人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。(完結)   作:ダブルパン

25 / 30
世界の終わりとむろみさん

 風を切って飛ぶ六羽の鳥達。

 五羽の鳥幼女に交じって、一羽の巨大な三本脚のカラスに跨っているのはミカサ・アッカーマンだ。

「すごい……私、本当に空を飛んでいるんだ……」

 森の中で鳥達に助けられたミカサは今、巨大化したヤタガラスの背に跨って空を飛んでいた。見渡す限りに広がる壁内の風景とその向こうにある広大な海。そして壁に向かって行列を作る大量の巨人面魚の群れだ。

「ハーピーはん方、本当に大丈夫なん?」

 ちょっぴり心配そうに聞くヤタガラスに、ハーピー、バジリスク、鳳凰、サンダーバード、そしてキンナラの鳥仲間たちは口々に囀った。

「おっけおっけ!」

「ダイジョブだ!」

「無問題!」

「DON'T WORRY!」

「♪♪♪~♪♪」

 キースを救うため鳥仲間を呼んできたハーピー。しかし、ハーピー一行がトロスト区へ戻る途中で助けたミカサという少女はどうやら人を探しているらしい。このまま放っておいても巨人面魚に食われてしまうのは目に見えていたので、ヤタガラスがミカサの人探しを手伝う話になったのだ。

「ねぇ、手伝ってくれるのはとても嬉しいけど、本当に良いの?」

 ヤタガラスの背からミカサが申し訳なさそうに尋ねると、三本脚のカラスは笑った。

「あんさん放っておいても化け魚に食われてしまはりますもの。それに日本人を見るのは久しぶりやさかい。ハーピーはん方が宜しければお手伝いもしたくなりますわ」

 穏やかな言葉遣いのヤタガラスに、鳥達はもう一度口々に問題無いと囀った。暖かな鳥たちの言葉を聞いて、ミカサは周囲を飛ぶ少女の姿をした鳥達を見回してぐっ、と頭を下げた。

「皆、本当にありがとう!!」

「ほんなら、いきましょか。ミカサはんしっかり捕まっときや!」

 ぎゅん、と翼を翻して方向転換をしたヤタガラスにハーピーが「ヤタガラス! アトで!!」と手を振ると、五羽の鳥達は一斉にキースとイエティが待つトロスト区へと急降下していった。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 壁内が大混乱に陥っていたその時、むろみさんはリヴァイアさんに呼び出されてとある岩島に来ていた。

「こがん場所にこげん島があったとは……」

 岩島と言っても木が生えていないだけでゴツゴツした岩肌には付着したコケのように短い草がまばらに生えていた。生き物は昆虫を初めとした小動物と海鳥が多少生息しているようだが、他に変わった生き物はどこにも見当たらない。

 むろみさんとしては海の事なら大抵の事は知っていると思っていたのだが、壁付近にこんな島があったとは気づかなかった。

「リヴァイアさーん? どこー?」

 どっこいせーと島に上陸したむろみさんがリヴァイアさんを探して周囲を見回していると、頭の中にリヴァイアさんから直接通信が入った。

『もっしーむろみ、聞こえる?』

「あ、リヴァイアさん? 今言われた島に来たっちゃけど、どこにおるん?」

『その辺の海ン中に海底洞窟があるっちゃきー。ウチは奥におるから来てほしいっちゃ。待ってるちゃー♪』

 リヴァイアさんは言いたいことだけ言うと、すぐに通信を切ってしまった。

「はぁー? あ、切れた。もーリヴァイアさんってばほんとフリーダムやけん……よいしょ!」

 ちゃぽんと海の中に潜って島の裏手に回ってみると、なるほど海の中の岩の間に洞窟のような大きな横穴がぽっかりと開いていた。

「あー、洞窟ってこれか」

 迷わず洞窟の中に飛び込むむろみさん。

 明かりがどこにもない、海水で満たされた真っ暗な洞窟の中を全速力で進んでいく。と、突然洞窟が途切れてどこかの広い空間に出た。

「お、上に出られそう?」

 どうやら岩島の中が一部分空洞になっているらしく、むろみさんが水面から顔を覗かせると目の前に小さな公園程度の大きさの陸地が広がっていた。

 周囲は岩の壁で塞がれていたが、天井には明り取りのように小さな穴が開いている。そこから漏れた光がスポットライトのように細く点々と降り注ぎ、周囲に小さな草地を作っている部分がいくつか散見された。

 その草地の一つに、リヴァイアさんが居た。

「あーむろみ!! こっちこっち!!」

「リヴァイアさん!? なんでこげな場所におるん!?」

 缶ビールを片手にゆるーい笑顔をしたリヴァイアさんに手招きされ、むろみさんが陸に上がって近寄ろうとすると、足元で不思議な生き物がぴょこんと飛び跳ねる。よく見てみると、その小さな生き物は周囲に何匹も動いているのに気が付いた。体長十センチ程度。ミニチュアサイズの三角帽子とボタンが一つついた洋服を着ていて、ノーテンキそうな顔の人間に似ているけれど、そうでも無いような……。

「なにこれ?」

「妖精っちゃ」

「妖精!?」

 よく見れば、勢い良くビールを飲むリヴァイアさんの周囲には沢山の非常食糧の空き缶やレーションの空パッケージと共に小さな妖精が何人も居て、一心不乱にビスケットやクッキーやその他菓子類をネズミにように齧っているのであった。

「この子らすっごく面白いっちゃよー。ちぃっと見ててな?」

 手近に居た一人をリヴァイアさんはひょいと摘みあげる。

 妖精はリヴァイアさんの手の中でじたばたともがくが、指先でちょいちょいちょいとくすぐられると子供のようにきゃっきゃと笑い、すぐにくてんと全身の力を抜いた。もうどうにでもしてください状態である。ちょっと可愛い。

「ね? ね? ハムスターみたいでかわいーちゃろ?」

 目を輝かせて妖精をむろみさんに向けるリヴァイアさんに、むろみさんはジトっとした目を向ける。

「確かに可愛いけん。でも、リヴァイアさんがこっちに来れんかった理由ってもしかしてコイツらを見つけたせいなん? ここで遊んでたから来てくれなかったん?」

 すると、「違う違う」と言ってリヴァイアさんはパタパタと横に手を振った。

「まぁ半分は正解っちゃけど、半分はハズレっちゃ。妖精と遊んでたのも事実っちゃけど、むろみの要件も解っとったよ。用はあの壁の国が大変な事になっとるきー助けてって話だったんちゃろ?」

「リヴァイアさん解っとったの!? なら、何ですぐ来てくれんかったん?」

 ちょっぴり非難がましくリヴァイアさんに食って掛かるむろみさん。しかしリヴァイアさんは気にした風も無く手の平で弄んでいた妖精をそっと地面に下ろすと、顎に指を当てて眉間に皺を寄せる。

「むーむむむ。実はちょっと難しい事があってねー。ウチ達にとってあの壁は邪魔っちゃきー助けたほうが面倒なことになるっちゃよ?」

「なして? リヴァイアさん何か知っとるん?」

 困ったふりをしながらもさらっと言い放つリヴァイアさん。むろみさんに問い詰められて、彼女は手に持った缶ビールの残りをぐいっと煽ると、わちゃわちゃと動き回る妖精達をのんびりと指差した。

「解っとるゆーか、ウチも全部解っとるワケやなかよ? うーんと、そうちゃねー。詳しく説明するとね、もともとあの壁の国がこっちの世界に来た原因はこの妖精が次元と次元に穴を開けたせいだっちゃ。まぁ次元の穴を広げて壁をまるっとあっちの世界から飛ばして事態をややこしくしたのはワイズマンっちゃけどね」

「ええぇぇっ!? じゃあ、ワイズマンが言ってた未知の技術の持ち主って、もしかしてこの妖精なん!?」

 むろみさんが思わず大声を出してしまうと、それに驚いた妖精は「ぴーーーー」っと一斉に丸い球に変形する。

「むろみー。あんまり大きい声ださんときー。妖精は臆病な生き物っちゃき。スマイルが大事っちゃ」

「あ、ゴメン。でも何で妖精が原因なん?」

「んーと、あんたらどげんしてこっち来たんやっけ?」

 リヴァイアさんが足元で丸まりを解いた妖精達に尋ねると、あどけない顔をした彼らは揃って首を傾げた。

「さー」「わすれちゃった」「どうしてだっけ?」「たしかおかしがたべたくて?」「そうだっけ?」「そうだそうだ」「おかしなくなたです」「でもたべたかたです?」「だからまきもどそうとしたっけ?」「そういえばー」「でもおこられましたので?」「あなをほりました」「がんばてほりました?」「よくおぼえてるね」「ふつうわすれる」

 妖精達のわちゃわちゃした会話で思い出したリヴァイアさんはポンと拳で手を叩く。

「そうそう思い出した!! 事の発端はこの妖精達の居た世界で人間がとうとう滅びたんだっちゃ。で、妖精は自分でお菓子が作れんっちゃき、人間が作るお菓子を求めて世界の時間を何千回も巻き戻していたらノルンだか外宇宙の神だかに怒られて、仕方なく時空に穴を開けて異世界の人類を探す方式に変えたんちゃ」

 果てしなく壮大な話を行きつけのコンビニを変えましたみたいなノリで軽く言われ、むろみさんは片手で眉間を押さえて唸る。

「何だか、あまりにも話がデカ過ぎて頭が追いつけんたい。えーっと、つまり、こいつらが壁の国に現れた理由はお菓子が目的ってこと!?」

「大当たりー♪ 皆さんもご一緒にー」

 パチパチパチとリヴァイアさんが拍手を送ると、真似をした妖精たちもパチパチパチと拍手をする。

「まぁ、正しく言うなら最初にウチらの世界を経由して壁の国に行ったみたいっちゃけどね。世界線的な距離の問題で人類が衰退した世界の方が行きやすいみたいっちゃき。まずは戦争で人類が滅んだこの地球を経由して、それからもう一つの人類が衰退期に差し掛かった世界に掘り進めたってのがウチの読みだっちゃ」

「ちょ、ちょ、ちょい待ち!? リヴァイアさん今何て言ったん? 人類は天敵の巨人さんに食われたんと違うん?」

 何やら聞き逃しては行けないような言葉にむろみさんがワンモアプリーズすると、リヴァイアさんは指を立てて事もなげにさらっと答えた。

「何言っとるんむろみ。それは壁の国の人たちの世界の話っちゃ。コッチの地球人類は己の起こした戦争のせいで現在絶賛衰退中だっちゃ」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 リヴァイアさんによると、現在の地球の人類は地下シェルターにごく少数しか存在しないらしい。

「きっかけは環境に優しい局所指向性兵器が開発された事だっちゃ」

 リヴァイアさんは語る。

 今からおよそ百年前、人類はヒトタンパク及び細胞のみを分解、攻撃する環境に優しい局所指向性兵器を開発した。

 これは周囲の自然環境に配慮し、人類のみを標的に痛みも無く一瞬にして泥のように分解してしまうという新しい考え方を元にした兵器だった。

 一度その土地で使われると空気感染と接触感染を繰り返し、町一つくらいならものの数分間に人類を全滅させてしまうという恐ろしい物だった。しかし、もちろん環境に優しいので他の動物や植物には全く影響がないという。

「まぁ、開発してしもーたんは仕方ないっちゃ。そのまま資料に留まるか誰にも知られずに、あるいは使われずに済めば良かったのかもしれんね。でも、そんな素晴らしい兵器があれば人間は使いたくなるものだっちゃ。まぁ、早い話、一部の人類による暴走とその兵器の暴発が戦争の引き金となったっちゃ」

 開発した某国が厳重管理していたはずの局所指向性兵器。

 それを盗んだ輩――組織だったのかもしれない――が他の国の街中でその兵器を発動させてしまったのが発端だった。そのせいで街の人が消滅し国民が大激怒。町一つを崩壊させた報復として開発中だった同じタイプの局所指向性兵器を強引に実用化。開発国に兵器を投下し首都を壊滅させた。ところが首都を壊滅させられたその国が報復の報復で再び指向性兵器を再投下。更に別の国でもまた似たような局所指向性兵器が開発されたのだが、今度は金銭目当てに技術が全世界中にバラまかれて事態を加速させた。

 最初に戦争を始めた両国の同盟国が絡んでスパイがニセ情報を流しそれに翻弄され全然違う場所に兵器が投下。便乗して全く関わりの無い国までしゃしゃり出てきて状況が複雑化し、世界中に新型兵器で溢れかえってえらいこっちゃの大騒ぎとなってしまったのだ。

「そんなわけでいろんな場所で色んな報復・破壊活動が繰り返され、人類は一週間とちょっとであっちう間に激減してしまったんちゃー」

「えぇええぇぇぇぇぇ!!?」

「まぁ、基本人類が死滅するだけで第二次世界大戦時みたいに海までドンパチ音がせんかったきー、人間さん達も『黒いそよ風のような戦争』って言ってたみたいちゃけん、ウチもこの場所を発見して教えてもらうまで、突然人間さんが消えた理由は知らんかったっちゃ」

 そしてリヴァイアさんは暗い石壁の隅っこを指差した。小さく縮こまって落ちていたのは数体の白骨化した人間の遺体であった。

「兵器のせいで故郷が住めんくなって逃げてきたヒトだっちゃ。元々ここは要人用のシェルターとして作られた人工島だったき、どうにかここまで逃げてきてこっそり隠れ住むうちに風邪をこじらせて死んでもーたって彼らの幽霊が教えてくれたちゃ。まぁその話を聞いてあげたら成仏してしまったき。もうここにおらんげな」

 そうしてリヴァイアさんは笑った。話を聞いてもらって嬉しそうに成仏していった彼らを思い出したのかもしれない。

「うーむむむ、まぁ色々納得できん部分があるけど、それはちょっとこっちに置いといて……それと壁の国を助けられんのは何の関係があるん?」

 むろみさんが難しい顔をしてリヴァイアさんに尋ねると、彼女はぴんと人差し指を立てた。

「それはね、戦争前の人類は月の一区画だけっちゃけど、テラフォーミングに成功してたんちゃ。あちこちの大地が兵器の汚染まみれで地球に棲めんくなった人類は、シェルターに残った一部人類を地球に残して月に逃げたっちゃ」

「もう何を聞いても驚かんばい。それで?」

「今から五年前、逃げ出した人類は兵器の汚染を無効化する薬、及び人体が泥状化しないワクチンを月面都市で開発、三年前に地球に打ち込んでプロジェクトは大成功!! 兵器の効果は無効化され人類は間もなく地球へ帰ってくるという通信が入ったっちゃ」

「おお! やるやん人類!! じゃあもうすぐ人間さん方は地球に戻って来るとね?」

「そうなのよー!! でも現在、問題が一つ出たわけちゃ」

「それが壁なん?」

 むろみさんが不安げに聞くと、リヴァイアさんは静かに頷いた。

「あの壁の周囲にいる巨人面魚はね、壁の内側の世界……いわゆる異世界からセットで引っ付いて来た、言わば世界の要素って奴ちゃね」

「要素?」

「そう。まぁ、解りやすく言えばシリアス漫画とギャグ漫画の間に穴が開いて繋がったら、ギャグ漫画にシリアス要素が流れ込んできたと思えばええっちゃ」

「え? それって何か危ないん?」

 あっけらかんと言うリヴァイアさんに、むろみさんは首を傾げる。

「奴ら巨人面魚の要素はまぁ察するに『人を食らう事』だっちゃ。つまり、放っておいたらどんどん壁から周囲に浸食してそのうち陸地にも繁栄しまくって月から帰って来たばっかりの人類も食らおうとするっちゃね。ウチが巨人面魚を焼いても世界について回る要素やきー壁がある限りすぐに復活するち。そしたら我が同朋の子孫たるこちらの人類はさらなる大打撃にあうちゃ」

「それってまずいやん!? どうすればええの!?」

 慌てるむろみさん。すると、リヴァイアさんは満面の笑みを浮かべて「慌てなくても一番簡単な方法があるっちゃ」と言う。

 そして世界最強の海竜は無邪気な天使がラッパを吹くように宣告した。

 

 

「壁ん中の人間さんを滅ぼして壁をブチ壊せば万事解決だっちゃー☆」

 

 

 

 

 




人類に神の鉄槌は下されるのか。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。