お互いのアウブが境界門周辺に集まります。魔王様も一緒に来ました。
本物のディッター。当然たくさんの人がはるか高みに上る可能性もあるし、なんでもありのウラノの世界でいう『せんそう』です。
当然、そんなディッターを行うのですから、契約魔術でルールを縛り、境界門の取扱いや平民等巻き込まないため移動できる区間や地域を限定したり事前にしなければならない作業がたくさんあります。
礎を取り合う争いなので、お互いの城まで平民を巻き込まないための避難する期間や、また礎を取らなくても終了する条件、ディッターの制限時間など決めることは盛りだくさんです。
すでにディッターが始まっているかのような緊迫した雰囲気で話し合いが続きます。
どうやったらこの流れを止められるだろう。こんなの想定外だよ。
というかアーレンスバッハを滅ぼすつもりなの。
当然私なんかが考えても、いい方法なんて思い付くはずもなく話し合いが続いていきます。
そもそもなんでこの領地のために私は頑張っているのだろう。
もう知らない!
私の頭の中で突然堪忍袋の緒が切れた音がしました。いきなり乱暴に音を鳴らして立ち上がった私に注目が集まり静かになるのがわかります。
ゆっくりと息を吐いてから怒りの表情が表に出ないように気を付けながら話し始めます。
「ねえ皆さま、本物のディッターの前に余興でもしませんか?」
「余興とは何をする気だ。」
当然、周りはこんな状況で何を言い出すのかという雰囲気で困惑が広がります。
「ダンケルフェルガーの書籍では本物のディッターの前に少人数で神に奉納する戦いというものをしていたと記録されております。」
私は、そこで戦い前の殺伐とした雰囲気になっている周りを見回します。
「本物のディッターの勝者の願いが正しく叶うよう、神聖なる儀式を行いましょう。」
もう、覚悟を決めるしかありません。
「フェルディナンド様、エーレンフェストの魔王と称される方、わたくしのお誘い受けてくださいますか。」
「ローゼマイン様、アーレンスバッハに舞い降りた天使と称される方、そのお誘いをお受けしよう。」
何を勝手なことを、勝手なことするなとか周りに言われます。
「只の余興でございます。」
怪我をしたり戦闘不能になれば戦線離脱できるとか考えていないよ?
「これは、本物のディッターを行う前に神に捧げる神聖なる儀式です。神殿の関係者たるわたくし達が行うべきでしょう。」
神聖なる儀式か...。など回りは困惑している模様です。
「エーレンフェストとしては問題ない。お請けしよう。」
さすがは神殿文化の最先端エーレンフェストです。儀式とつくものに理解があります。
「ローゼマイン、勝敗はこの後に影響しないのだな。」
「勝った方が神々のご加護が得やすくなるということがあるかもしれませんが大勢に影響はございません。」
「わかった、アーレンスバッハも了承する。」
両アウブの了承も得られて儀式を行うことが正式に決まりました。
一度儀式の準備と言う名の戦いの準備に向かう前にお願いしておかなければならないことがあります。
「アウブ、これから行う儀式に関して契約をすべて無くしていただけませんか。」
「仕方がない、これから行うフェルディナンドとの戦いについてに限り当初の従属契約以外の一切の契約を一時凍結する。また、戦いが終わり戻ってくるまで境界に関する制限も解除する。なので戦いが終わった後必ず戻ってくることを約束しろ。」
「ありがとう存じます。お父様。」
さて、準備が万端とは口が裂けても言えないけどやれることをやるしかないね。
「戦いの神、ライデンシャフト並びに戦いの神の眷属に捧ぐ。ディッターの前の奉納の戦。我々の勇姿をどうかご照覧あれ。」
はぁ、さてライデンシャフトの槍を使って始まりの儀式を終えるとウラノの世界でいう『ぜんしょうせん』開始です。
とりあえずやらないよりましだよね。フェルディナンド様に物量が通じるかは不明だけど、持ってきておいてよかった。
神殿護衛用に、大量生産したんだよ。50体も。
件のターニスベファレンを大量に狩った材料でね。
これで押しきれればなぁと期待していたのだけど...。
ええ、何度目をこすっても目の前の光景は変わりません。
フェルディナンド様の周りに100体ほどのシュミルの魔術具がいきなり姿を現しました。
シュミル100vs
え、なんで、どこに隠していたのフェルディナンド様。
ああ、もう、魔術具に祝福かけてもあまり強くならないのは実験済みだけど、魔力補給にはなるし。
「風の女神 シュツェーリアが眷属 疾風の女神 シュタイフェリーゼの御加護がありますように」
ふふ、ウラノの世界の『うさぎとレッサーパンダの戦いってふぁんしー』だね。なんて言っている場合じゃない!
はぁ、やっぱりだめだ。一体一体の性能だけなら勝っているかも知れないけど2倍差とか卑怯だよフェルディナンド様。しかも必ず複数で叩かれているし。レッサー君ごめん。
材料を惜しまなかった為かかなり健闘してくれたと思うけど...レッサー君軍団が壊滅しちゃった。
壊滅して残ったのは手元に残していたシュミルタイプのみ。とりあえずライデンシャフトの槍を持たせてみるも少しの時間稼ぎにしかならない。シュミルタイプは作ってもレッサー君タイプより汎用性は高いけど、戦闘だけで見るとなぜか強くならないんだよね...。
どうしよう、とりあえず、
「ゲッティルト」
風の盾を 我が手に
後残り数体だし、シュツェーリアの盾なら防げるよねって、ああ!しまった全然止まらないよ。当然だよね、魔術具に意思なんてないもの。
うわ!もう目の前。イヤ!
『水鉄砲』
水鉄砲で乱れ撃ちしますが全然残りが減らせないよぉ、フェルディナンド様のシュミル強すぎるよ。
結局取りつかれてひどい目にあいましたけど、お守りのおかげで何とかなりました。
でもお守りをかなり消費しちゃった。この後どうしよう。
まだ魔王様の戦闘用シュミルが残っていて、こっちを攻撃してくるし、魔力も補充しておきたいですね。はぁ、もう切り札を切るしかないや。
『グルトリスハイト』
『
服に仕込んでおいた金粉を使い、グルトリスハイトでごく小規模の国境門を召喚して強引に防ぎました。当然礎なしには、普通のやり方をしたら出せません。
「なるほど、手に入れているとは。」
フェルディナンド様が何かつぶやいた後、
「ラルツェ」
いや、なにあのライデンシャフトの槍!とんでもない魔力がこもっている!でも、国境門なら何とかなるよね。境界門を召喚した場合は門が空いたまま出てきますし、国境門の方が強度が高いので防げる可能性が格段に高まるのです。
想定していたよりも遥かにすさまじい輝きを宿すライデンシャフトの槍が飛んで来ます。
光で目の前がなにも見えなくなりました。
これってそこそこ本気を超えてるよね...。
耐えきれるのか不安でしたが、防ぎきれました。
私が仮に作った国境門の周りは文字どおり地面しか残っていません...。一歩間違えれば私もこの光景の一部になっていたのかと考えると怖すぎます。
魔王様の容赦なさは相変わらずのようです。
でも、これで少しは、時間稼ぎができるかなぁ。さっさと回復薬で魔力を回復っと。
『グルトリスハイト』
え、フェルディナンド様、やっぱり持っているの!?
『
え、ちょっと待ってよ。やっぱり持っているにしても勝手に解除なんてできるの!?
強引に開門させるというのは想定していましたがさすがに門ごと解除されるというのは想定外です。
フェルディナンド様が突っ込んでくる怖い、怖い怖い!
「ゲッティルト」
風の盾を 我が手に
何も考えずに、シュツェーリアの盾出しちゃったけど、何とか防げ...。
『フィンスウンハン』
嘘でしょう、しまった、当然闇の神のマントなら魔力を吸って盾の効果を無効化されてしまいます。
『グルトリスハイト』
私がグルトリスハイトで再度、国境門を召喚しようとするけど、当然解除されるので..。
「グルトリスハイト2番!」
そう、フェルディナンド様への最終対策。グルトリスハイトを魔紙で複製し、ある程度自動で魔法陣を起動させたりできるようにしたもの。
でも、耐久性はほとんどなく、使い捨てのようなものだから、使用できる状況は非常に限られるのだけど。
はぁ、何とか止まったよ。魔王様止めるとか、ウラノの世界のムリゲーというか命の味しかしないよぉ。
「まさか複製してくるとはな。」
まさかの魔王様を驚かすことに成功したようです。
「グルトリスハイトもただの本です。」
ただの魔力を纏わせた本の一種だから複製できないはずがないしね。
「だがこれで終わりだ。」
え、いきなり後ろから戦闘用シュミル!
いつの間にか穴を掘らせてというか、まさかずっと設置していたの!?
まずい、お守りで何とか...。
『
うわ!もうやだライデンシャフトの槍を何とか防がなきゃ。
槍自体ならマントに隠れないので、シュツェーリアの盾に魔力を込めます。
魔王様の攻撃が強すぎます。怖すぎます。
僅かにでも、気を抜けば先ほどの国境門の周りと同じことになるでしょう。
相当押されて盾が解除されますが何とか防げました。さきほど魔力を回復していなかったら間違いなく終わっていました。
少しくらい手加減してほしいものです。死んじゃう!
「どこを見ている。」
いつの間にか、フェルディナンド様がすぐ横に来ています。
「グルトリスハイト3番!」
あらかじめ準備しておいたありったけの魔紙をグルトリスハイトに魔力を流し起動させます。
いやね、準備さえできていればこれを使わなくても同じ効果を発揮できたのですが...。
ことが起こる直前まで少しのんびりできるななんて考えていた私が恨めしいです。
でも、この至近距離なら。
私が魔法陣を起動させたのを見てフェルディナンド様が薄く笑っている!手に持っているのは魔紙かな?でもたった一枚だけで...。
普通に防がれたようです。
どうなっているのでしょうか。準備不足とはいえ魔法陣一つで防げる攻撃をしたつもりはないのですが。もう無理です。出来ることは全部やりました。
この後に何か衝撃を受けましたがどのようにされたのかは全くわかりません...。
はぁ、少し意識が飛んでいたようです。
今ですか?フェルディナンド様に倒されたようで、槍を突き付けられています。
絶対絶命のはずなのですが、落ち着いているのはなぜでしょうか。
槍を突き立てられているのに、戦闘中よりよほど怖くないのは感覚が麻痺しているからかな?
殺気というものがあるのなら、それを感じないからでしょうか。諦めと言った方がいいかもしれません。
「相変わらず愚か極まりなし、戦いという場でろくに動けない君が私に勝てる理由がないだろう。」
うん、知っています。魔王様に勝てる人なんてどこかの勇者位なものです。きっと。
「加えて、切り札であるはずの魔紙の情報や図書館のシュミルの情報を流すなんて、君は本当に愚かだ。」
一番愚かなのは、勝てないと知りつつ挑んでいる私だから当然なのだけど。
「そもそも君の強みは、祝福で他人を強化することだ。君一人では大したことができるはずないだろう。」
ごめんなさい、そこまで信頼して私の戦いを預けられる方が今のアーレンスバッハに存在しません。
まぁ、フェルディナンド様を敵に回すということがどういうことか少しでも周りの認識に刻み込めればそれでよかったのだけどね。
少しはわかってくれるよね。きっと。分かってくれないとなると、どれだけの方がはるか高みに上ることになるか。
はぁ、まあいっか。私頑張ったよね。もう疲れたよ。
「私は降伏しますけどどうします。フェルディナンド様のお好きにしてくださいませ。」
なんで私の心のゲドゥルリーヒであるエーレンフェストと戦わないといけないの。
「余興なのだろう。面白いものを見させてもらったか今回は見逃してやる。さて、もう一度会議だ。」
まぁ、いろいろ興味深いことが多かったのは確かですが。
「...後悔しないでくださいませ。」
負け惜しみくらいは言っておこうっと。
「君程度では相手にもならん。」
まあ、そうですよね。
悔しいですが、魔王様相手にこれだけ持ったのですから少しは成長しましたよね。
準備不足で勇者でも何でもない私が魔王様に勝つなんてウラノの世界のムリゲーだよね。
「何をしている、さっさと起きろ。」
ごめんなさい、魔力切れと体力の限界を超えすぎて指一本動きません。
魔法陣と魔術具のお陰で辛うじて意識をたもっているだけ...。
フェルディナンド様に肩に担ぐように運ばれ、意識がほとんど飛んだまま再度会議場へ戻ります。お姫様抱っことまでは言いませんが、せめて女性を運ぶ時くらい丁寧にやさしく運んで欲しいものです。ただでさえ意識が落ちかけているのに頭がゆらされてくらくらします。
会場は先程までの言い争いやルール決めの話し合いをするでもなく静寂に包まれています。
私ですか?体が全く言うことをきかないのでフェルディナンド様の後ろの方に降ろされ横になっています。一応布は引いてくれているようです。
戻ってきてから少しの時間がたっても沈黙が支配し誰も一言も話しません。
「話し合いは一時中断する。アーレンスバッハもそれでいいな。」
しばらく続くかと思われた沈黙を破ったのは魔王様でした。魔王様の威厳と言うやつでしょうか。僅かながら回りの人たちがガタガタと震えているように感じるのは気のせいでしょうか。
辛うじてお父様が「...ああ」と答えて話し合いが中断します。
無理やり魔術具で意識だけはなんとか保っていましたが、とりあえず中断したのなら無理に起きている必要はないでしょう。
少し休んで体がほんの僅かに回復したので、頭の魔術具を切ります。次の話し合いまでに起きられるかなぁ...。
意識が完全に落ちる前にとてつもなく苦い物が口に入ってきたように感じましたが、気のせいですよね。
気がつけば朝のようです。起きたとたん口の中がものすごく苦く水を持ってきてもらいます。
何とか落ち着いて、側仕えの方に確認して見るとフェルディナンド様との戦いは昨日のことのようです。薬を飲めなかったので少なくとも3日は起きられないと思っていたので驚きです。
飲んだところでまる1日以上は起きられないはずなのですが半日で起きられるとは。誰かが薬を飲ませてってこんなふざけた薬作る人は一人しかいません。相変わらず優しさの一欠片もありません。
頼んでもいないのに飲ませてくれたのが優しさですか?回復するかの実験程度にしか思っていないと思いますよ。今まで飲んだ薬の中で半日以上たっているにも関わらず後味が消えないとか最悪の味でした。
起きたとの連絡がいったらしく、わざわざお父様がこちらに来ました。
「体調は大丈夫なのか。」
「お陰さまで無理をしなければ大丈夫です。少し頭が痛いくらいです。」
いえ、ここまで回復したことだけは素直に感謝しますよ。村のブレンリュースの実を煮詰めまくった味も僅かにありましたし使われたと思われる素材を後味だけで考えてもとんでもない薬であるのは間違いがありません。
「お父様、申し訳ございません。やはりエーレンフェストの魔王様にはそれなりの準備では戦いになりませんでした。魔術具も魔紙もほとんど今回の戦いで使いきってしまったので次の本番のディッターでは、わたくしにできることはありません。」
「もともと話していた通りお主を戦場に出す気はない。させるにしても祝福と癒し以外をさせるつもりはなかった。」
そんなことを言われても、もし本物のディッターがおこなわれるのなら総力戦になるのは目に見えていますし、魔王様を敵に回す以上は僅かな戦力だろうと総動員しなければならない事態になるのは目に見えています。
「もし、エーレンフェストとディッターを行うのなら、必ずエーレンフェストの魔王様を動かさせないようにしてくださいませ。とは言っても魔王様が恐ろしいのはその個人の戦闘力だけでなく指揮、策略が優れていることにあるのですが。」
「さしずめ、生まれてくる時代を間違った英雄といったところか。厄介なんてものではないな。」
「伊達に魔王なんて呼ばれておりません。ただ、魔王様のことを考えるとこのような些事に出てきたことには驚きです。」
「些事だと?」
「聞かれれば助言等はしますが、自ら仕事や素材集め以外に神殿から出てくることは滅多にない方なので、今回の儀式も断られることも覚悟しておりました。」
この後、如何に魔王様が危険か説明します。
戦うならば、最悪魔王様一人の為にそれなりの人数でを止めに行かなければならないわけで。それも倒すためではなく足止めするためだけに。それで止まるかは甚だ疑問ですが。
そうなると、さすがに劣勢にならざるを得ないでしょう。エーレンフェストは魔王様以外にもボニファティウス様もいるし。
「フェルディナンドがお主以上に規格外と言うことはこの間の戦いでよくわかった。作戦を練り直す必要があるな...。」
結局、この後の話し合いで、一端ディッターは中断となりしばらく今まで通りの関係を維持するということになりました。
ここでの本物のディッターは幻となり、両者共にここでのことについて、口をつぐむことになります。
グルトリスハイトについては何が起こっているのか周りにはよくわからなかったようで、戦いがあったとだけの認識のようです。
特に追及されることがなかったので、その認識で間違いないはずです。
本物のディッターさえ行えれば勝とうが負けようが帰れたかもしれないのに...なんて思ってはいけないよね。
魔王様と戦うなんて土台無理な話です。何度書いても戦闘描写は難しいです。
ついでにこの話の大本はこの作品の1話を書く前からできていました。ただのケンカのお話だったのですけどね...。戦闘描写がおかしいとか、グルトリスハイトは知識の塊で呪文を唱えるのに関係ないとかいう設定もあった気もしますし、いろいろおかしいかもしれませんが見逃してください。