投稿開始と違って忙しくなっちゃったからなー。どうにも更新スピード落ち気味で……
でもがんばりますので、続きをお楽しみいただければ幸いです。
……にしても、今回戦闘の描写してみたけどどうも展開が早すぎる気がするな。
何か意見など感想でください。
ロングビルの仮面を脱いだフーケは、杖を振ってゴーレムを操りルイズ達に襲い掛かる。
「行きなッ!」
35メイルもある巨体からは想像もつかないようなスピードで繰り出される拳は、まずギーシュめがけて振り下ろされた。
ギーシュはそれを察知するとすぐにワルキューレに命令してドッピオを抱えさせ、攻撃を回避する。
地面に激動が走り、土ほこりが舞い上がる。
だがフーケは、直前にギーシュが攻撃を避けたことを目撃していた。
本人もそうだが、操作しているワルキューレもかなりの素早さを持っているようだ。
「チッ」
逃げられたことに舌打ちするフーケだったが、その直後に火炎弾が襲来してきた。
別の場所からキュルケがファイアーボールをフーケめがけて放っているのだ。
フーケはそれらを軽く身をよじって避けるか、ゴーレムに弾かせることですべて防御する。
「やっぱり……硬い……!!」
キュルケは悔しげにそうつぶやく。
破壊を司る己が炎の魔法すら、フーケの土の鉄壁を打ち破ることは出来ないのだ。
しかもそれはただの鉄壁ではなく、変幻自在に形を変えて主を守る、言わば『動く要塞』。
これを壊すことができるのは、キュルケの隣に立つルイズの失敗魔法のみだ。
しかしこれは『錬金』の魔法でもない限りは狙いが定まりにくく、しかも本体であるフーケを狙おうものならば、35メイルも上まで石を投げなければならないのだ。もちろんそんな膂力をルイズ、いや人間の少女が持っているはずもない。
足元を崩したところで意味はない。すぐにゴーレムは再生するし、地上こそが文字通りフーケの本領が発揮されるホームグラウンドだ。
何か、ルイズが本体を狙う方法は――
「ルイズ!! 狙えッ!!」
と、そこで土ほこりで見えなくなっている場所からギーシュがルイズを呼ぶ。
その声を聞いたルイズは何事かとギーシュの方を見る。
その次の瞬間。
轟ッ!! と。ギーシュのいた場所から、石つぶてが放り投げられた。
「ッ!!」
フーケとルイズの目が驚愕で見開かれる。
ギーシュのワルキューレによって、そこらに転がっていた石がフーケめがけて投擲されたのだ。
ルイズはそれに杖を向けると、すぐに錬金の魔法を使った。
ド ッ グ ォ ン ッ !!
フーケの目前にまで迫ったその直後、石は突然大爆発を起こす。
とっさにその場から飛び降り、ゴーレムの手の上に落ちることでフーケは回避した。
だがその破壊はすさまじく、ゴーレムの首と肩は深くえぐられ、土が吹き飛んでいた。あんなものの直撃を喰らえば、無事ではいられないだろう。
(ったく厄介なもんだね、あのコンビネーションは!!)
フーケは焦らずにはいられなかった。
自分の十八番であるゴーレムすら粉砕するルイズの爆発。そこまでの破壊力はなくとも、人間を殺傷するには十分な威力を誇るキュルケの火炎弾。それらをサポートするギーシュのワルキューレ。
怪我人を庇いながらもギーシュは適格な行動でルイズの爆発を支援している。おそらく投擲による遠距離攻撃も行ってくるだろう。ルイズにばかり気を取られていては、今度はギーシュとキュルケの魔法が襲い掛かってくる。
もしここに上空から襲い掛かるタバサの上級魔法が加われば、フーケの敗北の可能性は濃厚なものになってしまうだろう。
(数でこちらの分が悪い……まずはチビのお嬢ちゃんから始末させてもらうとするかねっ!!)
こういうときは、相手にとって重要なポジションにいる人間を早々に潰すのがいい。
見たところ、ギーシュに関しては無視をしていてもいいだろう。あの男はルイズ達と比べれば火力に欠ける。さっさと相手の攻撃の要である二人を始末した方が手っ取り早い。
もしさっきのように石を投げられてもレビテーションの魔法を使うか、いざとなれば手を動かして、軌道から外れれば何も問題はない。
そう判断したフーケはゴーレムの攻撃対象をルイズとキュルケに変え、襲撃する。
まずは、一番の脅威であるルイズから。
そう考え、フーケがゴーレムに指示を出そうとしたその瞬間。
頭上から、巨大な氷柱がフーケめがけて落下してきた。
「!?」
いや、落下ではない。フーケめがけて『発射』されているのだ。
急いでフーケはゴーレムの土を魔法で操り、氷柱と自分の間に壁をつくる。間一髪というところで氷柱は土の壁に弾き飛ばされ、フーケは事なきを得た。
氷柱が飛んできた方向――上空を、フーケは睨む。
そこにいたのは、使い魔であるドラゴンの上に立ち、杖を構えたタバサだった。
「タバサ!」
キュルケは上空からの味方を見つけると、歓喜するようにその名を呼ぶ。
そんな赤髪の少女の様子とは真逆に、フーケは厄介な敵の出現に舌打つ。制空権を握り、刺客たちの中でも特に優れた力を持つメイジがやってきてしまったのだ。
巨大なゴーレムを出現させただけでなく、これだけ暴れまわったのだ。こちらの場所に気付いても仕方がなかっただろう。
しかし、遅かれ早かれ彼女とも戦うことになるのだ。だからこそフーケは十八番であり切り札のゴーレムを早々に使い、ルイズ達を瞬殺した後に慎重にタバサを倒してしまいたかった。
だがそんなフーケの思惑通りに事は進まなかった。たかがメイジのひよっ子だと考えていたルイズ達はこちらの予想を上回る勢いでフーケに対抗し、結果としてすべての人間がここに集結してしまう。
やはり今日は厄日だ、とフーケはそんなことを考えながら次の攻撃に備える。
「もう一度行くぞ、ルイズ!」
ギーシュの掛け声が、さっき石を投げた方向から聞こえてくる。その声を聞いたフーケはギーシュを心の中であざけ笑った。
やはり相手は戦闘経験のないお坊ちゃまのようだ。同じ手が何度も通用するわけがないというのに。
それにわざわざ声で自分の居所を知らせてくれるとは。こちらにとって願ったりかなったりだ。
(マヌケがッ! この土くれのフーケをコケにしてくれたことを後悔させてやるよ!)
フーケは声の聞こえたその場所に杖を向け、次にやってくるであろう石つぶての投擲を待ち受けた。
だが。
轟ッ!! と。
風を斬り、なにかが高速で自身に近づいてくるのを、フーケは感じた。
それはギーシュの声が聞こえた場所からではなく……彼女の『背後』からだった。
「ッ!?」
その反応速度は、もはや反射に近いものだった。
フーケはすぐに背後へと振り向き、こちらへと飛来する物体を即座に視認するとそれにレビテーションをかける。そしてその直後、フーケは土の障壁を石と自身の間に作り出した。
結果その物体が、フーケに直撃することはなかった。これがただの投げナイフなどだったなら、レビテーションをかけただけでも危機は回避できていただろう。
だが悲惨なことに……普段ならば何の脅威も持たぬこれはそんなものよりももっとタチの悪い、近くにあるだけで危険なものだった。
ルイズは、フーケが直前で制止させた石に杖を向け、呪文を唱える。
瞬間、フーケの眼前で大爆発が発生した。
「がぶッ!!」
爆発の直撃は免れたが、それでもその衝撃は計り知れない。フーケは手の上から吹き飛ばされ、そのまま地上へと落下した。
今度は自身にレビテーションをかけて、フーケは地面との激突を回避する。
もし、あのとき土の障壁をつくらずまともに爆発を受けていれば、自分は意識を失ってレビテーションをかけることもなく転落死していただろう。
そう考えるとフーケはゾッとしたが、すぐに現実へと思考を戻す。そんなことをいちいち考えている余裕などこちらにはない。
(クソ……いったい……何が……!?)
しかしフーケは納得ができなかった。
確かに自分はギーシュの声を聞いたはず。その方向をこちらが間違えるはずもない。
ワルキューレが動いて背後にまわったということもあるかもしれないが、そのような相手の動きを見落とすほどフーケは間抜けではない。
いったいどうして違う方向から石が投げられてきたのか、その謎を知るべくフーケは石が飛んできた場所に目をやる。
そして、理解した。
(あ、の……あのガキ……ッ!!)
そこにギーシュのゴーレムはいなかった。しかし、その代わりにあるものが見つかった。
人ひとりくらいは入ることができるくらいの大きさの、地面にポッカリとあいた穴。
ギーシュのゴーレムは、移動していたのだ。しかし地上からではなく、死角となっている地下を移動して。
ギーシュの使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデが地下を掘り進んで道をつくり、ワルキューレはそこを移動していたのだ。
フーケは状況が非常にまずいことを知る。
地上、上空と来て、今度は死角である地下からも攻撃を仕掛けられている。
これほどまでに多角的に襲撃されては、いかに動く土の要塞を持つフーケと言えども長くはもたない。いずれはこちらの精神力が尽きてしまう。
すぐに逃げなければと思い足を動かそうとするフーケだったが……すでに、ギーシュのゴーレムは石を投げようとしている。
逃げたところで、あの攻撃からは逃げられない。
(クソ……こいつはマジでやばいね……ったく、これはやりたくなかったってのに!!)
フーケは一瞬ためらいを感じたが、即座に自分のその気持ちを斬り捨てる。
敗走は許されない。ここで逃げても、いずれは更なる追手が迫り自分を捕えようとしてくるのだ。
覚悟を決めなければならない。これからは、一手でも間違えた者が敗北する。
敗北は、死を意味するのだ。
多少の怪我くらい、こちらも覚悟しなくてはならない。そうでなくてはもっと恐ろしい結末が待っているのだから。
「トドメだァ――――――ッ!!」
ギーシュは三度目の投擲を行った。掛け声とともにその石つぶてはまっすぐフーケのところにまで放たれる。
あと少しでフーケに直撃すると思われた、その瞬間。
フーケの眼前で巨大な土くれの腕が出現し、石つぶてを受け止めた。
「ふんっ、それがなんだっていうのよ!」
しかし直撃こそ免れたようだが、真に恐ろしい第二の攻撃はまだ防げていない。
ルイズはそれをフーケの悪あがきと考え、土くれの腕が掴んでいる石つぶてに向けて呪文を詠唱した。
今度こそフーケは逃げられない。ルイズ達はその様を見て、自分たちの勝利を確信した。
次の瞬間、石つぶてを掴む土くれの腕がフーケの錬金で手首から先が変形し、針が大量についた鉄球に変わるまでは。
「「「「!!??」」」」
フーケと、気絶しているドッピオを除く全員が、戦慄した。
あんな物体の内部で、ルイズの失敗魔法による大爆発が発生すればどうなるかは、全員が一瞬で理解できた。
今ここで中断しようにも、すでにルイズは魔法を完成させてしまっている。もう止まらない。
フーケはその鉄球と自分の間に土の壁をつくって次に来る衝撃に備えている。
しまった、とルイズが思った瞬間――
ド ッ グ ォ ン ッ !!
と。大爆発とともに、鉄球の破片が四方八方に飛散した。
さながら散弾銃から放たれた銃弾のように鉄球の破片は牙を向き、フーケを含めルイズ達に襲い掛かった。
とっさにルイズとキュルケは姿勢を低くしようとし、ギーシュはドッピオをワルキューレを盾にして隠す。タバサもシルフィードに命令をして破片を回避しようとした。
だが、タバサはともかく、直接的な回避ができる距離にいなかった三人はすべてを避けることができるわけでなく……ルイズの肩、キュルケの腕、ギーシュの脇腹と両足にそれぞれ散弾が命中した。
弾丸の衝撃で吹き飛ばされる、ルイズ、キュルケ、ギーシュ。
「がふっ!?」
「ぐぅっ!?」
「ぐァァああッ!?」
三者三様の悲鳴があがる。
命中した散弾が少なかったルイズとキュルケだが、しかしその激痛は過去に感じたどんな痛みよりも激しく、立ち上がろうとするも膝をついてしまう。
ドッピオをかばったギーシュに至っては三発もの凶弾が自身の肉体を貫いたのだ。ドッピオと決闘した経験から痛みには多少慣れているつもりだったが、その痛みと損傷は二人の比ではなく、ギーシュの想像を超えていた。
そのうえに、彼は足を撃ち抜かれたのだ。もはや身動きができない。
「う、ぐ……ああぁ……ッ!!」
あまりの辛さに、苦痛の声を漏らすギーシュ。
それは唐突で、今まで経験をしたこともないような不幸だった。
堪えようとしても涙が目からあふれ、傷をおさえずにはいられない。
(い、痛いよ……なんて痛いんだ……こんな、こんなのって……)
先ほどまでに、自分たちはフーケを相手にして善戦していたはずだったのに。
あと一歩というところにまで彼女を追いつめたというのに、たった一手の相手の行動で、すべてがひっくり返ってしまった。
戦いの最中、絶頂から一気に奈落の底にまで叩き落とされる経験というものは、人間の心に死の恐怖を植え付ける。
ギーシュにとってそれは未知の恐怖であり、そしてどんなものよりも激しく彼の心を揺さぶった。
そんな悶えるギーシュのもとへと近づこうとする、人影が一人。
その人物はギーシュの近くにまで歩み寄ると、ギーシュの杖を蹴り飛ばすと胸元を思いっきり踏みつける。
「がぶゥッ!?」
突然の衝撃でギーシュは肺から一気に空気を吐き出してしまう。
涙で滲んだ視界の中で、ギーシュは自分を踏みつける人間を見た。
それは、土くれのフーケ。彼女自身も散弾を少なからず受けているというのに、それでもなおルイズ達のように苦痛に怯むこともなくフーケはギーシュのもとへとやってきていた。
その眼光はナイフのように鋭く、そして凍てついている。
杖をギーシュに向け、荒い呼吸をしながらもしっかりとした口調でフーケは話し始めた。
「……正直、このあたしがここまで追いつめられるだなんて、全く予想もしてなかったよ……本当に、お前らが生きて学院に帰還していたらと思うと、マジにビビるね、こりゃあ……だけど……『一手』……あたしの方が早かったみたいだね」
しゃべりながらもフーケはますますギーシュを踏みつける力を強くしていく。
もはやギーシュの肺には1cc分も空気が残っていない。悲鳴をあげることもできず、ギーシュは苦痛で顔をゆがめるだけだった。
「さてと……『人質』としてはドッピオとルイズで十分かな……あんたらは散々あたしをコケにしてくれたんだ……あたしの知り得る中でも一番悲惨な死に方で、あんたらには死んでもらおうかねぇ……」
ぼそり、と。ギーシュにだけ聞こえる声で、フーケは呟いた。
ギーシュは、フーケの目を見る。
それはもう、冷たいとか感情が一切ないとか、そんな言葉でも説明ができないほどに暗い闇が広がっていた。
あえて例えるならば、そう……いざという時には殺人すら躊躇わない、『漆黒の意思』とも呼べる黒い決意が見える。
そのためならば自らが苦痛となるような方法を取るとしても、躊躇はしない。そんな目をフーケはしていた。
「ギーシュ!!」
ルイズは、危機的状況に陥った友人の名を叫ぶ。
肩をおさえながらギーシュの元へと駆けつけようとするが、それをフーケが制止した。
「そこで止まりな小娘ッ!! そこから一歩でも近寄ってみろ、こいつの息の根をおまえの使い魔と一緒に完全に止めてやるッ!!」
言うと、フーケは自身の近くと倒れているドッピオの傍に等身大のゴーレムを出現させる。
つくられたゴーレムはすぐにギーシュとドッピオの首元に手をやり、いつでも刺突できるように構える。
それを見たルイズは足を止め、どうすればいいのかと混乱した。
「全員杖を捨てなッ! そしてタバサってお嬢ちゃんも下へ降りてこい! さもなきゃあこいつらが死ぬことになるよッ!!」
その声、その目、その気迫には凄味が感じられた。もしルイズ達が言うことを聞かなければ、即刻死刑を執行するという、凄味が。
思わず従わずにはいられないほどの、恐怖がルイズの心臓を鷲掴みにした。
フーケが空へ向かってそう叫ぶとタバサの使い魔は空をしばらく旋回していたが、間もなく地上へと降りたつ。
それを見たフーケは、今度は打って変わって優しい声で、ルイズに言い聞かせるように言葉をかける。
「……さて、ルイズ。顔を見られた以上、あたしはあんた達を殺さなきゃあならない。だけどさすがにあたしの良心も痛むってもんさ。それにまだあたしはこの『約束のペンダント』の使い方も知らない……ドッピオってガキから、それを知りたいのさ」
『約束のペンダント』を取り出しながら、フーケはルイズに言葉をかけた。
あれだけの殺意を出した人物と同じとは思えない、まるで天使が慈愛を唱えるかのような、甘美な響き。
ルイズを誘導しようとしているフーケの意思が、その言葉一つ一つに見え隠れしていた。
「そこで、だ……あんたがあたしの人質になってくれるっていうんなら……ドッピオは無理だけど、全員見逃してやるよ。こっちが使い方さえ理解すれば、ドッピオだって解放してやるさ……どうだい?」
背筋が凍るような、地獄の底から響くような言葉から、今度は慈愛に満ちた聖母のような甘く優しい言葉。
あまりに不自然な変わりようと、先ほどつぶやかれた言葉から、それが嘘であることはギーシュには一瞬で理解できた。
彼女に騙されるな、と伝えようにもギーシュは声を出せない。ただ必死に首を横に振るので精いっぱいだった。
(ダメだルイズ、騙されるな。こいつはそんな約束を守るような奴じゃあない……こんな要求を飲めば、君は……)
ギーシュは、ルイズを止めたかった。
彼女の言葉は、すべて『自分の思い通りに邪魔者を消す』ための演技。本当のことなど、何もしゃべってはいないのだ。
最初からフーケは、ルイズ達を見逃そうだなんて考えていない。彼女にとって邪魔な存在だと見なされれば、容赦なく彼女はそれを消す。
それは、彼女からすれば自分の周りを飛ぶ羽虫を叩き潰すようなことなのだろう。
だから一切の容赦も何もなく、彼女はきっと『人質としての価値もなくなった役立たず』になればルイズを消す。
(ダメだ……ダメだルイズ、こちらへ来るな! 来てはいけないんだ!)
ギーシュはルイズに逃げてほしかった。
自分のことなど捨て置いて、逃げればいいのだ。すでにギーシュはそのことへの覚悟を済ませているのだから。
秘宝こそ取り戻すことは出来なかった。でも、それでもフーケの正体を暴くということをしてのけたのだ。それだけでも学生である彼らからすれば大きな功績だろう。
秘宝が失われてしまったとしても、そんなものはどうでもいい。後日フーケを追いつめてしまえば、きっと取り戻すことができる。
そうでなくとも、慈悲深いオールド・オスマンならばきっと許してくださる。
でも今死んでしまえば、それでもう何もないのだ。
これからの人生も。成長も。輝ける光の道を、歩むことも。
だから逃げてくれと、ギーシュは心の中で何度も懇願して叫んだ。
「……わかったわ」
しかし、彼の願いは届かなかった。
受け入れてしまった。悪魔の囁きに惑わされ、ルイズはフーケの言葉を受け入れてしまった。
「ダメよ、ルイズ!」
「危ない」
ルイズは杖を捨てて、フーケの元へとゆっくりと歩んでいく。
隣でキュルケとタバサは彼女を制止しようと言葉をかけるが、それでもルイズは歩むことをやめなかった。
止めたくても止めることができない。
杖もない。声も出ない。
自分は人質となって、少しも動くことができないままだ。
一歩ずつ、ルイズとフーケの距離は縮まっていく。今のギーシュには、それがまるで地獄への行進のように見えた。
(……なぜだ……なぜ、僕は……ッ!!)
ギーシュは、悔しくてたまらない気持ちになった。
ドッピオと決闘したあのとき、自分は『過去』に打ち勝ったはずだ。
すべてに敬意を払えと。あのとき勝つためにそう誓ったはずだ。
なのになんだ、この様は。
最後の最後で慢心した挙句に自分は再び敗北して、守るべき女の子に命を救われようとしている。
その女の子の、命と引き換えに。
その『結果』が彼の心に深く突き刺さり、後悔の思いでギーシュの頭はいっぱいになる。
やがてルイズはフーケの目前にまで迫り、そこで立ち止まる。
フーケは邪な笑みを浮かべて彼女を一瞥した。
「……フーケ。約束通り、私が人質になれば、ギーシュとドッピオの命は助けてもらえるのよね?」
ルイズは、か細い声でフーケへと訊ねかける。
フーケはその言葉を聞いて心の中であざ笑うも、優しい口調で答えた。
「ええ、そうよ」
「……キュルケやタバサも、見逃してもらえるの?」
「そうだね。あたしの正体をしゃべらないって約束してくれるなら、見逃してやるさ」
もちろん、すべて嘘だ。
ギーシュの予想通り、彼女はルイズ達を全員見逃す気もなければ、生かして帰すつもりも毛頭ない。
あるのはただ、ここにいる者を皆殺しにして自らの身を守ろうという、邪悪で歪んだ目的のみ。
彼女にとって約束とは、他者を思い通りに動かすための一種の道具でしかない。
「……そう……」
ルイズはフーケの返事を聞くと、覇気のない声でそうつぶやく。
そしてフーケの元へとまた一歩近づいていき……
「だが断るわ」
その言葉とともに、ルイズは地面をけり上げてフーケの目に砂を飛ばした。
目つぶしを喰らったフーケは思わず顔を逸らし、ルイズはマントの下へと手を伸ばす。
そして、そこからルイズが取り出したのは……フーケが投げ放った、青銅のナイフだった。
そのナイフの切っ先は横へと払われ……フーケの杖を真っ二つにした。
「ぐッ!?」
全く予想していなかった反撃に、フーケはたじろぐ。
もう一度ルイズがナイフを振るとそれはペンダントの紐にあたり、ペンダントは地面にポトリと落ちる。
そのままルイズは体当たりをしてフーケを押し倒すと、ナイフを逆手に持って振りおろした。
だがフーケは命の危機を感じたのか、とっさに手を出してルイズを制止させる。
フーケは成人であるが、体勢のせいでうまく力が入らないうえにルイズの力は中々に強いもので、そう簡単に振り払うことができないでいた。
加えて杖が破壊されたことで、またもフーケのゴーレムは崩れ落ちた。
人質となっていたギーシュとドッピオは解放されてしまい、一気にまたピンチに陥るフーケ。
二人の力は拮抗し、互いに力を抜かずにいる。
「へぇ……ッ!! 貴族の、お嬢ちゃんの癖に……そんな戦い方をするだなんて、ね……ッ!!」
「ええ……ちょっと前の、私なら……こんなこと、思いつく、ことも、なかったでしょうね! 貴族は魔法が使えるとか、自分はできないからって自分は落ちこぼれで、何もできやしないんだと……運命を呪ってたわ……バカなことしてたわよ、ホントッ!」
ルイズはフーケの押し返そうとする力に負けず、自分の体重もかけて刃を押し進める。
「でもね、私の使い魔が教えてくれたことで、やっとわかったわ……私が目指す貴族ってのは、魔法が使える特別な存在じゃない! 助けなければならない人間がいる時には、敵に背後を向けず立ち向かう者よッ!!」
そこまで言い切ると、ルイズは一呼吸を置いて、宣言した。
「このルイズ・ド・ラ・ヴァリエールには、夢があるッ! 何時の日か、私は私が目指す貴族となる! そのために、私は私が正しいと信じる道を歩むのよ! たとえそれが非情な現実にまみれた茨の道であったとしても、その先に光があるなら私は進むわ!!」
――もう忘れない。私にだって目指すものはあるの。そして、そこに絶対にたどり着いてやるという意思があるわ……今度こそ、ね――
それは、たった数日前でドッピオに言った、自分の決意。
彼女はそれからもずっとそれを忘れずにいる。
夢。それは言葉にするならばとても美しくて清らかで、誰もが憧れる自分だけの『真実』。
それでも多くの人はそれを忘れてしまう。
目まぐるしくやってくる現実に追いやられ、人はそんなものに現を抜かすこともできなくなってしまう。
そして、諦めてしまう。
そして、それはただの思い出となる。
そして、それは形を成すこともなく潰える。
だけど、ルイズは思い出した。
ルイズは、思い出にすることなく、追いかける。
そして何時の日か、それを実現すると決めた。
覚悟がある。正しいと信じる心がある。守り抜くと決めた正義がある。
そのためならば、貴族としての作法も何もあったものではない。
すべては己の夢のためならば――黄金のように輝く夢のためならばッ!!
「そうかい……ッ! じゃあ、夢の続きは地獄で見なッ!!」
フーケは一息にそう叫ぶと、足をかがめて思い切りルイズの腹を蹴り飛ばす。
鳩尾に命中したその一撃でルイズは吹き飛ばされ、地面に転がった。
予備は多ければ多いほどいい。改めて、フーケは心の中でそう思う。
ルイズが激痛に悶える中、フーケは立ち上がると『三本目』の杖を取り出してルイズに向けた。
「もう取引はなしだ、ドッピオとあんた以外のヤツは今ここでぶち殺してやるよ……使い方を知った後は皆殺しだ……ッ!!」
激昂するフーケ。ルイズはそれから逃げようとするが、体が思うように動かない。
かすむ視界の中で、ルイズは悔しげに歯噛みする。
ここで死ぬわけにはいかない。まだ自分には進むべき未来がある。
絶対に叶えると、使い魔に誓った夢があるのだ。
ここで、ここで終わるわけには――
「だけど今のはかなりムカついたからな、少し痛い目にあってもらおうかねッ!!」
そしてフーケは、杖を振った。
それとともに地面から出現する、等身大のゴーレム。
ゴーレムはルイズに向かってその拳を固く握り、そのまま殴り掛かった。
ルイズはその直前で固く目をつむり、次に来るであろう衝撃に怯える。
ド ゴ ォ ッ !!
硬い何かと何かがぶつかる音が響く。そのときルイズは一層目を固く閉ざした。
だが、それからどれだけ時間が経過しても、やってくるはずの激痛はこない。
一体なにが起こったのかと、ルイズは不思議に思って目を開ける。
「――!!」
そしてルイズは、自分の目に飛び込んできた光景に驚愕した。
彼女の目の前には、大きな氷の壁が出現していたのだから。
「な、なにこれ!?」
それはフーケのゴーレムの拳を彼女の代わりに受け止め、防いでくれている。
アイス・ウォール。この魔法はその名の通り氷の壁を出現させ、降りかかる厄災をすべて弾き返す盾となる。
ハッとしたルイズは振り返ると、自分に向かって杖を向けるタバサを見つける。
杖を拾った彼女が、ルイズを守るために魔法を使ってくれたのだ。
「ハッ、なにさこんな壁! すぐにぶち壊してやるよ!」
フーケは現れた氷の壁を見てあざ笑うと、杖を振ってもう一度ゴーレムに攻撃をさせた。
すると氷の壁はもう一度ルイズを守ってくれたが、その表面にひびが入る。
フーケの宣言通り、このままではゴーレムに破壊されるのも時間の問題だろう。
すぐにここから離れたいルイズだが、まだ体が思うように動かないうえに、ドッピオとギーシュを置いていくわけにもいかない。
どうすれば――と、ルイズが思ったその瞬間。
「ファイヤーボール!!」
横から、キュルケの呪文の詠唱が聞こえてきた。
するとその直後に巨大な火炎弾がタバサの氷の壁に直撃し、一瞬で氷を水蒸気にまで状態変化させた。
すると大量の蒸気が発生して、フーケ達の視界を完全に覆い隠す。
「ッ!!」
何もかもが白で染まった視界に、フーケは戦慄する。
氷の障壁は消え去った。だがその代わりにすべてが見えなくなったこの状況。
彼女らが逃げるための時間を稼ぐには、恰好の手段だ。
もしこの蒸気に紛れてルイズ達に逃げられれば……非常にまずい。
すぐにルイズを捕えるべく、フーケはゴーレムに命令して、彼女がいると見当される場所に攻撃させる。
ドゴドゴッ!! と。何度も拳が地面と衝突した。
しかし肝心の人間を殴ったときの手ごたえはなく、外れたことがわかった。
慌ててフーケは、今度はギーシュのいた場所にゴーレムを放つが、こちらもルイズと同じ結果となった。
もう、逃げられている。
そう思った次の瞬間、どこからともなく火炎弾がフーケめがけて飛び込んできた。
フーケはそれを土の障壁で防ぐが、それによってまた氷が蒸気になってより霧が濃くなってしまう。
「チィッ!!」
先ほどゴーレムに攻撃をさせた際、出した音でこちらの位置がわかったのだろう。
奇襲と隠遁の両方を実行されては、ここから下手に動くこともできない。
しかしこのままもたつけば、人質にとるはずだったルイズも、ギーシュも逃げてしまう。
いや、もうすでにギーシュとドッピオを連れて逃げていると思っていいだろう。
このままではまずい。最後の最後にすべてが台無しだ。
(なにかないか……モタモタしてるとヤツらに逃げられちまうッ! 相手はドラゴンで空を飛べるんだ、そうなればもう追いつくためのすべはない! なにか、なにか――)
フーケは焦燥の念に駆られながらも、どうにかしてルイズ達を捕える方法を思案した。
「な、なん……とか……逃げ、きれた、わね……っ!」
ルイズとギーシュはドッピオの腕を肩にかけてタバサの元まで走っていた。
その隣にはキュルケもいて、何度かファイアーボールの魔法をフーケのいる場所に繰り出しては彼女を牽制していた。
やがてルイズ達はタバサの元にまでたどり着くと、急いで彼女の使い魔に乗り込もうとする。
「ま、待ってくれ!」
すると、なぜかギーシュが彼女たちを制止した。
ルイズ達にしてみれば、こんな場所からはさっさと逃げたいのだ。フーケは全員が束になっても適わない相手であるし、それにドッピオの傷もすぐに医者に見せなければならない。
「どうしたの!? 急がないとフーケがこっちに来ちゃうわ、早くしないと!!」
キュルケがイラついたようにギーシュを怒鳴るが、ギーシュは真剣な顔でフーケのいる霧を見つめる。
まるでギーシュは何かを待っているかのようだ。
いったいどうしたのかとルイズもキュルケとともに訊ねようとしたが、それよりも早く彼の待っていたものが出現する。
ギーシュの目の前で突然土が盛り上がり、そこからあるものが顔を出した。
ギーシュの使い魔、ジャイアントモールのヴェルダンデである。
自身の使い魔が現れると、ギーシュは歓喜してヴェルダンデに駆け寄った。
そしてヴェルダンデの口から何かを取り出すと、ますますその喜び様は大きくなる。
「よしよしよしよし! 偉いぞヴェルダンデ! よく取ってきてくれた!!」
「なによギーシュ! いったいどうしたの!?」
ますます意味がわからなくなったルイズが、堪え切れずにギーシュへと訊ねかけた。
するとギーシュは意気揚々とした様子で質問に答える。
「さっき君がナイフでフーケに斬りかかったとき、フーケはペンダントを落としただろう!? あの霧の中じゃあ見つからないと思ってたんだが、そのときふと考えたんだ! ヴェルダンデなら匂いで探してくれるんじゃあないかって!」
そしてギーシュは、ヴェルダンデから受け取ったものを掲げてルイズ達に見せる。
その手には、フーケが首にかけていたペンダントがしっかりと握りしめられていた。
それを見たルイズ達は驚愕し、ペンダントに目を奪われた。
「え……じゃあ、ギーシュ……もしかして……」
「あんた……秘宝を取り返したの!?」
まさに夢のようだった。
あれほどにまで強力なメイジから……あそこまで窮地に追いやられた状況から命からがら逃げることができただけでなく、自分たちの任務も遂行してみせたのだ。
そして今回こそ敗走はするものの、ルイズ達は相手の正体を知った。
これで相手は全世界から狙われることになるだろう。
全員無傷でとはいかなかったが、大小様々な傷を負ったとはいえ、一人も欠けることなかった。
犠牲を出すこともなく、ルイズ達はこれだけの功績をあげたのだ。
まさに奇跡としか言いようがないだろう。
「やったわ……私たち、やったのよ! ルイズ!」
「わっ!? ちょっ、ツェルプストー! 苦、苦し……や、やめなさい!」
手放しで喜ぶキュルケと、思い切り彼女に抱きしめられるルイズ。
彼女の豊満な胸に口をふさがれ息ができず苦しむルイズだったが、それを見るタバサとギーシュは微笑みながらもやれやれといったように首を横に振った。
そしてギーシュは秘宝を確かにその手に握りながら、タバサの使い魔の元へと駆け寄り、
その首を、鋭く斬り裂かれた。
「…………?」
ギーシュは茫然として、自分の首に手をやった。
そこからは温かい鮮血が止まることなく流れ続けて、すべてが地面に吸い込まれていく。
何が起こったのか理解することもなく、急に力が抜けていったギーシュはそのまま地面に倒れ伏せた。
その手から、ペンダントを落として。
「…………え?」
「……ギー、シュ……?」
ルイズとキュルケは突然のことに呆気にとられ、ギーシュを見つめていた。
黒い大地に、背筋が凍るような生々しい赤の色が付着していく様を見て、ハッとする。
「ギーシュ!!」
キュルケは驚愕して、倒れた友の名を叫ぶ。
そのままキュルケは彼の身を案じて、傍へと近寄ってしまった。
未だその場所には、彼に致命傷を負わせた死神がいることにも気づかずに……
ド ン ッ !! と。
鈍い音とともにキュルケに衝撃が走り、彼女の身体はくの字に曲がる。
口から血を吐き出しながら、キュルケは足から力が抜けていくのを感じた。
彼女の胸は……ギーシュのいた場所から現れたゴーレムの拳によって、貫かれていた。
ゴーレムは乱暴にキュルケの胸元から腕を引き抜くと、まるでゴミを捨てるように彼女を放り投げた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
ルイズの背後から、恨みと憎しみのこもった怒号が発せられた。
親友が傷つけられたその様を見たタバサが、激昂してゴーレムに魔法を放つ。
巨大な氷柱がゴーレムめがけて発射されたが、それはゴーレムの身体を砕くどころか、削ることすらできなかった。
次の瞬間ゴーレムはすさまじい速さでルイズの傍を駆け抜け、タバサへと接近する。
それを氷柱で迎撃しようとするタバサだったが、それらはすべてゴーレムに効果はなく……
タバサは、キュルケと同じ末路を辿った。
ドゴッ!! と。ゴーレムの拳がタバサの胸を貫く。
肋骨を砕き、肺の奥にまで土の拳は突き刺さる。
その一撃で、タバサは意識を手放した。
零れ落ちる血を一滴残らずゴーレムの土が吸い付くし、拳は赤黒く染まる。
やがてゴーレムは、手に着いた『汚れ』を振り払うようにしてタバサを放った。
「……あ……え……?」
ルイズは、目の前で起きたことが信じられなかった。
秘宝を取り戻し、人質を助け出し、フーケの正体すら暴いた自分たちは、これからドラゴンに乗って逃げるはずだったのだ。
それが、自分たちの幸せな未来なのだと思っていた。この任務で自分たちが出した『結果』なのだと思っていた。
そう、ついさっきまで思っていたのに……そのすべてが否定された。
自分の思い描いた未来は……『結果』は現れず……自分を残して、すべてが倒れた。
「……やれやれ……一時はどうなるかと思ったけど、連中、『約束のペンダント』もちゃんと回収したのかい。全く、普段から用心してればいざってときに備えられるとはよく言うけど……今回はマジでそれに救われたね」
フーケは、未だ晴れぬ霧の中で独り言ちる。
彼女は先ほどまでとは打って変わって、落ち着いていた。焦りはなくなり、それに代わるように冷静さがやってきたようなほどの様変わりだ。
「ペンダントには、あらかじめあたしがゴーレムを作るための魔力を込めた土がついてる……たぶんヴェルダンデで回収したんだろうけど、それならギーシュはペンダントに土が着いてたって不自然に思わないだろうしね……」
今日、何度気分が変わったか、フーケはもうわからない。
突如として危機が訪れ、幸運でその逆境を乗り切ったと思えばまた次の危機が……と、気分の波が激しく上下したからだ。
だがこれで……もう、自分が絶頂から落ちることはない。
「ま、盗賊のあたしが言うのもなんだけど、欲張りは災いの元ってことさ……さて、上手くいってりゃあルイズ以外の全員が始末できてるはずなんだが、どうなんだろうね。もう霧が晴れるだろうし、ちょっと待ってから行くかね」
To be continued…
落ち着け、アクセス数だ、アクセス数を数えるんだ……
1106,544,1149,225……アクセス数は読者がやってきてくれた回数を表す数字、私に勇気を与えてくれる……
一週間の間が空いたせいか、アクセス数は右肩下がりである。やはりとは思うけどちょっとショック。
これを教訓にして次からがんばらないと……