黒い烏が羽ばたく魔世に   作:月代 唯

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3話 At last, it comes today.

三話 「ついに、それは訪れる」

 

 

 

そしてオレの誕生日からさらに3ヵ月後、オレはこの日ずっと泣き喚いては母にあやされていた。

 

大人の人格を持つオレにとっては泣き喚くというのは随分と恥ずかしい行為だから、本当ならばあまり泣き喚きたくはない。だが、本来大人なら耐えきれる程度の不安も、今のオレの1才の体では耐えきれないらしい。湧き上がる不安が不快な気分へと変化し、それに我慢出来ず気が付けば盛大に泣き喚いているのだ。

 

ここ数日間、オレは常に不安に駆られていた。理由は恐らく、わざわざ言わなくても推察してくれるだろうと思う。オレが母に甘えることの出来る時間はもう残り僅かとなっていた。今日は、ハロウィンの日だ。

 

仕事に行っている父、ジェームズはもう本当ならば帰る筈の時間をとっくに過ぎている。母はハロウィンのパーティのためのご馳走を作っているのだが、泣き喚くオレをあやす度に中断されるので準備がかなり遅れていた。どっちにしろ、父が帰って来ない限りはパーティは始められなかった。

 

 

「グレンったらどうしたのかしら、ここ最近酷かったけれど今日が一番よ?」

 

 

母はオレの頭を撫でながら溜め息を吐いた。まだ完全とは言えないが、オレは両親の言葉が大体分かるようにはなってきていた。だから、母がオレの心配をしているということは解っていた。しかしオレはまだ母に言葉を伝えることは出来ない。不安の原因を話すことも、差し迫った危険を伝えることも出来ない。オレは自分の非力さに、さらに苛立ちを覚えて不快になった。

 

やがて、その時はついに訪れた。突然、窓の隙間から銀色の何かが糸を引きながらすーっとリビングに入り込み、部屋の中心に佇んで牡鹿の形を作り上げた。これがオレが初めてみた守護霊だった。

 

 

『グレンと共に逃げろ』

 

 

部屋中に低く、そして強い声色が響いた瞬間、牡鹿は昇華するように消えた。その直後、今度は玄関の方から爆発のような大きな音が響いた。

 

オレが状況を完全に理解するよりもさらに速く母は動いた。まず、玄関へ通じるドアに防衛の呪文をかけて、オレを抱えて寝室に向かった。そして寝室にあるクローゼットを開いて、オレをクローゼットの中に座らせた。

 

 

「ごめんなさい。しばらくここで我慢していてね」

 

 

口早に謝罪して、母はオレの額にキスを落とした。そしてクローゼットのドアが閉められ、真っ暗闇で何も見えなくなった。

最初はクローゼットの外から母が何かを言う声が聞こえたが、すぐに外からは何も聞こえなくなった。どうやら母は、オレを隠したクローゼットに防音の呪文や保護の呪文などをかけたようだ。オレが本当の赤ん坊だったらここで泣き喚くところだろうから、これでオレが泣き喚いても敵には気付かれないのだろう。

だが、結果的にオレは泣くのを我慢した。クローゼットの外では、母がオレを守るために死をも恐れずに戦っているのだ。母が命がけで頑張っているのに、オレがクローゼットの中で守られながら、泣くのを我慢することすら出来ないなんて情けない。だが、しばらくしてオレの中にある恐怖は徐々に膨らんできた。

 

 

原作では、ハリーの両親は死んでしまう。それも、その時はジェームズも家に居たのに2人はヴォルデモートに殺されてしまうのだ。そして今回、父は家には居なかった。つまり、原作よりもさらに状況は絶望的で、母が生き残る可能性は低いということだ。

 

そして原作ともう一つ異なることは、おそらくクローゼットにかかっている魔法は、母の死によって効果が切れるということだ。母が死んでしまったら、敵は間違いなくオレを探し始めるだろう。そして防衛の魔法が消えてしまったクローゼットは、たとえオレが物音を立てなくても開けられてしまうのは時間の問題である。

 

さらには、原作でハリーが生き残った理由である「護りの魔法」がオレにも有効かどうかも問題だ。原作とこれほど相違点があるということは、「護りの魔法」がオレに宿る保障も確かではない。母がオレを愛しているということは紛れもない事実ではあるが、原作とは状況が異なるのだ。

 

このままでは明らかに詰む。ヴォルデモートにオレがクローゼットに隠れていることが見つかり次第、殺されてしまう。生まれてまだ1年しか経っていないのに、このまま死ぬのなんて嫌だ。一度はホグワーツにだって行きたいし、魔法が出来たらやりたいことだってたくさんあるのだ。

 

 

そしてオレが煩悶しているうちに、突然クローゼットの扉が外側から破壊された。驚きで心臓が一瞬止まった後、すぐにまた跳ねるように高速で高鳴り出した。真っ暗闇に慣れた目がオレの視界を塞ごうとするが、オレは必死に抗って目を見開き、クローゼットの外を見た。

 

そこに居たのはヴォルデモートではなく、黒いフード付きのローブを着て仮面を付けた死喰い人だろう人物が2人と、そして床には、暴れた後のように髪が服が乱れ、目を見開いたまま横たわって動かない母が―――

 

 

 

―――オレは、意識を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




クローゼットの中にいる間の出来事を、死喰い人目線の話で書いた方が良いのかどうかを悩んだのですが、あえて残虐なところだけを伝える必要もないだろうと結論付きました。

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