ゼロの奇妙な腹心   作:Neverleave

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執筆中に突如としてアイデアが浮かぶことなんてざらにあるよね。
そんなやっつけのような作業ばかりを繰り返すこと約二か月。
こうしてゼロの奇妙な腹心22話は出来上がっているのである。

こんな話どうでもいい? ですよね~
どうぞ


22話

「…………?」

 

 目を開けると、そこには生い茂る木々の緑と、青い空。

 心地よい土の匂いと森の香りが混じって、目覚めはとてもよいものになった。

 ……いったいここはどこだろう?

 そう思って起き上がろうとしたが、不意に手足が何かに引っ張られて中断を余儀なくされる。

 いったい何だと思ったが、どうやら縛られているらしかった。どれだけ力を加えてもそれは一向にほどける気配を見せないので、諦める。

 首を動かすことすら気だるく、視線だけを動かして周囲の様子を見た。

 どうやらここら一帯は森であるらしい。あちこちで大きな木々が生えていて、チラチラと木漏れ日が差し込んでいる。

 地面のでこぼこして湿った感触から、自分が土の上にいることもわかる。

 こびりついた土くれを髪と服から取り除くのが面倒だなぁ……なんてそんなどうでもいいことを考える。

 

 そういえばいったい、自分はどうしてこんなところにいるんだろうか?

 記憶が正しければ、自分はルイズの使い魔、ヴィネガー・ドッピオとの一騎打ちで敗北し……この胸を……心臓を奥に位置した、この場所に……真紅の拳を撃ち込まれたはずだ。

 なのにどうして自分は生きている?

 免れることのできぬ絶対的な死を、この身に送られたのだと思っていたのに……

 

「気づいたか、フーケ」

 

 ふと、どこからか自分を呼びかける声が聞こえてきた。

 声の聞こえてきた方へと視線を移すと、そこに立っていたのは紫色の髪とセーターを着て、『約束のペンダント』を首にかけた青年が一人。それはこの土くれのフーケに引導を渡したはずの死神だった。

 そしてその傍らに立つのは、他の者達から無能と罵倒され、『ゼロ』蔑称をつけられた、彼の主人である一人の少女。

 ヴィネガー・ドッピオとルイズが、そこに立っていた。

 ドッピオはキング・クリムゾンを出現させるとゆっくりとフーケの傍にまで歩み寄り、屈むと彼女の目を見て話しかけた。

 

「……気分はどうだ?」

「いいと思うのかい? 鳩尾のとこを思いっきり殴りつけてくれたっていうのに。まだあちこちが痛いよ」

「とりあえず口と心臓が動いてりゃあ上出来だな。どっちもついさっきまでピクリとも動いてなかったんだからよ」

 

 愚痴を垂れながら、ドッピオはキングクリムゾンを使ってゆっくりと彼女の上体を起こし、そこいらの木にもたれかからせた。

 こちらとの会話がしやすいようにするための措置だろうが、なんにせよありがたいことだ。

 

「ああ、そうかいそうかい。そりゃよかっ……ん?」

 

 互いに軽口を言い合っていたところ、フーケは相手がさらっととんでもないことを言ってのけたのを聞き逃さなかった。

 ついさっきまで、心臓が動いていなかっただと?

 

「お、おい。いったいどう……あたし、心臓が止まっ……え?」

「あのなぁ、直下に心臓がある場所に一撃をぶち込まれて平気でいられるヤツがいると思ってんのかァ~? ものの見事に心臓が止まってたよッ、おかげで心臓動かすためにまたスタンド使うことになったんだからなッ」

 

心臓が停止したと判明すると、ドッピオはすぐさまキングクリムゾンを出現させ、心臓マッサージを開始したのである。

 先ほどの攻防で見せつけたように、スタンドには物質を透過する能力がある。これはスタンドが『精神が具象化したヴィジョン』であるからこそできる芸当であるため、例外を除けばこれはすべてのスタンドで共通する能力……というより性質だ。

 この性質を利用して、ドッピオはキングクリムゾンによるダイレクトな心臓マッサージを行ったのである。奇しくもそれは、最強の能力を持つスタンド使いと称された、空条承太郎が祖父のジョセフ・ジョースターを蘇生させるべく取った手段と全く同じだった。

 

 口には出していないが、ドッピオの顔には『こんなことも理解できないのかド低能が』とフーケを見下す表情がありありと見えていた。それに対してフーケは若干の怒りを感じて顔をしかめるが、ドッピオはそれを見ても全く意に介さない。

 しかし、フーケはスタンドなんてものの存在は知らないし、治療ですら魔法で行うこの世界で生きていたのだからまず心臓マッサージなどという技術も知らない。したがって理解しろと言われてもできないものはできないのである。

 だがドッピオの所属していた『ギャング』の世界では、たとえどれほど理不尽で意味不明なものであったとしても上の人間から言いつけられたことはまず『飲み込む』必要がある。

 いちいち理由なんか考えている暇なんか与えてくれるはずがないし、とにかくまず動け、というのが彼の中では常識化されているのだ。

 

 閑話休題。

 ドッピオは会話をいったん区切り、フーケをまじまじと観察する。

 どうやら身動きできないというのは嘘ではないと判断したらしく、主人であるルイズに安全の旨を伝えた。

 そうしてルイズはゆっくりと慎重な足つきでドッピオのところにまで近づき、フーケを見る。フーケもルイズと視線を合わせ、互いに見つめ合った。

 

「……なんかよくわからないけど、とりあえずあたしはあんたに助けられたおかげで、まだ生きてるってことなのかい?」

「……そーなるわね」

 

 フーケからの問いかけに、ルイズはどうでもよさげにそう答えた。

 確かにかなり当たり前のことを聞いているようだが、それでも彼女にとってはそのことは、今はどうでもいいことなどではなかった。

 

「……なぁ……なんで、あたしを生かしたんだい?」

 

 浮かび上がる、疑問。

 これだけは、どう考えても理解することができなかった。

 あれだけ盛大に衝突し、互いに殺し合う戦いをしていたというのに、どうしてそれに敗れた自分がこうして生きているのか。

 現に自分はドッピオを筆頭に、この場にいた全員を殺そうとした。

 もはや言い訳などできるはずもない。完全にフーケは、ドッピオやその主人と友人を抹殺すべく行動していたのに。どうして?

 疑問を投げかけられたルイズは沈黙したが、やがてドッピオが口を開く。

 

「生きてた方が、都合がいいからだな」

「……はぁ?」

 

 あまりに漠然としすぎていて、というか意味がわからなさすぎてフーケは間抜けな声をだしてしまう。

 

「大切に保管されていた貴族の秘宝、財宝を悉く奪ってきたテメーは、裏の世界とのつながりがかなりでかいはずだ。盗品を売りだす市場、欲しがる人間に……なにより次の獲物を決めるためなんかの情報源……一朝一夕でそんな人脈出来はしないし、あればかなり便利だからな」

 

 まぁ、聞けば確かに一理あると思ってもいいものだ。

 非合法な手段でしか入手できない希少な素材などを手に入れる手段や、表ざたにはなっていないようなこと、極秘のことであってもたちどころに入手できる情報源はかなり魅力的であると言ってもいいだろう。

 だが、それはあくまで目的が存在する上での話。

 そんなものを持っていたとしても、いったいなぜそれを必要としているのかフーケには皆目見当がつかなかった。

 そしてなにより、

 

「……で? そんなもののために、あんたは友人を殺したあたしを生かすってのかい?」

 

 そう。フーケは、ルイズの同級生を三人ももう、手にかけているのだ。

 たとえどれだけ自分を蔑んできた者達であったとしても、それでもルイズはそれを許しはしないのだろう。

 殺された人間は、二度と生き返らない。

 フーケが……マチルダ・オブ・サウスゴータが、身をもって知った真実だ。

 なのになぜ、ルイズはそれを許したのか。

 その回答に、フーケは肝を抜かれた。

 

「ああ、それならな。あいつら死んじゃあいないよ」

「………………………はぁ?」

 

 今、何か聞き逃すことのできないことをこの男は言ってくれてはなかったか?

 しかも最初のときと同じように、さらっと。

 

「ちょ、ちょっと待った。え? 今、なんて……」

「いや、こればっかりは正直に告白すると、俺もよくわからん。ルイズの話からするとギーシュは喉ぶった切られたらしいし、キュルケとタバサは心臓だろ? で、タバサの使い魔も致命傷を負わされたらしいんだが……」

 

 途中で言葉を切るドッピオだったが、その先は簡単に予測することができた。

 

「……見たら、全部塞がってたらしい。今はまだ眠ってるよ、全員」

「……嘘、でしょ……」

 

 未だ信じることができないフーケ。それはそうだ。自分が確実に仕留めたと思っていた人間が実は生きていたというのだから。

そいつらが生きてピンピンしている姿でも見なければ到底信じることはできないが、こんなところで嘘なんてついたところで何の得にもならないことくらいはすぐ理解できた。

といっても、やはり信じることができないが。

 

「……まぁ確かにお前は俺たちに牙を向いた。だが、運のいいことにこっちは死者は出てない。水に流したっていいわけだ。その代償として、今後は盗みをしないこと、そしてこちらの要求は全部飲み込んでもらうことを誓ってもらうがな」

「…………」

 

 相変わらず謎は謎のままだったが、今は考えたところでしょうがないのでフーケはとりあえずそのことは頭の隅に追いやることにした。

 問題は、相手からのこの要求を飲むか、否か。

 

「水に流すってのは、どこからどこまでだい?」

「俺たちを襲ったこと。そしてあんたの正体を誰にも言わないこと。そしてあんたの罪を問わないこと」

「要求ってのは?」

「盗賊稼業はやめてもらう。それとこれから何かしらの情報、もしくは物資が必要となった場合は積極的に協力してもらう。ものによってはこちらから報酬も出す」

 

 何も悪くはない。むしろ破格の取引だと考えてもいいだろう。

 自分はこれから貴族相手をカモにすることができないが、死刑になるどころかこれから自分を匿ってくれる人間ができるのだ。

 しかもやりようによってはそれを補うことができる。本来自分が受けるはずの報いと比べればまさに天国だ。おいしい話である。

 そう。あまりにおいしすぎて、逆に信じられないほどに。

 

「なんでそこまでやってくれるってんだい、あたしなんかに」

 

 当然の疑問だ。

 いくら被害者がゼロであったからといって、ここまで自分によくしてくれるはずがない。

 死者という結果がなくても、自分が彼らを襲ったという過程はある。

 何度も彼らは死の淵に立たされたというのに、どうしてここまで自分を優遇してくれるというのか。

 理解できない。

 全く。フーケには理解できない。

 しばらくドッピオは沈黙したままだったが、やがてため息を一つ吐くと、

 

「……それは、俺のご主人様にでも聞いてくれ」

 

 それだけ言って、チラと自分の背後に立つルイズを見ると、ドッピオは後ろに下がってしまった。

 ルイズの方はというと、なんと言い出せばいいかわからず少し戸惑っている様子だったが、一度大きく呼吸をすると意を決し、

 

 

「フーケ……いえ、ミス・ロングビル。仕送りって、誰に送ってるんですか?」

 

 

 その言葉を聞いたフーケは、驚愕で目を見開いた。

 そんなフーケの様子を見て、ルイズは申し訳なさそうに俯く。

 

「ドッピオから、聞きました。ミス・ロングビルが、そんなことを言っていた、と……」

 

 思わずフーケは視線をルイズからドッピオへと移すが、本人はただフーケが妙なことをしないかどうか見張り続けるだけで、特に表情を変えることはなかった。

 少し長い間茫然としていたためか、ドッピオは首を動かしてルイズの方を示す。『話を聞け』ということだろうか。

 フーケは彼の指示通りに彼の主人へと視線を戻すと、ルイズは再び話し始めた。

 

「きっと、盗賊稼業をしているのはそのためなんじゃあないかって……あとこれは、ドッピオの推測なんですけど、あなたにとってとても大切な人のために、そうしてお金を稼いでいるんじゃあないかって……」

「…………」

「もしそうなら……もうこれで、足を洗ってもらえたなら、それでいいんじゃあないかって思ったんです。確かに私たちは、あなたに殺されかけました。あなたはこれまで多くの罪を重ねてきました。でも……それがもし全部、あなたが大事にしてる人のためなんだったらって……」

「……………………」

「もちろんこれは人から聞いただけ……それに、単なる推測だけの話です。でも私は、あなたと話がしたかった。どうしてあなたが盗賊をやっているのか、知りたかった……それで話をしてみて、私は」

「やめとくれ」

 

 とそこで、今まで黙ったままルイズの話を聞いていたフーケが口を挟んできた。

 それは、強い否定の意思がこもった声だった。

 自分に――精神的な意味で――近づこうとしてくる、一人の少女を拒絶する、冷たい言葉。

 それをフーケは、言い放った。

 その迫力に押されたルイズは口を閉ざしたが、フーケは容赦なく言葉を続ける。

 

「たったそれだけのことで勝手に人のことを判断して、どうするんだい? そんなことをされたところで、こっちとしてはいい迷惑だよ。くだらない憶測で勘違いされて同情されたあげく、自分の悪行は全部なしにしてやるだって? あんたは神様にでもなったつもりかい?」

 

 あまりにも刺々しい罵声の数々。

 聞いているルイズ本人はかなり堪えているようで、さっきから何度もビクビクと震えている。

 だが、フーケはこんなことで赦してやるつもりはない。

 こんなことで、彼女の怒りは収まりはしない。

 

「いつもいつもそうさ……貴族って連中は、いつも勝手に動き回って邪魔ばかり。自分の体裁しか気にかけていないくせして表では善人面晒して、上からものを言ってきて、感謝しろ、敬えだのと煩いったらありゃあしない」

 

 言葉にすればするほど、自分の中で憤怒が大きく渦巻いていくのをフーケは感じた。

 こんなもので済むはずがない。こんなもので済ませていいはずがない。

 口を動かしただけフーケの憎悪は膨らみ、敵意となってルイズへと降り注いだ。

 

「あんたもそいつらと変わらないさ。自分の妄想膨らませて、そいつを救おうだなんて考えてる身の程知らずの偽善者だ。あたしがそんなことであんたに感謝するとでも、敬うとでも思ってるのかい? 救われるとでも、本気で思ったのかい!?」

 

 止まらない。もはや誰にも止めることはできなかった。

 たとえキングクリムゾンを使って押さえつけられたとしても、この怒りを鎮めることも、このまま暴走することを止めることもできない。

 自分自身が愚かで、醜いと、フーケはこのとき自分でも思っていた。

 それでも抑えることができないほどに、彼女の中の怒りは大きく大きく膨らんでいたのだ。

 それほどまでに……貴族が彼女に与えた傷というものは深く、そして大きかったのだ。

 

「だから嫌いなんだ……貴族なんてもんはみんな同じだ。結局は自己満足で完結して、他人のことなんか何も考えちゃあいない。ルイズのお嬢ちゃんはその中でも、最低のもんさ! もう聞いてるだけで反吐が出そうになるよ、ゲロ以下の臭いでもしてるのかってくらいにね!!」

 

 怒声を張り上げ、呼吸を荒げるフーケ。

 もうそれは、もはや貴族に対する怒りを一人の少女に叩き付けているだけでしかなかった。

 情けないほどに醜悪な、自分の心。

 それをすべてさらけ出してしまった、自分が悲しかった。

 悲しくて、それでもやっぱり許せなくて、怒りがわいて、憎くて……何もかもがわからなくなって、涙が出た。

 視界がぼやけて、ろくに相手の顔を見ることもできない。そこにいるであろう桃色の髪をした少女は、きっと泣きそうな顔でもしているのだろう。それほどまでに自分は相手を傷つけたのだ。そして、そんな少女の前で自分は泣いたのだ。

 それがまた情けない。止めたくても止められない。

 悔しくて悔しくて、嗚咽が激しくなっていく。

もう、ダメだった。

 

「……安い同情心であたしを助けようなんて思ってるのなら……もういっそのこと、殺してくれ……救おうだなんて、思わないでおくれ……頼むから……」

 

 蚊が鳴くような、とぎれとぎれの小さな懇願。それでも、それは大気を震わせ、よく響いた。

 そのままフーケは俯いて、ひたすら泣くだけだった。

 もういい。

 こうして惨めに生きるくらいなら、死んだ方がましだ。

 そして私はこのどうしようもない憎悪を抱えたまま……死んでしまいたい……

 ……消えて、しまいたい……

 

 

「……言いたいことはもう終わりかしら」

 

 

 不意に、震え声で少女が言葉を放った。

 

「……?」

 

 フーケはそれが気にかかって、顔をあげる。

 するとぼんやりと見えていた少女の像がおもむろにこちらへと歩み寄ってきて、フーケの目の前で止まった。

 そのとき。

 

 バ シ ィ ィ ィ ン !!

 

「ッ!?」

 

 思い切り、フーケは頬をはたかれた。

 一瞬何をされたのか全くわからなかったフーケだったが、ルイズにビンタされたのだとすぐにわかった。

 ルイズのいきなりの強行に驚きを隠せないフーケだったが、そんな彼女のことなどお構いなしに、今度はルイズが話し始めた。

 

「私もまだまだ未熟だわ。あんたからのそんな言葉でいちいち動揺しちゃうし、苛立ってこうでもしないとまともに話すこともできない。ホントにイライラしちゃうわね、成長するって難しいものだわ……まぁ、これでさっきの罵声はチャラにしてあげる」

「なっ……んだって、この……!!」

「今は私の話! あんたは黙ってなさい!」

 

 零距離からの怒声。それにはフーケも肝を抜かれたようで、こちらが怒鳴ろうとしていたのに思わずそれを中断してしまった。

 さっきまで敬語で話していたというのに、口調が一転して変わっている。それが迫力にさらに拍車をかけていた。

 相手が黙ったのを確認するとルイズは両手を腰にあてて、面と向かってフーケに言い放つ。

 

「あんたがどう言おうとどう思おうと私には関係ないのよ。私は私が目指す夢に……自分のすべきことを、したまでよ。私が目指すのは真の貴族……誰かを助けるために動き、決して敵に背中を見せず立ち向かう者よ!」

 

 先ほどとは完全に攻守が逆転した、一方的な会話が開始する。

 ルイズは今まで溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにフーケに怒鳴り、ただただフーケはそれを聞くしかない。

 大の大人が、貴族とはいえ見習いの、少女に説教を受けている。

 一見すればとても奇妙な構図だった。

 

「あんたのそんな些細なことなんて私は知ったことじゃないわ! 貴族が憎い? どいつもこいつも自分勝手? だからなによ、そんな理由であんたは自分の大切な人のことも考えないで死を選ぶわけ!? あんたの思いなんて所詮そんなものだったの!? それともあなたは大バカ!?」

「こ、この、黙ってれば勝手なことばかり言いやがっ――」

「違うっていうならこっちの要求を受ければいいじゃないこのバカ! それだけ大切なら私の条件は願ったりかなったりのはずよ、つべこべ言わずに首を縦に振ればいいのに、どうしてそうしないの!? それだけであなたはまたその人を守ることができるのに、どうしてそうしないのよ!」

「そ、それはだから――」

「なに、何かあるっての!? 思いもあるくせに、それを遂げられるだけの力があるくせにそのチャンスもくだらない矜持で棒に振るだけの理由って何よ! なんか言ってみなさいよ、ねぇ!?」

「ッ!!」

 

 実に痛いところを突かれてしまったフーケ。

 自分よりも一回り小さいひよっこメイジに言い負かされるなど屈辱の極みだが、それでも何も言い返すことができなかった。

 ルイズの言っていることは、何もかもが正論だった。

 所詮自分はただ、くだらない意地を張っているだけだったのだから、勝てるはずなど微塵もない。

 自分がどれだけ惨めだったかが身に染みてわかり、軽く自己嫌悪になりかけるフーケ。

 それでも、ルイズは止まらない。フーケと同じで、いろんな気持ちが濁流のように暴れて、吐き出すしかないのだろう。

 でもそれは、フーケのものなんかよりもずっと清らかなものだった。

 

「私はあんたを助けたいと思っただけよ! それであんたが救うに値しない悪党だったとわかったなら、また私は立ち向かってやるわ、そして勝つ! 文句なんて言わせないわよ!」

 

 もはや自分勝手などという範疇に納められるものではない。自己満足などという言葉でも言い足りない程に利己的で横暴なセオリーだ。

 なんという、自己中心的な考えであろうか。そこらの貴族なんかよりもこれはよっぽど酷いものだろう。

 なのに、フーケは聞いていても怒りがわいてこなかった。

 憎悪に再び自らが染め上げられることはなかった。

 まるで清められたように、心に平静が訪れ、澄み渡っていく。

 気づけば、ただただ……彼女の言葉一つ一つに、聞き入っていた。

 

「…………一つだけ、聞いても良いかい?」

「……なによ」

 

 フーケはその次の言葉を出すことがなかなかできずにいた。

 やがて決心したのか、しかし恐る恐るというようにフーケはルイズへと問いかける。

 

「……もし、お嬢ちゃんが……あたしのことを、本当に助けるべき人なんだって確信したなら……あたしが、助けてって言ったのなら……お嬢ちゃんは、どうするんだい?」

 

 愚問だと、訊ねたフーケ本人も思う。

 それでも、聞かずにはいられないことだった。

 案の定ルイズは、それを聞くや否や即座に答えを返す。

 

「どっちにしたって私は変わらないわ。やると決めたならとことんよ」

 

 無い胸を張って、どうだと言わんばかりにニヤリと笑ってみせるルイズ。

 少女の決意は固く、何をどういってももう自分の回答を変えようとはしないだろう。

 それだけ彼女の夢は、彼女の中では大きくて、絶対的なものなのだ。

 信じるに足るものだと、はっきりと言うことができるものなのだ。

 不意に、フーケは笑いがこみあげてきた。

 思わず口が横に広がり、どうにも止まってくれそうにない。

 本当に、馬鹿みたいだった。

 どこまでも頑固で、意地っ張りで。

 こっちの言うことなんか全くお構いなしときた。

 どんなに拒んでも……自分のような人間を信じて、そして本気で助けようとしている。

 世界中から追われるお尋ね者の自分なんかを、疑いもせずに。

 

「ハハ……なんだいそりゃ……愚直だよ、ホント……バカみたいに……」

 

 思いきり笑い飛ばしてやろうと思っていたのに、フーケはそれができなかった。

 高笑いも何もできず、自分でも気持ち悪いと思うくらいにニヤニヤと笑うだけしかできない。

 そして。

 

「ハハ、……ハ?」

 

 気づけばフーケは、また泣いていた。

 止めたくても止められない。でもさっきとは、まるで違う涙。

 

「あ、あれ……な、なんで……違……これ、こんなの……こんなんじゃあ……あ、あたしは……」

 

 あたふたと慌てるフーケだったが、どこかでおさえられないことを理解していた。

 笑いながら涙を流す、なんとも珍妙な表情を浮かべているであろう自分が恥ずかしくて隠そうとするが、それもまともにできそうになかった。

 

「違う、こんなの違う……あた、あたしは……泣いてなんか……違う、違う……」

 

 いったい自分は誰に向かって言っているのだろうか。

 ルイズに対してか?

 それとも自分に対してか?

 答えは返ってこない。いつだってそうだ。

 そうわかっているはずなのに、いつも自分はそうだった。

 いつも、そうだった。

 

「ちくしょう……ちくしょう……」

 

 フーケはただ悔しげに言葉を吐き散らす。

 それでも彼女の心に残ったのは怒りなんかではなかった。

 もっともっと暖かくて心地よい何かが、彼女の心を満たしていった。

 

 

 

 

 

「で、結局こうしてフーケは捕まえずそのままに、ってことね。なんていうか……」

「甘い」

「……それくらいわかってるわよ」

 

 その後、一向は再び馬車に揺られて帰路へと入っていた。

 傷が塞がっていたことに関しては、フーケを倒したのちに彼女に治癒させたということで話を合わせることとなった。わけもわからず勝手に傷が治ったというよりは、そちらの方がまだ現実味があって混乱を招かずに済む。

 ドッピオはそのまま疲労が蓄積していたためか泥のように眠り、座りながら熟睡している。そのため馬車の運転はフーケに任せることになり、ルイズ達は再び学院にたどり着くまでの暇を持て余していた。

 どんな会話を繰り出しても、フーケはまるで聞こえていないかのように馬車を黙々と運転するだけで何も言ってこない。

 ちなみにギーシュも眠りこけていて、ドッピオの隣でうずくまっている。

 

「まぁ、ダーリンがそうするっていうんだったら私はそれでも文句は言わないわ。最後にフーケを倒したのだって、ダーリンだっていうし」

「ダーリンってあんたねぇ……」

 

 キュルケの、ドッピオに対する呼称に呆れるルイズ。

 どうも今回の活躍で、すっかりキュルケはドッピオに惚れこんでしまったらしい。

 わかってはいたが、彼女は本当に燃え上がりやすいというか、なんというか……

 

「だってルイズだけじゃなくて私や親友を守ってくれた上に、世界中を騒がせている盗賊をたった一人で倒したのよ? それに、侮辱した相手は誰だろうと絶対に許さず制裁をくわえる……まるで本当の貴族じゃない、ねぇタバサ。あなたも彼の提案に異論はないでしょう?」

「……恩人の言葉くらいは私も聞く……」

「……まぁこっちの話を聞いてくれる分にはありがたいけど、変なことはしないでよツェルプストー」

 

 釘を刺すルイズだったが、クスクスと笑いながら二つ返事をするだけのキュルケを信用することなどできるはずもなく、これから先のことを考えると頭が痛かった。

 予想とは裏腹に、フーケを匿うというルイズとドッピオの提案を皆は簡単に受け入れてくれた。

 事情を説明したらあっさりと納得してくれたし、もしものことがあってもドッピオがいれば安心だと思ったのだろう。

 逆に不安になるほどスムーズに会話が進み、こうして馬車を任せているのである。

 といっても行きの時とは違って、本人に話しかけるということはなくなったのだが。

 

 やれやれと言うように頭を振るルイズだが、ふとキュルケがドッピオを見て言った。

 

「それにしてもダーリン、突然何かすごい力に目覚めたっていうけど……もしかして秘宝と何か関係あるのかしら?」

 

 そんなことをぼんやりと考えてつぶやいたが、すると全員が途端に『約束のペンダント』に興味を持った。

 ドッピオのかつての主人が彼に託したものであるということ以外は、ルイズ達は矢については何も知らないのだ。

 いったいどんなものなのかはまるで見当もつかないが、何かとても大きな意味を持つに違いないことはわかる。

 ルイズももともとドッピオの覚醒には関心を持っており、先のキュルケの一言で好奇心が刺激されたのだから、その気持ちはキュルケ達よりも一層強い。

 

 好奇心におされたキュルケはドッピオの首にぶらさがっている矢を手に取ると、興味深げにそれをまじまじと見つめる。

 

「こんなものに、いったいどんな価値があるっていうのかしら……タバサは、これがなんだかわかる?」

 

 キュルケに問いかけられ、タバサもそれを手に持って見てみるが、彼女もいったい何なのか判別しかねたようで首を横に振る。

 この中で一番博識なのは、間違いなくタバサだ。

 彼女は少しでも暇があれば読書をしているし、その多くは難しい魔術関連の書物である。いったい何を目指しているのかはわからないが、彼女は貪欲なまでに知識を求めるのだ。

 鉱物についての専門家であるフーケやギーシュもこれが何で出来ているかわからなかったらしいし、そしてタバサもわからないのであるならもうお手上げだ。

 

「そう……ちょっと気になるわね。ダーリンが起きたら教えてもらいましょ」

 

 そう言って、いったんこの話は切り上げられることとなり、その後は各々が暇を潰すこととなった。

 

 

 このときドッピオと、その矢の危険性を知らされていたギーシュが眠っていたのは偶然だった。

 しかしそれが偶然であれ必然であれ、彼女たちは、矢に触れた。

 それが彼女たちの運命を大きく変えることになるだなんて、本人たちは思いもしなかっただろう。

 矢を握ったその手に小さな切り傷ができていたことなど、少女たちは知る由もなかった。

 




読み返して思ったこと。
ルイズ、もしかしてヴァリエール家の中に幻想殺しの異名を持つ少年っていないかい?

完全なるあの人の説教じゃないの、あれ。

ボス、マジに何者だ?
説教経験の豊富なヤツだ……相手の反論を、確実に計算に入れているッ!!

↑オメーがつくったんだろうが

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