人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。(完結)   作:ダブルパン

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それぞれの動きと妖精さん

 

「ワイズマン!! ワイズマンは居ないのか!?」

 兵団内の喧騒より少し離れた部屋。

 人払いを済ませ、一人になったエルヴィンがワイズマンを呼ぶ。するとすぐに頭上からカサコソと昆虫のような八つの足を持つ機械が顔を覗かせた。

「ヘイボーイ。私に何か用かね? 武器・防具のご提供以外で萌え萌えな事ならばお手伝いしませう?」

「まさしく、その武器や防具の提供をして欲しいのだが? このままでは人類も、君の大好きなアイドル合戦も全てが終わってしまうだろう?」

 下手に歪曲した嘆願はこの奇妙な機械生物に意味をなさない事は解っていた。包み隠さずエルヴィンが尋ねると、ワイズマンは「フムー」と残念そうな音をそのメタリックな体から出す。

「残念ながら、私は今でも非常に危険な橋を渡っているのでね。武器や防具を人間に提供したと知れたら、それこそ私ごと壁内が神々に滅ぼされますが? まぁ、外敵による滅びもまた一つの正解ということさ。もっとも、楽しいお祭りが終わってしまうのは私としても非常に残念だがね。さて、他に何か聞く事はあるかね?」

 あっさりと人類を捨てることを決定づけたワイズマン。だが、その返答を予想していたのかエルヴィンは感情を露わにする事は無く、無表情に一つ頷いただけだった。

「そうか……この状況で少しは君の気が変わったと思ったのだが……とても残念だ。それでは今度は純粋な質問をしよう。我々は本当にここで滅亡すると思うかね?」

 まるで明日の天気を尋ねるかのように聞くエルヴィンに、ワイズマンはしばし考えた後で「ああ」と頷いた。

「私の見た限り、どこへ逃げたとしても壁内人の一年生存確率は限りなく低いでんなぁ。それこそ、未知の技術を持ったデタラメがまたデタラメをやらかさない限りは……」

 ワイズマンの言う、未知の技術を持ったデタラメ。

 その存在こそ、ウォールローゼ全域を海へ飛ばすというトンデモない技術を開発・実行した張本人。

 しかし、同じくエルヴィン達には未知の機械を作り出すワイズマンの、最高峰の超科学をもってしてもその存在を感知することは不可能だという。

「そのデタラメを引き起こした張本人との接触……それこそが人類が生き残る最後の手段、か……」

 フッ、と息をつくエルヴィン。

 壁という人類の最重要防護壁が通用しない今、人類は壁内のどこへ逃げても無駄なのだ。それこそ、最後の一人が巨人面魚の胃袋に収まるまで人類は奴らに追い詰められるのだろう。

 ワイズマンの言うデタラメとの接触が絶望的な今、人類は滅びを受け入れるしかないのか……。

 エルヴィンが一人、思いつめた表情をしていると、ドアを叩く音がする。

「おっと。誰か来たようだ。それでは私はこの辺で……」

 ワイズマンがするりと天井の奥へ消え去ると、そこへ入れ替わりに入って来たのは少々興奮気味の河童の川端くんだった。

「おいエルヴィン。物凄い物を見つけたぞ!!」

 興奮冷めやらない様子の川端くんをエルヴィンは一瞥する。

「川端さん……どうしました? 申し訳ないが今は緊急事態なんです。それとも、復活キノコの群生地でも見つかりました?」

 ワイズマンの手が借りられない今、人間が死んでも生き返るあのキノコこそが人類にとって最も重要なアイテムだ。先日、森の中で数十個を採取出来たが、それ以降中々見つからない。しかし今、必要量のキノコさえ用意することが出来れば人類滅亡はもう少し先延ばしできるはずなのだ。

 しかし、川端君は「緊急事態は知っとるが、キノコじゃなか」と首を振り、代わりに手のひらに乗せたカラフルな球をエルヴィンに見せる。

「これは……?」

「妖精じゃ」

「ふざけてるんですか?」

「違うわ! 妖精ちゅーんは言わば生きたデタラメやけん。この壁内で起きとった訳わからん現象の大部分はこいつらが原因で間違いなかと!」

 デタラメ、という言葉に反応したエルヴィンが川端君の手のひらの球を凝視するが、それはどう見てもただのカラフルな球だった。

「デタラメ? この小さなボールが? これがワイズマンの言う未知の技術の持ち主だと言うのか?」

 川端くんから受け取った球体を摘みあげてあちこちの方向から見回しても球は何の変哲も無い球のままだ。

「団長!! エルヴィン団長は居られますか!?」

 呆気なく手のひらで転がされる未知の技術の正体に、にわかには信じられずにいると、ばたばたと五人の少年少女がエルヴィンの部屋に駆け込んでくる。

「慌ててどうしたんだ? そこの三人は訓練兵だな? 招集命令がかかっているはずだ。何故ここに居る?」

 息を切らせて心臓を捧げる敬礼をした五人のうち、一人の少年は調査兵団アイドル部隊、アルミン・アルレルト本人と、シガン☆しなのマネージャー、ジャン・キルシュタインだ。そしてその横に並ぶのは、三人の訓練兵団の少女たち。

「団長! それどころではありまえん!! 今の危機的状況を脱する唯一の方法が見つかりました!!」

「何だと!?」

 アルミンの進言にエルヴィンの視線に鋭さが増す。

「突然押しかけて申し訳ありません!! ですが、まずはこの本を読んでください」

 すると、一番小さな金髪の少女が手のひらを広げて目の前に見せた。そこには、川端くんが持ってきたものと同じカラフルな球と一緒に『妖精さんマニュアル』と書かれた豆本が乗っていた。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 その頃、調査兵団はウォールローゼ南部、及びトロスト区へ向かって馬に乗って駆けていた。

 行く途中の道には多くの兵士と共にウォールシーナへ向かって逃げ行く人々の長い列がのろのろと進んでいる。

「急げ急げ!! 早くしないと巨人面魚が来ちまうぞ!!」

 いくら民間人たちに呼びかけても、既に必死で逃げている人々は息を切らせるだけで一向にスピードは上がらない。その時、遠くの方で悲鳴が聞こえた。

「うわぁぁぁぁ!! 巨人面魚がそこまで来てるぞ!! 奇行種だ!!」

 人々が一斉に散り始めると、ローゼの壁側から猛スピードで突っ込んでくる巨大な影。

 手足の生えた十メートル級の巨人面魚が囮として立ちはだかった目の前の兵士には目もくれず、一直線に民間人に向かって魚雷のようにすっ飛んで行く姿。次々と悲鳴が上がり、後ろからは立体起動を装着した駐屯兵団が追いすがるのだが、巨人面魚の走るスピードが速すぎて馬の脚では間に合わない。

「ダメか!!」

 あと少しであの巨体が人の群れに到達するというその時、空中を一陣の黒い風が駆け抜けた。

 瞬間、煙を噴き上げながら崩れ落ちる巨人面魚。

「リヴァイ兵長!!」

「テメェら、無事か? 壁の方はどうなってる!?」

 巨人面魚の血を払い、ブレードを仕舞うリヴァイがなんとか追いついてきた駐屯兵に尋ねると、まだ年の若い二人の兵士は今にも泣きだしそうに敬礼する。

「はっ!! 現在、我々と共に人魚達が海で応戦しています!! が、壁の向こうから登ってくる巨人面魚の数があまりにも多すぎます!! 前線が崩壊するのは、もはや時間の問題です!!」

「それから、最初はノロマだった巨人面魚が、徐々に速くなってきてます!! 普通の巨人にも見られるような奇行種が増えている他、舌が伸びる個体や大きく飛び跳ねる個体、壁や家屋等の側面にくっついて走る個体が数体見受けられます!! それら奇行種の場合、この場に押し留めるのはもはや不可能です!!」

「巨人面魚が少しずつカエル化していってるってか? とんでもねぇな」

 舌打ちするリヴァイに、後ろに追いついた調査兵団の面々どよめいた。が、一人だけハンジ・ゾエが興奮したようにリヴァイの服を引っ張った。

「すごい、凄いよ巨人面魚!! リヴァイ、速く行こう!! カエル型巨人を見てみたい! トロスト区はもう少しだ!」

「テメェは少し黙ってろクソメガネ!!」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 大部分の調査兵団がトロスト区に向かう中、エレンは数名の調査兵団、駐屯兵団と共にウォールローゼ南部付近の村で避難誘導を行っていた。

 そこはまだ巨人面魚に襲来されていないが、それでもローゼが突破された今、全ての人間を一度シーナへ避難させねばならないのだ。が。

「わぁ!! えれえれだー!!」

「写真と同じなのね!! 素敵!! かっこいいわ」

「皆さん急いでウォールシーナに向かってください!! ここはもうすぐ巨人面魚が襲来する恐れがあります!!」

「えれえれ、握手してください!!」

「後でいくらでも握手しますから!! お願いですから早く移動してください!!」

「「「「はーい!!」」」」

 エレンは己の人気っぷりを侮っていた。

 つい先ほどまでは百年の安寧時代よりも更に一層平和だった壁内。そこに知らない者は誰もいない大人気アイドルユニット『シガン☆しな』の一人エレン・イェーガーが間近に居るとあっては、そちらの方に意識が集中してしまってちっとも避難がはかどらないのだ。

 特に危機意識の鈍りまくった若い娘さん方やミーハーな奥様はエレンを取り囲んだまま、巌のように動かない。

「やっぱり、すげぇ人気だな。エレンの奴」

「そりゃまぁ、大人気アイドルの一人だしな。しょうがないだろ」

「だが、このままじゃ避難がすすまねぇよ」

「んじゃ助け舟でも出すか……。おーいエレン!! そっちは良いからちょっと上から周囲を見て来てくれ!! 巨人面魚が来てないかどうか!!」

「解りました!!」

 遠巻きに見ていた調査兵団の一人がエレンに声をかける。と、大ブーイングが起きる人垣の中を掻き分けて、エレンが村の外の森へ走った。

 ついて来ようとするファンは他の調査兵団や駐屯兵団に抑えられたので、エレンさえ見えなくなれば無事に避難してくれるだろう。

 上から周囲を見回すため、立体機動を展開して木々が乱立する場所へ一人アンカーを飛ばす。

 プシュゥとガスが吹く音がして地上数十メートルへ駆けあがった瞬間、前方から口だけがやたらと大きな巨人面魚が樹上に立ったエレンを足場の枝ごと飲み込んだ。

 あっという間の出来事だった。

「ゲゴ」

 森の向こう側から物凄い跳躍力で飛んで来てエレンを飲んだ巨人面魚は一声低く鳴くと、再び物凄い跳躍力でどこかへ飛び去った。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

「ライナー。本当にやるのか?」

「ああ。これだけ壁内が混乱している、今がチャンスだろう? ベルトルト」

 混迷を極めるトロスト区。

 無数の巨人面魚がうごめき、大混乱が起きているその場所で召集をかけられた訓練兵は逃げ遅れた民間人を逃すために戦っていた。

 大半の訓練兵は巨人面魚の胃袋に消え、残った者もガスの補給が間に合わず立ち往生する中で、敵である巨人面魚は海から次々と壁を乗り越えその勢力を増していた。おまけにそれぞれの個体も少しずつ変化しているのである。あるものは体長の半分もある舌を伸ばし、あるものは塔一つを軽々飛び越える跳躍力を持ち、あるものはヒトのような手足に吸盤を備えて縦横無尽に壁を這いまわる。

 まるで巨大なカエルのような巨人面魚を相手に、訓練兵ならずともベテランの兵士でさえも明らかに数を減らしていた。

 兵士だけでなく、民間人にも犠牲が出始めたそんな中、ライナー・ブラウン及びベルトルト・フーバーは半壊した家の陰に隠れて何事かを話し合っていた。ちなみに、アニはその場に居ない。彼女は憲兵団へ行ったので、内地の方で任務をこなしているのであろう。

「……でも、ライナー。本当に良いのかい? 外は海なんだよ? ここでやった場合、最悪、僕らは故郷に帰れなくなる可能性もあるんだよ?」

 不安そうなベルトルトの言葉に、しかし固い表情のライナーは静かに頷いた。

「それでもだ。だが、帰れなくなるのではない。故郷へ帰るために俺達がやるしかないんだ!」

 覚悟を決めた男の表情に、ベルトルトは唇を噛んで頷いた。

 

 

 ☆  ☆  ☆

 

 

 調査兵団本部。

 ルーペを翳し、ミニマムサイズの妖精さんマニュアルを読んだエルヴィンは頭を抱えたい気持ちで一杯だった。

 長年兵士をやってきた。調査兵団団長となり、人類の知識の及ばない巨人を相手に命がけで戦い続け、多少なりとも不可思議には耐性がついていたはずだが、ここまでワケが解らないのは初めてである。

「つまり、妖精がその場に居れば居るほどトラブルは増えるが死者は居なくなる……という訳だな?」

 絞り出す様に尋ねると、真っ先に頷いたのは一番小さな少女ことクリスタだ。

「はい。そしてワケの解らない事態も爆発的に増えます。とんでもない事件やトラブルもわんさか増えます。けど、死者は確実に減ります。これだけは、確かです」

「わ、私も証人になります!! あの壁内にばらまかれた食糧……妖精社の食糧は、全部妖精さんがやったことだと思うんです!!」

「この壁内にゃ人魚も河童も巨人も人面魚もわんさか居るんだからよ、妖精くらい居たっておかしくないだろ? 大体、壁外が海になったこと自体がそもそもデタラメなんだ。頼むからクリスタを信じてやってくれよ!」

 クリスタに続いてサシャ・ブラウスが証言し、普段はクールなユミルも必死で言明している。

「エルヴィン、こいつらの話は、あのキノコと種類が似とらんか? デタラメだが人が死なんっちゅーのは俺も本当やと思うたい。どの道ここで足踏みしとっても人類は破滅やけん。信じてみたらどげんか?」

 エルヴィンの隣に立った川端くんがボソリと言うと、しばし考えていたエルヴィンは肩の力を抜いて、それはそれは長い溜息を吐いた。

「解った。君たちの言う事を信用しよう」

 ほっと安心したような表情をする五人組。しかし、信用を得た程度で安心している暇はない。

「で、クリスタ、どうやって妖精を増やすんだ?」

 ジャンが尋ねると、クリスタはにこやかに言う。

「甘い物と、楽しい事です。この二つさえあれば、妖精さんは爆発的な大増殖を起こします!」

 瞬間、場の空気が凍った。

「……甘味はともかく、クリスタ。壁内は今、絶望の一色で染まってるぞ?」

「あー……でも、えっと楽しくなくても甘味だけでも何とか……多分……?」

 ジャンの一言で、周囲の全員が意気消沈するが、何かを思い出したようにアルミンが顔を上げる。

「まってジャン。この絶望感って本当に壁内中に広がってるの!?」

「はぁ? 何言ってるんだよアルミン。そんなの当たり前だろ?」

「本当に? 今日の今日起こった事件のことが、中央の貴族街にも広がってると思う? あの巨人を見たことが無い人たちまで本気で絶望していると思う?」

「なっ……そりゃまぁ、……そうだな。平和ボケした今の貴族街なら、噂は流れててもまだ緊迫感はねぇ……かもしれん。けどなぁ」

 困り顔のジャンに、アルミンは手を叩いて提案する。

「シガン☆しな、ゲリラライブをやろう!! それで会場は大盛り上がりのはずだ!」

「はぁ!? 何言ってるんだ!? やるにしたってどこでだよ? シーナの地下街か!? あそこに人を集めるには時間がかかるぞ!?」

 アルミンの意見に驚くジャンだが、アルミンは噛みつくようにマネージャーのジャンに訴える。

「だってもう、これしか無いだろ!? この絶望の中で楽しい事なんて、僕にはこれしか思いつかないんだよ!」

「ちょっと待て。私に良い考えがある」

 アルミンの意見を吟味するようにしばし考えていたエルヴィンはすぐさま地図を引っ張り出して机の上に広げ、壁内の中央、貴族街の公園と思しき場所を指差した。

「ここに、憲兵団が立てた壁内戦隊ケンペイダン専用の舞台が一つあったはずだ。音響設備も整っていたと思う。私の引き出しの中にはいくつか音楽班が残した音源のCDもあるから持って行くと良い。そして、ここの舞台の傍には憲兵団の本部があるはずだ。そこに厨房も、おそらく砂糖もある程度はあるだろう。使用許可は……私のサインと書簡を持って行けばどうにかなるはずだ」

 そこまで言ったエルヴィンは、ゆっくりとアルミンに視線を移す。

「だが、シガン☆しなメンバーは今、うさミン。君しか居ない。本当に出来るか?」

「アルミン、本当に出来るのか!? お前一人で本気で成功すると思うのか!?」

「アルミン……」

「どうでしょうか? アルミン!!」

 エルヴィン、ジャン、クリスタ、サシャやユミル、川端くんからもじっと確かめるように、懇願するような視線を送られたアルミンは額から大粒の汗を一筋垂らし、息を吸うと大きく頷いた。

「僕を誰だと思ってるんですか? 壁内で知らない者は誰も居ない。トップアイドルユニット、シガン☆しなの一番人気アイドルのうさミンですよ!? どんな状況でも必ずや、マイク一本で会場をどっかんどっかん盛り上げられるに決まってます!!」

 

 

 

 


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