デジモンアドベンチャー 選ばれてない子供   作:noppera

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第31話 ダークエリアの貴公子 アスタモン

 

 ヌルの町からメカノリモンで飛び立ってから暫くして、黒を基調として作られた石作りの立派で巨大な館が見えてきた。

 その大きさは俺達が豆粒に見えるほどで、当時の七大魔王が大きな力を持っていたという事が窺えた。

 パレスは長い時間のせいで風化したのかところどころにが崩れていて、入り口にはガーゴイルの石像もあって非常に不気味な雰囲気になっている。

 入り口に目を向けると、そこには見張りと思われるガジモン達が立っていた。

 アグモンは山賊狩りをしてるから道中もパレスも安全だと言っていたはずだけど……

 

「誰かいるのでしょうか?」

 

「ちょっと話を聞いてみるか」

 

 メカノリモンを館の前に着陸させ、ガジモンに話を聞くために近づいて行った。

 

「ん? なんだお前は?」

 

「コノ場所ニ用ガアッテ来タノデスガ……」

 

「ここは今は立ち入り禁止だ! 帰れ帰れ!」

 

 ガジモンはまったくこちらの話を聞くつもりはないようで、詳しい事情も聞かずに俺達を邪険に扱って返そうとする。

 これでは中で何をしているのかも教えてもらえなさそうだ。

 仕方がないので踵を返して飛び立ち、一旦ガジモン達の視界から外れた。

 

「う~ん、これがアグモンが最後に言ってた情報か? ケチらずに買っとけばよかった……」

 

「過ぎたこと言ってもしょうがないですよ。それより、どうします?」

 

「あれだけボロボロなんだ。どっかの穴から入れるだろう。空から探すか」

 

 パレスには別の場所から入ることに決め、もう一度空へと飛び立ち、ガジモンの視界に入らないようにパレスの観察を始めた。

 そして思ったとおり、メカノリモンが入れるほどの穴を見つけることができたので、そこからのパラスに侵入することができた。

 入った場所は非常に殺風景で、大きな石の円柱が等間隔で建てられているだけだった。

 その柱の長さはまちまちであり、天上に届いているのもあれば途中で途切れているのもあり、それを足場にすれば立体的な機動ができそうだった。

 風化してそうなったというわけではなく、最初からそのように建てられていたようだ。

 

「マスター、ソコノ柱ノ影ニ反応ガ……」

 

「あぁ、レーダーで確認している」

 

 着地してからレーダーを確認してみると、この広い部屋の中にポツンとデジモンの反応があった。

 しまったなぁ……もう少し確認してから侵入すればよかった。

 

「て、敵ですか?」

 

「どうかな? とりあえず近づいて……!?」

 

「きゃあ!?」

 

 俺がメカノリモンを操作してその反応に近づいた時、2回の発砲音がした後にハッチに何かが勢いよく当たる音が聞こえた。

 発砲音がしたという事は、たぶん銃で撃たれたのだと思う。

 

「銃撃!? どこからだ?」

 

 レーダーを確認したが、それまでにあった反応はものすごい速さで柱と柱の間を動いていて、今の状態ではカメラに捉えることができない。

 このまま普通に歩いていたらこの速度に対応できないな……

 

「メカノリモン、飛行するぞ」

 

了解(ラジャー)。柱ニゴ注意ヲ」

 

 俺はメカノリモンのブースターを起動させ、低空飛行をすることで移動スピードを上げて謎の襲撃者を追うことにした。

 

「……うっ…っく……柱が邪魔でスピードが上がらない!」

 

 これが普通の空間だったら結構なスピードが出るんだけど、やっぱり柱を避けるためにスピードを落とさないといけないので、襲撃者のスピードには追いつけそうにない。

 しかも襲撃者が潜むのは柱の根元なので、高度を上げて障害物を躱しやすくしてもこちらのビームが柱に妨げられる可能性が高い。

 そしてこちらが追っている間にも銃撃が止むことがなく、銃弾はメカノリモンのモノアイ付近に集中し始めた。

 このままではメインカメラが潰されて視界が潰されてしまう。

 

「スピードが上がらないでしょ? この柱はかなり耐久力があって、あんたの攻撃じゃびくともしないのよ!」

 

「あれ? この声……」

 

「ブラックルータパレスの柱はこの状況を想定して建てられたの。 フフッ、あたしがベルゼブモン様と一緒の戦い方ができてるなんて……感激~♪」

 

「やっぱり! 信人くん、ハッチ開けてください!」

 

「え? でも危ないぞ?」

 

「いいからお願いします!」

 

「わ、分かった」

 

 ブランの必死な様子に気圧されてしまい、ブランの要求に応えてメカノリモンのハッチを開けると、ブランは操縦席から身を乗り出した。

 

「ハッチを開けた! よ~し、中身ぶち抜いて……」

 

「お姉ちゃん! ノワールお姉ちゃん!」

 

「え!? その声ってまさか……ブラン!?」

 

 ブランの声を聞いた襲撃者はピタリと動きを止め、柱の影からその姿を現した。

 服装はブランと正反対の黒の修道服を着ていて、被り物は猫をモチーフにしているようで、服装と合わせて黒猫のように見える。

 ブランよりも少し大人っぽい体つきをした女性型デジモンの両手にはそれぞれ拳銃が握られていて、ブランが言っていた姉の特徴と一致していた。

 ということはこのデジモンがブランの探していた姉、シスタモンノワールのようだ。

 

「ちょ、あんた何でこんなところにいるのよ!?」

 

 柱から出てきたノワールは目を丸くしながらメカノリモンの上にいるブランを見ている。

 

「お姉ちゃんを探しに来たんだよ。ダークエリアに1人で行くなんて無茶だよ」

 

「無茶じゃないわよ。こうして目的地に着いたんだから」

 

「で、でも心配したの! はやく地上に帰ろうよ」

 

「冗談じゃないわ! 昨日はここに来れたのがうれしくてはしゃぎまわって、それで疲れて寝ちゃっただけなんだから! せめて玉座の間まで行かないと満足できないわよ」

 

「そ、そんなぁ……」

 

「ブラン、こっちの目的忘れてない?」

 

「ん? あんた誰?」

 

 俺がブランに続いてメカノリモンから顔を出すと、ノワールは俺の方に疑惑の目を向け、右手の銃をいつでも発射できるように少し動かした。

 ……これって俺が変なことしたら直ぐに撃ちぬかれるよな。

 妹思いなのは感心だが、誤解なのでこれで頭を撃ちぬかれるのは勘弁だ。

 

「ちょ、ちょっと待った。頼むから銃を降ろしてくれ」

 

「……ブラン、こいつは何モンなの?」

 

「この人はデジモンじゃなくて、選ばれし子供達と同じ人間だよ。選ばれし子供達にも協力してるの」

 

「へぇ~、このちっこいのが? まぁ、ブランがそういうなら本当ね」

 

 ノワールはブランの言葉を受けて警戒を解き、銃を下ろして自然な体勢となった。

 

「あんたの目的はなんなのよ?」

 

「色々事情があって高純度のウイルスデータを持つアイテムを探しているんだ。七大魔王の元棲家ならそういうものがあるんじゃないかって言われてな」

 

「なぁ!? つまりベルゼブモン様の宝が目当てってことなのね! なんて不届きな奴なのかしら! 見ててください、ベルゼブモン様! あなたのガーディアン、シスタモンノワールがこの不遜な輩をあたしのアンソニーちゃん達が……」

 

「目当てのものが手に入って余りがあったら渡してもいいぞ。ベルゼブモンの私物」

 

「さぁ、何をぼさっとしているの? はやく探索にいくわよ!」

 

「お姉ちゃん……」

 

 数瞬前はこちらに再び銃を向けて攻撃的な言葉をすらすらと言っていたノワールだったが、今は元気よく歩き出して先に行ってしまっている。

 この姉ノワールのチョロイ様子を見て妹ブランは呆れ顔だ。

 

「……あ、何か入り口でガジモンが見張りに立ってたんだけど、ノワールの他に誰かここにいるのか?」

 

「ん? 昨日私が入った時はいなかったはずだけど……」

 

 ということは先に入ったノワールでも知らない奴らがここにいるという事か……見張りを立ててるから集団だとは思うが、ここらで生き残っていた山賊だろうか?

 

「ここには他のデジモン……たぶん集団がいるはずだから、気をつけて進もう」

 

「分かったわ……ブラン、何時までそこにいるの?」

 

「え?……あ! いつまでもここに居たら迷惑ですね。もう私が姿を隠す必要もないですし」

 

 ノワールに指摘されたブランは軽い身のこなしでメカノリモンの操縦席から降り、ノワールの少し斜め後ろの位置について歩く。

 

「……やっぱり、お姉ちゃんの背中が見えると安心する」

 

「そう? まぁ、何時もこうだしね」

 

 ノワールの後ろを付いていくブランの顔は明るく、ノワールも後ろにいるブランを見て小さく微笑んだことから、この姉妹にはかなり強い絆があることが分かった。

 

「そうえば……ブランは引っ込み思案なのに、随分あいつと仲良くなってたみたいじゃない」

 

「え?……う~ん、危ないとこ助けてもらったし、私よりも小っちゃかったから……」

 

「……ちょっと、危ないところをってどういうこと?」

 

「う、うん。ちょっと怖いデジモンに絡まれて」

 

「当たり前でしょ! ワクチンのあなたがこのダークエリアでうろついてたらそうなるわよ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 ブランはノワールの怒った表情を見ると白兎の被り物と一緒にションボリとした顔をして、それを見たノワールは仕方ないと言った表情で溜息をつく。

 その時に黒猫の被り物の顔もノワールと同じような表情をとったので、あの被り物はブランとノワールの感情に合わせて表情を変えることが分かった。

 

「まぁ、無事だったんだからいいわ。あたしがその原因を作ったようなものだし、そんなに強く言えたもんじゃないわね……あんたもブランを助けてくれてありがとね」

 

「まぁ、放って置けなかったしな。あの程度の奴らなら、メカノリモンにとってはどうってことなかったし」

 

「それは頼もしいわ、小っちゃい勇者様♪」

 

「お姉ちゃん、小さいってちょっと失礼じゃ……」

 

「ブランもさっき言ったわよ?」

 

「え?………あ、あぁ! ごめんなさい!」

 

「いや、別に身長云々は気にしてないからいいんだけど……」

 

 中身はともかく体は小学2年なのだから、辛うじて中学生に見えるブランとちょっと色気づいた高校生に見えなくもないノワールから見れば確かに俺は小さいだろう。

 そんな他愛もない会話を続けながら、俺達はこのパレスを探索していった。

 

……………

………

……

 

 パレスの中はところどころで大人数で移動するには不向きな建築になっていて、部屋は巨大なのに比べてそれを繋ぐ通路がやたら狭かったり、どこも同じような風景していてほんとに進んでいるのかどうか疑問に思えてきたり、つくづくパレス内部は住みづらい環境だった。

 非常に暮らしにくそうな場所であるが、ノワールによればベルゼブモンは基本1人であったため、自分の生活スペースが確保できればあとは戦闘に有利なフィールドにすればいいと考えたらしい。

 中途半端にある柱を足場にして立体起動することにより敵を攪乱し、その隙に2丁ショットガンにで強烈な一撃を叩き込んだり、狭い通路から出てきた敵の軍勢を一網打尽にするための工夫だという。

 結局ベルゼブモンは地上で討たれることになったため、この場所はその本領を発揮することはなかったようだが……

 なのでここはベルゼブモン自体が封印されているというわけではなく、別のデジモンがベルゼブモンに進化できないようにする術が施されているという。

 

「……マスター、レーダーニ反応ガアリマス」

 

 メカノリモンの言葉を聞いてレーダーを確認してみると、確かにこの先の大きな部屋の1か所ににデジモンの反応がある。

 

「多いな……20体くらいか」

 

 ここに何らかの集団がいるという予感は当たってしまったようだ。

 

「どうするの?」

 

「……見つからないように様子を見よう」

 

 俺達はとりあえず通路の終わりまで進み、メカノリモンから降りて壁に隠れながら部屋の中の様子を伺った。

 部屋の中は俺とノワールが会った時と同じような内装で凄まじく広い空間に柱をが置かれているだけであり、部屋の奥には階段があり、その上には巨大で分厚そうな石の扉が見える。

 デジモン達はその前にある階段に座っている。

 ガジモンやゴブリモン、そして黒いゴブリモンが数体いて、どうやらその集団はウィルスの成長期デジモンで占められているようだ。

 そのデジモン達はバンダナや首輪など、何らかの装飾品で個性を出していた。

 しかしそのデジモン達の顔は沈んだ表情を浮かべていて、どんよりとした空気を醸し出している。

 

「……辛気臭せぇ空気だしやがって……まぁ、俺のせいでもあるか」

 

「ボ、ボス!」

 

 暫く様子を伺っていると、階段の近くにあった通路から新たに2体のデジモンが姿を現した。

 1体は黒い体表のガルルモン。

 そしてもう1体は青を基調とした縦に白いラインが入ったスーツを着こなし、赤のマフラーと灰色のコートを身に着けた人型のデジモンだった。

 いや、背に生えた悪魔の羽や顔も半分を覆っている黒狼を模した仮面からチラリと見えた赤い瞳をみると、あいつは魔人型のデジモンのようだ。

 その左手には銃口が3つもある独特の形をした大きな銃を持っていた。

 

「カギは見つかったか?」

 

「す、すいやせん。手当たり次第に探してみたんですが……」

 

「そうか……あんまり壊したくなかったんだが、仕方ねぇ」

 

 会話を聞いていると、どうやらあのスーツを着たデジモンがこの集団のボスらしい。

 カギがどうとか言っていたが、あの石の扉を開けようとしているのだろうか?

 しかしそれが見つからなかったという事はあの扉は開けられない……っとあのスーツを着たデジモンが銃を両手で持ちながら銃口を扉に向けた。

 

「下がってな」

 

「へ、へぇ」

 

「……≪ヘルファイア≫!」

 

 思わず耳を塞いでしまうほどの凄まじい銃声が辺りに連続して響き、頑丈かに思われた石の扉がデジモンの持つ銃から吐き出された弾丸により瞬く間に穴だらけになっていった。

 

「あの扉をあんなにするって……とんでもない威力の銃だな」

 

 扉がボロボロになったところでデジモンは銃を撃つのをやめ、その扉におもっきり蹴りを放った。

 ボロボロだった扉はその一撃によって音を立てて崩壊した。

 

「先に行っとけ。ここで一服してから俺も行く。頼んだぞガルルモン」

 

「……イエス、ボス」

 

「分かりやした!」

 

 スーツのデジモンの指示を聞いた部下たちは、黒いガルルモンの先頭にして扉の瓦礫を乗り越えて奥へと進んでいった。

 そしてそれを見届けたスーツ姿のデジモンは葉巻を取り出し、それに火をつけて一服し始めた。

 

「あの様子じゃ暫くは動きそうにないな……」

 

「お姉ちゃん、どうしたの?」

 

 ブランの声につられてノワールの方を振り返ると、ノワールは緊張した面持ちで自分の銃を握りしめている。

 額には汗が滲んでいて、今の状況がかなりまずいことを物語っていた。

 

「あいつのこと知らないの?」

 

「スーツのデジモンのことか?」

 

「そうよ……あいつはアスタモン。完全体でありながら他の究極体デジモンを圧倒して、つい最近までここら一帯に君臨してたデジモンよ」

 

「……嘘だろ」

 

「ほんとよ。縄張り争いに負けて行方不明って聞いたけど、まさかこんなとこにいるなんて……」

 

 町で聞いたこの辺りを支配していたというデジモンが、直ぐ近くにいるあのデジモンだとノワールは言った。

 最後の情報ってのはあいつがここにいるってことだったのか……俺はアグモンに情報料をケチったことを心底後悔しはじめていた。

 

「逃げるわよ。いいわね?」

 

「あんな奴がいたんじゃ宝探しどころじゃないな……」

 

「でも、そのアスタモンって人は何しにここに来たんだろう?」

 

「そんなこと知らないわよ。分かってるのは絶対に敵わないってことだけよ……」

 

 俺達はノワールの提案に賛同し、壁から離れてそーっとその場を後にしようとした。

 

「ふー……情けねぇと思うか?」

 

「「「!?」」」

 

 俺達が行動を起こそうとした瞬間、あのアスタモンの声が聞こえて来て、それと同時に凄まじいプレッシャーが俺達を襲ってきた。

 

「ダークエリアの貴公子とまで呼ばれて、数千の部下を持ったデジモンが、いまや骨董品の力に頼ろうとしてるってのは……」

 

 あいつは誰に話している? ……いや、分かりきったことだ。

 こうして俺達が一歩も動けないのがその証拠なのだから。

 

「まぁ、俺にとって別にそれは恥じゃねぇ。俺のプライドが傷つく時は、俺のかわいい部下達を軒並み殺してくれたくそピエロに従う事だ……」

 

 くそピエロ? 一体誰の事だろうか?

 

「そこんとこ、運がよかったらちゃんと伝えといてくれよなぁ!!」

 

「!! くそっ!」

 

「ブラン! 頭下げて!」

 

 アスタモンの怒声が聞こえた瞬間に凄まじい悪寒がした俺は、一目散に通路の奥へ向かって飛び込んだ。

 それはノワールも同じだったようで、ブランに覆いかぶさるようにしながら俺と同じようにして通路の奥へと逃げ込んだ。

 その直後に後ろから連続して起こる銃声と破砕音が聞こえ、俺達はそれが収まるまで伏せて音が止むのを待った。

 

「……終わった?」

 

 銃声が止み、先ほどまで俺達が覗き見を見ると、背筋が冷たくなった。

 そこにあった壁は大きく抉れており、俺達が先ほどまで立っていた場所にいれば間違いなく蜂の巣だったという事が分かったからだ。

 射線には何十柱もの柱があったはずなのに、それをすべて排除することができる威力……この威力だと蜂の巣どころか挽肉になっていたかもしれない。

 アスタモンの攻撃が終わった時、通路の奥で待機していたメカノリモンが駆け寄ってきた。

 

「マスター! 御無事デスカ?」

 

「とりあえずはな。でも直ぐに逃げないと……」

 

「当たり前よ! まともに相手なんてしてられないわ。ブラン、立てる?」

 

「う、うん」

 

 俺が素早くアームをつたってメカノリモンの操縦席に乗り込み、ノワールもブランを助け起こして逃げる体勢を整えたところで、後ろから声が聞こえた。

 

「ほう。俺の威圧を受けて動けるなんざ、くそピエロの鼠にしちゃ根性あるな」

 

 酷く冷たく、怒気をはらんだ声だった。

 恐る恐る振り向くと、通路と大部屋を繋ぐその境界に、いつの間にか移動したアスタモンがこちらに銃口を向けて立っていた。

 

「ワクチンまでいるか……くそピエロの兵隊は多様だな。感心するぜ」

 

「ま、待って! 私達はあなたの言う誰かの部下じゃないわ!」

 

「口ではどうとでも言える。さっきは運がよかったら伝えてくれって言ったが……ありゃいいや」

 

「俺達はほんとにお前の言うくそピエロって奴の部下じゃないんだ!」

 

「ほう。てめぇみてえなデジモン初めて見たぜ。ますます怪しいな……」

 

 アスタモンの誤解を解こうと、俺もメカノリモンの操縦席から乗り出して身の潔白を証明しようとしたが、アスタモンは人間である俺の姿を見てもさほど興味を見せず、逆に警戒心を高めてしまった。

 数瞬後、アスタモンは直ぐに引き金を引くだろう。

 このままここで死ぬ……?

 そう考えると体が酷く冷たくなるような感覚に陥ったが、何とかそれを振り払う。

 そんなこと認められるわけがない! こうなりゃ一か八か、メカノリモンで突っ込んで……

 

「じゃあな……「ボ、ボス! 大変です」……何だ?」

 

 アスタモンが今まさに引き金を引こうとしたところで、後ろからアスタモンの部下であろうガジモンが姿を現した。

 よく見てみると、あれは入り口にいたガジモンのようだった。

 アスタモンはその言葉を受けて引き金を引かなかったが、銃口と射抜くような赤い瞳は油断なくこちらに向けられている。

 

「あの暴走ムスメがここに来たんです!」

 

「なに? ……はぁ~、今はあいつの相手をしてる精神的な余裕はないってのに……」

 

 アスタモンはその名前を聞くと、鋭い眼光を少し和らげてげんなりとした雰囲気を漂わせた。

 

「ですよね、ボス疲れてますし」

 

「否定できねぇな。いつもならこんな面白い組み合わせの連中を問答無用で殺すってことはしねぇんだが……」

 

「あいつにはだいぶ迷惑かけられてますし、いっそのこと殺すのは?」

 

「馬鹿野郎。あいつの行動は無茶苦茶だが、それでも俺を慕ってのこと……そのはずだ」

 

「そうですかね?」

 

「あぁ。俺を慕ってるやつに銃をむけるなんざ恥だ」

 

「でも今は構ってる場合じゃ……」

 

「そうだよなぁ。どうすっかな……こうするか」

 

「!!」

 

 アスタモンはおもむろに銃口を上げると、俺達の頭上に向けて発砲した。

 俺は慌ててメカノリモンのハッチを閉めて機体の姿勢を低くし、ノワールもブランに覆いかぶさって伏せている。

 銃声が止み、後ろから何かが崩れる音がした時に俺達は顔を上げて周囲を見渡す。

 

「……通路が塞がってる」

 

 俺達が来た道は大量の瓦礫で塞がっていて逃げることができなくなってしまった。

 

「あいつが来たらこいつらを始末するよう言ってくれ。俺は奥を行く」

 

「了解しました!」

 

「絶対に逃がすんじゃねぇって伝えろ。さて、あいつが来ないうちにさっさと行くか」

 

 そう言うとアスタモンはこちらに背を向けて去っていく。

 暫くして銃声と崩壊音が聞こえて来たが、恐らく他の通路を塞いでしまったのだろう。

 それを見届けたらしいガジモンもどこかに去って行ってしまった。

 

「……助かったのか?」

 

「とりあえず今のところはね……」

 

「こ、怖かったぁ~」

 

「あー、よしよし。大丈夫だからね」

 

 緊張の糸が切れて俺は操縦席の椅子に深く座り込み、ブランに至っては涙声を出しながらノワールの胸に顔を埋めていた。

 それにしても、あのアスタモンとか言うデジモン……あの様子だとノワールが言ったようにほんとに究極体と渡り合う力を持っているのだろう。

 

「アスタモンの目的は、ベルゼブモン様の封印を解くことなのかしら……」

 

「ん? ……あぁ、そうえば骨董品の力に頼るとか……」

 

 たしかに1万年前に存在したベルゼブモンのことを言っているのなら、骨董品と言う言葉は合っているとは思う。

 ということは、アスタモンはベルゼブモンに進化するためにここに来たという事だ。

 

「……そうだとしたら、止めた方がいいのか」

 

「馬鹿言わないの。あたし達が敵うわけないじゃない。それにかなり強力な封印らしいから、いくらアスタモンでも破れないはずよ。ベルゼブモン様を骨董品って呼んだことは許せないけど、ここは退くしかないわ……」

 

「ならいいけど……何にせよ、ここから出る方法を探さないと……」

 

 しかし、アスタモンの口ぶりだと殺された部下のために進化しようとしているようだった。

 そしてその時に口にしたくそピエロと言う言葉……もしかしたら……

 

 ――――ドゴオオオオオン!!

 

「!! 今度はなんだよ!」

 

「……ちょっと見て来てくれない? ブランがこの様子だし……」

 

 たしかに今のブランの様子だとノワールはこの場を離れることが出来なさそうなので、俺はメカノリモンを操作して大部屋に入った。

 部屋に入って分かったが、この部屋には6つの入り口があり、4つはこの部屋の左右に2つずつあり、残りはあの扉とその向かいにある通路だ。

 この部屋から出れるのはあの大扉とその向かいにある通路だけになってしまったが、大扉の奥にはアスタモンがいるだろうし、向かいの通路も今は砂ぼこりに覆われてしまっている。

 どうやら先ほどの音の出どころはあそこのようだ。

 

「ゲホッ、ゲホ! 姉貴、無茶しないでください! もしかしたらここを拠点にするかもしれないのに!」

 

「あぁん? アスタモン様がこんな部下にやさしくない場所を根城にするはずねぇだろ。それに、逃がすなって言ったんだからこうするのが一番いい」

 

 煙の向こうから聞こえて来たのはドスの利いた女性の声と、さっき聞いたガジモンの声だ。

 アスタモンの言っていた暴走ムスメとやらか……

 

「で、でも……」

 

「あぁ~アスタモン様♡ あなたのキンカクモンが今参上したわぁ~」

 

「駄目だこりゃ聞いてねぇ……」

 

 先ほどの声色とは一転した甘ったるい声が聞こえたかと思うと、砂煙の向こうから3体のデジモンが姿を現した。

 そのうちの2体はガジモンで、恐らく入り口で見張りをしていた2体だろう。

 そしてもう1体は……

 

「……あんただね? 人の恋路を邪魔をするって奴は……知ってるかい? そういう奴は……」

 

 自らの体躯と同じくらいの金棒を軽々と担ぎ、2本の角の着いた仮面を被って顔の大部分を覆っても分かるほどの憤怒の形相を浮かべた……

 

「―――鬼に潰されんだよ!!」

 

 ―――――鬼だった。

 

 







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