IS IF もしも一夏があの守銭奴ステータスだったら【休載中】   作:縞瑪瑙

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・縞瑪瑙:『お久しぶりです。とりあえず、遅れて申し訳ありません。平身低頭謝るしかありません。待っていてくれた方に感謝申し上げます』
・金ヶ一:『随分と掛かったな。どこぞの紹介サイトに「更新絶望的」みたいなこと書かれて火が付いたか』
・縞瑪瑙:『まぁ……書く自信がなくなっていまして。非常に情けないことに、自分は下手糞なんだなぁと思ってしまい、手が止まっていた毎日でした。何とか形になりましたので、どうぞ』


第六話 守銭奴の再会

 クラス代表決定戦からしばらく経った。

 イギリス本国への一時的な招集を受けて、新装備を受領した後にとんぼ返りしてきたセシリアが合流し、一年一組はいつものように一夏に振り回される日常へと戻っていた。

 

「中国からの代表候補性?」

 

 そんな声が生まれたのは、朝の職員会議を終えた後の教務室だった。眠気覚ましのコーヒーを傾けていた千冬は副担任の真耶から書類の束を受け取った。それをめくる一年一組の担任にうなずきながら、真耶は事の次第を簡単に説明した。

 

「ええ。本来なら二学期からの編入予定であったのを無理やり繰り上げての入学するそうです。たぶん、織斑君のことがあっての繰り上げでしょうね」

「面倒な時期に、面倒なことをしてくれる。政治的な取引に無関係な子供を使うか……」

 

 思わず悪態をつく千冬。情報獲得に乗り出したのは恐らく日本という国家を含めてISを言うものを保有するすべての国だろう。公然のスパイともいえる代表候補生たちの動きが活発になっているはずだ。

 マクロレベルでは、この手の行動に出ることが必要であるのは千冬でも理解している。だが、ミクロレベルにおける視点では、嫌悪感などを抑えきれない。だが高々一介の教師に過ぎない千冬一人にできることなど微々たるもの。その事実を受けてもなお、感情はもつれた。

 大きくため息をついてその苛立ちをいったんおさめる。一回、二回と繰り返せば楽になって来た。

 

「……まあ、仕方がないな。で、その候補生は?」

「どうやら昨日のうちに日本へと入国しています。今日の朝にはここに着くはずです。これって正直に言って事後承諾というかそんな感じですが……」

「よくもまあ、ねじ込んだものだな」

「二組に編入となりそうです。……まあ、報告が回ってくるのが当日ということは相当急いだみたいですね」

 

 差し出された書類を捲る千冬。その手は、候補生の写真が掲載されたページで止まった。

 小柄な体躯、顔立ち、髪型。それらが千冬の知る特徴が重なる人物がいたのだ。

 

「こいつは……」

「ひょっとしてお知合いですか?」

「いや、私ではない……一夏の知り合いだ」

 

 千冬があまり面倒を見れなかったのは小学生高学年から中学生の間だ。だが、面倒を見なかったからと言ってまったく無知だったわけではない。そんな状態でいるのは保護者失格もいいところだ。

 どちらかといえば、一夏のあんな性格の犠牲者が増えていないかどうか。学校の担任や一夏との電話やメールでのやり取りで把握しようと務めていた。

 そして、一人毛並みの変わった少女がいた。大陸から来日し、その後再び祖国へと帰って行ったその少女のことはよく覚えている。

 

「互いをよく知っている仲だ。まあ、そういう人間を選んで送ってきたのは間違いないだろうな」

「なるほど……」

 

 そういう人間。つまり日本での生活に支障がなく、尚且つ織斑一夏に接近できる人物。嘗ての知り合いならば特に労無く近づけるだろう。

 

「いろいろと目論見臭いものを感じるがな……」

 

 手紙や電話のやり取りを通じて把握していた、一夏の交友関係。

 それを思い出しながら、千冬は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 一夏の交友関係について振り返ると、意外にもその幅は広くない。

 女尊男卑の風潮で男女間の交友が乏しいという背景もあったが、一番の要因となったのは守銭奴ステータスである。ここで一夏の名誉のために言えば、一夏は名前や性格は知られていたが実際に仲の良い関係にあったのは少なかったのであって、けっしてボッチではなかった。何しろ、清々しさすら感じる守銭奴ステータスなのだから、話題にならない方がおかしいくらいだ。

 一夏の持論として、キャラが突きぬければ何も怖くないというものがある。守銭奴なら守銭奴らしく振舞えば、キャラとして定着するのだ。

 その話題が一年一組で取り沙汰されたのはHRの前のわずかな自由時間だった。

 

「中学時代で守銭奴ステータスは新しいニッチだったらしい。R-18なゲームをやっていると堂々と公言する輩もいれば、ミリタリー好きのオタクもいたな。どいつもこいつもキャラが濃いので、まともな私が現実に引き戻さなければならなくて大変だったな」

「一夏、私の手鏡でもいいから使うか?」

 

 一夏と箒の姿は教室にあった。クロエという宿敵が生まれた箒は、少しでも一夏を知っておこうと行動を続けていたのだった。だが、結局は一夏に対して箒がツッコミを入れ、それをクロエがフォローし、さらに箒が突っ込むというループに入っていた。既に一部の生徒は聞き流すにとどめ、自由に過ごしている。

 至極真面目な顔で語る一夏だが、あきれ顔の箒は手鏡を突き出した。

 

「では、ありがたく使わせてもらおうか」

 

 一夏は箒が差し出すそれを手に取ると、髪を撫でつけ、制服の襟を正した。たっぷり五分はかけて身だしなみを整えると、箒に礼を述べて返却する。

 

「よし、これでいいな。何事も第一印象が大事だ」

「私はお前のキャラについて言っていたんだぞ?」

「どこからどう見ても、まともな守銭奴ではないか? 他の同輩に比べればまともだと思うのだが」

「守銭奴の時点で既にまともじゃないぞ!」

 

 しかし、一夏はめげなかった。大げさに嘆息すると傍らのクロエに振り返った。

 

「私はまともか? それとも汚い守銭奴か?」

 

 その問いにパソコンをいじっていたクロエは、頬に両手をあて、くねくねしながらも答える。

 

「わ、私からだと答えにくいかなっ」

「そうか、なら客観的に私のキャラについて考察は難しいな。私がまともな守銭奴か、変な守銭奴なのか……それが問題だ」

 

 まるで生きるべきか死ぬべきかを論じるかのような、きわめて芝居がかった口調で一夏は自問した。

 それに対して、クラスメイトと息を合わせた箒は突っ込みを入れた。

 

「「「「どっちも同じだよ!!」」」」

 

 朝から連携を見せる一年一組のメンバー。ここまでの連携もひとえに一夏のおかげといえる。

 そして、その声を聞いたのか、廊下側から声が聞こえた。

 

「相変わらず金が好きみたいね」

 

 おや、とクロエは振り返った。今の声は聴いたことがある。どちらかといえば、一方的に知っている声だ。つられて一夏も箒もそちらを振り返る。

 向いた先には出入り口があり、そこには小柄な少女が仁王立ちしていた。背丈はクロエとどっこいどっこい。だが、こちらは細いというよりも華奢という印象を与える。

 

「久しぶりだな、凰鈴音」

「ええ、久しぶりね。一夏」

 

 自信たっぷりな、勝ち気な印象を受ける彼女。中学時代に同じ学校に通い、色々と付き合いがあった仲だ。付き合うといっても、鈴音のほうが割と物理的な抑止となっていたといえるが。

 

「中国の代表候補生が来ると聞いていたが、まさか鈴音だったとはな」

「ま、色々あったのよ。今日はその挨拶に来たってわけ」

 

 挨拶と言うよりは宣戦布告に近いと一夏は鈴音の来訪を捉えた。今日のIS関連の情勢においては一夏とクロエに関する話題がトップを占めていた。その中で話題として乗り込み、自国のISをアピールするという狙いがあるのは少々政治的な見識があればわかることだ。

 

「ちょっと話題になってるらしいじゃない。挨拶もあるけど、その天狗になってる鼻を折りにきてやったわ」

 

 ビシッと一夏に指を突きつけ宣告する鈴音。

 

「つまり、宣戦布告なわけだな。キャラでもないことを…」

「誰の所為と思ってんのよ……ISという業界ではアンタのことで話題が持ちきりなんだから」

 

 本来ならば二学期以降、鈴音が操縦者を務めるISが本国でのテストを終えて、不具合の洗い出しを行ったうえで学園に転入するはずだったのだ。だが、一夏というイレギュラーにより情勢は変化したのだ。そして、一夏はそういった情勢にも聡い人間だった。

 

「そうか、では評判に似合う活躍をしてみようか」

「楽しみにしてるわよ、じゃあね」

 

 そうして、鈴音は踵を返した。

 軽いステップで去っていく幼馴染を見送り、一夏は席に戻った。

 

「中国代表……やれやれ、また面倒事か」

 

 千冬が近づいてくる気配を感じたのか、席へと戻っていくクラスメイト達の間で一夏は呟いた。 

 面倒事は、いつも向こうから自分に向かってくるのだと思いながら。

 

 

 

 

   ●

 

 

 

 

 さて、時間はあっという間に過ぎ去りクラス対抗戦。

 どこかで中華ペタ子が出番のカットに嘆いているが、前例の通り尺の都合で消し飛んだ。合掌。

 セシリア・オルコットを破ってクラス代表となった一夏は、愛機「白面稲荷金式」の最終調整を終えてピットに控えていた。

 クラスの対抗戦は、すでに学園への問い合わせが殺到する程度には各国の注目を集めていた。何しろ、織斑一夏である。男性操縦者である。そして、世界初の第五世代型ISである。注目を集めこそすれど、興味を失わせるような要素は一切なかった。

 

「しかし、大丈夫か」

「何がだ、教師織斑」

 

 ピットの内部で調節を行う一夏は、付き添いできていた千冬からの問いに首を傾げる。

 

「お前が漏らしていたではないか。面倒事だと」

「ああ、あれは気にする必要はない」

「そうなのか?」

「面倒事はいつも年上に任せているからな、年功序列とは良い制度だ」

 

 その言いように千冬は苦笑した。

 面倒事を押し付け合っているのはお互い様だ。家事があまりできない千冬に、生活資金を稼ぐ手段を持っておらず、社会的責任を負えない年齢だった一夏。互いが互いに面倒を掛け合っているようなものだ。

 IS学園に入学して、関係性には変化が生まれたのかどうかはまだわからない。教師と生徒という関係になったのは、新しい変化というより追加と言った感じだ。

 

「あまり口でも言えないが、感謝している」

「お前に言われると違和感があるな」

 

 警戒心が思わず出る千冬だが、一夏はいたってまじめだった。

 

「何だ、私がそんなに信じられないか?」

「二言目に金と出てこない時点で救急車を呼ぶべきか迷う程度には、守銭奴なお前と過ごしてきている」

「なら本気で請求するぞ?」

「いや、いい」

 

 どこからともなく請求書の束と筆記用具を取り出した一夏を千冬は止めた。

 あからさまに舌打ちした弟をたしなめるように千冬は言う。

 

「とにかくだ、私はお前の味方だ。面倒なら、私を頼れ。いいな?」

「了解だ。家族割適用で頼む」

 

 一夏らしい返答。そして、管制室からの通信を受けて、機体をカタパルトへとセットした。

 

「行ってくる、千冬姉」

「ああ、逝って来い。愚弟」

 

 戦闘モードへと移行し、クロエとのリンクが確立される。

 処々の準備が終わった一夏は、声をあげる。

 

「白面稲荷金式、でるぞー!」

 

 

 

 

 ピットから飛び出した一夏は、空中で鈴音と対峙する。

 やたらとごつい非固定部位を二つ従えた甲龍に対し、白面稲荷金式は非常にスマートな印象を与えていた。

 『美』という漢字の語源は羊が『大きい』ことが『美しい』、即ち褒めるべき対象であることから成立したとされる。それが発展し『大』という漢字は中国においては、現代の日本語における『超』と同じくらいの意味を持つ修飾語となっていた。やたら中国語に『大』が就くのはそういう影響であったりする。

 それを思い出した一夏は、鈴音の中学時代との姿を思い出し比較し、比較結果を厳密に精査したうえで、一夏は個人回線をつないで言った。

 

「鈴音、お前はやはり小さいままだな」

『失礼ね! これでもAからBになったわよ!』

 

 思わず憤慨し腕を振り上げた鈴音。傍目には両者がパントマイムをしているようにも見える。その事に気が付いたか、鈴音は構わずに叫んだ。

 

『ま、まだ成長期なんだから! ちゃんと大きくなってるわよ!?』

「Bか、良好な成長ぶりだ。だがな鈴音、私が好きなのはクロエのような手のひらすっぽりサイズよりわずかに成長したくらいが最適だ。そしてクロエの太腿から尻へのラインは世界の神髄だ、覚えておけ」

 

 相変わらずの不規則言動にげんなりしたが、鈴音は気を取り直した。

 一夏がISを動かせると発表されたときは大いに驚いた。原因不明とはいえ、ISを使え、そしてこの学園で再会できた。つまり合法的にフルボッコにできるのだ、これに乗らない手はない。合法という言葉は便利だ。

 

(……あれ、あたしって結構過激派思想?)

 

 待て、過激派思想に染まっているのは千冬さんだ。大体、木刀で斬鉄とか物理法則を捻じ曲げているではないか。曰く、ISの技術指導でも生身で近接ブレード使いこなすとかしているとか。まったく、あれはいったい何キロあると思っているのだろうか?

 いや、国家代表クラスになると物理現象を軽々捻じ曲げる連中ぞろい。フランスの女王とかイギリスの妖精とか、インドの盲目剣士とか。よくよく考えればおかしい。そんな怪物達が集うモンド・グロッソはさぞかし人外の集う魔境なのだろう。

 まったく、将来進むかもしれないことを考えれば自分も鍛錬して、物理法則を捻じ曲げる必要があるではないか。とりあえず生身で虎を狩れるようになるのが目標だ。素手で関節を極めて降伏させるのがベスト。

 

(……何か、間違った気がするわね)

 

 とはいえ、今は代表戦だ。合法的に〆るチャンスだ。

 ふぅ、と吐息して武装を呼び出した。両手にずしりと重い巨大な青龍刀、そして非固定部位の武装は安全装置の解除を行った。

 

「じゃ、手加減はしないわよ一夏」

「望むところだ。私のISと私自身に高い価値を与えるには、こういう場が一番であるからな」

 

 ああ、と一夏はあくどい笑みを浮かべた。

 

「中学以来の喧嘩の決着を着けようか」

「ふん、あの時とは違うんだから!」

 

 アラームが鳴る。そして、両者は動いた。

 

 

 

 

 

 

 鈴音はアリーナの地面から30メートルほどの空中飛び回りながら、衝撃砲の有効射程に一夏を捉えていた。

 巨大な非固定部位を持ち、それが操縦者に匹敵するほど大きいとあれば、機動するにしても体を振り回されることは間違いない。だが、鈴音はそれを扱いこなす技術をその身に刻み込んでいたのだ。

 

「いっけー!」

 

 衝撃砲の初撃は、一夏が辛うじてブレーキをかけたことで、アリーナの地面を穿った。

 衝撃は地面に巨大なひびを入れ、土塊を空中へと回せるほどだった。

 つんのめりつつも体勢を立て直した一夏は、次に来るであろう見えない砲弾を予測して、右へとスライド。視線を上に送ると次の圧力が地面を打撃していた。

 打撃は連打として一夏を襲う。立ち上がる砂埃と土塊を吹き飛ばしながらも、白面稲荷金式は背中のスラスターで加速を連続した。セシリア戦のように、一夏の体は滑るようにアリーナの地面を疾走した。あれから何度か訓練を重ねたために、その動きはかなり改善されている。

 

「ふむ、中々……」

 

 比較的燃費が良い、裏を返せばそれだけ単純な構造の衝撃砲は、ブルーティアーズとは異なり使い続けても影響が少ない。つまり弾切れなどを狙うのはあまりにも無謀な戦術だった。

 

「仕掛けねばならんか……」

 

 短い間隔で加速をするように指示しながら、一夏は弾幕を抜けて行った。壺型の金庫を両の腰に呼び出し、折りたたまれていた尻尾型のバインダーも展開させていく。

 束ねられた棒金はバインダーの上に固定され、商売礼賛の力で強力な運動エネルギーを得ていく。言うなれば金の機関砲。一発一発が重いのでもはや迫撃砲や野戦砲の仲間入りが出来そうなレベルだ。

 

「いけ」

 

 そして、発射された。低い位置にいる一夏からすれば対空砲の様相を持つそれは、ハリネズミを思わせる激しさで鈴音に襲い掛かる。

 だが、鈴音は一夏の動きをきちんと理解していたのだった。一夏は商人だ。どうあがいても射撃を得手としているわけではない。狙いの甘さをすぐに理解すると、左右への加速で回避を始めた。

 

「当たってやらないわよ」

 

 棒金は近接信管のように爆発してエメルギーシールドに対してダメージを狙うが、それは微々たる値にとどまっていた。

 

「うむ……そう簡単にはいかないか」

 

 数発発射したが効果が薄いと判断した一夏。

 その手は素早く呼び出した表示枠を操作して、棒金の発射設定を変更した。

 だが、そのすきを逃さず鈴音は素早く狙いを定めた。

 

「発射」

 

 短い命令(コマンド)。それとともに発射された衝撃砲は一夏を狙っていた。当然のように一夏は回避しようと、コンピューターが予測した弾道予測をもとに動いた。

 

「何!?」

 

 だが、白面稲荷金式は強烈な打撃に襲われた。それは横殴りの、不可視の方弾が着弾した方向からだった。展開されているシールドに対して平行に爆圧がぶつかったためなのか、減り具合ははそれほど大きいわけではない。それでも序盤のダメージとしてはかなりのものだ。

 

「研究されていたか!」

 

 二発目を大きく回避した一夏は自分にダメージを与えた方法を見破った。

 衝撃砲ではなく、衝撃砲の着弾による圧力が少なくないダメージをもたらしていたのだ。直撃を望むのではなく、多少外れてもダメージを与えることを優先して圧縮率を変更して鈴音は衝撃砲を放った。不慣れ故に、そして回避しやすいことから地面を滑るように飛行する一夏には少々厄介だった。

 

「どう? 簡単に勝てると思ったら大間違いよ!」

 

 口角を釣り上げながらも、鈴音は攻撃を続けた。最新技術の衝撃砲と言えども、一撃で敵を吹き飛ばせる超兵器ではない。だからこそ鈴音は一夏の動きを研究していたし、有効な衝撃砲の使い道を研究していた。そして、圧縮衝撃砲が打ち下ろしで最も効果的であることも理解していた。

 

「ほら、もう一発いくわよ!」

「無料で当たってやるわけにはいかん!」

 

 実に一夏らしい言葉を言いながらも、一夏の体は一気に跳躍し、砲弾を大きく避けていた。

 現状、一夏の武器は腰にある壺型の金庫のみである。もちろん鈴音はこの金庫がどんな破壊力を秘めているのかきちんと理解していた。馬鹿馬鹿しい外見も、カモフラージュということもありうるのだ。なめてかかったイギリスの代表候補生がどういう目に遭ったのかをよく知っている以上、油断はなかった。

 砲撃の連打は、空間ごと一夏を襲う。

 

 

 

 

 

 反撃は、一夏の右腕から放たれた。ISのパワーと商売礼賛の効果ですさまじい勢いで放り投げられたそれは、その数が十数個にも及んだ。チェーンのようなものでつながったそれは、直方体の何かだ。

 

「何!?」

 

 鈴音は警戒したが、すぐには何も起こらなかった。よく見れば、貯金箱のようにも見える。

 アリーナに浮かぶ鈴音を包囲するような形だ。観客は一夏の放ったそれにどよめき声を上げ、それに注視した。

 商売礼賛の効果かあるいはこの貯金箱がそんな機能を備えているのか、自立してフワフワ浮いている。それを、鈴音は敢えて放置した。

 

(コイツは厄介なことを仕掛けて来たわね……)

 

 システムコントロールを呼び出し、エネルギーシールドの設定を強化する。

 消費量と引き換えに出力を上げて、衝撃などを殺すようにした。わずかな電子音の後に、自分の周囲に壁がさらに立ち上がったのを感じる。

 恐らく一夏のばら撒いたこれは、こちらの動きを阻害するものと鈴音は予測した。迂闊に破壊すれば、爆発するかあるいは硬貨弾をばらまいてくるのだろう。空中に敷設された対人地雷そのものだ。しかも現在進行形で一夏はそれをさらにばら撒いている。かなりの数だ。

 

「くっ……!」

 

 一つが左側の衝撃砲の棘にぶつかって起爆した。動いていなかったのだが、向こうからぶつかって来た。

 衝撃が体を走り抜け、やがて収まる。だが、地味なボディーブローのようにこちらのエネルギー残量を削ってきている。

 

「厄介な真似をするじゃない……!」

 

 勿論衝撃砲でそれを妨害できなくもない。だが、一夏はそれを見越して射線上に最初にばらまいて距離をとった。

 やむを得ず、後方へと下がる。

 同時にしてやられたと感じる。一夏は恐らくこの浮遊貯金箱をコントロールできる。自分の射撃に被らないように動かすこともできるし、こちらの砲撃を爆発で無理に相殺することも可能だろう。

 

「でもね!」

 

 鈴音は後退しながら、すぐにアリーナ上空へと飛ぶ。

 貯金箱爆雷から十分な距離をとった、アリーナ離脱ぎりぎりの領域。

 

「食らいなさい!」

 

 衝撃砲がその機構を大きく展開。空中で足を踏ん張る、という独特の感覚でブレーキをかけて

 

「空間打撃っ……!」

 

 竜の咆哮が、アリーナの空間を揺るがした。

 

 

 

 

 

 一夏は耳のセンサー系を咄嗟にサイレントモードに変え、打鉄のシールドを体の前面に呼び出した。振動が奔り、シールドにひびが入った。特殊合金製のそれがガタガタになったことを見ると、威力はないが破壊力がある砲撃と見るべきだろう。

 

「……データにない攻撃だな」

 

 事前情報では、見えない砲身と見えない砲弾を特徴とする空間打撃砲となっていた。だが、それはあくまで砲撃を行う砲台としてのイメージしかなかった。

 

「クロエ、これはどうなっている?」

 

 一夏は呼びかけながら背中をアリーナの壁に向けたまま左へと滑り出す。

 

『多分だけど、砲撃範囲を無限大設定にして、衝撃を通すことを狙ったのかも』

 

 不可視の砲弾が次々と一夏の足元を穿つ。もはや泳ぐような姿勢のまま、一夏は加速を重ねていく。

 割と正確な狙いが飛んでくる。ガードに回したシールドが次々と破壊されていくし、エネルギーシールドも何発か受けてしまい、削られていく。

 だが、それでも一夏は冷静を保って、クロエの言葉に疑問を浮かべた。

 

「衝撃を通す、だと?」

砲身(バレル)を形成するプロセスを途中でストップさせて、本来収束させる分の『空間』をばらまいたんだと思う。そうなると、収束しなかった空間は衝撃だけを狙った方向へ伝えていくの』

 

 つまり、とクロエはその攻撃の正体を述べた。

 

『つまり空間そのものが揺れて振動を伝えて威力を発揮する。意図的に発生する空間に発生する地震ってことかな』

 

 

 

 

『空間作用兵器をインターフェイスを介して制御する第三世代兵器。つまり、空間を震わせ、打撃する。技術差はあってもコンセプトそのものは第5世代と似ているね。でも、あくまで射撃兵器の括りを出ていないみたい』

「ふむ、馬鹿にはならんな」

『射撃兵器だから、襲ってくる空間を何かで弾き返してやれば耐えきれるはずだよ』

 

 弾き返す。中々に骨が折れるものだと一夏は思う。果たして自分の力で叶えられるのだろうかと。

 アリーナは学園の所有物で、どの国家にも属さない中立地帯だ。商売礼賛で何とかするならば、学園長との交渉で一時的に『借りる』ことで干渉ができるだろう。

 

(だが、無理だな)

 

 このイベント、クラス対抗戦は一学年全体に向けてアリーナが解放されている。如何に学園長でも相談もなしに貸すことは難しい。

 出来るとすれば、自分の筋力を限界まで上げて思いっきり空気を殴ることくらいだろう。だが、その分の費用は恐らくばかにはならない。攻撃を凌ぐためだけにそこまでかける必要はないだろう。

 

「なるほど、衝撃を与えてやればいいのか」

『でも大火力だよ、気を付けて』

 

 一夏は借り受けている武装をコール。呼び出されたのはバレル式の弾倉を持つグレネードランチャーだ。安全装置を外せば至近距離で発射した擲弾がさく裂し、打撃力でギリギリ相殺できるだろう。

 そして、鈴音が砲撃を放つ。

 

「いっけー!」

 

 その砲撃は、ボクシングだった。

 ジャブとブローを混ぜ、的確に追い詰めるように放たれる。

 威力は低いが広範囲を打撃する拡散弾と、直進しかしないが威力が高い貫通弾。そしてこれに連射が効く空間地震攻撃を混ぜる。

 

「うまいものだ……」

 

 一夏は爆圧を逃れるように大きく回避運動をとる。

 下手にその場にとどまって回避すると、逆に逃げ場を失って喰らってしまうだろう。だからこそ、逃げ場を常に求めて動くのが最適解だ。

 一夏は空間の砲弾に向けて一気にトリガー。連射されたそれは内部の雷管が作動し、爆発を生み出す。連続したトリガー動作の積み重ねが、龍砲に匹敵する圧となった時、

 

「相殺だ……!」

 

 言った通りの言葉が、現実となった。

 呼び出しておいたシールドで襲い来る圧の余波を受け流す。同時にすぐさま飛びさがった。そう何度も使える方法ではない。一夏が使える弾薬には限りがある。実際に拡張領域に格納するよりも、商売礼賛ではいくらか少ない量しか弾薬は装備されていないためだ。

 間接的に力を借りる弊害は、発揮できる力の制限となって表れる。万能ではあるが絶対ではない。

 金と同じだ。一夏は金の信奉者ではあるが、金が全てを決定するわけではないことを十分理解している。

 

「くそ、やはり直接買う方がよかったか……!」

 

 無い物ねだりだ、と分かっていながらも一夏は次の弾倉をセットした。

 良くも悪くも金に関して一点特化。適応能力はあってもどこか手が届かないもどかしさが残る。

 

「見直さなければな。うん?」

 

 アラートが鳴る。

 先ほどばら撒き続けていた貯金箱爆雷がついに尽きたのだ。そしてそれは、鈴音の放つ龍砲を遮るものがついになくなったことを意味する。

 

「逃がさないわ!」

 

 一夏は、それを連射しながらも一つの回避パターンを実行に移した。クロエの解析と自分の判断の重なりである、衝撃砲に対抗するための機動を。

 

 

 

 

 一夏は金庫から出した効果を展開されたバインダーの上に並べながら回避運動を続けていた。

 既に『商売礼賛』の発動を示す表示枠がいくつも展開され、その準備が着々と進んでいく。

 

「当たれ!」

 

 鈴音も一夏の行動を妨害するべく次々と衝撃砲を放っていく。一夏が放つ棒金機関砲を避けながら狙いを定め、発砲する。巨大な拳が穿ったかのようにひび割れがアリーナの地面にひび割れが奔る。

 だが一夏の動きは先程よりも余裕があり、たいして鈴音は懸命に追従を続けていた。

 

「なんて動きよ! 非常識だわ!」

「褒めても何もくれてやらんぞ」

 

 いらんわ! と叫びたいところだが、鈴音は必死に衝撃砲の狙いを定め、非固定部位が鈴音の意思に応じて圧縮した空間を発射していく。

 空間の収束が一定距離で拡散するそれは、先ほどまでは有効であった。それを連続しての発砲は、まさしく空間への打撃としては強力であった。アリーナの内部は、衝撃砲の打撃で飽和しようとしていた。

 しかし、一夏はその弾幕を余裕で潜り抜けていた。鼻歌交じりに硬貨弾をセットし、商売礼賛の効果を適用し、身体能力を加速していく。加速された身体能力は至極単純な動きを淡々とこなしていた。

 

「おっと……」

 

 膝をかがめ、そのまま背中のスラスターをふかして跳躍し、そして落ちていく。緩やかに着地したと思えば、また跳躍する。さながらバッタのように飛んだり跳ねたりを繰り返していく。

 この動きにより、衝撃砲の拡散を自分の足元に、あるいは上空に置き去りにして、白面稲荷金式はアリーナを縦横に飛翔していた。

 これまでの平面的な動きでは、やがてアリーナの隅にまで追いやられていたはずだった。それを見越して、広い範囲に逃げられる上下運動をとった。勿論地面があり、アリーナ上空の制限高度が定められているが、少なくとも平面よりも広い。

 

「やるじゃない!」

 

 鈴音はそれを追いかけながら、砲撃を続行した。

 

 

 

 

 素晴らしいな、と一夏は感動に満ちていた。

 まさしく、弾幕を潜り抜けるという体験をしているのだ。気分が乗らないはずがない。脳内では金を稼いだ時に近いアドレナリンが放出され、一夏の精神を高揚させていった。

 中学時代は非常に有意義な体験をしてきた。何しろクラスメイトがすごかったのだ。馬のマスクを平然とつけたまま授業を一コマ乗り切った強者もいれば、二階の窓から雪の積もった中庭に向かってジャンプした恐れ知らずもいる。あとは学園祭で名状しがたい彫刻を美術部が建造する傍らで、調理部が何やらそこら辺からとってきたと思しき野草を使った『病的なまで食べたくなる料理』を販売していた。

 あの後彫刻は何やら奇怪な叫び声を上げる連中が輪になって踊りながら崇めていたし、調理部に関してはなぜか白と黒のファッショナブルな車と白基調の赤いランプを乗せた車がやってきたが、まあ些細なことだ。

 

(弾幕回避!)

 

 コンピューター部の手伝いを依頼された一夏は、師匠の伝手を借りて簡易なゲームをプログラミングした。その際はルナティックな弾幕ゲーを作ったのが懐かしい。

 挑戦者が次々と撃沈していくのは非常に開発者冥利に尽きる光景だ。一夏自身はそれをクリア出来たらこそ、それを出品したのだ。自分は数回の挑戦でクリアできたが、あれはまぐれだったんじゃないかと思うが、前向きに行こう。クリアできなくて阿鼻叫喚の地獄になったらしいが、結果的に挑戦者が増えてつまり利益になった。金が増えたのはつまりいいことだ。師匠もそういっていた。

 つまり金が増えたということは商人として大正解ということである。ビバ金、ビバ自分。ビバクロエ。

 そう、クロエは金では語りえない価値がある。自分が言うのだから間違いないだろう。

 まず見た目だ。銀髪ロリ。銀髪ロリだ。大事だから二度も言った。一応年齢は自分たちと同じだが、そうとは思えないほど小柄で可愛らしい。合法的なロリなのだ。タッチする輩は腕を切り落として賠償を求めるつもりだ。もちろん自分はOK。何しろ合意の上なのだから。

 そして、体なのだがロリらしく平坦で凹凸が少ない。つまりペッタンコだ。だが、現在栄養状態の改善に伴い貧乳というのが意外と少ない。つまり希少種なのだ。近代まで乳母という職業が残っていたのは、乳を与えられる女性が少なかったことに拠るのだが、現代ではむしろ貧乳もステータスとなるわけだ。スイカやメロンなどとは違うのだ。

 そしてクロエのバストはA。だが、ぷっくらふくらみかけなのがミソだ。熟れたバストもなかなかにそそるのだが、こうしてふくらみかけというのもなかなか初々しくてそそる。そこを、こう、愛でるように撫でたいものだ。クロエのことだ、「い、一夏……!」と咎めるように言いつつもなかなかいい反応してくれることだろう。ボディタッチなどは互いが金のこと優先だから未だにやっていないとはいえ、いずれはやることになるだろう。

 いかなるシチュでやるかも問題だ。雰囲気を考えねばなるまい。幸い、主人公に相応しい私は戦いの後などに思わず、と言った感じに本番へとなだれ込むのがベストだろうか。八歳にして同衾せずとかいうが、昔は都合によって5歳で結婚とかザラにあった。とはいえ、今から子持ちになっても金に困る。それは外聞的にも生活的にもまずい。つまり妄想で我慢しろということだ。

 ああ、僅かに妄想してみたが素晴らしすぎる世界だ。他の凡俗な人間には想像しえない、素晴らしい世界になっているだろう。紙だろうが映像だろうが、けっして再現できない世界。しかもそれを味わえるのは自分ひとりなのだ。ああ、素晴らしい。

 ふと一夏は陶酔状態から我に返る。それは警報音が耳に届いたためだ。

 

「おや、弾丸が」

 

 不可視の弾丸が、直近でさく裂した。

 

 

 一夏の動きは一瞬だった。

 空間の歪みが襲い掛かって来た所に、シールドを一度に大量に呼び出したのだ。

 龍砲が放つ空間の歪みそのものを捉えることは難しいが、概ね弾は鈴音の視線と平行に飛んでくる。あとは鈴音の視線をトレースしながらこちらにあたる圧力を予測すればいい。

 そして、破裂に近い金属音が響いてシールドは持ち主を守り切ることに成功した。

 破片をまき散らしながら一夏はすぐにその場からサイドステップ。次々と飛来する不可視の弾丸は新しく呼び出したシールドで受け持たせる。

 砲弾は見えない。だが、視線や砲塔を形成する部位そのものは稼働している。発射のタイミングやおおまかな狙いを予測するくらいなら楽なものだ。

 

『こっちでトレースするから一夏は回避に集中していいよ!』

「感謝しよう、クロエ」

 

 そして、一夏は硬貨弾を商売礼賛の力で発射していく。甲龍にあたってもエネルギー残量が大きく減るわけではないが、一方的にじわじわと削られていくのは鈴音の苛立ちを誘う。貫通する前に次々とシールドを取り換えていく一夏はダメージを負いにくいが、龍砲のエネルギーとかすめるようにしてシールドを削る棒金機関砲は徐々に蓄積しつつあった。

 考えても見てほしい。普段は守銭奴と馬鹿にされそうな人物に一方的にやり込められてしまう状況を。やたらと無表情に金の力で追い詰められてしまう光景を。立川の聖人コンビでも助走をつけて殴りかかるレベルである。

 だが、一夏はそれを構わず実行した。少しでも自分が有利な状況になるように引力するのが商人なのだ。不利な状況で戦うのは愚の骨頂、有利な状況を生み出す努力こそ肝要なのだ。

 

「これが金の力だ!」

 

 決まった。

 一夏は今、テンション的な意味でも株価的な意味でも絶頂期であった。金の力を使う自分がパワーバランスを制しているといっても過言ではない状況。まさしく大勝利。ああ、金とはすばらしい。金とはすばらしい。

 

 

 

 

 血圧が上昇していた鈴音だが、すぐに冷静さを取り戻した。

 伊達に中学生時代を日本で過ごし、一夏の為人を知ったわけではない。一度深呼吸をすると冷静さが戻って来た。

 

(……オッケイ、頭は常にFOOLにしないとね。あの守銭奴はあとで張り倒すわ)

 

 脳内で一夏の顔を数回分殴ってスッキリする。この手の場合、一夏を殴っておくとスッキリするのだ。

 問題であるのは、一夏のバッタ機動(仮)だ。ミサイルのように標的を追尾せず、直進しかしない衝撃砲では直撃が狙いにくい。大型であるが故に、狙いを一度定めると細かい調整が効きにくいのだ。かといって、露骨に狙いを定めれば逃げ出すことは明白だ。

 かといって拡散砲弾にすればいいわけでもない。一夏が地表を滑っていた時とは違い、衝撃砲の砲弾が拡散しても相手が立体的な機動をしているので拡散タイミングを事前に設定する必要があり、命中率はかなり落ちる。

 

(面倒な機動ね……素人だからこそ常識にとらわれないのね)

 

 一夏からの硬貨弾を手にした青龍刀で弾く。飛んでくる弾に対しある程度の角度を持たせてぶつけてやれば、殆ど刀身にダメージなくはじき返すことができる。重要なのは、置くようにして青龍刀をかざすことだ。

 激しい金属の擦過音。

 衝撃としては戦車の徹甲弾くらいの衝撃。エネルギーシールドで真っ向から受ければ消費が激しいが、それでも直撃を喰らうよりかはマシだ。

 飛び回ってマシンガンのような棒金を回避し続け、様子見もかねて衝撃砲を発射。しかし一夏は余裕の回避だ。相手の動きを読む都合もあり何発か撃って牽制しておく。だが、一夏はそれに気にも留めず飛んで、着地して、飛んで、着地して。時々浮遊し射撃を加えてくる。

 

(こっちの射撃は連続してもかわされるだけ……かといって瞬時加速とかしても状況打開は難しいわね)

 

 残る武器と言えば、愛用している青龍刀だ。投げたら戻ってくる機能があるが、空中を飛んでいるバッタにブーメランをぶつけるくらいムリゲーだ。練習すれば可能だが、生憎と練習している間にこちらが負けてしまう。一夏が相手ならやる気も湧くのだが。いや、湧いてはいけないのか?

 待ちなさい、と鈴音は思考を加速させた。確かにあの守銭奴は殴ってしかるべきだ。殴られて当たり前の相手を殴ったところで問題がないようのだから。しかし、迂闊に殴りに行っては相手に無料で勝利をくれてやるようなもの。無料に目がない上に抜け目ない一夏にとっては一石三鳥くらいの儲けだろう。つまり自分にとって不利益で相手にとっての利益。つまり自分の負け。

 

(……駄目じゃない!)

 

 何かを悟れた、気がする。思考が複雑かつどうでもいいことに突っ走った気もするのだが。とりあえず、何か料理を作ってあげたらきちんと請求しよう。値段については要交渉。

 

「あ」

 

 鈴音がそんなことを考えていた時、特大の延べ棒がまさしく目の前に迫っていた。

 

 

 

 

「あれ?」

 

 クロエは商売礼賛の支援を外部から行いつつも、中華ペタ子のISについての情報を集めていた。だが、その作業中に、パソコンのキーボードを叩く無機質な音の中に、不意に何か重たいものが激突したような音が混じった気がした。砲弾が何かに激突したかのような、そんな鈍い音だった。

 

「まあ、一夏のことだし何か延べ棒でも投げつけたのかな?」

 

 一応アリーナ内の音声や映像は回線を通じて引き込んでいた。だが、さしたる影響はないと再びモニターへと意識を向けた。

 中華ペタ子についてはフラグは叩き折られている状態なので、あまり心配はしていない。上司()の妹であるポニテ剣士もいるのだがそれはそれ。つまり、この試合の後に色々とこじつけていちゃこらしても構わないということなのだ。

 

「濡れるッ……!」

 

 イチャイチャの妄想が加速して、鼻から愛をほとばしらせるクロエ。キーボードにまで届いた愛をふき取りながら、クロエは操作を続けた。

 

 

 

 

 世界がひっくり返っている。

 衝撃を受け、少し世界が真っ白になった鈴音はうすぼんやりとそれを認識した。だが、訓練された体はすぐさま意識をアジャスト。強引に意識を覚醒状態に持っていく。

 

「ぬ……!?」

 

 鈴音は、のけぞって快晴の空を見上げた状態から無理矢理姿勢を直した。世界が半回転したが、それで視界は水平に戻った。

 顔面にボールが激突した後のような感覚で、少しふらふらした。だが、エネルギーシールドはしっかりと自分を保護してくれたようだった。

 

(やってくれたわね……か弱い乙女の顔面にあんなものをぶつけるなんて!)

 

 か弱い乙女かどうかは別として、鈴音がハイパーセンサー越しにとらえたのは、鈴音の二の腕ほどはある巨大な延べ棒だった。単純な貴金属の塊がぶつかったでは済まない威力を受けていた。

 その原因を、鈴音は一夏の手元にある表示枠と判断した。

 

【商売礼賛:価値転換:価格 → 打撃:発動:承認】

 

 表示された文字を鈴音は一瞬で読むと、すぐにその効果を看破した。

 

「商売礼賛で『価値』を『打撃』に換算したわけね!」

 

 投じられたそれはすぐさま商売礼賛で力を与えられ、一夏の方へと戻っていく。ただ延べ棒がぶつかっただけの打撃ではなく、十万円分の打撃力が顔面に直撃である。つまり、『一夏が十万円分の価値を付けるに値する攻撃力』を具現化させたのだ。

 鈴音がエネルギー残量を見ればかなり削られたのがわかった。なるほど、十万円分は馬鹿にならない。

 

「商売礼賛は必ずしも売買だけが能ではない、覚えておけ」

「……なんか腹立つのよ一夏ー!」

 

 ドヤ顔の一夏に、対戦を見守っていた多くの観客の意を鈴音は代弁するかのように叫んだ。そして隠し札を切った。鈴音の操作で袖の部分にある装甲がスライドし、内部に格納されたフレームが露出し、伸長。そして定められたとおりの機能を発動させた。

 

「!?」

 

 鈴音のアクションに気が付いた一夏は、咄嗟に打鉄のシールドを呼び出す。

 強引に展開されたそれは、不可視の弾丸を受け止めた。だが、一夏の動きを一瞬硬直させるには十分で、同じ連続の打撃がさらに飛んでくる。

 体を守るアーマーに次々と被弾した一夏はそのまま地面へと叩きつけられる。

 辛うじて受け身をとれたが、かなりのダメージを負ったのは間違いない。

 

『一夏、大丈夫!? ISでの模擬戦だと保険降りないから怪我しても損しかないよ!』

「大丈夫だ、問題ない」

 

 立ち上がりながら一夏はクロエに返事をした。そう、怪我をしても模擬戦においては保険が適用されない。IS学園に入学した際にそういう契約となっているのだ。実際は治療のための費用は学園が別途負担することになるのだが、きっちりかかった費用と同額支払われるため、懐には入らないのだ。もちろん一夏とて、犯罪をする気はない。ただ、怪我をするに見合った補償が無ければ怪我をしてやる気ないのだ……多分。

 

「クロエ、今の衝撃砲は何処から飛んできた?」

『あー……事前の情報がなかった腕部の武器だね。情報公開が今されたから伝えるよー』

 

 それは、腕部搭載型衝撃砲である。本来は鈴音の体に迫る大きさの衝撃砲ユニットを、威力と出力を犠牲に小型化し、取り回しを良くしたものだ。

 目の前に表示される表示枠から情報を読み取りながらも、一夏は動き続ける。

 

『威力はそこまではないけど、固め打ちされると面倒だよ。威力が低いと言っても、元の威力はかなり高いからね』

「面倒だな。だが、その程度で根を上げるわけにはいかんな!」

 

 弾幕を張る砲門が二倍となったことに加え、腕部衝撃砲は狙いを変更しやすく、そして射角が制限されにくいのだ。もちろん腕の動きに注意すれば回避できないこともないのだが、連射されるとなれば話は別だ。

 

「うお……」

 

 必死の回避をとる一夏に、ジャブのように繰り出されていく。それに絡めるようにして本命の衝撃砲がブローとして穿たれる。棒金機関砲も中断し、一夏は回避を選択した。

 そして、肩のハードポイントに量子変換の光がともった。数は4つ。まるで弁当箱のようなそれは、上部にいくつもの排熱孔のようなものを備えていた。

 それに思わず眉をひそめる鈴音。だが、一夏が手元の表示枠を数回操作するとパラパラと何かが飛び散っていく。そして、現象が起こった。

 

「逸れた!?」

 

 発射された龍砲が次々と逸らされていく。なぜか、特性上直進しかしないはずの空間砲を捻じ曲げるとは。

 同じ空間圧縮技術か、と疑ったがその答えはすぐに一夏の方から答えが出た。

 

「『商人チャフ』と呼ぶがいい。因みにネットで頒布中だ。24時間365日受付中だ、ただし在庫はある分しかないと思え!」

 

 態々解放回線で広告する一夏。商売礼賛でCM効果を金に換えているのか金の使い方が派手になり始めた。

 鈴音は何度か追撃を入れようとするが、悉く逸らされる。代わりに、身に覚えのない振込記録がISのコンピューターに表示され始めた。

 

「……なるほど、金で目を眩ませるってわけね!」

 

 鈴音は中国出身である。よって、どういうものが尊ばれるかを大体理解している。長寿、金、子沢山の3つだ。

 歴代の王朝の皇帝が不老不死を求めたり、やたらと縁起を担いだりとするのはそれらを求めての事だったりする。悪い言い方をすれば身内の方が赤の他人よりも信頼できるから親族を増やし、資産を増やし、長生きするのが尊ばれる。仲間内で引きこもる性質というのは存外どこの国も同じなのだ。

 そして、そんな中国が作り上げた兵器は、その国家の実情が反映されている。だからこそ、さりげなく差し出される袖の下を拒否しにくいというわけである。

 

(厄介ね……このまま撃ってもジリ貧だわ)

 

 大体手は打ち尽くした。龍砲は秘匿状態だった空間打撃砲を使ったし、腕部衝撃砲だって使った。

 あとはこれの組み合わせと、運と、実力が勝負を決定する。ある意味互いの手札がオープンした状態。どうにもこちらとの戦いの中で回避パターンなどは既に構築しているようだ。燃費がいい龍砲でも使い続ければ消費量が大きくなる。

 ちらりとエネルギー残量のメーターに目をやった。

 412/1000。意外と使ってしまった。

 対する一夏は381/1000と、辛うじて自分が有利だ。しかし、エネルギーの消費全体を見ればこちらが不利なのは間違いない。一夏のISは基本的に実弾を使用していて、基本的に攻撃を与えることでしか減らない。

 優勢に見えるが劣勢。

 

(燃費的に腕部砲で削って近接戦に持ち込むしかないか)

 

 そう覚悟して、左腕を一夏に向けてトリガーした。

 だが、

 

「え?」

 

 止まった。

 鈴音はふいに発射が止まった腕部衝撃砲に疑問を浮かべた。非固定部位のそれよりも連射が効いて使いやすいそれが不意に停止したのだ。疑問に思わない方がおかしい。

 もう一度トリガーを引く。引き金を引くというよりは頭の中で発射のイメージを作ることで、イメージインターフェイスがそれを拾って、コマンドを実行するのだが、とにかくもう一度発砲しようとした。だが、応答がない。

 一夏からの反撃をかわしつつ、非固定部位からの衝撃砲を放っていく。並行して、腕部のコンディションの情報を呼出して表示した。

 

「え、ちょ……」

 

 だが、呼び出されたディスプレイは真っ赤に染まっている。コンピューターが導き出した現在の状況は『危険』の一言に尽きた。

 同時に、腕に圧を感じた。両腕が、何かに掴まれたような感覚が奔った。丁度、腕をひねられているというか、掴まれてねじられているような感覚だ。

 そして同時に、ISの方から緊急事態を告げるアラームが大音量で流れた。 

 

 

 

   ●

 

 

 

 まずいよあれは! と内心叫びながら、クロエは空中投影のキーボードを叩いていく。

 分析をしていたクロエは、何が起こったのかをすぐさま察することが出来た。

 腕部衝撃砲の砲身は圧縮された空間そのものである。つまり砲身を形成するための機構が必ず存在している。そして、その機構は連射可能な小型版と言うこともあり、本来はかなりの耐久性を持つはずなのだ。

 だが、ここにきてそれが壊れた。酷使したためか、それとも戦闘による被害の余波なのか。それは不明だ。

 ただ、暴走に近い状況であるのは確かだ。

 

「だ、大丈夫なのか!?」

 

 隣で箒が心配そうに叫ぶ。とはいえ、箒にできることはない。

 すぐにでも動くのが性分なのだろうが、流石にアリーナの向こう側にいる二人には干渉できない。だから、というように焦りの感情が発露した。

 

「落ち着きましょう、箒様」

 

 ふぅ、と息を入れ直したクロエは説明した。

 

「おそらく、腕部の衝撃砲がトラブルを起こしたようです。システム上の問題なのか、はたまたハードウェア上の問題なのかは不明です」

 

 丁寧にしゃべろうとするが、焦りが出る。

 クロエが出した結論はこうだ。

 

『腕部衝撃砲の砲身展開機構が、何らかの原因でトラブル発生。このまま放置した場合、操縦者保護のエネルギーシールドごと操縦者が空間のゆがみに囚われ、機構の暴発によって深刻なダメージを受ける可能性があると推測され、早急な対処が必要』

 

(……ええっと、これを一夏に簡潔に伝える必要があるんだよね!?)

 

 やたら専門用語や熟語が混じっているのだ。非常事態であるために、わかりやすくする必要がある。

 一夏は別にISの専門家ではない。金の専門家だ。金があるから、金を使って知識を仕入れることはできるにしても、今は緊急事態だから分かりやすくしなければならない。

 

『腕部衝撃砲が暴走してアッパー入って、このままだとアボン。身を守るためのシールドごと空間がねじ切ってしまってグチャァといっちゃうっぽいので、さっさと何とかしろ』

 

 頭の中で整理したクロエは、それをタイプして文章として書き起こす。

 それをわきから覗いていた箒は、二度ほど反復する。

 

「待て、これでは一夏にニュアンスしか伝わらない」

「ではどうすべきでしょう?」

 

 表示枠の鍵盤を投げられた箒はやむを得ず思いつくままにタイプした。

 2分とかからず出来上がったそれをクロエは目を通した。

 が、3秒と経たずに表示枠ごと消去された。

 

「な、何をするのだ!?」

「箒様、今度しっかりと現代語を学びましょう。ええ、そうしましょう」

「そ、そんな目で見るなー!」

 

 クロエは生暖かい視線を送りながらも、一夏へとメッセージを送信した。

 この瞬間を撮影して転売予定とは知るまい、無防備な。

 

 

 

 

 

 

 

 クロエからのメッセージを受け取り、一夏はすぐにそれに目を通した。

 目の前で起きた鈴音のISの異常は自分では理解できない。専門家の意見がちょうど必要だった。

 目を通すのに5秒。理解し、かみ砕くのに10秒かかった。

 

「つまり、あのままでは腕部衝撃砲が暴走してアッパー入って、このままだとアボン。身を守るためのシールドごと空間がねじ切ってしまってグチャァと逝ってしまうわけか」

「感心してないで何とかして頂戴よ!」

 

 しきりに頷く一夏だが、目は真剣だ。

 

「鈴音、何とかしてやる。落ち着いてこれを読め!」

 

 目の前に表示されたのは、長々とした文言が並ぶ書類のようなもの。衝撃砲の空間圧縮がシールドと干渉し合う音を聞きながらも、何とかそれに目を通した。一夏はその書類の意図を叫んだ。

 

「商売礼賛の契約書だ! その衝撃砲を『買い取る』!」

「オッケイ、任せたわ!」

 

 『買い取る』という言葉に、即座に理解を得た鈴音はすぐにその承認ボタンを押した。手ではなく、自由が効く足であったが今は関係ない。

 今は一夏に任せるしかないのだ。一応は国家機密なのだが、一夏と自分、そして下手をするとアリーナに詰め掛けた生徒達にまで影響が及びかねない。国家機密など今は優先されるものではない。

 契約が結ばれたことを確認した一夏は、すぐさま回線をつなぐ。そのさきは、ピット内で手はずを整えているであろう一夏の相方だ。

 

『買取契約:腕部衝撃砲:鳳鈴音 → 織斑一夏:承認』

「ISを強制解除する! クロエ、任せた!」

 

 売約が成立したのを確認した一夏は声を放った。

 

 

 

 

 クロエは操作を連続した。

 一夏の商売礼賛によって、鈴音のIS『甲龍』はその衝撃砲を売却した。非常時であり、暴発寸前ということもあって価格はもはや買い叩くに等しい。だが、今はそんなことはどうでもいい。何らかの形で所有権を移す必要があるのだ。

 

「よし、所有権と操縦権の取得を確認。すぐに強制解除するよ!」

 

 一夏とクロエの資産は共有状態となっている。つまり、一夏の『購入』した衝撃砲はクロエも同意があれば自由にできるのだ。いわゆる共通の可処分所得にした。そこを利用して略式ながらも一夏の『資産』をクロエに譲渡。そして、クロエの操作で強制パージを試みた。

 だが、けたたましいアラームが鳴り、表示枠がいくつか立ち上がる。中国の言語がびっしりと並んだそれを読み解いていく。

 伝わってくるニュアンスは『危険』『警報』『異常事態』『不可能』。それから導かれたのは、

 

「外れない……!?」

 

 モニター越しに確認するが、外れていなかった。依然として両腕にがっちりと腕部パーツが装着された状態で、所有者の操作を受け付けていなかった。

 

「ちょ、どうして外れないの中華ペタ子!」

『ペタ子言わないでよ! ……腕がちょっとやばいかも!」

 

 通信越しの鈴音の怒鳴り声に、即座にクロエは腕部パーツの状況をチェックした。すると、内部でパーツが圧縮空間の影響で歪み、操縦者の腕にまでダメージを耐えていた。平たく言えば、本来操縦者を保護する装甲が逆に腕を締め上げているのだ。このままでは鈴音の腕が押し潰されかねない。

 

「なんでこんな時に限って抵抗するの……! この(検閲により削除されました)!」

 

 クロエが、その容姿に似合わないセリフを吐いたのも無理はなかった。

 システムの安全上解除できない設定になっていたのだ。つまり、衝撃砲が暴走状態とは言え発射寸前であり、その状態からの強制排除は『所有者』に危険が及びかねないために受け付けないようになっているのだ。もちろん介入も可能なのだろうが、到底間に合うとは思えない。束の弟子と言えど、限界はあるのだから。

 一瞬の迷い。だが、操縦者が空間の圧縮でミンチになる未来が最悪のケースとしてクロエの頭に描きだされた。

 いや、現状でもまずい。甲龍の腕部フレームは埋め込まれた空間圧縮機構が徐々に空間を歪めつつある。このまま行けば、数百トンでは効かないエネルギーで頑丈なフレームが歪み、腕ごとねじ切れる可能性がある。

 

「最悪腕ごと切り落とすしかない……」

「ば、馬鹿者! そんなことが出来るか! 一夏にそれをやらせる気か!?」

 

 箒はクロエの呟きを打ち消すような声をあげた。

 反射だった。剣道ではない、剣術を知るが故の反発だった。

 腕を切り落とせばよほどのことがない限り元に戻ることはないだろう。如何に進歩した医療でも出来ないことはできない。

 また、腕を切り落とすのは、相手の人生に大きな欠落を生み出す。まだ高校生なのだ。これからの一生を腕がないままに過ごさせて、その責任を負うことなどできない。箒が剣術を学ぶ中で理解したのは、相手を斬ることで生まれる責任と、その覚悟だ。相手に喪失を生むことに耐えきれる精神と意志。剣術の修業がストイックなのも、それを養うため。

 翻って、一夏はどうだろうか。商人だ。奪うことに慣れていても、物理的に奪うことはどうなのだろうか。

 それらがまとまって反発となって口を突いて出てきた。だが、クロエの返答は冷静なものだった。

 

「腕一本と残りの人生を天秤にかければ、当然腕の方が安いです」

「……!」

「もちろん、価値は人によって様々です。命をとるか、職業にとって命に匹敵するものをとるのかはその人の意思に拠ります。でも、一般論的に言えば命の方が大事に決まっています」

 

 淡々とクロエは語る。

 

「商人は損得で考えます。時には、違うことはありますけど」

 

 でも、

 

「それでも、分かりやすい考えなんですよ。命と体の部位を天秤にかけてどちらをとるかなんて。命があれば、またやり直す機会はある。一人の人間として生きる機会は、多分もう二度とないかもしれません」

 

 死ななきゃ安い。その言葉をクロエは箒へと突きつけた。

 

「誰もが何らかの納得と満足、後悔と損失を抱えて生きているんです。腕を失うことは文字通り損失かもしれません。でもそれでも生きていく。それが人間です」

 

 訥々と、反論を許さず続けた。

 

「だけど、喪失はしたくないです。失いたくないからです。得た物の価値を知るからこそ、失いたくないのですよ」

 

 そして、クロエは何かを一夏へと送信し、締めくくった。

 

「さて、ヒロインのピンチをひっくり返すのはこの作品の主人公の役目。一夏、頑張ってね」

「メタな発言でオチを付けるなぁ!」

 

 ピットの中に、箒の渾身のツッコミが響いた。

 

 

 

 

「あー……まずいかも」

 

 鈴音は半ば諦念を覚えていた。

 買い取らせたことでどうなるかと期待したが、どうやら面倒なことになっているのがわかる。一夏は相変わらず表情が動かない『冷面(レーメン)』状態だが、それでも焦りはなんとなくわかる。伊達に付き合いがあったわけではない。

 

「一夏、まずいなら正直に言ってちょうだい」

「ふん、甘いな。商人の執着心を舐めるな」

 

 一夏の手の動きは表示枠の上で止まらない。システムに介入し、何とか取り外せないかと必至だ。

 だが、刻一刻と痛みはひどくなっている。空いた右腕で何とか外せないものかと考えたが、右腕周辺の空間の圧縮に巻き込まれかねないことから諦めていた。

 散々IS搭乗者になってから危険な目に合ってきた鈴音は、ある程度の覚悟があった。だが、腕一本とはかなり高くついたと思った。

 

「正直のところ二者択一だな。諦めて腕を犠牲にするか、それとも座して死を待つかだ」

「どっちもろくでもない選択肢ね」

 

 違いない、と返した一夏はついに手を止めた。

 クロエの方も手がないと伝えられていたし、先ほどから商売礼賛で介入ができないかと画策していたがいよいよどうにもならないとわかった。

 

「一夏、最悪腕を切ってもいいわ」

「良くないだろう」

「雪片ならシールドごといけるでしょ? あんたまで巻き込むのは御免だし、失うとしても自分の意思で捨てるわ」

 

 強いな、と一夏は素直に感心した。

 昨今の女性は虎の威を借りる何とやらを地で行くが、鈴音は性根からして強い意志を持っている。自分を曲げるのが嫌いなタイプだ。一夏にとっては、金に靡かない厄介な人間ではあるのだが。

 だからこそ、一夏は惜しいと思っていた。簡単に会える人間など、関係が多少うまくいかなくても損はない。だが、簡単に会えない人間であれば話は別だ。

 だから、一夏は決める。

 表示枠を呼び出し、いくつかの操作を行う。すると、装備されていた壺型金庫が格納されて、新たな量子変換の光がともった。

 

「な、何よそれ!」

「束博士のものだ。こんな時にこそ使わねば」

 

 呼び出されたのは数十を超える工具だ。

 尻尾型バインダーには三本指のマニピュレーターが接続されており、そのどれもが呼び出された工具を順々に掴み、あるいはレーザーカッターといった重たい道具を操作する準備を始めた。

 

「移動式ラボにして、第五世代黎明期の技術の塊『吾輩は猫である(名前はまだない)』の力、見せてやる」

 

 『吾輩は猫である』は第五世代を作る中で半ば偶然の産物だ。移動式の研究室というコンセプトで開発がすすめられ、その結果としてISを概念的に解体・組み立て・分析するという能力を得るに至った。第五世代の能力としてはその存在だけで介入ができる、まさしくISの天敵に等しい。ISにしか使えないのが欠点だろうが、それでも十分だ。

 

「束博士、事後承諾になるだろうが頼むぞ」

 

 商売礼賛の表示枠が次々に表示されていく。

 第五世代IS同士では、その能力は相性や出力などに影響されるが、基本的には対等。力の貸し借りもできるし、特にそういった取引は白面稲荷金式の得意分野である。

 一夏の視覚に、束のエンブレムの入った表示枠がいくつも投影された。目的を果たすのに必要な行動は何がベストであるかを、束がこの移動式ラボを使う中で蓄積した経験をもとに瞬時に導きだし、使用者に力として連ねる。

 誰もが束クラスの技術者になることが出来るラボ。それこそが『吾輩は猫である』。

 その危険度故に堅いプロテクトがあり、使用できる人間は少ない。

 だが、一夏の持論的には使える物は何だって使う主義だ。対価は高くついたが、相手の命に比較して安いものだろう。だから、使った。

 

『貸与:篠ノ之束 → 織斑一夏:使用権限:承認:確認』

 

 一夏は呼び出された巨大なドライバーをつかむ。直径はバットほどもある。

 これ自体は工具でもなんでもない。だが、概念の力を操る第五世代ISはその力を何らかの形で具現化する。解体という概念の塊だ。このドライバーの先端に機械を載せれば概念通りの効果を発揮するだろう。

 

「出来れば手を借りるのは避けたかったが、仕方あるまい。というわけで、鈴音。動くなよ、何とかしてやるからな」

 

 ここで主人公ならカッコいい台詞の一つでも言うのだろうが、一夏は特に調子を変えることなく言った。

 

「まったく、あんたは中学から変わらないわね。淡々と、こっちが必死な状態なのを変えちゃうんだから」

「それが人間だろう。状況を変えることが出来る人間こそが生きた人間だ」

 

 そして、と一夏はわずかに笑みを浮かべた。

 

「私は商人だからな」

「言うと思ったわ……」

 

 思わず、鈴音もつられて笑ってしまった。相変わらず、この商人はぶれない。だから、いい関係であり続けているのだろう。

 さて、と仕切り直した一夏はこの後の動きを説明した。

 

「いいか鈴音。腕部パーツを解体して腕を自由にしたら、即座にアリーナから離脱する。空間湾曲の分のエネルギーは恐らく放たれてしまうだろう。悪いが勝負はお預けだ」

「いいから、さっさとして。面倒は嫌いなの」

 

 それに、と鈴音は思ったままを言った。

 

「何とかするんでしょ、あんたが」

「その通りだ。約束する以上、商人は裏切らん」

 

 そして一夏はドライバーを構えた。

 第五世代兵器の概念を発動するのは、何らかの形で承認する必要がある。

 特に武装型の概念兵器を使うには、その兵器の名を呼び、発動させてやる必要があった。

 

解体(バラ)せよ、『吾輩は猫である』」

 

 ドライバーが光を放ち、バインダーの工具が一斉に鈴音のISへと延びていく。

 第五世代の力が、放たれた。

 

 

 

 

  ●

 

 

 

 

 解体、それは調和を持ってなされた。

 どのパーツがどのようにつながっているか、一種の芸術品ともいえる繋がりとバランスと繊細さを兼ね備えたISは設計に基づくようにして分解されていく。

 概念化した篠ノ之束の技術、即ち現代最高峰に近いISの技術である。金銭という形で介入し、力を借り受けた一夏には、何をどうするべきかが手に取るようにわかる。

 

「くっ……」

 

 だが、同時に負荷がかかる。

 当たり前だが、織斑一夏という人間は篠ノ之束ではない。片や商人、片や学者兼技術者だ。その生まれも育ちも何もかもが異なる。それゆえに、その概念の力と肉体が反発しあう。

 例えばだが、オリンピックに出るような体操の選手の肉体に一般人の意識を持たせたとして、十全なパフォーマンスを発揮することはできるだろうか? 同じように、体操の選手の意識を一般人の肉体に植え付けても、十全な演技などはできるだろうか?

 答えはどちらも否である。肉体と精神あるいは意識というものは相互的に影響しあうものでどちらかが一方だけで成り立つものではない。

 たとえ第五世代の力を以てしても、それを乗り越えることは不可能だった。

 

(ここまで、『くる』とはな……!)

 

 体に走る拒否感と、自分の体が他人のものに変わってしまったかのような幻覚。ともすれば、頭に入り込む情報にパンクしてしまいそうな気がしてくる。

 だが、一夏の腕は動く。マニピュレーターが装甲板を引っぺがし、細かな接合を解き、電子パーツを取り外していく。正確に、精密に、緻密に。

 

「おおっ……!」

 

 体が動くままに、第五世代ISの力が導くままに一夏は力を振るう。

 

 

 

 

 

 

 

天才兎:『おお、いっくんが主人公してるよ!?』

ほうき:『いいシーンで入らないでください! 確かに珍しく主人公してますけど!』

ちふゆ:『お前ら……』

 

 

 

 

 

 

 

 そして、光が収まる。

 格納領域から呼び出された巨大なトレーの上には、数千、いや数万ものパーツが整然と並んでいる。

 それらはすべて、甲龍の腕部パーツだ。電子回路の一つ一つまで丁寧に分解されたそれは、

 商売礼賛の効果が終了し、『吾輩は猫である』のマニピュレーターなどが量子変換の光とともに分解されて消えていく。

 光の中心、ISスーツ姿の女子と、ISを纏った男子がいる。

 どちらも五体満足だ。既に男子の、一夏の纏う白面稲荷金式はエネルギーの消費によって具現化限界にまで陥っていた。

 観客がモニターに目をやれば、そこには結果が表れていた。

 

鳳鈴音 エネルギー残量:0

 

織斑一夏 エネルギー残量:0

 

「引き分け……?

「双方エネルギー残量0。つまり、そういうことだな。」

 

 やれやれ、と一夏は肩をすくめた。

 

「甲龍は元々のエネルギー残量が少なく分解の過程で消費され、私の白面稲荷金式は張り切って分解した結果使いすぎたと言った感じか」

『やっぱり第五世代同士だと効率が悪いね』

 

 うむ、と頷いた一夏はクロエへと指示を飛ばす。

 

「すぐに関係各所に連絡と、人員をよこしてくれ。流石に疲れた……」

 

 了解の声が帰ってきて、一夏はようやく一息ついた。

 そして、鈴音の視線に気が付いた。言わんとすることを察した一夏はそのまま頭を下げる。

 

「すまんな、鈴音。引き分けだ」

「命が助かっただけ儲けものよ、気にする必要はないわ……ってあんたみたいな言い方しちゃったわ」

 

 不完全燃焼な気もする。だが、鈴音は不思議な満足を得ていた。

 久しぶりに、感情をぶつけ合える相手に再会できた。おまけに、ISを通じてぶつかり合うこともできた。久方ぶりの満足だった。

 だが、勝負としてはどちらが勝ちというわけでもない。それをどうするか鈴音は考えたが、すぐに答えが湧く。

 

「あんたに頭を下げさせた分、あたしの判定勝ちってことでどうかしら?」

「落としどころとしてはそんなものだろう……ISを分解してしまった分は譲る。それで帳消しだ」

 

 息があった仲。ツーカーだからこその、短いやり取り。そこに充足を感じる。

 

「ま、これからまたよろしくね、一夏」

「ああ、よろしく頼むぞ、鈴」

 

 アリーナゲートの方からクロエを筆頭とした整備班の姿が見え、千冬や箒も現れた。

 手をあげて呼びかけ応えながら、再開したという実感が二人を満たした。

 

 

 

 

 




 久しぶりの投稿となります。
 活動報告でも書きましたが、自分の才能のなさに勝手に自己嫌悪に陥っていました。
 情けないといいますか、愚かといいますか、それともこれが生みの苦しみなのかとか自分を美化したりしていました。
 ですが、こうして更新することができて非常に満足を得ています。ええ、ちょっと投げっぱなしスープレックスのようなまとめ方になりましたけども。
 それにつけても「激突のヘクセンナハト」が面白いです(露骨な話題転換)。
 初めて終わりのクロニクルを読んだ時のような興奮の高まりに酔ったような感覚です。これをコミックと川上・稔氏の原作を両方楽しみ、ようやく物語書きとしてのハートに火がともった感じでしょうか。ここから、続けていきたいものです。
 というわけで、原作者をならって友人との会話を少々。

友人A「お前、艦これで好きな戦艦って何?」
縞瑪瑙「そりゃぁ、リットリオだろ」
友人A「リットリオ……?」
縞瑪瑙「世界の真理であるきんぱつきょぬーではないけれど栗毛きょにゅーは地中海の神秘だと思った(小並感」
友人B「そんなことより金剛だろJK」
縞瑪瑙「ケッコンしたのか?」
友人B「もうすませたー」
友人A「ケッコンとかできんの?」
縞瑪瑙「課金すればジュウコンカッコカリできるぞ?」
友人A「マジかよ」

友人Bは重婚しているらしいです。爆ぜろ。CV:東○キャラが好きだそう。
登場していない友人Cが友人Aともどもアイマスに多々買いを挑んでいるそうで。
ろくな人間がおりませんな。
それではまた次回お会いしましょう。

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