ゼロの奇妙な腹心   作:Neverleave

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あ、ありのままに起こったことを話すぜ!
執筆をし終えたと思ったら突然フリーズしてシャットダウンし、データが消失した
何を言ってるのかわからねーry)

というわけで前回の投稿からかなり長引いてしまった……
不慮の事故とはいえ申し訳ない。精神的にもかなり堪えたので回復に時間がかかりました。あとちょっとやっつけというか、無理やりなとこがあるかも。修正するかな。
お待たせしました、フーケ編、これにて完結です。


24話

 フーケと一戦を交えたその日の夜。

 アルヴィースの食堂の二階では、フリッグの舞踏会と言われるパーティが行われていた。

 優雅な演奏が奏でられているこの場所で、この日の生徒と教職員達は豪華な食事が盛られたテーブルの周りに立って歓談をしていた。

 今回はフーケから見事秘宝を奪還した祝いも兼ねて開催されており、よって主役たるドッピオもぜひこのパーティに参加してくれとオスマンに勧められたのでドッピオもその場にいた。

 しかし、参加者の歓談の中にドッピオの姿はなく、ただ一人その中から外れてバルコニーで立っていた。

 彼からしてみるとこの舞踏会はいささか派手すぎてどうにも好ましくない。ここの学生はよくこんな場所にいられるものだとある意味感心してしまうくらいだ。

 それ以外にも、彼が一部を除く学院の者達からあまりよく思われていないこともあるし、そして何よりこういう絢爛なパーティにドッピオはいいイメージを持っていないのである。

 何しろ彼が所属していたギャング組織には暗殺チームが存在し、パーティの場に紛れて邪魔者を始末するなどという話題は多くあった。そんなものを普段から聞いていたというのであれば、誰でもここにいたいとは思わないだろう。

 よって彼は、こうして一歩離れた場所から華やかなその祝賀会を眺めることにした。

 手元にあるワイン入りのグラスをチビチビと口元に運びながら、流れてくる音楽に耳を傾けていた、そのとき。

 

「……あんたも来てたのかい」

 

 ふと自分の名前を呼ばれたため、ドッピオは現実へと意識を戻して声の聞こえた方へと視線を向ける。

 そこに立っていたのは、この絢爛なパーティの場ではかなり地味なドレスに身を包んだフーケ……もといミス・ロングビルだった。

 

「そりゃあこっちの台詞だなァ~ミス・ロングビル……いや、あんたもあの爺さんに誘われて、かな?」

「まあそうだね。形上ではあたしもフーケと戦った主役の一人ってことだし……いや、でもホントに落ち着かないもんさ、こんな場所」

「同感だなァ~、僕も前の仕事の関係上こういう場所にはあまりいい印象がないんだよ」

「あたしも似たようなもんさ。こういうときこそ秘宝や財宝を盗る絶好の機会だしね……自分も参加することになるだなんて、思ってもいなかったさ」

 

 うんざりとした様子で、ミス・ロングビルは歓談の輪を見つめてため息を吐く。

 彼女は盗賊稼業から足を洗うことになったとはいえ、まだそれから一日も経っていないのだ。職業柄の習慣というものはそうそう消えることはない。今も自身の中で違和感と戦っている最中なのだろう。

 こういうことはこれからもあるだろうが、真っ当な生活を送るようになった今は、なんとかして修正していかなければならない。

 お互いに難儀なものだ、とドッピオは内心でフーケに同情する。

 

「まぁ何にせよ、これで危ない橋を渡る必要もなくなったんだ。万々歳ってもんだな」

「……そうだね。確かに、万々歳ってとこさ……」

 

 言葉とは裏腹に、フーケの声はあまり喜ばしい響きがない。

 どうにもそれがひっかかり、ドッピオは質問を投げかけた。

 

「どうしたの? あんまり嬉しそうじゃないけど。不満でもあるの?」

 

 その言葉にフーケはしばしの間沈黙していた。

 ドッピオの疑問に果たして答えていいものかどうか迷っていたらしいが、やがてフーケはその重い口を開く。

 

「……不満なんてあるはずないよ。平民なのに給料は高いし、貴族と同じ場所ではたらいていながら、他の人はみんな私に優しく接してくれる。捕まれば即縛り首のあたしにしては出来過ぎてるくらいの優遇さ……」

 

 でも、とフーケは言葉を続ける。

 その瞳には底の見えぬ暗い闇が潜み、声は平静だが浅からぬ怒気が混じっていた。

 

「オールド・オスマンや、お嬢ちゃんのような貴族がいるってことをあたしは知った。でもそれで、あたしの持っているこの憎悪がすべて消えることはない。世の中にいる貴族の大半はやっぱりどうしようもない屑で、そいつらはあたしからすべてを奪ったんだ。それは変わらない」

「……………………」

「生きるための隠れ蓑を見つけた。恩人たちとも出会えた。それであたしは変わったよ、間違いなく。でも変わらないことだってある。あたしの、多くの貴族への怒りだけはそうそう振り払うことができない。きっと、これからまた向き合わなきゃいけない」

「……過去は変わらない、か」

 

 フーケの言葉を聞き、ドッピオはふとそんなことをつぶやく。

 これからの未来は、いくらでも変えることができる。でも自らの歩んできたその道は、変わらない。変えることは誰にもできない。

 フーケは、本当の貴族達と出会った。それでもすべての貴族を許すことなどできはしない。彼らの中に自分と自分の大切な人の幸せを奪った者がいる。これは紛れもない真実だ。

 そのことへの思いは、簡単に変えられるものではない。

 

「ふふっ、まぁこんなこと考えたって仕方ないけどね……もっと別の、明るいことを考えてみるよ」

「……そうだね。これから先は明るく輝いてるさ。きっと」

 

 それだけ言うと、互いに何も言うことなく沈黙する。

 そのまま滞りなくパーティは続き、ドッピオもフーケも無言のままバルコニーで佇んでいた。

 このまま何事もなくすぐ終わってくれればいいのに、なんてことをドッピオが考えていたその時。

 

「……やぁドッピオ。君も来ていたんだね……それに、ミス・ロングビルも……」

 

 またドッピオとフーケを呼ぶ声がした。

見れば、これまたなんとも豪華な紳士服に身を包んだギーシュの姿がそこにあった。

意気揚々として学院長室から出ていったところからかなりめかしこんでくるとは思っていたが、想像に違わず豪奢な格好をしてきている。

しかし……気分がよくないのか、顔色が悪い。いつもの気障ったらしいところが微塵も感じられない程だ。

 傍にはモンモランシーも立っているが、こちらは不安げにギーシュを見つめていた。

 

「ギーシュか。どうしたのこんなところで……というかなんか気分悪そうだね、どうしたの?」

「ああ。いや、どうということはないよ……ちょっと、匂いがキツくてね……」

「…………? どういうこと?」

 

 ギーシュの言っていることがいまいち理解できず、ドッピオは彼に質問を続ける。

 しかし余程まいっていたのか、どうにも答えてくれそうな気配はない。代わりにモンモランシーへと視線を送ると、本人もよくわからないのか苦い表情をしながら説明をしてくれた。

 

「ギーシュのところにさっき、たくさんの女の子が押し寄せたのよ。今回の秘宝奪還に大きく貢献した人物として彼はそれはもう大変でね、友達はもちろん後輩や先輩の女性からも人気者になったの……なんだけど……」

 

 ここでいったん、モンモランシーは言葉を探すために言葉を一区切りする。

 

「その、ギーシュは最初、元気だったんだけど……女の子たちが寄ってくると、すごく気分が悪くなっちゃったみたいで……本人は『香水の匂いがキツ過ぎる』なんて言ってるわ。私は全然気にならなかったのに……」

「……ギーシュって、香水が苦手なの?」

「まさか。全くもって平気だし、むしろそれで女の子を褒めることが多いくらいよ。今までは全然大丈夫だったのに、どうして今回になって急に……」

「モンモランシー……ホントに君は気にならなかったのかい? あれはさすがに香水をつけすぎじゃないかって思ったよ……鼻がどうにかなりそうだった……」

 

 ドッピオは怪訝そうな顔をしてギーシュを見つめた。

 ドッピオも何度か女性とすれ違うことはあり、香水の匂いもしたがそれほどキツくはなかったはずだった。むしろいい香りだと思ったくらいである。

 しかし女性に囲まれるという状況になるのならギーシュは意気揚々と会話をするはずだし、こうしてその輪から出てまで休もうとするのなら本当なのだろう。

 そこでフーケはふと気になることがあって、ギーシュに質問をしてみることにした。

 

「……あの、そういえばミス・モンモランシーは大丈夫なのでしょうか? 彼女の二つ名は確か……」

「あ、そうじゃない! ギーシュ、大丈夫なの?」

 

 そう。彼女の二つ名は確か『香水』だったはず。おそらくたくさんの香水を調合しているのだろうし、そしてこのパーティに参加するのだから自作のものをつけているはずだ。

 それについてはどうなんだろうかと、ドッピオは疑問を感じずにはいられなかった。

 ギーシュは青白くなった顔をあげると、苦しそうにしながらもフーケの問いかけに答えた。

 

 

 

「……逆だよ。傍に居てほしい……」

 

 

 

 その瞬間、その場にいた三人全員がギーシュの言葉に凍り付いた。

 

「……え?」

 

 ドッピオとフーケは、数秒ほど互いに顔を見合ってギーシュを見つめる。

 モンモランシーに至っては口をポカンと開けたまま、何も言えないでいた。

 

「あの……えっと……いったいそれ、どういう……」

 

 モンモランシーはあたふたと慌てふためいた。

 まさかこんなところでこのようなことをギーシュから言われるなどと思ってもいなかったのだろう。本人は今にも『ボンッ!』と蒸気を発してしまいそうなほど、その雪のように白い肌を真っ赤にしている。

 

「君の香りだけが、他と違うんだよ……全く苦にならない、むしろ心地いいくらいだ……君が傍にいなきゃ、僕は辺りに漂う残り香だけで参っちゃうんだ。頼むから傍に居てほしい……」

「な、なによ! そういうことならさっさとそう言いなさいこのバカッ!!」

「あいたっ! ちょっ、やめ、今はやめて、殴らないで、吐く……!!」

 

 ギーシュがくぐもった声で悲鳴をあげてもモンモランシーは叩くことをやめず、それどころか「うるさいわよっ、このバカ!」と怒りを露わにしてますます力を強くしていった。

 本人は自分の発言がどれだけの破壊力を持っていたのか理解していないようで、殴られながらもなぜだなぜだとモンモランシーに問いかける。

 

 ……いや、なぜだも何もないだろ、ギーシュ。そりゃ駄目だ。マジでダメだ。

 同じことをどうやらフーケも考えたようで、「不憫な娘だよ……」とつぶやいて深くため息を吐いた。全くもって同感である。

 そんなことを考えているうちに一通り殴られたギーシュはへろへろになってバルコニーの手すりにもたれかかる。

 もはやギーシュは死人のような顔になっており、軽くどつくだけで昇天してしまいそうだ。

 

「うぅ……み、水……水が欲しい……」

「お水ならあそこのテーブルにあるわよ、飲みたきゃ自分で飲みなさい!」

「て、手を貸してくれェ……モンモランシぃ~」

「~~~~~ッ! ああもう、わかったわよ!」

 

 一度突っぱねたはずのモンモランシーは、ギーシュが助けを求めるとすんなりとそれを受け入れた。

 思う存分殴ってしまったことに罪悪感でもあるのか、それともただ単に素直になれないだけなのか。

 まぁ多分、素は優しいのだろう。それだけに余計不憫だ。

 

「さわがしい連中だねぇ、ホントに」

「僕も思った。あんまりうるさいのはやだなァ~」

「あら、じゃああなた達の国じゃあパーティは葬式みたいに静かに行われる者なのかしら?」

 

 モンモランシーとギーシュがいなくなったところで、後ろから誰かが二人に話しかけてきた。

 振り返ってみれば、そこにはこれまたギーシュに負けず劣らず着飾ってきたキュルケ。

 彼との違いといえば、全く顔色が悪くないことくらいか。

 

「やぁキュルケ。君もここに来てたの」

「そうよダーリン、楽しんでるかしら?」

「ワインと音楽なら」

「全く、ダーリンといいタバサといいおば様といい、今日のパーティが何なのかご存じなのかしら? 舞踏会だっていうのにみんな盛り上がらないんだから」

「おい今おば様って言ったか」

 

 フーケがキュルケのさりげない一言に反応したが、キュルケは訂正も何もしない。

 ふとキュルケの言葉の中に気になることがあったので、ドッピオはそのことについて訊いてみる。

 

「タバサも、ってなんだ?」

「ええそうよ。あの娘ったら……」

 

 ドッピオの疑問に、キュルケは向こうにあるテーブルを指さして答えた。

 そちらの方を見てみれば、そこには青い髪をした小さな人形のような少女が一人。

 ――テーブルに所せましと並べられているご馳走を片っ端から平らげていく、タバサの姿があった。

 おそらくテーブルの上にある空っぽの皿はすべて彼女が完食したのだろう。他の者たちはテーブルに近寄りすらしなかった。

 あんなにも小さな少女の身体のどこにあれだけの料理を口に入れられる容量があるというのか。明らかに食べた量は彼女の体積を上回っている。

 超巨大なビールっ腹であるポルポですらあそこまで大量に、素早く食えるのかわからない。

 ……人間をやめた人間をドッピオはこんなところで目撃してしまうこととなった。

 やっぱりパーティなんてろくなものじゃない。

 

「あの娘、絶対にパーティがどんな場所なのか勘違いしてるわよ」

「勘違いというか、認識が違うんじゃあないか?」

「どっちでもいいのよそんなことッ、舞踏会っていうのはもっと別のことを楽しむものよ、たとえばこういうこととか、ねっ」

 

 するとキュルケはドッピオの腕に抱きつきすり寄ってきた。

 ドッピオはドキッとしたが、それは異性に寄られて興奮したからではない。フーケ襲来の直前にあったルイズとのやり取りのせいで軽くトラウマになっているためだ。

あんなことがあってはとてもではないがキュルケに抱き付かれていい思いはしない。

それにドッピオはギーシュとの決闘の一件から生徒たち……貴族から嫌われている(はずだ)。キュルケという美女と踊っていたら反感を買うかもしれない。

加えて、元々ドッピオは人に触れられるのが嫌なのだ。当然の如く本人は抵抗する。

 

「ちょっ、やめろ! ひっつくんじゃねぇッ!」

「つれないわねぇ~。あたしとあなたの仲じゃない。ねえ、あたしと踊ろうよ」

「うるさいなぁ、あっちいけよっ、俺は人に触られるのは嫌なんだ!」

「なによぅダーリン、こんな婚期を逃したおばさんなんかと一緒にいたいってわけ? あたしといた方が絶対楽しいわよ~」

「だからヤダっつってんだろ、つーか婚期逃したっていったいそりゃおま……」

 

 

 バ キ バ キ バ キ メ ギ ィ ……!!

 

 

「…………あ?」

 

 まるでガラス細工の日用品でも粉々に握りつぶしたかのような嫌な音が背後から聞こえてきた。

 そして次の瞬間、未だかつてドッピオが体感したことがないほどの殺気を背中に感じてゾッとしたドッピオは振り返り、思わずキングクリムゾンを繰り出してしまう。

 そこに立っていたのは、戦場で出していたものとは比べ物にならないほどのドス黒い殺意を纏ったフーケ(の姿をした何か)だった。

 

「あら申し訳ありません。つい手に力が入ってしまいましたわ」

 

 自身を窮地にまで追いつめたキングクリムゾンを見ても彼女は全く怯まない。というか眼中にすら入れていなかった。

 砕けたワイングラスを血まみれの手で握りながらニッコリとほほ笑むその姿はまるで神様のよう。

 神様といっても死を司るほうのあれのような気がするが。

 

「しかしミス・ツェルプストー。今のがあなたの最後の言葉ということでよろしかったのかしら? もっと威厳ある最後の言葉にしなければもったいないでしょうに、なにしろ遺体も何も残らず粉々になるのですから」

「何をおっしゃっていらっしゃるのかよくわかりませんわミス・ロングビル。そのお歳でもう痴呆だなんて御可哀想に」

「あらあら、私はまだ呆けてなどおりませんことよ。ゲルマニアの淫乱で下品な貴族の女性よりかはまだしっかりしておりますわ」

「ウフフフフフフフ」

「オホホホホホホホ」

 

 

 これがッ!

 これがッ!

 これが、『女の戦い』だッ!!

 それに近づくことは死を意味するッ!

 

バルバルバルバルバルバルバルバル!

 

 

(…………ハッ!!)

 

 呆然自失していたドッピオは、現実に意識を戻す。

 何か幻聴のようなものが聞こえた気がするが、きっと気のせいだろう。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。

 

(こ、こいつら……汗を全くかいていない……嘘をついていない、マジで相手をぶち殺すって覚悟してる目だッ――――!?)

 

 逃げたい。

 果てしなく逃げたい。

 どちらも薄っぺらい邪悪な笑みを浮かべているが、目は笑っていなかった。

 ありゃあ、お互いをどうやって蹴落としてやろうかと画策する獣の目だ。

 もうここにいるのは女という皮を被ったバケモノしかいなかった。

 新たにドッピオがパーティ嫌いになる要因が一つ増えた決定的瞬間である。

 

 やがて両者が、究極生命体も泣いて逃げ出す女の決闘へと乗り出そうとした、そのとき。

 

「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢のおな~~~~~り~~~!」

 

 救いの号令がやってきた。

 会場の入口で控えていた呼び出しの衛士が大きな声で告げると、純白のパーティドレスに身を包んだルイズがやってきた。

 長い髪をバレッタでまとめ、肘までの白い手袋がルイズの高貴さをさらに演出し引き立てている。

胸元の開いたドレスがつくりの小さい顔を宝石のように輝かせる。

今まで彼女のことを〝ゼロ〟と罵ってきた男子生徒たちも魅力的な彼女を見て、ダンスのバディに誘うべく集まっていた。

 

「あら、あの娘ったら……」

「……へぇ。馬子にも衣装ってやつだね」

 

 ついさっきまでいがみ合っていたはずの二人がルイズを見て感心したように頷いている。

 フーケの言葉は褒めているのかどうなのかわからなかったが、素直に彼女の美しさを認めているような感じだった。

 

「こうしちゃいられないわね、主役はあたしだってことを教えてあげなきゃ……それまでここはひとまずお預けってことでいいかしら」

「行くならとっとと行きな、あたしは舞踏会なんて興味はないよ。せいぜい後ろには気を付けることだね」

「まぁ怖い。じゃあねダーリン、またあとで踊りましょ♪」

 

 キュルケはドッピオのところを後にする。

このときばかりは、ドッピオはルイズに感謝せずにはいられなかった。

 女の戦いは、ここに一時停戦となった! 大袈裟かもしれんが、俺は救われた!

 心密かにそんなバカげたことを叫ぶドッピオ。

元ギャングのボス側近がそれでいいのかとも思うが、この際平穏が戻ってきたのだからどうでもいいこととする。

 

主役が揃ったことを確認した楽師達は、先ほどまで奏でていたものとは違う音楽を奏でる。すると参加者達はペアと並んで踊り始めた。

 ドッピオはいったんフーケとも別れ、あまり皆の邪魔にならない別の場所へと移ると、ワイングラス片手に再びパーティの傍観をしていた。

が、自分に近づいてくる者がいることにふと気が付く。

 見れば、それは先ほど多くの男性に言い寄られていたはずの自分の主人だった。

 

「あれェ、ルイズ? なんでここに?」

「それはこっちの台詞でしょ、あんたこそどうしてこんな片隅で寂しくワイン飲んでるのよ」

「質問に質問で返したら0点だって知ってるのか?」

「残念ね、あんたは使い魔で私は主人。私が上、あなたが下よ。ギャングなら、上からの言葉にはちゃんと答えるべきじゃないかしら」

 

 なんだそりゃ、と思わず笑ってしまうドッピオ。

 ルイズも彼からもらい笑いして、クスクスと手元を隠して上品にほほ笑んだ。

 

「あんまりこういう賑やかな場所ってのは好きじゃないんだよ。これでいーだろ。で、ルイズはなんでだ?」

「愚問ね。相手がいないからに決まってるでしょ?」

「おかしいな、さっき見たときは確かにたくさんの男どもから誘われてたと思うんだが」

「全部断ったわよ」

「おいおいおいおいおいおい、それ相手がいないって言えるのかァ?」

「そんなの私の勝手よ、私だって自分が踊りたいと思う人と踊りたいわ。あんたもそう思わないの?」

「まぁ、反論はできねーな」

 

 確かに相手くらい選んでも別に構わないだろう。本来そういうものだから、特段ドッピオも何も言わなかった。

 

「だったら、これも納得してくれるわよね?」

「ん?」

 

 と、そこでルイズがドッピオに訊ねかけてくる。

 いったいどういうことなのかと首をひねるが、ルイズはドッピオに歩み寄ると手を差し出した。

 

「一曲踊ってくださらないかしら、ジェントルマン」

「踊ったことなんて一回もないですよ? それでも僕でいいんですか?」

「私に合わせてくれればそれでいいわ。そして言ったはずよ、自分と踊りたい人と踊るんだって、ね」

「……しょ~がねぇ~なぁ~ッ、エスコートってものをさせてもらいますかね」

「あ、でも恥かかせたら承知しないわよ」

「おい、メチャクチャなこと言ってんじゃねーぞテメー」

 

 

 冗談よ、とルイズは付け足すとクスクスと笑う。

 ドッピオもやれやれと小さく息を吐きながら、彼女の小さな手を取った。

 

 

 

 ――絶望していた。

 

「ん、あれ、えっと、お、おおおっ」

 

 ――どうしようもない自分が嫌で、それを変えられない自分が嫌で。

 

「あ、そこじゃないわよ、そう……それでいいわ」

 

「あれ? こうか?」

 

 ――誰も自分を見てくれなかった。

 

「もう少しその動きを……あら、上手じゃない」

 

 ――そうして、見失っていたものがあった。

 

「お、おお。これでいいのか?」

 

 ――それを思い出させてくれたのが、あんただった。

 

「そうよ。それで次はその足を……」

 

 ――私を見て、私の言葉を聞いて。

 

「……こんな感じか? おお、ちょっと様になったかも」

 

 ――私を、認めてくれた。

 

「そうね、センスあるんじゃない?」

 

 ――だから私は、ここに立っている。

 

「お褒めに預かり光栄です、ってかァ~~?」

 

 ――私は、私の進む道をこうして進んでこれた。

 

「なによあんた、調子に乗っちゃって」

 

 ――これからも、一緒に歩みたい。

 

「そりゃあまぁ、ご主人様からの言葉だしィ?」

 

 ――これからも、一緒に戦っていきたい。だから……

 

「――ねぇ、ドッピオ」

 

 ――だから私、あなたに言うわ。

 

 

「……今までありがとう。これからもよろしくね」

「……グラッツェ・ア・テ(こちらこそ)」

 

 

****************

 

 フーケは舞踏会の中でも一人外れ、ワインを飲んでいた。

 彼女は主役とはいえ、貴族ではなくなっている(年取ってるからじゃないぞ)。

そんな人を誘う物好きもいないし、何より彼女自身がこういったパーティをあまり好まないのだからそれも仕方がないかもしれない。

こんな場所で楽しめるものなど、彼女にとってはワインくらいしかなかった。

 

「はぁ……まだ続くのかねぇ、このパーティ」

 

 フーケ本人としてはさっさとこんなところからは立ち去りたいが、表向きパーティの主役である彼女にそんなことはできるはずもない。終わりまで待つしかないのだ。

 少し鬱屈した気分になりながら、フーケは再度杯を煽る。

 

『ウジュルルルルルルル…………』

 

「……?」

 

 どこからか聞こえてきた不気味な声。

 まるで獣のうめき声のようにも聞こえたそれに小首を傾げ、フーケは周りを見渡す。

 しかし、こんな場所に獣などいるはずもなく、やはり彼女は何も見つけられなかった。

 

「……酔いがまわってきたかねぇ」

 

 幻聴だと思ったフーケは、そのまま引き続いてパーティの終わりを待った。

 

****************

 

「うぅ……モ、モンモランシー……水はどこだい?」

「なに言ってるのよ、あんたの目の前にあるじゃない」

 

 モンモランシーに連れられて、ギーシュはテーブルの前にまで来ていた。

 しかしギーシュは目の前に水の入ったグラスがあるにも関わらず、テーブルの上を探している。

 

「え? どこ?」

 

 さっきから何度も彼女はギーシュにそのことを伝えているのだが、それでもギーシュは見つけきらなかった。

 いよいよ痺れを切らしたモンモランシーはグラスを手に取ると、ギーシュの前に差し出す。

 

「ここよここ! あんたいったいどこ見てるのよホントに」

「あ、ああ。ご、ごめんよモンモランシー」

 

 やっとギーシュもグラスを見つけ、申し訳なさそうにモンモランシーから杯を受け取った。

 

************

 

「さ~て、とっ。次はどの殿方と踊ろうかしらねぇ~♪」

 

 キュルケはご機嫌な様子で会場を歩き回っていた。

 そこいらをうろついていれば自然と男性に声をかけられる美貌を持った彼女は、顔の整った男子生徒との舞踏を満喫していた。

 

(あ~、でも少し喉が渇いたかもしれないわねぇ。ちょっと何か飲もうかしら)

 

 そう思ったキュルケは、目に入った近くのテーブルへ行くと置いてあるグラスを手に取る。

 クイッと一気に飲み干すと、そのままグラスをテーブルに戻した。

 

「あー、次はあの殿方なんてのもいいかもっ」

 

 さっそく次の相手を見つけると、キュルケはその男性のところへと歩んでいく。

 

 彼女は気づかなかった。

 自分が置いたグラスの隣に、奇妙なシールが貼られたグラスが並んでいたことに。

 

**********************

 

 周囲の者達がダンスにおもむく中、タバサは無心にただご馳走を平らげていた。

 テーブルの上にある物はとにかく片っ端から口の中へと放り込む。

 彼女は誰かと踊ることに興味はない。よって食べることしかこの場ではすることがなかった。

 

「……ご馳走様」

 

 やがて一通りのものを食い尽くすと、次のご馳走が待つテーブルへと移ろうとするタバサ。

 しかし、そのとき彼女は少し妙なことに気が付いた。

 

「……?」

 

 彼女の足元や、テーブルがビショビショに濡れているのである。

 ここに水をこぼした覚えはないし、だいいちこんなに濡れるほどの水などここに置いていなかった。

 

 ――ヒュウウ……

 

「きゃっ! なにかしら今の風」

「さあ、結構強かったな。でも、なんでこんなところで風が?」

 

**********************

 

 

 ボスとの別れを経て、彼の力と最後の意思を受け継いだドッピオ。

 ここで彼らは、ひとまずの平穏を過ごすこととなる。

 しかし、彼らの物語はここで終わらない。

 それはまた、新たな冒険の始まりでもあった!!

 

 ~ゼロの奇妙な腹心第一部『フーケ編』・完~

 




クックック、第一部が終わった。
腹の底からザマミロ&スカッとサワヤカ笑いが出てしょうがねーぜッ!

というわけで第一部、フーケ編が終了です。
しかし、これからもまだまだゼロの奇妙な腹心は続きます……これ、終わるのか(笑)

……そして最後の最後に全員がどのスタンド能力に目覚めたのか、ヒントだしたんですけど、これもうほとんど正解ですよね(笑)
これからの展開にこれで期待していただければ幸いです。

では、ルイズの言葉をお借りして……
今までありがとうごさいました。そしてこれからもよろしくお願いします

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