マインオブザデッド   作:dorodoro

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67話 レティーツィアの教育係

夏風邪をこじらせてしまい、しばらく寝込んでいました。

 

体が強くなったといってもアーレンスバッハの夜はエーレンフェストとは違い、とても蒸熱く寝苦しいので、寝具や服に涼しくする魔術具を入れて何とか眠れる状態です。

 

ですが寝る前は蒸し暑くても朝は急激に冷えたりすることがあるのが困りものです。体がついていきません。

 

今回寝込んでいる間はとても幸せな夢を見ていた気がして、胸が不思議と温かくなったのでまだ良かったですが。

 

体を治してから、珍しくお母様から呼び出しです。

 

基本的に私の呼び出しはアウブであるお父様を通しておこなわれるので、お母様に直接呼び出されるのは非常に珍しいことです。

 

「よく来たわね、ローゼマイン。こちらへいらっしゃい。」

 

アーレンスバッハの砂糖菓子とお茶が準備されています。

 

「お母様、体調はいかがですか。魔力の方は流れは良くなっているようですが回復してきた実感はありますか。」

 

「おかげでだいぶ良くなったわ。少しずつ礎にも魔力を供給できるようになってきたわ。」

 

思った以上に良くなっているように感じているようです。

 

「ご無理だけはなさらずに。また壊れたら今度こそだめになるかもしれませんので。」

 

「大丈夫ですよ。それにいつまでもローゼマインに任せておくわけにはいきませんもの。」

 

まあ、それはそうなのですが。だからこそきっちり回復してくれないと困るのですが。

 

「それで、今回お呼びされた件は何ですか?」

 

「実は、レティーツィアの教育の件なのだけど。」

 

なんでも、レティーツィアの専任の教育係を任せていた者が歳で倒れてしまい、既に時期的に募集するには中途半端になってしまったことも相成って、専任で教育係になってもらえる優秀な者が見つからない事態になってしまったとのことです。

 

それでも中級貴族の教師を何名かで見てもらっていたそうなのですが予想以上に優秀で教えることがなくなってしまったとのこと。

 

ドレヴァンヒェルよりついてきた側近たちも教えるのは専門でないそうで、またアーレンスバッハの事情についてもまだ精通していないこともあってこのまま教えるのは難しいとのことです。

 

政務など見せたり、社交へ同行させたりしているが、そこまでいくとさすがに難易度が高く身につくものも身につかないので早く新しい専任の教育係を見つけたいという状態だそうです。

 

「お母様より顔が狭いので優秀な教育係と言っても思いつきませんが、わたくしへの相談なのですか?」

 

お父様の時は具体的に礎の供給を早めるという目的があってそれを達成するための手段として提案をいたしましたが、教育係についてなんて相談を受けてもわたしに答えられることなんて何もありません。

 

「あら、目の前にいるじゃない。ローゼマイン。あなたの教えは貴族院でも評判だったようじゃない。時間がある時でいいからお願いできないかしら。」

 

え、なんで私が?

 

「あの、お母様。わたくしが教えるのですか。わたくしもまだ勉強中の身なのですが。」

 

いや、私よりも代理であったとしても専門の人が教えた方がいいに決まっています。

 

「あら、でも座学の知識だけでいけば、ほぼ貴族院で教わる範囲は終わっているのでしょう。教育係が決まるまでの間でいいからお願いするわね。うふふ、孤児院であなたがしていることもここまで届いていますのよ。」

 

もはや命令です。最後の言葉がなくてもお父さまを通されれば引き受けざるを得ないのですから仕方がありません。

 

「わかりました。それでは今まで何を教えてきたか記録を見せてください。」

 

記録を見る限りでは確かに優秀なのでしょう。教えていた者たちも余り優秀ではなかったようなので判断が難しいですが。

 

むしろこの状態なら私は知識よりも毒とか危険を回避するための心得とかを教えた方がいいのかもしれません。

 

後日、連絡をとってレティーツィアの部屋へ行きます。部屋に入り机を見ると、勉強道具が広がっており勉強をしている途中のようでした。きっと今までまじめに勉強をしていたのでしょう。

 

「さてレティーツィア、今日から臨時で少しの間教えることになりましたのでよろしくお願いしますね。わたくしも教えたりするのは専門でないので至らないところもあるかもしれないけどよろしくお願いしますね」

 

「はい、よろしくお願いしますお姉様。」

 

「では早速今開いているところから行きましょうか。」

 

...優秀かどうかわからないような言い方をしましたが文句なく優秀なようです。

 

机に出していた部分以外も口頭で知識を確認しましたが、今の段階ならこれ以上はいらないでしょう。

 

これだけできるならアーレンスバッハなんかにいさせないで無理にでもドレヴァンヒェルに帰した方が幸せになれるのでは...。

 

そうなると私は非常に困ったことになるのですが、アーレンスバッハだけで考えるならディートリンデ様がアウブになればいいだけだしね。

 

でもドレヴァンヒェルにはもっと優秀な方がいるのかもしれませんね。それだと帰った方が幸せかは分かりません。ドレヴァンヒェルに優秀な方が多いのは事実ですし。

 

「レティーツィア、少し休憩しましょう。ゼルギウス、これを切り分けてもらえるよう頼んで貰えるかしら。」

 

「ローゼマイン様、かしこまりました。」

 

今回は、カトルカールです。アーレンスバッハの香辛料を少し効かせて香り付けをしています。

 

水あめやハチミツとかも使ってカステラに近い味にしています。良質な乳製品は手に入りにくいですがバターくらいは塩入のなら何とか手に入りますのでバター少量に油少々で作っています。

 

私が毒見を行ってレティーツィアに勧めます。

 

「香辛料を使ったお菓子とは初めて食べました。」

 

「珍しいでしょう。わたしがお遊びで作っただけなのだけど。」

 

「お姉様が自ら作ったのですか!」

 

やはり驚きますよね。普通は貴族が厨房に入るなんてと言われて怒られますものね。

 

「調合の訓練になりますし、たまに作ります。ところで皆様はやはり止めないのですね。」

 

切ってそのままだして来たようなので、別のところで毒味すらしていないようです。

 

「ローゼマイン様、おっしゃる意味が分かりませんが。」

 

ロスヴィータとゼルギウス達側近は困惑顔です。

 

「毒味したとはいえ私はアーレンスバッハのものですのよ。それがどういう意味かお分かりでないと。」

 

「つまり毒が入っている可能性があると、ローゼマイン様がそのようなことをするわけないではないですか!」

 

するわけないって、危険な思考だよね。大抵の問題は起こるわけないってところから発生するんだよ。

 

「信頼していただきありがとう存じます。ですが側近の皆様方には毒には細心の注意を払っていただきたいのです。アウブとお母様が毒を受けていたということはご存知でしょう。」

 

「そうなのですか。申し訳ございません。把握しておりませんでした。」

 

まずいですね。側近達の毒への意識が弱いように見えます。アーレンスバッハ出身の側近もいるのに、どうなっているのでしょうか。

 

「アーレンスバッハは、ドレヴァンヒェルのように平和で安定している領地ではございません。アウブですら毒を防げない事態に陥るほどです。必要があれば毒殺程度どなたでも仕掛けてきます。今までご無事でよかったです。」

 

本当に良かった。見たところ大丈夫そうだしまだ何もされていないね。

 

「レティーツィア、アウブを本気で目指すなら信頼できる側近以外はある程度まではよくても完全に信じきってはいけませんよ。でも、信頼できないものからも意見は聞かなければなりません。」

 

どこに答えが眠っているかわからないからね。

 

「ただ、アウブである以上意見を聞くのはいいことですが、領地にかかわる最後の決断はすべてレティーツィアがしなければなりません。」

 

責任重大だよね。私は絶対になれないなぁ。まあ、頑張ってね。いる間は補佐するけど今後どうなるかなんてわからないしね。

 

「などと偉そうなことを言っていますが、わたくしもできませんので少しづつ身に付けていけばいいと思います。あと、最後にわたくしのことをずいぶん信頼しているようなことをおっしゃっていましたが信頼してはいけませんよ。」

 

「なぜですか。」

 

そんなに驚くことかな。こんなこと私が教えるべきことなのかわからないけど側近連中の毒の意識の薄さを考えるとこういうことも教えておかないとはるか高みへ上りかねないよね。

 

「あら、わたくしのように経歴の裏もとれないものを、いえ、仮にとれたのならなおさら信じてはいけないということがわかるでしょう。」

 

やっぱり疑えとかまだ早かったかな。悲しそうな顔をされるのは苦しいね。

 

「私達は姉妹ではありませんか。寂しいときはお姉様に頂いたシュミルや洗礼式の祝福を思い出したりするのが心の支えになっているのですよ。そんなよくしてくれるお姉様を疑えと。お姉様は本気でおっしゃっているのですか!」

 

「打算かも知れないでしょう。あなたは次期アウブになるためにアーレンスバッハに連れてこられました。アウブ最有力候補にすり寄ろうとしているだけかも知れませんよ。」

 

信頼されるのはいいけど、頼られるところまで行くのは不味いんだよね。それなら多少嫌われている方がやり易いしね。

 

「支持者をたくさん得ていて、なろうと思えばアウブにだってなれるお姉様が、そのようなことをする必要があるのですか。」

 

わたしの支持者なんて高が知れてると思うけどな。

 

「私の支持などあってないようなものです。あったとしてもそれは私という人間を知らず勘違いをされているだけでしょう。」

 

うん、何か見つけたというか怒りの目を向けてきたね。

 

「お姉様は何をそんなに恐れているのですか。」

 

うん、予想外の回答が来たね。恐れている?

 

「私が恐れているですか。レティーツィアは私が何に対して恐れていると思いますか。」

 

「ええ、お姉様は信頼をされるとか、なんというか繋がりを持つことを恐れているように感じます。噂の契約について何か関係があるのですか。」

 

驚きました。他の人に改めて指摘されると心にくるものがあります。ましてや、レティーツィアとはそこまで深く関わっていないのに。いや、情報を収集していて確認を取っただけかな。

 

契約についてもアーレンスバッハ内ではほとんど広がっていないはずなのですが。

 

「契約についてもう知っているなんて、レティーツィアのご両親からですか。」

 

「そうです。お姉様のことをわたくしの両親もとても心配しておりました。」

 

うん、素直すぎるね。それが美点だしやっぱりこういうことを教えるのは早かったね。せめて貴族院にあがる直前にすればよかったけど、私がいるかは不明だし教えてくれる人がいるかもわかりません。

 

「あら、そんな簡単に教えてはいけませんよ。と言ってもそれが嘘か本当か疑心暗鬼にさせられるくらいなら問題はありませんが。」

 

「お姉様、他の話へ持っていってごまかさないでください。」

 

そうは言っても話しても仕方のないことだし。

 

「ねえ、レティーツィアは本当にこのアーレンスバッハでアウブになることを望みますか。」

 

「先ほどお姉様が言っていた通り私はアウブになるためにここへ来ました。」

 

即答ですか。意思のこもった目を見れば彼女の覚悟のほどがわかります。

 

「あなたにその意思があるのならいいのです...ディートリンデ様も私の前ではっきりとアウブになると宣言していました。アウブになることは大変ですよ。」

 

あはは、もうやめよう。そもそも社交能力の低くアウブになる気もない私程度が教えることではなかったね。

 

「ふふ、レティーツィア。ごめんなさいね、正直今からでもあなたはドレヴァンヒェルに帰ってあちらで貴族になった方がいいと思うけどあなたの意志が固いようで安心したわ。」

 

うん、覚悟といい、これがアウブの器なんだろうね。わたしとは大違いだ。

 

「お姉様、信じるなとか悲しいことを言うのはこれっきりにしてくださいまし。わたくし敬愛するお姉様が自分を卑下するようなことを言うことに対して怒りが収まりません。」

 

なんか、久しぶりに怒られた気がするなぁ。わたしにトゥーリのような頼れるお姉様になるとか無理だね。はぁ。でもアーレンスバッハで生きていくなら必要なことだと思うんだけどね。

 

「ありがとう、レティーツィア。疑うことは信頼できる側近がいるのだからある程度任せられるなら任せてしまってもいいですし、この話はやめましょう。わたくしもこういうことには向いていないようです。」

 

私は教育者とか向いていないのかな。普通に教えるのは好きなんだけど心得とかそういうのはやはり向いていないんだろうな。

 

「そういえばレティーツィアは、ご両親とずいぶん密に連絡を取っているようですね。」

 

「手紙のやり取りはしています。たまにお姉様から頂いた魔術具を送って声も入れてもらっています。手紙だけでなく声を聴くと元気が出ますね。」

 

「両親とのつながりは大切ですからね。大事にしてくださいませ。」

 

私なんて会いたくても会えない状態だからね。

 

「お姉様は、その、ご両親とかは...。」

 

本当のことは答えられないしね。

 

「神殿にずっといたということは既に存じておりますよね。」

 

「...お姉様、お聞きしていいですか。お姉様は本当にアーレンスバッハの神殿でずっと生活をしていたのですか。」

 

レティーツィアのご両親が何か吹き込んでいるのでしょうか。それとも今までの話の流れで確信した感じかな。いずれにせよ私のことは相当詳しく調べられているようですね。

 

「レティーツィアがアウブになったらその時に嫌でもわかりますから、知りたかったらがんばってアウブになってくださいまし。」

 

「わかりました、お姉様の秘密を知るためにもわたくしアウブになります!」

 

うん、まあ、アウブになるために来ているのだからなりたいという気持ちが大きくなるなら何でもいいか。

 

側近連中の毒に対する姿勢さえ変われば最低限及第点だよね。レティーツィアのことも少しわかったしそれだけでも教育係を引き受けた甲斐があったね。

 

 

 

 

さて、夏の成人式でも、秋の洗礼式でも私より小さな子などに相変わらずちっちゃい神殿長だ。とか言われて私の身長のなさに嘆いたり、エーレンフェストの関係で春の成人式と夏の洗礼式は急きょ出られなかったせいか、今回は小さい神殿長でよかったねなんて歓迎する声も聞こえてきて嬉しくなったり。

 

小さいがなければもっとよかったのですが。これでもずいぶん身長は伸びたのに。

 

貴族の洗礼式にもたくさんの方から是非来てほしいと頼まれて回ったりしていました。

 

今まで他の青色神官にお願いしていた人達まで私にお願いしたいとか言ってきて、できるだけ回りますが無理な所は他の青色神官にお願いします。

 

だからなんで私のところに来るのでしょうか。その事について神殿で話してみました。

 

「寄付をもっと高くすればいいのではないですか。神殿長で、本物の祝福を与えられるにもかかわらず、他の青色神官と同じどころか相手任せで場合によっては少ない寄付しか受け取っていないのでは皆様が神殿長にお願いしたいと思うのは当然ではないですか。」

 

なんと、エーレンフェストより少し寄付の基準が高いので余り気にしていませんでしたが、それでも安かったそうです。

 

でも、寄付ってお心次第じゃないの。さすがに神殿経営を圧迫するほどの少ない寄付だと困りますがそういうわけでもないし。ちなみに神殿への寄付はかなり潤沢です。私が領主候補生として入っていることもあって城からの支援もありますし孤児院も向こう数年は問題ないだけのお金が集まっています。

 

たまにランツェナーヴァの方までお忍びで祈りを捧げに来るようになりましたし。彼らは魔力を持っていないため奉納はできないのですが。

 

貴族の方も以前は花捧げで来る人しかいませんでしたが、最近は祈りを捧げに来る人しか来ない状態です。

 

花捧げはどうしても好きになれないのですが、神殿が合わないから花捧げをしたいという子もいて、少しくらいなら仕方がないのかなと思うのですが、そういう子達がいても求める方が来ないのでどうしようもありません。

 

孤児院では、教育にも力をいれていて簡単な読み書き計算はほとんどの子ができますし、文官の補佐として神殿の経営にどんどん入ってもらっているので私がやることは最後の確認と決裁だけの状態です。

 

先程の花捧げを希望する子達も文官の補佐として引き取ってもらったりする場合もありますし、私が直接教えているという噂が広まってしまったせいで何故か下級貴族の子達が孤児院の子達と一緒に教育を受けに来たりしています。

 

孤児というだけでも侮蔑の対象のはずなのに、ましてや平民の子達です。貴族が孤児と関わるなんてとんでもないというのがアーレンスバッハでなくても当然のはずなのですが、何故かわかりませんがみんなとても仲が良いようです。いったいどうなっているのでしょうか?これが小さな子供の力なのでしょうか。

 

ここまで神殿の印象が悪い方向から良い方向へ変わっていると次に悪いことが起こった時の揺り返しが怖いです。

 

レティーツィアの教育を見ながら孤児院に顔を出せるときに出して、神殿経営も最低限やって逃げ出すための魔術具の準備や神殿の防備、お米の生産などやることはたくさんですが充実していると言っていい時間が過ぎていきました。

 

 

 

 


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