黒い烏が羽ばたく魔世に   作:月代 唯

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第一章 「Glen Potter and The Philosopher's Stone」
1話 The crow mansion of Monte Lung.


一話 「モンテルンのカラス屋敷」

 

 

モンテルンの町で、町民達が決して近寄らない場所があった。それは住宅地から離れた町外れに建っている、煤けた灰色の古い石造りの一軒家だった。

その家は、一階建てのようなのに妙に縦横に家が大きく、西側にだけ塔が屋根から突き出ているおかしな造りをしていた。家の周りは小さな菜園の一角を除いて、茂みや雑草が自由に伸びきっているし、ツタ植物が石壁を這って、まるで小さな荒れた古城の雰囲気を作っていた。

しかし、この家がモンテルンの町人に気味悪がられている理由はそれだけではなかった。真夜中を除いた、朝から夕方にかけてこの家には何十羽ものカラスが訪れ、屋根で羽を休めていたり、塔の上部の小窓から出入りしていた。ただでさえ、カラス達が家やその周りを覆い尽くすように止まる光景には恐ろしいものがあるが、さらに恐ろしいのはむやみに町人が家に近づこうとするとそのカラス達が襲ってくることだった。それほどに、この家はカラスを見たいような者にとっては名所となっているような程で、町の人々からはカラス屋敷と呼ばれていた。

 

 

そんなカラス屋敷に、この日珍しい客人が訪れた。それは一匹の茶色のフクロウだった。フクロウは、この家の住人に手紙を届けるためにやってきた。しかし、家に群がる大群のカラスを警戒し、フクロウは家より少し離れた低木の枝に羽を下した。

それを、カラス屋敷のカラス達は殆どすべての個体が認識していた。彼らは、そのフクロウがそのままいつか去るならば無視をするつもりでいたし、近寄ろうものなら問答無用で攻撃するつもりでいた。

 

しかしそのカラス達の中で一羽だけ、何かに気付いたように動いたものがいた。他の翼に白い色の混じったカラス達と違って、全身のすべてが真っ黒で体長の少し小さめのカラスだった。そのカラスは塔の小窓から家に入り込み、やがてしばらく経って、その家の住人が戸口から現れた。くしゃくしゃに生えた真っ黒な髪の丸縁メガネをかけた少年、グレン・ポッターだった。肩には先ほどのカラスが、ここは自分の居場所だと言わんばかりに止まっていた。

 

 

「クライ、上出来だ」

 

 

グレンは低木に止まったフクロウを見てニヤリと笑い、自分の肩に乗っているカラス―正式名称はクラインガストと付けた―を流暢な英語で褒めた。十年経って、グレンはもう英語はほぼ完璧に扱えるようになっていた。

クラインガストは、自分の主人に褒められたことに満足してまた飛び去って行った。そして、クラインガストが居なくなった代りに今度はフクロウが手紙を運んでやってきた。グレンは、フクロウが止まるために左腕を差し出した。

 

 

「ありがとう。そろそろ来る頃だと思っていたよ」

 

 

グレイが手紙を受け取ると、フクロウは「確かに渡したぞ」とでも言うようにホーと鳴いて飛び立った。グレンは、フクロウが見えなくなるまで見送ってから、手紙に目をやった。

黄色くて分厚い封筒だ。そして、裏にはホグワーツの紋章のついた蝋がある。確か中身は手紙が2枚だった筈だから、もっと軽いものだと思っていたが予想よりも重かった。宛名はしっかりとこの家とグレンの名が書いてあった。

 

グレンはわくわくしながら封筒の中身を確認した。出てきた1枚目の羊皮紙にはしっかりとホグワーツ学校の入学を許可する主旨が書かれていて、2枚目の教材リストもちゃんと入っていた。

グレンは手紙をすべて黄色い封筒の中に仕舞い込んで、戸口から家に戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1歳のハロウィンの事件の後、オレはこのカラス屋敷の主で、母方の祖父であるモラルド・レイモンドの元に預けられた。

 

後になってから知ったことだが、オレの父ジェームズは母ミリアが死んだ日と同じ日に死喰い人に殺されて死んだらしい。殺される直前に守護霊を放って母に危険を知らせたのだが、間に合わなかったのだ。

そして、火事になっていた家から助け出してくれた名付け親のシリウスだが、ピーター・ペティグリューを含む大量殺人と、死喰い人の仲間だという容疑でアズカバンに投獄された。もちろん、オレはそれが無実だということは知っている。だから、最初に知ったときにはすぐに助け出したい、無実を証明したいと考えた。でも、オレはそれをしないことにした。アズカバンから囚人を脱獄させることが出来るような力が、今のオレには足りなかったからだ。

 

それにオレはここ数年、これからの学校生活をどうやって過ごすかを考えていたが、結論的にはあまり原作の道筋を変えないように動くことに決めた。この世界のヴォルデモートを倒すためにオレが使えるもっとも大きな武器は、原作の知識があることだ。

だから、原作を大きく変えてしまうとその知識は意味が無くなってしまうし、想定外の出来事や事件も起こりかねない。それこそ、想定外の危機から自分の身を守るためにも、物語は原作通りに進んでもらう必要がある。

 

だが、どれだけ原作を大事にしようとしても。現時点で既に原作と異なる部分もある。例えば、ハリーが居ないことによってネビル・ロングボトムが予言の「選ばれし者」に当てはまり、「生き残った男の子」になったことだ。

おそらく、これが一番のネックになるだろう。「選ばれし者」がネビルに当てはまってしまった以上、最終的にはネビルにヴォルデモートを倒してもらわなければいけないのだ。ネビルでは無理だと言うわけでは決して無いが、それに至るまでの過程が重要な問題なのだ。

 

だから、原作でハリーが解決した事柄などは、ネビルに解決してもらうかオレが解決する。そして、原作での出来事で足りない役柄はオレがその立ち位置となって補うことで、なるべく原作での道筋に近づけよう、という方針でとりあえずは動くつもりだ。

 

それゆえに、オレは学校生活の3年目の時にシリウスが脱獄する予定を狂わせるつもりはない。原作では、シリウスは動物もどき(アニメーガス)であるし、自分が無実だと知っていたから他の囚人と違い正気を保つことが出来た。オレが何かしなくても、シリウスは大丈夫な筈だ。

それでも、オレはたまに一人でいる時、ふとシリウスがどうしているかと考えていた。

 

 

 

もちろん、オレはこの10年間考えただけで何もしてなかったわけではない。オレはここに来てからほぼ毎日、魔法や魔法知識を祖父の元で学んでいた。

 

祖父のモラルド・レイモンドは気難しく陰気な性格で、閉鎖的な人だった。オレが祖父に預けられた始めの頃は、祖父はオレに手をかけることはなかった。この頃、オレの世話をしてくれたのは祖父に仕える、高齢の屋敷しもべ妖精のルクドーだった。

祖父は昔、若いころに家出をしたオレの母を怒って、レイモンド家から勘当したらしい。しかし、それにも拘わらずオレを押し付けられたことに苛立ち、オレは当時まだ1歳であるのに母の愚痴を山ほど聞かされた。

 

曰く、レイモンド家はレイブンクローの子孫で、代々レイブンクローの寮だったのに母はレイブンクローに入れなかった落ちこぼれであり、結局首席にも監督生にもならなかったことだとか。

曰く、当時学校で有名になっていた不良生達とつるみ、挙句の果てそのリーダーである俺の父と結婚しただとか。

 

一応オレは何も言わなかったが、正直言って、原作で登場しなかったレイブンクローの末裔が俺の母かよとか、当時学校で有名な不良ってオレの父かよとか、そういうのを普通1歳の赤ん坊に話すかよとか突っ込み所は満載だった。だが、祖父に対しての一番の突っ込み所と言えば、オレが転生者が故に赤ん坊の時から物覚えが異常に良くて魔法力も大きいことに気付いた祖父が、「お前は祖先の血を受け継いだ天才だ!」と言ってとたんに手を返したようにオレに手をかけ始めたことだ。頭さえ良ければ何でも良いのか。

 

というかオレは、前世の記憶があるだけで本当は天才というわけではないのだが、そこは別に敢えて何も言わなかった。というのも、オレの物覚えが良いことに感激した祖父が、魔法に関しての知識やら技術やらを惜しみなく教えてくれるようになったからだ。

知識は2歳、技術は4歳頃から学び始めた。そして、オレは5歳の頃には祖父が庭に生えているサンザシから彫り出してくれた芯無しの杖でいくつかの妖精の呪文を扱えるぐらいにはなっていた。

さすがレイブンクローの子孫だということあって祖父の知識と知識欲は豊富で、家にはたくさんの魔法に関する書物がまるで図書館のように置いてあった。家が妙に広いのも、それらの本がたくさん置かれているからなのだ。

 

しかし大変だったのは、祖父の授業は1年を通して休日が1日しかないことだった。

原作のハリーはおじさん達によって魔法から隔離されて生活していたが、オレは全くその正反対で魔法以外から隔離されて生活しているような物だった。閉鎖的な祖父は、国民の祝日なんてものは有難がらなかった。

だが、オレの誕生日の日だけは祖父は祝日だと思ってくれているようで、年に一度、祖父に連れてもらって一緒に父と母の墓参りをするのもこの日だった。もっとも、祖父がオレにくれる誕生日プレゼントは、また新しい知識を学ぶための本などになるから、結局休日でも意識が勉強から離れることはなかったが。

 

だが、それも結果的にはオレにとって都合の良いことだった。知識が増え、多くの呪文が使えるということは、それほどにヴォルデモートを倒すために動きやすくなるということだ。それに、全般がと言うわけではないが、魔法を学ぶのは楽しかった。

まぁ、実際のところは休日はなくても一日の中での休憩時間はあるわけで、それもなかったらさすがに、オレも母のように家出したと思うけれど。

 

 

そして今はちょうど休憩時間を兼ねた昼食の途中だった。オレはダイニングに戻ってすぐに、食事を続けていた祖父に手紙が来たことを報告した。それを聞いた祖父は口に食べ物が入ったまま唸ったがが、横で料理を出していたルクドーは手を叩いて喜んだ。

 

「なんだもう来たのか。もう少し後だと思っていたが・・・そうだな。次のおまえの誕生日の日に学校で必要なものを買いに行くとするか」

「え、じいさんもいくの?」

 

滅多に外出をしたがらない人嫌いの祖父が、まさか人の多いダイアゴン横丁に行きたがる筈がないだろうと思っていたオレは、まるで一緒に行くといった内容に取れた話し方を聞いて思わず訪ねてしまった。

モラルドはそれはもうダイアゴン横丁に行くのが大層嫌そうな顔をしながら言った。

 

「ここの所、何年も行っていないからな。新しい本を見に行く必要もあるだろう」

 

やっぱり、本当は嫌なようだ。まぁでも、ダイアゴン横丁に行くのは外出嫌いな祖父にとっての良い気分転換にもなるだろう。

 

 

ちなみにその後、入学を希望する主旨を書いた手紙は、フクロウに変身させたカラスに届けてもらった。カラス屋敷に、フクロウは1匹も居ないからな。

 

 


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