ゼロの奇妙な腹心   作:Neverleave

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なんだか原作のドッピオとは違うけど、こんなのも良いですね。

感想で、そんなありがたい言葉をいただいたとき、とても気が楽になりました。
こんな暴走気味兄貴憑依ドッピオですが、どうかよろしくお願いします。


9話

「諸君ッ! 決闘だ!!」

 トリステイン魔法学院のヴェストリ広場。

 そこには、退屈な日常の中に訪れた決闘という『刺激』を味わうべく、大勢の生徒が集結していた。

 彼らの中心に立っていたのは、その生徒の一人であるギーシュ・ド・グラモンと……『ゼロ』と罵られてきた少女が召喚した使い魔、ヴィネガー・ドッピオだった。

「よく逃げずにここへやってきたな。それだけは褒めてやるぞ平民」

「あんたに褒められたって何も嬉しくないんだけど」

 ドッピオは軽口を叩きながらも、広場を見渡して状況を確認する。

 この場にあるのは芝生のみ。隠れられるような物陰は一切存在せず、よく見渡すことができる場所だ。

 奇襲をしかけることもしかけられることもない。貴族の言う決闘とやらをするにはちょうどいいだろう。

「さて、ギャラリーもそろったところでそろそろ始めようか……いや、その前にすべきことがあったな。僕は貴族で、君は平民だ。こちらも魔法こと使うものの、そちらに何もないのではね……」

 もったいぶった口調でギーシュはつぶやく。

 言いたいことがあるならさっさと言えよと、心密かにドッピオは悪態をついた。

「公正になるように話してやろう。僕の二つ名は『青銅』。『青銅』のギーシュだ。使う魔法は、青銅のゴーレム『ワルキューレ』を7体まで作り出すことができる。この魔法で、僕は君の息の根を止めて見せよう」

 なんとご丁寧に相手は自分の手の内をさらしてくれた。

 スタンドバトルにおいても相手の能力を知っているか知らないかということは大きな差がうまれる。

 それほどまでに自分の能力に自信をもっているということか、あるいはただのバカか。

 いずれにせよ、ありがたいことに変わりはない。

「随分と優しいものですね」

「公正さはパワーとなるのさ。そして決闘のルールだが、僕が君を再起不能にすれば僕の勝ち。だが君は特別に、僕の杖を奪っても勝ちとなるようにしよう。僕の杖はこの薔薇だ、せいぜい狙いたまえ」

 ギーシュは手に持った薔薇をひらひらと振ってみせる。

 なんともまぁこちらに有利となるようなことをホイホイと追加してくれるものだ。

 ここまでくるとありがたいと思うよりも相手のことが逆に心配になってくるくらいだ。

「どーもありがとうございます」

「ふん。楽しみだね、こんなにもハンデを与えてもらった戦いに敗北したときの君の顔が……では、ギャラリーも増えてきたところで、始めようか」

 そうして、二人が同時に動こうとしたそのときだった。

 

「やめなさい、ドッピオ!!」

 広場に、誰かの叫び声が響いた。いったい何事かと、生徒たちは声の聞こえた方向にその視線を一斉に移す。

そこに立っていたのは、『ゼロ』の名を与えられ皆から忌諱されてきた桃色の髪の少女だった。

「これはこれは、『ゼロ』のルイズ。たった今から君の使い魔と決闘をするところなのだが、いったいどうしたというんだい?」

「ギーシュ、こんなことはすぐにやめなさい! 決闘は、学院からも禁じられているはずよ!」

 ギーシュはクックと笑うと、薔薇を口元にあてて口を開く。

「禁止? それは生徒同士、貴族と貴族の決闘だけのことだろう? これから行われるのは平民と貴族のものだ。そんな校則などかすりもしないよ」

「だからってこんな……あなた、ドッピオを殺す気!? 学院の中で殺人だなんて、そんな……」

「これは決闘なのだ。命が失われるとしてもそれは互いに了承済みのこと。そんな神聖な決闘を殺人だと? 口を慎め『ゼロ』のルイズ!」

 いくら何を言おうと、ギーシュはのらりくらりとかわして自らの行為を正当化しようとした。

 そこにいた群衆も皆ギーシュに賛同しているため、ルイズは周囲から批判を受けることとなってしまった。

「そうだぞ『ゼロ』のルイズ!」

「これは正当なる儀式と同じなんだ! おまえなんかがとやかく言う筋合いはないんだよ!」

「黙って自分の使い魔が殺されるところを見てるがいいさ! 『ゼロ』のルイズ!」

 次々と浴びせられる罵声。

 だがルイズはそんなものなどはなから気にしてはいなかった。言わせたいだけ言わせてやればいいと思っている。

 彼女がこの場で心配していることは、たった一つ。自分の使い魔の安否のみだ。

 ギーシュに何を言っても無駄だと悟ったルイズは、ドッピオに声をかける。

「ドッピオ、ダメよこんなの! 今すぐやめなさい、やめて!」

「ダメだルイズ。もう決めたことだ。俺はこいつとの決闘を受けて立つ。そして勝つ。」

「なに言ってるのよ! そんなの無理よ、あんたが死んじゃうわ! これは主人としての命令よ、すぐにこっちへ戻って! はやく、はやく――」

「ルイズ!!」

 だが、ドッピオはルイズの言葉すらはねのけた。

 ドッピオが発した怒声に驚愕し、言葉を失うルイズ。そんな彼女にドッピオは優しく笑いかけた。

「ただ、そこで見守ってくれればいい。僕の主人として、君はこのまま僕の戦いを見守って、そして勝利する瞬間を目撃するんだ。そして、君も僕も成長するんだよ」

 もはや、この場において言葉なんかは何の意味も持たないということをルイズは理解した。

 ルイズは、自分の使い魔の目を見る。食堂で見たときと同じ、覚悟の宿った目。

 それは『命を賭ける覚悟』はあっても、『命を捨てる覚悟』はなかった。

 もう、運命に任せるしか……それしか、自分にできることはないのだ。

「……絶対よ……絶対に、勝ってみせなさいよ!!」

 それだけ言って、ルイズは口を閉じて成り行きを見守った。

「あらあら、そんなにあの平民のことが気に入ったのかしら? ルイズ」

 するとルイズの背後から、普段から聞きなれた声が聞こえてきた。

 振り返ればそこに立っていたのは、燃えるような赤い髪をした、彼女の隣人、キュルケだった。

「……死なせたくないのよ。あいつは、私を救ってくれたんだから……」

「ふぅ~ん? 救う、ねぇ……でも、今は『祈る』しかないわよ? 彼が勝つことを……あなたには、何もできやしないんだから」

「……もうわかってるわよ。そんなことくらい……」

 キュルケは、自らの言葉にそう言い返したルイズを見て、驚いたように目を見開く。

(へぇ~……これは、もしかしたら見ものになるかもしれないわね……)

 キュルケは好奇の眼差しで。ルイズはドッピオへの信頼の眼差しで。それぞれ、決闘の行方を見守った。

 

「待たせたな。じゃあ、やろう」

「あぁ。始めようか」

 そしてギーシュの言葉を皮切りに、決闘は始まった。

 ドッピオは一気にギーシュまで駆け寄る。だが、ギーシュはそれを余裕の笑みを浮かべながら眺めるだけだ。

 薔薇から一枚の花びらを落とし、ギーシュはゴーレムの名を叫ぶ。

「ワルキューレ!!」

 その瞬間、花びらは青銅でつくられた女神のような像へと姿を変え、ギーシュとドッピオの間に立ちふさがった。

 ワルキューレはドッピオへと殴り掛かる。そのスピードははやく、ドッピオと拳の距離はほとんどない。

ほとんどの観衆は、この一撃でもう決着がつくかと思った。

 

 しかし。

 ガンッ!! と。

「ッ!?」

 ギーシュは息を呑んだ。

 相手がワルキューレの拳に、右手の裏拳を横から叩き込むことで攻撃を逸らしたからだ。

「なに驚いてやがる……こんなスピード、ブチャラティのスティッキー・フィンガーズと比べれば亀みてェにのろいんだよ!!」

 キング・クリムゾンの腕とエピタフがなくとも、彼は数々のスタンド使いと戦ってきた歴戦の戦士だ。

 接近戦パワー型のスタンドならばともかく、この程度では彼はたじろぎもしない。

 それに、別に相手なんかしなくてもいいのだ。

 魔法の使い手である、本体さえこちらがぶちのめしてしまえばいいのだから。

 そのままドッピオは流れるようにワルキューレの横を通り抜け、左の拳をギーシュの顔面に叩きつけようとした。

「もらったァ――――――ッ!!」

 雄叫びとともにギーシュへと迫るドッピオ。

 しかし、ギーシュはそんなドッピオを見てニヤリと笑った。

「!?」

 なんだ、こいつのこの余裕は。

 ドッピオがその表情に疑問を抱くよりもはやく。彼はその理由を知ることとなった。

 

 ガシィッ!! と。

「――ッ!?」

 不意に、ドッピオは何かに右足を掴まれる。

 驚愕して自分の右足を見てみると――ドッピオは、ギョッとした。

 彼の腕を掴んでいたのは……上半身だけを生成された、ワルキューレだったのだから。

「なッ、なにィィィィいいいい~~~~~~~~ッッ!!??」

 ギーシュは、最初こそ一枚だけ花びらを落としていた。

 だがそこから自分のゴーレムを生成すると同時に、彼はその陰でもう一枚花びらを落としていたのだ。

 そしてドッピオが一体目のワルキューレをすり抜けたとわかると……二体目のゴーレムを生成した。

(やっ――べェ!!)

 足を掴んだ手をほどこうとするが、ワルキューレの力はあまりに強く、ビクともしない。

 次の瞬間……ドッピオの顔面に、一体目のワルキューレが殴りかかった。

「ぶがッ!!」

 青銅でつくられた重い拳はドッピオを殴りぬき、彼を吹き飛ばす。

 ワッ! と、ギャラリーの中で歓声があがった。

「ふ~~~~っ、危ない危ない。平民にしてはなかなかにやるじゃあないか。正直ヒヤッとしたよ。だけど、これじゃあまだまだダメだね」

 やれやれと首を横に振り、キザな仕草で薔薇の香りを楽しむギーシュ。

 ドッピオは血まみれになった顔をおさえ、芝生の上で悶えた。

「ドッピオ!!」

 堪えられず、ルイズは悲鳴をあげる。

 今にも彼の元へと駆け寄りかねないような勢いだったが、前方に群がる群衆が邪魔で何もできない。

「おやおやルイズ。そんなにこの使い魔のことが心配なのかい? ――まぁ、元々は君が使い魔をキッチリ監督していなかったことに問題があったのだから、君にだって罪悪感はあるだろうしねぇ……」

 ギーシュは邪悪な笑みを浮かべる。今の彼はまるで、目の前で死にかけた虫を踏み潰そうとする子供のようだった。

「そうだね。君がこの場で土下座したまえ。そして、『ゼロ』の私がこのような事態を招いてしまい、申し訳ありませんギーシュ様……と言えば、使い魔のことは許してやろう……どうだね?」

ルイズに優しく囁きかけるようにそう提案した。

 ルイズは、ドッピオを見やる。あれだけの大怪我をしたのならば、すぐに医務室へと連れて行かねばならない。

 先ほどの動きは見事だったが、しょせんそれまでだ。魔法を使うメイジと戦ったところで、結局『結果』は変わりやしない。

 このまま続ければ、こんなものでは済まない。彼を待っているのは――

「――ッ」

 ルイズは歯を噛みしめ、俯いた。

 ギャラリーはそんな彼女を眺め、地面に跪くことを今か今かと心待ちにしているようだった。

 やがて、ルイズは膝を地面につけて両手を床につけ、そして――

 

「――なぁ、おい」

 どこからか聞こえてきたその声で、彼女の行動は中断された。

 群衆は再び視線を広場に戻し、皆がドッピオを凝視する。

 顔から決して少なくない量の血を流しているにも関わらず……手で顔を隠しながら、ドッピオはゆっくりと立ち上がった。

「――こんなもんか?」

「……なんだって?」

 ドッピオの言葉に、ギーシュは首をかしげる。

「――こんな程度で、テメーの制裁とやらは、よォ~~~……終わっちまうってーのかァ~~?」

 ドッピオは、顔から手を離した。隠れていた顔は鼻がおかしな方向へ曲がり、痛々しいほどにあちこちから血が噴き出ている。

 それでも、彼の眼だけは……最初のときと同じように、ギラギラとしたナイフのように鋭く光っていた。

「生ぬるいんだよマンモーニ(ママっ子)が……やるっつーんなら……俺の腕をもがすまで……足を引きちぎるまで……首を撥ね飛ばすまで……そんくらいの覚悟でとことん来いッ!! 『二股』のギーシュッ!!」

 ビキッ、と。ギーシュの額に、青筋が走る。

 またも彼は、ドッピオによって公衆の面前で『侮辱』されたのだ。

 もはや、我慢などできるはずもなく。

「よかろう――そんなにも死にたいというのなら、お望み通り死なせてやるッ!」

 ギーシュは薔薇を振り、花びらを4枚落とした。

 その花びらの数だけ新たに生まれるギーシュのゴーレム、ワルキューレ。

 そのすべてが武装しており、レイピア、両手剣、斧、ハルバートを構えてドッピオへと迫った。

 そのうちの両手剣を持ったワルキューレがドッピオと肉薄し――その剣を振り下ろそうとした。

「いやァァァァァああああ! ドッピオ――――――ッッ!!」

 次の瞬間に広がるであろう、使い魔の脳天が真っ二つにされる光景に、堪えられず。

 思わずルイズは目を逸らし、叫んだ。

 だが、耳はふさいでいない。

 きっと聞こえてくるのだろう。肉が裂け、血の吹き出す恐ろしい音が。

(いや、いや――そんなの、そんなの嫌ぁ――!!)

 どれだけ願っても、現実とは非情なものだった。

 やがて、ワルキューレの両手剣が風を切る音がして、そして……

 

ガ シ ャ ア ア ア ン !!

 

「……えっ?」

 ――彼女が思い浮かべたようなものではない、金属が何かとぶつかるような、そんな音がした。

 いったい何が起こったのか。ルイズは、広場の中心を見て……そこに広がっていた光景を目撃し、驚愕する。

 

 ――そこにはワルキューレから奪った両手剣で、ハルバートを持ったワルキューレを真っ二つにしたドッピオの姿があったのだから。

 

「なっ!?」

 ルイズは、自分の見ているものが信じられなかった。

 いったい、なにがどうなったというのだ?

「き、貴様――!!」

 ギーシュは悔しげに歯噛みをしていた。彼もまさか、自分のゴーレムが破壊されるなどということは思いもしなかったのだろう。

 いったい自分の使い魔は何をしたんだ? 何がどうしてこんな結果になっている?

「うっそぉ……」

 振り返ればキュルケも信じられないとばかりに目を丸くして、あんぐりと口を開けている。

「ね、ねぇキュルケ! ドッピオは……あいつ、いったい何をしたの!?」

 ルイズはたまらず、キュルケに訊ねかける。

 しばらくキュルケは呆然としたままだったが、やがてルイズの問いに答えた。

 

「……彼、ギーシュのゴーレムが斬りかかったとき……ゴーレムの腕を掴んで、そのまま投げ飛ばしたわ」

「……………………………………………………へっ?」

 突拍子のない返答に、ルイズは間抜けな声を出した。

 そんなルイズにも構わず、キュルケは説明を続ける。

「ゴーレムの動きをそのまま利用して……ゴーレムを地面に叩きつけると同時に剣を奪って、次に襲い掛かってきたハルバートのゴーレムを斬り倒したの」

 ――なんだそれは。

 あまりにおかしな、にわかには信じられないような答え。

 だが、そうでなければこの広場で起こっていることは何も説明ができなかった。

 自分の使い魔は――彼は今、こうして自らの逆境をも超えようと立ち向かっているのだ!

 

「ぐっ!」

 ギーシュは焦っていた。

 まさかワルキューレから武器を奪い、二体も倒してしまうとは思っていなかったからだ。

 まだ自分には、斧とレイピアを持ったワルキューレが一体ずつ。上半身だけのものも含めれば素手のワルキューレが二体いる。花びらもまだ一枚残っていた。

 それに対し相手は武装したとはいえ手負い。状況だけで見ればまだこちらが有利だ。

 しかし、土壇場で見せたあの動き。

 あんなものを見せつけられては、警戒せざるを得なかった。

「ワルキューレ、早く仕留めろ! 前後で挟み撃ちだ!」

 ギーシュからの指示通り、レイピアのワルキューレが前方、斧のワルキューレがドッピオの背後を取ると、同時に襲いかかる。

 だがドッピオはレイピアを剣で横から弾くと、その勢いのまま回転して斧の刃に剣をぶつけた。

 あまりに衝撃で斧と剣は同時に壊れたが、素早くドッピオはハルバートを拾うと武器を失ったワルキューレをなぎ倒す。

 間髪入れずレイピア持ちが横なぎに斬りかかってきたが、しゃがんでそれをあっけなく避けるとドッピオは反撃してワルキューレを粉砕する。

 

 残るワルキューレは、あと二体。

 こちらをギラリと睨むと、ハルバートを携えたドッピオはそのままギーシュへと向かって走り出した。

 ギーシュは、戦慄した。

 なんなのだ、この平民は。何も力を持たないはずのこいつは、どうして自分をこんなにまで追いつめている?

 こちらは魔法が使える。対して相手は、何のとりえもありはしないカス同然の存在。

 なのに、どうしてこんな結果が生まれる?

 いったい、なぜ?

「ひ、ひぃっ――!!」

 ギーシュの中に、恐怖が芽生えた。

 あいつは、ただの平民ではない。もっと恐ろしい何かを秘めた、人ならざる者だ。

 ギーシュの本能が、逃げろと叫ぶ。

(逃げるだって!? 冗談じゃない……あ、あいつは平民じゃあないか! たかがそんなチッポケなものに、この『青銅』のギーシュが恐れを抱くなどと――!!)

 だが、ギーシュの誇りが。貴族としての誇りが、平民に対する優越心が、それを許さなかった。

 恐怖を無理やりおさえこむと、ギーシュはドッピオを倒すための算段をする。

 こちらにあるものは、素手のワルキューレが一体、上半身だけのワルキューレが一体と、花びらが一枚。

 もう一体武装したワルキューレをつくることはできなくもないが、おそらくあっさりと破壊されてしまうだろう。素手ならもってのほか、上半身だけのものなど論外だ。

 何か。何かないのか。

 自分が、あの生意気でいけ好かない平民を打ち破るための方法は。

 脅威が自らに迫る中、ギーシュは必死になって頭を回転させた。

 そして。

(――ッ! そうだ、これなら――これなら!!)

 思い、ついた。

「ワルキューレェ! こいつを投げつけろォォ――――ッ!!」

 なんと。ギーシュは素手のワルキューレに命じて、上半身だけのゴーレムを投げ飛ばしてきたのだ。

 すさまじいスピードで放たれるそれは、風を切る音とともにドッピオへと迫る。

 もはやゴーレムは目前。避けることは、できない。

 しかしッ!! ドッピオは、それにも全く動じない!!

「そんなもんで俺が倒せると思ってんのかァ! このマヌケッ!!」

 ブゥン! と。ドッピオはハルバートを振り回して、ゴーレムを粉砕した。

 投げ出された勢いもあって、それは刃にあたると同時に粉々になって吹き飛ぶ。

 そして再びドッピオはギーシュへと駆け寄ろうとし――

 

 ド ゴ ォ ッ !!

 

「がふッ!?」

 背後から、何者かによって殴りつけられた。

 視界が一瞬白く弾けたと思うと、ハルバートを思わず手放しその場に倒れこむドッピオ。

 頭がクラクラする。吐き気が、こみあげてくる。

「なっ……なん――!?」

 いったい誰が。そう考えたドッピオは激しい頭痛もこらえ、後ろを見やった。

 そこに立っていたのは。ゴーレムを放り投げたものとは違う、もう一体のワルキューレだった。

 やられた。ドッピオはそう感じた。

 ギーシュはただ、無暗に上半身だけのゴーレムを投げたのではない。そのゴーレムにこっそりと花びらをくっつけていたのだ。

 ゴーレムが破壊されることなど、もちろん計算の上。破壊し、油断したその瞬間を狙って、ギーシュは花びらをワルキューレへと変え……ドッピオに奇襲をかけたのだ。

「ぐ、うぅっ……!!」

 立ち上がろうとするが、腕に力が入らない。今すぐ動かなければならないというのに、今の一撃がかなりきていた。

 傍から見れば、今のドッピオは無様に地面に転がりまわっているようだった。

「ふ、ふふ……この僕が、平民なんかにここまで追いつめられるとはね……いや、正直に言うよ。本当に焦ったさ。君がこんなにも勇敢に戦って見せるだなんてね」

そして。そんなドッピオに追い打ちをかけるように、二体のゴーレムが接近する。

「だがもう、ここまでだ。平民が貴族に勝つだなんて、そんなものはおとぎ話の中でしかないんだよ。君はよくやった。だからこのまま眠りたまえ」

 ギーシュは、勝利を確信したように口を横に広げ、ドッピオに話しかける。

 彼の表情には、もはやさっきまでの怯えはない。あるのはただ、目の前に転がる平民を打倒したという、邪悪な優越感だけだ。

「ドッピオ! 逃げて、ドッピオ!!」

 ルイズが、ドッピオに向かって叫ぶ。

 しかしその叫びは、ギーシュの逆転劇を目の当たりにした群衆の歓声にかき消されてしまう。

 何度声をあげても、主人の声は使い魔の耳には届かなかった。

 やがてワルキューレはドッピオの胸倉を掴み、無理やりに彼を立たせた。

「見ておくがいいルイズ……これが、君の使い魔の最後だ……これが、平民の限界だ……そしてこれが、貴族の力だ……!!」

 ワルキューレは、拳を構えた。

 もう次から、手加減などというものは一切しない。全力でこの男を打ちのめし、死という絶望を贈りつけてやる。

 ギーシュは邪悪に笑いながら、勝利の宣言をした。

 

「勝ったッ!! 絶望のままに、地獄へと堕ちていけェェェ――――ッ!!」

 そしてギーシュの命に従って――ワルキューレの拳は、振り落された。

 

 ズ ド ォ ッ ッ !!

 

 鋭い何かが、肉を突き抜けるような音がこだまする。

 そのとき、観衆からは一切の声が消えた。

 沈黙が空間を支配し、まるで時が止まったかのような錯覚に、そこにいた全員が陥った。

 

「―――――――――え?」

 

 そしてその静寂は、勝利したはずの者が不意にあげた間抜けな声で、終わることとなった。

 ワルキューレの拳が……ドッピオの眼前で止まったからだ。

 あと数サントという距離のところにまで迫った青銅の塊は、そこで見えない何かに阻まれたかのようにその動きを止める。

「――な、なんだ? いったい、何が……何が、起きて……」

 状況がわからず、ギーシュは戸惑うように声を漏らす。

 確かに、自分はワルキューレに命令を下したはずだ。ルイズの使い魔にトドメを刺せと。

 その拳でもって、彼の人生に幕を下ろさせろ、と。

 わけがわからず、ギーシュは再び杖を振るって命令を下そうとした。

 そして……異変に、気が付いた。

「――あ?」

 ギーシュは、杖をもっていたはずの己の手を見た。

 そこには、薔薇を模した自分の杖など影も形もなく。代わりに、何か大きな金属の破片が、手の甲から深く突き刺さっていた。

 ギーシュの手は、見る見るうちに赤く染まっていく。

「――ぁ、ぁあ、あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 傷を見たとたんに、激痛が走った。

 なぜこんなことになったのかもわからないまま、ギーシュは未だかつて感じたことのない痛みに悶えた。

「あ、あああ!! ああああ!!! 僕の手が、手がァァァ!!??」

 痛い。痛い。

 傷口がとても熱くなって。全身から汗が噴き出す。

 悲鳴をあげるギーシュの手からは、次々と鮮血があふれ出て、止まらなかった。

 

「……こんなこともあろうかと……拾っておいて……よかったよ……」

 と。そのとき。

 傷を押さえてうずくまるギーシュの背後から、地獄の底から響くような声が聞こえた。

「ゴーレムの持ってた剣が斧とぶつかってブチ壊れたよな……役に立つかもしれねェと思ってよォ……レイピアの野郎が斬りかかってきたのを避けるとき、いくつか拾っといたんだ……」

 ギーシュの顔が、見る見るうちに青ざめていく。

 傷口をおさえながら……恐る恐る、ギーシュは後ろへと振り返った。

「……そいつは破片だ。ゴーレムの剣のな……そして杖を持った手にブン投げた……お前は、それで落としたんだ……自分の杖を、よォ……」

 ギーシュはドッピオの足元を見て、ハッとした。

 そこにあったのは、薔薇を模した自分の杖。

 ギーシュは慌ててそれを拾おうとしたが……ドッピオに思い切りその手を踏みつけられた。

「い、ぎァァァああああッ!!??」

 ギーシュは杖を、落としてしまった。杖はメイジにとってなくてはならないもの。

 これがなければ、メイジは魔法が使えずただの人となり下がる。

 もう、彼はワルキューレを動かすことができない。目の前の平民に、何も抵抗することができない。

 荒く呼吸をしながら、ギーシュはドッピオを見上げる。

 ちょうど彼の背後には太陽があり、逆光で顔は全く見えない。

「い、あ、は、あぁ……!!」

「……さて、と。じゃあ、きっちりと返してやるとしようか。え? ギーシュ」

 ドッピオはギーシュの胸倉を掴み、ドスの効いた声でつぶやく。

「自分だって大したことがねェくせに……ルイズのことを『ゼロ』だと『侮辱』しやがったんだ……覚悟は、いいよな?」

 ギロッ、と。

 全く感情のこもらぬ冷たい視線が、ギーシュを貫いた。

「ひっ――」

 次の瞬間、ドッピオはギーシュを何度も何度も殴った。

 

 ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ドゴ ッッ!!

 

「テメーがッ! 泣くまでッ! 殴るのをやめねェ――――ッ!!」

「ぶッがァァァァァああああああああああああッ!!」

 その後、何度もギーシュを殴り続けたドッピオは、ルイズも含めた観衆によって取り押さえられ、そのまま医務室へと搬送された。

 

 

 

ヴィネガー・ドッピオ……顔面と頭部にかなりの傷を負い、そのまま治療を受け絶対安静を言い渡される。再起可能。

 

ギーシュ・ド・グラモン……ドッピオによって何度も殴打された他、手を串刺しにされたため、入院。再起可能。

 

To be continued…

 




このNever Dieがッ! 新生ドッピオの名付け親(ゴッドファーザー)となってやろうッ!!
ドッピオの中にあるディアボロの漆黒の意思が顕著に現れたドッピオという意味で……

『ディアピオ』ッ!! というのはどうだッ!!

よかねぇよ。

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