デジモンアドベンチャー 選ばれてない子供   作:noppera

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もう7月も終わりになって、ついに8月1日が近くなってきましたね。
ほんとはその日にデジタルワールドからの帰還の話を上げたかったのですが、テストやらなんやらで残念ながら無理そうです……今回もほとんど話進んでないし、信人君空気だし……。
でもその日には次話を上げたいと思います。

それと、ニコ生で8月1日にぼくらのウォーゲームの上映会があるらしいですね。非常に楽しみです。
生で見られる人は是非、そうでない人はタイムシフトで見ましょう。


第37話 姉妹の絆

 ダークエリア特有の灰色の空の下で、信人はメカノリモンを操作して瓦礫の撤去作業を行っていた。

 ベルスターモンのいう事が本当であれば、この真下には信人が求めていたものがあるので、撤去作業にも力が入る。

 しかし、いくらやる気があると言っても、かつて魔王型デジモンの拠点であったブラックルータパレスは巨大な建物であり、それが崩壊してしまえば瓦礫の量も膨大なので、一朝一夕では掘り返せなかった。

 そのため、信人はこの場所に3日間も滞在することになった。

 

「≪ジャイロブレイク≫!」

 

 メカノリモンの拳が大きな瓦礫を粉砕する。

 かれこれ3日間続けているこの作業も、ようやく終わりが見えてきたところだ。

 

「……よし、あと少しか?」

 

「ソノヨウデス」

 

「ほんっと時間かかったわね~、これはガンクゥモン様にどやされるかも」

 

「まぁ、この瓦礫の量では仕方あるまい」

 

 この場にいるのは信人とメカノリモンだけではなく、シスタモンノワールとベルスターモンが一緒に滞在していた。

 ノワールの目的は信人が掘り起こそうとしているアイテム……というより、ノワールの認識ではベルゼブモンの私物という方が正しい。

 せっかくここまで来たのだから何か記念品がほしいとのことだ。

 もちろんただ掘り返すのを待つだけではなく、周囲を警戒したり料理を作ったりしていた。

 

 ベルスターモンは信人達の護衛のために滞在している。

 万が一、ピエモンの部下達が捜索に出て来た時にはベルスターモンが戦い、その間に信人達が逃げる算段だ。

 護衛はベルスターモンが言いだした事である。

 実はベルスターモンもノワールと同様、地下室にあるものが見ていたいと思っている。

 以前訪れた時は鍵が掛かっており、あまり館を壊したくないので開けなかったらしい。

 しかし、今はもうここまで崩れてしまっていて、今更そんなこと気にする必要もないという結論に達した。

 

 ちなみに、ノワールとベルスターモンはここに滞在してる間にかなり親密な関係になっていた。

 ノワールはベルゼブモンレディと呼べそうな姿に進化したベルスターモンに強い憧れを抱くようになり、またベルスターモンもノワールに惹かれるものがあり、何かと気にかけるようになっていた。

 お互いの棲家の生活を語り合ったり、ベルゼブモンの武勇を語り合ったりと、割と共通点の多い2体の間に会話は尽きない。

 その時、実は信人は蚊帳の外だったりする。

 一度はベルゼブモンの武勇に興味を持って2人の話に混ぜてもらったのだが、そこから2体によるベルゼブモンについての集中講義が始まり、その日の作業時間のほとんどが潰れてしまった経験から、2人の会話には口を挟まないようにしようと決めていたからだ。

 信人はともかく、ノワールとベルスターモンはこの短い期間にだいぶ仲がよくなり、ノワールがベルスターモンに敬語で話したり、銃の手ほどきを受けることもあったりで、傍から見れば2人は軽い師弟関係、またはそれ以上の関係にあるように見える。

 

 ノワールとベルスターモンとは違い、この場所から去って行ったのはシスタモンブランとアスタモンの部下達だった。

 ブランはガンクゥモンに事の次第を伝えるために、アスタモンの部下達はアスタモンの言いつけを守り、黒いガルルモンの指揮下でこの場から離れて行った。

 自ら囮となったアスタモンは行方がつかめていない。

 しかし町に戻って情報を集めてきたベルスターモンの話によれば、まだ捕まってもいないし撃破もされていないことは確実だと言う。

 現在ピエモンの軍隊は予想外のアスタモンによる急襲によって混乱し、またその追撃で手一杯であるという。

 アスタモンはうまく立ち回っているらしく、警戒に出ているベルスターモン達が言うにはこちら側にくるデジモンは皆無だった。

 そのおかげで信人は3日間も撤去作業に集中することができ、いよいよ今日にも作業が終わるかもしれないといったところまできていた。

 そして……

 

「≪ジャイロブレイク≫!」

 

「いよっし……お、ベルスターモン。それっぽいもん見つけたけど」

 

「む……あぁ、まさしくこの扉だ」

 

 粉砕された瓦礫の下から姿を現したのは、いかにも頑丈そうな上開きになる鋼鉄の扉があった。

 しかしよく見ればところどころ錆びついており、また瓦礫の重さにギリギリで耐えていたので大きくひしゃげている。

 扉の大きさは大柄の大人でも普通に入れそうだが、メカノリモンのように横幅もあるデジモンは入るのが難しい。

 

「この状態ならメカノリモンで開けられそうだな。無理やり開けていいんだよな?」

 

「あぁ。ここまで崩れてしまえば、もう未練はない」

 

「よし、頼むぞメカノリモン」

 

了解(ラジャー)

 

 メカノリモンがひしゃげて隙間のできている部分に手をかけ、ゆっくりと力をかけていく。

 ダメージを受けていた扉は容易に形を変えていき、今までの撤去作業と比べてみるとかなり簡単に扉が開き、地下特有の暗い闇が口を開けた。

 メカノリモンがリニアレンズから光を照射させると、地下へと続く階段が姿を現した。

 

「ふぅ~、ここまで来るのにだいぶかかった」

 

「地下室って言ってたからジメジメしてると思ったけど、そうでもないわね」

 

 地下室からは不自然なほどに湿気を感じない。

 ダークエリアの環境特有のものなのか、それとも何かの仕掛けによるものなのかは地上デジタルワールド出身の信人とノワールには判断が付かない。

 ベルスターモンもこの手のことには疎いのか、この2人と同じように怪訝な顔をしている。

 

「……降りてみよう。私が先頭に立つ」

 

 とりあえず下りてみないと始まらないという事で、明かりを用意していたベルスターモンを列の先頭、メカノリモンから降りて戦闘力皆無の信人が中央、最後尾にノワールという形で地下室へと降りていくことになった。

 メカノリモンは外で警戒することになる。

 

 階段はそこまで長くなく、ものの数分で地下室に到達することができた。

 かなり警戒してゆっくりと進んできたため一同は拍子抜けだ。

 そして部屋の中を明かりで照らして見ると、何やら抱え込める程度の大きさの箱が棚に綺麗に並べてあった。

 明かりを近づけ箱の表面を観察してみると、「DANGER!」、「火気厳禁!」と書かれていたので、ベルスターモンは慌てて手元の明かりを遠ざける。

 慎重に部屋を観察するが、この箱以外に目ぼしいものは見つからない。

 

「ふむ……とりあえず外に出して見るか」

 

「そうね。う~ん、これじゃあ望み薄かも……」

 

 ノワールは無骨な箱を見て落胆しつつも、ベルスターモンと同じように箱を抱えて運び出す。

 信人はその足元を照らしながら階段を上り、1分と経たずに外に出ることができた。

 そして明かりを箱から遠ざけ、念のためベルスターモンが箱を開けることとなった。

 

「では、開けるぞ……む、これは……」

 

「ん? 何だこれ?」

 

 信人は中身が一瞬何かわからなかったが、他二人は気づいていた。

 何せ銃使いの自分たちが親しみを持つアイテムだったからだ。

 

「これ、銃弾じゃない!」

 

 箱の中に入れられていたのは銃弾であった。

 どうやらあの地下室は弾薬庫だったらしく、この中身であれば箱に書かれていた火気厳禁という注意書きも理解できる。

 そしてベルゼブモンの拠点であったこの場所にあったという事は、この弾薬はベルゼブモンが使っていたという事になる。

 

「なるほど……どうだ、メカノリモン」

 

「……望ミ以上デス。1個1個ノウイルスデータ保有量モ多ク、マダ地下ニアレダケノ数ガアルノデ、十分スギルカト」

 

 メカノリモンが弾丸を観察する。

 弾丸はこの場にある物だけではなく、地下には同じような箱がまだまだあるので、ストライクドラモンの治療に必要な分は問題ない。

 メカノリモンの見立てでは、自らが抱え込める程度持っていけば事足りるだろうということだ。

 

「じゃあ、これでいいんだな?」

 

「ハイ」

 

「よし! これで何とかなりそうだ。付き合ってくれてありがとな、ベルスターモン、ノワール」

 

「お礼を言うのはこっちの方よ! こういうものの方がベルゼブモン様らしいし、ここに来たいい記念になったわ!」

 

「私も気になっていたものが見れて満足だ。仲間をしっかり助けろよ」

 

「分かってる。さて、必要な量を運び出すか」

 

 それから信人達は地下室を何度かの往復し、必要な量を一旦外に運び出した。

 その途中に地下室に大きな空箱があるもの見つけることができ、メカノリモンには大箱の中に小さな箱を詰めた物を持たせることになった。

 往復回数はそれなりにあったが、運び出すものは軽かったため30分もかからずに作業は終了した。

 

 運び終えて一息入れたところで、ノワールが自分が持って帰る弾薬箱から銃弾を1つ取り出し、手元で何かを作り始めた。

 

「……どうです? 結構いい感じじゃないですか?」

 

「ほう、中々いいと思う……よし、私がかけてやろう」

 

「え!? ……じゃ、じゃあお願いします」

 

 ノワールが銃弾と紐を材料にして作っていたのは簡単なペンダントだった。

 ベルスターモンがノワールの被ったクロブークを外し、そのペンダントをノワールにかけてあげると、ノワールは気恥ずかしさとうれしさを織り交ぜた笑みを浮かべた。

 

「……これでよし、やはり似合うな」

 

「そ、そうですか? ありがとうございます!」

 

 ベルスターモンが似合っていると感想を言うと、ノワールは少し顔を赤くさせて満面の笑みで礼を言った。

 その光景を見ていた信人は邪魔をしてはいけないと思い、弾薬箱を大きい箱に詰める作業をすることにした。

 信人が気を使うのは、今日がノワールとベルスターモンの別れの日でもあるからだ。

 目的を達成した信人はピエモンの支配する領域からすぐにでも出て行かなければならず、またノワールもガンクゥモンをこれ以上待たせるわけにはいかないので、別れを伸ばすことはできない。

 また、ベルスターモンが次に目指す事も、信人が2人の別れに横やりを入れないことに関係している。

 ノワールは先日語ったベルスターモンの目的を思い出し、若干顔を俯かせてベルスターモンに問いかける。

 

「……やっぱり、行くんですか?」

 

「あぁ、元々ここに立ち寄った目的が、この一帯の支配者と手合せすることだ。支配者がアスタモンからピエモンに変わったとしても、それは変わらない」

 

 ベルスターモンはピエモンに戦いを挑むつもりだ。

 元々、ベルスターモンはダークエリア各地の猛者と戦って腕を磨くことを目的に旅をしており、ヌルの町周辺に立ち寄ったの理由もそれであった。

 ピエモンの実力を原作知識でよく知っている信人は割と本気で説得を試みたが、実力が劣っていると見られていると思ったベルスターモンの不機嫌な表情と、ノワールからの大ブーイングで引き下がらざる終えなかった。

 その時ノワールはベルスターモンが負けるはずがないといきり立っていたいたが、いざ別れの時となると不安になってしまう。

 

「そう、ですか……大丈夫ですよね! 今までみたいに勝っちゃいますよね」

 

「……戦いでは何が起こるか分からないから断言はできんが、油断せずに全力で行くつもりだ」

 

「その意気です! ……それで、お守りってわけじゃないんですけど……」

 

 ノワールがおずおずと取り出したのは、先ほどノワールが作っていたペンダントと同じものであった。

 ノワールはベルスターモンのためにもう1つ作っていたのだ。

 

「私にか?」

 

「はい! あ、気に入らなければ無理に受け取ることは……」

 

「そんなことはない。その気持ち、受け取ろう」

 

 ベルスターモンがノワールからペンダントを受け取り、少し感慨深い表情を浮かべた後にペンダントを首にかけた。

 本人も気に入ったらしく、ベルスターモンは口元をほころばせ、その表情を見たノワールもまたとびきりうれしそうな笑みを浮かべる。

 

「ありがとう。大切にすると誓う」

 

「わぁ、よろこんでもらえてうれしいです! ……最後に、1つだけお願い良いですか?」

 

「何だ? 軽い師弟のような関係だ。私にできる事ならできるだけ叶えてやろう」

 

 ベルスターモンは今まで自分にここまで憧れを持ってくれるデジモンに会ったことがなかった。

 このダークエリアで何度も戦って実力をしらしめてきたが、向けられる感情は強さへの嫉妬や諦めの入った羨望、そしてその力を利用しようとする悪意と打算であった。

 近づいてくるデジモンはベルスターモンの強さを傘にしようとするものばかりで、はじめのうちはそれを見抜けず同行を許したこともあったが、そのデジモンが虎の威を借りた狐のような振る舞いを仕出したのを見て、気に入らなくなり直ぐに放り出した。

 近づいてくるデジモンがそのようなデジモンだけであったので、ベルスターモンは究極体になってから孤独であった。

 

 だが、ノワールはそのようなデジモン達とは違う。

 ベルスターモンの力を見て憧れ、その立ち振る舞いを尊敬し、ベルスターモンの実力をただ羨望して見るだけでなく追いつこうとしてくる。

 ノワールが向けるそれらの感情は、ベルスターモンにとっては何だか心地よく感じ、親密な関係となってノワールに心を砕くようになったのだ。

 できればノワールの願いを叶えてやりたいと思うほどに……

 

 暫くは黙っていたノワールだったが、意を決したらしくついにその願いを口にする。

 

「お、お姉様って呼んでもいいですか……?」

 

「……私が、姉だと?」

 

 ノワールが顔をかなり赤くして願いを告げると、ベルスターモンは予想外の願いに呆気にとられる。

 ノワールの願いは消え入りそうな声だっため信人には聞こえなかったが、ベルスターモンの言葉が聞こえて何となくここに居てはいけないと察した信人とメカノリモンは一旦その場から静かに離れていく。

 

「何故そうしたいのだ?」

 

「えっと……その、ブランを見てたら羨ましくなったていうか……姉がいるのってどんな感じなんだろうと思って……」

 

 姉妹デジモンであるブランとノワールは幼年期のころからずっと一緒に生活しており、姉であるノワールは弱気なブランをいつも引っ張ってきた。

 ブランの前で弱気な態度は決して見せず、明るく振舞って妹のブランにいつも勇気を与えていた。

 ゆえに、ノワールは今まで誰かに弱音を吐いたり甘えたりすることはなかった。

 ガンクゥモンがその対象になりえそうだが、頑固おやじのような性格と振る舞いをするガンクゥモンに甘えるのは、ノワールの女子感情に抵抗がある。

 路頭に迷い力尽く寸前のところまで追い詰められた時も、内心では世界を呪ったりもうだめかもしれないと思っていたが、その感情を強く押し込めてブランを励ましていた。

 その直後にガンクゥモンに拾われ事なきを得たが、弱気を見せないようにする振る舞いは変わることはなかった。

 ブランはノワールのこのような姿に憧れ、度々勇気をもらっている。

 また、ノワールもブランが自分のことを心の支えにしていることを知っていた。

 だからこそ気になる。

 絶望的な状況で弱気なブランをギリギリのところで踏みとどまらせた要因である、手を引いて導いてくれて、気兼ねなく甘えられる存在がいるという事がどういうことなのか。

 ノワールは暗にベルスターモンにはそれに近い存在になってほしいと言っていて、ノワールにとってその存在の呼び方は姉なのだ。

 ベルスターモンの強さへの憧れが導きとなり、共通点が多く同じ女性型デジモンであるので心の開きやすいベルスターモンはノワールにとってその存在として相応しかった。

 

「だめですか?」

 

 ノワールは若干不安げにベルスターモンの顔を窺う。

 その表情を見たベルスターモンは小さく笑みを浮かべ、ノワールの頭に手をやってゆっくりと撫でた。

 

「私で良いのであれば、その願い聞き入れよう」

 

「ほ、本当ですか!」

 

「あぁ。今まで孤独であった私にとってもそのように深い関係を持つのも満更ではない」

 

 今まで孤独を余儀なくされていたベルスターモンにとっても、妹と呼べる存在ができることは非常に興味深い事であった。

 

「ありがとう! お姉様!!」

 

「おっと、そんなにうれしいか」

 

 ノワールは感激のあまりベルスターモンに飛びき、満面の笑みを浮かべた。

 それを受け止めたベルスターモンもまたやわらかく微笑む。

 関係をさらに深めた2人は今まで以上に声を弾ませながら会話やふれあいを楽しみ始めた。

 まるでこれから過ごすはずだった時間をこの場で味わうように……

  

……………

………

……

 

 結局、ベルスターモンとノワールが時間を忘れて楽しい時間を過ごしたため出発時間はのびのびとなってしまった。

 完全に蚊帳の外だった信人は多少不満に思ったが、まぁ別れの時だから仕方がないと自分に言い聞かせ納得する。

 今は出発の前の最終偵察を行っており、偵察に出ているノワールが戻ればすぐに出発となる。

 なので今はベルスターモンと信人達がこの場に残っている。

 

「すまなかったな。つい夢中になってしまった」

 

「いいって。別れに水を差すような無粋な真似はしないよ」

 

「そう言ってもらえると助かる……しかし、これで余計負けられなくなってしまったな」

 

 ベルスターモンがピエモンに敗れてしまうようなことがあれば、その絆ゆえにノワールは深い悲しみに沈むことになるだろう。

 それを想像すると、ベルスターモンはピエモンとの戦いに向けてより一層気を引き締める。

 

「……別に負けてもいいんじゃない?」

 

「何?」

 

 そのベルスターモンに向かって信人がとんでもないことを言い出した。

 ベルスターモンはもちろん驚き、また信人の真意を測りかねて表情が険しくなる。

 

「どういうことだ?」

 

「いや、言葉足らずだったのは謝るからそんなに睨まないでくれ。まぁ、ようは生き残れってことだよ」

 

「それは勝利することと同義ではないのか?」

 

「全然違う。生きるだけなら、敵わないと思ったり、不利になったら逃げればいい。そもそも戦わないという選択肢もある」

 

「いや、それはそうだが……」

 

 武人気質のあるベルスターモンは、信人の身もふたもない意見を安易に受け入れることはできない。

 

「ノワールは私の強さに憧れているんだ。そんな真似すれば……」

 

「あの様子だとそれくらいじゃ嫌いにならないと思うけどな。ベルスターモンがいなくなる方がよっぽど辛いはずだ」

 

「…………」

 

「逆に考えて、ノワールが誰かに殺されちゃったらどう思う?」

 

 親しい間柄のデジモンがいなくなる出来事は、長らく孤独だったベルスターモンには無縁のことなので、そのような経験はない。

 しかし、ベルスターモンはその時の自分が容易に想像できた。

 

「……仇を取るだろうな。何に変えても」

 

 ベルスターモンが想像したのはノワールを倒した敵に自分が全力をもって戦う姿だった。

 例え話にも関わらず、ベルスターモンの心の奥から感じた悲しみと憤りがその未来予測に現実味を帯びさせてくる。

 

「ベルスターモンが死んだら、ノワールだって似たような考えするさ。万が一、逃げたから失望したなんて事になっても、関係修復のチャンスはある。死んだらその機会もなくなる」

 

「……そう、か。なるほどな、君が何が何でも生き残れと言ったこと……理解できた」

 

「お、じゃあピエモンに挑むのは……」

 

「それはやめない。この機を逃せばピエモンの軍勢はさらに大きくなり、横やりなしの一対一で戦うのは難しくなる。今なら軍は混乱していて、その機会を得られるタイミングが十分にあるはずだからな」

 

 考え直してくれたと思って表情を明るくした信人だったが、ベルスターモンがそれはないと言う言葉を聞いて落胆する。

 信人はベルスターモンとピエモンが今戦えば、高い確率でベルスターモンが負けると思っている。

 もし原作通りに事が運ぶなら、ピエモンは選ばれし子供達の前に立ちはだかるはずなので、ここでベルスターモンに負けて物語から退場という事にはならない。

 原作通りになると、さしずめベルスターモンはダークマスターズに刃向かって敗れた大勢のデジモンの内の1体という事になるだろう。

 短い間だが一緒に過ごしたデジモンにそうなってほしくないと信人は願う。

 

「(ベルスターモンがピエモンを倒してくれれば万々歳だけど……そんな簡単にいくわけないよなぁ)」

 

「まぁ、君の言ったことは心に留めておく。ノワールに悲しい思いは、できるだけしてほしくないからな」

 

「……仕方ないな。じゃあ、最後に1つだけ聞かせてほしい。何で強くなろうと思ったんだ?」

 

「せっかくこのような姿になれたのだ。先人の武勇をなぞった生き方をしてみたいとおもったからだな。だが、これからは……」

 

 ベルスターモンはここで言葉を止め、ある方向に顔を向ける。

 信人もそちらへ顔を向けると、哨戒を終えたノワールがこちらに走ってくるのが見えた。

 走ってくるノワールを見たベルスターモンは笑みを浮かべる。

 

「……あの子の目標として、恥じないような強さを持ちたいと思う。壁は高い方が乗り越え甲斐があるからな」

 

「じゃあ、なおさら生き残らないと駄目だろう?」

 

「あぁ、そうだな」

 

 ベルスターモンが頷くのを見た信人は、これなら無茶はしないかもしれないと思い僅かに安堵する。

 そうしているうちにノワールが二人のすぐ側までやってきた。

 

「哨戒終わりました! 周辺に敵影なしです、お姉様」

 

「そうか。これで何の憂いもなく出発できるな」

 

「……俺もいるんだけど」

 

「もう、せっかくお姉様と話してるんだから割って入ってこないでよ」

 

「まぁ待て。彼とも別れることになるのだから、そう邪険に扱うな」

 

「……まぁ、お姉様がそう言うなら」

 

 信人はベルスターモンの口添えで蚊帳の外になることを免れた。

 そしていよいよ別れの時となる。

 

「それでは、私は先に行こう」

 

「ほんとに世話になった。危ないところも助けてもらったしな」

 

「あたし、お姉様に会えてほんとによかったです!」

 

「いや、礼を言うのは私の方だ。君たちに会えたことで、見える景色がまったく違うものになった気がする。君たちに会えてよかった」

 

 信人達の礼に対し、ベルスターモンもまた心から謝意を述べた。

 ベルスターモンにとって信人達との出会いは忘れられないものとなっていた。

 深い絆を結びぶことができたノワールはもちろんのこと、偶然ではあるがそのきっかけを作った信人達に、ベルスターモンは心の底から感謝している。

 

「あの、お姉様……」

 

「言いたいことは分かっている。必ず生き残る……どんな事をしてもだ」

 

「え、それって……」

 

「また会えるという事だ。このペンダントに誓おう」

 

「……はい! 待ってますから!」

 

 ノワールに言葉をかけた後、ベルスターモンは信人とメカノリモンの方に顔を向ける。

 

「君たちにも感謝している。偶然とはいえ、ノワールと出会うきっかけを与えてくれたのだから。それと、あのような考え方も教えてくれた事もだ」

 

「分かってくれたようで何よりだ」

 

「あぁ。それと、君たちに忠告しておきたいことがある」

 

「……ピエモンのことか?」

 

 ベルスターモンは真剣な表情で頷く。

 ベルスターモンはアスタモンによる攪乱の現状を探るついでに、信人に頼まれてピエモンの動向や目的なども探っていた。

 ここでピエモンの情報をある程度掴んでおけば、変な誤魔化しを使わずにピエモンについての原作知識を話すことができるかもしれないからだ。

 

「ピエモンはここでの勢力を拡大させた後、ダークエリアを出て地上デジタルワールドに進出するだろう。もしかすると、七大魔王と同等の脅威になりうるかもしれない」

 

「ピエモンがそこまで大きな勢力になってたなんて……」

 

「ダークマスターズと名乗っているようだ。また、噂によれば強大な力をもつ究極体デジモンもその勢力に加わっていると聞く」

 

「……ガンクゥモン様に報告しないとだめね」

 

「ん? 何かピエモンを以前から知っていた口ぶりだな」

 

「ガンクゥウモン様とデジタルワールドの安定を望むものが接触したときに、要注意デジモンだって知らされたの」

 

「(そうか……たしかゲンナイさんが直接襲撃を受けてたから、安定を望むものが知っていてもおかしくないし、ガンクゥモンに伝える理由も十分にあるな)」

 

 ノワールの言葉に納得すると同時に、ベルスターモンから得られた情報があれば具体的な注意喚起が自然に可能になると信人は考えていた。

 何らかの脅威が迫っていると言っても説得力がなく、逆にいきなりピエモンの名前を出しても不自然に思われるからだ。

 

「……いや、すでに部下達が局地的に地上に進出しているかもしれない」

 

「その根拠は?」

 

「率いているデジモンが多すぎる。元々このダークエリアは不毛の大地で、食料は万年不足気味だ。噂に聞くほどの大軍勢を維持するには、地上の食料が必須だろう」

 

「なるほど、ピエモンは地上へ続くゲートを何か所か抑えているってわけか」

 

「その通りだ。私がピエモンを打倒してもその軍勢が暴走して地上を目指すかもしれない。できることなら、地上のデジモン達に備えるように伝えてほしい」

 

「分かりました。ガンクゥモン様に伝えれば、動いてもらえるはずです」

 

「こっちも微力ながら貢献しようと思う」

 

「助かる。……そろそろ行かないとな」

 

 ベルスターモンはずっと着ていたボロボロのマントを取り払い、その全貌を露わにした。

 下腹部から乳房の下までを大胆に露出させたセクシーな漆黒のレザースーツを身にまとい、またそのスーツと同色のマフラーとマント身に着けていた。

 あまりに大胆に肌を見せる服装に信人は目が点、逆にノワールは「か、かっこいい……」と呟いて目を輝かせている。

 2人がベルスターモンの姿に見惚れて(?)いる内に、ベルスターモンのマフラーがまるで生きているかのようにたなびき、そして形を変えて一対の悪魔の羽のような形状になった。

 

「よし……では、行ってくる。また会おう」

 

「え? あ、あぁ。また会おうな!」

「……ハッ! お姉様、いってらっしゃい!」

「ゴ武運ヲ」

 

 気を取り直した信人達の別れの言葉を背中で受け取ったベルスターモンは、羽を羽ばたかせて暗がりの空へと飛び立ち、あっという間に離れて行ってしまった。

 ノワールはベルスターモンの姿が見えなくなるまで声援を上げ続け、見えなくなった後に一息つくと信人へと顔を向けた。

 

「ふぅ……あんたにはほんとに感謝してもしきれないわ」

 

「突然どうした?」

 

「だってあんたがいなければ、ブランだって不良デジモンに大変な目にあわされてたかもしれないし、ベルスターモン……お姉様に会う事さえできなかったんだから」

 

 たしかに、信人が居なけばブランはノワールの言う通りになっていたかもしれないし、信人とブランの出会いがなければベルスターモンがブラックルータパレスに行く理由もできなかった。

 さらに、ノワールは言及していないが、ブラックルータパレスを探索していたノワールはアスタモンと単独で鉢合わせしてしまう可能性もあった。

 信人がいなかったときの最悪の展開を予測するのであれば、ブランは不良デジモンに捕えられ、ノワールは疑心暗鬼のアスタモンと鉢合わせして始末されてしまい、ベルスターモンは逃げるという選択肢を考えることなくピエモンに挑み、敗北して命を落とす……といったところだろうか。

 偶然が多くを占めていたとはいえ、信人がいたからこそこれらの事態は回避することができた。

 原作では描かれていない事態だったが、何体かのデジモンを救う事ができた事実に信人は気付いた。

 

「…………」

 

「……どうしたのよ、出発しないの?」

 

「! すまん、ボーっとしてた。もう出発するから、メカノリモンに乗ってくれ」

 

「分かったわ。ブランがいない分あの時よりはましね」

 

 ノワールは今日発掘した弾薬箱を大事に抱えてメカノリモンに乗り込み、その後に信人が操縦席に座った。

 その後に直ぐに弾薬箱が複数入った大きめの木箱を抱えたメカノリモンが飛び立ち、目的地へと向かう。

 信人はノワールをブランが使ったゲートに送り届けた後、自分が使ったゲートへ向かう事になった。

 もちろん道中は見つからないように最大限の警戒をしており、何回か迂回することもあった。

 その飛行中、信人は考え事をしていた。

 

「(……先輩達が東京へ行ってる間のデジタルワールドも、原作ではほとんど描写がなかった。でも、大勢のデジモンが犠牲になるのは確実だ……やり方次第では、今回のように……)」

 

 ノワールを無事に送り届け、その後に自分のゲートをくぐって地上デジタルワールドに戻ってきても、その思考が途切れることはなかった。

 




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