「勝負は勝負ですわ……どうぞズズイと咲夜さんを貰ってくださいませ」
「アタシはモノかっ!?」
「三つ指、立てる?」
「するか! はあ~……。とにかく野球やんでしょ?
とっととやろうじゃない。んで、さっさと帰ろうよ」
野球を嫌いと言いながら、雪那と音猫にやろうと促す。
嫌いな物はさっさと食べるタイプだった。
「あ、あら? ワタクシも参加していいのですか?」
「あれ、違うの雪那? てっきりアタシはそういうもんだと思ってたんだけど」
「野球、9人、必要」
「そ、そうですわね! ならサッソクやりましょうやりましょう!」
テンションが高くなる音猫。
口調こそ大人びているがそこは5歳。
雪那という新たな友人――そして
同年代で彼女は自分と立場が同等の子供は居なかった。
彼女とよく遊ぶ双子は元々使用人の子供で2人は話し言葉こそ自由だが、必ずある一定のラインで一歩引く子供。
咲夜は適当に返事しながら流していて対等で居ようともしなかった。
だからこそ嬉しかったのだ。
問答無用の勝負宣言。
まるで漫画のような熱い展開を経て一緒に練習をする――音猫の中で雪那という少女はすでに大きい存在となりつつあった。
そんな彼女の内心を分かっているのかメイドの忍はその光景をにこにこしながら眩しそうに見つめ続けるのだった。
「そういえば雪那さー本当に甲子園優勝を目指してるの?
言っちゃなんだけど、難しいを通り越して無謀じゃないかな。
夏とか春の甲子園はお父さんがよく見えるけど、新潟なんていっつも1、2回戦負けじゃん」
ある事実がある。
2030年現在で男女合わせて夏の甲子園優勝を経験したことがない県――それは新潟
20年以上前に一度だけ決勝に駒を進んだ事がある。
プロ入りできるような逸材が存在しない彼らは、1人1人が協力し合い他県の強敵校を次々下しついに決勝へと駒を進めた。
まさに奇跡。
序盤に5点を取られる絶望的な状況から8回に4点を取り返す執念を見せつけ、9回2アウトながらランナー2、3塁の一打逆転サヨナラのチャンスを掴み取る。
しかしドラマは最後まで終わらない。
フルカウントから3塁線に絶妙な打撃をした1番の打球を相手校が新潟勢の奇跡を跳ね返すファインプレーで止め彼らの夏は終わった。
それ以降、新潟勢は決勝どころか準々決勝すら勝ち進んでいない。
その現実に終止符を打つと宣言する少女がいた。
それこそが雪那。
知っているのかいないのか、淡々とした口調で夢物語を口にした彼女に咲夜は無理だという。
当然と言えば当然の事。
だがこの場に居たある人物はその言葉に感動する。それは、
「なんて――なんて素晴らしい!
雪那さんっ!
新潟勢、悲願の夏の甲子園優勝!!
この音猫も協力いたしますわあっっっ!!!」
音猫だった。
「えええーーー……無理じゃないかなーと思うんだけど……」
「なに言ってますの咲夜さんっ。
ワタクシのお父様はよく言ってました!
『現実は理想が打ち砕くために存在する』――と!
新潟勢がいままで勝てなかった現実など、優勝する! という理想の踏み台に過ぎませんわ!」
「感動しましたお嬢様!
この忍も及ばずながらお手伝いします」
ぱちぱちと手を叩くメイド。
やれやれという顔の咲夜。
その中でマイペース少女雪那はちょっと待てとばかりに手を上げる。
「待った」
「どうしましたの雪那さん?」
「どうしたのさー(なーんかまた凄い事言いそうな気が……)」
「甲子園優勝、手始め」
「「え……?」」
「次、日本一」
「まあっ♪」
「さらに、アジア一」
「えええー……」
「ラスト、MLB――」
そこで一呼吸置き。
「ワールドシリーズ優勝」
ピン! と人さし指を天に突き立てる。
自らが一番だといわんばかりに。
雪那の自信満々の言葉に正反対の反応を2人はした。
「まぁ!! そうですわね!
夢はでっかく世界一ですわ!」
「でかすぎて無理過ぎる気がー……」
燃え上がる音猫にゲンナリな咲夜。
だが雪那は無謀とは思わない。
(野球の神様が俺にチャンスをくれたんだ……。
なら俺はいけるところまでトコトン行ってやるまでさ!!
そう世界の頂点に!)
怪我でプロの舞台はおろか、甲子園すらいけなかった。
だから雪那は切望する。
野球人としての道を極めたいと。
自分の体でいける限界の先まで生きたいと。
大言壮語ならそう言え。
嗤われたって行ってみせる!
そういう決意が彼女に誇大とも言える言葉を紡がせたのだった――
そこから時は4年の歳月を経る。
その間にもいくつかの出来事はあった。
体がある程度出来る小学4年からでないと女子野球部には入部できなかった。
リトルリーグはあったが、雪那達は学校の部活にこだわった。
理由は複数ある。
1つ――咲夜の家があまり裕福ではなかった事。
野球の道具はお金がかかる。
リトルリーグは将来プロを目指す子供も多くレベルが高い。
その経験は絶対的に甲子園優勝の夢に役立つのだがどうしても先立つものは必要だ。
子供が5人もいる(咲夜は長女)。
咲夜の家は余裕がなかった。
音猫は自らの家で肩代わりすると言ったがそれを咲夜は厳として利かない。
「一方的に施される関係は仲間じゃ――ないでしょ?」
その言葉に音猫は否やとは言えなかった。
いつも野球は嫌いだと言って憚らない彼女だが練習では雪那や音猫よりいつも早く来る。
それは何の気兼ねなく野球をすることが出来ない彼女の複雑な心境の裏返しだったのだ。
2つ――雪那が学校の部活にこだわった事。優秀な仲間は確かにリトルリーグの方が良い。
しかし複数の学校から集まった人たちというのが雪那は気に入らなかった。
過去、堂島闘矢として練習試合や県内の強豪校と戦った強敵達は越境組が多い。
つまり他県の優秀生が大半を占めていたりする。
「そりゃあ優秀な奴らを日本中から集めれば強いだろうさ! でもそれだけが野球の全てじゃないんじゃねえか?」
かつて仲間達に言い放った言葉。
雪那は複数県――この場合複数の学校からかき集めた優秀生より、おんなじ学校の奴らで構成された無頼者たちと野球道を突き進みたい――そう願い実行した。
3つ――音猫の実家の方が設備に優れていた。さすが金持ちというのか獅堂家は敷地が東京ドーム1個分程度の敷地がある。
大半は庭なのだが音猫のおねだりで一部敷地に屋内練習場が建てられていた。
そこらの地方練習場より金のかかった設備があるのだから金持ちさまさまである。
雪那は初めて来た時は「お~、お~~、おおお~!!!」と口をまんまるにしながらキラキラした瞳で練習機器を見つめていたりする程なのでその規模は推してしるべしだ。
それ以外でも雪那はちょっとした計画を実行していた。
それはある晴れた日。
まだ咲夜たちと知り合って1ヵ月程度の小学一年生の日のことだった。
「魔球、投手、夢」
「ふ~ん(雪那はま~た可笑しなことを思いついたわね……)」
雪那が言いだした魔球とは誰もが知る魔球の代名詞ナックル――そしてストレート系の魔球、ジャイロボールの事であった。
練習を始めた雪那だったが、その練習成果は思わぬ結果を産む事となる。
それが芽吹くのはずっと後のこと。
幼い彼女らはまだ知る由も無い事――
【スカウト影道さんの評価コーナー】
「3回目なのだが――今回はすごい逸材を3人も見つけた。
この興奮を誰かに伝えたい。
その一心で書いたものだ、ぜひ見てくれ!」
本日はその1人だ。
PS
子供では細かい数値は分からない。
評価は大まかだと思ってくれ。
小学4年生時点
【雲母雪那】
左投右打、オーバースロー(マサカリ投法亜種)
球速101k/m S評価
制球 D評価
スタミナ B評価
変化球 ナックル?1 F評価
(小学生基準の評価 S、A~H評価)
ポーカーフェイス:常に無表情で相手から動揺を見定められない
球持ち◎:ボールをリリースする時間がかなり遅くタイミングが非常に取りづらい
軽い球:ナックル練習のため無回転投球を心掛けたら回転の少ないうたれると飛ばされる投球となっていた。
ノビ×:球があまりノビず浮き上がらない
「球速がすでに中学生レベルだとは末恐ろしい才能だ!
しかしなぜだろうな、あの姿はかつてどこかで見たような……。
どうも老いた僕では思い出せないな。
ただこれだけは断言できるだろう。
彼女は将来プロ入りすら可能であると。容姿も将来性を感じるものがあるし、マスコミも黙ってはいないだろうね。
さてどうなることやら」
※球速の設定が高すぎたので少し落しました