ハートの一船員   作:葛篭藤

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第12話 Farewell

「エースはどこだァ~~~!!!?」

 

 島中に響くかという大声で、ルフィは叫んだ。

 頂上戦争から二週間、ようやく目を覚ました彼はずっとこんな調子だった。瀕死の身も顧みずに、亡き兄を探し求めて暴れ回る。岩を砕き木々をなぎ倒す彼の拳は、すでに彼自身の血で赤く染まっていた。

 そんなルフィを止めようと俺たちはみんなで掛かったのだが、彼は俺たちを軽々と吹き飛ばしてひたすらに暴走を続けた。

 目が覚めてくれたのはよかった。だが、予想していた通り、いや、それ以上に彼の心が負った傷は大きかったようだ。

 エースの死を告げようとする声を遮って、ルフィはまたエースの名を呼ぶ。

 

「ったく、あんなの手に負えねェよ」

「でも、また傷口が開いたら今度は死んじまうかもしれねェんだろ」

「そうだけどよ。“あれ”がおれらに止められるか?」

「られねェな……」

 

 ルフィに吹き飛ばされてボロボロになったみんなは、彼の巻き起こす破壊を横目に口々にぼやいた。

 確かにお手上げだった。ルフィの暴走は俺たちなんかが止められるものではなく、むしろ止めようとすることでお互い無駄に消耗するばかりだ。

 ヘトヘトになって地面にへたり込む俺たちを置いて、ルフィはついに陣を破ってジャングルへ突入していってしまった。破壊音と彼の叫び声は続いたが、それを追いかけるのは躊躇われた。

かといってこのまま放置していたら、ルフィは死んでしまう。誰かが止めなければいけない。

 

「……船長」

 

 俺の頼る当てといえば、船長くらいしかない。リーゼとジンベエさんと一緒に岩場の方に腰を下ろしていた船長に俺が呼びかけると、船長はそれだけで「知らねェよ」と返してきた。

 

「……まだなにも言ってないんですけど」

「聞かなくてもわかる。麦わら屋をどうにかしろって言いてェんだろ。お前には悪いが、おれにそのつもりはねェよ」

「でも、このままじゃ」

「ああ、死ぬだろうな。だが、一旦繋いだ命をあいつがどうしようが、あいつの勝手だ」

「…………」

 

 半分予想していた返事ではあったが、落胆は否めなかった。そんな俺に、船長は「そんなにどうにかしたきゃ、自分でやれ」ととどめを刺す。それができるなら、とっくにそうしてる。

 俺がぐっと言葉に詰まっていると、立ち上がったのは船長の隣に座っていたジンベエさんだった。

 

「……わしが行こう」

 

 そう言うと、ジンベエさんはルフィの後を追ってジャングルの方へと向かっていく。

 

「……そんなに気になるなら、付いてきゃいいだろ」

「……でも、付いていったって、俺なんにもできないですし」

 

 ジンベエさんの後ろ姿をじっと見つめながら、俺は小さな声で言った。すると、「それは違う」と声が割り込んできた。リーゼだ。

 

「チトセはなにもできなくない」

「いや、でも現に、ルフィは止められなかったし……」

 

 そう言うと、リーゼはふるふると首を振った。そして、「私が海に出たのはチトセがいたから」と言った。話の繋がりが見えずに訝る俺に、リーゼが続ける。

 

「あのときも、チトセは“なにもできない”って泣いた。でも、私はチトセが私のために泣いてくれたから、初めて人らしくなれた。そんなチトセと、一緒にいたいって思った」

「…………」

「なにもできないなんてこと、ない。チトセが知らないだけ。泣いたり、心配したり、それだけで誰かの助けになってる」

 

 まっすぐに俺を見つめながら、リーゼは静かに言った。彼女が一緒に来た理由を聞くのはは初めてだった。

 あのとき、俺はなにもできなかった。実際、俺とリーゼを助け出してくれたのは船長だったし、俺はただ捕まって人質になっただけだ。だけど、リーゼはそんなことはないと言う。

 

「…………船長、俺……」

 

 俺が言いかけると、船長はすべてを聞かないうちに「あァ」と相槌を打った。

 俺がジンベエさんの後を追いかけようと足を踏み出すと、当然のようにリーゼも後を付いてくる。しかし、それを船長が呼び止めた。

 

「お前は残れ」

「…………」

「すぐ……かどうかはわからないけど、戻ってくるから。ありがとう、リーゼ、本当に」

 

 少し不満そうにするリーゼにそう言って、「いってきます」と俺は今度こそ駆け出した。

 

「――ジンベエさんっ!!」

「チトセ君?」

「俺も、一緒に行っていいですか?!」

「……ああ、もちろんじゃ」

 

 俺の言葉にジンベエさんは深く頷いた。

 なにができるかなんてわからない。やっぱりなにもできないかもしれない。だけど、リーゼが背を押してくれた、彼女の言葉を信じたいと思った。

 俺たちはルフィの叫び声と破壊音を追って、ジャングルへと入っていった。

 

 

 

 

 絶え間なく続いていた破壊音が一旦途絶えた。そのタイミングを見計らって、俺たちはルフィの前に姿を現した。疲弊して地面に膝をつくルフィは、俺たちが現れるとまるで敵を見るような目で睨んできた。今の彼には、エースの死を知らせようとする俺たちは事実敵なのかもしれない。

 

「戦争は終わった。エースさんは……」

「言うな!! なんも言うな……!!」

 

 ジンベエさんの言葉を遮って、ルフィが叫んだ。

 

「ほっぺたならちぎれるほどつねった……! 夢なら醒めるはずだ!! ……夢じゃねェんだろ……?」

「エースは…………死んだんだろっ!!?」

「ああ……死んでしもうた」

 

 ジンベエさんの言葉を聞くと、ルフィは堪えきれずに大声を上げて泣き始めた。吼えるような泣き声が辺り一帯に響く。

 そこには、俺が知っている元気で自信に溢れた彼の姿は欠片もなかった。

 

「なにが……海賊王だ……!! おれは、弱いっ!!!」

 

 地面を殴りつけながら、何一つ守れないとルフィは嘆く。そうやって自分を責めるその姿に胸が詰まって、泣きそうになった。俺は唇を噛みしめることで、なんとかそれを堪える。

 

「ルフィ君……」

「向こうへ行け!! 一人にしてくれ!!」

 

 噛みつくようにルフィは言ったが、ジンベエさんは引き下がらなかった。

 

「そういうわけにもいかん。これ以上自分を傷付けるお前さんを見ちゃおれん」

「おれの体だ! 勝手だろ!!」

「ならばエースさんの体もエースさんのもの。彼が死ぬのも、彼の勝手じゃ」

 

 わざとルフィを怒らせるようなことを言う。すると、予想通りルフィは怒りをあらわにこっちを睨んだ。

 

「お前黙れ!! 次なにか言ったらぶっ飛ばすぞ!!」

「それで気が済むならやってみい。こっちも手負いじゃが、今のお前さんになど負けやせん」

 

 ジンベエさんが言うと、ルフィはジンベエさんに向かってまっすぐ突進してきた。腕を振りかぶると、ビュッと力強いパンチを繰り出す。その腕がジンベエさんに向かって伸びてきたとき、俺はとっさに二人の間に割り込んだ。

 

「えっ……?!」

 

 突然飛び出した俺にルフィが一瞬驚いた顔をしたが、勢いのついたパンチは止まらず、それは見事俺の顔面に命中した。俺の体は楽々と吹き飛ばされ、数メートル離れたところの地面に思い切り叩きつけられた。

 視界がちかちかして脳みそが揺れているような気持ち悪さを感じたが、なんとか意識を飛ばさずに済んだ。ルフィが手負いだったのと驚いたおかげで直前に少し力が緩んだからだろう。

 

「チトセ君!!」

 

 殴り飛ばされた俺の元にジンベエさんが慌てて駆け寄ってくる。助け起こそうと差し出された手を断って、俺は自力で立ち上がった。殴られた頬が痛い。気持ち悪いのもなくならないし、足もふらつく。それでも、なんとかもう一度ルフィの前に立った。

 突然割り込んできた見知らぬ他人の俺を、ルフィは困惑と敵意の入り交じった表情で見つめた。俺はそんなルフィをまっすぐに見返す。

 

「暴れて……それでどうなるんだよ? そんな風に自分を責めて傷付けたって、なにも変わらない。目を覚ませよ!!」

「うるせェ!! お前になにがわかる!!」

「そりゃ、わからないさ!! わからないけど……俺だって、大切なものを無くしたことならある!! でも……」

「黙れェ!!」

 

 俺が言い切らないうちに、ルフィはまたこっちに向かって突進してきた。一瞬ジンベエさんが俺を庇おうと前に出かけたが、俺はそれを手で制した。おかげで、ルフィに突っ込まれるままにもう一度地面に倒れ込む。

 俺に馬乗りになったルフィがぎらぎらとした瞳で俺を見下ろしながら、俺の胸ぐらを掴む。そして、腕を振りかぶったところで、俺は途切れ途切れに声を張り上げた。

 

「……っ仲間が、いてくれた、から……!!」

「……!!」

「それは、あんただって同じはずだろ……?!」

 

 それ以上言葉は出てこなかった。涙が次から次へと溢れ出し、出てくるのは嗚咽ばかり。真上にあるはずのルフィの顔も滲んで見えない。

 ふと、胸ぐらを掴んでいたルフィの腕が緩んだ。そうかと思うと彼は俺の上からどいて、隣の地面にどさりと座り込んだ。そのルフィの前にジンベエさんが立つ。

 

「……今回、お前さんが失ったものは数多くあろう。じゃが、失ったものばかりを数えるな! 思い出せ! お前さんにだってまだ残っておるものがあるはずじゃ!!」

 

 ジンベエさんの言葉を聞くと、ルフィはひとつ、またひとつと“残っているもの”を指折り数え始めた。

 ぽろりぽろりと涙を零しながら彼が数えたのは左右合わせて8本の指だ。

 

「…………おれにも、仲間がいるよ!!!」

 

 ルフィはそう言って、仲間たちの名前を声高く呼んだ。

 

 

 

 

 元の湾岸への帰り道を、ルフィはジンベエさんに背負われながら、俺はその二人の横をずびずびと鼻をすすりながら歩いた。ルフィがここにいる経緯の説明や俺自身の紹介を軽くしたあと、俺は堪らず「すいません」と謝った。すると、二人ははてなを頭に浮かべて俺を見る。

 

「……なんか俺、すげー泣いちゃって……」

「なんで謝るんだよ! おれのことで泣いてくれたんだろ? だったらむしろありがてェことじゃんか! ありがとな!」

 

 元の明るさを取り戻してにかっと笑うルフィに、また涙腺が刺激される。元のルフィに戻ってくれて、本当によかった……。

 

「おい!? なんでまた泣くんだ?!」

「す、すいません……俺のことは気にしないでください……」

「ふふ、そういうわけにもいかんじゃろう。ルフィ君、彼はお前さんのことをずっと気にかけてくれておった。今回のことも含めて、よく感謝しておくといい」

「そうなのか! それなのに殴っちまって悪かったな!」

「いえ、全然そんな、滅相もない! 俺が勝手に飛び出しただけですし!!」

 

 ぶんぶん首を振ってそう言う俺を、ルフィが「お前、いい奴だけどちょっと変わってんなァ」と笑う。いい奴と言われたことを喜ぶべきか、変わっていると言われたことを悲しむべきかと迷っていると、間もなくジャングルを抜けて湾岸へと出た。しかし、

 

「……あれ? みんなは?」

 

 何故か陸地に人の姿はない……かと思えば、約1名見知らぬおじさんがいた。誰だこの人? と俺が首を傾げる横で、ルフィが「えー!?」と驚きの声を上げた。

 

「レイリーのおっさん!?」

「おお! ルフィ君、さっそく会えてよかった」

 

 えっ?! レイリーって、“冥王”シルバーズ・レイリー? 海賊王のクルーだったっていう?

 みんながいなくて、代わりに冥王がいてって……一体どうなってるんだ? と困惑していると、ちょうど岸の方から「おーい」と声がした。そっちを見ると、俺たちの船の甲板に人……というかクマの姿があった。

 

「おーい、チトセー!!」

「ベポ!」

「もう出航するから、早く船に乗れー!」

「えェ?!」

 

 なんだか状況がさっぱりだが、とにかく俺がいなくなっている間に出航することになったらしい。

ベポの急かし様からして、ゆっくりと別れを言っている暇はなさそうだ。

 

「すいません! じゃあ俺、もう行かなきゃなんで!」

「おっ? なんだ、お前もう行くのか」

「はい。たぶん乗ったらすぐ潜るんで、ここでお別れを言わせてもらいますね。お二人とも、お元気で」

「おう! お前も元気でな!!」

「いろいろと世話になった。船長さんにも礼を伝えておいてくれ」

「はい」

 

 かなり急ぎ足で二人と別れの挨拶を交わして、俺は船に向かって駆け出した。

 

「チトセー! ほんっとうにありがとなー!!」

 

 俺の背に向かって、ルフィが大きな声で言う。俺は船に乗ると、ベポが「早く早く」と急かすのをなんとか押しとどめてルフィを振り返った。

 

「ルフィさん、早く仲間と会えるといいですね!!」

「ああ!!」

 

 元気よく答えて、彼は「またなー!!」と大きく手を振った。そんな彼に俺も一振りだけ返して、船内への扉をくぐった。

 それからすぐに船は動き出し、やがて海底へと潜った。

 

「フゥ、結構ギリギリだったね」

「え、もしかして、これ間に合わなかったら俺置いてかれたのか?」

「そんなことはないと思うけど……って、チトセどうしたんだその顔!?」

「顔?」

 

 顔を真っ青にするベポに俺は一瞬首を傾げたが、すぐに何のことか思い至った。ルフィに殴られた上にあんなに泣いたんじゃ、そりゃ俺の顔面は今相当酷いことになっていることだろう。

 無事乗船した俺は、とりあえずみんながいると思われる操縦室へ向かった。

 

「あー、まァ、ちょっとな。それよりさ、みんなって今操縦室にいるよな?」

「え? う、うん、たぶん」

「じゃあ行こう、ベポも一緒に」

 

 そう言って歩き出す俺の後ろをベポが「手当てが先だよ」と追いかけてくるが、「ちょっとだけ」とごまかして操縦室への道のりを進む。なんとなく、すごくみんなの顔が見たかった。

 そうして目的地へ辿り着き、扉を開けて中に入ると、思った通りみんな揃っていた。

 

「お、チトセおかえりー……って、うわ! お前なんだその顔、ひでェ」

「わ、ほんとだ、ひでェ」

「大丈夫か?」

「…………!!」

 

 みんなが口々に似たような反応をする中、一人だけ本気で青ざめているのはリーゼだ。

 

「……麦わら?」

「え?」

「それ、麦わらがやったの?」

「え、いや、まァその通りと言えばその通りなんだけど、でも事故みたいなもんっつーか、むしろ俺が悪いっつーか……」

「……次会ったら、殴る」

「いやいやいや!!」

 

 次会ったらと言わず、今からでもルフィを殴りに行きそうな気迫を見せるリーゼに、俺は半ば本気で焦る。リーゼの場合、やると言ったら本当にやるからな……。

 そんな俺とリーゼのやりとりを見ながら、みんなは笑う。そこに広がるいつも通りの風景に、なんだか胸に熱いものがこみ上げてくる。

 

「……俺さ」

「ん?」

「船長やみんなのこと守れるくらい強くなるから」

 

 俺が言うと、みんなは一瞬きょとんとして黙り込んだ。が、次の瞬間にはがやがやとまた賑やかさを取り戻す。

 

「突然なんだァ?」

「生意気なこと言いやがって!」

「つーか、そんな顔で言われても説得力ねェ」

「おれはお前ができる男だって知ってるぜ!!」

「バカ野郎! 船長を守るのはおれの役目だ!!」

 

 一通り騒ぎ立てた後、みんなは揃って「ですよね?! 船長!!」とその人を振り向く。

 一斉に振り返られた船長は、しばらく無表情に俺たちを見返した後、ふっと小さく笑った。

 

「……まァ、期待しねェで待っててやるよ」

「言っとくけど、俺本気ですから!!」

「あァ、わかってる。だが、お前はとりあえず自分を守れるようになるところから始めろ」

「ぐぬ……」

「おい、誰かこのバカに救急箱持ってきてやれ。あと蒸しタオル」

「ば、ばかってなんですか!」

 

 とっさに言い返す俺を、船長はうるさそうに手で払う。その横で、「おれ、取ってくるよ」とベポが立ち、「おれも」「じゃあおれも」と続けてシャチとペンギンが立ち上がる。たかだか救急箱を取りに行くのに三人がかりって……。まったく、本当……みんな大好きだ。

 

 ――なァ、ルフィ。俺にもかけがえのない仲間がいるよ。

 今度会うときはさ、お互い紹介できればいいよな。船長は「次会うときは敵だ」とか言いそうだけどな。それでも、俺は楽しみにしてる。だから、絶対にまた会おう。

 次は、”新世界”で。

 

 

 




というわけで前半の海が終わりました。長かった…!!
次からはいよいよ新世界、パンクハザードです! わーい!
早く全面的に麦わらの一味と絡めたい。それだけが望みである…。


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