無双は次回……。
~紅白戦より1週間前~
雪那は家庭科が苦手だ。
裁縫、料理、栄養素関連の勉強――全てにおいて駄目だ。
理由は至極単純、興味ないから。
野球に関係があれば逆に優秀な生徒へと化けるが、あくまで野球に限る。
そんな彼女だがミサンガを作るときだけは真剣だった。
1週間チクチクと慣れない針仕事で作った5つのミサンガ。
ミシンは高速で動く針が手を縫いそうなので無理と判断。
自室の隅で静かに縫う。
淡々と縫う。
針と糸で少しずつ作り上げる彼女の目は、どこか寂しく郷愁に満ちたものがあった。
「ただ~いま~」
階下で幼い声が響く。
甘く口足らずなその声の主は軽い足音と共に近づいてくる。
扉を開け入ってきた当人は、雪那の隣で物音を立てた。
ランドセルや体操着を床に置いたのだろう。
そんな彼女はひょいっと雪那がいる部屋に顔を出す。
「あれぇ? 雪ねぇね、それなぁに?」
「ん」
雪那たち2階の部屋は大部屋で壁がない。
タンスなどで各部屋を区切っているが2、3歩進めば姉妹の区画を覗くことは簡単だった。
隣の姉のいる場所から音がしたので様子を見にきた小春の目に映ったのは、
「おさいほぅ?」
「うん」
珍しく野球以外の事をしていたのを見た小春は目を輝かせる。
自身が慕う姉の事を小春は知りたいと常々思っている。
行動や思考、好みなど細やかなことも。
そんな姉が普段と違う事をしている。
小春は興味津々で雪那に近づいた。
「これはなに~?」
「ミサンガ」
「みさんが? ってなにぃ?」
「お守り、みたいなの」
「ふぇ、ねぇねはお守りほしぃの?
小春、神社で買ってこようかな?」
「これは、絆、証」
「絆? 証?」
「うん、大切な、証」
ふっと窓の外を見る雪那。
夕暮れ時の空に浮かぶのは誰かの影。
もう遠くなってしまった
哀しみを目に宿しながらも雪那はミサンガを紡ぐ。
『甲子園! 行こうなっ闘矢!』
「ッ!?」
つぷ。
針が雪那の人さし指を刺す。
チクリと指に赤い点が浮かぶ
雪那ははむと人差し指を口に含みつつ目をつぶる。
耳に残る言葉は親友が笑顔と共に放った約束の言葉。
「だいじょぶ? ねぇね?」
「うん……」
今も残る瞼の裏に残る思い出。
女々しくもいまだ残る幻影を雪那は忘れない。忘れられない。
何故なら誓ったからだ。
この世界で甲子園で優勝すると決めたのだから――
○ ○ ○
ぐりぐり。
下品な嘲笑は雪那の耳に酷く障った。
工事現場の騒音より。
ガラスに爪を立てるより。
面白くもないバラエティの会話より。
雪那の心を揺さぶる。
琴山は感情らしい感情を見せなかった雪那が動揺した様を見て内心嗤う。
これでコイツも普段の調子を出せなくなる、と。
しかしまだ幼き少女は知らない。
怒りも一定のラインを越えれば力になると。
怒髪天を衝くという言葉がある。
怒り狂う様を表す諺だが、正に雪那はその状態に限りなく近づいていた。
その怒りは天を衝き限りなく高まっていた。
際限なく、ただひたすらに。
そして放つ。
限界を突破する一言を。
「そ~いえばぁ、後生大事に何人か手首に付けてる奴いたよねぇ~
ショージキ美的感覚狂ってんじゃない?
手作りは大事にする人っているけど、それにしたって限度ってあるよねぇ~。
こんなの燃えるゴミの日に出した方がいいって。
じゃないと呪われるかも? きゃははははははっは――♪」
「どけ」
「え?」
運動靴で踏みつけていた琴山の足首を雪那は掴み払う。
突然の事にされるがままの琴山は尻もちをつくがお構いなし。
パンパンとミサンガに付いた土払った彼女は静かに1塁へ戻る。
無論、こけさせられた琴山は黙っちゃいない。
「~~~った!? ちょっとアンタ!!
先輩にナニ手ぇ出してんのよっ!!
謝りなさいよ!」
「………………(ぎろ)」
「――ッヒ!?」
まるでゴミでも見るかのように見下ろす雪那。
ガラス球の瞳はただそこにある
深海の瞳は深く深く相手を見据える。
能面の表情は絶対零度の感情を琴山に叩きつけた。
怯む相手に雪那は塁に戻る。
誰も彼女に声を掛けれなかった。
「え、えっと再開します!」
審判役の女の子がプレー再開を促す。
本来、琴山は雪那に対して悪質な妨害をしていた。
ボールを受け取った彼女は1塁ベースを踏めばいいところを雪那に対して必要の無い体当たりを凶行していたのだ。
しかし審判は流してしまう。
あくまで審判は小学5年生。
詳細なルールを覚えていない彼女らでは正しい判断を下せなかった。
この後、9番兎は体力の消耗を抑えるためバットは出さず三振に。
1番輝もパワーの無さが影響し、内野ゴロを打ってしまい併殺打となった。
そして5回表。
その前に守備変更を審判に申し出た。
【守備変更】
3塁・大鳳→1塁
投手・兎→3塁
捕手・夕陽→センター
センター・咲夜→捕手
1塁・雪那→投手
兎は外野は出来ないという事と、1塁では5年生チームが激しい当たりをしてくる可能性があったので、ランナーが来にくい3塁へと変更。
大柄な大鳳は体当たりに強いだろうと1塁へ。
後は雪那&咲夜のバッテリーを投手と捕手に添えた。
そしてプレーを始める前に雪那の周りに咲夜たちが集まった。
内容は先のミサンガによる件。
いきなりの事で間に入る機会を逸した彼女はは雪那を気遣う。
「雪那さん大丈夫ですか? まったく!
ワタクシ、ラフプレーばかりの先輩方を見てただでさえ苛立っておりましたが、先ほどの言葉はあんまりですわッ!
人としての品性を疑います!」
「「輝(芽留)もどうかーん!! ムカつく!!」」
「…………」
「あら? 咲夜さんどうかなさいまして?
いきなり素振りなんて初めて……」
「ふふふ……ねぇ人の頭って、ドノクライカタイノカナ?
タメシテモイイカナ?
イイヨネ?」
「ちょ――!?
咲夜さん落ち着いてくださいまし!!
暴力はいけませんわ!!
例え品性が獣レベルの相手でもッ!」
「は~な~し~な~さ~い~よ!!!
あのコトだかタテだか、わからない莫迦をベーコンにでもしないと気が収まらないわッッッ!!」
「人肉はアウトですわ!!??」
沸点の低い咲夜が牙を剥きながら暴れる中、雪那はポンポンと彼女の肩を叩く。
「あによっ!?
ねぇ雪那、アンタだってムカついてんでしょ!
アレはアンタの気持ちを踏みにじったのよ。
出来不出来が何!?
他人のあいつが人様のモンを笑いながら踏みにじる理由になってないでしょ!!!
あーいうバカは一度痛い目みないと理解できないのよ。
動物と一緒だからッ!!」
「わかってる」
「わかってるなら――」
「だから――――氷漬けに、する」
「氷漬け……?」
俯きながら淡々と話す雪那に顔を向ける咲夜。
その表情は窺いしれない。
「凍てつく程、固まる程、黙らせる」
「雪那……?」
「完膚なき、まで……つぶす」
雲母雪那、小学4年生。
今の人生で初めて――――
腸が煮えくりかえる程の激情を胸にマウンドに立つ。
彼女が力強く握るボール。
その手は雪のように真っ白に染まっていた。
~~おまけ~~
雪那と小春の会話。
「ねぇねぇ、見てみて通販で買った御本がきたんだぁ!」
「どんなの?」
「歴代名捕手解説・捕手新理論って奴なんだぁ♪」
「運動、大切」
小春にはキチンと脳内で変換されている。
「本を読むのもいいけど運動するのも野球だよ?」と。
愛しの姉検定1級保持者の小春には簡単な事。
「わかってるよぉ。でも野球は人生なんだよね?」
「うん」
「野球をしないのは人生の9割損してるんだよね?」
「1割、しか、残らない」
「野球のない人生はかれーのないカレーライスなんだよね?」
「ライスだけ」
「じゃあ、小春は野球の御本読まないと死んじゃうんだよぉ。
野球は人生だから。人生はご飯食べないと生きれないよ。
小春のご飯は野球本なのです」
「納得」
2人の会話はキチンとキャッチボールがなされている。
他人が聞いたら暴投だらけで付いてこれないレベルでも。
「あ! 運動するなら、ねぇねのボール受けたいなぁ~~」
「うん、いいよ」
「やった♪ じゃあ準備してくるね!!」
たたたっと走る小春。
その顔は満面の笑みだった。
しかし、降りてから少女は呟く。
「……小春が一番、雪ねぇねの事理解してるもん……。
だから咲夜おねぇちゃん。
必ずねぇねの隣…………貰うから、ね♪
そこは小春のしてーせきだから」
【影道さんのスカウトコーナー】
「ふと見かけた子供がいたのだが……不思議と惹かれるものがあったのでまとめた」
雲母小春
捕手? 打法――一本足
ミート:D
パワー:H
走力:H
肩力:F
守備:E
エラー回避:D
キャッチャー◎:投手の能力を最大限に引き出せる
ささやき戦術:相手バッターを動揺させるような発言をして幻惑し打力をダウンさせる
応援:味方バッターを必死に応援し、ランダムで調子または打力をアップさせる。ベンチにいる時限定。
慎重打法:ボールを見極め、バットを積極的には振らない
慎重走塁:無理な走塁はしない
「能力に見るべきところがない……はずなのだが、不思議と目を向けてしまう……。
もしかしたらとてつもない才能を秘めているかもしれないな……。
雪那君の妹というし、メモに入れておこうか」