ハートの一船員   作:葛篭藤

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※一部の船員は捏造です。


第2話 一日目の宴

「うぎゃああああ!!!!」

「……なんだッ?! どうした?!」

「おい、どうかしたのか?」

 

 俺が悲鳴を上げるなり、ばたばたと足音がして誰かが部屋に駆け込んできた。

 けど、正直俺にはその人らを気にしている余裕はなかった。

 

「む、む、む、胸に、あ、ああ、あ、穴が……」

 

 自分の胸部を見下ろすと、そこには真四角の穴がぽっかりと開いている。左胸の、そう、ちょうど心臓があるだろう辺り。

 思い出されるのは気を失う前のローさんの言葉と、彼の掌に置かれた四角い何か。

 ……まさか、心臓がない? じゃあ、なんで俺今生きてんだ。

 

「ああ、心臓か」

「それなら船長が預かってるぞ」

 

 わなわな震える俺に、横から声がかけられる。ようやくそちらに目を向けると、立っていたのは二人の男だった。一人はキャスケットを、もう一人は“PENGUIN”と書かれた帽子を被っており、揃いの白いツナギを着ている。

 俺はしばし呆然と二人を見たが、言われた言葉の意味を理解するとハッと我に返った。

 

「あ、あずかってる? ど、どうやって? 俺、生きてるのに……」

「あー、まァ、その辺の細かいところは気にするな」

「そうそう。心臓を握り潰されでもしない限りは死なねェし、気楽にいこうぜ。なに、おかしな行動をとらなきゃそれで済む話だ」

「ハハハ……」

 

 気にするなって……まァうん、そうだな、もう気にすまい。死ぬとか物騒な言葉が聞こえた気がするけど……それもスルーだ。ファンタジーだから、しょうがない。それがこれからの俺のリアルになるわけだし。

 それに、態度はフレンドリーだが二人の視線は鋭い。考えてみれば、この人らも海賊なんだもんな。俺を警戒するのは当然か。心臓を取り出したメカニズムについて説明しないのも、そういう理由だろう。思い切り不審者だからな……。わかっちゃいるが、乾いた笑いしか出てこねェ。

 

「おれはシャチ」

「おれはペンギンだ。短い間だとは思うが、よろしくな」

 

 “PENGUIN”帽の人がすっと腕を差し出す。その腕を前に再び呆然となったのは、友好的な態度に驚いたから……ではない。

 「おれはシャチ」とか「おれはペンギンだ」とか、お前ら人間だろなに言ってんだって突っ込まなかった俺を誰か褒めてくれ。「よろしく」の言葉があと少し遅かったら危ないところだった(俺の命が)。

 そうか、名前か……かわいい名前だな……。

 

「どうした?」

「あ、いえ! 香坂千歳です! こちらこそ、よろしくお願いします」

「おう」

 

 二人と握手を交わして挨拶を済ませる。が、終わってからも二人は立ち去る様子を見せない。

 

「チトセ、もう動けるか?」

「え、あ、はい、全然問題ないです」

「んじゃ、船ん中案内してやるよ!」

 

 ニッとキャスケットの、シャチさんが笑った。

 そうして俺は二人に連れられ、船内の見学へと踏み出した。

 

 まず、俺の寝ていた部屋――医務室に始まり、機関室、操縦室、船長室(外からドアを見ただけだけど)、浴場、キッチン、食堂、寝室、甲板と順々に回っていった。途中すれ違うクルーたちと軽く挨拶を交わしたが、みんな結構フレンドリーでかなりほっとした。

 そして、今は最後の部屋だという甲板から繋がっている大きな鉄扉に向かっているところだ。

 どうやら船は俺が寝ている間に島を出航したらしく、甲板に出た頃には俺が流れ着いていたという無人島は影も形もなかった。視界に広がるのは果てしない水平線と青い空。頭上では潮風を受けて海賊旗がはためいている。現在は水上航行しているが、実は潜水艦なのだという。

 

「それにしても、潜水艦だとは思っていませんでした」

「カッケェだろ?」

「はい」

 

 お世辞ではなく素直な感想だ。男たるものやっぱ一度くらいは乗ってみたいよな、潜水艦。

 

「つっても、そんなしょっちゅう潜水しねェけどな」

「そうなんですか?」

「ああ、潜るとあっついからな。ベポが嫌がるんだ」

「ベポ?」

 

 たぶん誰かの名前だろうけど、今まで挨拶した人の中にはいなかった気がする。

 聞き返すと、「そういえば、ベポへの挨拶はまだだったか」とペンギンさんが答える。

 

「んじゃ、ここ見終わったらベポんとこ行くか。どうせどっかの甲板で寝転がってんだろ」

 

 言いながら、シャチさんが鉄扉を開けた。

 少し通路が続いて、その奥にもう一部屋ある。その部屋にはなんだか扱いが難しそうな機械がたくさんと、寝台があった。なんの部屋だ?

 

「ここは手術室だ」

「手術室?!」

「フフフ……なにを隠そう、ウチの船長は凄腕の医者だからな!」

「医者ァ?!」

 

 海賊船に手術室があるというのもさることながら、それ以上にローさんが医者だという事実に俺は驚いた。

 なんだか誇らしげなシャチさんとペンギンさんには悪いが、正直に言って怖い、怖すぎる。メス持ってるローさんとか……、切り刻まれそうだ。

 

「なんか……すごいっすね……」

「だろ? ウチの船長はすげェんだぜ!」

 

 うんうんと頷き合う二人。俺には恐ろしい印象が強いけど、二人にとってはやっぱり敬愛すべき船長だということなのだろう。

 と、そのとき不意に誰かが部屋に入ってきた。

 

「――あっ、見つけた」

「ああ、ベポ、ちょうどいいところに。次、お前のところに挨拶に行こうって話だったんだ」

「そうなの?」

 

 どうやら入ってきたのはベポという人らしい。どれどれ、と振り返るとそこにいたのは白い……白い……しろ、い……

 

「くまぁあああッ?!!」

 

 つい最近似たような状況に遭った気がするけど、そんなことを気にしている場合じゃない。

 ぎゃああ、と悲鳴を上げて俺は二人の背後に回り込む。

 

「クマですいません……」

「「「打たれ弱っ!!」」」

 

 悲鳴を上げておいてなんだが、しょぼんと肩を竦ませるその姿には突っ込まざるを得ない。つーか、ベポってこのクマのことかよ。

 

「あー、まァ、こいつがベポだ。人は食わねェから安心しろ。れっきとしたウチの航海士だ」

「…………」

 

 一体この世界、いやこの海賊団どうなってんだ。船長は医者で航海士はクマで。しかもそのクマは二足歩行する上にしゃべるって……。

 いやうん……突っ込むまい。

 

「……えーっと……香坂千歳です。よ、よろしくお願いします」

「うん、よろしく」

 

 そして何度目かの握手。クマと握手するなんて、相当貴重な経験だ。もっふもっふやで。

 

「あッ! そういえば、忘れてた。チトセ、これ」

「?」

 

 不意にベポ……さんがツナギのポケットからなにかを取り出した。差し出されるままに受け取ったそれは小瓶だった。。

 

「なんですか、これ」

「船長からだよ。軟膏、塗っとけって」

「え、あ……ありがとう、ございます」

 

 そういえば凍傷になりかけてたんだったっけ。もうそんなひりひりしないから忘れてたけど。

 それにしたって船長、つまりローさんが俺に薬を用意してくれるとは……。驚きの気遣いだ。医者だからか? なんにしろありがたい。

 

「――おーい、メシだぞー!!」

「ん? ああ、もうそんな時間か」

「案内と挨拶も終わったとこだし、ナイスタイミングだな」

 

 んじゃ食堂に行こうぜ、とシャチさんに肩を叩かれて俺たちは食堂に向かった。

 

 

 

 

「うまっ……!」

 

 最初広いと感じた食堂も、クルーたちが一斉に集まると狭く感じられた。がやがやとお互いに談笑しながら、彼らはご飯を胃袋へと掻き込む。

 それぞれの前には海の幸のチャーハンと海藻スープが、そしてテーブルの真ん中には揚げギョウザが山と盛られた大皿が並べられている。これがまた、どれもうまい。金を払ってもいいレベルだ。

 これを作っているコックのイッカクさんには食堂を案内してもらったときに挨拶した。がたいのいい、気のよさそうなおっちゃんだ。

 

「だろ? イッカクさんの料理は何を食ってもうまいんだ。……ってあれ? おれのギョウザがない!」

「へへっ、お前のギョウザならここだぜ」

 

 自慢げに説明していたペンギンさんだが、ふと自分の皿を見下ろすと悲痛な声を上げた。その横で悪戯に成功した子供のようにシャチさんが笑う。そんな彼の箸の先にはギョウザが一つ。

 

「なっ、お前!」

「最後の一個は俺がいただいたぜ!」

 

 シャチさんが最後の一個と言うように、大皿に山ほどあった揚げギョウザはいつの間にかすっかりなくなっていた。俺まだ4つしか食べてなかったのに……。

 密かに落ち込む俺を余所に、二人の間でギョウザの壮絶な奪い合いが始まる。箸とギョウザが宙を切る……

 

「”ROOM”」

「「あ」」

 

 ブゥーンと変な膜が辺りを覆ったかと思うと、シャチさんのところにあったはずのギョウザが忽然と姿を消した。

 

「おい、お前ら」

 

 がやがやとうるさい中でも、不思議とその人の声はよく通る。

 

「「せ、船長ォ……」」

 

 情けない声で二人が向いた先にはローさんがいた。そして、ギョウザ。まさか、あのギョウザって……?

 ローさんは二人を意に介した様子もなく、ぱくりとそのギョウザを口に運んだ。

 

「お、おれのギョウザが……」

「おれのだっつの!」

「やかましい」

「「すいませんっ!!」」

「食い物で遊ぶな」

「「アイアイ……」」

 

 がくりと肩を落とす二人にドッと周囲が沸く。俺もつい小さく吹き出す。

 海賊だなんてどんな物騒な奴らなんだと内心まだまだビビっていた俺だが、ようやく緊張が解けてきた。なんだ、普通に楽しい奴らじゃんか。

 

「ところでペンギン、チトセの案内は済んだのか」

「あ、はい。ちょうどメシ前に」

「そうか……。なら、さっそく働いてもらうとするか」

 

 ついとこちらを向く視線にドキッとする。やっぱローさんはまだ少し怖いなァ。なんでもない言葉も悪巧みしてるように聞こえるんだよな……。うーん、能力も相変わらず謎だし。心臓を盾に危ない仕事させられたりしないといいな……。

 

「えっと、俺でできることならなんでもやりますけど……そのー」

「安心しろ、ただの雑用だ。まずはここの片付けからだな」

 

 イッカク、目一杯コキ使ってやれ、と静かに言うとローさんは食堂を後にした。

 本当にただの雑用みたいだ。よかった。

 

「じゃ、チトセ、さっそくで悪いが皿を流しの方に運んでくれ」

「あっ、はい!」

 

 かくして、俺は雑用係へと身を投じた。

 

 

 

 

 皿洗い、洗濯、甲板の洗浄……、慣れない作業だったからか、時間はあっという間に過ぎ、気付けば夜になっていた。

 クルーたちは再び食堂に集まり、また賑やかに夕食を平らげる。料理は昼間同様めちゃくちゃうまかった。

 夕飯後はまた後片付けの手伝いをして、その後に風呂に入った。風呂は何人かずつで入るのだが、一人で入らない風呂なんてかなり久しぶりだった。ヒョロいなァ、と散々笑われた……。

 

 そして今、俺は甲板に出ていた。火照った体に夜風は涼しく、心地よかった。

 昼間と違って、目に映るのは黒一色。月明かりが反射しなければそこに水面があるとわからないほどだ。

 俺はその暗闇を見下ろしながら、深く深く息を吐いた。

 この世界に来て目が覚めてから、驚くほどめまぐるしかった。――そう、不安になる暇もないほどに。

 だが、こうして一息吐くと、不安や恐怖、そしてそれ以上に悲しみが、容赦なく俺に襲いかかってきた。

 二度と帰れない、会えない。家族も友達も何もかもを失ってしまった。どこにも居場所がない。

 「寂しくて死んじゃう」「お前はうさぎか」なんて冗談で掛け合ったりするけど、人間だって寂しさで死ねると思う。それくらいに、胸が痛い。

 

「……ッ」

 

 堪えきれず目から涙が零れる。せめて嗚咽だけは零さないようにと、ぎゅっと唇を噛みしめる。

 

「おい」

 

 と、急に背後から肩を掴まれた。つい振り返ると、そこにはローさんがいた。

 うわっ、まずい、泣いてるとこ見られた……?!

 

「ろ、ローさん? なんですか? なんか用ですか? あっ、なんか仕事ですか?」

 

 慌てて涙を拭って、できるだけ明るい声を出す。暗いし、なんとかバレてないといいな……。

 ローさんはじっと観察するように俺を見た。その視線が心地悪くて、俺は俯く。

 

「……今日はもう仕事はない」

「そう、ですか……」

「軟膏は塗ったか?」

「あ、そういえばまだです」

「寝る前には塗っとけよ」

 

 気付かれなかったのか、スルーしてくれたのか、それともそもそも俺に興味がないのか。ローさんは素っ気なく言う。

 

「ありがとうございます。薬のことだけじゃなく、俺を船に乗せてくれたことも……」

「別に。ただの気まぐれだ。それに、お前にはしっかり働いてもらってる。明日は今日以上に働いてもらうつもりだ。起きてる用事がなきゃさっさと寝」

「あっ、せんちょー! チトセも。こんなとこでなにやってんすかー」

 

 ローさんの言葉を唐突に遮って現れたのはシャチさんだった。その後ろにはペンギンさんとベポさんもいる。

 彼らの手にはジョッキが握られており、シャチさんとペンギンさんは顔がうっすらと紅潮していた。彼らの後ろ手にある扉の向こうからはわいわいと楽しげな喧噪が聞こえてくる。

 今飲み会が執り行われていることは火を見るより明らかだ。

 

「そんなとこにいないで一緒に飲みましょうよ!」

「あァ?」

「チトセも! ほらっ」

 

 面倒くさそうな顔をするローさんを尻目に、ベポさんはぐいっと俺に向かってジョッキを差し出した。俺も誘ってもらえるとは思っていなくて、思わず動揺する。「でも、俺未成年で」なんて、この場では大して意味のなさそうな言葉が口を衝いて出る。

 

「誘ってすいません……」

「「諦めるのはやっ!!」」

「ったく、なァにシラけたこと言ってんだよ」

「そうだぜ! 海の上を見張ってる奴なんていねェ!」

「でも……」

「おぉい、船長たちはまだかァー?!」

 

 答えあぐねていると、船内からまた一人また一人と甲板に出てくる。そうして、二人きりだった甲板はいつしか人でいっぱいになり、そのままそこが宴会場になってしまった。

 

「ほらチトセ! お前も飲め!」

「つまみもあるぜー!」

 

 今度はまた別のクルーにジョッキとおつまみの載った皿を差し出される。

 俺は困り果てて、”降参”するように両手を胸の高さに掲げた。それを見て、クルーたちは揃って不思議そうな顔をした。

 

「なんだよォー」

「そんなに酒がダメなのか?」

「なんならジュースだっていいぜ!」

「いや、あの……誘ってもらえるのはすごく、嬉しいんですけど…………俺、よそ者じゃないですか」

 

 ”よそ者”、その一言は自分で言っていて刺さった。

 海賊だとか一般人だとか関係なく、不審で異質な部外者たる俺は、彼らの賑やかで楽しい輪の中に入る権利がないような気がした。そして、”よそ者”の線引きをすることが、自分の義務のようにも思えた。いや、こんなの全部ただの逃げか……。もっと単純に、ただ”よそ者”でありながらその輪の中に入っていくのが怖いんだ。かけてくれる言葉が本当だと、信じる勇気が足りない。

 

「よそ者……?」

 

 誰かが俺の言葉を繰り返した。次の瞬間、気まずくて顔を背けようとした俺の肩を、シャチさんがぽんと叩いた。見ると、呆れたような顔で笑っている。

 

「同じ釜のメシを食った仲のくせに、なに言ってんだよ」

「同じ風呂にも入ったしな!」

「一緒にここのモップ掛けもしたよ」

「今更よそ者もなにもねェよ」

「な、なんでそんな、優しい言葉かけてくれるんですか。そんな簡単に俺のこと受け入れていいんですか? だって、俺……めちゃくちゃ不審者なのに」

 

 堪らず問いかけた。すると、数秒の沈黙のあと、突然その場の全員が笑い出した。

 

「おっまえ変な気の遣い方するんだなァ!」

「つまり、もっと自分を警戒するべきじゃないのかって言いてェのか?」

「「「いやー、必要ねェだろ」」」

 

 何人かが声を揃えて否定する。今度沈黙するのは俺の番だった。

 

「確かに不審は不審だけどなァ」

「お前すげェ弱そうだし」

「つーか実際弱々だろ。モップ掛けだけでヒーヒー言ってるようなやつ」

「ベポに会ったときもすげェビビってたし」

「体もヒョロッヒョロだしなァ」

 

 バカにしたような言葉ばかりなのに、不思議と腹は立たなかった。それどころか、心温まるようにすら感じられる。

 

「確かに最初は少し警戒してたけどよォ、今日一日見ててわかったわ、お前ただの普通にいい奴だ」

「違いない。ヒーヒー言いながらモップ掛け最後までやったし」

「真面目だよなァ」

「ノリツッコミもできるしな!」

「それ関係あるのか」

「大アリだろうが!!」

 

 今度は突然の褒め殺し。悪口よりもよっぽど聞いていて居たたまれなかった。

 でも、後半のやりとりには思わずクスリと笑ってしまう。すると、ベポが「チトセ、やっと笑ったな」とにっこりしながら言った。うん、すごく……和んだ。

 

「第一、船長が乗船を許可したんだぜ? その判断に間違いはねェ!」

「その通りだ。チトセは船長が良しとした奴だ。なら、例え数日のことだってチトセはこの船の一員だ!」

 

 ペンギンさんが迷いのない口調で断言した。そして、その後で「ですよね? 船長」とニッと笑いながらローさんを振り返る。

 ローさんはそんなペンギンさんを不機嫌そうに見返したが互いに交わされる言葉はなく、しばらくの沈黙の後ローさんがようやく息を吐くように笑った。

 

「……好きに解釈しろ」

 

 その言葉を合図に、また全員が湧き上がる。

 

「ヒャッホゥ!! んじゃあ改めて……飲むぞー!!」

「「「オォォ~~~!!!」」」

 

 はい、と二度目にベポさんが俺にジョッキが差し出す。今度は素直にそれを受け取った。

 そんな俺の横では、「ほらほら船長も!」とシャチさんがローさんにジョッキを渡している。ローさんはしょうがないと言わんばかりに溜め息を吐いて、それを受け取った。

 全員がジョッキを持ったことを確認すると、シャチさんがみんなの中心へと歩み出た。彼はごほんとひとつ咳払いをしてから、自分の杯を高く掲げた。

 

「チトセに!!カンパーイ!!!」

「「「カンパーイ!!!」」」

 

 大きな掛け声と共にガシャァンとジョッキのぶつかり合う音が宵闇に響いた。

 

 真冬の川に飛び込んで、命は助かったものの全然知らない世界の、しかも無人島に飛ばされて。不運続きだった俺だけど、この海賊団に拾われたことだけは確かに幸運だったと、そう思ってもいいだろうか。

 

 陽気な笑い声がそこらで弾ける中、俺は思い切り泣いて、思い切り笑った。

 

 




ちなみに今は時系列的にはシャボンディ諸島での一件よりだいぶ前になります。


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