不屈球児の再登板   作:蒼海空河

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読んでくださる方々ありがとうございます。
ちょびちょびですが更新していくのでこれからも読んでくださると嬉しいです(^^ゞ


山なりに描く希望

「せーちゃんいきなり走ったりしちゃメーだよー」

 

 はあはあと息を吐きながら、夏輝が雪那の後ろにやってきた。

 1歳年下とはいえ雪那の運動能力は高い。

 前世、堂島闘矢は野手としての練習もこなしており走塁技術――つまり早く走る技法も身につけている。

 鍛え抜かれた男子高校生の筋力こそ失われてもなおその魂には刻まれている。

 

 正しく野球技術の粋を凝らした結晶を。

 汗と涙と心血を注いだある男の人生を。

 

 そしてそれは走力だけに留まらない。

 彼女は無表情の裏に燃え上がる激情をもう止めるなどできない。

 自分から野球環境と離れおあずけ状態にした1年間。

 もう――その気持ちは決壊寸前だった。

 

「あれー? ねぇお嬢ちゃん達、どうしたのー?」

 

 1人の部員が雪那達の存在に気づいた。

 少し間延びしたどこかおっとりした花柄のカチューシャを付けた女の子――中学3年生の紫藤乃花(しどうのはな)は、市立緑川中学校女子野球部の部長。

 普段はのんびり屋で穏やかな少女だが何事にも動じないメンタルと捕球を初め、基本に忠実な技術を買われキャッチャーとしてチームを纏めている。

 その日彼女らはなかなか練習時間がとれない日曜日の緑川野球場でも使用許可を得ることができ熱心に野球の練習をしていた。

 

 小さいながらも新しい緑川野球場は設備が整っている。

 投手のフォームをチェックできるビデオカメラと映像機器。

 60k/m~140k/mに設定できるピッチングマシン。 

 夜間照明も完備している。

 

 普段学校に無い設備を使用できるという事もあり、部員全員が次の試合の為に練習に勤しんでいる中、センター横に設置されている外との出入り口に小学生かそれ以下の女の子2人が立っているのに気づき何人かがそちらの方向へと顔を向ける。

 乃花は素振りをしていた手を止め2人の少女に近づいていくと、赤髪の女の子が蒼髪の子を護るように前に立つ。

 

「あ、あの! 勝手に入ってごめんなさい!

 妹が敷地内に入ってしまって……ほらせーちゃんもあやまって」

「野球……」

 

 じっとある一点を見つめて離さない雪那。

 彼女の耳にはなにも入っていなかった。

 

「あーうんダイジョーブだよー。そろそろ休憩にしようかと思ってたしねー。

 てーわけでー、みんなきゅーけーい!」

 

 その言葉を聞いた部員達は「あー喉からからー」「きゃー♪ かわいい! ねぇ年はいくつ?」「蒼い方の子、まるで御人形さんみたーい!」と半数以上は練習場に来た珍客に興味津々だった。

 

「うーん、そのせーちゃんは何でここに来たのかな?」

「……?」

 

 怯えさせないようにしゃがんで目線を合わせる

 何処かを見つめていたその少女は乃花の存在に初めて気づき首を傾げた。

 後ろの方ではその愛らしい仕草にきゃあきゃあ騒ぐ部員達。

 乃花も可愛いねぇとほのぼのしつつ、じっと見つめた。

 するとその瑞々しいピンク色の唇からぼそっと声が聞こえた。

 

「野球! 野球! 野球!」

 

 ぶんぶんと両手を上下にぶんぶん振りつつ答えた。

 

「う~んと野球見学?」

 

 ぶんぶんと首を振る。

 

「迷子?」

 

 ぶんぶんぶんとさらに振る。

 

「ん~?」

 

 乃花は首を傾げる。少女も両手を組みながら首を傾げる。

 その時雪那はこう思っていた。

 

(ううー! 口があるのにうまく伝えられねぇ。出そうにも喉がつっかえて単語ばかりしか並べられない……。

 俺はただ野球がしたいだけなのに――はっ!?

 そうだ声で伝えようとするからいけないんだ! 

 野球の事は野球語で語ればいいのだ!)

 

 なにやら可笑しな事を考えだす。

 雪那はいつの間にか輪になって集まった部員達の隙間を潜り、トコトコとセンターからセカンドベース付近へと脚を向けた。

 

「せ、せーちゃんだから奥に入っちゃだめだって!」

「うーんあの子はどうしたいのかな?」

「うわ歩く姿もかっわいい! ねぇお持ち帰りしちゃだめかな?」

「やめなさい。身内から犯罪者を出したくない」

 

 外野の声もなんのその。

 ぴたっと白いセカンドベースの上に立つとバッ! と両手を天にかざし気持ち大きな声で宣言する。

 

「野球、ラブ!!」

 

 球場の中心で野球愛(あい)を叫ぶ少女雪那。

 

「「「え……?」」」

 

 ひゅうと風が吹く。

 雪那達の愛らしい容姿にざわつく周囲の女子部員&夏輝は理解できない。

 その言葉を聞いた者たちはある1名を除いて全員の頭上にクエッションマークが上る。

 それはそうだ、普通分かるわけがない。

 だが何事にも例外というものはつきもので……。

 例外の1名――乃花はポンと手を叩くと満面の笑みでわかったとばかりに結論を述べる。

 

「ああ~野球がしたいのね~!」

「えぇ部長!? なんでそういう結論に……」

「だって野球を愛しているからしたいんでしょ?」

 

 そう問いかけると少女は、

 

「こくこくこく!!(おお通じた! やはり野球は全世界共通語!)」※個人の意見です。

 

 と首を激しく縦に振る。

 

 

「私……せーちゃん言う事ぜんぜんわからないよ~」

「大丈夫。私達も理解不能だから」

「うちの部長は変わってるけどあの子も同類なんだね……」

 

 【変な女の子】という称号をいただいた雪那は特に気にしない。

 それよりも先ほど見つめていたある一点を指さし部長にアピールし始めた。

 

「マウンド! 投球!(久しぶりのマウンド……俺のいた世界)」

「もしかして投げたいの?」

「うん!(当然!)」

「そっかーでも軟球とはいえ大きいけど大丈夫? 持てる?」

「根性!(しがみ付いてでも!)」

「あはは根性で手は大きくならないけど……でもうん、そんなキラキラした目で見つめられたら断れないよねー。

 わかった。キャッチャーやってるこの乃花さんがせーちゃんの思いっきりを受け止めてあげるね♪」

「ぶ、部長いいんですか? 子供とはいえ部外者です。顧問がなんて言うか……」

 

 そういって周囲の部員たちから進みでたのは北村直美(きたむらなおみ)

 女子野球部の副部長を務め、学校では風紀委員に所属している真面目な生徒だ。

 ポシションは2番遊撃手(ショート)。打撃能力はそこそこだが滅多にエラーをしない真面目さがプレーにも現れている選手。

 そんな彼女にほわほわした笑みを浮かべながら乃花は大丈夫だよーと告げる。

 

「むしろ新山センセーはせーちゃんたちの事、率先して可愛がると思うな~。

 可愛いもの好きだし」

「あ、まあ確かに……」

 

 部室に可愛らしさが足らないとゲームセンターで取ってきた景品を並べる顧問を思い浮かべ、微妙な顔を浮かべる直美。

 軽く副部長を黙らせた乃花は、ふんふんと鼻息荒く気合十分といった感じの雪那に了解の意を伝える。

 

「じゃあ投げよっか? はいボール」

「おー!」

 

 ボールを渡され歩み出す。

 一歩――また一歩と。

 投げれる。

 そう投げれるのだ。

 なんちゃんら麻痺などという障害は今の彼――否。

 

 彼女には無い。

 

 幼く弱い体躯の体でも異常などないのだ。

 時は夕暮れ。オレンジ色の空。

 胸に宿るは紅蓮に燃える灼熱の想い。

 

 ドクン……ドクン。

 歩く度に高鳴るビート。

 踏みしめる砂の音すら愛おしい。

 蒼髪の少女は今マウンドに立つ。

 試合でもない、周囲はにこやかに見つめてくるそんな舞台。

 真剣勝負が常の戦場(しあい)とは緊張感は欠片も無い。

 でもいい。いまはただ投げる。

 それが彼女の意思。

 

 

 

 ここで前世、堂島闘矢とはどういう投手かを説明する。

 

 1つ――絶対にマウンドを譲りたがらない。「ここは俺の場所だ」と宣う。何度打たれても、100を超える投球回数を超えても、膝を屈しそうになっても、心も体も疲れ果てても自分からマウンドを降りようとしなかった男。

 2つ――目立ちたがり。普段の生活は至って普通。しかしマウンドに立つと豹変する。豪快な投球フォーム。三振を取るたびに上げる雄たけび。予告ストレートなどは地方でも有名だった(スカウトの印象に残ろうという意図を少なからずあったが)。

 そして3つ目。これが彼の性格を表している。

 野球大好き。

 彼の体格は180cmの日本人にしては恵まれた体格。また運動神経もいい。中学、高校と入学すると一斉に勧誘合戦にあった。そのなかでも高校で彼を特に惚れ込み執拗に勧誘した柔道部主将との一幕がある。

 主将は問う。

 

「堂島、確かに野球は素晴らしいスポーツだ。でも柔道も見学だけでいい、来てみないか?

 日本が誇る国技もまた別のよさがあると思うのだが」

「先輩。あんたの熱意はうれしいよ。でも駄目なんだよ。野球の無い人生なんてカレールーの無いカレーライスと一緒なんだ」

「いやそれただのライスじゃないか」

「そう――ただのライスだよ。

 だから俺にとっちゃそれは゛人生゛から゛生゛を取ったものと一緒なんだ。

 野球の無い俺は人なんだ。飯くって糞して寝る生き物。ソイツは生きちゃいねえ。

 俺はただ、生きるために――――

 

 

 

 野球をするんだ」 

 

 その言葉に主将はただ黙るしかなかった。

 闘矢自身すら忘れていた言葉。

 その言葉を今改めて感じることとなる。

 

 

 

「――ッ!?」

 

 ふわっ――マウンドに立った雪那はこの場であり得ない浮遊感を得る。

 周囲はまるで豆粒のように小さく、遥か眼下へと離れ雲より高い。

 真っ青な蒼空に日差しは暖かい。

 はっ!? と気付くと先ほどの世界は

霧散していた。広がる景色は普通の野球場。

でも確か瞼の裏には先ほどの不可思議な映像は焼き付いていた。

 

(これ……は。

 そう、そうか、そうだったんだ――)

 

 瞬間、彼女は理解した。

 今まで自分は転生などしていなかったのだと。

 この4年間自分は世界のどこにもいなかった。

 何故なら――

 

(俺は今、この瞬間生き返ったんだ。

 再び野球をするために――)

 

 どこかあやふやだった自分の姿が急に定まる。頭のてっぺんから四肢の先まで力が漲る。部長から渡された白雪の球体は自身を照らす光。

 ぐっと握り俯く。

 サラッと頬にかかるセミロングの青髪。

 

(自分の世界は球場の中。

 自分の生きる場所はマウンドの上。

 自分の人生に゛生゛を与えるもの――それは野球。9人の仲間と10人目の観衆が集う扇状の建物――それしかないんだ!)

 

 彼女の深海(ディープブルー)の瞳に力が宿る。

 不確かな世界はこの(とき)を境に動きだす。

 

 キッ!!!

 

「えッ!?」

 

 乃花はそのとき反射的にある姿勢を取ってしまった。

 ぐっと腰を降ろし左手のグローブに右手を添える。

 昔、彼女は速球に対し目を瞑ってしまう悪癖があった。

 それを克服するため、バッティングセンターで140k/mを超える速球をキャッチする特訓を行った。

 無茶な特訓――その末に会得した豪速球を受け止めるための姿勢。

 彼女の目の裏には強烈な一球が来るという未来を幻視した。

 構え直す乃花に雪那は感動する。

 

「ん!?(良いキャッチャーだなぁ! 軽く中腰の姿勢から本気取りの姿勢になった。

 子供な俺の貧弱球を全力で受け止めてくれるんだ……。

 なら今の俺の本気を投げるべきだよな!)」

 

 構える――ボールは左手(・・)に。

 流れるような動作だった。17年動かした利き手の右より、17年分を1年間で練習しつづけた左を選ぶ。

 無意識に選んだこの選択には、未だ彼女に右手を故障したトラウマが残っているのかもしれない。

 だがその顔に苦痛の色は無い。暗雲を取り払った晴れ晴れとした心。

 うきうきとしている様はまるで野球したての少年だ。

 

 右手はグローブで包まれていると思って。

 満席の観客席。耳をつんざく大歓声。

 フィールドには頼りになるかつての仲間達を幻視する。

 バッターボックスには自身最大の好敵手(ライバル)と決めていた大阪塔陰高校の4番和泉。

 ゴジラ松井の再来と言われた高校屈指のスラッガー。

 

(今の俺じゃあ100球投げても100発返礼されるのがオチだが……。

 いつか取り戻す――いや超えて見せる!

 いつだって変わらない。

 こいつに対して最大級のストレートを魅せるだけだ!!)

 

 ざっ! 足裏が真横からだと見えるくらい右足を高く上げる。

 だらんと下げた左手――しかし5指は手が真っ白になるくらい握り締めている。

 万を超える繰り返した投球動作。

 まず体が前に腰に力を、最後に左がやってくる。

 

(こ・れ・が――――俺の全力だぁぁぁ!!)

 

 その瞬間肘に違和感が貫く。

 

 ぐにゃり!

 

(え!? なんだ今の感覚は――)

 

 その時自身の故障した姿を思う。

 でも違う、と。

 痛みは感じない。

 むしろ絶好調といってもいい。

 

(いやそれとも違う違和感。腕がさらに伸長した気が――)

 

 それ以上は考えられなかった。

 手からボールを離すリリースの瞬間が訪れたから。

 

(リリースのタイミングが遅い――!)

 

 ひゅん!

 

 腕振り音は軽い音。

 いつか絶対、最高の舞台で最強の投球をしてみせる!

 

 そう決意を胸に抱きつつ、白い希望は太陽に届けとばかり空を舞う。

 鋭角を描く山なり軌道。

 非力な自分ではまっすぐの直球は必ずバウンドする。

 だからこそ山なりの軌道で投げた。

 折角の久しぶりのマウンドでの投球でボールに土を付けたくなかったから。

 投球後の流れ始めた体――でも目だけは白球を追う。

 重力に従い落ちたボールはあっさりと――

 

 ポス。

 

 違和感を覚えつつも予想通りの結果。

 ど真ん中の超スローボール。

 バッターなら御馳走様とばかりにバットで快音を鳴らせる絶好球。

 イメージの和泉はバッターボックスからかき消え――あるのはキャッチャーとミットに収まった白球。

 

 それを見届け誰に言うでもなく呟く。

 

「ストライク。バッターアウト(なんて、な。甲子園がとか、プロが、とか関係ない。野球をやる気さえあればどこにだって、どこの空の下でも白球は追っていける。

 もう俺は逃げない。

 怪我を理由に絶望する時間は終了(ゲームセット)

 これからは――――――

 

 

 俺の人生の開始(プレイボール)ってな!!)」

 

 空を見上げ雲母雪那は改めて痛感する。

 マウンドこそ俺の生きる場所――と。

 ピッチャー雪那は誕生したのだった――

 

 

 

 

 

 ――その時、乃花の声が耳に届く。

 

「かなり完成されたフォームだねー。これは将来、甲子園優勝も夢じゃないかもねー」

「え――?」

 

 不屈の球児、堂島闘矢――死を超えた先に得た新たな人生で運命のプレイボールをこの時確かに聞いた――

 

 

 

 

 

 

 


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