ハートの一船員   作:葛篭藤

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第11話 目覚めを待つ人

 頂上戦争が終結してから約1週間が過ぎた。

 白ひげとエースの死、そして海軍の勝利が世界に報じられ、早くも海は荒れ始めている――らしい。

 ルフィを救出した俺たちハートの海賊団はそんな世間一般から遠く離れ、“凪の帯(カームベルト)”にある女ヶ島“アマゾン・リリー”にて密やかに過ごしていた。

 なんとかマリンフォードから逃げおおせた俺たちを匿ってくれたのは、驚いたことに王下七武海の“海賊女帝”ボア・ハンコックその人だった。男嫌いで有名なはずの彼女なのだが、なんでもルフィにフォーリンラブしてしまったのだとか。それで、ルフィの療養のため、本来は男子禁制のその島に俺たちは停泊を許されたのだった。

 しかし、ルフィは未だ目覚める様子はない。

 

「はあ、もう一回女帝に会えねェかなァ」

「麦わらの目が覚めたら、あるいはここに来る可能性もある」

「いいよなァ、女帝にあんな風に想われて」

「でも片思いなんだよな」

「信じらんねェよなァ、あれだけの美女相手に。ほんともったいねェ」

「くっそー、誰だスペードの10止めてるの!」

 

 だらだらと会話をしながら、今俺たちがやっているのは七並べだ。参加者は俺とペンギンとシャチとジャンバールの4人だ。

 停泊は許されたものの国内への立ち入りを禁止された俺たちは、アマゾン・リリーの湾岸に張られた陣で過ごすのみ。町には行けず、ジャングルを探検することもできず、やることといえばこうしてトランプをしたり、釣りをしたりして時間を潰すことだけだ。

 ちなみに、七並べをするとハートの行だけは揃うのが妙に速い。あとポーカーだとやたらハートのマークで手札を揃えたがる。

 

「すまん、おれだ」

「正直に言うことねェのに、ジャンバール」

「そうそう、真剣勝負なんだからさ」

「くっ……悔しいがシャチの言う通りだ。ジャンバール、情けは無用だっ……うぅっ」

「めちゃくちゃ同情引こうとしてんじゃねーか」

 

 そんな調子で遊んでいると、船の甲板で昼寝をしていたはずのベポがうろうろしながら現れた。まだ少し眠そうな顔で、なにかを探すようにきょろきょろしている。

 

「おーい、どうしたんだ? ベポ」

「うーん、あのさ、リーゼ見なかった? ブラッシングしてもらおうと思ったんだけど、見当たらないんだ」

 

 ベポのブラッシングはリーゼの趣味みたいなものだ。最初の頃は下手くそだったらしいのだが、ベポの協力とリーゼのたゆまぬ努力の結果、彼女は“癒やしの手”(ベポ命名)を手に入れた。以来、二人の間には特別な絆が生まれたらしいのだ。仲がよくて何よりだけど、俺も混ぜてほしい。(と思って一回ブラッシングさせてもらったことがあるが、二人に揃って微妙な顔をされるという切ない思い出が刻まれただけだった。)

 

「んー……、そういや見かけねェな。どこ行ったんだ、あいつ」

「リーゼなら町に行ったぞ」

 

 首を傾げるシャチに俺が何気なく答えると、途端にシャチはぴたりと固まり大きく目を見開いた。ジャンバールは知っていたようで俺の言葉を肯定するように頷いたのだが、その横のペンギンはシャチと似たような反応であんぐりと口を開けた。

 

「ま、町……だと……? 一体どういうことだ……!?」

「どういうこともなにも……。リーゼは女の子なんだから町に入るのになんの支障もないだろ」

「うらやましい……っ!!」

「クマは入れねェのかな」

 

 本気でうらやましそうに、いっそ恨めしそうに叫びながら二人は頭を抱える。お二人さん、ジャンバールに引かれてますよ。ベポはベポで呑気な反応だし。「入れても、女人国だからあんま意味ないんじゃないか?」と一応言っておくと、ベポは「なんだ……」と肩を落とした。

 そんなやりとりをしている間にも、シャチとペンギンの方は恨めしさをこじらせてリーゼにおかしな敵対心を燃やすに至っていた。ていうか、それ完全に逆恨みだろ……。

 

「帰ってきたらどんなだったかうんざりするほど根掘り葉掘り聞いてやる……!」

「そして土産を強請ろう」

「……せいぜい串刺しにされないようにな」

「なんだよチトセ! お前は興味ないってのか?!」

「興味はもちろんあるけど……うーん、別にそこまで入ってみたいとかはないっつーか」

 

 だって、要は女子校に乗り込むようなもんだろ? 想像するだけで肩身狭すぎて疲れるわ。まして、向こうはかなり敵意があるみたいだし、そんなところに乗り込もうなんて勇気は俺にはない。

二人は俺の消極的な態度に憤った。

 

「お前それでも男かよ!!」

「かわいこぶってんじゃねーぞ!!」

「ぶってねーよ!」

「エセ硬派め!」

「今度からお前のこと“ザ・ヘタレ”と呼んでやる!!」

「やめろ!!」

 

 本当のことだとしても言っちゃいけないことってあるだろうがよ……!

 

「ジャンバール! ペンギンとシャチが俺をいじめる!!」

「あっ、ずりーぞお前! ジャンバール味方につけやがって!」

「…………」

 

 ジャンバールを挟んでぎゃあぎゃあ喚く俺たちに、ジャンバール自身は困っているようだった。わかってるならやるなって? だが断る。

 と、ジャンバールは不意に「そうえいば」と口を開いた。

 

「チトセ、そろそろ検診の時間じゃないのか?」

「お? おお、そういえばそうだ!」

 

 ジャンバールの言葉を受けて俺はさっと立ち上がった。そして、傍にいたベポに自分の手札を押し付ける。

 

「んじゃ、ベポ、これパス。ビリの奴は今日一日イワンコフの口調でしゃべらなきゃいけなくなるんだ。責任重大だぞ!」

「えェっ!?」

 

 戸惑うベポに「任せた!」と言葉を残して、俺は心持ち早足で船へと向かった。

 

 

 

 

 

ピッ……ピッ……ピッ……

 

 心電図の音が響くその部屋に、俺はそっと立ち入った。部屋の真ん中にある寝台には、医療器具に繋がれ、包帯でぐるぐる巻きにされたルフィが寝ている。

 俺は毎日同じ時間にこうしてルフィの様子を見に来ていた。脈拍や血圧、機器の調子なんかをチェックして、異常がないかを確かめる。本来は交代制でやるはずだったこの役を、俺は一人でやらせてもらうよう志願した。

 今日も、どの数値にも異常はない。

 

「……いつになったら、目覚めるんだろうな……」

 

 規則正しく上下するルフィの胸元をぼんやり眺めながら、ぽつりと独り言を零す。起きること自体は疑ってないが、こんな風に医療器具に囲まれた姿を見ているとやっぱり少し不安になる。それに……、目が覚めてからのことも心配だ。

 暗くなってしまった気持ちを溜め息と共に吐き出して、俺はその部屋を後にした。

 

 甲板に出ると、そこには元王下七武海“海峡のジンベエ”がいた。欄干を背に座りながら、俺の方、つまりルフィのいる手術室のある方をじっと見つめている。彼とは一週間ほど一緒にいるわけだが、実はまだあまり話したことがない。

 

「ええと……こんにちは」

「ああ……」

 

 ジンベエさんは沈んだ声で俺の挨拶に答える。

 

「ルフィ君は、まだ目覚めんか」

「はい。数値に異常はないんですが……まだダメみたいです」

「そうか……」

 

 俺の返事を聞くと、ジンベエさんはまた表情を暗くする。始終、こんな感じなんだ。話しかけるのは躊躇われたが、俺としてはこの人のことも心配だった。

 シャボンディ諸島を出るときの船長とリーゼも今の俺みたいに心配だったのかな、と考えると、俺もなんとかしてジンベエさんを励ましたくなった。

 

「あの……げ、元気出してください。その、ルフィさんなら大丈夫ですよ。あっ、俺なんかが言っても全然説得力ないかもしれないですけど……でも船長が手術したわけですし……、ルフィさんですし……。えー、えっと、とにかくルフィさんは大丈夫です!!!」

 

 なんっという説得力のなさ……!! 思い切って話しかけた言葉がこれって……!

 ほら! ジンベエさんもぽかんとしてる!! 穴があったら入りたい……。いっそ埋まりたい。

 でも、こうなったらもう言いたいことだけ言っておこう。次話しかける勇気はたぶんない。

 

「えー……あと、余計なお世話かもしれないんですけど、そんな風に思い詰めてばかりだと体に悪いです。ジンベエさんだってかなりの重傷者なんですから。もう少し、自分のことも気遣ってあげてください。お願いします」

 

 それだけ言って俺は立ち去ろうとしたのだが、そんな俺をジンベエさんが呼び止めた。

 

「お前さん、名前はなんと言ったかのう」

「え? えっと、千歳です……」

「そうか。チトセ君、気にかけてもらったようでかたじけない」

 

 そう言うジンベエの表情はさきほどより幾分か和らいで見えた。

 まァ、なので、もう少し頑張ってみようかと思った。

 

「あのー……もしよかったらなんですけど、一緒にトランプしません?」

「トランプ?」

「ババ抜きとか、ポーカーとか。気分転換に」

「むう……そうじゃのう……」

 

 俺が誘うとジンベエさんは少し悩むように呟いたが、やがて「お言葉に甘えるとしよう」と頷いた。

 その返事を聞いて俺がほっとしていると、ジンベエさんが不思議そうに首を傾げた。

 

「お前さん、変わっとるのう」

「えっ、そうですか? どっかおかしかったですか?」

「ほとんど面識もないわしのことを気にかけ、遊戯に誘ったり、ルフィ君のこともだいぶ気にかけておるようじゃし……おおよそ海賊らしくないわい」

「あはは……なんていうか、俺ビビリなんですよね。小さいことでもハラハラしちゃって、落ち着かなくて、みんなみたいにドンと構えてられないから、他人のこともすぐ気になっちゃって」

「それはお前さんが優しい証拠じゃ」

「いや、そんな……」

 

 ジンベエさんのまっすぐな褒め言葉にむずがゆくなって、思わず俯く。すると、そのときちょうど湾岸の方から「メシだぞー!」と呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「あ、もうそんな時間か。じゃあトランプはご飯の後ですね」

「そうじゃな」

「ちなみに、罰ゲームあるんで、心して掛かってくださいね」

 

 俺が言うと、ジンベエさんは「むう……」と唸った。

 

 

 

 

「はーい、順番に並んでくださーい。押さないでくださいねー」

「「「はーい」」」

 

 アフェランドラさんののんびりとした声に、男たちはみんなデレッと鼻の下を伸ばしながら返事をする。食事は日に三度、こうしてアマゾン・リリーの女の子たちが運んできてくれる。ルフィにゆかりがあるらしいマーガレットさん、アフェランドラさん、スイトピーさんの三人と、彼女たちが俺たち男としゃべらないよう監視するキキョウさん。キキョウさんがかなりおっかないので、みんな彼女たちに近づけず、涙を呑んでいた。

 配膳の列の最後尾にジンベエさんと一緒に並んでいると、どこからか小さな影が駆け寄ってきた。

 

「リーゼ! おかえり」

「ただいま」

「楽しかったか?」

「うん」

 

 こくこくと頷くリーゼに「よかったな」と言って、俺は彼女の頭を撫でた。そんな俺たちをジンベエさんが不思議そうに見た。

 

「その子は……確か船にもおったようじゃが」

「ええ。この子もウチのクルーです」

「リーゼ……です」

「わしはジンベエじゃ」

 

 と二人が自己紹介し合う。それが終わると、ジンベエさんは「お前さんの妹か?」とお決まりの質問をしてきた。その表情は少し辛そうだ。……”兄弟”ってことでルフィとエースを連想したのかもしれない。

 

「……いえ、違います。でも、家族みたいに思ってます」

 

 俺が答えると、ジンベエさんは少しの間を置いた後「そうか、そうじゃな」と頷いた。

 やがて配膳の順番が回ってきて、俺はマーガレットさんの前に立った。俺たち男にはガードの強い彼女だが、俺の隣にいるリーゼを見ると微かに緊張を解いた。ので、これはチャンスとばかりに俺は口を開いた。ナンパするチャンス……ではなく、お礼を言うチャンスな。

 

「あの、今日はリーゼがお世話になりました。本人もすごく楽しかったみたいですし、ありがとうございました」

「え? ああ、いや、こちらこそ外の人間が来ることは滅多にないから、いろいろな話が聞けて楽しかった」

「ならよかったです」

「男だらけの海賊団での暮らしなんて、私たちには想像もできないもんね~」

「“また話を聞かせてほしいの巻”!」

 

 マーガレットさんの隣のスイトピーさんとアフェランドラさんも会話に加わる。これ見つかったら、男どもとキキョウさんに締め上げられるだろうな……。

 

「キキョウなんかは“あんな海賊団は捨ててここに留まるといい”なんて言ってたけどね」

「えェっ?! こ、困ります! 勝手にウチの子勧誘しないでください!」

「安心して。“きっぱり断られてしまったの巻”だから」

「残念だけどね~」

 

 わりと本気で焦る俺に、マーガレットさんはふふっと笑った。

 

「本当に仲がいいんだな」

「そりゃ、まあ……仲間ですから」

 

 少し照れくささを感じながら俺が言うと、同時に「マーガレット!!」と叱りつけるような声が横から飛んできた。キキョウさんだ。どうやら見つかってしまったらしい。

 

「男どもと口を利くなと何度も言ったはずだ!!」

「す、すまない」

 

 マーガレットさんはキキョウさんにそう謝ると、今度は俺にも「悪い」と小声で謝った。

 

「いえ、俺の方こそすいません。じゃあ、今日もご馳走になります」

「マーガレット、スイトピー、アフェランドラ、ありがとう」

「どういたしまして」

 

 そそくさとその場を離れようとする俺の後ろでリーゼが静かに言うと、マーガレットたちはそれににこっと笑って返した。女の子の笑顔って、いいよな……。心なしか空気がフローラル。あ、なんかやっぱり入ってみたいかも、アマゾン・リリー……。

 「じゃあまた」と挨拶をして、俺たちは今度こそその場を離れた。

 

「お前さん、兄というよりは母親のようじゃの」

「はあ、よく言われます……。入ったのが同時期で、というか俺が引き込んでしまったような感じで、面倒見ているうちに、すっかり保護者が板についてしまったと言いますか……」

「……ごめんなさい」

「いやいやいや!! リーゼが謝ることじゃないぞ?! リーゼの面倒見るのが嫌とか、そういうのは全然ないし!」

 

 なんて話しながら歩いていると、横の方から「おーい」と呼ぶ声がした。

 

「チトセー、こっちこっち」

 

 その声の方を向くと、そこには集まって腰を下ろしているみんなの姿があった。船長もいる。

 

「あっ、リーゼもいる! おかえりー」

「ただいま」

「ジンベエも一緒のようね」

「ああ、すまんがわしも混ぜてもらっていいじゃろうか」

「構わなッキャブルよ!」

「う、うむ……?」

 

 ジンベエが戸惑っているのは、まず間違いなくイワンコフ口調のシャチのせいだ。そうか、結局七並べはシャチの負けで終わったのか。俺じゃなくてよかった……!! それにしても、イワンコフ口調のシャチって……

 

「ふっ、ふふ……」

「ヴァナタ、笑ってんじゃないわよ!」

「だ、だって……くっ、ふ……はっあはははは!!」

 

 ヒーヒーと腹を抱えて笑いながら、俺はぽかんとしているジンベエに「トランプの罰ゲームですよ」と説明した。

 

「なんという屈辱……! 覚えていなっサブル、チトセ! この屈辱は次のゲームで必ず晴らしてやるわ!」

「とかいって、お前結構ノリノリじゃんか」

「あ、そうそう、午後からはジンベエさんも参加するから」

「そうか、よろしく頼む」

「手加減はしないわよ!!」

 

 ジャンバールとシャチがそれぞれ言うと、ジンベエも「ならばわしも本気でいこう」と言った。元七武海の本気……ごくり。

 

「ところで、次はなにをやるんだ?」

「うーん……あ! 俺ダウトやりたい!」

「ダウトか……。ポーカーフェイスってことなら、リーゼが強そうだよな。リーゼ、やるか?」

 

 ペンギンが問いかけ、リーゼがどうしようかと考える素振りを見せたとき、ベポが横から口を挟んだ。

 

「リーゼはおれのブラッシングするんだよ!」

「するんだよってお前な」

「私、ベポのブラッシングする」

「そ、そうか……」

 

 使命感を瞳に宿すリーゼに、ペンギンがややたじろぐ。うん、わかるよその気持ち。

 と、リーゼに断られてしまった後俺の目に止まったのは、周りの喧噪を意にも介さず黙々と食事をしている船長だった。

 

「船長、船長、一緒にやりません?」

「やらねェ」

「えー、いいじゃないですか、たまには一緒にやりましょうよ。あ、船長、さては負けるのが怖いんですか?」

「そんな安い挑発におれが乗るとでも?」

「ですよねェ」

「だが……、売られた喧嘩を買わねェのも締まらねェ」

 

 乗ってんじゃないすか!! と心の中で全力でツッコミを入れながら、「あ、ほんとですか」と平静を装う。ダメだ、笑うな俺、堪えろ。ここで笑ったら確実にバラされる。

 腹筋に力を込めて必死に笑いを堪える俺に、不意に隣のジンベエさんがこっそりと耳打ちしてきた。

 

「意外と負けず嫌いなんじゃな」

 

 どうなったかって? ええ、はい、ご想像の通り盛大に吹き出しましたよ……。

 

 そんな風にして、いつものメンバーにジンベエさんを加えた女ヶ島での日々は比較的緩やかに穏やかに過ぎた。

 ――ルフィが目を覚ましたのは、それから1週間後のことだった。

 

 

 




午後の罰ゲームでジンベエと千歳が人格シャンブルズされて、リーゼがたじたじしたっていう。


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