ハートの一船員   作:葛篭藤

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第3話 海賊の生き様

 きらめく朝日、澄み渡る青空と青い海、どこまでも続く水平線。

 今日も海は美しい……というのに、当の俺は感慨にふける気力もなく、食堂のテーブルの上で撃沈していた。朝食のおにぎりを前にしても食欲が湧かない。

 

「おいおい、チトセ、あれくらいでこのザマかよ」

「お前、ほんとヤワだなァ」

「俺がヤワなんじゃなくて、みんながタフなんですよ……」

 

 ぐったりとテーブルに突っ伏す俺をみんなはニヤニヤと見下ろす。

 まァ、単純に二日酔いだ。普段酒なんて全然飲まないのに、勧められるままに次々と飲んだのがいけなかった。というか、そもそも海賊と同じように飲もうっていうのに無理があったんだ。……後悔はしてないけどさ。

 それにしても、みんなは本当にタフだと思う。宴会が終わったのは結構遅い時間だったにも関わらず、みんな難なく朝に起床した。俺なんて、ペンギンさんに3回声をかけてもらってようやく布団から這い出たというのに。しかも、全員まったく疲れた様子はない。

 頭痛と吐き気と眠気のトリプルパンチで一人へばっている自分が情けない。

 

「うぅ~~~……」

「大丈夫か? その様子じゃ、今日は休んでた方がいいかもな」

「いえ……そういうわけにはいきません……」

 

 心配してくれるペンギンさんの言葉に俺は首を振った。

 休みたいのは山々だが、それだと約束が違ってしまう。「次の島に着くまで雑用をこなすこと」、それが俺に付せられた条件だ。これが守れなきゃ、“船の一員”と言ってもらう資格がなくなってしまう。

 それだけは嫌だった。昨日のみんなの言葉が嬉しかったから、それに報いたい。

 が、その俺の意志はローさんの言葉によってあっさりとはね返された。

 

「チトセ、お前は今日は午前中休みだ」

「え……で、でも、」

「そんな状態じゃまともに動けねェだろう。邪魔になるだけだ」

 

 事実を叩きつけられて俺は口を噤んだ。自分でも感じていたことなだけに、反論できない。役立たずにもほどがある。

 

「すいません……」

「別にお前を責めてるわけじゃねェ。二日酔いの原因はこいつらにもある」

 

 え、と俺は目を見開く。まさかそんな言葉が返ってくるとは思っていなかった。

 しかも、どうやらローさんは別段庇ってくれているわけでもないようなのだ。ただ淡々と事実を述べているだけ、という感じだ。

 ぽかんとする俺に向かって、ローさんがなにかを投げる。テーブルの上を滑ってやってきたのは、薬の紙包みだった。

 

「食欲がなくてもなにか胃に入れておけ。それでそれ飲んだら、あとは水飲んで寝とけ。時間が経ちゃ勝手によくなる。午後になったら午前の分まで働いてもらうから、そのつもりで休め」

 

 引き続き淡々とした口調でローさんはてきぱきと指示した。

 なんか……ほんとに全然気にしてないみたいだ。俺が気負いすぎなのか?

 

「ありがとうございます……」

 

 やや拍子抜けしたような気分で、俺はおにぎりをひとつ手に取った。

 

 

 

 

 なにもせずただ寝転がっていると、いろんなことを考える。

 元の世界のこともだけど、それ以外にもいろいろ。例えば、今は原作でいうと何巻くらいなんだろうとか、ルフィに会えたりしないかなとか、結局ローさんの能力ってなんなんだろうとか。

 他にも……このままこの海賊団に入れちゃったりしないかな、とか。

 ……いやー……やっぱ無理かな。すぐ死にそう、俺戦えないし。いや、でもこのまま雑用係としてなら……。いや、いやいや、なにバカなこと考えてるんだ。

 ベッドの中でぶんぶん頭を振って俺は自分の考えを振り払った。

 これ以上余計なこと考える前に、寝た方がいい。そう思い直してしっかりと布団に身をくるめると、間もなくうとうとと眠りに就いた。

 

 目覚めは突然だった。心地よい眠りの中、突然ぐわんと体が揺れたかと思うと、ベッドの下に転げ落ちてしまったのだ。寝相が悪かったわけでは決してない。

 

「な、なんだァ……?」

 

 半分寝ぼけながら床の上に身を起こすと、再び大きく体が揺れた。船が揺れているんだ。それだけじゃない。ボカァン!!だとかドゴォン!!だとか、つまるところの……爆撃音っ?!!

 

「襲われてる、のか……?!」

 

 その言葉を肯定するように、にわかに外が騒がしくなる。

 恐怖心と好奇心を天秤にかけた末に、俺は恐る恐る部屋から足を踏み出した。

 

 もう喧噪はすぐそこだ。銃撃音、金属のぶつかり合う音、悲鳴、怒声……。この扉一枚で隔てられた外は戦場だ。ごくりと唾を飲み込み深呼吸をしてから、俺はそろりと扉の影から外を覗いた。

 

「……ッ!!」

 

 広がる光景に俺は息を呑んだ。間近で見る戦闘は、俺が想像していたよりも遥かに凄まじかった。

 扉越しに聞いていた音が、今度は直接鼓膜を揺らす。その騒音の中で海賊たちが暴れ回る。銃弾が飛び交い、剣と剣が交じり合い、さらには人が吹き飛ぶ。どうやら戦況はハートの海賊団が圧倒的優勢のようで、次々と襲い来る相手の海賊たちを白ツナギたちがなぎ倒していく。

 悲鳴が、怒号が、血の鮮やかな赤が、頭に焼き付くようだった。

 昨日までの俺の日常からあまりにかけ離れたその光景に、一瞬くらりとなる。しかし、火薬と血の臭い、そして感じる熱気が俺を現実へと引き留めた。

ぶるりと体が震えた。怖かった。でも、それだけじゃない。その証拠に、目が離せなかった。

 

「…………」

「おい」

「ひィッ!?」

 

 すっかり外の様子に釘つけになっていた俺は、背後から肩を叩かれて盛大に竦み上がった。

 

「わ、悪い。驚かせるつもりはなかったんだが……」

「イッカクさん……」

 

そこにいる人物がイッカクさんだと気付いて、俺はほっと息を吐いた。イッカクさんは逆に俺のビビりっぷりに驚いたようで、困惑の表情を浮かべていた。お恥ずかしい限りです……。

 それにしても、船内にもまだ人がいたのか。みんな外で戦っているものかと思っていた。

 

「こんなところにいたら巻き込まれるぞ。ほら、ドア閉めろ」

「あ、はい」

 

 言われた通り扉を閉めて、俺はようやく不思議な呪縛から逃れた。

 

「もう起きてていいのか?」

「あ、はい。もう大丈夫みたいです」

 

 突然の襲撃のせいで二日酔いのことなんて半ば忘れかけていたが、言われてみれば吐き気や体のだるさはほとんど抜け落ちていた。

 

「じゃあ、昼メシの準備、手伝ってくれ」

「はい」

 

 というわけで、少し後ろ髪を引かれるような気分を抱えながらも、俺はその場を後にした。

 

 

 

 

 厨房にいくと、そこにはもう一人人がいた。シャチさんだ。真剣な顔つきでせっせとタマネギの皮を剥いている。

 ハートの海賊団では、毎日の料理はコックのイッカクさんと日替わりの料理当番が組んで作っていると聞いたことので、おそらくシャチさんが今日の当番なのだろう。

 

「シャチ、助っ人だ」

「えっ。おっ、チトセじゃねェか! もう具合いいのか?」

「はい、おかげさまで」

 

 そう答えると、シャチさんは「そっか」とくしゃりと笑う。

 

「チトセ、お前はニンニクをみじん切りにしてくれるか?」

「すいません、俺実はあんま包丁持ったことないんで時間かかっちゃうかもしれないんですけど、大丈夫ですか?」

「あァ、別に平気だ。指切らないように気ィつけてな」

「わかりました。がんばります!」

 

 ニンニクとまな板と包丁をもらって、俺はシャチさんの隣に場所を取った。

 ちなみに、今日のメニューは小エビのトマトパスタ、白身魚のカルパッチョとサラダだそうだ。朝は結局おにぎり一個しか食べなかったし、体調がよくなった今ではメニューを聞くだけでお腹が空いてきた。

 にしても、この平穏ぶりはなんだろう。外ではまだ戦闘が続いていて、その騒ぎだって微かに聞こえてくるというのに、厨房内の空気はまるで穏やかだった。イッカクさんもシャチさんも何事もないかのように作業している。

 

「あのー、余計なお世話だとは思うんですけど……こんなのんびりしてていいんですか?」

「ん? なにがだ?」

「だって、今この船って襲われてるんじゃないんですか?」

「あァ……、まァ、ウチのクルーは強ェからな。心配はいらねェさ。おれたちはおれたちの仕事をするだけだ」

 

 手早くエビの殻と背ワタを取り除きながら、イッカクさんは泰然と答える。その言葉からは、彼のクルーに対する信頼が感じ取れた。それでようやく理解する。彼らは別にここでのんびりしているわけじゃない。外でみんなが戦っているのと同じように、厨房(ここ)で昼ご飯を作ることが彼らの仕事だから、それに準じているだけなのだ。

 かっこいい。これが海賊か……。

 思わずじーんと感じ入っていた俺だったが、隣ではシャチさんがカグリと項垂れていた。

 

「おれだって……おれだって、当番でさえなければ……!」

 

 悔しさを噛みしめるように言って、調理台の上で拳を握る。その様子に俺は……。

 

「シャチさん……、拗ねてるんですか?」

「バカッ! ちげェよ!」

 

 フンッと鼻を鳴らしてそっぽを向く姿は拗ねている子供そのものだ。イッカクさんの言葉に黙って頷いてたらかっこよかったのになァ。まァ、一応大人しく当番に徹しているわけだし、根本にある心は同じなのだろう。たぶん。

 

「シャチ、口じゃなく手を動かせ」

「なんでおれだけっ?!」

「チトセはちゃんと手も動かしてる」

「えー。イッカク、なんかチトセに甘くね?」

「人徳の差だろ」

 

 しれっとそう言うイッカクさんをシャチさんはしばらくじとりと睨んでいたが、やがて大人しく包丁を手に取った。そして、無言でそれをみじん切りにしていく。その大人しさが逆に怪しいんだが……。

 

ザクザク ザクザク

 

 そうしてしばらくすると、鼻をすする音が聞こえてきた。それを聞いて、昔調理実習でタマネギを切ったときのことをぼんやりと思い出した。とにかく目が痛くて、涙と鼻水が止まらなくなるというひどい目に遭った。今回タマネギを切るのが俺の役目じゃなくてよかった……。なんて内心安堵したのも束の間だった。

 

「め……めが……目がァア!!」

「フハハー、どうだ参ったか!」

「もうっ……向こう……向こう行ってくださいよ……っ!」

「やなこった。お前も道連れだー!」

 

 シャチさんの切るタマネギから出る目に沁みる成分を含んだ空気が俺の方までやってくる。おかげで、俺はかつての悪夢をまた体験する羽目になった。目ェくそイテェ……。素でラ○゜ュタの某大佐だよ……。

 

「なんて地味な嫌がらせなんだ……」

「嫌がらせ? なんのことかさっぱりだなァ。おれはただ言われた通りタマネギを切ってるだけですけど~?」

「驚きのしらじらしさですよ!?」

「いい加減にしろ!」

「ぃだっ」

 

 二人でぎゃあぎゃあ騒いでいると、間もなくイッカクさんの鉄槌がシャチさんに下った。「またおれだけ……」と不満を漏らすシャチさんに、イッカクさんは「今のは明らかにお前が原因だろ」と返す。俺も心の中で「そうだそうだー」と賛同を送った。

 「ほらお前は少し向こうでやれ」とイッカクさんに追いやられるシャチさんはさすがに少しかわいそうかと思ったけど、俺の平穏には変えられない。

 よしっ、と気を取り直して俺はニンニクのみじん切りに取りかかった。のだが……

 

ザクッ

「ぎゃあ! 指切った!」

 

 まァ、平穏はなかなか手に入らないっていう話だ。

 

 

 

 

「どうぞ召し上がれ。おれとチトセの血と涙の結晶だ」

「料理には使ってほしくない表現だな……」

 

 シャチさんから料理の皿を受け取りながら、ペンギンさんが苦笑いを浮かべる。

 

「厳しい戦いでした……」

「そう、厳しい戦いだった。だが、その苦難を共に乗り越えることで、おれとチトセの間には友情が芽生えたのだ!」

「えー、いいなー。おれもチトセと仲良くなりたい」

 

 肩を組んで仲の良さをアピールする俺とシャチさんを見て、ベポさんが言う。なんて癒やし……! 

 

「いやそんな! むしろ俺の方こそ仲良くさせてください!」

「なんでそんな下手なんだよ」

 

 横合いからのツッコミに周囲がどっと沸く。今日も食堂は賑やかだ。

 

 戦闘が終了したのは、ちょうど昼ご飯の準備が終わった頃だった。外に出ていたクルーたちはにおいに釣られてか食堂に集まってきた。見た感じ結構な乱闘だったのに、大きな傷を負った人がいないというのが驚きだった。ペンギンさんを含めた何人かのクルーに至っては無傷だ。一体この人たちどうなってんだ。いやまァ、怪我がなくてなによりだけどさ。

 

「キャプテン! おれ、敵たくさん倒したよ!」

「知ってる。見てたからな。まァ、なかなかの働きだったんじゃねェか」

「えへへー」

 

 褒められて嬉しそうにベポさんはほにゃっと笑う。ふぉおお、なんだこのカワイイ生き物は……!! 心なしかベポさんを見るローさんの目も若干優しげだ。……って、ちょっと待て。

 

「ベポさんって戦うんですか?!」

「うん。言っとくけど、おれ強いよ」

「ヘェエ……」

 

 ベポさん戦うのか。しかも強いのか。確かに腕力はすごいありそうだけど。

 でもまァ、考えてみればマスコットとしてこの船に乗っているわけでもあるまいし、二足歩行する上にしゃべるんだから、戦ったって別に不思議はない……よな?

 

「戦うベポさん見てみたかったですね。俺が途中ちょっと甲板覗いたときには残念ながら見かけなかったんですけど」

「ああ、それは、おれやキャプテンは敵船に乗り込んでたから」

「て、敵船に?」

 

 うん、とベポさんは何事もないことのように答える。

 襲い来る敵を倒すだけでは飽き足らず、自ら敵地に赴いていったというのか……。とことん規格外だな、この人ら。それとも海賊ってみんなこんなアグレッシブなもんなのか?

 

「つーかおい! 抜け駆けしてんじゃねェぞ、ベポ!」

「すいません……」

「船長、おれもおれも! 敵たくさんぶっ飛ばしましたよ!!」

「おれだってー!!」

「おれのことも褒めてください!!」

「……お、おれだって……おれだって戦ってさえいれば、誰よりも活躍したもんね……」

 

 みんなが自分の功績を次々と主張する中、一人じめじめした空気をまとっているのはシャチさんだ。よっぽど褒めてほしかったんだなァ。

 うーん、ちょいちょい感じてたけど、みんな船長(ローさん)のこと大好きだよな。「褒めてください」オーラがすごい。

 で、肝心のローさんの反応はというと、さも面倒くさそうに「あァ、はいはい、全員よくがんばったナー」と棒読みで言うだけだった。「愛がないっすよ!」とクルーたちが嘆くのも当然だろう。

 

 そんな彼らのやりとりを温かい気持ちで見守っていた俺だが、そうしながらも頭の片隅では別のことを考えていた。それは、俺はやっぱり海賊にはなれない、ということだった。

 戦闘能力がないからとかそういう話じゃない。俺にないのは、命をかける覚悟だ。

 海賊は命がけだ。俺はそれを理解しているつもりで、本当には理解できていなかったのだ。

 命がけということはつまり、奪われる覚悟や殺される覚悟があるということだ。そしてそれは、殺す覚悟もあるということ。だからこそ彼らの戦いは「暴力」なんて言葉で片付けられるものじゃなくて、少しクサいけど……きっと、信念の戦い、みたいなものなんだ。

 そうやって、海賊たちは命をかけた何かのために、全力で戦い、生きている。

 あのとき彼らの戦いから目が離せなかったのは、そんな彼らがかっこよくて眩しかったからなのかもしれない。

 

「みんな、かっこいいなァ……」

 

 思わず本音がぽろりと漏れ出る。すると、それを聞いたクルーたちはきょとんとして目をしばたたかせた。

 

「おいおい、どうしたんだよ急に。褒めたってなにも出ねェぞ?」

「いっそお前もこのまま海賊になるか?!」

「……無理ですよ。俺は海賊にはなれません」

 

 安定した暮らしが理想ですから、とおどけたように言うと、「夢がねェなァ」と笑われた。

 

 

 

 

 食後は甲板の洗浄をすることになった。

 いくらクルーは無傷とはいえ、船までもがそうとはいかない。刀傷や弾痕もだけど、それ以前に血を洗い流さないことには甲板がスプラッタだ。

 血なんてほとんど見慣れていない俺には、結構勇気の要る作業だった。最初、真っ青な俺を見かねてペンギンさんが他の作業に変えてもらうことを提案してくれたが、俺はそれを断り、作業をやり通した。

 

”おれたちはおれたちの仕事をするだけだ”

 

 頭にあったのはイッカクさんの言葉だった。

 ――そうだ、俺は俺の仕事をしよう。

 命をかけられない俺だけど、この意地くらいは通してみせよう。海賊じゃなくても、”船の一員”だと胸を張って言いたいから。

 そう密かに決意した昼下がりだった。

 

 


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