不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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時系列がアレだったかも(^_^;)


魔球とモチモチ

 ――もしもう一度人生をやり直せるなら――

 

 こういう事を思う人は多いだろう。

 例えば青春の学生時代をもう一度謳歌したい。

 モテる努力をして今の自分より、よりよい人生を送りたい。

 中には競馬などギャンブルの結果を知っているから確定された結果を利用して一発逆転勝負がしたい人もいるかも知れない。

 

 そして彼女、雪那にもそんな1つの想いがあった――

 

 

 

『それでは朝バリ! サンダースポーツのお時間です。

 昨日の女子プロ野球、ス・リーグ【正式名称:スノーホワイトリーグ】ではなんといっても、ナックルボーラー松坂美恵選手の三振ショーが一際輝きました。

 変幻自在のナックルに為す術もなかったレッドキャップ。

 首位奪還のための1、2位の天王山決戦はこれで3タテ【意:同一チームに3連勝する】を果たしたジャンヌライダーズが首位に返り咲き――――』

 

 小学校入学当日。

 自身の家族から、

 

「あら制服にあってるわねぇ~♪」

「うんうん僕の見立てに間違いは無いね。

 蒼い髪と茶色の制服。それに幻想的な新雪の肌が母なる大地と蒼い大空を連想するよ」

「せーちゃんかわいい!」

「おねーたまきれーきれー」

「ん(思いついてしまった。そうアレを習得するという偉大な挑戦を!)」

 

 家族が茶色を基調とした制服に身を包んだ雪那を褒めそやしている中、まったく別のことを考えていた。

 切っ掛けはアナウンサーの話したナックルと松坂という単語から。

 

 雪那は正しく野球脳な女の子だった。

 前世では仲間から「アイツの脳の9割はバットとグローブとボールで出来ている」などと言われていたくらいに。

 そして一点集中タイプでもあった。

 大好きな野球の事が絡むと途端にそれ関連の単語をスルーする悪癖がある。

 

 大概の被害は咲夜が被る。

 たまに姉の夏輝も被る。

 両親や音猫は野球好きなので被害はない。

 妹は姉雪那に教えられた間違った知識を溜めこんでいるのでむしろ一緒に暴走するかもしれない。

 それはさて置き。

 

 結局、家族からの賛辞を全スルーした雪那。

 最後、ぽふっと緑色のベレー帽風の帽子をかぶり家を出発する。

 しかし彼女は学校とは逆方向へと向かう。

 夏輝はそれを止めるわけでもなく「先行ってるねー」と妹を置いて行ってしまった。

 入学式の準備があるからだ。

 また途中から女の勘ともいうべき感知力から、雪那の様子に気づき、

 

(あ、ま~た野球のこと考えてるなー。

 これはアレだね。

 しゃわらぬ神はタタリ神って奴。

 うん! 後は咲ちゃん【咲夜のこと】に任せよう!)

 

 あっさり1つ年下の知り合いを見捨てることにした。

 ちなみに夏輝も雪那と一緒に野球をする事があるので、その縁で知り合った。

 

 雪那は姉と別れ此華家へと向かう。

 とは行っても距離は100mにも満たない御近所。

 子供の小さい体ではそれでもちょっと遠いかもだが。

 4月の朝。

 朝霧のヴェールが辺りを薄く包みこむ。

 肌に付くひんやりとした感触に雪那は気にせず、ただただ一点を目指して進む。

 目的地に付くとピンポンを押したのも束の間すぐドアを開けて入る。

 何度か訪れているので勝手知ったるなんとやら。

 玄関には丁度よく咲夜が制服姿でリビングに向かうところだった。

 

「咲夜、おはよう」

「ああ、おはよう雪那。

 迎えに来たの? 珍しいわね入学式なんてどうでもいいって感じだったのに可愛いとこあるじゃん。

 ねえこの制服カワイイと思わない?

 これならアタシも可愛くみえて――」

「魔球、覚える!」

「ってアンタはなんで入学式よりそっちの方なのよ……。

 ああ、はいはいキョトンしなくていいわアタシが勘違いしただけだからさ。

 で、ちょっと待っててくれる?

 鞄とってくるから」

「かばん……魔球カバン……重たい球?」

「違うから」

 

 はぁ~とため息をつきながら鞄を取りに戻る。

 雪那がいつも突然なのにも慣れてきた自分が少し悲しかった。

 心無しか黒髪がくすんで見えていた。

 

 

 

「んで今日もやるの?」

「やる!」

「わかったわよ。でも朝はこれから時間なくなるから軽めにね」

 

 朝一番のキャッチボール。

 雪那が咲夜にお願いし心良く了承され毎朝やっている。

(ただし無表情で壊れたテープのように「お願い」コールを嫌という程したという背景があるが)

 

 

 雪那はナックルの握り――手の両端の指、親指と小指でボールを挟み込み真ん中3本は折り曲げて握る。

 そして爪で弾くようにボールを投げた。

 弧を描く緩いボール。

 

 ナックルとはほぼ(・・)無回転で投げることで不規則な変化を起こす魔球。

 右にいったと思ったら左に変化するなど当たり前。

 ただしこの変化球は投手が投げてから塁に到達するまでに4分の1から1回転という極少量の回転をしないと変化しない。無回転ではただの落ちる球なのだ。

 その微調整は困難を極め、ナックルの難しさをものがたる。

 

 ナックルボーラーは選手としての寿命が長いと言われている。

 ナックルという球が非常に打ちづらく、老いとはあまり関係ない(例えば速球はどうしても老化とともに威力を失う)のも理由の1つだか別の理由も存在する。

 それは投げ方。

 メジャーリーガーのあるナックル使い曰く「キャッチボールをするように投げる」と発言していた。

 本気で投げない分肘の負担が少なく結果寿命が延びるのだ。

 

 ならナックルも本気で投げればいいじゃないか、速いナックルならその分威力も高いだろうに――という人がいるかもしれない。

 だがナックルは100k/m前後が一番変化しやすい。

 それ以上速い球速は変化量が落ちるため実際にはあまり扱われないのだった。

 

 余談だがナックルはキャッチャーも専用の捕球訓練を積んだ人で無いと捕れないため、ナックル使いが登板すると捕手も変わるのはよくある光景だ。 

 使いづらく、習得の難しい変化球。

 それでも魔球という響きは全投手にとって浪漫であることに変わりはない。

 雪那もまた魔球という言葉に魅了された一人だった。

 

 パン

 

「んー? まあちょっと回転が緩いのかな。

 というか何でボールに線が書いてあるの?」

「回転、分かりやすい」

「ああ、なるほどね」

 

 緑のビニールボールには赤い縦線ば4本引いてあった。

 変化球の回転をわかりやすくするために引いたものでネットでも専用のボールが存在する。

 なんでもかんでも親におねだりするのもいけない――そう思った雪那のお手製回転チェックボール。

 

 ヒュッ――パシ

 

「ん、ミット、真ん中」

「あれ、うまくいったんだ。ちょっとコツ掴んできたかも」

 

 対する咲夜は真っすぐ投げ込む。

 キャッチャー必須能力の1つ正確な送球。

 それを身に付けるためのキャッチボールでもある。

 実は音猫が咲夜に球拾いをさせていた理由は、咲夜が捕手に向いていると忍から言われたからだった。

 遠くからボールを投げる事で肩が鍛えられるに違いない、と。

 だからといって、そればっかりさせたのでは余りにあんまりだと後で真相を知った忍に怒られていたりする。

 音猫は割と単細ぼ――ではなく素直なお子さんなのでこのことはキチンと咲夜に謝っていた。

 

 咲夜が捕手に向いているのは単純に地肩の強さ。

 そして同年代より頭1つ高い背は投手の暴投にも手が届きやすい上、体格の良さは走者とのクロスプレーにも強い。

 投げられたボールに即反応できる反射神経も良い。

 彼女は雪那の中では、基本能力が全て捕手のためにある子供、と考えているくらい彼女は優れていた。

 

 ぽす

 

「ちょっと球軽いわね」

「ナックル、そういうもの」

「う~ん、なんか雪那には似合わない気もするけどなぁ」

「でも、覚えたい、ろまん」

「はいはい。

 そう言いだしたらアンタはてこでも動かないのはよく分かってるから付き合うわよ」

 

 ぱし!

 

「んん? ストレートじゃない」

「違う、ジャイロボール」

「じゃいろ?

 なによ、ナックルだけじゃないんだ」

「ストレート、魔球」

「良くわからないけど、まあ頑張んなさいね」

 

 ジャイロボール――球に螺旋の軌道を描かせるもう1つの魔球。

 所謂、弾丸のような回転を与えるそれは、空気抵抗が極端に少なくなるため初速(手から離れた瞬間)と終速(ミットに収まる瞬間)のスピードが極端に少なくなり、凄まじくキレのあるストレートが出来上がる。

 しかも通常のストレートと違い回転方向の違いからノビる球ではないので最終的に落ちる。

 打者は通常のストレートの感覚でバットを振ると、振り遅れボールより高めに振ってしまうという。

 まさしく現代の魔球と言えるだろう。

 過去、西部ライオンズの松坂選手が投げる事で一躍話題となる。

 本人いわく「スライダーの投げ損ないがジャイロボールになっていた」というように意図せずしてジャイロボールになっている場合もある。

 ナックルと同様に非常に習得難度が高く、遅い球なら投げられない事はないが威力が激減してしまうため球速を維持しつつ投げるにはセンスが必要。

 

 雪那はナックルとジャイロボール――この2大魔球を習得するため今日から練習するのだった。

 

 10数球程投げその日はお開きとなった。

 2人は家を出て小学校へと向かう。

 茶色と緑の集団が見え始めるなか、唐突に雪那は咲夜に言う。

 

「そうだ、咲夜」

「あによ」

「可愛い、びしょうじょ」

「い、いきなりなによ!? 

 ふ、ふん! 美少女なのはアンタでしょ。

 来る人みんな振り向いてるわよ。

 で、でででも、まあ――――ありがと。

 ちょっと自信ついた、かも」

 

 咲夜は自分の容姿に自信が無い。

 高身長は女の子らしくなく、顔も至って普通。

 むしろそばかすが邪魔だと思っている。

 見る人によっては純朴そうと思う印象は強気な口調が台無しにしていた。

 

「咲夜、綺麗、美人」

「ほ、褒めすぎよ。

 恥ずかしいわよ……」

「咲夜、びしょうじょ、微少女!」

「ん……? なんか不穏な言葉を感じたんだけど」

「な、なんでも、ない」

「ホントォにィ~?

 ほれ、うりうり吐け吐くのだー」

「う、にゃ、にゃ~」

「よーく伸びるほっぺたねぇ~ちょっと気持ちいいかも。

 日ごろの恨みー」

「にゃん、ごろ、ふにー」

 

 しばし頬を引っ張られ続ける雪那。

 この後、音猫がやってきて2人してもちもち白肌雪那を両方から引っ張るという暴挙に出る。

 気持ちいい~と言いながら引っ張った後雪那は――

 

「ぶすー……」

「ごめんごめんあまりに良い感触で……」

「ワタクシもちょっとあの肌触りが心地よくて……」

 

 焼けた餅のように頬を膨らませる雪那。でも無表情。

 

「ぶすー……弄ばれた……散々」

「だからごめんって――」

「条件、鉄下駄、ランニング」

「「えええぇぇ!?」」

 

 雲母雪那――――野球好き。関係者から「脳はバット、グローブ、ボールで出来ている」と言われる。

 それ以外にも特徴があった。

 

「3人分、ネット、購入済み」

「やらせる気満々じゃない!」

「全時代的――でもいいかもしれませんわ♪」

「アンタはちょっと黙っててね」

「熱血、鉄下駄ラン、素敵」

 

 変な特訓が大好き。

 特訓魔人と言われる最初の一歩だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【続・影道スカウトコーナー】
「前回に続いて2人目だ」

此華咲夜(こばなさくや)
右投右打 打法――オープンスタンス

ミート:E (バットにボールを当てる技術)
パワー:D (純粋な力の強さ)
走力:F (足の速さ)
肩力:B (肩の強さ)
守備:C (守備のうまさ。主にすばやい動作など)
エラー回避:B (エラーのしにくさ。捕球能力)

送球○:送球が正確でブレない
お祭り女:特別な試合になると俄然張り切り打力アップ
キャッチャー×:リードが苦手で投手の能力をうまく引き出せない
チャンス×:チャンスの場面で緊張し、打力ダウン
走塁×:塁を駆けるのが苦手

「うむ華やかではないが確実に守る玄人好みの野球をするようだ。
 投手にとっては頼りになるキャッチャーだ。
 しかしリード面ではまだまだ投手に頼っているようだな。
 バッティングはまだまだだがこれからの成長に期待と言ったところだろうか」








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