗れていた。
筋肉は千切れ骨は砕け内蔵は機能障害を起こす。
閃光の煌きはより多くなり、それがもたらす傷はより深くU-Dを傷つけている。
そしてそれに比例して、『フェイト』の身体もまた、傷ついていく。
『そろそろお互い限界だね』
だから零れた言葉。
『フェイト』がU-Dへと向けたその言葉によってU-Dはあることに気づく。
――声が届く。
意識の加速をもたらしていた『神速』の強化魔法が解除されている。
それだけではなく、ほぼ無意識といっていいほどに行っていた自動回復が発動しておらず、意識的に使おうとしても魔力の流れが阻害されているのか効果が著しく減退している。
それはマテリアル―Sの罠にかかり取り込まされたウィルスと似た感覚であった。
『だいぶ斬ったけど、やっと君の内側にまでフォーミュラが届いた。フォーミュラの本質は解析と分解、そして再構築。今君の体を毒が蝕むように徐々に君の力を削いでいっている』
口や鼻、目から流れてくる血を拭いながら『フェイト』は言う。
「■■■■■■■――――――――!!!!」
『さぁ、もう終わらせよう』
咆哮をあげながら『フェイト』へと突撃するU-D。その速度はもう高速移動など間違っても言えない速度。
それを二本の特大剣を構え迎え撃つ『フェイト』。
閃光が煌く。
二本の閃光がU-Dを切り裂く。
「あ―――――――」
その閃光にU-Dは耐え切れず、か細い声を上げ意識を失う。U-Dとしての機能が積みかさなった負荷に強制終了する。
そうして墜落を始めるU-Dを、ユーリを見て『フェイト』とシュテルが声を上げる。
『ディアーチェ!』
『王よ!』
『フェイト』によってU-Dの脅威から逃れたヴィヴィオがまず初めに行ったのがディアーチェの治療であった。
作戦の要ゆえに、最後の締めはディアーチェが、
そうして、直されてからU-Dが完全に行動不能になるまで、ディアーチェは耐えた。
生命力も削られ、長期戦によって魔力はともかく体力は残り少ない中、意識を失わぬよう強い意志でその瞬間を待ち続けた。
「待ちくたびれたぞ! この時を!」
空にディアーチェの声が響き渡ると、落ち始めユーリを掬うように極大の闇が下方から湧き上がる。
万感の思いで待ち続けた瞬間がやっと来る。
万雷の拍手を鳴らせ。
万雷の喝采を奏でよ。
「さぁ、終幕の時! 我の下に帰って来い! ユーリ!!」
その言葉と共に闇がユーリを包み込む。
意識を失ったはずのユーリにも声が聞こえた。
ユーリと、自分を呼ぶ
「ゆーり。それが、私の名前……?」
「そうだ。ユーリ・エーベルヴァイン。紫天の盟主にして我らが同胞。家族の名だ」
気づけばユーリはディアーチェの腕の中に抱えられていた。
目を開けば、優しい表情のディアーチェが見えた。その姿は傷だらけであり、その傷をつけたのは自分であることは想像に難くない。
「あぁ、マテリアル―L。ごめんなさい……私は……」
目の前のディアーチェの痛ましい姿に涙を流すユーリの目元を、ディアーチェは拭い、涙を払う。
「たわけ、家族が非行に走ったのなら止めるのが家族の役目。それに、我が名はロード・ディアーチェ、闇統べる王。貴様の暴虐すら、全て支配する王の中の王ぞ」
それに――、とディアーチェは言葉を繋げ、ユーリに周囲を視るよう促す。
「見よ。ここにいる全員が貴様を救うために戦い、そして生き延びた。砕けえぬ闇なにするものぞ、我らにはそれも塵芥に過ぎぬ。貴様は、誰の命も奪わなかったのだ」
ディアーチェに促され辺りを見回すと、自分たちを囲むように複数の人影が見えた。誰もが少なくない怪我をしているように見えるのに、その全てが自分の事を慈しむような、安堵したような表情を浮かべていた。
自分に対してそんな顔をする人は、もうユーリの記憶にはない。
「ごめ……ごめん、なさい」
向けられる優しさに耐えきれるはずが無く、ユーリは瞳は涙であふれ、ユーリの口からは謝罪の言葉が零れる。
『ちがうよ、ユーリ』
『フェイト』がその言葉を窘める。
『そうですよ、ユーリ。』
シュテルもまた、ユーリの謝罪を窘める。
「こういう時はな、『ありがとう』と、感謝の言葉を述べるのだ」
ディアーチェの言葉にユーリは呆気にとられるも、腑に落ちた感触を得ていた。
「ありが、とう?」
「そうだ」
――そうだ、この気持ちは、この涙の理由は。
ユーリの心を満たして溢れ出た気持ち。それはユーリにとっては謝罪という形でしか表現できなかった。
しかし、それを訂正された。
「ありがとう」
『うん』
嬉しかった。自分を止めてくれて。
「ありがとう」
『はい』
嬉しかった。自分を救ってくれて。
「ありがとう、ございます!」
だからその気持ちを表現するために、ユーリは生まれて初めて、大声で感謝の言葉を述べ、大泣きした。
今度はその涙を拭うものは居ない。
新生児の泣き声を止めるものがいないように。
ユーリ・エーベルヴァインは、ここに産声をあげた――。
GOD編、最終決戦。完
残すは最終話のみ。
GODの最後といえば―――
次回「魔法少女リリカルなのは L×F= GOD編最終話『Story of [Farewell]』」
出会いがあれば、別れがある。