この数日間、暇もなく忙しない日々を送っておりました。
がんばって休んだ分を取り返さなきゃ! と思っていたところ10000字突破。頑張りすぎた。
ムシャクシャしてやった。反省はしていない。
でも慌ててたからもしかしたらおかしなとこあるかも。感想なんかで突っ込んでもらえたら修正します。
「ドッピオ! どこなの、ドッピオ!?」
ルイズは自らの使い魔の名を呼びながら、上空から彼を探していた。
だが呼べども返事はなく、森も木々が多くあって視界が悪いため、一向に見つからない。
先ほど彼女たちは、自分たちに襲い掛かってきたフーケのゴーレムが突如として崩壊していくさまを目撃した。
もしかしたら、ドッピオがフーケを発見し、攻撃することでゴーレムの操作をできなくしたのかもしれない。
最初こそそう考えて楽観視していたものの、いつまで経ってもドッピオは姿を現そうとしない。倒したのならば、彼女たちの元へすぐに出てきてもいいはずだ。
それに、戦っているなら物音なりなんなり起こってもいいはずだ。いくらなんでも静かすぎる。
まさか、彼の身に何かあったのではないか?
そう思うと、ルイズ達はいてもたってもいられなかった。
「ッ!! ルイズ!?」
不意にあがる、キュルケの悲鳴。
ギーシュとタバサが驚いてそちらを見る。何を考えたのか、ルイズは立ち上がるとそのまま地上まで飛び降りようとしていた。
ギョッとしたギーシュとキュルケは慌てて彼女を押さえつけるが、ルイズはその拘束から抜け出そうともがき続ける。
「離して! ドッピオを探しにいかなきゃ! 離してよキュルケ、ギーシュ!!」
「だからといって飛び降りるような真似はやめてちょうだい! 肝が冷えたわよ!」
「落ち着けルイズ! あ、こら……イテテ、鼻をつまむな! 痛い痛い痛い!」
ちっとも暴れるのをやめようとしないルイズ。
そんな彼女をなんとか説得すべく、ギーシュはルイズをおさえながら言葉を放った。
「いいかルイズ、ここでドッピオがフーケに攻撃を仕掛けようとして失敗し、彼の身に何かが起きたとしよう! 君一人がそうして彼のところへと行こうとしても、空からでも居場所がわからないのにどうやって探すんだい!?」
「そ、それは……そんなの……!」
「それだけじゃない! その場合フーケは間違いなく、僕たちに対して罠を張っているんだ! たとえ君の魔法がゴーレムに通用するとしても、相手はトライアングルメイジだぞ、たった一人でどうやってそれを切り抜けるつもりなんだ、ルイズ!?」
「――ッ!!」
ギーシュの正論は、もはやルイズにも否定できないほどに正しかった。
ルイズは悔しげに唇をかみながら、わなわなと身体を震わせる。
すべて、ギーシュの言う通りなのだ。確かに精神的に成長できたとはいえ、ルイズは相変わらず魔法が使えない『ゼロ』であることに変わりはない。
爆発は、確かにフーケのゴーレムすら粉砕するほどの威力を放って見せた。だが、だからといってフーケの魔法すべてにルイズの爆発が効果を発揮するとは考えにくい。
それに……もしドッピオがフーケに返り討ちにされたのならば、彼は負傷している可能性が高い。ルイズではそれを治癒したり、ましてや応急処置を施すこともできないのだ。
「でも……でも……」
だが、ルイズはそのことを心でまだ受け入れることができなかった。
頭では理解できる。だけど認めることができない。
あの使い魔が危険なことになっているということも。自分がそのときに何もできないということも。
――自分の使い魔が……もしかしたらいなくなってしまうかもしれない、ということも。
「………………」
潤んだ瞳をこちらへ向けてくるルイズを見て、キュルケとギーシュは苦悩で顔をゆがめた。
涙があふれているというのに、どれだけ意地が強いのだろうか、この同級生は。
大きく嘆息すると、二人は何かを諦めたように首を横にふった。
「……行くとしても、それなら複数で行こう。少しは僕たちを信頼したまえ」
「まったく、ホントにルイズったら意固地なんだから」
二人がそう言うと、ルイズはキョトンとして思わず抵抗するのをやめた。
それを確認するとギーシュとキュルケも彼女から手を放し、さっそく話し合いを始めることとする。
「タバサは引き続きシルフィードに乗って、空から巡回をしてもらいたい。僕とキュルケ、ルイズは下へ降りてドッピオを探す。といってもルイズ、君は僕と二人で探すんだ。キュルケなら一人でなんとかできるかもしれないが、君は危険だ」
タバサは無言で頷き、ルイズもしぶしぶ彼の提案を受け入れた。
そこでキュルケがあることで疑問を感じ、ギーシュに訊ねかける。
「あら、それなら私がルイズと組んでもいいんじゃない?」
「いや、恥ずかしいことだけど僕一人でもフーケと遭遇した場合、逃げられるかどうかわからない。ワルキューレだけではフーケのゴーレムの足元にも及ばないし……ルイズの爆発のような火力がほしいんだ……僕だけじゃ無理だ」
へぇ、とキュルケはギーシュを見て感心したようにつぶやいた。
どうやらギーシュは、あの決闘以来本当に成長しているらしい。
自分の実力というものを客観的に評価できるだけでなく、この場において最もベストな選択ができるように冷静になっている。
以前の彼ならば自分を過大評価して、一人で行動していたかもしれない。フーケと遭遇してもあっさり敗北してしまうところだっただろう。
自分の弱さを、目の前のこの男は認めることができるようになっていたのだ。
「あと、もし探索中にドッピオを発見した場合は、ルイズが空に爆発を、キュルケがファイアーボールを放って、タバサならシルフィードを嘶かせて知らせることとしよう。フーケと戦闘になるなら、迷わず攻撃。音で全員に知らせるんだ」
「わかった」
「了解したわ。さて、とりあえず作戦も決まったことだし降りましょう……あ、タバサ。ルイズにレビテーションをかけてあげてね」
そうしてルイズ、キュルケ、ギーシュは意を決して、シルフィードから降下した。
地面と衝突する直前でキュルケとギーシュは自身に、ルイズはタバサの手を借りてレビテーションをかけ、激突を避ける。
そしてお互いに行く方向を決めると、ルイズ達はドッピオの捜索を始めた。
キュルケはまず、廃屋があった場所を目指すことにした。
あそこからそう遠くない場所にドッピオはいるはずだから、その周囲からしらみつぶしに探すのだ。
その道中でも細心の注意を払い、ドッピオらしき影がないかも探しながらキュルケは移動する。
もちろん、杖はすぐに構えられるよう利き手で持ったままだ。
「……やけに静かね……」
キュルケは、ふと思ったことをつぶやく。
あのゴーレムの襲撃が終わってから、こちらへは一切の攻撃がやってこなくなった。
先ほどまでドッピオを探すことに夢中になっていたため気づかなかったのだが、自然の音以外に全く物音がしなくなっているのだ。
まさかフーケはすでに逃走したのだろうか?
秘宝はどうやらドッピオが回収したらしく、彼は廃屋から出てきたときには首にペンダントをぶら下げていた。
彼と衝突し、そして退けたのならばその可能性は十分にある。
となれば、急がなければならないだろう。
早々にドッピオを見つけ出し、動き出さなければもはや追いつくこともできなくなる。
時間との勝負だ。
(こんなところでモタモタしてる暇はないわね……!)
やがてキュルケは廃屋のあった場所に着くと、そこらに手がかりはないか探索することにした。
足跡でもあればいいのだが、それらしいものはなかなか見つからない。
どうしたものか、と考え込むキュルケだったが……そんなとき、彼女の視界に思わぬ人物が入ってきた。
「ミス・ロングビル!?」
驚いたキュルケはロングビルへと駆け寄る。
すると声をかけられたロングビルも仰天したようで、キュルケの方を振り向くと目を見開いた。
「無事だったんですか!? ミス・ロングビル!!」
「あ……ミ、ミス・ツェルプストー……そちらも無事なようで……」
キュルケは、敵との遭遇ではなかったと安堵するとともに、思わぬ人物と再会したことに歓喜した。
フーケのゴーレムが出現してからどうなったのか全くわからなかったロングビルだが、こうして生きてキュルケと会合できたのだ。僥倖と思わなければならないだろう。
「あれからフーケの襲撃があって……安否がわからなかったのですけれど……本当によかった。何事もないようで……」
「は、はい……私はなんとか、フーケからは逃げることができまして……皆さんがどこにいらっしゃのるか探していたのですけれど……ところでミス・ツェルプストー、他の者達はどちらに?」
「ええ……それが、ドッピオ……ルイズの使い魔が行方不明になっていまして……他の者総出で彼を探しているんです」
「彼女の使い魔が……そうですか……」
「ミス・ロングビル。彼の居場所は知りませんか? もしくは何か、彼の行方の手がかりになるようなものは見つけませんでしたか?」
「いえ、私もたった今、あなたと会ったばかりなのです。その人の場所はとても……」
「……そうですか……」
申し訳なさそうに、ロングビルは俯く。
だがその表面上の行動とは裏腹に、本心でロングビル……フーケはほくそ笑んでいた。
(ふーっ、どうやらあたしのことはバレてないみたいだね……しかし、念を入れてこいつらも殺さなきゃいけないね。特にルイズの小娘だけは生かしておけない。確実に始末しないと……にしても、単独で行動してくれるなら、仕事も楽ってもんさ♪)
フーケは、勘違いをしていた。
ドッピオがルイズの使い魔であるということは知っているが、その二人が感覚共有をできていないということまでは彼女は知らなかったのだ。
故に彼女はルイズにも自身の正体が発覚しており、他人にこのことを告げられる前に急いで彼女らを抹殺しなければならないと考えたのだ。
空からはタバサが警戒して見張っているため、彼女の目をかいくぐり、この者達を暗殺しなければならない。フーケはそう考えていた。
だが、どうもキュルケの様子を見る限りフーケの正体こそ、オスマンの秘書ロングビルであるということはルイズ以外に知られていないようだ。
しかもそれぞれが分かれて一人ずつ、多くても二人で動いている。
ということは、今こそが最大のチャンス。ルイズから自分のことを知られる前に、味方のふりをして近づき、殺す。これこそベストだと、フーケは判断した。
――実際には、ルイズにすら彼女の正体は知られておらず、このまま逃走しても何ら支障はないというのに。
一方でキュルケはこれからどうすべきか悩んでいた。先の考え通りフーケがもう逃走してしまっていたとすれば、ドッピオを探す時間はなくなってしまう。
人員を割くにしても、全員でかかってもどうにもできなかった相手と、今より少ない人数でぶつかるのは愚の骨頂だ。
これからドッピオを捜索するのならば、もう残された時間はあまりない。
フーケの追跡こそ、自分たちの任務だ。だけど、キュルケはドッピオを死なせたくなかった。
なにかないのか。彼を見つける方法か、もしくはヒントは。
キュルケが苛立たしげに舌を打ち、ふと何気なく付近の木々に目をやったそのとき。
「……あら?」
キュルケは、木に何かキラキラと光るものが刺さっていることに気が付いた。
何かと思ってキュルケはそれに近寄り観察する。
よく見てみると、それは青銅でできたナイフだった。
ナイフは相当深く突き刺さっている。思い切り投擲されて刺さったのだろうか。
「ッ、これって……!」
キュルケはハッとして思い返す。
確かドッピオは、ギーシュから錬成してもらった青銅の剣と短剣を装備してこちらへとやってきていたはずだ。
普通のナイフは鉄製であるから、これはドッピオのものだと考えて間違いないだろう。
キュルケはナイフが飛んできた方向へと目をやり、そちらの茂みへとまっすぐ走っていく。
フーケからすれば戦慄したものだ。なにせ、キュルケが真っ直ぐドッピオのいる方向へと走っていくのだから。
「ミス・ツェルプストー!? いったいどこへ……」
ロングビルは不審に思い、キュルケが注目していた木に目をやってナイフを発見する。
その瞬間、ロングビル……フーケはギョッとして、走っていくキュルケとナイフを交互に見た。
確かこれは、ドッピオが自分を威嚇するために使用した青銅のナイフだったはず。キュルケはナイフが投げられた方向に走って行っているから、いずれはドッピオにたどり着いてしまう。
別に、死体を見られることがまずいのではない。いや、もし彼が生きていてキュルケがロングビルの正体を知ったとしても、キュルケと死にかけの人間一人殺すことは難しくない。問題は、キュルケがそれを発見して『合図を出し、ルイズがその場に駆けつけた』場合だ。
そうすると仲間がここにやってくる。ゴーレムで全員を相手にしても圧倒できるほどの実力があるフーケだが、本体である自分を狙われた場合は先ほどのように一蹴できるかどうかわからない。
そしてもしそのまま彼らに逃げられてしまえば……フーケの顔が割れ、これまでのように表の世界で生きていくことはもはや不可能になってしまう。
「ッ!! ったく今日はなんて運が悪いんだい!?」
それだけはなんとかして阻止しなければならない。
フーケは走るキュルケを追うようにして走っていく。
今日ほどついてない日があっただろうか。全く、忌々しい。
心の中で毒つきながら、フーケはキュルケを呼び止めようとする。
「ミス・ツェルプストー! いったいどうしたのですか、一人で動いては危険です!」
「ミス・ロングビル! ドッピオのいる場所がわかりました! そこへ急いで向かわないといけません!」
「(そんなことされるとこっちが困るんだよ!!) で、でも、それはフーケの仕掛けた罠かもしれませんよ!? もっと慎重に――」
「罠ならもっとわかりやすく私たちをおびき寄せるはずよ、いちいちナイフを使うなんて面倒なことをするはずがないわ! それにそんなスットロいことしてたら間に合わないわよ!」
「で、でも、ミスタ・ドッピオがこの先にいるという確実性はどこにもありませんよ!?」
「そうだとしてもようやく見つけた手がかりよ! 頼ってみる価値はあるわ!」
急いでいるためか、口調が敬語から外れてしまうキュルケ。
だがそんなことはフーケにとってどうでもいいことだ。この後に起こるであろう自身への不幸と比べれば……全くもってどうでもいいことだった。
このままではすぐにドッピオの遺体(ではないかもしれないが)を見つけてしまうだろう。そうなればもはやフーケの平穏はすべて崩れ去ってしまう。
フーケはキュルケに追いつくと、彼女を力ずくで制止させる。
「なにをするんですかミス・ロングビル! 離してください!」
「ミス・ツェルプストー! あなたが言いたいことはよくわかりました! あなたがどれだけミスタ・ドッピオを気にかけているかもわかりました! でもこんなときこそ慎重に動くべきです、下手をすればあなただけじゃなく他の者にも被害を及ぼしかねないんですよ!?」
「――ッ、そ、それは……でも……!」
「あなたの救いたいミスタ・ドッピオも、もしかしたらそのせいで死ぬかもしれないのですよ、わかっているのですか!?」
「ッ!!」
キュルケを冷静にさせるため(というよりも下手なことをさせぬため)に、フーケは彼女をとどめようとする。
とにもかくにも、彼女をこの先へと進ませてはいけないのだ。『生徒の身を案じる教師』を必死に演じ、フーケはキュルケを説得する。
「落ち着いてください、お願いですから……! あなたの火は優れている、しかしそれはちょっとした動揺ですぐに揺らいでしまうんです! 風に吹かれれば火がたちまち消えてしまうように! ミスタ・ドッピオを救いたいというのなら、どうか……!」
「…………………………」
キュルケはフーケの言葉を聞き、俯く。
その真の意図こそ表向きの物とは違えど、フーケが言っていることは真実なのだ。
勝手に動いてしまえば自分の身だけではない。それはキュルケがよくわかっていたはずだった。
――火は、赤く激しく燃えているものよりも、静かに青く灯っているものこそより熱くなる。常にお前は静かであれ――
かつて自分の父が、彼女によく言って聞かせてくれたことだというのに、どうしてこうもあっさりと忘れてしまっているのだろうか。
「……すみません、ミス・ロングビル。あたし、少し熱くなりすぎました」
キュルケが謝罪すると、ロングビルはニッコリと笑って彼女を許した。
一方で心の中では高笑いをして、目の前の少女を罵っていたのだが。
「いえ、わかっていただけたのならばそれでよいのですよ……仲間を思う気持ちというのは大切なものなのですから……しかし、確かに今は動かなければ何もできません。ここは私が調べてきます。あなたは私が合図するまで、ここで待っていてください」
フーケは優しい言葉で懇願すると、キュルケはそれに首を縦に振ることで応じた。
それを確認したフーケはくるりと踵を返してドッピオがいる場所にまで探りを入れに行くが……キュルケに背を向けた途端、フーケは邪悪な笑みを浮かべる。
(ちょろいもんさ。やっぱりガキだね、こんなにもあっさりと口車に乗ってくれるだなんて……ククク)
邪なことを企てるフーケ。
空から見張りがあるとはいえ、ここは森。死角など、どこにでもあるのだ。
生きているようならドッピオを確実に始末した後、死体を地面深くにでも埋めてしまおう。そして時間が少し経過したなら、どこか上空からでも見えない場所にキュルケをおびき寄せ、そして殺す。
これで邪魔者のうち一人は始末できたも同然。
これからの算段をしながら、フーケがドッピオのいる場所へと歩み寄っていく。
少し計算外のことはあったが、すべては順調だ。このままこの事件は真相を誰にも知られることなく、再び自分に平穏がやってくるのだと、フーケは思っていた。
だからこそフーケは、ここでド肝を抜かれることとなった。
「ミ、ミス・ロングビル!?」
ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。学院にて『ゼロ』の蔑称で呼ばれ、あの忌々しい使い魔を召喚した、少女。
突如として、前方から……フーケが今最も会いたくない相手が、現れた。
「――ッッッ!!??!?!?!?!?!!??」
フーケの中で、一気に焦燥の念が膨らんだ。
それも当然だろう。ついさっき、フーケはルイズがここへ現れるという危機をうまく回避したというのに、その努力をすべてぶち壊して彼女が出現したのだから。
(まっ――――ずいッ!!!!)
目を見開いたフーケは杖を抜き、声のした方向へとそれを構える。
こうなったらもう暗殺も何もない。フーケは今ここで全員を始末しようとした。
だが。
「ま、待ってください! 私です、ルイズです!!」
ルイズがフーケを声でとどめようとしたところを見て、さらにフーケは混乱した。
どういうことだ? 『待ってください?』 いったいどうして自分にそんな言葉をかけようとしてくる?
ルイズは、ロングビル……フーケがドッピオを攻撃したところを確かに目撃したはず。ならばまずフーケには声をかけることもなく、魔法で攻撃してくるのが妥当なはずだ。
百戦錬磨のフーケであってもこの状況がわからなくなって、その場に硬直せざるを得なかった。
「ル、ルイズ!? あんたいったいどうやってここに!?」
その間に、おそらくルイズの声を聞いて驚いたのか、キュルケもフーケの背後からやってきた。
フーケは誰にも聞こえないように小さく舌打ちする。
まずい。敵がここに集結しつつある。しかも、前方と背後を取られた状態で、だ。
これ以上誰かがここへと来られるのは厄介極まりない。
……はずなのだが……どうも妙な感じだ。
ルイズはどうして自分を攻撃しない? 知らないふりをして自分をだまそうとしているのかとも思ったが、そんな小細工がプロの盗賊なんかに通じると、目の前の優等生が考えるとは思えない。
いったいなにがどうなってるのかフーケは理解できず、ただ杖を常に利き手に持って襲撃に備える。
しかしルイズはフーケに駆け寄ると彼女の手を掴み、涙目になって懇願してきた。
「ミス・ロングビル、急いでこの場から離れましょう! 早くしないとドッピオが……ドッピオが……!!」
「は、え、え、ええ!?」
いきなりのことで再びフーケは呆気にとられた。
それでもルイズは泣きながら何度もそう願い出て、フーケは困惑するばかりだった。
「どうしたのルイズ!? ドッピオがどうしたの!?」
堪らずキュルケがルイズに問いかけても、ルイズはただ嗚咽するだけで何も言えないでいた。
だが彼女の言葉から察するに、ドッピオが危機的な状況であることを発見してしまったのだろう。
そう判断したキュルケは、ルイズがやってきた方向へ進んでいく。フーケとルイズも後に続いた。
そしてその先でキュルケは、血まみれになって倒れ伏せたドッピオと……彼のそばにしゃがみこんで怪我を見るギーシュを見つけた。
「ドッピオ!!」
キュルケはドッピオに駆け寄ると、ギーシュとともにドッピオの負傷を見た。
ギーシュもこれはどうすればいいのかわからないようで、苛立たしげに悪態をついている。
「キュルケ、君も来たのか……僕らが見つけたときにはもうこのありさまさ。胸部を何かで鋭く打ち抜かれていて、血が止まらないんだ……もしかしたら心臓にも傷がついてるかもしれない。すぐにでも医者に見せないと危ないよ」
「そんな……!!」
あまりの状況に、キュルケは一気に青ざめる。
ルイズ達の中には、水メイジがいない。治療しようにもその手段がなく、もう医者のところへすぐに向かうしか方法はないのだ。
「ミス・ロングビル! 任務を中断して、ドッピオを医者のところへ運びましょう! お願いです!」
キュルケはすぐにロングビルの方へと向き直ると、頭を下げて彼女の許可を求める。
秘宝こそ大切ではあるが、それを取り返すべくフーケを追っていればもう時間がない。フーケはこの場からすでに去っている可能性だってあるのだから。
果たせるかどうかもわからぬ任務よりも、救える命があるのならそちらを取るべきだ。
ルイズも彼女にならって頭を下げ、お願いします、お願いしますと何度も小さくつぶやいた。
一方でフーケはといえば、このように懇願されるとは思わずこのままどうすればいいのかを考える。
(……まさかとは思うけど……ひょっとしてこいつら、あたしの正体に気付いてない……?)
さっきからずっとフーケはロングビルを演じながら、ルイズやギーシュたちの表情と仕草を観察していた。だがそれらのどこにも嘘っぽさはなく、どうやら真実であるらしいことだけはわかった。
もしかしたら、とフーケは思う。
――ルイズは、自分の使い魔と感覚共有ができていないのではないか?
普通では考えられないことだが、あいにくと彼女の使い魔は普通ではない。
普通のサモン・サーヴァントで召喚された動物や幻獣ならばまだしも、彼女の使い魔は人間だ。いろいろな機能において通常通りにはいかないことが多々あるのかもしれない。
その中に、感覚共有が入っていたとしたら?
ルイズは、ドッピオがなにをしていたのか、一切把握することができていなかったとしたら?
……まさか、今まで自分は一人相撲をずっとやっていたのだろうか。
そう考えると、先ほどまでの自分の慌てぶりが馬鹿らしくなってくるとともに、安堵の気持ちが出てくる。
そこまで考えて、フーケはふと思った。
――ひょっとするとこれは、またとない好機なのではないか?
さっきは大きな危機が訪れていたから仕方なく彼を攻撃したが、まだ彼は助かる可能性がある。
こちらはまだ『約束のペンダント』の使い方も聞いていないのだが、またそのためのチャンスが生まれるのだ。これだけの負傷ならばそう動けまい。簡単におさえて拷問することもできる。
さらに今はまだルイズ達も自分を信頼している。口を割らなければ彼女たちを人質にとって脅せばいいのだ。
(ハハ……なんてこったい。なんて大マヌケなんだいあたしは……そして……なんていい日なんだろうね、今日は……)
先ほどとは全く逆のことを思いながら、フーケは考えを決めるとすぐに行動する。
ロングビルの仮面をかぶると、フーケは決心したように大きく頷いてみせた。
「わかりました。ここはいったん離れて、ミスタ・ドッピオを治療することにしましょう」
そう言うや否や、ルイズとキュルケは上空にいるタバサを探す。
シルフィードで移動した方が、馬よりも速いからだ。
それが後の大きな過ちにつながるとは、二人は考えもせず……フーケは笑みをこらえるのに必死になった。
もうすぐすべてが自分の思惑通りになる。
そう考えると、心の底から湧き出てくる喜びが今にも爆発しそうだったのだから。
二人がタバサを探しているそのとき、フーケはふとドッピオの方を見る。
(……ん?)
すると、そばで彼を看ているギーシュの様子が奇妙であることにフーケは気づいた。
どうもドッピオの手を凝視しているようだが、どうにもそれがフーケは気になった。
いったい、なにを見ているのだろうか?
フーケはギーシュに近づこうとして、
「そこを動くな!! ミス・ロングビルッ!!」
急にギーシュが叫んだことで仰天し、思わず動きを止めてしまう。
それはルイズやキュルケも同様だったらしく、何がどうしたのかとギーシュに注目した。
「ルイズもキュルケも全員その位置だッ! そこがいい!!」
あまりの気迫に、ルイズとキュルケも動くことをやめる。
わけのわからぬ展開に、二人は慌ててギーシュに真意を問うた。
「い、いったいどうしたのギーシュ?」
「動くなったって、でもすぐタバサを呼ばないとドッピオが――」
「…………」
しばらくギーシュは沈黙し続けていたが、やがてギーシュは鋭い目でロングビルを睨む。
そのままゆっくりとした動作でギーシュはドッピオの手へと腕を伸ばし、何かを手に取った。
それはとても細いもので、ルイズ達の距離からでは目を凝らさないと何かわからない。
「……髪の毛だ……ドッピオは気を失う寸前に、髪の毛を握りしめていた……おそらくこれはフーケの髪と見て間違いないだろう……戦っている最中なのか、それとも敗北した後なのかわからないけど……彼は敵が誰だか知らせるためにこれを残したんだ……」
一部が血で滲んでいたが、ギーシュが丁寧にふき取るとその髪は陽の光を浴びて輝いた。
鮮やかな、緑色の光を反射して。
「ッ!!」
フーケは、心臓が止まるかと思うような衝撃を受ける。
そういえば、ドッピオの投げたナイフは自分の顔の横スレスレをかすめた。
顔に関してはそれだけだ。だが、髪はどうだっただろうか。
無意識にフーケは髪に手を触れ、確認をしてしまう。
するとそれを見たギーシュはますます疑いの目を強くし、ルイズとキュルケも今度はフーケを見る。
「そ、そんな……わ、私がフーケだと言いたいんですか!? ただ、髪の色が同じだけじゃあないですか!!」
「くどいようだが近づくなミス・ロングビルッ! その位置で留まっていろ!!」
歩み寄ろうとしたロングビルを見て、ギーシュは杖を構えてけん制する。
ここから少しでも動けば、ギーシュはためらいなくロングビルを攻撃する気だということが、その目を見てとれた。
「で、でもギーシュ! 確かに髪の色だけじゃ証拠とは言えないわよ!?」
ここで、ルイズからも疑問の声があがった。
確かに、フーケについての情報は何一つわかっていない。男か女かもわからないし、ロングビルと偶然髪の色が一致したって何ら不自然ではないのだ。
ギーシュの行動は、早計と言えば早計だろう。
だが、ギーシュは杖を構えたままロングビルから目を離さない。
「ああ……確かに、このままじゃあ何も証明したことにはならないだろうさ……だから、ここで調べるんだよ……」
「し、調べるって……?」
ルイズからの言葉に、ギーシュは首を縦に振る。
するとギーシュは、今度はロングビルに向かって話しかけた。
「……ところでミス・ロングビル。どうして僕らがドッピオのところにまでやってくることができたのか、わかりますか?」
「え? ど、どうしてって……それは、ミスタ・グラモンたちもミスタ・ドッピオの残した痕跡を見つけたからじゃ……」
フーケは突然の問いかけに戸惑いながらもそれに答える。
しかしギーシュはその回答には首を横に振った。
どういうことかとフーケが考えたとき、ギーシュのすぐ横の地面が盛り上がり、そこから巨大なモグラが姿を現す。
ヴェルダンデ。ギーシュの使い魔である、ジャイアントモールだ。
「僕はドッピオに剣をつくってやったんですよ……青銅でできた、大きな剣を。僕のヴェルダンデは鉱物が大好きでしてね、匂いですぐにその存在と位置を探知できるんです……シルフィードから降りて少し時間が経って気づいたことなんですけど……」
一瞬、ギーシュは『どうしてもっと早く気付かなかったのか』と自分を責めるように表情を歪めたが、すぐにまた鬼気迫る顔に戻ると話を続ける。
「どれだけ離れていても、僕のヴェルダンデはすぐに特定の金属を嗅ぎ分けて探すだけの能力を持ってるんです……そして、その能力で、ヴェルダンデがさっきから僕に伝えてくるんですよ……『今まで嗅いだこともないような金属を、ミス・ロングビルが持っている』とね」
ドクン、と。
フーケの心臓が、大きく鼓動する。
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ …………
「鉄だとか、そういうものなら全部わかります。でもこんな匂いはヴェルダンデも初めてなんですよ……そして僕も、ついさっき未知の金属に触れたばかりです。ドッピオが廃屋で見つけた、『約束のペンダント』……あれは、土系統の僕にすら何でできているかわからなかった!」
そこまで言い切ると、ギーシュは杖から花びらを二枚落とし、ワルキューレを二体作り出す。
「確かにドッピオは、首にそのペンダントをかけていた。だから最初は僕もドッピオからその匂いがしてるんだと思っていた……だが今はそれがない。『フーケがそれを持ち去った』んだ……ならフーケは今、そのペンダントを持っている……少し、調べさせていただけませんか、ミス・ロングビル……」
一体のワルキューレは自身の近くへ。そしてもう一体は、ゆっくりとロングビルの元へと近づかせていく。
それを見たロングビルは額から汗を一筋流して、後ずさる。
(こ、の……この、ガキッ……!!)
完全に、ノーマークだった。
ギーシュ・ド・グラモン。最初に彼を見たときは、女癖が悪くすぐに手を出す貴族のお坊ちゃまだとばかりフーケは思っていたが……これほどに観察眼と閃きに優れているとは……全く思っていなかった。
……こんなにも、鋭いナイフのように尖った目つきができるだなんて……
「僕だって、こんなの悪い冗談だと思いたい。だから、ただ少しボディチェックをさせてもらうだけでいいんです……それで、何も起こらないんでしょう。何も出てこないで、そしてすべて僕の間違いだったんだとわかるんでしょう……」
ギーシュは、そこで一呼吸を置いて、ロングビルに向かって言った。
「調べさせてください、ミス・ロングビル」
ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ …………
ロングビルは、ゆっくりと歩み寄ってくるワルキューレを見て、ただそこに立ち尽くしていた。
その距離は、時間とともにだんだんと短くなっていき、あと5歩ほどでワルキューレはロングビルの元につく。
あと、4歩。
あと、3歩。
あと、2歩。
あと、1歩。
あと……
「ったく、参ったもんだねこりゃ」
不意にロングビル……フーケは、誰に向かってということもなく、一人つぶやく。
普段の丁寧なものとは違う、がさつで乱暴な、荒くれ者の口調。
その言葉を聞いた全員の表情がこわばり、そして、
ド シ ュ ウ ッ !!
「!!」
ロングビルは目にも止まらぬ速さで、何かをギーシュに向かって投げつけた。
それは、青銅色に煌めく短剣……ギーシュがドッピオのためにつくり、そして使用されえて木に突き刺さっていたナイフだった。
とっさにギーシュはそれをワルキューレで叩き落とすが、不意打ちに気を取られ注意が散漫になってしまう。
ロングビルが杖を振うとワルキューレは弾き飛ばされ、続けざまにロングビルの下からゴーレムがつくられようとした。
フーケが得意とする、35メイル級の大型ゴーレムが。
ルイズとキュルケがそれを食い止めようと、魔法で攻撃したがそれも間に合わず、ゴーレムは完成してしまう。
「まさか……本当に、あなたが……!?」
ルイズは信じられないものを見るような目で、フーケのゴーレムと……その肩に乗ってルイズ達を見下ろすロングビルを見た。
ロングビルは、今まで見たこともないような、感情の消え去った表情を浮かべる。
今までの温かさなんてどこにもない。凍てついた氷のような視線が、ルイズ達を射抜く。
「やれやれ……顔も割れちまったし、もう秘書としてはたらくことだってできやしない……盗賊稼業も、このままじゃあいつまでできるもんか……どうやらもう安心して熟睡することはできないようだね……」
そこで言葉をとぎらせると、フーケはカッと目を見開いて、叫ぶ。
「ただし……『今夜』だけだッ!!」
その宣言とともに、ゴーレムは主人の命令に従ってルイズ達に攻撃を繰り出した。
誰であろうと私の『執筆』を揺るがすものは許さない!
そんなことを思いながらも他の用事で貴重な時間をつぶす毎日。現実は非情である。