ルイズはこの窮地をいったいどう乗り越えるのか。
……ここはどこだろう?
何もかもが真っ暗で何も見えない。何も音が聞こえない。
自分が呼吸をしているのか、生きているのかすら、わからないほどに、何もない世界。
まるですべての光が消え去ったようなこの場所で、僕は何をしていたんだっけか。
(……なんでだろう……とっても眠いや……)
冷たさはない。でも、温もりもない。
災いがすべてなくなったような場所。でも、幸せもすべて奪われてしまったような場所。
そんな場所で、突然睡魔が押し寄せてきた。
自分が今までどんなことをしてきただとか、そういうことはまるで価値がないように思えてきた。
思い出すことの意義すらない、まるでくだらないものばかりだったのだろうか。
思い出そうとする意志は徐々に弱くなっていって、何もかもを放棄して眠ってしまいたいという気持ちが膨れ上がってくる。
(……僕は……何があって……どうして……)
でも、眠ってはいけないと僕に訴えてくる何かが僕の心の中にわずかに残っていた。
それはどれだけ睡魔に僕が追いやられても消えず、むしろ僕を覚醒へと駆り立てた。
どうして眠ってはいけないのだろう。
どうして、思い出さなければいけないのだろう。
何があった?
僕に何があった?
光はどこだ?
どうして何も聞こえないんだ?
温もりはどこにあるんだ?
冷たさはどこにあるんだ?
僕はどこにいるんだ?
僕はどうしてここにいるんだ?
僕は生きているのか?
僕は……僕は……
(――僕は、誰だっけ……?)
何も思い出せない。頭にモヤがかかったみたいにすべてがぼんやりとして、そして途中でどうでもよくなってしまう。
思い出せないという『結果』ばかりなんだ。
もう仕方がないだろう?
眠ってしまったって。どれだけ頑張ってみても何もないんだ。『結果』はそれだけ。
どうやったって、それだけだ。
なぁ……もう、眠らせてくれよ……瞼が重くてもう目を閉じたいんだ……
もう、いいだろう……?
それでも、何というのだろう……僕の、心の奥底とでも言うべき場所は、僕のそんな思いを頭から否定しようとする。
だがそんな思いよりも、ドッピオは睡魔の方が勝ってきてしまった。
欲求に従ってゆっくりと、僕の目は閉じていく。
もともと何も見えない闇の中だ。真っ暗で何も見えないのは変わらない。
それとともに僕の意識も段々と、その闇に溶けていくように薄れていって、そして……
とおるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるるん。
電話のコール音で、眠りに落ちかけていた僕は覚醒した。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
ルイズの呼吸が、次第に荒くなっていく。
彼女の目から熱い滴が流れ、それは頬を伝って地へと落ち、冷たい土に吸い込まれていく。
ちょうど、そんなものかもしれない。
自分の仲間たちが負傷し、死の淵へと追いやられていく様というのは。
ただルイズはそれを見ていることしかできない。彼女は、何もできないのだから。
人一倍努力を重ねてきた彼女であっても、神様はそんな彼女に何も与えなかったのだ。
メイジならできて当たり前の、フライやレビテーションすら彼女にはできやしない。まして、死にゆく友を救う水の魔法などどうして使うことができようか。
ただそのままにしておくだけでも、彼女の友は命をゆっくりと奪われていくだろう。
しかし、もっと残酷で荒々しい死の化身が、彼らの元へともうじきやってくるのだ。
土を操り、名門貴族の館から秘宝をいともたやすく奪い去る、凄腕の盗賊にして屈強のメイジが。
彼女はきっと、彼らを安らかにこのまま眠らせることだって許しはしない。
ありとあらゆる暴虐を尽し、友の無残な死を傍観したその後に、ゴミのようにその死骸を土の剛腕で叩き潰すのだろう。
自分は、それから皆を、皆の安らかな眠りを守るための力すらないのだ。
夢はある。そこへたどり着くための意思がある。
でも、夢を阻む現実と立ち向かう力はない。世界はなんて残酷なんだろう。まるで不公平だ。
これからの光り輝く未来へと進む道を見つけた者は死の忘却へと葬り去り、生まれ持った力で己のことのみに執着する者にはその未来を約束し、搾取される者からはすべてを奪い去る。
たとえそれが、その者の尊い命であったとしても、そんなものは知ったことではないとばかりに掠め取る。
なんて酷い場所なんだろう、ここは。
フーケが召喚したであろうゴーレムは、なぜか彼女には襲い掛かっては来ず、『約束のペンダント』を回収するとそのままその場に佇んだ。
でも、ルイズはそのことで楽観視などしなかった。いや、できなかった。
きっと自分は、人質にされるのだろう。
フーケがこの国から、世界から逃げおおせるために道具としてこき使われた挙句、利用価値がなくなれば、ギーシュたちと同じ末路を辿ることになるのだ。
逃げることは出来ない。タバサの使い魔であるドラゴンもゴーレムによって打倒されてしまった。
それにたとえドラゴンが残っていたとしても、負傷したキュルケ達を乗せて、ルイズ達が飛び立つのをゴーレムが悠長に待ってくれるわけがない。
ルイズの身体が震える。
治療魔法が使えるわけでもなく、そして応急処置の方法を知っているわけでもないルイズでは、友と己の使い魔が冷たくなっていくのを見ていることしかできない。
あと数刻も経たぬうちに、ここにいる友の、使い魔の未来が消える運命にある。
救う方法は、ここにはない。ある場所へと向かうとしても、もう時間がないのだ。
「……どう、して……」
ルイズの言葉が震える。
なにがいけなかったの? 自分の決意が間違っていたというの?
しょせん、ゼロはいつまでもゼロのままであり続けるの?
目の前の暴力を、降りかかる災厄から人を守ることすらできずに、その悲劇の終始を見ていることしかできないというの?
なら、私はどうして……何のために、今まで……
「……なん、で……何もできないっていうのよ……」
ルイズは、呪った。
横暴の限りを尽くすフーケを。
暴力が蔓延り、それをさも当然と言い張る世界を。
どれだけ祈りを捧げて努力をしようとも、自分に振り向くことすらしてくれない神を。
「どうして……どうして……っ!!」
そして。
どれだけ努力をしても何も得られず、神にすがることしかできない、自分自身を。
ルイズは、自分の手に握られている杖を睨み、叫んだ。
「何が貴族の誇りよ、誇りを手にして夢を見て進んでも何もないじゃない!! 私にできることなんてなにもないじゃない!! ただ、ただ友達が……使い魔が死んでいく様を見るしかできないなんて……そんなの……そんなのって……!!」
どれだけ怒鳴ったところで、杖の形をした彼女の『誇り』は何も答えはしない。
彼女の願いを何一つ叶えることがなかったその杖は、また彼女の願いを聞き受けることはなかった。
「う、うぅ……うぅ……」
ルイズは力なく項垂れる。
世界のすべてが、灰色へと染まっていく。
使い魔がやってきて、そして自分の夢を取り戻してくれたときは、あんなにも煌めいていたというのに。再びルイズの世界はすべてが味気なくなっていった。
自分の何が間違っていたというのか?
気が付くのが遅かったとでもいうのか?
夢を信じて進むことがさらさらおかしかったのか?
自らの力不足もわきまえずにフーケ討伐へ名乗り出たことがダメだったというのか?
それとも……それとも……
ルイズは『過去』に縛られた。
自分の選んだことすべてが間違いだらけだったような気がして、それはまるで呪詛のように突然下から這い出てきて、彼女をがんじがらめにする。
後悔が込み上げ、それがルイズの心を抉り、締め付けた。
「……助けて……」
とめどない思いが噴き出てあふれたその後に、ルイズは誰に向けることもなくつぶやいた。
この場にいる誰も、その言葉を聞くことはない。
そして、救いを求める彼女の願いを聞き受けることもない。
「……助けてよ……誰か……」
一人の少女の嘆きは、木々の揺れる音にかき消された。
誰も、ここにはいない。
彼女の味方は、皆消えてしまった。
その理不尽に、ルイズは堪えることができず。再び叫ばずにはいられなかった。
「助けてよ! このまま私は終わりたくない、友達だって、使い魔だって誰も死なせたくない! これからを一緒に歩んで、互いに輝やかしい光の先へと進んでいきたいの! なのにどうして! どうして誰も救ってくれないの、どうして誰も、どうして!!」
世界に向けて、ルイズは呪詛を吐き散らす。
それでも依然として世界は変わらない。どれだけルイズが悲鳴をあげても残酷な今を変えようともせず、無慈悲な未来に彼女を叩きつけようとした。
死神がもうすぐ彼女の元へとやってくるのに、彼女はそれを、一人で、震えながら待つしかない。
何も変わらぬ現実を見て、ルイズは跪き、諦めた。
これからの未来を。友の安息を。夢を。
……ああ。
私は。
このまま。
この場所で。
死んでいくのか。
夢も。
未来も。
すべてをなくして。
そして……私は……
――……ては……ない――
(……?)
ルイズは、どこかで声が聞こえた気がした。
声の主は男性のようだ。
でもこんな場所に、自分たち以外にいったい誰がいるというのか。
皆、いなくなってしまったというのに。
(……いよいよ、幻聴でも聞こえるようになったっていうのかしら……)
希望を諦めたルイズは、そんなことをふと考えて冷笑する。
こんなときだというのに、自分がまだ都合のよい幻を見ようとしているようで滑稽だったから。
だが。
――…めては……ない――
その声は、また聞こえてきた。
ところどころで言葉が掠れていて、上手く聞き取ることができない。
ルイズはどうしてそんな声が聞こえてくるのかわからなかったが、すぐにそんな疑問は心の外へと放り出して、必死に耳を傾ける。
もう彼女にはそれしかないのだ。
それが彼女の救いになるかはわからない。全く意味のないものであるのかもしれない。
でももう、それしかないのだ。
――諦めては、いけない――
すると、急にその言葉をしっかりと聞くことができた。
たとえるなら、ラジオの周波数がピッタリと一致したときのように。
その言葉はルイズの心に直接響いてきた。
その事実に驚愕するルイズだったが、すぐにそんなことはどうでもよいと思うようになった。
――お前はもう、自分が目指すものを見つけたのだろう? いや、現実によってかき乱され、見失っていたものを再び見せてもらったのだ。自分の使い魔に――
ルイズはただ聞こえてくる言葉に黙々と聞き入っていた。
彼女はもう、それ以外の音は何も聞こえなかった。
――ならば、進むための意思を捨ててはいけない。世界は『結果』でできているのではない。お前たちの先祖から、父から、母から、恩師から、友から、そして『過去』のお前自身から続いてきたすべてを『受け継ぎ』、これから進める『過程』で『今』ができるのだ――
(……なによ、それ……そんなこと言ったって、これから私がどんな『過程』を歩んだって、『結果』は変わらないじゃない……)
――どうしてそう思う? 君は自分がどれだけ魔法が使えないから、そして努力しても変わらないからといって諦めていたというのに、再び立ち上がったじゃあないか? それこそどんな『過程』を歩んでも、『結果』は変わらなかったというのに――
(……それ、は……)
――もうわかっているのだろう? そう決めつけているそれは『神からの宣告』なんかではない。それこそどうして信じなければならないのかというくらいにバカバカしい、君の弱さが浮かんで出来た『下らない理屈』だと――
(…………)
――どうして絶対などと決めつけるのか。16年成功しなかったからか? そんなもの、『たったの16年しか失敗し続けてない』んじゃあないか。そんなちんけな理由だけで自分の運命を決めつけるなどと、愚かなことだと思ったから、また歩もうと思ったのだろう?――
(ッ、それ、は……)
――そういうことだ。今のこれだって、それと何も変わりはしない。君の弱い心がすべてを投げ出してしまいたいと甘えている、ただそれだけだ。本当に君の運命は決まっているのか? 他の選択肢は『ゼロ』なのか? ただ『ゼロ』に近いってだけで諦めるのか?――
(……それ、は……)
ルイズは、何も否定することができなかった。
それを否定することなんて、できなかった。
なぜなら彼女はフーケに向かって、世界に向かって高々に宣言したからだ。
――このルイズ・ド・ラ・ヴァリエールには、夢があるッ! 何時の日か、私は私が目指す貴族となる! そのために、私は私が正しいと信じる道を歩むのよ! たとえそれが非情な現実にまみれた茨の道であったとしても、その先に光があるなら私は進むわ!!――
そう、自分は確かに言い切ったはずだ。
非常にまみれた現実に立ち向かうと、ハッキリと覚悟をもって決意したはずだ。
そして、まさに宣告したものこそが、今このときなのだ。
ルイズを否定しようとするそのすべてと、今ここで立ち向かうのだと。そして、これこそが、ルイズが目指す夢へと向かう道にある、障害なのだ。
自分が予想していたものなんかよりもずっと残酷で冷たいものだった。でも、だからってもうそれから目を背けるのか?
すべて諦めて? 自分で決めつけた唾棄すべき運命なんかに従うのか?
違う。これは『試練』だ。『現実』に打ち勝てという『試練』だ。
声の主は、それをルイズに伝えようとしたのだ。そうして、ルイズを奮い立たせようとしたのだ。
そして彼は、ルイズの心に再び光を取り戻させてくれた。
深い闇で覆われた彼女の心を光で照らしていったその言葉は……ルイズには、それが神からのお告げのように思えた。
――お前の『意思』こそが光だ。これから進むべき道を照らし、そこへ向かっていくことで『輝かしい明日』が『誇り高き今』に変わる。そしてその光はお前の道だけを照らすわけではない。お前の友の進むべき道の闇をも祓ってくれる――
(でも……でも、私はもう何もできない……これから、どうしたらいいっていうの……何をすればいいっていうの……)
――ならば『任せて』くれればいい。お前がどうしようもない壁に突き当たったというのならば、お前とともに光り輝く道を歩む者が、お前とともに戦ってくれる。お前の辿る道は、そういうものなんだ――
(でも……でも、もうみんないなくなったわ! ただこの場に、私だけを残して……)
――いなくなってなどいない!!――
不意に声の主は怒鳴り、ルイズはヒッと声を漏らして震えた。
だが、すぐにそれは父親のような優しい声に戻り、ルイズを諭す。
――まだ彼らは生きている。いなくなっていない。まだ、未来は残っているのだ。それを手繰り寄せることができることを『祈り』、進むのだ。お前の目指す未来のために、そして友の輝かしい、先のために――
まるで自分の心が清められていくように、悲しみと後悔はなくなっていく。
声は再び自らの道を失いかけたルイズを導いた。
彼女の目にはもう臆病なときの面影なんてない。ただ彼女の心には、爽やかな風だけが吹き抜けていた。
厚い雲に覆われていた中で、その裂け目をぬって陽の光が地上に届いたように。彼女の心の闇は祓われた。
だが、未だにこれからいったいどうすればいいのかもわからないままだ。
友を連れて逃げようにも、戦おうにも、この窮地から脱する方法が、何一つ思い浮かばないのだ。
(……でも、どうすれば……いったい、どうすれば……)
――約束を、果たさせてくれ――
すると声の主はしばらく黙っていると、ルイズにそう告げた。
それを聞いたルイズは何のことかわからず、キョトンとする。
(……? 約、束?)
――30年前に、とあるメイジと私が交わしたその約束を果たさせてくれ。約束を果たし、私は彼にすべてを託す。そして託された彼は、お前と友を救うだろう――
……30年前?
ルイズはその言葉を聞き、ハッとしてフーケのゴーレムを見た。
ゴーレムの手元には、ルイズ達が取り戻そうとして追ってきた秘宝がある。
30年前に、とあるメイジととある人とが約束を交わし、託したペンダントが。
(待って……じゃあ、この声の主は……もしかして……まさか……!!)
その約束を果たすことは、今ここでできるのだ。
……あのゴーレムから、ルイズがペンダントを取り戻しさえすれば。
でも、できるのだろうか。
今はまだ攻撃をしてくる気配こそないが、こちらが何かしらの行動を起こせば反撃をしてくるだろう。
私にあるのはこの爆発だけ。ゴーレムの攻撃を防ぐ手段はなく、あれに少しでも近づかれれば、それで終わり。
あの素早い拳を見切って避けるなど、ルイズにはできない。
周囲を見渡してみるが、ゴーレムと自分との間に石ころが一つあるだけで、他には何もない。あれを拾いに行っても、ゴーレムは攻撃を仕掛けてくるだろう。
しかも魔力だって底を尽きかけている。あれだけ多くの魔法を使ったのだ。あと数回しか爆発は起こせないだろう。
チャンスは一度だけだ。
(……ッ)
ルイズは、不安に駆られる。
できるのか? 自分に。
もしゴーレムに避けられたら?
もしゴーレムから反撃を受け、もはやどうしようもない状況にまで陥ってしまったら?
これでいいのか?
自分はこれで、ゴーレムと立ち向かうことができるのか?
ルイズの胸の中でいくつもの疑問が浮かんでは、それは彼女の決意を揺るがそうとしてくる。
――迷う必要はない――
そのときまた、ルイズに話しかける声が聞こえてきた。
もうルイズはその声に耳を傾けることに何の疑問も抱いていなかった。
――お前はもう自分が何をすべきかわかっているはずだ。その道の前に立ちふさがる障害も知っている。あとは覚悟を決めるだけだ。自らの未来を、友の未来を……私のかわいい腹心の未来を切り開くための覚悟で……道なき道を踏破してみせろ、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール!!――
ルイズは杖を持って立ち上がった。
その声に従うことに、何も迷いはない。
なぜならそれは、自分の心の闇を祓ってくれた使い魔の、かつての主の言葉なのだから。
ルイズは杖を構え、その先端をゴーレムに向けた。
呪文などなんでもいい。結局はすべて失敗で終わるのだから。
だが、それがいい。今は、それがいいッ!!
(当てることだけを考えるのよ、ルイズ! 信じるの、自分を、使い魔を、そしてそのかつてのボスを!!)
がむしゃらになって、ルイズは魔法を使った。そしてそれは、いつもと変わらない爆発を起こす。
それは、ゴーレムからちょっとズレた場所で起こった。しかしそれでも、効果は抜群だった。
爆風はゴーレムの土をすべて吹き飛ばし、粉々に砕いた。
その手だけは崩れることなく、『約束のペンダント』を庇うように爆心地から弾き飛ばされる。
それを見たルイズは成功を一瞬だけ歓喜するも、すぐにペンダントを回収するために駆け寄る。35メイル級のゴーレムと同じく、ゴーレムが復活するかもしれないからだ。
ルイズの予想通り、それは徐々に周りの土を吸い込んで元の形へと戻ろうとしている。
(間に合え、間に合え、間に合え――ッ!!)
祈りながら、ルイズは必死に駆けた。
ルイズとペンダントの距離は、たった数メイル。
ただそれだけの距離が、果てしなく長く感じられる。
こうしている間にも、凄まじい速さでゴーレムは元へ戻ろうとしているのだ。
あと5メイル。
――ゴーレムは、すでに下半身が元に戻っている。
あと4メイル。
――やがて土は、腹部から上へと寄せ集められ。
あと3メイル。
――肩まで再生したそれは、腕へ、首から上へと土を収束させる。
あと2メイル。
――完全に復活したゴーレムは立ち上がり、向かってくるルイズを発見してその拳を振り上げ。
あと1メイル。
――それを、振り下ろした。
その瞬間、ルイズはスライディングをしてゴーレムの腕を回避する。
彼女の避けたその先に、ペンダントはあった。ルイズが手を伸ばすと、それはするりと彼女の手の中へと滑り込む。
ゴーレムは一瞬、ルイズがどこにいったのかわからず周囲を見渡していたが、やがてルイズを見つけるとすぐに振り返り、ルイズに近づこうとする。
だが。
「全く、困ったものよね」
ルイズはそんな状況であるにも関わらず、冷静にゴーレムに向かって話しかけた。
自身に脅威が迫っているのに、ルイズのその余裕ともいえる姿勢は変わらない。
「お互いのためになるから言っとくけど、あんたそこから私のところにまで来ない方がいいわよ。また同じように吹き飛ばされたくないんだったらね。今度こそ、あんたは全身を木端微塵に砕かれることになるわ」
しかし、ただ主の命に従って動くゴーレムなどにルイズの言葉など聞こえるはずもなく。
ゴーレムは彼女の忠告を無視して、ルイズに向かって突進した。
それが、決定的な失敗だとも気づかずに。
ルイズがスライディングをしたときに、拾った小石を密かに置いたことにも気づかず。
ゴーレムは、それを踏んでしまった。
「『錬金』ッ!!」
ルイズはゴーレムの足めがけて錬金の呪文を唱える。
再び爆発が発生したが、今度はゴーレムの足めがけて、的確に発生した。
粉々に吹き飛んだゴーレムは、もはや再生することができないほどの衝撃を全面的に受けることになり、そのまま崩れ落ちた。
「いっ……たたた……あーもう、無茶やっちゃったわよ、ホントに!」
ルイズは爆発の余波で転がりながらも、悪態をつきながらすぐに立ち上がる。
ゴーレムだけを爆発で吹き飛ばすことができたのだが、なかなかにルイズとゴーレムは肉薄しており、あと少しでも近かったらルイズも危なかったのだ(まぁ、普段から教室を爆破してはその爆心地でそれをもろに受けているのだが)。
かなり危ない賭けのようなものだったが、どうやら上手く行ってくれたことを確認するとルイズは安堵する。
(……なんか、あいつの危なっかしいところがうつっちゃったかもしれない……なんというか、自分が成長してるのかそれともさらに悪化してるのかわかんなくなってきちゃった……)
しかしそう安心したままでいられるような状況ではないとルイズは思い直すと、すぐにドッピオの元へと駆けるルイズ。
ルイズは、このペンダントでいったい何が起こるのかなんて知らない。
ただ、彼のボスに言われたことをやっているだけ。それで自分たちが全員助かるかなんてこともわかりはしないし、迫りくる危機をすべて打ち破ることができるのかと問われれば何とも答えられない。
だが、もうそれを信じるしかないのだ。
『託す』しかないのだ。
それが上手くいくであろうことを、『祈る』しかないのだ。
(お願い……上手く行って……!!)
ルイズは心の中で切実に願いながら、足を進める。
やがてルイズはドッピオの元にまでたどり着くと、持っているペンダントを彼の手元に置こうとして、
何者かによって、腹を思い切り殴られた。
「……え?」
ルイズは、一瞬何が起こったのか理解できなかった。
そんな彼女の思考を置いていったまま、現実は時間を止めることなく進む。
ルイズはそのまま数メイル先にまで弾き飛ばされ、地面に力なく転がった。
「がはっ!? ゲホッ、ゲホッ、ゲホッ!!」
相当な衝撃を受けた上にそれは鳩尾に入ってしまったようで、もはやルイズは呼吸をすることすら困難だった。
息を吸うたびに、胸を中心にして全身に痛みが広がり、何度も痙攣してしまう。
吐き気がこみあげ、それを押さえることもできない。
視界がかすみ、涙が流れ出し、激痛のみに彼女の思考が支配されてしまった。
「か、はっ……!?」
しばらくすると、四肢は動かせないものの幾分か気分は楽になり、視界もぼんやりとした状態からはっきりとしたものに戻ってきた。
ルイズは首だけを動かして、ドッピオのいるところを見る。
すると、そこには緑色の髪をした、見目麗しい女性が一人。
『約束のペンダント』をその手に持った土くれのフーケが、ドッピオのそばに立っていた。
「あ、あぁ……あ……」
「おやおや、あたしがいない間に何をしているのかと思ったら、『ゼロ』のおチビちゃんはゴーレムに果敢に立ち向かっていたってのかい。たった一人であたしのゴーレムを倒すだなんて、大したもんじゃあないか」
不敵な笑みを浮かべたまま、フーケはルイズを一瞥して話しかけてくる。
ルイズは彼女の姿を見て恐怖に目を見開き、うめき声をあげる。
それを見たフーケはより一層口を横に広げて、手の中でペンダントを弄んだ。
「しかし、いったいこれで何をする気だったんだい? 怪我人ばかりいるってのに、まさか秘宝を取り戻した後は一人で逃げる気だった? それとも、自分の使い魔だけは連れて行こうって思ったのかい、ん?」
優しい、甘い口調でフーケはルイズへと問いかけてくる。
だが、先の一撃で肺から空気をすべて吐き出し、ろくに呼吸をすることもできないルイズに返答などできるわけもなく。ただルイズは、悔しげに歯噛みすることしかできなかった。
フーケはレビテーションの魔法を使ってルイズを自分の元にまで運ぶ。
もうルイズは、逃げることができない。
魔力はもう尽きた。身体の自由も効かない。『約束のペンダント』も、フーケの手に戻ってしまった。
すべてが、失敗に終わってしまった。
その事実がルイズの胸に突き刺さり、深い絶望を与えた。
「あ、あぁぁ……ああ……」
声にならない声をあげ、涙を浮かべるルイズ。
そんな彼女からフーケは杖を取り上げると、それをへし折ってゴミのように捨てた。
もうこれで、彼女には何もなくなってしまった。
「さて、と。やっぱりあたしの思惑通りに、全員が再起不能になってるか。ならもうここに放っておいても勝手におっ死んでくれるかね。じゃあとりあえずルイズ、あんたはあたしについてきてもらおうか。そのためにあんたを生かしておいたんだから」
髪をかきあげながら、フーケはルイズに要求する。
ところどころに汚れがついてしまっているところを見ては苛立たしげにフーケは舌打ちし、忌々しげにギーシュたちを見回した。
「……にしても、ホントにあんたらは大したもんさ。この土くれのフーケを相手にして、ここまで追いつめてくれたっていうんだから。惜しかった、ホントに惜しかったんだよ」
その場にしゃがみ込んで、地に伏しているルイズの顎を掴み、フーケはボソボソと彼女に語り掛ける。
「でもね、それでもあんた達は負けた。そしてあたしは勝った。どんな『過程』があっても、これが『結果』だよ。世の中ってのは全く残酷ってもんさ、これは男だろうが女だろうが、子供だろうが大人だろうが老人だろうが重石のように等しくのしかかる」
そのときフーケは思わずルイズから目を逸らす。一瞬だけフーケの目に悲しみが宿ったのを、ルイズは確かに見た。
それはまるで、無慈悲な経験をしたことのある者が、その過去を振り返ったときのようだった。
「でも受け入れな、ルイズ。あんたが何を企んでるのかなんてあたしにはわからないけど、あんたの取り戻したペンダントはまた奪われちまったよ。もう、あんたに出来ることは何もないよ」
「う……うぅぅ……」
「『意思』も『決意』も『覚悟』も、すべて素晴らしいものだったさ。あたしの討伐なんかに名乗り出なけりゃあ、きっと未来では立派な貴族になれたかもしれないってのに……惜しいもんだね、本当に。本当に、本当に……残念だ」
フーケは何度も、悲しげにルイズへと言葉を放つ。
そのたびに、ルイズは心が締め付けられるような思いをした。
悔しい。
悔しい。
ただその思いだけが、彼女の胸に押し寄せてきた。
自分は、使い魔とそのボスの、大切な約束を果たさせることもできないというのか。
それだけの決意を。覚悟をしたというのに。
また、現実はそれをあざ笑って否定するというのか。
それがとてもルイズは悔しくて悔しくて……涙を堪えることができなかった。
「う……うぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
思わず嗚咽してしまうルイズ。
だがフーケはそんな彼女を見ても何も言わずに、そのまま立ち上がって膝元の土を手で払った。
「さて。じゃあここから離れるとしようか。さっさとしないとあんたの使い魔だって危ないんだ、すぐに馬車のあったところまで……………………」
と。ここで不意にフーケは言葉を途切れさせた。
最初こそ泣いていたため、ルイズはあまり気にもしなかったのだが、そのまま沈黙が数刻続いたため彼女も気になりだした。
いったい何があったのかと思い、顔をあげるルイズ。
フーケは、自分の手を見て目を白黒させていた。だが、彼女が驚愕していたのは、自分の手がどうかしたからではない。
ついさっきまでその手にあったはずの、『約束のペンダント』が、なくなっていたからだった。
「……は?」
ルイズも、驚愕で目を見開いた。
確かにフーケは、その手にペンダントを握っていたはずだ。
先ほど自分に語り掛けてきたときだって、その手にペンダントがあるのをルイズは見たのだ。
だが、ペンダントは忽然と姿を消した。まるで、手品か何かでどこかへと行ってしまったように。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ …………
「………………………………ペンダントは?」
しばらくの沈黙ののち、ルイズへ視線をやると、やっとフーケはそれだけ呟いた。
ルイズだってどこに行ったのかもわからないのだ。首を横に振ることしかできない。
そんなとき。
ズブズブズブ……と。
まるで何かが肉を裂いて突き刺さっていくような音が、聞こえてきた。
その音が鳴っている方へとルイズとフーケは目をやり……そして、絶句した。
死にかけて横たわった、ルイズの使い魔の首へと、その『約束のペンダント』はひとりでに突き刺さっていったのだから。
――ああ。
こんなところにあったってーのかよ。
どうして今まで見つけられなかったんだろう。
こんなにも近くにあったのに。
でも。
そんなことは。
どうでもいい。
今は。
電話に。
出なきゃ。
――今出ます、ボス。
がちゃっ。
なんか読みにくい文章になっちまった気がする。
こんなんで大丈夫かな……まぁ、あとで修正すればいいかな。たぶん。きっと。
最近投稿が遅れているし、文章もなんかへたっぴだというのにこの度胸。
ヌゥフフフ、たまげたかァ~~~ッ!
……いや、マジすいません許してください(T_T)