デジモンアドベンチャー 選ばれてない子供   作:noppera

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大変お待たせしてしまいました。
今後の展開に悩みに悩んでいると、気が付いたらこんなに時間が経ってしまいました。
また今後も忙しくなると思うので、更新頻度は落ちると思われます。ご了承ください。


第39話 過去のこと、強くなること

 朝食を済ませた信人とメカノリモンは地下の整備場に下りて来ていた。

 ここには水道が通っているので水は確保でき、以前ここにいたメカノリモンが使っていたと思われる大きめの掃除用具があった。

 信人はそこからバケツと雑巾を拝借し、水道でバケツに水を溜めはじめる。

 その様子を見ながら、改めてここは不思議な場所だなと信人は思っていた。

 

「(馬鹿みたいに長い時間経ってるのに、風化なんてほとんどしてない)」

 

 ここに残された情報が真実であれば、この研究所はデジタルワールドで1万年以上存在しているにも関わらず劣化などはほとんど見られない。

 これがあの結界のおかげだとしても、その結界だってウィッチモンが言うには非常に優れたものだと言っていたので相当な技術が必要なはずだと信人は考えていた。

 

「(ここを使ってたのは人間……デジタルワールドだし、結界やらなんやらもプログラミングとか情報技術でどうにかなりそうだ。そうだとしても、相当長けてたんだろうな……)」

 

 デジタルワールドにおいて事物を構成する最小単位は原子や分子ではなく、コンピュータやネットワーク上に存在するデータである。

 そのデータを扱う知識に長けていれば、データを操作して様々な事象を起こすことは可能だ。

 もちろん起こす事象によっては大がかりな機器や膨大な量のプログラムが必要になり、限界もある。

 実際、ナノモンから押し付けられた膨大な情報技術知識をもった信人でも、この研究所の大がかりな設備がなければストライクドラモンに対して打つ手がなかった。

 その点に関しては信人は幸運だったと言える……あのような出来事が起きなければそもそもここに来る必要もなかったのも事実だが……

 このような思考をしている間にバケツに水が溜め終わり準備が完了した。

 

「準備よし。水は苦手だって言ってたけど、少し我慢してくれよ」

 

「キチント拭イテ、水気ヲ取ッテ頂ケレバ大丈夫デス」

 

 信人はメカノリモンの言葉に頷き、絞った雑巾を使って丁寧にメカノリモンのボディを拭いていく。

 汚れはそこまで頑固なものではなく、少し力を入れて拭いただけで汚れはきれいに落ちていき、鋼鉄のボディは徐々に光沢を取り戻し始める。

 このまま黙って磨くのも何なので、信人は先ほどまで考えていたことについてメカノリモンに話を振ってみることにした。

 

「メカノリモン、ここって何なんだろうな? 人間がいたみたいだし、長い時間が経ってるはずなのにほとんど劣化がないし……」

 

「現存スル資料ダケデハ何トモ言エマセンガ……何カ大キナ目的ガアッタノハタシカデショウ」

 

「やっぱりそういう事までしかわからないよな……」

 

「……実ハ一点ダケ気ニナルコトガアリマス。非常ニ曖昧ナ記憶デスガ、私ハコノ研究所ヲ知ッテイタヨウナ気ガシマス」

 

「ほんとか!?」

 

 これ以上情報が出ないと思っていた信人はメカノリモンの言葉に驚きを露わにした。

 

「じゃあ、デジタマになる前はここにいたってことになるのか?」

 

「アクマデ私ノ感ジタ事ガ間違ッテイナケレバノ話デスガ、ソウダト思イマス。最初ニココニ来タ時ハ何トモ思イマセンデシタガ、ココデ過ゴスウチニソウ感ジラレルヨウニナリマシタ」

 

「そうか……後で資料を見直して見るか。ここにいたデジモンの事が他にも書かれているかも知れないし」

 

「シカシ、私ノ勘違イノ可能性モアリマス」

 

「いや、多分その直感は正しいと思う。それならパスワードが一発で解けたことに説明がつく」

 

「……私ガ無意識ノ内ニパスワードヲ思イ出シタトイウ事デスカ?」

 

「そうだ。いくらなんでもあれは偶然だとは思えない」

 

 メカノリモンが一発で解いたパスワードは8ケタ英数で構成されていて、これを予備知識やヒントを知らずに一発で突破する確率は天文学的なものになる。

 それと比べれば、まだメカノリモンがデジタマに還る前にこの研究所にいたという事の方が現実味がある。

 

「……モシカスルト、船ヲ操縦シテイタ時モ……」

 

「無意識のうちにここに向かっていた……そこまでは何とも言えないな」

 

「デスガパスワードノ件ヲ考エルト、私ガココニ居タトイウ可能性ハ高ソウデス」

 

「そうだな。しかし、こんなところで手がかりが得られるなんてな……」

 

 メカノリモンの過去についてはまったく手がかりがない状態だったので、ここで情報が得られたのは僥倖だった。

 しかし、メカノリモンの過去を正確に把握するにはまだまだかかりそうだった。

 

「(……資料を見直すとは言ったけど、ここにいたデジモンってかなり多いんだよな……ここで研究に従事していたメカノリモンかもしれないし、実験のために連れてこられたデジモンかもしれないし……)」

 

 この研究所でのデジモンの出入りは結構多く、また記録に残っているのも実験に使われたデジモンがほとんどであり、ここで研究に従事させられていたデジモンに関しての記述はほとんどない。

 知りたいことにたどり着くまでの道のりはまだまだ遠い。

 

「マスター、ソノ話モ興味深イデスガ……ストライクドラモンノ治療ノ件デ提案ガアリマス」

 

「提案……何だ?」

 

「支障ガナイノデアレバ、体内データノ調整ノ際ニ私ノ体内データヲストライクドラモンニ移植シテ頂キタイノデス」

 

 メカノリモンは話題を替え、ストライクドラモンの治療についての話を仕出し、さらに自分のデータをストライクドラモンに移植してほしいという提案をする。

 急な話であったので信人はきょとんとした顔をする。

 

「これまた急な話だな……どうしてそうしてほしいんだ?」

 

「ハグルモンノ時ニ持ッテイタウイルス制御機構ハ失ワレテシマイマシタガ、データノ中ニ残骸程度ナラマダ残ッテイルカモ知レマセン。ソレガウイルスデータヲ取リ込ム時ニ役ニ立ツ可能性ガアリマス。ソレト……」

 

「それと?」

 

「……願掛ケノヨウナモノデス。長ク共ニ過ゴセレバト思イマシテ……」

 

 メカノリモンは信人と同じようにストライクドラモンの治療について心配しており、今回の提案はストライクドラモンの治療の成功を願っているという思いからくるものであった。

 いつも冷静で、自分からは感情をあまり表に出ないメカノリモンにしては感情的な面が強い提案だったので、メカノリモンの意外な一面を見た気がした信人はうれしくなり顔を綻ばせた。

 

「そういう事なら考えてみるよ」

 

「ヨロシクオ願イシマス」

 

 その後は黙々と洗浄をしながら時間は過ぎて行き、機体の掃除は特にトラブルが起こることもなく終えることが出来た。

 機体の掃除を終えた信人は、せっかくだからと思いコックピットの掃除までした。

 そこまで汚れてはいなかったので、コックピットの掃除は10分程度で終了する。

 

「終わったぁ……」

 

「アリガトウゴザイマス」

 

「全部やると、結構掛かったな……ちょっと休んでからウィッチモンの様子を見るか……」

 

 信人はそのままメカノリモンの座席に体を埋め、少し休息を取ろうとする。

 そのまま5分ほど時間が流れると、メカノリモンはコックピットから健やかな寝息が聞こえて来るのに気付く。

 

「マスター?」

 

「……すぅ………すぅ……」

 

 昨日ダークエリアから帰ってきた上に、朝の騒ぎで無理やり起こされてしまった形になった信人は、休息中に襲ってきた睡魔に耐えることが出来ず、そのまま眠ってしまったようだ。

 やはり疲れが残っていたかと思ったメカノリモンは、このまま信人を寝かせる事に決め、自分もスリープモードに入ることにした。

 しかしそう決めた矢先、エレベータが起動して誰かかが下に降りてきているのに気づく。

 メカノリモンはハッチを静かに閉めて信人の安眠を守り、体を動かさず目線だけをエレベーターに投げかけた。

 

「あら、地下はこんな風になってるのねぇ……」

 

 エレベータの中から姿を現したのは、上で資料の閲覧に夢中のはずのウィッチモンだった。

 

「モウ気ハ済ミマシタカ?」

 

「まだに決まってるじゃない」

 

「……………」

 

 何の悪気もなく言い放ったウィッチモンを前にメカノリモンは閉口せざる負えなかった。

 表情は変えられないが、メカノリモンは非難するようにモノアイでウィッチモンを睨む。

 それを真正面から受けたウィッチモンは、降参と言った具合に両手を上げた。

 

「……今度から自重するわよ。そっちにだって事情があるわけだし」

 

「分カッテ頂ケレバ結構デス」

 

「で、あの子はどこに行ったのかしら?」

 

「コックピットデ睡眠中デス。朝ノ騒ギデ寝不足ナノデショウ」

 

「あ、あれはあいつが……!」

 

「……………」

 

「な、何でもないわ……」

 

 再び睨まれて痛いところをつかれたウィッチモンは閉口を余儀なくされ、形勢が圧倒的不利だと悟ったウィッチモンはさっさと本題に入ることに決めた。

 

「まぁ、事前連絡ってことであなたに聞いて貰いましょう」

 

「何カアッタノデスカ?」

 

「データを漁ってる最中に、あなた達の立てていた治療手法をまとめた資料を見たのよ。あれはあの子1人で立てたのかしら?」

 

「私モイクラカ助言シマシタガ、基本ハソウデス」

 

「ふぅん。一週間ちょっとでやったにしては素晴らしい出来だと思うわ。ウイルスを取り込むっていう基本手法も間違ってないはずよ。でも、私が思うに穴がいくつかあるのよ。そのあたりを議論したいなぁって思ってね……」

 

「ツマリ、協力シテ頂ケルト?」

 

「まぁ、そうなるわね。あれだけのものを見せてもらって、お礼しないわけにいかないしね」

 

 メカノリモンは一瞬黙考するが、研究者として生活するウィッチモンが協力してくれれば信人の力になれるだろうと思い、この提案を受け入れる事にする。

 

「分カリマシタ。マスターガ起オキレバ、私カラ言ッテオキマス」

 

「よろしくね」

 

 ウィッチモンは踵を返して再びエレベーターに乗ろうとするが、今度はメカノリモンの方から声をかけた。

 

「……ウィッチモン、アナタハココヲドウ思イマスカ?」

 

「天国!! ……だと思ったんだけどね」

 

 明るい笑顔でここを天国だと言い放ったウィッチモンだが、今度は一転して暗い表情になる。

 

「ここにはとんでもない数の研究資料と実験結果があるんだから、研究者から見ればほんとに天国よ。ただ……持ち主の性格はよろしくなかったみたいだけど」

 

「性格?」

 

「資料を見ててあの子も感じてたと思うけど、かなり残酷な実験が多いわ。たぶん、私達デジモンの事を道具かなんかだと思っていたのでしょうね。私も研究者としてはマッド寄りだと自覚してるけど、ここに居た奴はさすがにやり過ぎって思うわ……」

 

 信人が参考にした堕天実験を始め、この研究所ではデジモンの命を度外視して行われた実験が数多くあった。

 同じ研究者のウィッチモンでも怒りを覚えたらしく、嫌悪感が表情に滲み出ていた。

 

「そして目的は恐らく……強さね。ざっと見た限り、最初の頃の実験はデジモンの生態に関する物が多いけど、後にいかにしてデジモンを強くするかの実験にシフトしてるわ」

 

「道具……強サ……」

 

「まぁ、実験があったことに対しては今更どうしようもないし、知識そのものに罪はないわ。問題はどう扱うかだけど、あの子なら大丈夫……でしょう?」

 

「当然デス」

 

「ふふ。じゃあ、ちゃんと伝えといてね」

 

 最後に小さく笑ったウィッチモンは、今度こそエレベーターに乗り込んで上の階層へと登って行った。

 残されたメカノリモンは暫らくウィッチモンの姿を目で追っていたが、やがて周囲の整備場へと目をやった。

 見渡していくうちに、メカノリモンは微かな疼きを記憶領域の奥の奥で感じていた。

 そして先ほど話していた無意識でパスワードを知っていたという話と、知らず知らずのうちにこの研究所へと船を進めていたかもしれないという話を思い出した。

 

「(ヤハリ知ッテイル……デスガ何故、忘レテイタノデショウ。単ナル記憶破損……ニシテハ、随分都合ヨクパスワードヲ思イ出シタヨウデスガ……)」

 

 パスワードの解読を任されたとき、できれば信人を手を煩わせずにパスワードを突破したいとメカノリモンは願った。

 あのパスワードが思い浮かんだのは、そんな風に信人の力になりたいと思っていた時だった。

 

「(記憶ガ呼ビ起コサレタ原因ガソレダトスルト……イヤ、デハ船ノ時ハ?)」

 

 パスワードの時は必要に迫られたからこそ、無意識下で記憶を思い出すことができたと考えたが、では最初にこの場所に来た時はどうだろうか?

 この研究所に最初に来た時、信人は別にこの研究所を必要としていなかった。

 なのに、あの時ハグルモンとして船を操縦していたメカノリモンはこの研究所へと突っ込んだ。

 もちろん単なる偶然で片づけることもできたが、メカノリモンは因果関係があるように思えて仕方がなかった。

 

「(研究所ニ帰リタカッタ? ……シカシ、アノルートダト……)」

 

 メカノリモンはこの結果に船が突っ込んだ時の事を思い出す。

 あの時、船は円形に立ち並んだ鉄塔の間をすり抜け、そのまま円の中央を突っ切ろうとした。

 だが、もしそのまま船が突き進んでいれば……

 

「(激突ハ確実……恐ラクココハ崩壊シテイタデショウ……)」

 

 メカノリモンの想像通り、研究所は崩壊していただろう。 

 無意識下であっても、帰りたいと思った場所にそのようなことをするだろうか?

 

「(ムシロ、破壊シタカッタ?)」

 

 もし無意識下で望んでいたとしたら、そちらの方がしっくりくる。

 そうなると必然的に、メカノリモンがここに居たすると、いい思い出などまったくないという事になる。

 破壊したいと無意識下で望むほどのなのだから……

 

「(破壊シタイホドノ過去……思イ出スベキナノデショウカ?)」

 

 このまま忘れた方がいいのではないか、思い出しても碌な事にならないのではないかとメカノリモンが思い始めた。

 いつもは冷静な思考がざわめき、過去に目をつぶってしまおうかと考えた時、メカノリモンは何故か信人の寝息が気になった。

 

「……すぅ……すぅ……」

 

「…………」

 

 信人が側にいるのだと認識すると、不思議なことにメカノリモンのざわめきだした心は落ち着いていき、記憶領域の奥で感じていた疼きも消えて行った。

 何で安心を得られたのは分からない。

 しかしこれこそが、メカノリモンが以前言っていた信人と一緒にいる事で得られた「遠い昔に得られなかった何か」だと、半ば確信していた。

 メカノリモンはその正体を確かめ、それを感じさせてくれた信人に礼が言いたいと考えていた。

 そのためには過去を思い出すことは必然であるが、何故か今は先ほどまで感じていた不安はない。

 これならば、凄惨であろうメカノリモンの過去にも向き合うことが出来るだろう。

 

「(シカシ、手ガカリハ少ナイ。私ノ過去ニ時間ヲ掛ケルヨリモ、今ハストライクドラモンノ治療ニ注力シマショウ)」

 

 過去を探るにしても、ここにいたデジモンの数はそれなりに多い。

 メカノリモン自身がどのデジモンだったか思い出さない限り、今の状況では過去を思い出すのは厳しいだろう。

 

「(私ノ事ハ片手間デイイト、後デマスターニ伝エマショウ)」

 

 信人と似たような思考になったメカノリモンは、今はストライクドラモンの治療に集中すべきという結論を下し、先ほどは邪魔をされてしまったスリープモードへと入った。

 

……………

………

……

 

 メカノリモンと信人が揃って休息に入っていた頃、外の砂漠ではミケモンとストライクドラモンが組手をしていた。

 両者は信人が旅立ったその日から何度もこのように模擬戦を行っており、もはやライバルとも言える関係になりつつある。

 

 ストライクドラモンの拳と足には鋭い爪があり、尻尾の先は固いメタルパーツで覆っているが、組手中は麻袋のようなものを何重にも被せて安全を確保している。

 しかし、組手を行う本人達の表情は実戦さながらのものだった。

 

「おらぁ!」

 

「ふっ! はぁ!」

 

 両者の間にはかなりの体格差があり、一見ミケモンの方が不利に見えるが、軽い身のこなしと高い跳躍力を生かしてストライクドラモンの攻撃を避け、懐に入る隙を窺う。

 体格差があると言ったが、体の小さなミケモンが懐に入り込めれば逆に立ち回りやすくなる。

 ストライクドラモンはそうはさせないと、下に潜りこまれそうになれば蹴りを放ち、横から抜けて後ろをとるようであれば尻尾を振って牽制する。

 

「(長くなった尻尾の使い方を覚えてる……中々懐に入れない)」

 

 組手をやり始めた当初は進化して長くなった尻尾を持て余していたが、今となっては重要な武器の1つである。

 

「(……仕掛ける)」

 

 中々懐に入れない事をまずいと思ったミケモンは小技を使うことに決めた。

 ミケモンは少し足に力を入れ、ストライクドラモンの胸元のあたりまで飛び上がる。

 ミケモンは跳躍力はあるが、翼を持っているわけではないので空中で体勢を変えることは難しい。

 何か空中に足場があれば別だが、この砂漠ではそんなものがあるわけがなく、ストライクドラモンはこの跳躍がミケモンの隙だと判断して拳を突き出したが……

 

「!?」

 

 パンチを振り抜こうとした矢先、ストライクドラモンの鼻先を何かが一瞬横切った。

 これに驚いたストライクドラモンは少し仰け反り、中途半端に拳を止めてしまう。

 

「はぁ!」

 

「うお!?」

 

 ミケモンは空中でその拳を両手で掴み、掴んだまま体を縦にくるりと回転させる。

 こうなるとストライクドラモンの腕は思いっきり引っ張られることになり、ストライクドラモンは踏ん張れずに前につんのめる。

 そして、前傾姿勢となってしまったストライクドラモンの眼前の空中には、ストライクドラモンの腕を足場にして体勢を立て直したミケモンの姿があった。

 

「≪肉球パンチ≫!」

 

「ぐぅ!?」

 

 不安定な姿勢でミケモンのパンチを受けてしまったため、ストライクドラモンは耐えきれずに尻餅をついてしまった。

 この一撃が入った瞬間、今の組手の結果はミケモンの勝利となった。

 

「いっつ……何だよさっきのは?」

 

「これ」

 

 ストライクドラモンの疑問に対し、ミケモンは自分の尻尾をふりふりと振っていた。

 先ほどストライクドラモンの鼻先をかすめたのは、このミケモンの尻尾だったのだ。

 

「お前も尻尾使えたのかよ」

 

「あなたみたいには使えない。今みたいに猫騙しに使うくらい」

 

「……とてもそれだけに使えるスピードじゃねぇだろ」

 

 不意を突かれたとはいえ、ストライクドラモンが視認できなかったのでスピードは相当なものだったはずだ。

 恐らく鞭のように使う事もできるのだろう。

 

「次は見切るからな……」

 

「……少し休憩」

 

「ん? まだまだ俺はやれるぜ」

 

「私がもたない」

 

「……へぇ~、お前の方がもたないのか。そうかそうか……」

 

「…………」

 

 ストライクドラモンはミケモンの発言を弱音と受け取ると、ドラコモン時代に散々打ちのめさせられた鬱憤が少し晴れたのか、意地の悪い笑みを浮かべていた。

 ミケモンは表情こそ変えないが、尻尾の振りが速くなっているところを見ると、少しイラついたようだ。

 

「……彼が帰ってきて嬉しい?」

 

「……いきなり何言い出しやがる」

 

 ミケモンはその仕返しのためか、昨晩の組み手を投げ出してまで信人に会いに行った話をぶり返させる。

 たしかに無事に戻ってきたのは嬉しいと思うストライクドラモンだが、このように面と向かって聞かれると(しかもライバルと言えるミケモンから)あまり素直な性格ではないのでその感情を表に出さず、むすっとした表情で黙り込み、その場に乱暴に座った。

 思い通りの仕返しができたミケモンは尻尾の振りをゆったりとした動きに戻し、ストライクドラモンの横に座る。

 

「まぁ、これであなたの弱点はなくなる」

 

「あぁ。信人には借りができたな……」

 

「また、あなたは強くなれる」

 

 ミケモンはまるでそれが自分のことであるような喜びを感じ、ストライクドラモンを見て小さな微笑みを浮かべた。

 

「お前がうれしいのか?」

 

「そう。こうやって弟子が強くなるのは、師匠としてうれしい」

 

「そんなもんか……って誰が弟子だ!?」

 

「あなたに修行をつけたのは?」

 

「ぐぅ!?」

 

「今も組み手で私が大きく勝ち越してる。そういう関係も間違いじゃない」

 

「ぐぐぐ……わかったよ! 好きにしろ!」

 

 ミケモンの弟子発言に食いついたストライクドラモンだが、現状や過去に修行をつけてもらったことを考えるとそのことを否定することはできず、悔しそうに顔を背けた。

 

「(でも、すぐに師匠は名乗れなくなる……そうなるのが、楽しみ)」

 

 ミケモンは内心でストライクドラモンがすぐに自分を追い越すだろうと半ば確信していた。

 それほどにストライクドラモンの実力の伸びは凄まじいものがあり、現状でも恐らく知性のない完全体あたりならさほど苦労もなく倒せるだろうとミケモンは踏んでいた。

 そのストライクドラモンの強さに対して、ミケモンが嫉妬などの暗い感情を抱くことはなく、どこまで強くなれるかと言う期待が胸の内を占めていた。

 ミケモンの心は軽く、そのせいか心の内だけに留めようと思った言葉がふと零れた。

 

「……また旅に出てもいいかもしれない」

 

「旅?」

 

 顔は背けていたストライクドラモンだったが、その言葉に興味を持ったのでミケモンの方に顔を向けた。

 思わず漏れた言葉にミケモンは口に手を当てて「しまった」と言う表情をするが、別に隠す事でもないという事で、言葉の意味を話すことにした。

 

「……少し前までは、各地を旅して腕を磨いていた」

 

「へぇ、何でだ?」

 

「強くなりたかった理由は生き残るため。でも、しだいに強くなることが生きがいになってて、もっと強くなるために旅をすることにした」

 

 サーバ大陸はファイル島に比べると凶暴なデジモンが多く生息しており、まだ成長期の頃からは何度となくそのようなデジモンに襲われた。

 そのデジモン達と戦って生き残るためには、知恵や持てる力を総動員させて戦う必要があった。

 そうやって戦いを積み重ねるうちに、いつの間にか戦いの後は疲労感よりも敵を打ちのめしたという達成感を感じるようになり、どうやったら勝てるのかと頭を捻らせることも苦ではなくなり、むしろ楽しむようになった。

 そうなると今度は強者との戦いを求めるようになり、そのために旅をするようになったのだ。

 

「……じゃあ、何で旅をやめたんだ?」

 

「……ある時から、鍛錬や実戦を積んでも力が伸びにくくなった。完全体へも進化できず、悩んでた時にピッコロモンに会った。彼が旅をやめてゆっくり考えるも1つの手だと言ったから、それを受け入れてあそこに住んだ」

 

 ミケモンが旅をやめる少し前、当時のミケモンは鍛練を積み重ねるも中々力が身につかず、能力が伸びにくくなったと悩んでおり、そんな時に結界の外に出ていたピッコロモンと出会った。

 ミケモンとピッコロモンは手合わせをした後に友好を深め、ミケモンは自分の一段上の成長段階へと達していたピッコロモンに抱えていた悩みを相談した。

 相談を受けたピッコロモンは一緒に悩むも、答えを出すには至らず、一つの案として暫くここに留まって自分を見つめなおしてはどうかと提案し、ミケモンはその言葉を受けてピッコロモンの元での定住を決めた。

 未だ悩みの解決には至ってないが、ピッコロモンとの生活は中々有意義なものだったので、かなり長い時間をあそこで過ごしている。

 

「ピッコロモンの実力は高い。だから修行相手には困らないと思ってたけど……あの子と旅をして、少し見ないうちに強くなったあなたを見たら、やっぱり旅に出た方がいいと思った」

 

「……旅が、俺を強くしたって考えてるのか?」

 

「旅をしていればいろんな刺激や困難に出会って、成長を促す。出会うものが楽しいものでも辛いものでも……あなたの場合、あの子が捕らえられるという困難を前に、進化してその事態を乗り越えた。これは紛れもなく、成長したという事」

 

「…………」

 

 信人はミケモンに太一達と同じように説明し、ナノモンとの対決は伝えたが自分の状態は隠していた。

 なので、ストライクドラモンとミケモンの間には、進化したときの状況の認識が食い違いが起こっており、ミケモンは信人がギリギリのところで救われたと思っている。

 もし知っていれば、気を使ってこのような話題にはしないだろう。

 ストライクドラモンはあの事を一瞬だけ思い出して暗い顔をするが、それを直ぐに振り払った。

 

「(あの事を後悔するよりも、強くなってあんなことを起こさせないようしねぇとな)」

 

「……どうしたの?」

 

「何でもねぇ。なぁ、そろそろ休憩は終わりにしねぇか?」

 

「分かった」

 

「次は負けねぇ」

 

「こちらこそ」

 

 ストライクドラモンとミケモンは勢いよく立ち上がり、先ほどまで組手をしていた位置へと戻っていった。

 

……………

………

……

 

 太一が次元の歪みへと消えてから約2週間が経過した夜……選ばれし子供達とそのデジモン達は、焚火を囲んで夕食をとっていた。

 しかし、雰囲気は重苦しく、表情は暗い。

 最近の食事風景はずっとこんな感じであった。

 

「……太一、見つからないわね」

 

 空が思わず零した言葉に、他の子供達の表情もさらに暗くなる。

 信人達は当初の目標の達成を目の前にしているが、それとは対照的に、選ばれし子供達の太一の捜索はまったく進展がなかった。

 

「もっと、遠くに探しに行ってみないと駄目なのでしょうか?」

 

「遠くと言っても手がかりがないんじゃどこに探しに行けばいいか……何かいい方があればいいんだけどな」

 

 表情は暗くとも、光子郎とヤマトは太一を探すことを諦めたわけではなく、今もどのように探し当てるかで頭を悩ませている。

 しかし、そんな雲をつかむような話を前にいい方法など思いつくはずがなく、議論はそこで終わってしまう。

 

「……いい方法なんてない。手がかりがまったくないんじゃ、どうしようもないよ」

 

 丈が弱気な発言をするが、誰もそれを咎める事も励ますこともしなかった。

 2週間もかかって手がかりもなしという結果を前に、子供達の心は折れかかっているのだ。

 太一を見捨てるという事は出来ないし、したくないとも思ってはいるが、そのために努力しても手がかりすら掴めないというのは、これまで何とかやって来れた子供達でも流石に堪えた。

 

「……信人君は元気かな?」

 

 重い雰囲気の中、タケルが思い出したように呟いた。

 

「砂漠の研究所に行くって言ってましたよね。ストライクドラモンのウイルスへの敵対心を薄めるために」

 

「あぁ……悪い事したよな」

 

「でもアタシ……正直に言えば、怖いって思っちゃった」

 

 ピラミッドの地下でエテモンと対峙した時と、メタルグレイモンがエテモンと戦っている時に、

ストライクドラモンはウイルスへの攻撃本能を剥き出しにし、その姿を見た選ばれし子供達はスカルグレイモンを思い出してしまい、ストライクドラモンを恐れてしまった。

 その恐れが信人の単独行動を許したことは否定できないが、今の子供達はその事について十分反省していた。

 

「今度、信人君に謝らないと……アタシだって、パルモンが怖いって思われたら悲しいはずなのに……」

 

「ミミちゃん……太一を見つけたら、みんなで謝りに行きましょう」

 

「うん……」

 

「でも、大丈夫かな? 1人なんだよね」

 

「彼ならうまくやってるよ。年齢の割にかなりしっかりしてるからね」

 

「ストライクドラモンとメカノリモンもいますから、安全面でも心配ないでしょう」

 

「……あいつも頑張ってるはずだよな。だったら俺達も、もっと頑張らないとな」

 

「そうね。明日はどうする?」

 

「それじゃあ、あっちの方に……」

 

 話題を替えたおかげか、子供達の間に少し活力が戻り、明日の捜索の具体的な方針を話しあう事となった。

 

 そんな子供達の会話を、近くにあった岩の影で盗み聞きをしていたデジモンがいた。

 

「……ついに見つけたぞ、選ばれし子供達」

 

 岩陰に隠れているのは、ヴァンデモンの部下であるピコデビモンであった。

 ヴァンデモンの命令を受けたピコデビモンは各地を飛び回って選ばれし子供達を探し回り、今日ついに選ばれし子供達を発見したのだ。

 

「1人が行方不明でもう1人が別行動か……話を聞く限り、別行動の子供のほうが例外だな。でもまだ数が多い……」

 

 ピコデビモンは紋章を覚醒させないように妨害を命じられているが、馬鹿正直に正面から戦えば、6体のデジモンの前に敗れ去ることも重々承知していた。

 

「何とかしてバラバラにしないとな……しかしその前に、例外の子供の方の様子を見に行くか」

 

 ピコデビモンは選ばれし子供達に気付かれないように、抜き足差し足でその場を離れていく。

 その顔には狡猾な笑みが浮かんでいた。

 

 

 




次の話で治療に入る予定です。
感想批評をお待ちしております。

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