ゼロの奇妙な腹心   作:Neverleave

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うん。やっぱりドッピオがかなり強気だ。
ボスがいないはずなのにいったいこれはどういうことか。
……まぁ、気にしたら負けということか。


2話

「月が……二つ?」

 ドッピオは、驚嘆せずにはいられなかった。

 何気なく夜空を眺めてみれば、そこには自分の知る黄色い月はなく、赤と青の二つの月が存在していたのだから。

「月は二つあるものでしょ? 何をそんなに不思議そうに眺めてるのよ」

「え、ええ? これが普通、なの? 1つじゃ……ないの?」

「……あんたホントにどこからやってきたっていうのよ……」

 呆れてモノも言えない、という様子で少女――ルイズという名前らしい――はため息を吐く。

 それに対してドッピオは何とも言えず、困ったように俯くだけだった。

(やっぱり僕……イタリアとは……いや、地球とは違う場所にいる、のかなぁ……)

 未だに信じることができないでいたドッピオは、頭を抱えた。

 あの禿げた男――コルベールという名前で、この学院の教師らしい――によれば、ここはトリステイン王国という国の、魔法学院らしい。

 他国から留学生がやってくるほどの伝統ある学院であるらしく、確かに施設のあちこちは素晴らしい装飾が施されている。

 しかし、彼自身そんな学院があるなどというふざけた話は聞いたことがない。

 イタリアをはじめに、ヨーロッパやアジア、アフリカや南北アメリカまで渡った経験がドッピオにはある。

 しかしどこにもトリステイン王国などという国はなかったし……まして、魔法などという文化はなかった。

 

 ……もちろん、そのことを話している最中も、コルベールが嘘をついているサインは一切なかった。

 薬物中毒者を相手にしているのかとも思ったが、それにしては言動や行動が中毒者独特のものとは違うし、もうマジで何がなんだかわからない。

 

(あ~、頭痛くなりそう……)

 まだ、信じられない。

 いや、そのこと自体が真実であるということは認めているのだが、心がまだそれを受け入れきれていないのだ。

 だが、そんなドッピオの心境とは裏腹に、様々な証拠が彼の目の前に突き付けられていった。

 この二つの月もそうである。

 そして……

「これ、ホントになんなのかなァ~~」

 ドッピオは自分の左手の甲に刻まれたルーンを眺める。

 彼の全く知らない言語(らしきもの)が書かれているが、当然のことドッピオにはさっぱりわからない。

 こちらの人間のはずのコルベールやルイズもわからなかったらしく。

 

『とりあえずスケッチさせてください。調べておきます』

 

 と言って、コルベールは左手のルーンを描いてそのまま退室していった。

 どうやらこれが使い魔のルーンというものらしく、ルイズとドッピオの間に主従関係をつくっている代物らしい。

 タトゥーではないというのも確認済み。どうやって付けたのか、まずその方法自体がドッピオでも判別できなかった。

 

(……今のところなんともないんだけど……それが逆に不気味だなァ~~なんか……)

 

 ドッピオは、(強制的にだが)新たな主人となったルイズについていきながら、ふとあることを考えた。

この世界の文化のレベルがドッピオの生きていた場所と違う。

 建築物などを見ると、中世のヨーロッパといったところだろうか?

 まだ他の場所を見たわけではないのだが、明かりにろうそくを使っていたり、服装も化学繊維は一切使っていなかった。

 魔法という技術が発達した結果かもしれない。一方で科学技術はあまり進歩していないようだ。

エンジン音なんかも全く聞こえないことから、きっと車すら存在しないのだろう。

ルイズの話によると、ここはかなり都心部に近いようだ。

ならば文化の本拠地となっているここに車がないなら、きっとどこにもない。

 

(……待てよ? じゃあ……『あれ』は……?)

 嫌な汗が、ドッピオの背に流れる。

 考えたくもないことだった。

 いや、しかし……ここまでくると、もはやドッピオの仮説はかなり高い可能性であり得ることだ。

「…………………………………………………………」

「ちょっと、なに立ち止まってるのよ」

 ルイズは、急に足を止めた使い魔を叱責する。

 だが当のドッピオは、そこから進もうとしなかった。

「……あの……少し、聞いていいですか? ご主人……様……」

「……? な、なによ?」

 不意に、かしこまってドッピオがルイズに訊ねかけてきた。

医務室ではかなり自分に対して無礼な口をきいてきたものだから、突然の変化にルイズはたじろいでしまう。

 ドッピオは言い出しにくそうにまごまごしていたが、やがてその重い口を開いて、

 

「……電話って、ありますか?」

 

 そう、言った。

 

「デンワ? なによそれ?」

 即答だった。

 ドッピオは、それだけで理解してしまった。

 この世界に、電話はない。

 そのことがわかっただけで……彼の中で、ほんの少しだけ残っていた希望が、消えた。

 

 元々、ここが異世界であるという点で、ボスと接触する機会など存在しないことくらいドッピオにも理解できている。

 しかしそれでも……『もしかしたら』という気持ちだけは、捨てきれなかった。

 『もしかしたら』ボスもここへとやってくることがあるかもしれない。

 『もしかしたら』そのときボスは僕の存在を見つけ出してくれるかもしれない。

 『もしかしたら』ボスは僕に電話をしてきてくれるかもしれない。

 『もしかしたら』、『もしかしたら』……

 

 それは途轍もなく可能性の低いものだと、ドッピオだってわかっている。

 だが、その残った可能性すら、たった今消え去ってしまったのだ。

 ドッピオは、ボスとは電話でしかやりとりを行ったことがない。

 しかもそれは道端の公衆電話だったりと、ケータイや通信機なんかは一切使用していなかった。

 手紙やメールは一切利用していない。

組織の命運を背負った任務の遂行中に、そんなものを使ってしまえばボスのことを調べられてしまう。

 必然的に、彼らのやりとりは電話と決まっていたのだ。

 だが……唯一のつながりであるそれすらも。ここには存在しない。

 もう……ボスからの電話は、こない。

「…………………………………………………」

「わけわかんないことばっかり聞いてくるわよね、あんた。いい加減疲れちゃうわ」

 そう言いながら、ルイズはいつまでも歩き出そうとしないドッピオを置いて先に進んでいく。

 落ち込んでいる暇はない。とにかく今は現状把握だ。

 そう思って、だがドッピオは重い足取りでルイズについていった。

 

「さてと。あんたにはこれから使い魔としての使命について話すわ」

 自室に入るとルイズはベッドに座って話をし始め、ドッピオは床に三角座りをして聞くこととなった(本当は椅子に座りたかったが、ルイズに睨まれたのでやめた)。

 

「まず、使い魔には主人の目となり耳となる能力が与えられるのよ」

「……なんか見えたり、聞こえたりします? 僕はさっぱりですけど」

 説明されて、ドッピオは自分の感覚に意識を集中させてみたのだが、これといった変化は見当たらない。

 問いかけられたルイズにも変化はなかったらしく、首を横に振る。

「……次に、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。秘薬とか」

「そんな知識持ってるように見えます?」

「もうっ! あんた、ホントに役に立たないわね!」

「……すいませんね」

 ルイズの最後の一言にはカチンときたらしく、ドッピオは目をそらして彼女に聞こえないよう小さく舌打ちする。

 

「……それで最後に、使い魔は主人を守る存在でもある……んだけどねぇ……」

 ルイズはじろじろとドッピオのあちこちを見やった。

 どこからどう見ても、彼が自分をあらゆる危険から守ってくれる存在には見えなかったからだ。

普通の平民よりはちょっぴりとだけ筋力が上かもしれないが、しょせんそれまでだ。

 襲い掛かってくる脅威というのは、平民だけに限ったものではない。メイジやその使い魔、幻獣など、そんなものよりももっと上の脅威がある。

 それらの脅威から、たかが平民ごときが主人を守ることができるのか?

 その問いの答えは、NOだ。

 絶対に。

「……弱そうな使い魔ですいませんね」

「本当よ。まったくなんでこんな使い魔が……」

 ドッピオも彼女の思考を読んだのか、全然すまなそうに思ってない口調で言ってやる。

 それに対してルイズは否定することもなく、本人の目の前で愚痴を漏らした。

 

「まぁいいわ。あんたの当面の仕事は雑用だから」

 そう言うと、ルイズは立ち上がってドッピオの眼前でとんでもない行動に出た。

 

 なんとッ! 突然ッ! 服を脱ぎ始めたのだッッ!

 バァ――――――――z_________ン!!

 

「………………えっ!! ちょっ、おまっ、何を………………!!」

 これにはドッピオも驚愕せずにはいられなかった。

 このメスッ、男であるドッピオの目の前でいきなりなにしてやがるッ!?

 ドッピオの頭の中は『理解不能! 理解不能!』の文字でぎっしりと埋め尽くされた。

「なにって、着替えだけど」

「それは見ればわかるんだよアホがッ! 俺が言いたいのは男の前でなに着替えてんだってことだよーーーーーーーッ!!」

「オトコぉ? あんたは平民で、しかも使い魔でしょうが」

 マジでなんなんだその理屈は。貴族でなけりゃあ男として見られないってことか?

 いや、そんなことは今はどうでもいい。この阿呆の行動をなんとかしなければッ!

(つってもよォ~~~、どうせ俺の言うことなんか聞いてくれねぇぞ? しかたねぇ、ここは耐えるしか……)

 と、なんとか落ち着きを取り戻そうとルイズから目を逸らしたドッピオだったが。

 このルイズとかいう女は、ドッピオのド胆を抜くような恐ろしい行動に出やがったのだッ!!

 

「はいこれ。あんたこれ明日の朝までに洗っといて」

 と、ドッピオの顔になにか布らしきものが投げつけられる。

 いったいなんだと思ってドッピオは『それ』を手に取った。

 上着かなにかかと思ったドッピオだったが、『それ』は彼の予想のはるか上を行く代物だったのだ……

 

 意外ッ! それはパンティッ!

 

「……………………………………………………」

 しばしの沈黙と、硬直。

 一方でルイズは寝間着のネグリジェに着替え終えていた。

「なんなんだテメェーーーーーッ! さっきからマジでふざけてんのかァーーーーーッ!」

 ブチ切れるドッピオ。しかし、ルイズはそれを見ても涼しい顔でいた。

 そのためドッピオの中でさらなるストレスがたまったことは言うまでもない。

 

「うるっさいわね、黙って言うこと聞きなさいよこの犬……あ、あとあんたは床で寝てよ?」

 そう言うと、ルイズはベッドに寝転がってふとんをかぶった。

 そのまま彼女は何もドッピオには言わず、眠りについてしまった。

 

「……………………………………………………」

 マジで頭いてぇよ、ボス。

 半ば涙目になりながら、ドッピオは顔も知らないかつての主人に心の中で泣き言を言った。

 




読者ッ! 貴様見ているなッ!!

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