気づいたらお気に入りが一気に増えてびっくり。
ありがとうございます!
次回もがんばります!
男子野球部員、斎藤雄二はその日練習に身が入っていなかった。
それは遠くでチラつく邪魔な奴がいたからだ。
「……あいつ」
「よーう雄二ィ! どったの? さっきからちらちらと女子野球部の方見てよぉ。
――あ、もしかして好きな奴でもいんのか?」
「ばっ……っちっげーよ! 何で、んな話しになんだよ!
好きとかバカバカしい!」
腕を組みながら鼻息荒くそう断じた雄二。
この年頃の男子は女子と好きやらの話しにすぐ繋げたがる。
下手すれば相合傘で黒板に名前を書き連ねかねない。
それが分かっているので即座に否定したのだった。
「じゃぁなんで気にしてんだよ! 練習中だぜ?」
「球拾いなんて練習じゃねえよ」
「まあ、そうだけどよ」
準備運動も終わり、ランニングや筋トレもした。
今は顧問が5、6年生に対して守備練習――ノックをしており、捕り損ねて外野に転がってきた球を拾っていた。
ちなみに仮入部期間とはいえ、部員同様に扱うと顧問は宣言している。
それが球拾いなのだから嬉しくて泣けてくると、雄二は皮肉る。あくまで心の中でだが。
男子野球部と女子野球部の敷地は扇を反対にして合わせたもの。
つまり、男子野球部の外野は女子野球部の内野近辺と接している。
正確には1塁線側がすぐ傍なのだ。
そしてファーストを守るのが――
「雪女……」
「あ、なに雪女好きなのお前? なぁみんなー聞いてくれーコイツ――あで!?」
「いいかげんにしろよや
俺が言いたいのは野球の事だよっ!!」
「野球?」
「ここから見てもアイツうま過ぎねぇか?
例えば――ほら今の見ただろ!!」
「あーーーなんだっけアレ。
えっとテレビでよく見る――」
「グラブトスだよ。意外とムズイんだよあれ」
体操着の長ズボンに付いた砂を払っている雪那。
彼女が先ほどしていたプレーの内容は、
1――兎の球が打たれ1、2塁間を抜けようとした。
2――すばやく雪那が周り込み。滑り込みながら右手のグラブでキャッチ。
3――セカンドの乙姫にグラブトスし、乙姫が1塁へ送球
4――1塁のカバーに入っていた兎がキャッチしてアウト
というもの。
その流れるような一連のプレーに思わず見惚れてしまった雄二は、同時に嫉妬心が湧く。
そもそも今日、女子野球部は仮入部を開始したというのにあんなプレーがうまくいくのか。
打撃なら分かる。
雄二もバッティングセンター打ちまくっていたからだ。
数年前に出来たばかりなのに、100円で30球という格安設定。変化球も設定できる
近辺の相場が200円30球なので 半額という値段。
スポーツを振興する緑川市の役所からスポーツ振興金と称して補助金が出ているのが理由。
水泳やテニスなどいくつかの施設も同様で、軒並み相場より半額という設定が多い。
他の市からわざわざ自転車でやってくる学生もいるほどだ。
なので野球部に入部した生徒の半数以上は打撃だけなら意外とうまい。
雄二は3時のおやつと言われて、親から貰っている100円を毎日バッティングセンターに注ぎ込んでいた。
打つだけなら相当の自信がある。
だからこそ雄二は納得ができない。
フラリと来た
「全弾ホームランとか納得いかねぇ……っ!」
ギリッ! と歯ぎしりをして、女子と男子を隔てる金網の向こうを睨む。
そこには何時かの時と同様にぼーっと立つ白い少女がいた――――
○ ○ ○
~~3回裏 4年生チーム攻撃~~
4-7。
5年生優勢。
2回裏は雪那の3ランで4-5に迫るも後続の9、1、2番はゴロや三振でアウト。
3回、ノーアウト2ストライクの状況から夕陽の執念のライト前ヒット――転がる球を外野手がまさかのトンネルというエラーで一気に3塁まで駆け上がる。
ここで登場の大鳳だったが打つ前に、
「俺ぁ見えてるぜ……この球が大空を翔ける姿がな――」
わかりづらいが恐らく予告ホームランのつもりだったのだろう。
しかしフラグにしか見えない。
そんな彼女が動いたのはボールが2球先行した3球目。
「見えたぜぇオラアァァァァぶっ飛べやァァ!!!」
1塁側の4年生達が控えている場所にいても耳を塞ぎたくなる程の大声量。
咲夜は煩いと耳を塞ぐ。
気迫十分な勢いで放った一撃。
火花散らす程の衝撃と共にまたしても球はセンターへ向かう。
悠然とファーストベースへと向かう彼女の歩みは止められる。
その大鳳を地面に縫いとめた言葉はもちろん、
「アウト!」
「ああ……鳥が飛んでるなぁ……きっとカラスだろうなぁ」
「何当たり前の事言ってんのよバカ。それとあれは蝙蝠よ」
「…………田舎だなぁ」
「ふっとタッチアップ成功! ってアレなにしてんの?」
「バカがホームランと勘違いしただけよ」
突っ込みどころ満載の大鳳の言葉に突っ込みハンター咲夜がばっさりと一刀両断する。
自然が多い緑川市は夕方になると蝙蝠が空を飛ぶ。
日本でそんなのいるのかといえば、蝙蝠達が住まう洞窟が近辺に存在すればいるところにはいる。
都会ではあまり見ない光景だが。
それは兎も角。
バカと言われて引き下がる大鳳ではない。
咲夜をガンつけて言う。
「んだとぉオラやるか!? いつでも準備できてんぜぇ俺ァよぉ!!」
「やるんだったらバットで返しなさいよ!
天才バッターは拳でやるの!?
野球でやるの!?」
「ぐぐぐぐ……せいろんだぜぇ……っ!
オウ、なら次はきっちりやってやらァァ!
目ぇかっぽじって良くみてけよ!」
「ふん、まずはアタシのバッティングを見てからいいなさいよね!」
乙姫の打席。
「これは――とボールですね♪」
「ボール――フォアボール!」
5年生が審判役なので時折判定は怪しくなるが、その中でなかなかの選球眼を示した乙姫。
四球で1塁へと進む。
そして6番咲夜の番。
「お手本を見せてあげるわ!」
キン!
「アウト――アウト!」
初球から振っていったがサード正面のゴロであえなくダブルプレー。
三併殺。
「ぎゃははははははは!!
いや~~お手本見せてもらいましたぜ先生!
ワ・ル・イお手本をなぁ!」
「あによ!? ヒット打って無い癖に!」
「んだと!? ダブルプレーかました癖に!」
睨みつける両者。
背が近い事もありガツッと額を押し付け合いながら、
「「やるかァ!?」」
周囲も止められない2人のいがみ合い。
背後には虎と龍を幻視してしまう程だった。
この瞬間、2人の関係は定まった。
気にくわねぇ奴、と。
ポンポン
「んあ?」
「うん?」
2人の腕を叩くのは真っ白な肌を持つ稀代の野球好き雪那。
「ケンカ、駄目」
「イヤけどよぉこの短髪野郎が――」
「このデカバカが――」
「大鳳、2打点、凄い」
「お、おう! だろだろ? 天才だよな?」
「咲夜、守備、最高」
「ふ、ふん! とーぜんの事をしただけだわ」
「2人共、凄い、ケンカ駄目」
「あーまあ確かに、な」
「試合中だし、ね」
落ち着いて周りを見ると周囲は委縮したのか離れている。
熱くなり過ぎたとこの時初めて2人は気付いた。
バツが悪そうにする2人。
なんとか収まったかと安堵の息を吐く人達だがそれをぶち壊しにした人物がいた。
それは賛辞という言葉を借りた、その実煽り言葉だった。
犯人は音猫。
両手を合わせながらまったく邪気のない笑みでこうのたまった。
「さすが雪那さん! ご自身が一番活躍されているのに御二人を推す寛大な心。
ワタクシ感動致しました!」
「そーいや雪女が一番活躍してたなぁ~」
「上から目線って奴なの? 随分偉そうねぇ~」
「……あれ?」
「「お前ぇ(アンタ)には負けないからな!!」」
「???」
「ああ~~疑問げな雪那さんはくぁわいらしいですわ~♪」
いろいろ台無しにした音猫は何故かくねくねと体を捻り。
雪那はただハテナマークを浮かべるだけだった――
~~4回裏 4年生チーム攻撃~~
5-9。
5年生チーム優勢。
「はぁっ……はぁっ……はぁ……」
「大丈夫、らびちゃん? 投げれる?」
「も、もう……はぁ……キツイ……はぁ……かも」
ただでさえ初の実戦登板。
しかも体当たりを始めとしたのラフプレーを受け続けた兎は等に体力の限界にきていた。
むしろ4回も投げられたのだから、かなり健闘した方とも言える。
兎を気遣う夕陽はきょろきょろと雪那と咲夜を探す。
今はこちらの攻撃なのだが、相手投手の琴山が花摘み(トイレの事)に行っているので一時休憩となっていた。
夕陽は今の内に2人に次回代わってもらおうという話しをしようと思い探すが――
「あれいない? トイレかな?」
2人が見当たらない。
夕陽たちと雪那&咲夜ペアを除いた5人は少し離れたところで騒いでいる。
休憩中なのになぜか大鳳が双子を追いかけるという展開だった。
「てんめぇー! 待ちやがれやぁゴラぁー!
だーれが犠打の神様じゃぁぁああぁぁ!!」
「待てと言われて待つ奴いないにゃん♪」
「てめぇじゃなくて輝と芽留だわん♪」
大鳳が般若の表情で双子を追いかけているのは3回裏での犠打に関する事。
大口叩いて犠打をかます大鳳を新たな獲物とみた双子が囃したてキレた大鳳が追っかけるという流れ。
オロオロとするばかりの乙姫と呆れ顔の音猫。
さてその時雪那たちはというと――
「ふっ、ふっ!」
「調子良さそうね雪那」
「もち、歓喜」
「まあ次は投げれそうだもんね」
誰も見えないところで投げ込みをしていた。
咲夜の方からの提案だった。
次は5回。
兎は疲れ気味だし、丁度半分以上兎&夕陽ペアは投げている。
バランス的にも次は交代だろうと予測しての事。
リード面はまだまだな咲夜だが、なんだかんだ野球に熱心な彼女は予測や推論など捕手に必要な頭の使う能力を有していた。
成績も学年10番台と頭の良さが生かされている面もある。
そんな彼女は無表情ながら明らかに喜んでいる幼馴染を見る。
(嬉しそうね……まあ、そりゃそうか。
あんだけ普段から野球野球してる奴がやっと実戦のマウンドに立てるんだし。
本来、投手であるアイツからすれば、投手の仕事が一番好きなのは当然。
やっと投げれそうなのだから。
…………勝ちたいな、やっぱり。
勝てたら笑顔になれるのかな、コイツ)
咲夜は雪那の両親から雪那の表情の事について聞いている。
理由もわからず理不尽に表情と声を失った少女。
以来、誰もその少女の笑顔を見た者はいない。
人が持っていて当然の表情を持たない雪那に咲夜は悲しく思っていた
――コイツはただ野球が好きなだけの女の子じゃない! 純粋なだけのコイツは表情が無いだけで他は普通の人とおんなじなのに分かってくれる奴が少ないのは何故?――
疑問は尽きない。
でもいつからか咲夜はこう思うようになった。
なら私がコイツの笑顔を取り戻して見せる、と。
頑張り屋でちょっとおバカな幼馴染の笑顔を取り戻したい――そんな想いを胸にしまい咲夜は彼女の球を受ける。
(勝利すれば誰だって嬉しいはず。そうすればコイツだって――)
咲夜は雪のように白い少女――その実誰より熱い野球魂を持つ女の子を穏やかに見続けるのだった――
4回裏。
最初のバッターである音猫はゴロに打ち取られ次のバッターは雪那。
先ほどのホームランもありバッテリーは警戒を強めていた。
「……(どこ投げても打たれそうだな……。こいつ守備もいいし、どうにかして調子をみだせないかなー)」
琴山は基本相手を怒らせる方法をとる。
怒れば繊細さを要求される守備はもちろん打撃にだって影響する。
怒りは力ませ球を見えづらくするものだと考えていた。
だからこそ雪那を怒らせる材料を探していた。
そんな考えの中投げた1球目。
「ふっ」
キィン!
右打席に立っていた雪那の打球は1、2塁間を深く貫く打球となったが。
「くっ!?」
バシィ!
1塁守がファインプレーを見せ見事キャッチする。
しかし雪那は脅威の走力で1塁を目指し全力ダッシュ。
内野安打の可能性は高かった。
それでも諦めまいと一塁へと送球する。
受け取った琴山はここで、厳しくブロックすることを選択した。
ガンッッッ!!!
「つッ!?」
「いった~~~!?」
激しくぶつかり合う両者。
しかし弾丸のように突っ込んできた雪那に琴山の方が吹き飛ばされた。
雪那は勢い余ってごろごろと前方へ転がっていったがセーフではある。
頭をかきながら琴山は立つとふと足元に変なアクセサリーを見つける。
不格好につぎはぎした布――それはミサンガ。
雪那の手作りミサンガだった。
「変なミサンガ(あれこれって使えるんじゃない?)」
琴山はカラフルなミサンガは雪那の白い肌と相まって目立つ。
不格好なのは手作りだと察した彼女はお得意の挑発戦法を行う。
雪那が首を振りながらこっちを見た時、これ見よがしに琴山は言い放った。
「な~~~に、これ。
不格好できったなーい。
ゴミは燃やすごみってわからないのかなー♪」
ぐりぐりと靴で踏みつけながら彼女はそう言った。
雪那が仲間との絆の証として必死に作ったミサンガを踏みつけながら――
【影道さんのスカウトコーナー】
「今回は捕手の子だ」
亀田夕陽(かめだゆうひ)
右投右打
捕手 打法――オープンスタンス
ミート:E
パワー:E
走力:G
肩力:D
守備:C
エラー回避:C
信頼○:投手が兎だと捕手として真価を発揮する
鎮静:投手が動揺してもうまく落ちつけられる
粘り打ち:2ストライクに追い込まれると粘る
チーム○:チームの事を考えたバッティングができる
走塁×:走塁が苦手で1塁を過ぎた以降のスピードが乗らない
鈍足:打った直後のスタートが遅い
「ふぅむ……守備はうまいな。しかしバッティングが弱い。
足はまあ捕手なら遅い者が多いし、いいのだが……。
此華選手の劣化バージョンだな。
宇佐選手とのバッテリーは秀逸だがプロでは多数の選手とバッテリーを組む。
もう少し他の人間と組むことを覚えなければ彼女に未来はないな」
」