「聞きたいことは山ほどあるが、やっぱまずは自己紹介からだよな」
広い機関室の真ん中に、俺とリーゼとベポとシャチとペンギンとジャンバールの五人と一匹で輪になって座り込んだ。
「なんでお前が仕切ってるんだよ」
「だって俺とリーゼだけ仲間はずれで状況なんもわかってねェんだぞ?! これくらい仕切らせてくれたっていいじゃんか!」
「わ、わかったからそう必死になるなよ……」
ペンギンの哀れみの視線が心に痛い……。でも俺は負けない!
「んん! 気を取り直しまして~、俺はチトセ! ベポの手下その1じゃないからな。あとこう見えても18歳だ。これからよろしくな、ジャンバール」
「……リーゼ」
「シャチだ」
「おれはペンギンだ、よろしく」
「おれはベポ! チトセは手下じゃないけど、おれの方が先輩だからおれの方が上なんだ! ジャンバール、お前も新入りだからおれの下だぞ!」
「どうしたちゃったのこの子……。自己顕示欲の目覚めって奴かしら……」
そんな畳みかけるような自己紹介が終わると、ジャンバールはぽかんとした顔をした。が、しばらくすると思わずというように笑った。
「……おれはジャンバールだ。おれの方こそ、これからよろしく頼む」
その場にほわーんと和やかなムードが流れる。こういう雰囲気だとあれだな……なんていうか……
「……酒が飲みたくなるなァ」
「それだっ!!」
「だよな!! やっぱ新人が入ったときは宴会だろ! ……つっても、今はちっと難しいか」
「落ち着いたらやろうぜ、宴会!」
「そんなに気を遣わなくてもいいぞ」
「バッキャロウ! おれたちが飲みてェんだよ!!」
「それは言っちゃダメだろ!」
まァ、わかるけどな。俺もすっかり毒されてしまったなァ。
「あ、っていうかさ、どういう経緯でジャンバールは仲間になったんだ? 俺その辺全然知らないんだけど」
「……おれは天竜人の奴隷だった。それをお前たちの船長が解放してくれたんだ」
「あ……」
そういえば、逃げてるときに「奴隷でなきゃ」とか言ってたな。
奴隷と聞くと、昼間に見た光景がありありと蘇ってきた。あんな風に乗り物にされたり……と思わず考えてしまい、盛り上がっていた気分は一気に沈んでしまった。
「……ごめん、嫌なこと思い出させて」
「もう過去のことだ。気にするな」
「そうそう。って、おれが言えた義理でもないんだけどさ。でも、お前が暗くなってちゃ盛り上がるもんも盛り上がらねェだろ?」
「ペンギンの言う通りだ。お前はいつも通りアホみたいにへらへら笑ってればいいんだよ!」
「ア、アホは余計だろ!」
とっさに言い返すと、ペンギンとシャチがにっと笑う。その笑顔に俺は何故かほっとした。
そんな俺の横で、珍しくリーゼが自分から口を開いた。
「……ジャンバール、“お前たちの”は間違い。船長は、あなたの船長でもある」
「……そういえば、そうだな」
リーゼの言葉にジャンバールが答えると、会話が一段落して一旦場が静まる。えーっと、なにか話題話題……とみんながそれぞれに話題を探る中、一番に声を上げたのはベポだった。
「あっ、そうだ! チトセの元気の出る話してあげるよ!」
「俺の元気が出る話?」
「“麦わら”のことだよ」
“麦わら”と聞いて、瞬時に俺の心の中のアンテナがピンと立つ。
「そうだよ! それについて聞こうと思ってたんだ!!」
「……何故”麦わら”の話が”元気の出る話”なんだ?」
「チトセは“麦わら”のファンなんだよ。新聞とか切り抜きしてるんだぜ」
「それは……だいぶ変わってるな」
「本人にもその自覚はあるみたいだから、あまり深く突っ込まないでやってくれ」
「ああ、わかった」
「ちょっとそこ! なにこそこそしゃべってるんだよ!! 早く俺に事件の全容を教えてくれ!」
「はいはい」
「そういえば、おれも詳しい経緯は知らないな」
「あァ、お前ずっと外にいたもんな。えーと、じゃあ今回のオークションに人魚が出品されたところからだな」
と話は始まり、天竜人がその人魚を5億で買うと言い出したことや、そこへ突然ルフィたちがトビウオで乗り込んできたこと、どうやら知り合いらしいその人魚を助けようとしていたこと、しかしその途中で彼らの友人と思しきタコの魚人が天竜人に撃たれてしまい、それに憤ったルフィが天竜人をぶん殴ったことを聞いた。その後“冥王”シルバーズ・レイリーが現れたりなんだりって、また大変だったみたいだ。
すべてを聞き終わった俺は、天を仰ぎながら両手で顔を覆った。
「…………」
「……大丈夫なのか……?」
「問題ない。チトセは通常運転だ」
「“麦わら”のことになると、途端にテンションおかしくなるんだよね」
「まァ、面白いから黙って見てるけど」
好き勝手言ってる声が聞こえてくるが、今の俺は気にならない。だってさァ……!!
「……やっぱ“麦わら”すっげェ好きだ……っ!!!」
「…………」
「だってさ、だってさ、友達の人魚助けるためにオークションに乗り込んだり、タコの魚人のために天竜人殴るとか、すごくね?! ほんとなんていうか、まっすぐっていうか……」
「うん、まあ、チトセが“麦わら”を応援したくなる気持ちは少しはわかったよ」
「でも、やっぱあいつらイカれてるよな」
「それだよ。いい奴らかもしれないけど、はた迷惑なんだよな」
「女子はかわいいけど」
「あァ、確かに。“泥棒猫”ナミとニコ・ロビン、すげェかわいかったよなァ。やっぱウチにもああいう女クルーがほしいよな」
「ハァ、また会えないかなァ……」
「聞いてねェし」
今度はぜひルフィに会いたい!! 前は半分諦めていたが、ここで会えたってことは再会の可能性だって十分あるんじゃないか!? イケる……イケるぞ……。
俺が半ば一人の世界に入り込んでいると、不意に機関室の扉がガチャリと開いた。みんなでそっちを振り返る。
「キャプテン!」
「……見かけねェと思ったら、こんなところに集まってなにしてんだ?」
「懇親会っすよー。船長も一緒にどうですか?」
「あっ、そういえば俺船長にも聞きたいことがあるんですよ」
「そんじゃまァ、とりあえず座りましょうよ!」
シャチに促されて、船長は機関室内に足を一歩踏み入れた。その瞬間、俺とシャチとペンギンが同時にさっと自分の隣を指し示した。
「「「船長、おれの隣に……」」」
三人の声がハモり、お互いに火花を散らし合ったが、船長はそれらを華麗にスルーしてリーゼとベポの間に腰を下ろした。
「「「…………」」」
「で? おれに聞きたいことってのはなんだ」
「あ、聞きたいことっていうか、ただ気になったことなんですけど……あの乱闘の中でよく俺とリーゼに気付いたなァって」
「あァ、そういや気付いたらお前ら合流してたよな。突然いるからびっくりしたわ」
「びっくりで言うならこっちの方がよっぽどびっくりだよ。騒ぎ聞きつけて行ったら、天竜人殴ってオークションハウスに船長たちが立てこもってるとか……心臓止まるかと思ったわ」
「おれ、てっきりチトセたちが自主的に駆けつけたのかと思ってたんだけど、キャプテンが呼んだの?」
「あァ」
船長に呼ばれたんでなきゃ、あんな危険地帯のど真ん中に飛び込んだりするか! 俺のチキンっぷりをなめるなよ!
「すごいっすね。あの人混みの中で、ほんとよく気付いたなァ」
「おれ、全然気が付かなかった」
「おれも」
「俺も気付かれると思ってなかった。……これはつまり船長の船員への愛ってことでいいんじゃないですか」
「バカ言え。引きつった顔した連中の中に一人だけアホみたいにはしゃいでる奴がいたら、目について当然だろ」
「で、でも、船長以外は気付いてなかったわけですし?」
「……すまん、実はおれも気付いてた」
「えェ!?」
申し訳なさそうに口を挟んだのはジャンバールだ。
見知らぬ他人の目に留まるって相当じゃないですか……。は、恥ずかしい。次があったら、今度は少し自重しよう。
「あー……そ、それで、どうやって俺たちのこと呼んだんですか? リーゼが気付いてくれたんですけど、俺全然気付かなくって」
「話題逸らしたな」
「うん、逸らした」
「あァ、それは……」
と言うと、船長はリーゼに視線を向けた。「この鈍感野郎に教えてやれ」と言うような視線(被害妄想だろうか?)で、彼女に答えるよう促す。
「……船長が、こう」
言いながら、リーゼがくいっと顎を引く。確かに「こっち来い」って意味にはなるけど、あの大乱闘の中でよく気付いたな! マジで!!
「……これ、俺が気付かなくてもしょうがなかったと思う人は挙手してくださーい」
「「「はーい」」」
シャチとペンギンとベポが合わせて手を挙げる横で、ジャンバールも遠慮がちに手を挙げる。だよなー、しょうがないよなー。俺もそう思う。という意味を込めて船長を見ると、
「元からお前には期待してねェ」
グッサァ!!
「そりゃ……そうでしょうけど……お、俺だって傷付くんですよ……」
くそう、いつか絶対見返してやる……! 船長に「お前ほど頼れる部下はいない」とか言わせて……言わ、せて…………うん、ちょっと無謀かもしれない。
がくりと項垂れる俺を見て、船長はくつくつと笑う。たまに意地悪いよな、この人……ちくしょう。
「それはそうと、お前らに話しておくことがある」
「なんすか?」
「今後のことだ。とりあえずこれを見ろ」
そう言って船長は一枚の紙を輪の真ん中に投げ出した。俺たちはみんな身を乗り出して、それを覗き込む。
「火拳のエースの、公開処刑……?!」
「火拳って白ひげの?!」
「そ、そんなことしたら……白ひげが黙っちゃいねェだろ!!?」
「あァ、間違いなく戦争になる」
「せ、戦争……」
新世界を統べる四皇の一人、白ひげ。世界最強の男で、“ひとつなぎの大秘宝”にもっとも近いと言われている人物。
知識としては教えてもらっていたが、その白ひげが動くということがどれほど大変なことなのか、俺はいまいち実感として掴めていなかった。しかし、船長の発した“戦争”という単語にさすがに血の気が引いた。
他のみんなも真っ青になる中、一人ニヤニヤしているのは船長だ。なんだか嫌な予感がするよ、俺は。
「……えー、それで、これが今後の話とどう繋がるんで……?」
「よく見ろ。火拳屋の公開処刑はシャボンディ諸島で中継されるらしい」
「処刑を中継とか……趣味悪ー……」
「ってことは、船をシャボンディ諸島に戻すんですね」
「まァ、当然の流れだよな」
「マジすかー……」
「もちろんすぐにってわけじゃねェ。数日は様子見だ。だが、これだけのことを見逃さない手はねェだろう?」
船長はニヤリと不敵に笑う。不安な気持ちはあるのに、船長のこの笑みを見ると不思議と諦めが付いてしまう。
「文句があるなら、聞くだけ聞いてやるが?」
「……結構ですよ。俺はあなたに付いてくだけですから、キャプテン」