人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。(完結)   作:ダブルパン

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キノコと河童とむろみさん

 それは壁外調査の前日の事。

 背中にカゴを担いだむろみさんが、珍しく貯水池に訪ねてきたのだった。

「へいへい皆おるー?」

 上機嫌に片手を上げて近づいてくるむろみさん。そこに居たのは翌日の壁外調査に備えてイルカの騎乗訓練をしていたリヴァイ班とハンジ班だった。

「あれ、むろみさん珍しいね。ここに来るなんて」

「リヴァイとエルヴィンは居ないけど、どうしたの?」

「うん。明日海に出るって聞いたけん。景気付けにえぇもん持ってきたと」

 そこで「どっこらせ」と呟きながらむろみさんが背中に背負ったカゴを下ろす。その中に入っていたのはカゴ一杯のキノコだった。

「何これ。キノコ?」

「わー。見たことないキノコじゃん。なにこれ食べれるの?」

「どうしたどうした? むろみさんが何か良い物持ってきてくれたのか?」

 それまでイルカに乗っていた面々も集まってきて、むろみさんの持ってきたキノコを覗き込む。緑地に白い斑点のついた何とも言えない微妙なキノコだ。

「これ、毒じゃねぇの?」

 キノコを見て訝しげな顔をした兵士にむろみさんがぱたぱたと手を振って笑った。

「いや、それがくさ毒っぽい外見とは裏腹にちかっぱ美味かったけん。毒もなさそーやし、食べると景気の良い音がしよるし、これは出発前に皆で景気付けせんとと思って持ってきたと」

「マジでか。そりゃ面白いな」

「んじゃ焼いて食うか。誰か魚醤持ってるか? キノコにかけたら美味いだろ」

「俺、マイ魚醤持ってるぞ」

「アタシ七輪持ってるけんこれで焼こう!」

「あ、じゃあ私が火を起こしますね!!」

 じゅうじゅうじゅうじゅう。

「おお、これは美味い!!」

「変な言い回しになるが、何か自分が一人増えそうな味だな」

「今頭の中でぴろりろりろんってなったぞ!? 何だこりゃ面白れぇ!!」

「目を瞑ると×1って見えるんですけど、何ですかねこれ?」

「さぁな。それにしても美味いキノコだな。もう一個食べていいか?」

「おいしー!! あ、×2に増えた」

「よかよか! どんどん食いー!」

 そうして、むろみさんが持ってきたキノコで束の間の焼きキノコパーティーが始まった。

 謎のキノコはあっという間に無くなってしまった。その上、別に取り分けておいたはずのリヴァイとエルヴィンの分まで間違ってむろみさんが焼いてしまったので、戻ってきた二人には皆で内緒にしておくことにしたのだった。

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

「そんなわけで、私たちは確かに巨人面魚に食われて死んだ。でも気が付いたら兵舎裏のゴミ箱から出てきたんだよね。すぽーんと」

 手を広げて飛び出すジェスチャーをするハンジ。ゴミ箱というのは、調査兵団本部の裏に設置された共同ゴミ箱の事だろう。纏めて燃やす為、兵舎内のゴミを一時的に貯めておく物なので結構大きいのだ。

「最初はあの世かと思ったんですけど、すぐ兵舎の裏って解って驚きましたよ」

「皆で怪我が無いか確認してから慌てて壁まで戻ったんですけど、そしたら団長達が帰還して戻ってくる途中だったんですよね」

「済みません!! 早く声をかけようと思ったんですけど、何か気まずくて声をかけられなかったんです!!」

「……それで黙って後ろからついて来ていたと……」

 死んだはずの仲間が何か生きてた。

 それはとても喜ばしい事なのだが、何故だか釈然としない雰囲気が室内を満たしていた。

「ちょっと待て。つまり、その謎のキノコを食ったせいで一度死んでも生き返ったとお前らは言いたいんだな? しかも裏のゴミ箱から」

 片手で頭を抑えているリヴァイに生き返ったメンバーが頷いた。眉間に皺を寄せたレアな表情はおそらく、歴戦の兵士長と言えどもこの状況には心底困惑しているせいだろう。

「まぁ共通点から考えて、多分そういうことですね」

「あと巨人面魚に食われた時GAME OVERとか見えたよな」

「あ、私も見たよ。死んだと思ったすぐ後に。あと変わったことと言えば目を瞑ると見える数字が一つ減ったくらいかな?」

 生き返ったメンバーが口々にその時の状況を話すと、黙って聞いていたエルヴィンは数度頷いて、椅子に座っているむろみさんに視線を向けた。

「なるほど。むろみさん。その時持ってきたキノコはまだ残っているのかい?」

「うん。ただ、エルヴィンに言われて今朝もう一回森に行ったっちゃけど、もう一本しか生えとらんかったい」

 むろみさんが人を復活させるという謎の緑色のキノコを机に乗せる。全員の注目を浴びるキノコは、ちょっと毒っぽい外見をしているがどこからどう見ても普通のキノコだった。

「ねぇ、むろみさん達は長生きしてるんでしょ? 今までにこういう状況の事例とか無いの?」

 ハンジが机から身を乗り出して聞くと、むろみさんは顔の前で手を振った。

「いんや、流石にアタシも初耳やけん。普通、食われたモンが生き返るはずなかと」

「俺もそげん事例は聞いたことがなか。普通はそれが自然の摂理っちゅーもんたい」

 むろみさんの隣に座っていた人物も同意するように厳かに頷いた。

 だよなーと全員が同意する中で、困惑した顔のペトラがおずおずと手を上げる。

「あのー。皆さん、お話合いの最中ですが質問良いですか?」

「何ねペトちゃん」

「そちらの緑色の方はどなたでしょうか?」

 全員の視線がむろみさんの隣に座る、緑色の亀とも人とも言えない人物に寄せられると、エルヴィンが真っ先に緑色の彼に手を向けて紹介する。

「彼は河童の川端さんだ。不思議な植物や薬草の権威だそうで、私がむろみさんに頼んで来てもらったんだ」

「人間は好かんがむろみから変なキノコがある言われたけん。興味があって見に来ただけたい」

「こうは言ってるけど、川端君は博識で良い人やけん。怖がらんでもよかよ」

「はぁ……私はペトラ・ラルです。よろしくお願いします」

「んむ」

「まぁ、それぞれ自己紹介は後にして、川端さん。まずはこの復活キノコのことについて調べてもらいたい。出来れば早い方が良いんですが、できますか?」

「そら、調べてみんことには何とも言えん。人が生き返るキノコなんぞ俺も初見やからな」

「ご希望があればこちらでも出来る限り支援しますので、遠慮なく言ってください。あと、このことはくれぐれもご内密に……」

「ああ。解っとるけん、心配すな」

 エルヴィンからキノコを手渡される川端くん。まったく動じずに当たり前のように川端くんに話しかける団長は、もはや流石としか言えない。この団長殿は使えるものは異生物でも使うらしい。

「もしかしたら壁内の謎の食糧流入とかとも関係があるかもしれないね」

 ハンジがぽつりと呟くように言うと、隣に居たケイジが反応する。

「ああ、あの妖精社のですか? まだ工場が見つからないんでしたっけ?」

「でも妖精社のおかげで壁内の食糧不足が解消されてるんだろ? 誰がやってるんだか解らんが、俺は有難いと思うけどな」

「妖精やと!?」

 彼らの話を聞いていたのか、ぎんっ、と川端君の鋭い眼光がハンジ達に向けられる。普通の人なら思わず体が竦むほどの鋭い声だ。

「何ね川端くん。いきなりおらびよって」

「何か解るんですか!?」

 驚いたようにエルヴィンとむろみさんに尋ねられ、しかし、川端くんはすぐに考え直したようにクチバシに指を当てると緩く首を振った。

「む……んにゃ……何でも無か。まだ断言は出来んけん」

「おい、河童。煮え切らねぇこと言ってねぇではっきりしろ」

 常識の範囲外の出来事が続いたせいかリヴァイが苛立ち交じりに言うと、川端くんが睨んだ。河童と人類最強の睨み合いという何だか異様な光景に全員が固唾を飲んで見守っていた。が、先に肩の力を抜いたのは川端くんの方だった。

「ふむ、俺にも妖精の事はよー解らん。ただ、奴らが原因なら妙な事は起きても人死にはせんたい」

「何だそりゃ」

 手に持った緑色のキノコを見つめながら、博識な河童は呟いた。

「世界は不思議に満ちてるけん。それしか言えん」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 歌の練習を終えたシガン☆しなことエレン、ミカサ、アルミンは壁の中の人類で初めて海に出て、初めて帰って来た調査兵団のメンバーに挨拶をするべく廊下を歩いていた。

 アイドル部隊はコンサートを控えた重要な時期であるため、みだりに外出は出来ない。その為、帰還パレードの時に三人は街へ調査兵たちを迎えに出られなかったのだ。

「なぁ、海を泳ぐってどんな感じだったのかな?」

「僕にも解らないけど、きっと泳ぐことは気持ち良かったんじゃないかな」

「良いなぁー俺もイルカに乗って海に出てみたいけど……そうだ、むろみさんに頼めば乗せてくれるかな?」

「エレン、一人で海に出たらダメだからね」

「ンなこと解ってるよ!!」

 三人が本部の会議室の前まで来ると、突然ドアが開かれ中から緑色の河童こと川端くんが出てきた。

「あっ」

 危うくアルミンがぶつかりそうになると、川端くんは「おっと」と言いながら両手で紳士的に受け止める。

「すまんな。怪我は無かか?」

 人魚とはまた違う見知らぬ異生物にアルミンが首だけコクコク動かすと川端くんは「そか。次から気をつけな」と言いながら去って行った。

「今のは一体……」

「また人間じゃない生き物かよ……まぁ、むろみさんとかでもう慣れたけどさ。……ってミカサ?」

 何と、あのミカサがエレンの背後に隠れて震えていたのだ。ありえない。という表情を二人がすると、ぷるぷると子ウサギのように震えていたミカサがそっと顔を上げる。

「奴はもう行った?」

「ああ。だけど、どうしたんだお前。顔色悪いぞ」

 心配そうにエレンが尋ねると、ミカサはガバっと二人の肩を掴んだ。

「エレン、アルミン。今度あの生き物を見かけたらすぐに逃げたほうが良い。絶対に」

「何で? 凄く紳士的な人だったのに」

「ダメ。奴は河童。何でここにいるのか解らないけど、あれは川の妖怪。気を抜いたら尻子玉を抜かれる」

「しりこだま……?」

 目を据わらせて言うミカサに二人が首をかしげると、ミカサは更に力説を始めた。

「そう。小さい頃、一人で川で遊んでて叱られた時、お母さんに言われた」

 それはエレンに会うよりも前の小さい頃の話。ある夏の日、あまりの暑さに耐えかねて、ミカサはダメだと言われていたにも関わらず一人で川に行って遊んだのだった。

 家に帰ってから一人で川遊びをしていたことがバレたミカサは真剣に母親に怒られた。

『いい、ミカサ。川は水の流れが危ないだけじゃないの。川には河童っていう妖怪がいてね、一人で川なんかで遊んだらお尻に手を突っ込まれて尻子玉を抜かれちゃうのよ!?』

『しりこだまって何?』

『魂みたいなものよ。一人で川なんて……お母さん、ミカサが河童に浚われて尻子玉抜かれ無いか凄く心配するんだから!! 今度から絶対一人で川で遊んじゃダメよ!!』

『お母さん、心配させてごめんなさい』

 そういう事があったらしい。

「それから私は言いつけを守って一人で川には行かないことにした。河童は妖怪だから武器はきかない。だからエレンとアルミンも絶対河童に近づいちゃダメ。どうしても会うときはお尻を押さえて尻子玉を抜かれないようにして」

「わ、解ったよ」

「じゃあ、皆にも言った方が良いのかな?」

「うん。言った方が良い。出来れば調査兵団の全員に知らせるようにしなくちゃ」

 

 

 ☆   ☆   ☆

 

 

 後日

 

 

「済まんが、エルヴィンがどこにおるか解るか?」

 兵舎に来ていた川端くんが兵士の一人に尋ねると、彼は飛び上がらんばかりに驚いて自分の尻を押さえる。

「はい! 右奥の部屋におりました!」

「そうか。すまんの」

 見れば先ほどからすれ違うたび男女問わず兵士が尻を押さえたり内股になったりしているのは気のせいか。

 その時、向かいからリヴァイ兵士長がやってきた。

「よう。相変わらず機嫌悪げな顔だな」

 普段は声なんてかけないのだが、気まぐれに話しかけるとリヴァイは驚いた顔をして素早く手近な壁に背中を押し付けた。

「俺の後ろに立つんじゃねぇ!!」

 気分の悪い奴だなと思いながらエルヴィンが居るらしい部屋のドアを開ける。

「すまんの、邪魔する」

 室内に立っていたエルヴィンと目が合うと、その足がきゅっと内股になった。

 

 

 

 その後、すぐに誤解は解けたが、何人かは今でも川端くんと会うたびに尻が竦むそうな。

 

 

 

 今日も人類は壁の中。

 

 

 

 

 




ミカサは東洋人だから、きっと河童のことを知っているはず。
しかし川端君は尻子玉を抜いたことがあるのだろうか?

キノコの元ネタは「人類は衰退しました」原作小説か、ニコ動にあるの「妖精さんのいちにちいちじかん」をご参照ください。

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