「あの馬鹿弟子が。」
まがいなりに弟子など持ったのは初めてのことだ、いや、弟子として数日以上持ったのはというべきだろうか。
ジルヴェスターの命令でマインの面倒を見ろと言われたときには、まだ弟子を取らせることを諦めていなかったのかと思った。
だが、マインもこれまでの者と同様に適当な無理難題を押し付ければすぐ逃げ出すだろうと高をくくっていたのだが...。
時は数年さかのぼる。
あの時はブレンリュースの実が魔力不足により大量に必要になり、ジルヴェスターに無理やり許可を取り、ユストクスをハルデンツェルにやったのだが...。
「ユストクス、ただいま戻りました。」
「ふむ、ユストクスにしては遅かったな。また何か珍しい素材でも探してきたのか。」
「それがですね、フェルディナンド様、非常に興味深い村と娘を見つけました。」
ふむ、ユストクスはとにかく情報収集が趣味で行った先で様々な素材を回収したり情報をかき集めてくる。
そんなユストクスが面白いということだからよっぽど変な娘だったのだろう。
「あんなハルデンツェルの端の村があったことにも驚きですが、そんな小神殿を子供一人で管理していたんですよ。」
ふむ、旧ザウスガースとの国境沿いか、あそこは政変以前から国境がしょっちゅう変わっていたから、管理がおろそかになったのか。
「やはり旧ザウスガースがらみですかね。市民登録とかもしっかりとできてないようでなかなか不思議な村でした。」
しかしそんなところでは恐らくまともに生きていけない環境のはずだ。
唯でさえ魔力不足の中、こちらが把握していない村であるなら儀式の魔力を贈られていない可能性が高い。
「ふむ、小神殿がある以上一度視察に行かねばならないな。しかし、子供が管理しているといっても魔力がなければ神殿も朽ちていくはずだが。」
「それが、なんと小娘が一人で魔力を奉納し維持管理するばかりかあふれ出た魔力が祝福となり小神殿の周りだけ切り取られたように緑が生い茂っている状態でした。」
それは、面白いとかそういう問題ではない。おそらく身食いが魔力の放出場所として神殿を利用したといったところなのだろうが。
「まあ、しばらくは問題ないだろう。年が開け時間ができたら一度視察に行くことにする。」
ジルヴェスターにも報告し、魔力不足や、ジルヴェスターの政務の関係で忙しく結局行けたのは祈念式の時期になってしまった。
こんなに遅くなる予定はなかったのだが仕方がない。
ユストクスが言うにはそこまで排他的な村ではないとのことだが場所を確認した後、念のため途中で騎獣を降り歩いて村へ向かった。
あきらかにその村の周りだけ緑が青々としだし、雪が解けているのが分かる。明らかに何か異常なことが起きているということがわかった。
「これが神殿か。」
確かにこんな僻地にある神殿にしては異常だ。見ただけで魔力が満たされているのが分かる。
魔力が潤沢にあるならともかく、今の魔力不足の情勢をかんがみればどれだけ異常か分かるだろう。
神殿を覗き込むと少女が柱に祈っている。柱のあれは鍛冶の神にまつわる紋章か。
最後に中央の聖杯が配置されているところに祈りをささげようやく私に気がついたらしい。
外からのものは相当珍しいのかなんと声をかけようかと迷っている風だったのでこちらから声をかけた。
「この神殿を管理しているのは君か?」
少女はその質問には答えず、少し困った顔をして
「旅人さんですか、長老に御用でしたら案内しますけど。」
と言ってきた。親から止められているような感じだったので少し高圧的にもう一度同じ質問をしたが、
「ここの掃除などは私が基本的にしています。」
そして立て続けに
「掃除も終わりましたのでどうしますか、中を見ていくということでしたら入り口の椅子で待たせてもらいますが。」
まあ、いいだろう。せっかく見てよいというのだから確認させてもらおうか。
少女は私が見終わるまで入り口の椅子に座っているようだ。とても疲れたのかぐったりとしている。
体力のなさから言ってもユストクスが言っていた少女で間違いがないだろう。
中では不思議な光景が広がっていた。神殿のいたるところから僅かながら魔力がもれ出しているかのような幻想的な光景を浮かべていた。
本神殿でこんな現象は起きたことがない。
といろいろ本神殿にはない模様や配置をしていたので興味深く見てみると少年が少女を呼びにきた。
なにやら魔獣が出たらしい。迎えに来た少年が少女を背負い、少女はこちらを見て申し訳なさそうに席をはずすということを言って出て行く。
魔獣が出たからといって少女に何をさせるのか。被害が拡大しても困るし、なにか面白いものを見せてもらったお礼でもしてやるかと考え、少女たちの後ろからついていくと少女が癒しの祝詞をあげ回復させている。
魔石の指輪は持っていないようだがどうにも手に持っている聖典と思われる本を通して無理やり魔力を放出しているようだ。
多人数をまとめて回復させているにもかかわらずあっという間に回復していく。
加えて複数人に祝詞の重ねがけまで行っており、少し疲れた表情をしていたがまだ余裕がありそうだ。
なるほどユストクスが興味を持つわけだ。
若者たちの動きを見てもこんな辺境にいる者たちの動きではなく明らかに戦いなれている感じだった。
「これなら心配はないな。」
それ以上に問題は少女のほうだ。出る直前だとハイデンツェルがなにやら少女に関して動きを見せそうだった。
ここまでの魔力を保持しているなら、領主候補生として扱っても十分だろう。
何より直感が領主の関係として確保しておいたほうがいいとささやいていた。
ジルヴェスターに急いで報告するため、急いで戻ることにした。
結論からいくと少女はライゼガングに確保されたようだ。一応傍系とはいえ血縁関係があったらしい。
アウブも一応確保に走ったが、体が弱すぎて、ただでさえ内政不安なのにライゼガングを怒らせるリスクを負ってまで確保するのは諦めたとのことだ。
まあ、なにやら外部の領の連中まで、きな臭い動きをしていたのでエーレンフェスト内で確保できたのなら仕方がないだろう。
ライゼガングというのがまた困り者だが。
この件についてはジルヴェスターの政務や、神殿の運営、研究関連に時間を追われ少女については意識の外に置いた。
数日後、将来政敵となりかねないライゼガングの養女の面倒を見ろという命令が来た。
政敵になりかねない勢力の養女の面倒とは、何事だと思ったが、おそらく以前に会った少女だろう。
とはいえ、無能を育てる気はない。
だが件の少女マインの知識欲は異常に高く、異常に覚えがよく教えている側からしても信じられないスピードで知識を吸収した。
洗礼式前の少女が大の大人のベテランよりも優れた仕事の処理を行い、来て早々神殿長の式典をすべてほぼ完璧にこなした。
粗はあるものの私の代理として任せられるまでに三年とかからなかったのだ。
知識については不思議な発想をすることもありそれが面白く、ありとあらゆるものを寝る間も惜しんで全てを叩き込んだ。
最悪壊れても問題ないとは思ったが、正直やりすぎたと思う。
マインは病弱だったためしょっちゅう体調を崩していたが呆れるほどの知識欲ですべて飲み込んでしまった。
とはいえ、領主候補生と仮になったとしても、体調的にアウブの勤めは無理だろう。
将来ライゼガングが敵対し、マインが敵対することとなったら少し面倒だなと思ってしまう程度にはマインを弟子として認めていた。
洗礼式の後、所属不明なもの達からの襲撃があった。
おそらくアーレンスバッハからの刺客だろう。
まさかヴェローニカがいるところで仕掛けてくるとは、想定していなかった。
証拠もたまり一気にヴェローニカ派を粛清しようとしていた矢先だ。
しかし目的は何だ。
とりあえず、100名に迫りそうな身食い兵や平民と思われる暴徒を鎮圧するしかない。
子供連れもヴェローニカ派とか関係なく襲われている。
ジルヴェスターの周りを固める。
本館側から更に別働隊と思われる兵士が来た。
外を見ると何名か子供たちが捕まっている。周りはこれだけいれば領主一族は大丈夫だろう。
と考えていたら、すでに逃げ切ったと思ったヴィルフリートがまだいる。どうやら捕まった子を側近とともに助けようとしたようだ。
だが逆に側近があっという間にやられ捕まってしまう。
敵の数が多すぎて近づけないまま、マインまで一緒に捕まってしまうのが見える。
馬鹿弟子が!
なんとか身食い兵を突破し、追うもなかなか追いつかない。妨害も当然飛んでくる。
ボニファティウス様が追いついてきて追跡体制に入ったところでマイン側からヴィルフリートへかなりの爆発が起こった。
しかしボニファティウス様はそこで更なる貴族の別働隊と思われる連中と戦闘に入ってしまった。
落ちていくヴィルフリートを助けないわけには行かない。
くそ、最後の敵は相当のやり手だったようでヴィルフリートを助けた隙に完全に逃げられてしまった。
その後は今までの証拠や、今回捕まえた者たちからアーレンスバッハの関与がほぼ確定し、宣戦布告かという問い合わせをし、ヴェローニカ派の粛清を開始した。
最終的にけが人は続出したが裏切り者は粛清でき、失ったものは馬鹿弟子だけだった。