不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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彼女達の始球式

「それでは勝負の確認なんですけど……」

「ん」

「そもそもなんで勝負するんでしたっけ?」

「……野球、だから?」

「ああ! 野球勝負ですものね!」

「うん」

「違うでしょ2人とも!

 ああもう、なんで2人ともキョトンとしてるのよ!

 そこ『何こいつ言ってるんだろう?』って顔しないでよ!」

 

 雪那と音猫が何故か勝負する理由を忘れそれを指摘する咲夜。

 すでに3人の関係性が透けて見える一幕だった。

 

「思いだした」

「もう!」

「咲夜、欲しい」

「ぶっ!? え、ちょ――」

「正妻、げっつ」

「まあ♪ セイベツをこえた愛、という奴ですのね!」

「音猫もちょっとまってよ!

 アタシは普通にかっこいい旦那さんと幸せな家庭を――」

「(野球)愛、一生、一緒」

「重い! 愛が重いから! アタシにそっちの気はないから!」

 

 黒髪を振りみだしながら咲夜は絶賛否定中。

 マイペースが服を着て歩く人達に突っ込み役が足らないと音猫の取り巻き(双子、河岸輝(かわぎしてる)芽留(める))を巻き込もうと思った処、

 

「っていないし!」

「あら、輝と芽留なら先ほど急用があって帰りましたわよ?」

「逃げたわね……(あんのクソ姉妹~! めんどくなったから適当な理由でっち上げていなくなるとか……!)」

 

 ギリギリと歯ぎしりをしながら、この混沌とした状況から逃げたい、なんで好きでも無い野球でこんな悩まなくてはいけないのか、と激しく疑問に思いながらも咲夜はただ状況に流されるばかりだった。

 

「勝負、一打席」

「良いでしょう! この獅堂家の4女、音猫に敗北の文字はありませんわ!

 勝負はヒット性の当たりを打てばワタクシの勝ち。

 抑えれば貴女の勝ちですわ!」

「承知」

「ええ、全力でやりますわよ! キャッチャーよろしくですわ咲夜さん」

「ああ、はいはい精々やらせていただくよー……」

「ですが審判はどうしましょうかね――」

「――でしたらこの冥土が一人、忍が審判を務めましょう」

「わっ!? なになに!?」

 

 突然現れたメイド服に身を包んだ女性。

 白と黒のコントラストで彩られたオーソドックスタイプの衣装。

 ニコニコとした笑顔で3人の背後に立っていた彼女が審判をすると告げるがそれより気になるのはその素性。

 気になることは突っ込みを入れたくなる咲夜が口火を切る。

 

「ってかあんた誰よ!?」

「ですから冥土と」

「漢字、違う」

「あらあら失敬」

「ウチのメイドの忍ですわ。野球にも詳しいですの」 

「えー……こすぷれじゃないのこれ……」

「どうでもいい、早く、勝負」

「分かりましたわ! さあ配置についてくださいな!」

「なんでスルーできんのよあんたらは……」

 

 獅堂家――元は京都に居を構えていた名門の一族。戦国時代、信長の台頭に危機感を抱き、義に厚いと評判の上杉謙信(旧名、長尾影虎)の元に身を寄せる。

 以降現在まで新潟県にある旧家である。

 音猫はその獅堂家の息女であり、忍は彼女専門のメイドだった。

 野球に関しては元々男子野球部でマネージャーをやっており、部内での紅白戦等で目の悪い監督の代わりに審判を務めていたからであった。

 雪那はそんな彼女に1つだけ難色を示す。

 

「1つ、苦言」

「なんだやっぱり可笑しいわよね、このめいどっての」

「なんでしょうか?」

 

 じとっとした目で忍を見つめると、

 

「野球、ユニフォーム、駄目」

「ん……どういうことですか?」

「メイド服、運動、向かない」

「ええっと――メイド服で野球は駄目って事ですか?」

「こくっ」

「それは大丈夫ですよ。私のユニフォームはメイド服ですから♪」

「ん、納得」

「はい、ありがとうございます」

「って違うでしょうがあんたらー! どう見てもユニフォームじゃないとか、この人誰とかあるでしょう!?」

 

 うがー! と暴れる咲夜だが周りのマイペース軍団は気にしない。

 

「あら、別にいいではありませんか」

「ええ、お嬢様に同意です」

「どうでもいい」

「え、何? アタシだけなの疑問に思うのって」

 

 結局、咲夜の疑問はさくっとスルーされ一打席勝負が始まる。

 この勝負で決められたのは――

 

・使用ボールはビニールボール(軟球は重すぎるため)。バットはプラスチックバット使用。

・3ストライクで三振、またはゴロで雪那の勝利。ピッチャーより後ろまで飛ばせば音猫の勝ち(ただし雪那がキャッチした場合はアウト)

 

 ――というルールで決められた。

 そして今、雪那は咲夜と作戦会議を行っていた。

 

「お願い」

「何よ……」

 

 すでに気力がガリガリと削られた咲夜はぐったりとしつつ、雪那の話しを聞く。

 

「サイン」

「サインってキャッチャーがやってる奴?

 私難しい事分かんないんだけど……」

「簡単――」

 

 雪那が淡々と告げたサインは実に簡単なものだった。

 マウンドにいる雪那が投げる前に右足を動かせばインコースに、左足ならアウトコースにといったもの。

 通常の試合ならすぐ様見破られかねないこのサインも1打席なら読まれないという考えで雪那は提案した。

 咲夜もどこに構えれば分からなかった処もあるので渡りに船と承諾する。

 そして始まる。

 雲母雪那が投手として始動する日が――

 

「プレイボール!」

 

 忍が開始を宣言し、音猫は右バッターボックスに入る。

 細かい砂利が敷き詰められた公園の一角。

 足で引いただけの簡易フィールド。

 音猫は目を爛々とさせ、自信満々の表情で雪那の一挙手一投足を観察する。

 

「左投げですの……(まあ左だろうが右だろうがかっ飛ばすだけですけどね!)」

 

 対する雪那も頭の中で音猫というバッターを冷静に分析していた。

 

(バットを空に真っすぐ立てる構え――神主打法か。でも小刻みに揺らして打つ気満々だな。

 話した限りでも性格は相当な自信家だろう。

 初球から打つ気なら一度ボール球でもいいから際どいところを狙って空振りを狙うのがセオリーだが――)

 

 にやっと心の中で笑う。

 野球が心底好きな彼女は、それじゃあお互い(・・・)つまらんよな、と思いながら右足を動かす。

 

「っ!(右足、インコースね……)」

 

 咲夜は内角低めに構える。

 左手にボールを握りしめ腕を上げるワイルドアップから、いつもの足を大きく上げる豪快なフォームを取った。

 それに対し過剰な反応を示した者がいた。

 審判をしていた忍だった。

 

「えっ……!?(あれって村田兆治選手のマサカリ投法!? しかも下半身が凄く安定してる!!)」

 

 忍が驚くの無理は無い。

 マサカリ投法や野茂秀雄投手が使うトルネード投法等、体をかなり捻るタイプの投法は体を壊しやすいといわれている。

 体幹やバランス感覚に優れてないとフォームがぐちゃぐちゃになりやすい。

 なのに彼女――雪那はまるでそのフォームが当然とばかりに投げようとしている。

 その姿は美しくブレが一切ない。そして――

 

 スパァン!

 

 抉り込むようにインコース低めにボールが突き刺さる。

 音猫は一切動けなかった。

 早い――とはいってもバッティングセンターのボールと比べれば遅い。

 しかしバットは一ミリも動けなかった。ただただそのボールの軌道を目で追うのが精いっぱいだった。

 

「し、忍さん……入ってます?」

「ストライク。入ってますね。

 お手本みたいなインコース低めの際どいところです」

「ん(偶然きわどいところにいったか……)」

 

 少し口元をひくつかせる音猫。

 彼女はそこらの少年少女と違いキチンと練習している。

 真正のお嬢様たる彼女は本来、野球などの練習は眉を顰められるのが普通だが4女ということもあり家族公認だった。

 故に堂々と敷地内に練習機器を使った練習をしていた。

 そこらの子供より段違いに強い。しかし――

 

「お嬢様。次きますよ」

「わ、わかってますわよ!」

「はい(使用人にピッチャー経験者はいません。

 つまりお嬢様は産まれて初めて『生きた球』と接していることになるんですね……)」

 

 機械から投じられる球はあくまで機械。

 実際の投手から投げられるものとは全然違う。

 そして雪那から投じられる第2球目も――

 

 スパァン!

 

「――な」

 

 外角高め、しかしやや真ん中よりの甘い球も空振りする。

 早すぎて振った後に悠々と球はミットに吸い込まれていた。

 独特のリズムで投じられた球にタイミングを逸した音猫に忍はようやく理解する。

 雪那の球の本質に。

 

「なるほど……(腕を振った後、球が投じられるのがかなり遅い。

 間接がかなり柔らかいんですね……。

 あれほど遅いと球の出所がわかりにくい上にバットを振るタイミングを取るのは難しいでしょう。

 私ですら初見では見極めるのがきつかもしれない。

 彼女はそれを理解して投げているのでしょうか?)」

 

 そんな疑問を抱く忍。

 そして雪那はその事を理解した上で投げていた。

 

 気付いたのは1年前。

 あの夕陽の野球場にて甲子園を目指すと決心した日の少し後。

 彼女は怪我に敏感だ。

 当然、肘に違和感を感じた事を放っておけなかった。

 数日間シャドーピッチングで具合を確かめた処、男であった時より肘が曲がりやすいことに気づいたのだ。

 その分長く球を持っていることが出来ると理解する。

 

 野球用語で言う『球持ちが良い』というもの。

 過去の投手ならソフトバンクの和田投手などがいい例だった。

 

 雪那はその後、鏡でフォームを微調整しつつ正面から見て手元――つまり球を持っている部分が極力見えないようにした。

 それが今生きているのだった。

 

「ふん! 機械より遅い球ですわ!

 最後はかっきんと打って差し上げますわっ」

「ラスト、一球」

「あれ?(雪那! 足! 足動かしてないよ!)」

 

 

 雪那は3球目を投じるため、三度構える。

 しかし右足も左足も動かしていない。

 咲夜は内か外かわからず真ん中に構えたままだった。

 しかしそれこそが雪那の狙う場所。

 ど真ん中ストレートだった。

 

「――しっ!!」

「ど真ん中イタダキですわっ」

 

 緑色のボールはミットに向かって真っすぐ直進する。

 黄色のバットは通すまいと風を切り裂きながら阻む。

 そして――

 

 パアァン!!

 

「ストライクバッターアウト!」

「……そんな、このワタクシが……」

「ホントに抑えちゃったし……」

「うし」

 

 燃える夕日の中、冷たい顔つきの少女は小さくガッツポーズする。

 バットを取り落とす音猫。

 茫然とそれを見つめる咲夜。

 そしてこれが彼女達の最初の思い出。

 

 雲母雪那、此華咲夜、獅堂音猫――マイペース、突っ込み屋、お嬢様。

 バラバラのピースが織りなす野球漬けの狂想曲。

 野球場を舞台に大暴れする彼女達の始球式(ものがたり)は今始まったのだった――

 

 

 

 

 


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