ハートの一船員   作:葛篭藤

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第16話 海賊同盟

 

 チョッパーを回収した俺とリーゼがえっさほいさと雪山を上っていると、突然薄青い膜が辺りを包んだ。これ”ROOM”じゃん、と思った瞬間にはぱっと景色が変わり、目の前に船長がいた。

 

「おお!! チトセじゃねェか!! なんだ今の!? 突然現れたぞ!」

 

 すぐ近くでとつもなく聞き覚えのある声がする……と思って振り返ると、視界に映ったのはやっぱりルフィだった。好奇心旺盛な顔で瞳をきらきらと輝かせ、俺たちと船長を見る。ルフィの笑顔の輝きは一体何ワットなんでしょうか。と考えながら、すぐさまリーゼを押さえ込む俺。

 てか、なんだこの状況。船長とルフィと……フランキー?(なんか手配書と雰囲気違う気がする)に挟まれてて、ルフィはなんか好意的で。手を組む? ってことで話がまとまったんだろうか。

 

「えーと、船長? 今一体どういう状況なのか聞いても……」

「あーっ!!!」

 

 俺が船長に問おうとすると、それを野太い男の声が遮った。

 フランキーが大きく目を見開いて俺を見る。

 

「あ、あんたは2年前の……!!」

「……? あの、俺の記憶違いでなければ、あなたとは今が初対面だと思うんですけど……」

「私よ! ナミ!」

「え、ナミさん?」

 

 ごっつい男から飛び出す女言葉に今度は俺が目を丸くする。なんか、言われてみれば仕種もどことなく女性的な気がする。……もしかして、っていうかそれしかないけど、精神シャンブルズ?

 

「……うわあ……」

「『うわあ』じゃないわよっ!! 大体、あんたなんでこんなとこにいんのよ!! まさかそいつの仲間なの?! 信じらんない! 騙したのね?! ファンっていうのも嘘だったんでしょ!」

 

 ナミも俺のことを覚えてくれていたらしい。それは喜ばしいことだ。そして、なんだかいろいろ不満がおありらしい。俺も弁明したいことがいろいろある。が、とりあえず言いたいことは一つだけだ。

 

「この姿にナミさんはないですよ、船長……。もうちょい、せめてチョッパーに入れるとか」

「あんた私の話聞いてんの!?」

「す、すいません」

 

 俺がナミの質問を総無視すると、ナミがキレた。本当ごめんなさい。ロボのツッコミはなんだか迫力がある。というか、普通に怖い。

 俺たちのやりとりに、二人の船長は興味深そうな視線を向ける。

 

「なんだナミ、お前もチトセのこと知ってんのか?」

「おれもお前たちが顔見知りだとは知らなかったな」

「あー、ちょっと2年前にシャボンディで会いまして……」

「そうなのよ! なのに、そのときそいつは一般人のフリなんかして! しかもファンだなんて嘘まで吐いたのよ!」

 

 ナミが敵意満々に俺を睨み付ける。彼女の畳みかけるような非難の言葉に俺が押されていると、「それは嘘じゃねェ」と船長が口を挟んだ。

 

「は?」

「こいつがお前らのファンだってのは嘘じゃねェって言ってんだよ」

「ファン? なんだそれ?」

 

 怪訝そうな顔をするナミの横でルフィも首を傾げる。あー、そうだよな、ルフィも知らないんだよな。

 

「えーとですね、それは……」

「説明は後にしろ。どうせ他の奴らにも挨拶するんだろ」

「他の奴ら?」

「あ、そうそう! これからよろしくな!」

「ちょっと! 私はまだ納得してないわよ!」

「???」

「これから残りの麦わら屋の一味の元へ向かう。話はそこでする」

「はあ」

 

 なにがどうなってんだかさっぱりだが、これだけはわかった。

 この先に俺のラフテルが待っていると……!!

 

 

 

 

 

「「「ハートの海賊団/麦わらと同盟を組む~~~!!?」」」

 

 ぎゃあああと三人分の悲鳴が重なり合い、研究所跡の空間に響き渡った。だが、悲鳴の意味合いも表情も俺一人だけが違っている。どう違うかは説明しなくてもわかるだろう。

 

「って、なんでお前まで驚いてんだよっ!!」

「ご、ごめんなさい」

 

 すかさずツッコミをかましてくれたウソップに思わず謝るが、俺の反応も仕方がないと思うんだ。だって、俺も今の今までこんなことになるとはまったく知らなかったんだから。

 研究所跡に着いてから挨拶をする間もなく同盟の話を聞かされて、俺は残りの“麦わらの一味”同様泡を食った。

 手を組むことは予想できていたが、まさかそんな本格的なものだとはまったく思っていなかった。しかも狙いは四皇て。

 驚きすぎて“麦わらの一味”に会えるというwktkがどっか吹っ飛んだわ。

 

「せ、船長ォ……聞いてないですよ、こんなの!」

「言ってなかったからな」

「麦わらとの同盟は大・賛・成! ですけど、四皇って……」

 

 まァ、いくら文句を言ったところで無駄なのはわかってるんだけどな。船長がやると決めたら、俺はそれに従うしかないのさ。なので、俺としてはただ項垂れるしかない。俺はこの先本当に生き残れるんだろうか……。

 

「ていうか、麦わらと同盟組むことくらい話してくれてもよかったじゃないですか……。なんでこんな土壇場?」

「言ったらお前うるせェだろ」

「そっそんなことは……! ……まァ……ありそうですけど」

 

 ありそうっていうか、間違いなくそわっそわして挙動が怪しくなっただろう。自分で想像できちゃうってのがもう……。

 と、俺が船長とこそこそ話していると、突然「キャー!!」というウソップの甲高い悲鳴を聞こえてきた。驚いてそちらに目を向けて、俺はその悲鳴の理由を悟った。

 

「ルフィ、おま、どうしたんだよその顔!?」

「ちょっとな。殴られた」

 

 そう言って屈託なく笑うルフィの左頬には殴られた痕がくっきりと残っている。サンジが慌てた様子で「手当てしなきゃ!」と小さなリュックを引っ張り出す。んん? サンジって船医なのか? とその光景に違和感を抱くが、彼が頭につけているチョッパーのイラストを見て状況を理解する。つまり、彼もまた船長の精神シャンブルズの被害者というわけだ。あれ? ってことはチョッパーも中身別人なのか。

 いやまァ、それはさておき、今はルフィの殴られた痕についてだ。そうだよ、やってしまったんだよ、彼女が。

 

「あー……すいません」

「お、お前がやったのか?!」

「いやー、俺ではなく、この子が……」

 

 と俺がリーゼを示すと、ウソップとチョッパーとナミの間で驚きの声が上がる。無理もない。一見しただけではリーゼのきょうぼ……強さはわかるまい。

 

「チトセ、気にすんな! これでおあいこだ!」

「ルフィさん……」

 

 はあ、本当なんてまばゆい笑顔。本当申し訳ない。

 少し目を離した隙にね、リーゼったらルフィに襲いかかってしまったんですよ。でも実はルフィは一撃目は避けたんだ。さすがというか。で、当然理由を聞いてきた。リーゼが事情を説明すると、ルフィは納得して「じゃあ一発殴れ」と……。ちなみに、リーゼはわざわざ拳に覇気を纏って殴った。

 それでようやくリーゼは気が済んだらしかった。それだけでなく、ルフィの潔い態度には好感も覚えたらしく、殴り合いの後に芽生える友情……みたいなものがリーゼとルフィの間にも生まれたようなのだった。うらやましい。ルフィに殴られたのは俺なのにね、なんだこれ。

 

「こんな得体の知れねェスリリング野郎どもと手を組むなんて……!」

 

 ウソップががくりと膝をついて嘆くように言う。

 ここで船長が七武海に入るために心臓100コ海軍に送り届けたとかって話したら、ドン引き間違いないだろうなァ。スリリング具合で言えばいい勝負だとは思うんだが。

 

「ほらね、ルフィ! みんな反対でしょ?! こんな胡散臭い連中と手を組むのなんて危険に決まってるわ! 航海には私たちのペースってものが……」

「そうだルフィ! 大体まだ四皇を視界に入れるなんて早すぎるよ!」

 

 ナミとチョッパーも全力で反対する。ウチの船長は嫌われ者さね……。あ、でもこの場合「ども」とか「連中」とかだから、俺も含まれるのか。地味に傷付く。

 俺が一人でどよーんとしていると、不意にリーゼが俺の服の裾を引っ張った。なにかと思って見ると、リーゼは俺に向かってチョッパーの体を差し出してくる。そういえば、これがあった。

 

「あのー、お取り込み中のところ申し訳ないんですけど」

「なによ!?」

「これ……」

「ええええ、おれー?!!」

 

 目玉を飛び出させんばかりに驚いてチョッパーが叫ぶ。知らないうちに自分の体がボロボロになっていたら、誰だってそんな反応をするだろう。

 「なにがあったんだ、おれー!!」と叫びながらチョッパーは自分の体を手当てする。笑ったら悪いのはわかってるんだが、ちょっと面白い光景だよな。

 そんな面白光景が繰り広げられる横で、それまで黙って成り行きを見ていたニコ・ロビンが口を開いた。

 

「ルフィ、私はあなたの決定に従うけど……海賊の同盟には裏切りがつきものよ」

 

 と、とっても冷静なご意見をくださったのだが、ルフィはといえば「え? お前裏切るのか?」と船長本人に聞く始末。しかも船長は「いや」とかって普通に返事してるし。この人ら揃って天然なの? 危うくウソップと一緒にツッコミ入れるところだった。

 

「とにかく、“海賊同盟”なんて面白そうだろ!? トラ男は、おれいい奴だと思ってるけど、もし違ったとしても心配すんな!! おれには2年間修行したお前らがついてるからよっ!!」

 

 はっはっはっと豪快に笑いながら、ルフィが言う。すると、彼の仲間たちは一旦ショックを受けたような反応をした後、デレッと緩みきった表情になる。「やだもー照れる~」とか「えへへへ」とか言っちゃって。

 俺たちハート組はそんな麦わら組を呆気に取られて眺めた。特に船長ね。「なんだこいつら」って顔に書いてある。こんなにわかりやすい船長も珍しい。

 でもよく考えたら、ウチの船で船長が同じように手放しで俺たちを頼るような発言をしたら、きっともっとすごいことになると思うんだよな。おそらく(夢じゃないかと疑った船員たちが壁や床に頭を打ち付けて)血が流れる……。

 とまァ、そんなわけで、なんとか同盟の件は納得していただけたようだった。

 

「えっと、それじゃあ、自己紹介させていただいていいですかね」

「おう!!」

「香坂千歳です。よ、よろしくお願いします」

「リーゼ」

 

 そう言って、俺たちはその場にいる“麦わらの一味”にぺこりとお辞儀をした。

 いるのは、ウソップ、チョッパー、フランキー、ナミ、ニコ・ロビン、そしてルフィだ。他のメンバーはなにやら侍捜し? に行ってしまったらしい。船長がバラバラにしちゃったから。

 “麦わらの一味”を前に今更ながら緊張してくる。仲良くなれるかなと内心ドキドキする俺だったが、ウソップ、チョッパー、ナミからの視線は厳しい。……俺らってそんなに胡散臭そう?

 

「お前、湖で会った奴だよな? ルフィはともかくとして、ロビンとゾロも顔見知りみたいなこと言ってたが……」

「あ、はい。実は2年前にシャボンディでちょっと」

「そのときは一般人のフリなんかして、私たちのファンだなんて言ってたのよ? 嘘吐きは泥棒の始まりって言うでしょ! こんな奴、信用できないわよ」

「ナミ、お前がそれ言うのか……」

 

 ぷんすかと怒ったように言うナミにウソップが呆れた様子で言う。本当その通りだと思う。

まァでも、とりあえず誤解を解かねば。

 

「あのー、俺たち、確かに一般人のフリはしましたけど、別に嘘は吐いてないっていうか……」

「なによ、白々しい」

「あら、でも確かにあのとき彼は自分たちのことを一般人だとは一言も言っていなかったわ。私たちが勝手にそう思っただけよ」

「ロ、ロビン」

 

 ニコ・ロビンの思わぬ援護のおかげで、ナミが怯む。俺はそれをチャンスとばかりに台詞をねじ込む。

 

「あのときは海賊だって本当のことを言わなくてすみませんでした! 本当のことを言ったらきっと警戒されると思って。あの、でも……ファンだっていうのは本当なんです」

「なにぃー?!」

「ファン!? お、おれたちのか?!」

「は、はい。こうしてお会いしてお話しできるなんて、夢みたいです。実は今もかなり緊張してて」

「おれくらいスーパーになれば、ファンの一人や二人や百人や二百人いて当たり前だぜー!!」

「海賊なのに他の海賊のファンなのね、ふふ」

「やっぱお前面白ェなァ」

 

 俺のファン発言に各々が反応する。

 ウソップとチョッパーはかなり驚いたようで、大きく目を見開いて俺を見た。のだが、その後ころっと態度が変わって、ウソップは「なーんだ、こいついい奴じゃねェかー」と笑顔で俺の肩を抱き、チョッパーは「ファンなんて言われたって嬉しくねェぞ、コノヤローが!」とデレデレととても嬉しそうな顔で言う。……サンジ姿なのが惜しいところだ。

 あまりの変わり身の早さに俺がぽかんとしていると、ナミが「なにあっさり懐柔されてんのよ!!」と全力のツッコミを入れてくれた。

 

「いいじゃねェか、ナミ! こいつそんな悪そうに見えねェし」

「おれもそう思う!」

「おう、チトセはすげェいい奴だぞ」

 

 ルフィが屈託のない笑顔でウソップとチョッパーに同意すると、ナミは「もういいわ、好きにして……」とようやく折れた。

 一応もう一度「よろしくお願いします」と控えめに挨拶すると、「こちらこそ」と諦め気味な引きつった笑みを返された。なんか、だいぶ精神的にお疲れのようだ。

 もしかしなくても、あれかな、フランキーの体に入ってるのがストレスになってるのかな。

 

「あ、そういえば、同盟組んだならもう体元に戻してもいいんじゃないですか?」

「そうだな」

「あー、でも……」

「なんだ」

「や、なんでもないです」

 

 ナミの体はここにないから、あんまり意味ないかもなァ、と。

 その予想通り、今度はサンジの体に入れられたナミは悲嘆に暮れるばかりだった。けど、自分の体に戻れたチョッパーも体がボロボロでお怒りのご様子。結局戻れてハッピーなのはフランキーだけだ。

 

「なんか……ウチの船長がすいません」

「謝罪はいいから元に戻してー!」

「体がねェと無理だ」

 

 船長は切実に訴えるナミにあっさり返して、くるりと向きを変えた。その視線の先にいるのは、穏やかな寝息を立てる巨大な子供たちだ。

 彼らを視界に捉えた瞬間、俺の中を苦々しさが満たした。

 

「こいつらか……」

「ああ! 助けてェんだ、こいつら!」

 

 ルフィの迷いのない言葉は俺の後ろめたさを助長する。だが、このときも俺は感情を抑え込み、無表情を装った。

 

「こんな厄介なもん放っとけ。……薬漬けにされてるらしい」

「わかってるよ!! 調べたから! だから家に帰してやりてェけど、薬を抜くのに時間が掛かるし、第一こんなに巨大化してる!」

 

 チョッパーが憤りをあらわに言い返す。その言葉に、俺は思わず「ごめん」と言いそうになった。

 薬漬けのことは知らなかったにせよ、俺はこの子供たちが誘拐されて、この施設でなんらかの実験を施されていることは知っていたのだ。でも、なにもしなかった。

 どうにかする力なんて俺にはないし、それに何度も言うようだがそもそも俺は海賊で、船長の部下だ。優先すべきは船長の指示であり、そのためには切り捨てなきゃいけないものもある。

 そうだ、俺はわかっていて見捨てた。それが海賊としての俺が選んだ行動だった。

 だから、ここで謝るわけにはいかない。

 俺はぐっと奥歯を噛みしめて、謝罪の言葉を飲み込んだ。

 

「……本気で助けてェのか? どこの誰だかもわからねェガキどもだぞ」

「ええ。見ず知らずの子供たちだけど、この子たちに泣いて『助けて』と頼まれたの」

 

 船長の言葉にナミがきっぱりと答える。その真摯な姿勢が正直少し意外だった。

 

「この子たちの安全を確認できるまでは、私は絶対にこの島を出ない!」

「……じゃあ、お前一人残るつもりか?」

「仲間置いてきゃしねェよ。ナミとチョッパーがそうしてェんだから、おれもそうする」

 

 当然のように答えるルフィに船長が怪訝そうな顔をする。

 ……まァ、ウチとはだいぶ違うみたいだから、無理もない。

 船長が船員の個人的感情を優先させるなんて、ウチじゃあり得ないからな。別にそれを冷たいとは思わない。普通の海賊ってそういうものだと思うし。ただ、麦わらのどこが好きかって言ったら、こういうところなんだよな。

 そんなことを考えていると、つい口元が緩んだ。そんな俺を船長が不可解そうな顔をして見てくるもんだから、なんだか面白くてますますニヤニヤしてしまった。

 だが、その後に続いたルフィの言葉に今度は船長だけでなく俺もクエスチョンマークを飛ばす羽目になる。

 

「あとサンジが侍をくっつけたがってた。お前、おれたちと同盟組むんなら協力しろよ!?」

 

 それは一体どういう理屈なんだ、と疑問に思ったのも束の間、俺は盛大に吹き出した。

だって、船長が……っ!!

 驚きすぎっていうか、完全に置いてけぼりを食らってるっていうか。とにかくこんな船長見るの初めてだ。お、おもしろすぎ……!

 で、そこへさらに追い打ちをかけたのがウソップだ。

 

「言っとくが、ルフィの思う“同盟”ってたぶん少しズレてるぞ」

「友達みてェのだろ?」

「主導権を握ろうと考えてんならそれも甘い」

「そうなんだってよ」

「思い込んだ上に曲がらねェこいつのタチの悪さはこんなもんじゃねェ! 自分勝手さではすでに四皇クラスと言える」

「大変だそりゃー」

 

 ウソップの親切な忠告にちょくちょく口を挟みながらルフィは鼻をほじる。自分のことを言われているのに、口調は丸きり他人事だ。

 

「だが、お前の仲間の要求は……同盟にまったく関係が……」

「……っ……!!」

「おい! いつまで笑ってる!!」

 

 戸惑いがちに言葉を紡ぐ船長が面白すぎて、でも笑ったら怒られるだろうなーと思って一生懸命笑い咬み殺してたのに結局怒られた。

 

「で、でも、これは……ふふっ……笑わないでいる方が、無理っていうか……」

「…………」

「なんでもないです! さーせんっした!!」

 

 殺気を帯びた目で鬼哭の柄に手をかけた船長に、俺は90度の角度で礼をした。一瞬にして笑いが引っ込んだよ。ついでに血の気も。

 

「チッ、時間もねェ……。わかった。じゃあ、侍の方はお前らでどうにかしろ。ガキどもに投与された薬のことは調べておく。船医はどいつだ、一緒に来い」

 

 で、せっかく笑いを引っ込めたのに、”麦わらの一味”って奴らはね……本当……本当、グッジョブだあああ!!

 

「あっはははっはっはっ!! ヒィー、苦しい……っ!! もっもうだめ! い、息がっ……」

 

 チョッパーを帽子に括り付けられた船長が、その予想だにしなかった事態に打ち震える。麦わら勢も笑っていたが、一番笑っていたのは間違いなく俺だ。笑いを隠す余裕もない。

 ああもう、本当カメラ持ってきておくんだったよ、チクショウ!! シャチとかペンギンにも見せたかったなー、この光景。いっそムービーでほしいくらいだ。

 その様子を表情一つ動かさず見守っていたリーゼが、ふと船長に歩み寄った。

 「船長」と声をかけ、なにを言うのかと思えば、

 

「かわいい」

 

 と一言。たぶんね、リーゼとしてはフォローしたつもりだったんだ。けど……残念ながらそれは俺たちの笑いに勢いを付けるだけだった。

 バラされなかったのはひとえにそんなことをしている場合ではないからだったが、「覚えてろよ」と低音ボイスで囁かれた俺に限っては、未来はかなり危うい。

 

 

 

 

 

「――で、おれたちとお前たちでマスターを誘拐すりゃいいんだな?」

「そういうことだ」

 

 計画の第一段階だというシーザーの誘拐について確認を済ませると、いよいよ“それっぽい”雰囲気になってきた。さっきまでチョッパーを頭に括り付けられていた船長も、今はいつもの真面目顔だ。ちょっと残念。

 “誘拐”という単語にナミが疑問をぶつけるが、船長は「成功してもいねェのにその先の話をする今する意味はない」とそれをはね除ける。まァ、俺からすればいつものことだ。

 

「ただし、シーザーの誘拐に成功した時点で事態は自ずと大きく動き出す。そうなるともう、引き返せねェ……。考え直せるのは今だけだが?」

「大丈夫だ、お前らと組むよ!」

 

 船長の問いかけにルフィは躊躇せずに答えた。

 これで本当の本当に同盟成立、なんだよな。

 

「……これって、俺の見てる都合のいい夢とかじゃ……いだだだだっ」

 

 独り言のように呟いていると、突然船長に頬を思いっきりつねられる。

 

「目は覚めたか? 寝ぼけてる暇はねェぞ」

 

 頬から手を離して、船長が淡々とした調子で言う。そのわりにつねる力は結構強かった。いや、マジで。本気で痛かった。あ、もしかして笑った仕返し?

 

「おれとこいつは一足先に研究所へ戻る」

 

 そう言って船長が指し示したのは、リーゼだ。

 リーゼと俺は揃ってぽかんとした。

 

「え、俺は?」

「お前は居残りだ」

「えっ、でも」

「覇気の使えないお前じゃ、いようがいまいが大して変わらねェ。ここでガキどもの見張りでもしてろ。その方が有益だ」

 

 敵わないな、と思った。

 俺が子供たちを気にして勝手に落ち込んでいたことは、船長にはお見通しらしい。一応、隠してたつもりだったんだが。

 その気持ちを汲んで、ここで子供たちを見ていろと命令してくれる。

 ウチは麦わらとは違って、船長が船員の個人的感情を優先させるってことはあり得ない、けど、拾えるものはちゃんと拾ってくれるんだ。

 そういう船長の垣間見せる甘さが、俺は堪らなく好きなのだ。

 

「……ありがとうございます、船長」

「礼を言われる覚えはねェ」

 

 眉間に皺を寄せて、船長は素っ気なく言う。その反応に肩を竦めながらも、顔は勝手にへらへらと笑ってしまう。

 

「ん? なんだ、そっちの奴はここに残るのか」

「あァ。問題あるか?」

「ねェぞ!」

 

 船長の確認する言葉に、ルフィは元気よく答える。他のメンバーも大方歓迎ムードだ。

 その様子に俺は安堵の息を吐いたが、その傍らで難しい顔をしているのはリーゼだ。そんな彼女に、今度は苦笑を零す。

 まァ、たぶん俺の心配をしてくれているんだろうが、俺よりもリーゼの方が危険な目に遭う可能性が高いと思うんだよな。

 

「リーゼ、気をつけてな」

「……チトセも」

 

 少し不満そうなリーゼの頭をぽんと撫でる。

 2年の間に身長差はいくらか縮まったが、この行為は今も変わらない。

 

「じゃあ、また後で」

「あァ」

 

 船長はそう返事をすると、チョッパーを吊した鬼哭を肩に担いですたすたと歩き出す。リーゼも船長の後を追って小さく駆け出す。

 俺はその背を“麦わらの一味”と一緒に見送った。

 




(2014.9.15 改訂)

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