「もしかしなくても、みんな女子野球部の仮入部なの?」
咲夜がそう問うと4人とも口ぐちに、「う、うん」「そうだよ」「はいー」「当然!」とばらばらに返事を返す。
その様子を見ていた雪那の感想は、
(凄く個性的なメンツが集まったなぁ……)
などと思っていた。
まず1人目は気の弱そうなツインテールの少女。
名前は
兎でらびと読む親がシャレ過ぎる名前を付けたようだ。
今朝、偶然会って湿布をあげた少女だった。
雪那の身長は女子小学生の平均値である133cmと丁度同じ133cm。
だがこの少女は頭1つ分低い。よくて110cm前後。
俯き気味の姿勢がさらに低い身長に拍車を掛けて小柄に見せていた。
2人は薄緑のショートカット娘。
名前が
宇佐とは保育園時代からの友達で親友。
咲夜に通じる気の強そうな目つきで兎を守るように立っていた。
3人目はおっとりした長髪の眼鏡の少女。
練習中は髪をひとまとめにしている。
名前は
夕陽とは逆にタレ目でいかにもみんなのお姉さんといった雰囲気を醸し出している。
4人目――雪那はとくに最後の少女に目を見張った。
(でかい、これで小学4年かよ……。
いいなぁー、背が高いとその分高い場所から角度のついた球を投げ下ろせるから威力が増すんだよなー)
少し羨ましがった。
少女の名は
何故か名前を言わなかった。
浅黒い肌で体は表面から見ても分かる筋肉。
身長は140cm前半の咲夜を超える150cmという恵まれた体格。
いかにもスポーツをやっていると分かる体つきだった。
目をギラギラとさせ、鳥というより、野生のトラをイメージさせるその目つきはやたらと雪那の方に向けられてる。
そしてそのまま雪那に話しかけてきた。
「おい、アンタ」
「何?」
「4年1組の『雪女』ってテメエの事だよな」
「なにあんた、雪那にいちゃもんつけようっての――」
「外野はすっ込んでろ!」
「な――」
また雪那を嫌がる輩かと思い咲夜が出ていこうとした矢先に、出鼻を挫くような一言。
そのまま彼女は絶句し、しばし止まる。
大鳳は雪那を見続けたまま会話を続ける。
「別に雪女がどうって話じゃねぇよ。
ただ――――
アンタ相当、
「……? なにが?」
「しらばっくれんなよ。ピッチングに決まってんだろ。
偶然、公園でアンタが投げてんのを目にした事があるんだよ。
明らかにそこらの凡人共の球と違うって分かったね。
そう――バッティングの天才であるオレが言うんだ、間違いねぇ!!
つーわけで――――
勝負だ!」
「乗った!!」
「乗んな!」
勝負と聞いて、もはや恒例となった雪那の高速返答に咲夜も負けじと高速突っ込みを入れる。
すると案の定2人はぶーぶーと文句を言う。
「えー」
「んだよ、いいじゃねえかよ」
「仮入部前に体力使ってんじゃないわよ。
やるならせめて部活の後にしなさい。
こっちは疲れたくないの」
咲夜が言う疲れるとは、雪那が投げるとなると当然のごとく自分が動員されるからだ。
キャッチャーは受けるだけだが、なにかと神経を使う。
しかもこの大鳳はかなり大柄でパワーは計り知れない。
咲夜は文句を言ったり、嫌がったりと素直じゃないが基本真面目な性分だった。雪那とバッテリー組むなら以上全力で勝ちを狙う。
だが今、全力で勝負すると折角の初部活前から疲れ果ててしまう。
戦略としての意味以外で、手加減という言葉は彼女の辞書にはない。
だから否といったのだった。
「正妻、こういってる、部活後で」
「正妻……?
まあいいや。んじゃあ部活後で必ずだからな。
にしてもホントに片言で無表情なんだなテメエ。
ほれ頬動かしてみろって」
「ふにー!?」
突然引っ張られた頬に雪那がびっくりしつつすぐさま離れる。
若干ジト目になりながら、
「ひっぱるのダメ! 謝罪!」
「なんだよちょっと引っ張っただけじゃねえか」
悪びれた風でもなくさらっと流す。
そんな彼女らがワイワイと騒いでいると5年生らしき女子の集団がやってくる。
どうやら部活が始まるようで。
しかし雪那達に告げられたのは予想外の言葉だった。
「ごっめーん! 今日は6年生と顧問のセンセが緑川練習場で他校と合同練習にいってていないんだよー」
「ええー」
「あのすいません、じゃあ仮入部は――」
「ああ、大丈夫大丈夫。今日から開始だからそれは問題ないんだ。でも――」
「でも?」
5年生はそこで一度言葉を止めくすっと笑う。
そして言ってきた内容に4年生一同は軽く驚く。
「ただ練習するより紅白戦しない? 地道に腕立てとか腹筋するのは本入部した後でたっぷりするしさ!」
部内での紅白戦のお誘いだった――
○ ○ ○ ○
「んじゃあ、打順とか守備位置とか決めておいてねー!」
そう告げられ一同は顔を並べて相談する。
今日仮入部に来たのは結局9人だった。
DH制(指名打者制)無しの試合で丁度野球が出来る人数。
試合は7イニングの公式女子野球のイニング数と一緒。
細かいルールはある程度は大目に見るとのこと。
皆個人または少人数で野球をやるメンツばかりだったので喜んで5年生の提案に乗った。
そして現在ポジション決めの最中であった。
しかしここで困った事になる。
それはどうしても起こる問題だった。
投手希望――雪那、兎
捕手希望――咲夜、夕陽
外野手希望――輝、芽留
セカンド希望――乙姫
サード希望――大鳳
ショート希望――音猫
ファースト&外野手1人不在。
つまり希望ポジションが被ってしまったのだ。
投手と捕手が。
「兎とワタシのバッテリーはサイキョーなんだ。
引く気はないよッ」
「んー……でもこっちとしても雪那とバッテリー組みたいしさ……」
「ゆ、ゆーちゃあん!?
べ、別にボクはそこまで無理いうつもりは」
「なーにいってんのさ!
これは兎が強くなる第一歩なんだよー!
ここで引いちゃあだめだめ!」
夕陽は断固引かない姿勢の中、なんとか穏便に自分達に譲ってくれないかと頼む咲夜。
兎はそこまで拘らないのかオロオロしながら抑えにもならない言葉を夕陽に掛ける。
「強ぇ奴がマウンドに居座るのが投手ってもんだろ。
雪那の方が明らかに強ぇだーろうが。
雑魚は引っ込んでろよ」
「なんだって!? 兎はね、毎日毎日投げ込みしてるし、苦手な走り込みだってしてるんだよ。
見た目だけで判断しないで!」
「違ぇって。オーラが違うんだっつーの。
オレねゃあ解る。
こいつァ化けもんだぜ。
岩みたいに硬い掌。鍛え上げた四肢。闘志を秘めた瞳。
そんじょそこらの鼻たれ小僧どもとは
「ただの無表情っ子でしょ!
兎の方が100倍強い!」
「まあまあ御二人ともひとまず冷静になさってはいかがかしら~」
ガルルと噛みつく夕陽に大鳳は独自の感性で雪那を推す。
ワイルドな大鳳だが意外と雪那に対して高評価だった。
最後は穏やかな表情を崩さない乙姫が真ん中に入って宥める。
長期戦になりそうなポジション決めだったが、意外な人物によって問題は解決する。
「いい、ファースト、行く」
「ええ!? 雪那いいのアンタ。あれほど楽しみにしてたじゃない!」
「紅白戦、だけが、試合じゃない」
「まあそうだけど……」
「あ、あの雲母さんいいんですか?
ボ、ボクそこまで無理に投手じゃなくても――」
「ストップ」
雪那が遠慮して投手をやらないのだと思った兎は、おどおごしながら辞退しようと言葉を紡ごうとする。
しかし雪那は止める。
彼女は遠慮したのではない。それを伝えるために。
「マウンド、頂点(ちっ……舌が回らねぇからうまく伝えられっかな……)」
「はい?」
「譲る、違う」
一呼吸置く。
「打たれれば、自分、上る」
「はい……」
「上がりたいなら、上がれ、でも――」
もう一度一呼吸置く。
痺れて回らない舌にやきもきしつつ、短い言葉で最大限の気持ちを送る彼女。
「護る、それが、義務」
「う、うん!! ガンバルから!」
雪那が伝えたかった事。
それはある意味至極当然の要求。
投手の仕事を果たせ――護れ――それが言いたかった事だった。
プロ野球のバッターはレギュラーになれば、毎日試合をすることになる。
しかし、投手は違う。
先発なら数日間に一度。
中継ぎや抑えなら出る機会は増えるが、それも先発投手の結果や調子、また試合経過によっては登板しない日だって当然存在する。
何人もの投手が居てもその
それだけマウンドに居られる時間は貴重なのだ。
攻撃は9人のバッターが請け負うが、守備はある意味孤独な世界。
もちろん頼りになる守備陣は存在するが、投手が際立っていれば守備は寝ていてもイニングを終えることだってできる。
守備の重要度はどうしても投手に偏る。
だからこそ護れ。
貴重なマウンドをお前に渡すのだからキッチリ仕事をしろ。
そんな言葉を雪那は込めている。
伝わったのかは解らない。
ただ兎の表情には真剣味が増した。
それを見た雪那はなら良しと引き下がる。
これで一応の守備は決まることとなる。
4年生チームのメンバーはこうなった。
【1番・右投右打】輝 レフト(左)
【2番・右投右打】芽留 ライト(右)
【3番・右投右打】夕陽 キャッチャー(捕)
【4番・右投右打】大鳳 サード(三)
【5番・左投左打】乙姫 セカンド(二)
【6番・右投右打】咲夜 センター(中)
【7番・右投右打】音猫 ショート(遊)
【8番・左投右打】雪那 ファースト(一)
【9番・右投右打】兎 ピッチャー(投)
この打順には雪那の意見が多いに反映されている。
打撃力なら音猫、そして雪那が優れている。
しかし3~5番のクリーンナップに自身を入れなかった。
それにはある理由があった。
1つは兎ら4人の実力が解らない事。
雪那達は一緒に練習してきた事もあり、ある程度の実力を把握している。
故にバッティングセンスが光る音猫を最初に。
パワーがある程度ある咲夜を次に。
真打ちの雪那ををラストに添えるという布陣にした。
2つ目に雪那の体力温存がある。
長年走り込みをしてきた雪那は自分なら1~7イニングまで余裕で投げ切る自身があると断言する。
しかし勝負の世界で絶対はない。
上位打線で打席を多くこなしたせいで登板するまでに疲れてましたなどとお笑い草だ。
故に投手の次に打席が回る回数の少ない8番入ったのだった。
「よし、勝負」
「おーコウハイちゃんたち準備いいねー。
それじゃあお願いしまぁす!!」
「「「お願いします!!!」」」
いざ勝負の幕は切って落とされた。
4年生チーム対5年生チームの戦い。
咲夜は浮かない表情で相手チームを見やる。
(さて噂で聞くような人たちでなければいいけど……)
人気部活である野球部の仮入部に初日9人しかいない事実。
やたらニタニタしている相手チーム。
波乱を予期させる雪那たちの初戦は今始まった――
【影道のスカウトコーナー】
「(かちゃ)影道だ。何、雲母雪那の新しい資料?
なにを言っているんだ、彼女の投手能力はちゃんと調べ済みで――。
野手能力だと?」
【雲母雪那】
投手 左投右打 打法――一本足打法
ミート:B
パワー:C
走力:C
肩力:B
守備:A
エラー回避:A
チャンス◎:得点圏にランナーがいるとき打力大幅アップ
打球反応:ピッチャー強襲の打球でも瞬時に反応できる
牽制○:牽制球がうまい
逆境:後半戦で負けまたは同点の場合打力アップ
「ちょっと待ってくれないか……。
これは見間違えではいのかね?
え、本当だと?
だとしたらこの娘はどれだけ怪物なんだ!?
投手も野手でも優れた能力を持つなどと――」