人類は壁の向こうに衰退しましたが、人魚はよく釣れます。(完結) 作:ダブルパン
調査兵団本部の一室で、それは行われていた。
「みかりんでーす♪」
「えれえれです」
「うっさミーン☆」
『三人合わせて、シガン☆しなでーす♪』
「シガンしなでーす」
簡易ステージの上でミカサ、エレン、アルミンの三人が声を合わせてそれぞれの決めポーズを取る。
観客の代わりに見ていたのはこれから活躍するアイドル部隊の為に、全くの分野外である歌を作り衣装を作りダンスとポーズを考えてくれた調査兵団の面々だ。決して少なくない数の団員たちが簡易ステージを取り囲む中、丁度舞台の真正面に置かれた椅子には難しい顔をした団長のエルヴィン・スミスと兵士長のリヴァイが並んで坐っていた。
「おいエレン、テメェもうちょっとちゃんとやれよ!!」
賓客席後方からジャンがすっ飛んできて激を飛ばすと、ステージでマイクを掴んだままのエレンがジャンを睨む。
「はぁ!? ちゃんとやってるだろ!? 何でジャンにンなこと言われなきゃならねーんだよ!!」
「マネージャーの俺が!! 仕方なくお前らの動作のチェックしてるからだろ!? 指示通りにやれよ!!」
「だからやってんだろ!?」
「それでやってるつもりなら今頃はその辺の野良犬でも大人気アイドルだアホ!!」
「エレン、だめ。落ち着いて」
「そうだよエレン。今はステージのつもりなんだよ? お客さんと喧嘩したらダメだよ!」
ミカサとアルミンに制止されても二人の睨みあいは終わらない。売り言葉に買い言葉。訓練兵団に居た頃のように喧嘩に発展しかけたその時、それまで沈黙を貫いていたリヴァイが動いた。
「おい、エレンよ」
声をかけられた瞬間にエレンの体が硬直し、直立不動になる。アイドル部隊への就任初日に態度の悪さから(言葉と体の暴力による)躾をされて以降、エレンはリヴァイ兵長を恐れているのだった。
「何でしょうか!? リヴァイ兵長!?」
「テメェには足りないモンがある。アッカーマン、アルレルトにあってテメェには無いもんだ。解るか?」
「……解りません」
静かなリヴァイの口調に問われ、エレンは悔しそうに俯いた。
「やっぱりな。良く聞け。テメェに足りないものはな……」
不機嫌そうなリヴァイに、その場にいた全員の注目が集まった。まさかあの娯楽とは無縁そうな兵士長がこんな芸事に詳しいことがあるのだろうか?
「きゃるん☆ だ」
((きゃるん!?))
「いや、リヴァイ。私はきゅぴるーん♪ が足りないと思うのだが」
((きゅぴるーん!?))
「違うぞエルヴィン。奴に足りないのはきゃるん☆ だ」
壁外調査に挑む時のような真剣な表情で交わされるような会話ではない気がするが、周囲には頷く者が少なからずいた。
「まぁ、確かにうさミンと比べると可愛げ? って奴は足りないかもな」
「うーん、可愛さはとにかく、覇気というか、オーラもみかりんと比べちゃうとどうにもね。薄いっていうのかな? 存在感がちょっとねー」
「存在感かぁ……どうしよう。もうちょっとキツい色で衣装作ってみようか?」
「いや、あまり派手な衣装にしても、キャラクターが服に負けたら意味がねぇよ」
「えれえれだけダンスにもう少し動きの激しい動作を加えるとかどうだ?」
「それだとかえってバランスが悪くなりそうだな」
調査兵団の分隊長クラスを含めたメンバーが集まり、口々にエレンの足りない物を補うため解決案を話し合い出した。様々な意見が出るも、これという決定打が中々出ないその時、エルヴィンが数度手を叩く。すると、それまでの喧騒がすーっと収まり全員がエルヴィンの方に向き直る。
「我々調査兵団がアイドル部隊が設立されたすぐ後、確か各兵団もそれぞれに広報部隊を立ち上げたと聞いた。チーフプロデューサーはゲルガーだったな。何か情報はあるか?」
「はっ。手元に入った情報によりますと駐屯兵団はリコ・プレツェンスカを筆頭とした女性兵士を中心に駐屯兵団広報隊を立ち上げた模様。ダンスよりも歌唱に特化させ、大人を対象として各町の酒場で講演しているという報告があります。憲兵団は女性士官そのものが少ないためか、歌やダンスではなく『壁内戦隊ケンペイダン』という仮想ヒーロー部隊を立ち上げ、主に子供を対象にした小劇を定期的に各主要都市で開いている模様。いずれも立ち上げたばかりで現状のシガン☆しな人気に比べればまだまだお粗末な物ですが、着実にファン層は増えてます。今のところは上手く棲み分けられておりますが場合によっては、我がアイドル部隊の脅威となる可能性が高いかと」
ゲルガーの報告を聞いたエルヴィンは静かに頷くと周囲を見回した。
「うむ。皆、よく聞いてくれ。敵勢力が着実に増えているがまだまだ恐れることは無いだろう。しかし、その現状で甘んじていればそれこそ転落の一途を辿ることになるのは確実だ。そこで、さらなる差をつけるべく我が調査兵団アイドル部隊、シガン☆しなの記念すべき第一回大規模ライブの日程が決まった。壁外調査の一週間後だ」
周囲が一斉にどよめいた。
壁外調査の一週間後だって? あっという間じゃないか。このままでは間に合わない。衣装もまだ仮決定なのに! そんな悲痛な声が部屋の中を満たした時、リヴァイが声を張り上げた。
「うろたえるな!! 安心しろ。俺が見た限りだと全員が本気を出しゃそれくらいにゃあ何とかなってるはずだ。……ただし、コイツだけは別だがな」
リヴァイが指をさした先……エレンに全員の視線が集まる。
部屋中から不安そうな視線を向けられたエレンは、唇を噛んで周囲を見返した。
「エレン。ここでテメェが駆逐するのは巨人じゃねぇ。観客の財布だ。解ってるな?」
「…………」
「よ、よーし。じゃあ皆、少し休憩しよう!! こんな時こそ休まねぇと煮詰まっちまう。午後は音楽班の練習から入るぞ! 楽譜を忘れるなよ!」
エレンが何も言えずに黙る中、気を利かせたゲルガーが休憩を宣言すると団員たちはそれぞれが三々五々に散っていく。全員が部屋の隅や外に移動し音楽班がギターやドラム、ベース等の楽器の調整をし始めると、俯いたエレンは走って部屋から出て行ってしまった。
「あ、エレン、待って!」
「二人とも、どこに行くの!?」
ミカサがエレンを追いかけて部屋を出て行き、アルミンもそんな二人を追いかけようとした時、誰かがアルミンの腕を握って引き止めた。
振り返ると、そこにはジャンの姿があった。
「おいアルミン。お前は残れ。悪いけどお前は別でソロ曲の練習があるんだよ」
「そんな……だってミカサとエレンが!!」
心配そうに二人が出て行ってしまった扉を見るアルミンに、ジャンは呆れたようなため息をついた。
「いいから。あのバカのことはミカサに任せとけ。多分、なんとかなるだろ。ムカつくけどな」
☆ ☆ ☆
部屋を飛び出したエレンは、まっすぐに壁の上に来ていた。
何故壁の上なのかと言うと、すっかり有名になったエレンが街に行ってしまうとすぐにその場に人だかりができてしまうからだ。エレン達アイドルにとってファンの存在はとても有難いけれど、こんな気持ちの今だけはファンの相手をしたくなかった。
また、一般人を相手にする場合、対応の仕方もそれなりに考えなければならない決まりだが、壁の上ならば兵士しか居ないので気が楽なのだ。うさミンレベルになると話は別だが、彼らはエレンのことをアイドルというよりも、うさミンと一緒に歌って踊っている兵士くらいにしか見ていない者が多いから。
「エレン、待って」
「ついてくんなよ」
壁の上を当ても無く歩くこと数分、やっとエレンに追いついたミカサだが、エレンはちらりとも振り返らない。
「エレン、皆はエレンの隠れた良さが解らないだけ。大丈夫。もう少し練習すればきっとすぐにエレンの良さが出て皆解ってくれる」
その時、エレンの歩みが止まった。
「なぁミカサ。俺達、何のために調査兵団に入ったんだっけ?」
「エレン……」
エレンが海を見ながらぼやいた。
「俺は、母さんを食った巨人どもを駆逐するために調査兵団を選んだはずだ。なのに、どうしてこうなった? なんで俺達はアイドルなんてやってるんだ?」
訳が分からないと言いたげなエレンの言葉に、ミカサはほんの少し俯いた。
「それは、壁外が突然海になったから。巨人が魚になったのと、今の調査兵団にお金が無いから。だから、仕方ない。それでも皆、自分の役目を考えて必死で頑張ってる。私も、エレンも。それから、アルミンも」
「そんなこと解ってるよ!!」
ミカサの正論に、エレンが大声で怒鳴る。が、その声と握られた拳にはどこかやるせなさが感じられた。
「そんなの……本当は俺だって解ってるんだ……」
「エレン……」
「青春っちゃねぇ……」
振り返ると、むろみさんがワンカップ片手に紙袋一杯に用意した笹かまを七輪で焼いていた。
「むろみさん。何してるの?」
「うん? トロスト区に新しく笹かま屋が出来たけん。見晴し良い所で食べようと思ったと。お二人さんもいかが?」
棒に刺さった焼き立ての笹かまを手渡されると、ふわりと香ばしい匂いがした。
ぱくり、と一口齧るとふわりと広がる魚のすり身の仄かな甘み。
「あ、おいしい」
「そーやろ? ちくわも作ってるけん今度行ってみ。で、何なん? 何か悩み事? おーっし人生経験豊富なお姉さんに言ってみ?」
「どうせ、むろみさんには解らないからいいよ」
「うん、実はね……」
エレンがふてくされたように笹かまぼこを食むが、隣に居たミカサは素直にむろみさんに打ち明けた。
☆ ☆ ☆
「ふぅん。つまり、その足りない何かが解ればえぇってことっちゃね」
「多分……でも、何が足りないのか解らないの。私は十分エレンは可愛いと思うんだけど」
「あぁ、ミカサちゃんがエレン君ラブなのは解っとるけん」
「大体、兵長も団長もきゃるんだとかきゅぴるんだとか、わけわかんねーんだよな」
エレンとミカサが何本目かの笹かまを食べていると、むろみさんが顎に指を添えて唸った。
「うーん。確かにうさミン君は萌え萌えやし、いえちーに似たあざとかわいさがあるけん人気出るんは解るたい。みかりんは……」
そこでむろみさんは腹筋バキバキアイドルみかりんを思い浮かべる。女子プロレスラー顔負けの覇気とは裏腹な澄んだ歌声とキレのあるダンスはすべてを魅了するに相応しいが、人気の元は何かと言うと……。
「まぁ……ギャップ萌え?」
「じゃあ、エレンに足りないのは萌え?」
「萌えってなんだよ」
「そういえば、うさミンは兎の耳をつけている。とても可愛いと思う。あれは萌え?」
「おい、聞けよ」
「うーん、方向性は悪くないと思うたい。んでも、プリチー系な萌えならうさミンには敵わんけん。まずはキャラの方向性を模索せんと」
そこでむろみさんは片手に持ったワンカップの中身を飲み干し、笹かまを一口で食べてから腕を枕にその場に寝そべった。まるでおっさんである。
「……方向性ってなんだよ」
むっしむっしとかまぼこを齧るエレンが何度目かの問いかけをすると、何かを考えているようだったミカサが指を立てた。
「一言で表せる人物特性とか?」
「そう! さっきの例やとね、うさミンなら萌え、みかりんはギャップ。リヴァイなら人類最強のチビとか。ハンジは巨人馬鹿。ジャンは……馬面とか? そんな感じなんちゃう!?」
「そんなモンなのかな。うーん……じゃあ、俺は一言でいうと何だろ? ……ミカサ?」
本気で悩みだしたエレンを見て、ミカサははっとした表情でエレンとむろみさんを見ている。そういえば、やっとエレンの特性を思い出した。
「死に急ぎ野郎!! そうだ。訓練兵の時、エレンは死に急ぎ野郎だった!!」
「つまり、熱血と!?」
「そう、熱血死に急ぎ野郎!! 食堂で、熱い演説もした!」
「あ、あれはジャンの野郎が突っかかって来たからで、演説したわけじゃねぇよ!!」
エレンが慌てて撤回させようとするが、盛り上がる彼女たちはまるで聞いちゃいない。
「やったやん! これで方向性が見えてきたと!」
「うん。もしかしたら、何とかなるかも」
「な、何だよ。死に急ぎ野郎の何が方向性と関係があるんだよ?」
「そしたらね、いい? まずはね……」
「うん。……うん。つまり、熱血ヒートハートを全面に押し出す?」
「そうそう、そんでうさミンとも小道具は合わせてね……」
「つまり、ウサ耳!?」
「そう。でも全員ウサ耳は詰まらんけん、ちょっぴり変えながらもケモっぽくとか……」
「お、おい、聞けよ。マジで……」
「あ、エレン、今日は私も付き合う。だから、頑張って練習しましょう!」
困惑するエレンとは裏腹に、ミカサとむろみさんは何かの扉が開けたように二人で作戦会議を始めるのであった。
☆ ☆ ☆
翌日
軽快な音楽と共に簡易ステージに立った三人は課題としていた数曲の歌をダンスと共に歌い終えると、三人揃ってあの時と同じ決めの挨拶に入った。
「みかりんでーす♪」
「えれえれだぜ!!」
「うっさミーン☆」
『三人合わせてシガン☆しなでーす☆』
「シガン☆しなだぜ!! よろしくな!!」
ジャンプして一歩前に出たエレンが会場に向かってウィンクを決め、力強くマイクを振り上げた。
頭の上には少し垂れ気味の犬耳を装着し、服装も元気系の子犬をイメージした衣装に変わっている。
「良いですね。うさミンの兎耳に合わせて、みかりんが猫耳でえれえれには犬耳ですか。クール系、元気系、可愛い系がそろった感じですね」
「ああ。エレンとミカサが自主的に考えてきたそうなんだが、最初に思ってたよりかなり良いな。問題は……」
肯定的な意見を出していた調査兵団の面々がエルヴィン団長とリヴァイ兵長に目を向けると、二人は壇上のアイドルを睨むような顔つきで見ていた。
挨拶が終わり、マイクを持ったまま評価が出るのを待っている三人に、リヴァイがつまらなさそうに天井を仰いだ。
「……まぁ、悪くはないんじゃねぇのか?」
「ああ、良いんじゃないかな」
にこやかなエルヴィンの言葉と共に、一瞬にして会場内がどっと湧いた。
「よっしゃぁぁぁ!!」
「これで今夜は寝られるぜ!!」
「じゃあ、私はこの衣装の方向性でもう少し詰めてみるわ!!」
「ダンスも元気少年っぽく少し変えてみましょう!」
「やっとえれえれのソロ曲も書けそうだな!! 頑張るぞー!!」
「おいエレン、やったな」
方向性の決定に喜ぶ面々を尻目に、奥からジャンが三人に近づいた。とてもそっけない態度だが、それなりに労うようにエレンの肩を叩く。
「これでどうにか本番までに間に合いそうじゃねぇか。飛び出してった最初はどうなるかと思ったけど、お前、よく考えてきたな」
苦笑いをすると、エレンはくるりとジャンを振り向いた。どんな憎まれ口が飛び出すのかジャンが待ち構えると、予想に反してエレンは白い歯をきらりと光らせる。
「そんなの当たり前なんだぜ!!(キラッ」
「…………あ?」
「心配してくれてサンキューな! ジャン! マネージャーとしてこれからも頼むんだぜ!!(キラッ」
「…………」
親指を立てて爽やかに微笑むエレン。あまりの人格の豹変ぶりにジャンが呆然としていると、横からミカサとアルミンの二人が顔を覗かせた。
「ジャン、エレンじゃない。犬耳を付けている間は、えれえれ」
「どうやら、エレンのままじゃこのキャラ付けは精神的に耐えられなかったみたいなんだ」
「そういうわけだ!! 俺はえれえれ!! よろしくなんだぜ!!(キラッ」
身も心もすっかりアイドルになったエレンことえれえれに、ジャンはフッと微笑を浮かべてエレンことえれえれのその両肩をポンと叩いた。
「お前、今日はもう帰れ」
人類は今日も壁の中。