IS IF もしも一夏があの守銭奴ステータスだったら【休載中】   作:縞瑪瑙

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 お持たせして申し訳ないです。
 私事で忙しかったことに加え、まったく筆が進まず、挙句に投稿予定のない作品を書き進めるなどしてしまいました。中でも一番の要因は、やはりいろいろと盛り込みたくなってしまったことでしょうね。
 しかし、終わりのクロニクル三巻をようやく手に入れて読み切った僕は書き切りました。
 それではどうぞ。


閑話 狙撃手たちの語らい

 そこは、野山に向かって開けたアリーナだった。

 一般化されているアリーナの構造規格が大体サッカー場ほどであるのに対し、こちらはそれよりも二回りほど拡張されていた。また、アリーナの西側の壁は取り払われ、アリーナ中央からまるで電車のレールのようなものが1キロ近くも壁があった場所を通過して伸びている。まるで、ゴルフの練習場か射撃場のような趣だ。レールから先は森林や野原が広がる自然の立体空間へとつながっている。一定間隔ごとにアンテナのような装置が並んでいる以外は、ごくあり溢れた野山の光景であった。

 だが、そのごくあり溢れた野山の光景には不釣り合いな音が響いていた。それは、軽い炸裂音と金属がぶつかり動く音だった。

 

「次、お願いします」

 

 11番レーン、上部デッキ。

 巨大な銃座に寝そべり、人の丈を軽く超える銃を構えた女性が、通信装置越しに管制室へと合図した。その数秒後には、直径1メートルほどのターゲットが猛スピードでレール上を移動し始めた。ターゲットは人の形に絵が描かれているのがわかる。滑るような動きのそれは、レール上を右に左にと複雑に折れ曲がり、徐々に遠ざかっていく。

 やがて、ターゲットは走行用の基部からPICを発生させて、重力に逆らって飛翔した。さらに、基部から安定翼が展開されると、さらに速度を増しながらも女性との間の距離を広げていく。それは

 数拍の沈黙が流れ、女性の指が静かに鋼鉄の銃の引き金を絞る。

 瞬間に、ターゲットの中央に人の拳ほどの穴が生まれ、追いかけるようにしてアリーナ全体に火薬の炸裂音と鋼鉄の弾丸がターゲットを貫いた音が木霊した。

 

「よし……」

 

 呟いた女性は、手にした長銃と腕の装甲版をつなぐジョイントを一部解除すると、体を起こしながら左手でレバーを操作し、巨大な薬莢を薬室から取り出した。火薬の炸裂によって軽い熱を帯びているそれを慎重に近くの溝へと納める。

 そして、次の弾丸を薬室へと落とし込んで、長銃を再び両腕から肩、腰に掛けてつながる装甲へと接続した。連結音と接続音が連続し、再び人の身長ほどもある長い銃身がはるか遠方のターゲットへと向けられた。

 

「固定脚部展開」

 

 音声認識による操作で、接続音とともに砲身を支える脚部がデッキにある接続用の基部と合致し、重心がぶれないように固定した。ついで、デッキに取り付けられた照準器や観測装置が音を立ててデータを収集し、女性の纏うISへと情報を送っていた。

 彼女の使う銃はFMG-23LLS 天穿(てんが)。IS開発の最初期に作られた、今となってはロートルともいえるスナイパーライフルだ。天を穿つ、と名をつけられる通り、最初期としては破格の射程距離を誇る射撃兵器だった。これが何かに役立つか? と言われれば微妙なところであるが、IS開発の黎明期ではとにかく作っては試すを繰り返していた。その過程で生まれたのがこの天穿だった。しかし、見ての通り取り扱いにくい長い銃身を持ち、後に開発された銃火器へとその立ち位置を譲っていった銃でもある。これを未だに使用続けているのは、今、射撃練習場に立つ山田 真耶 日本国代表候補生くらいだった。

 再び射撃デッキの上で彼女は天穿のスコープを覗き込んだ。が、その時に射撃デッキに上がってくる足音を聞きつけた。

 

「元気にしてる? 真耶ちゃん」

「あ、鈴木先輩」

 

 階段を上がって来たのは、左目を巻き布で覆い隠し、ISスーツを着た小柄な女性だった。鈴木と呼ばれた彼女は、目を細めて真耶の狙うターゲットを見つめた。

 

「だいぶ精度が上がったね。私の記録があっさり塗り替えられていて怖いよ」

「先輩の御指導のおかげですよ。おかげで、代表候補生にまでなれたんですから」

「いや、真耶ちゃんの努力と才能はすごいものだよ……大体、そんな銃で私と同じ記録をたたき出されているんだから」

 

 鈴木は真耶が抱え込むようにして構える天穿を顎で指して言った。それにちょっと困った顔をした真耶は、苦笑いすると再びスコープを覗き込んで、安定用の機構を操作する。その金属音に交じって、鈴木の声が射撃場のデッキに生まれる。

 

「対物・対IS実弾狙撃銃としては最初期の天穿。威力と引き換えに命中力と有効射程が後に開発された銃よりも劣る欠陥品に近い銃。私が当時の最新モデルを使った記録は6キロ少しで有効射程が途切れた。けど、君はそれを上回る。8キロで命中力78%をたたき出すなんて、銃を撃つために生まれたような才能だよ」

「……天穿も技術更新してますから、カタログスペックは向上しているんですよ?」

「あくまでもカタログスペックは理論値。しかも理論値を超えている君の腕は誇るべきだよ」

 

 天穿の有効射程の理論値はおよそ5キロほどとされている。ISが使わない、生身の人間が使う狙撃銃の有効射程が2キロ、最大射程が6キロから7キロであることに比べればISによる差がいかに大きいか分かる。しかもISの場合は対戦車ライフルのような弾丸を発射する銃を使うのだ。その反動制御やエイミングは当然のことながら生身で銃を使うのとは全く違う。にもかかわらず、精密機械のごとき狙撃の腕前を持つとされたのが、IS黎明期の操縦者の鈴木とその後輩にあたる真耶だった。百発百中、一ミリ誤差、星堕とし。そんなあだ名をつけられたこともある。

 だが、鈴木は自分の本心からの賛辞を聞いた真耶の表情が、少し陰りを持っていることに気が付いた。それに一瞬だけ怪訝な表情を浮かべたが、考えるとすぐにその原因に思い当った。彼女のような繊細な面たるを持つ後輩が本音を抱え込んだままでいるのは、先輩としては看過できない。だからこそ、少し傷つけるつもりで言葉を放った。

 

「織斑千冬」

 

 びくり、と真耶の肩が揺れた。

 同時に天穿のトリガーが引かれた。空気が切り裂かれる音がして、数秒後にはターゲットに命中した音が響いたが、それは人の形をターゲットの中央部から外れ、ぎりぎり肩の部分を貫いていた。

 

「動揺しても、当てるところには当てられる。いい腕だよ」

 

 素直に鈴木は褒める。だが、真耶は答えることなく無言のままに弾丸を再装填する。心なしか寂しく響く金属音を聞きながら、鈴木は静かに言った。

 

「私だってIS開発の黎明期に関わった人間だから、今のISの事情だって理解している。華があって、日本らしいのは剣を用いる近接格闘戦だから、彼女の方が強烈に押されているんでしょ?」

「……私は、千冬先輩に勝てませんから。実際、何度か対戦しても勝てませんでした」

「それは私も同じだよ。左目が使えていた時だって、彼女には勝てなかった。挙句に、私はISを降りることになったし……」

 

 鈴木は左目を軽く触りながらつぶやいた。

 ISにおいて代表選定が開始されて以降、常に操縦者たちが狙うようになったのは代表の地位だ。文字通りの意味でその国を背負う存在となるのが、国家代表だ。単なる競技への出場をする選手としての役目だけでなく、現状の最高戦力ユニットであるISの、最高の戦力となる操縦者は国防や軍事面においても重要視される。現在多くの国々では国家代表は質を優先するために数人しか選ばれていない。日本の場合は、専守防衛を掲げる建て前上戦力となる国家代表の数を制限することを自らに課している。もちろん、国家代表クラスの実力者は代表枠の十数倍もいるのだが、それを敢えて“国家代表予備役”に留めている。日本の国家戦略としては、この厚い層を持つ操縦者達こそが有数の楯であり、敵対国に対しての「これだけの戦力を投入できるが、どうするか?」という交渉のカードともなる。

 それ故に、その国の特色を打ち出すことでネームブランドやイメージの植え付けを行おうとする動きがみられた。ISの登場により、ISを操る個人の技量がある程度モノを言う時代へと逆行したような形なのだ。

 

「日本といえば武士、侍のイメージが強く、ISにおいてもそれが重視された……半面、銃火器を操るのは少しイメージ外れという意見がわいた弊害だね」

 

 対して、真耶や鈴木をはじめとした銃を扱うことに長けた操縦者たちは、やや肩身が狭い思いをしていた。ネームブランドは重要だが、それに固執する戦略には操縦者であることを抜きにしても疑問を浮かべざるを得ない。

 そもそも、ISが運用されるのは高度数百から数千メートルの広い空域で、且つ、音速に近い立体空間だ。加えて日本の場合には広い海岸線や国土の数倍以上にも広がる領海・排他的経済水域のカバーを行う必要がある。無論ISだけでなく戦闘機やイージス艦などの通常戦力が運用される。だが、実際にISが侵攻してきた場合、ISはどのように戦うべきだろうか。いくら速度があり確実だからと言って、ミサイルを近接ブレードで迎撃するだろうか? 瞬時加速と呼ばれる加速技能が生まれているとはいえ、射撃を選択しないのは効率的ではないし、合理的でない。下手をすると戦闘機にすら手も足も出ない状況となってしまう。

 なお、この件に関して激怒して、ISの設計にケチをつけた防衛省の閣僚ととある技術者の戦いがのちに展開されるのだが、それはまた後日語ることとする。

 

「真耶ちゃんは、それでいいのかい?」

「私は……あくまで国家に使われる立場ですから。私の意見を述べることは出来ても、最終的に決定するのは国の方なんです」

 

 鈴木の言葉に、少し迷いを顔に浮かべた真耶は、ポツリと漏らす。

 国家に使われる立場。悪い意味でいえば、国家代表とは国や国民を守るために戦場に立ち、犠牲になることを強要される立場にいる人間でしかない。つまり、彼女たち国家代表は銃に装填されて、自分がどうなるかにも関わらずに敵を撃ち抜くべく発射される弾丸に等しい。撃った側が態々弾丸を拾いに行くなど余程でなければしないだろう。

 もちろん、そんなことを理解しているは当然だった。大勢を救うための少数の犠牲。それが操縦者達だけがわかる境遇であり、憂いだった。ISが宇宙開発と同時に軍事目的で使用されるのは、少数を犠牲にしても大多数を守らなければならない国のエゴが絡んでいる。事実上、ISを打倒できるのはISのみなのだから。

 

「その国が、真耶ちゃんとかを犠牲にするような選択をしないことを祈るしかないね」

「そう、ですね……」

 

 真耶たちが出来ることは、そんな状況にならないことを祈るばかりだ。

 

「だけどね、真耶ちゃん。私はそれに耐えきれなくなった弱者なんだ。あまり私を追いかけていると、同じ目に遭うことは間違いない。気をつけてね」

 

 文字通り、痛い目に遭うよと冗談めかして言う鈴木だが、それを冗談として受け流せるほど真耶は大人になり切れていなかった。

 

「使われないからこそ、銃も刀も意味があるってこと忘れないでね」

「はい、もちろん。またご指導をお願いしますね」

 

 屈託ない笑みを浮かべる真耶に、少し鈴木は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「実はね、そのことで来たんだよ。知り合いの伝手で企業に就職することにしたんだ」

「企業に、ですか?」

 

 真耶は鈴木の言葉を繰り返し、その意味を悟った。

 

「まさか先輩……!?」

「ご明察。私は国の代表を担う役を降りるんだ。隻眼の狙撃手より無敗の剣士の方が映えるから、前々から圧力もかけられててね」

 

 真耶としては信じがたい決定だ。ISの開発が始まって三年余りしか経っていないが、黎明期から操縦者を続けている操縦者は意外に少ない。これは、まだ操縦者の保護を行う機能がまだ未熟な点が存在し、体への負担が大きかったためにISを降りる操縦者が多かったためだ。だが、ISの根本を理解している操縦者は多くが黎明期から関わっており、その存在は大変貴重なのだ。射撃分野において基礎技術開発に貢献してきた鈴木を降ろすなど、国が自分の首を絞めるに等しい。

 

「私はもう過去となる人間ということなのかもしれない。実際、女性としての幸せを考えると、そろそろISから降りてもいいと思い始めている。国に使われる立場も、いい加減に疲れてきたからね」

「……今日いらっしゃったのは、それを言う為なのですか?」

「それ以外にはないよ。近接格闘に偏りがちな後輩の中で、私についてきたのは、真耶ちゃんくらいだからね」

 

 寂しげに笑う鈴木にはどことなくスッキリしたものが感じられた。

 

「それにね、私がISに乗りたかった理由のほとんどはもう果たせているからいいんだよ」

「乗りたかった、理由ですか?」

「そう……何だと思う?」

 

 そういえば、と真耶は自分の先輩がどうしてISに乗っているのか理由を聞いたことがないと気が付いた。よく考えれば、自分はISに憧れを抱いて操縦者を志したが、黎明期の操縦者たちはどういう経緯でISに乗ったのか聞いたことがなかった。全く未知の世界に踏み込んでいく開拓者の後を追いかけた真耶には、想像できなかった。

 考え込む真耶に、鈴木はふっと笑みを浮かべ答えを言った。

 

「簡単だよ……未知の場所に踏み込んでみたかった、それだけだよ」

「未知に、ですか?」

「そう、未知の世界に。私の生まれはね、閉鎖的な里だった。代わり映えせず、すべてが見知ったモノだけ満たされている。そんな世界に囚われているのは好きじゃなかった」

 

 疑問符を浮かべる真耶は、遠くを見るような、それでいて少し悲しげな鈴木の表情に見とれてしまった。

 

「私の名前も、素質があるからと無理に継がされたものでね。おまけに鈴木という名字だって、母方の名字を名乗ってるくらいなんだ」

「そう言えば……なんだか男性みたいな名前だと思ってましたけど、本名じゃなかったんですね」

「実は本名も知らないんだけどね」

「えっ」

 

 一息入れて、鈴木は漏らす。

 

「私はそこから逃れたくてISに逃げ込んだろうね。我ながら情けない」

 

 言葉を失う真耶にちょっと笑いかけると鈴木は続けた。

 

「けどね、今となってはすべてが懐かしい。逃げ込んだ先のISもそうだけど、逃げてきた故郷の方もね。もう後悔しないし未練もないと思っていても、ちょっと来るものがある」

「……鈴木先輩」

 

 言うだけ言うと、鈴木は寄りかかっていた手摺から身を起して階段の方へと足を向けた。

 

「もう、お帰りになるのですか?」

「ん。もうすぐ私は既婚者になるんだ。未来の夫が家で帰りを待ってくれているんだから、早く帰ってあげたいよ」

「いいですねー、私も早く出会いを探したいです」

「先達としてアドバイスすると、早くしないと出会いすらなくなるから。気を付けてね」

「えー? それはないですよ」

 

 今の時世、すでに女尊男卑の考えは一部で生まれていた。すでに日常に関わるレベルでちらほらと差別やトラブルが起きている。当然、男女の間に生じる付き合いにも影響が出ていた。早くも離婚率や結婚率、さらには出生率にも影響があるらしい。そんな中で、身体的なハンデを抱えながらも鈴木は相手を見つけることができた。そんな例があるから、その後輩は油断があった。しかし、真耶は一年もたたないうちに出会いを求めて四苦八苦することになるとは予想ができなかった。

 踵を返した鈴木の姿は、階段を降りるにしたがって真耶の視界から抜けていく。

 

「またいつか会える日を楽しみにしているよ。真耶ちゃんの活躍は、いつか子供への自慢話になるからね」

「はい、先輩もお元気で」

 

 小柄な体躯と黒い髪が消えていくのを見送って、真耶は再びスコープを覗き込んだ。管制室に合図をだし、動き出したターゲットを目で追いながらも真耶は鈴木の言葉を反芻していた。

 真耶自身、国家代表になることは目標であり、長い間訓練を重ねてきたのもそれを果たすためだった。だが、実際には国家に使われるために自分を磨いているに過ぎない。もちろん、今ある平和が簡単に崩れないことは真耶にだってわかる。

 核兵器が抑止力となれた最大の要因は“使ったら終わり”という特性を持っているためだ。使った瞬間に、自分も敵対する国も、そうでない全く無縁な国も、核戦争という無差別な嵐に飲み込まれてしまう。それが恐ろしいからこそ、核は使われることがない。ISにおいて軍事利用を禁じるアラスカ条約が結ばれながらも、各国が軍事転用を行うのは、核と同じような状況を作るためだったのかもしれない。

 

(……それが正しいかなんて、わからない)

 

 結果として自分たちのような境遇の操縦者たちが生まれているのは事実だ。しかし、これが生まれなければ作ることができない平穏があるのもまた事実。男女の平等を崩しても、各国は大戦争を回避させたかったのだろうか。

 

「私には……わからないことですね」

 

 引き金が引かれる。

 反動が重心をわずかに跳ね上げ、衝撃が身を走る。数秒後にはターゲットを貫通した音が響いた。

 

「よし」

 

 今度はターゲットの中央部を綺麗に貫通している。

 使われる弾丸でも、意地やプライドはある。守りたい矜持がある。

 それのために、真耶は今日もまた訓練にいそしむのだ。

 

 

 

 

 

 

    ●

 

 

 

 

 鈴木はアリーナを出ると、駐車場で待ち受けていた来る前と乗り込んだ。新しい就職先がわざわざ手配してくれた車だ。ここに来たのは自分の我儘だったが、快く承諾してくれた担当には感謝しきれない。その分も働けと言われるだろうが、構わなかった。

 車の後部座席には、鈴木より先に先客がいた。やや猫背でやせ気味の体躯を着古したスーツに包んでいる初老の男性だ。時折もぞもぞと居心地悪そうにしているのは、いつも現場で働いているためなのだろう。

 

「泰造さんですか、お疲れ様です」

「後輩との別れは済ませたか?」

「別れると言っても、しばらくすれば会えると思います。だから、今はこれでいい」

「そうかい……よし、車を出してくれ」

 

 泰造と呼ばれた男性の指示を受け、車は滑るように走り出した。緩やかな下り坂を走る車の車内で、鈴木は泰造から封筒を手渡された。それから紙の束を取り出すと、鈴木はないようにざっと目を通した。

 

「お前さんの要望に合わせた新装備の案だ。技術に関しては今後の発展待ちだが、基本フレームは完成している」

「……ヤタガラス、ですか」

 

 描かれているのは、三丁の長銃だった。一メートルほどの砲身とそれを支える基部、口径はISにダメージを与えるに十分な六十口径で、それぞれに翼状のスラスターも装備されている。砲身は交換式で弾丸は量子変換によって自動装填されるらしい。

 

「三河の技術工廠で完成した案をもとにIZUMOの方でフレームを鋳造中だ。コンセプトとしては高速起動しながらの精密狙撃をこなせる兵装だとさ」

 

 確かに、長銃自体にPICが搭載され、自力での飛翔や反動処理をこなせるように設計されているのが鈴木にはわかった。ISの銃にも天穿のように反動処理を自動で行う機構が存在する。それをより発展させているようだと鈴木は予想した。

 そして同時に、あることにも気が付いた。反動処理機構や浮遊能力、格納領域を独自に持つ武装なのだから、この武装は間違いなく一つの可能性がある。

 

「……しかし、泰造さん。このヤタガラス、ISを介することなく使える武装なのですか?」

「そうらしいな……ただ、IZUMOの技術者たちもまだ未知の領域でな。三河ではすでに実用化にこぎつけてるってもっぱらの噂だ。ISに匹敵する個人武装、国の方もISに依存しない国防戦力を欲しがっているんだよ」

 

 泰造の表情から察するに、どうやらIZUMO側でも把握しきれていないところが多いようだった。それほどの技術を開発できたという三河は一体何を用いているのか。技術にある程度知識を持つ鈴木にとっても興味をそそることだった。

 同時に、ISに依存しない国防戦力という泰造の言葉にも興味は引きつけられた。ISを運用し続けるのは、はっきり言ってリスクが高い。女尊男卑の風潮は社会秩序や健全な国家運営に対して害をもたらしかねないものだ。だが、そこにISよりもリスクが低いと思われる技術が登場すればどうなるのか? 当然、ISよりもそちらを選ぶだろう。そのための技術開発はすでに開始されていたのだ。そして、その開発のためには人材が必要。

 

「なるほど……だから私はスカウトされたんですね」

「その通りだろうな、わしと同じようにな」

 

 納得がいったと、鈴木はうなずいて書類を封筒へと戻す。

 

「しかし、いいのか?」

「?」

「ISが登場して三年余り、いつの間にやらISの退場の兆しが見えてきた。今ならお前さんの後輩を誘えるんじゃないか?」

 

 泰造の言葉に鈴木は少し考える奏ぶりを見せたが、すぐに首を横に振る。

 

「真耶ちゃんが進みたい方向に進めばいいと思います。私が押し付ける事じゃない、彼女が選ぶべきことです。それより泰造さんはお孫さんをIZUMOの傘下へ進学させる予定なのでしょう?」

「ああ……カワイイ初孫だからな、翔一なんぞに預けておくのはもったいないからなぁ」

 

 厳つい顔を思わずゆるめて親馬鹿ならぬ祖父馬鹿を露わにした泰造の言葉を、鈴木はその後延々と聞かされえる羽目になったのは言うまでもない。

 

(ヤタガラス……面白い銃ですね)

 

 泰造が一人語りに突入したころを見計らうと鈴木は書類をもう一度取り出す。

 通常、普通の人間が三丁もの長銃を同時に扱うのは不可能だ。弾の装填をこなう必要もあり、何より取り回す方法が全くない。片手で扱うにしてもエイミングや反動処理を行う為にはどうやっても両手を使わなければならない。それを、搭載しているインターフェイスシステムを通じてコントロールするというのだ。机上の空論と呼ばれればおしまいだが、実際にこれと同系統のものがすでにこの世に存在するという。

 誰もが未知の領域に最初に踏み込むことができる体験。ISに初めて乗った時のことをふと思い出した。あの時の興奮と感動はまだ体が覚えている。あれがもう一度味わえるのだから、嫌でも興奮してしまう。

 それを横目に泰造は少し険しい表所を作って言う。

 

「最近な、少し良くない噂を聞いた」

「よくない噂、ですか?」

 

 ああ、と泰造は頷いた。

 

「IZUMOはあちこちから人材のスカウトを行っているんだが、最近は元IS操縦者もその対象になっているんだ。それはお前さんも知っての通りだ」

「それが、何か?」

「少し前までは、IS操縦者は操縦者として引退しても教官として活動を続けるものが多かった。まあ、登園と言えば当然の判断だわな」

 

 鈴木もそれを首肯する。自分がそうであったから、当然のことだと思っていた。

 

「だが、そのスカウトが急にうまく行きだした……どう思う?」

「それは……教官などの人材も充実したということでは?」

「いや、もちろんそれもある。けどな、どうにもきな臭い。黎明期の操縦者達ばかりがここ最近になって急に引退している。いや、引退させられていやがる」

「は……?」

 

 鈴木は思わず聞き返した。

 

「お前さんだっていい例だろ? 上層部とのそりが合わなくて結局降りることになったってのは。

 最近の女尊男卑の風潮は知っての通りだが、どうにも一部の連中がそれを煽っているように思えて来る」

「それが、どういう関係なんです?」

「お前さんの後輩はISに憧れを持って操縦者になった連中だ。だけど、その分ISなんていう絶対的に近い兵器を扱えるようになって、少し考え違いをしちまっているのかもな」

 

 これは受け売りだが、と泰造は前置きした。

 

「ISに抑止力を構築したのは当時国家のトップにいた連中だ。五大頂って知ってるよな?」

「ええ……アラスカ条約締結に関わった五人の政治家達のことですね?」

「本多の若造が言っていたが、最強の兵器となりうるISを核と並ぶ抑止力とすることで、余計な戦争を引き起こすことなく宇宙開発を進めるのが当初の目的だったらしい。アラスカ条約でISの“軍事利用”を禁じても、“軍事配備”を禁じていないのはそこを意図したらしい」

「確かに……そうすれば竦み竦まれとなって戦争には発展しませんね。実際、使わなければ条約には違反しないと公言してる国は多いですし」

 

 車が緩いカーブを曲がっていく。それに合わせて体を遠心力に流されないようにしながら泰造は続けた。

 

「だが、条約が締結されてから状況は変化している。政治のトップこそ五大頂やその意見を尊重する人間が多いが、あちこちはそれを理解していない連中になってきてる」

「では、トップの方針に下が反抗しているということですか?」

「結果的にはそうなるな……ISが絶対的な物となったのだから、それを扱う自分たちもまた絶対的であるなんて吹聴しているらしい。そんな連中が女尊男卑を加速させているんだと」

「……なんて考え違いを」

「人間てのは力を持つと、驕ってしまうもんだからな。話は戻るが、そう言った連中からすれば、ISをきちんと宇宙開発に向けようとする連中は女性に利益をもたらそうとしない、いや、男性に頭を垂れる愚かな奴だって思っているんだろうな」

 

 これには鈴木は言葉を失うしかなかった。泰造が言ったことが事実ならば、その女性たちはまるで神の威光を借りた宗教家のようなっているのだ。思わず、鈴木の膝の上で拳が握りしめられる。

 

「だが、一つ確かなことがあらぁ」

 

 泰造が不意に乱暴な口調で言い切った。

 

「少なくともお前さんの後輩は、お前さんの後を追いかけている。会ったことはないが、お前さんの目を見ていりゃわかる」

「それは……どうも」

 

 ぼそりと呟くような鈴木の言葉に、泰造は口角を上げた。

 車は、二人を乗せたままさらに坂道を下っていく。

 

 

 

 

 

      ●

 

 

 

 

FMG-26LLS 雲穿

 

 対IS・対通常兵器長射程狙撃銃、いわゆるスナイパーライフル。純国産の銃として開発された。黎明期に開発されたFMG-23LLS 天穿の後継の基本設計を引き継いで、全体的な性能向上と狙撃に特化した装備を実用化している。IS本体のハイパーセンサーのほかに大型のセンサーポッドを装備したことで、簡易な三点測距ができるようになり命中率が向上している。また、エネルギーシールドによって狙撃の邪魔になる要因を除去する“禊払い”を世界で最初に実装した狙撃銃として記録されている。なお、登録されている形式番号は倉持技術研究所のものだが、その技術の多くはIZUMOに由来しているのが、のちの解析によって判明した。開発にあたったのはIZUMOの技術工廠と日本の代表候補生の一人だとされているが、正確なことは判明していない。

 命名に関しては天穿と同じ意図があったとされるが、『天』から『雲』へとマイナスのイメージで命名されているのが謎となっている(通常、バージョンアップに伴いアピールの意味も込めてプラスのイメージへ改名される)。これは開発を行ったチームが先達である天穿に対して敬意を表してのことだと推測されている。

 

20XX年 3月23日 IZUMO IS設計局技術主任 ■■ ■■(意図的に汚されており閲覧が不可)

 

 

 




 予定通り閑話をお送りしました。
 山田先生の過去は特に言及されていないので、ある程度捏造できるなと考えていました。
 登場した鈴木の正体は、境ホラを読めばすぐにわかると思います。意外と彼女は私のお気に入りキャラですので、最新刊で再登場したのはうれしかったですね。
 では、次回は鈴が転校してくるところからですね。お楽しみに。

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