ハートの一船員   作:葛篭藤

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出会い編
第1話 真冬の川から真夏の海へ


 「助け損ねました」、とその人は言った。

 

 

 

 東京にしては珍しく雪の降る日だった。

 といっても、都会の雪なんて積もらないし、べちゃべちゃだし、汚い。その上さらに道路や線路を氷結せしめるのだから、迷惑以外の何物でもない。昔は散々雪に心躍らせたが、18にもなればだんだん嫌気の方が増してくる。

 

 そんな中、俺は家路を辿っていた。雪がちらついていること以外は、何ら変わりない日常の一場面のはずだった。――あの橋に差し掛かるまでは。

 毎日行き来するその橋を、俺はたらたらと歩いて渡っていた。すると、突然強風が吹き付けてきて、俺の前を歩いていた人の帽子が宙に舞った。俺の方に飛んできたその帽子を俺は取ろうとした。それが間違いだった。

 掴もうと伸ばした手をすり抜けて帽子は手すりの外へと舞い、それを追って俺も手すりの外へと身を乗り出した。そのとき、手すりを掴んでいた手がつるりと滑った。とっさに足で踏ん張ってバランスを取ろうとしたが、凍った地面では逆効果。さらに滑って、勢い余って川に真っ逆さま。

 周りで悲鳴が上がるのを聞きながら、そして俺自身も悲鳴を上げながら、真冬の川に俺はダイブした。

 息ができない。苦しい。寒い。体が思うように動かない。寒い。さむい。

 俺、もしかして死んじゃうんじゃなかろうか、と遠のいていく意識の中でぼんやり思った。

 

 

 その次の瞬間に俺が立っていたのは、なんとも不思議な空間だった。

 白くて白くて白い。とにかく白い。上も下も右も左もないような。雲の中ってこんな感じかもしれない、というような空間だ。

 もしかして天国? だとすると、やっぱり俺は死んでしまったのか……、と打ちひしがれる俺の前にその人は現れたのだった。

 黒い服に身を包む男だった。顔はどういうわけかよく見えなかった。けれど、その立ち姿にはなんとなく見覚えがある。

 帽子の人……?

 

「ええ、どうもご迷惑をおかけしました。私の不注意でとんだことに」

 

 いえいえ、そんな……って、あれ? 俺声に出してた?

 

「ああ、声を出していないのに話が通じるのは、ここにいるあなたが意識体だからです。意味がわからなくても適当に納得してください」

 

 その人は感情のこもらない声で淡々と言った。丁寧な口調とは裏腹に、態度は強引というか雑というか。

 

「雑ですみません」

 

 筒抜けかよ?!

 

「筒抜けです」

 

 ……ていうか、えー、この状況はなんなんですかね? 俺は死んだんですか? そして、あなたは何者なんですか?

 

「私は、あなたたちが言うところの神です」

 

 へェ~、神様かァ…………って、神様?! なんだそのお約束展開は!?

 なんだ、じゃあ俺死んでやっぱ転生するんですか? お約束だなァ。だが悪くない。俺TUEEEEEってな感じに世界をかき回してやんよ。へっへっへ……

 

「いえ、あなたは死んでいません」

 

 えっ?

 

「あなたが川に落ちたのはいわば私のせいなので、私は神の力でもってそれを助けたのです」

 

 あ、へぇ……なんだ……そっか。

 

「が、助け損ねました」

 

 はい?

 

「手元が狂って、あなたを別世界へ飛ばしてしまいました」

 

 え、え? どゆこと? ちょっと待って!

 

「ONE PIECEという漫画をご存じですか?」

 

 よりによってONE PIECE!!

 ずっと敬遠してたのを、この間某中古本屋で試しに1巻立ち読みしたら面白くて、とりあえず5巻まで買って、そろそろ続き買おうかなとか打診してたところだよ!! つまりその後の内容全然知らん!

 つーか、手元が狂ったってどういうことだよ!!?

 

「つい、手がかじかんで」

 

 ふざけてんすか?! 今すぐ元の世界に帰してください!!

 

「それはできません。人間にそう何度も世界を行き来させるわけにはいきません」

 

 俺にはなんの落ち度もないのに? そんなバカな話があるかよ……。

 

「とにかく納得していただくしかありません。あなたは元の世界へは帰れない。これから、ONE PIECEの世界で生きていくしかないのです」

 

 強引にもほどがあるでしょ……。

 しかも、流れからしてこれ転生でもなんでもないんですよね?

 

「はい。あなたはあなたのままです」

 

 そんなバカな……! チート能力は? 悪魔の実は?

 

「ありません」

 

 そんなバカなぁああ!!

 

「そろそろ目覚めの時です。では、どうぞお元気で。この世界でしたたかに生きてください」

 

 最後まで極めて単調な口調でその神様は別れを告げた。

 視界はまるで霧でもかかったかのように徐々に白んでいく。消えゆく黒い人影に向かって、俺は精一杯声を張り上げる。

 

 待って! 待ってください! おい待て!!

 俺を元の世界に

 

 

「帰しやがれ……ッ!!」

 

 

 自分の叫び声が耳に届くと同時に、視界が開けた。

 

「え……? あれ? えーと……」

 

 あまりにも唐突な目覚めに俺は呆然とする。俺は寝てたのか? ということは、さっきのは全部夢?

 黒い男の言葉や、川に落ちたときの記憶がごちゃごちゃと思考をかき混ぜる。が、見上げている天井が見知らぬものであることに気付くと、俺は慌てて飛び起きた。

 目に映ったのは、天井と同じく見知らぬ室内。あるのは、なんの変哲もない机と椅子、本棚、俺が寝ているベッドと……薬品棚? そういえば、薬品のにおいがするな。全体的に、どこか保健室っぽい印象を受ける部屋だ。

 もしかして、川に落ちたのを助けられて、どこかの病院に運び込まれたのか? だが、そのわりに病院っぽくはない。ついでにいえば、あまり現代っぽくもない。

 「別世界へ」という夢の中の男の言葉が脳裏に蘇る。

 

「そんなバカな」

 

 夢の中でも何度も口にした言葉を、俺はもう一度繰り返した。

 

「あっ、起きた?」

「え?」

 

 声のした方を振り向くと、そこにはドアの影からひょいと頭を覗かせる白い……白い……しろ、い

 

「くっくっくくっくまぁああ?!?!」

 

 ありったけの叫び声を上げて、俺はベッドから転げ落ちた。いってェ……けど今はそれどころじゃない!

 

「な、なん、なんで、クマ、が……」

「すいません……」

「謝った?! つか、しゃべった?!」

「おい、うるせェぞ」

「あ、キャプテン」

 

 また別の声がしたかと思うと、白クマの後ろから人影が現れた。

 すらりとした長身の男だった。もふもふしていそうな帽子を被っているわりに、顔は悪人面だ。目の下のクマがそう思わせるのかもしれない。そして、右手にこれまた細くて長い刀を持っている。

 ……刀……刀ってあなた……。銃刀法違反はどこいったの……。

 しゃべるクマだとか、“キャプテン”って言葉だとか、刀だとか、もうツッコミ所が満載過ぎて気絶しそうだ。嫌な予感しかしない。

 

 その人は床にへたり込む俺に冷たい眼差しを寄越すと、一言「具合は」と言った。

 

「え?」

「具合はどうだと聞いたんだ」

「え、あ、わ、悪くないです」

「どこか痛む箇所は」

「ないみたい、です」

 

 ぺたぺたと自分の体を触って確認する。ベッドから落ちたときに打った腰が少し痛いが、それ以外だと肌がひりひりするような感じがするだけだ。肌が痛いのはきっと真冬の川に飛び込んだからだろう。

 

「……あ、あのー、ところで、ここってどこですか? あと、あなたは誰なんですか?」

「そっちの質問に答える前に、おれの質問に答えてもらおうか。お前こそ何者だ?」

 

 鋭い眼光に睨まれて、俺は竦み上がるしかなかった。いきなりなんでこんな険悪?! 俺なんか悪いことした?

 

「えっと……」

「さっさと質問に答えろ」

「はいッ! えー、名前は香坂千歳です。……普通の学生です」

「学生?」

 

 怪訝そうに眉を潜めてその人は聞き返してくる。俺としては“何者だ”という質問に対してそれ以上どう答えればいいのかわからず、ただ頷き返した。

 

「その“普通の学生”とやらが、どうしてこんなところにいる」

「こんなところ?」

「とぼけているのか? ここは”偉大なる航路(グランドライン)”に浮かぶ無人島だ。ただの学生が来られるような場所じゃねェ」

「グ、グランドライン?」

 

 5巻までしか読んでいない俺だが、その言葉はたびたび目にしたぞ。なんかすげェ危険な海なんだよな? というか、これってつまりいよいよ確定ってことじゃないですか……。

 

「お前は浜に打ち上げられていた。最初は遭難者かと思ったが、船が遭難したにしては浜が綺麗すぎる。船の残骸も、他の遭難者もいねェ。それと、おかしなところはもうひとつある。ここは夏島であるにも関わらず、お前は凍傷になりかけていた。30℃を軽く超えるこの近海で? チトセとか言ったか。お前、一体どこからやってきた?」

 

 にやりと不敵に笑ってそいつは俺を見下ろす。怖ェ! 適当にごまかすわけにはいかなさそうだ。ごまかすつもりも別にないけど。

 

「……俺の話、信じてくれます?」

「話を聞いてみねェとわからねェな」

「ですよねェ」

 

 ハァ、とひとつ溜め息を吐いてから、俺は自分の身に起きたことを説明した。

 

「――ってわけで、俺はこの世界? に来ちゃったんですよ」

「………………」

 

 俺の話を聞き終わると、男はなにか思案するように黙り込んでしまった。その後ろでは白クマがあんぐりと口を開けている。和んでいる場合じゃないのはわかっているが、ちょっとかわいいな……。

 でも、その反応も当然だ。何せ自分で言ってて信憑性が皆無だからな。摩訶不思議にもほどがある。誰がこんな話信じるっていうんだ。

 けど、成り行きを振り返ることで、俺自身は少し落ち着いた。

 

「キャプテン……」

「信じられねェな」

「ですよねェ……」

「が、嘘を吐いているようにも見えねェ」

 

 がくりと項垂れる俺の頭上に続けて降ってきた言葉に、俺は顔を上げた。

 

「し、信じてくれるんですか?」

「信じられねェってたった今言ったばっかだろうが」

「あっ、そうでした」

「だがまァ、とりあえずお前の話がすべて本当だと仮定して話を進めるぞ」

 

 男は呆れたように溜め息を吐いた。

 なんかこの人カッケェ……。動作がいちいち様になってるっていうか。しゃべり方もなんか頭良さそうだし。

 

「お前はこれからどうするつもりなんだ?」

「え?」

「お前の話によると、ここはお前にとって“別世界”で、帰る場所も何もないんだろう?」

「そうなんですよね。ってことは、とりあえずどっかの町で住み込みで働ける場所を見つけるしかないと思うんですけど……、ここって無人島ってさっき言いましたっけ?」

「あァ、言ったな」

 

 彼はニヤニヤと、面白いものでも見るように俺を見る。あれ……なんかちょっと嫌な流れ……。

 ちょっと状況を整理してみよう。

 

 ここは無人島だ。つまり、町なんてあるはずもない。ということは、とりあえず町のある島まで行かなくてはいけないわけだが、海を航海する船も術も俺にはないわけでして。

 となれば、この人に頼んでどこかの島まで連れて行ってもらうしかないじゃん? 無人島に来てるってことは当然船で来たんだろうし。頼み込めばなんとかいけるかもしれない。

 ワーイ、これで万事解決だね! と喜べたらよかったんだが、俺の脳裏にちらつくのはさっきから白クマが何度か口にしている“キャプテン”という言葉だ。

 

「……つかぬ事をお聞きしますが、キャプテンって、あのー、なんのキャプテンなんでしょうか?」

「キャプテンはねー、おれたちの海賊団のキャプテンなんだよ。すっごく強いんだ~」

「おれはハートの海賊団の船長、トラファルガー・ローだ」

 

 半ば予想していた答えとはいえ、俺は絶句するしかなかった。しかもすごく強いとか。

 

「…………」

「そう青ざめるな、別に命を取るつもりはねェよ。せっかく助けた命だしな」

「ほ、ほんと、ですか……?」

「あァ。ついでに言うと、次の島までお前をこの船に乗せていくのもやぶさかじゃない」

「ええ?!マジっすかッ?!」

 

 あァ、とトラファ……トラフォ……?……ローさんは低い声で答えた。

 でけェ……でけェよ、この人……。見ず知らずの不審者たる俺を浜で拾って介抱してくれた上に、次の島まで送ってくれるなんて! 悪人顔だなんて思ってすみません! 世の中捨てたもんじゃねェなァ。

 

「ただし、島に着くまではコキ使わせてもらうぞ」

「それはもちろんです! 俺でできることならなんでも!」

「それと条件がもう一つ……いや、条件というよりは保険だな」

「ほけん?」

 

 どういうことだろう、と俺が首を傾げたのも束の間、ローさんは俺に向かって右拳を突き出すと「“ROOM”」と呟くように言った。すると、なにやら不思議な円形の膜のようなものが彼の手元から広がった。

 

「え、え? なな、なんですか、これ」

 

 戸惑う俺を無視して、ローさんは続けざまに「“メス”」と唱えた。その途端、胸の辺りにドンッと強い衝撃を感じる。おまけに……なんか、く、くる、しい……

 

「うぐっ……ロー、さん……?」

「お前の心臓だ。少しでも不審な動きを見せたら、これを握り潰してお前を殺す」

 

 さっきまで何もなかったはずのローさんの左手に、いつのまにか四角い何かが乗っていた。ピンク色の……臓器のような。

 苦しさに目が眩む中、俺はそれがローさんの掌の上でドクンと脈打つのを確かに見た。

 そして、その日二度目に俺は意識を手放した。

 


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