礎の魔力供給も終え、神殿の神事の中でも特に忙しい神事である祈念式も終わり、ランツェナーヴェのお出迎えまでいつもの年中行事以外特にすることがなくなりました。
政務の手伝いも特にいらないとのことなので、夏の洗礼式の準備まで終えてから、お米など生産したり、農業用シュミルやレッサー君を生産したりしました。
アーレンスバッハに来てから初めてといっていいくらい久しぶりにのんびりと神殿で羽を伸ばしていたのですが、その知らせが入ってきたのは突然でした。
「境界門のまえで、エーレンフェストの貴族が武装して占拠いるとはどういうことですか!」
なんでも、エーレンフェストの騎士がアーレンスバッハと繋がっている境界門の前を占拠しているとのことです。
そうはいっても今はエーレンフェストとアーレンスバッハの境界門はアウレーリアの結婚を期に両者ともに通り抜けこそできるようになったもののとても厳しい審査があり人通りは少ないのであまり影響はないとのことですが。
「なんでも、アーレンスバッハより拉致しようとする者が絶えず、加えてアーレンスバッハに無理やり拉致され隷属化させられているエーレンフェストの聖女を返せとと主張しているそうですよ。」
だから、エーレンフェストの聖女とは何なのでしょうか。はた迷惑な存在です。旧ベルケシュトックの方が以前に言っていたことが正しいのなら私のことらしいのですが、ほとんど心当たりがありません。
とはいえ、ライゼガングの方々が暴走したなら上級貴族一人のために動いたとしても不思議ではありません。なんにせよ、エーレンフェストとの争いなんて冗談ではありません。なんとしても止めなければなりません!
急いでアウブに連絡を入れます。お父様も私を呼び出そうとしていたらしくすぐに向かいます。
「さて、お主の耳にも入ったようだが、エーレンフェストの騎士どもが境界門の前を占拠しているとのことだ。このまま放っておくわけにもいかないのでゲオルギーネが交渉のため軍を率いて向かっている。」
エーレンフェストとの領界沿いにはゲオルギーネ様の支持者が多いのでその関係でしょう。
「アウブ、ゲオルギーネ様のエーレンフェストへの恨みはそれはもう深いものです。まさかとは思いますがエーレンフェストと争いを起こす気ですか。」
「こちらは争いなど望んでいない。だが向こうから仕掛けてくるなら別だ。こちらは大領地だ。当然引く理由はない。」
「アウブ、わたくしを派遣してください。知っての通りわたくしはエーレンフェストの者です。わたくしが説得すれば余計な争いを回避できる可能性が高まります。」
「ならぬ。それにまだ争いになるとは限らん。状況は逐一伝えてやるから今日の所はこれで帰れ。」
「...わかりました。ご命令には従います。ですが、状況が動いたらすぐに知らせてくださいませ。」
争いなんてことにならないよね。きっと大丈夫だよね。命令には従わざるを得ないよ。
そこから数日争いが始まったという連絡はありません。
心配で眠れない日が続きます。万が一に備えていろいろな準備を急ピッチで進めようとします。
まだまだ準備が足りません。それなのに心配で手が動かなくなります。私が居ても立っても居られずにそわそわと落ち着かない様子なので、周りに心配をかけてしまっているようで心苦しいです。
そんな時、ゲオルギーネ様を中心とした軍とエーレンフェストはライゼガングの貴族が中心になった軍とのにらみ合いが続いているとの連絡が入りました。
「お父様!連絡を聞くだけでも悪い方向に進んでいます。わたくしを派遣してください。」
今回は連絡を入れても忙しいとか言われて少し時間がかかりましたがお母様を通して無理やり時間を取ってもらいました。
「ローゼマイン、あなたはいくらしっかりしていると言ってもまだ貴族院の低学年でしかないのですよ。」
「ですが、このままエーレンフェストと争いになるのは絶対にいけません。やれることがあるのにやらない理由にはなりません。」
「ローゼマイン、其方が何を言っても交渉の場に出すつもりはない。」
冗談じゃない。本当にこのまま争いが始まったらどうするつもりなの。
「お父様、お願いです。私にできることをさせてください。」
お父様はため息をついて...
「黙れ、そこに座って一旦落ち着け。」
たしかに、慌てすぎていたしテーブルにお茶を準備されているのにもかかわらず、椅子に座りもせずに話してしまいました。命令以前にこれでは無礼と取られても仕方がありません。
仕方なく心を落ち着けるために一度大きく呼吸をしてから座ります。
「ローゼマイン、今回ばかりは状況が好転するのを祈るしかありません。」
お母様、祈ったとしても良くはなりません。ゲオルギーネ様は状況を悪くすることしか考えていないでしょう。
今は命令で一言もしゃべれず、黙って座り続けお茶を飲むことぐらいしかできません。
そんな時に緊急のオルドナンツがゲオルギーネ様より届きます。
「アウブ、どうやらエーレンフェストは本物のディッターを求めているようですわ。私の一存では決めかねますし、エーレンフェストの総意かはわかりかねますので連絡をお願いしますわ。」
本物のディッター!?冗談ではありません。でも命令を受けている以上私は話すことはできません。態度で伝えるにしても二人ともこの件に関しては私の意見を聞く気はまったくないようです。
「向こうがしかけてきている以上好都合だ、受けるだけの話だな。」
「仕方ありません、中領地が大領地にしかけるなんてありえない事態ですが、そのあり得ない事態が起こっている以上受けるしかないでしょう。」
何言っているの!そんなことをしたらアーレンスバッハもエーレンフェストもただでは済まないよ。
「ローゼマイン、お主には辛いかもしれないがいい加減うるさくなってきたエーレンフェストを止めるにはいい機会なのだ。だから、お主には最低限しか関わらせん。黙ってみていろ。」
冗談ではありません、双方の利益が全くないこんなディッターを認めるわけにはいきません。
でも、話すことは禁止されているし...。
試作中で使いことなんてないと思っていた機能を追加したアインを使うしかありません。まさか、こんなことで使うことになるとは思いませんでした。
テストもろくにしていないけどお願いだからちゃんと動いて。私は心のなかで祈りながら額の魔石に魔力を通しある機能を起動します。
「おい!なにいってんだ。ふざけるんじゃない。」
いやあ!やめて、シュバルツ、ヴァイスについていた思考を読み取る機能を起動させ代理でしゃべらせてみたのですが喋り方も丁寧にできないし思った通りに話してくれないのです。
「ばかなのか、エーレンフェストに手を出してただで済むわけがないだろう。アーレンスバッハを滅ぼしたいのか。」
本当に止まって!そこまでひどくは思ってないよ!心の底では思っているけど...
私はそんなこと思っていないよという感じで慌てている顔をして首を振りながら訴えます。たぶん涙目になっているかと思います...。
お父様が改めて私とシュミル型の魔術具を見た後ため息をつきました。
「まったく、お主は変なものを作ってくるな。わかった。話すのを許可するからそのシュミルを止めないさい。」
「ありがとう存じます。お父様。試作品のためうまく私の思っていることを言語化できないのです。」
「人形が言ったことなど本気にするほど器が小さいつもりはない。」
「ふふ、驚きましたわ。どのように思考を読み取らせ同調しているのか気になりますが今は置いておきましょう。」
お母様はやっぱりドレヴァンヒェル出身の方ですね。発言よりも機能が気になるとは。
「お父様、改めてお願いします。わたくしをエーレンフェストの境界門に向かわせてください。ここで争いをするなど両者にとって良いことではありません。」
「お主は良いことなどないというが、エーレンフェストのわずらわしさが取れるならば悪いことではない。ましてやこちら側ではなく向こうから仕掛けてきているのだから悪いことなど一つもない。」
「わかりました、では、この話を受けてくれるなら奉納式で10個小聖杯を余分に満たしましょう。これならば王族等に恩も売れて文句ないでしょう。」
利益があればいいのでしょう。魔力不足の今ならこれだけ出せればそれなりの利益は出せるはずです。
「ふむ、20個ならば考えてやる。ただし、交渉がうまくいった場合のみでよい。」
なんでそんなに争いがしたいの!?わずらわしいぐらいで争っていたらきりがないじゃん。
「わかりました。それでは今から向かわせていただきます。エーレンフェストの者との接触許可と境界門を超える許可をお願いします。」
「境界門を超える許可は出せん。エーレンフェストの者との接触は許可する。」
「お父様、接触許可ありがとう存じます。今から向かわせていただきます。」
「気を付けるのですよ。正直私は向かうのは反対です。ですが仕方がありません。エーレンフェストよりもあなたの方が大切なのですから無理をしてはいけませんよ。」
気持ちだけは受け取っておきます。ああ、急がなきゃ。なんでこんなことになってしまうの。
急いで向かったので境界門までその日のうちに移動します。境界門の近くまで着くと両者が境界門を挟んで向かい合って今にもぶつかり合いそうな緊迫した雰囲気が伝わってきます。
「あら、ローゼマイン。どうされました。アウブよりいきなり向かうと言われて驚きましたわ。相変わらず貴族らしくなくあわただしいこと。」
これが落ち着いていられるわけないでしょ。ふざけないでよ。
「そんなことよりゲオルギーネ様、どういうつもりですか。争いを止めに来たのではなかったのですか。」
「あら、あなたのような小娘には難しいかもしれませんけど、エーレンフェストが勝手に仕掛けてきているだけですわ。それを利用しないわけないでしょう。」
「本当に、それを利用することがアーレンスバッハのためになると思っているのですか。」
絶対思っていないでしょ!わかっているんだから。
「あらあら、怖いわね。表情はあまり変わらなくても怒っているのは良くわかるわ。もっと感情を隠さなきゃだめよ。」
「そんなことより話し合いをします。ゲオルギーネ様もアーレンスバッハ代表として付き合ってください。」
「あら、このような状態でどうやって話し合いに持ち込むつもりかしら。」
それはこうやってです。
「シュトレイトコルベン」
フェアフューレメアの杖にシュタープを変化させます。
こんな小娘が一人近づいたくらいでいきなり戦闘にはならないでしょう。
私は堂々と対峙しあっている中心へ向って歩き境界門の境まで行きます。
両者ともに困惑しているのかとりあえず攻撃してくる気配はなさそうです。
一部の方が我々の聖女ではないかだとか言っているように聞こえます。私が聖女なわけないでしょう。
余計な声は意識して無視して、以前ハンネローレ様とやった範囲拡大の魔法陣と鎮静化効果を上げる魔法陣を描きます。
「我等に祝福をくださった神々へ 感謝の祈りと共に 魔力を奉納いたします」
まあ、初見では何が起こったかわからないでしょう。
周りの今すぐにでもぶつかりあいそうな緊迫した雰囲気が一気にしぼんでいきます。
私は、声を拡散する魔術具を出してエーレンフェスト側へ呼びかけます。
「エーレンフェストの代表者、話し合いをする気があるなら2名で中央まで来なさい。こちらはゲオルギーネと、わたくしローゼマインがでます。」
アインに椅子と机を用意させて先に座って待ちます。
先に座るのが無礼?知りませんよ。こんな争いをしようとしている人たちに敬意なんて払えません。と思っていたのですが...。
出てきたのはギーベライゼガングとライゼガングの長老、私のひいおじいさまの弟さんですね。思いっきり親戚です。養子後はひいおじい様なのですがややこしいですね。方やギーベは以前の義理のお父様なわけです。
どうにもライゼガングにいた期間が短いので家族というよりもとても離れた親戚と言う感じが強いのです。ですが、とても良くしていただいたの方々なので悪く思えません。お願いだから私のためだけにこんなこと起こしたとか言わないよね。
「火の神 ライデンシャフトの威光輝く良き日、神々のお導きによる出会いに祝福を祈ることをお許しください。」
領主候補生からギーベに向かって挨拶をするとかありえませんが、初対面であるということを全面に押すためには仕方がありません。
「おお、マインよ。そのような他人行儀な挨拶をやめておくれ。」
ひいおじい様、私だって心苦しいのですがそう言うわけにはいかないのです。
「...マインとはどなたのことを言っておられるのですか。わたくしはアウブアーレンスバッハの子ローゼマインです。シュラートラウムの訪れにはまだ早いのではございませんか。」
「おお、わしは悲しい。かわいいひ孫のマインに他人行儀にされるなどはるか高みよりお迎えが来てしまいそうじゃ。」
この場で本当に迎えが来たら争いが止まらなくなるからやめて欲しいなぁ。というか寝たきりであるはずのひいおじい様がなんで元気にこんなところまで交渉に来ているのでしょうか。
「それで、わたくしは今回神殿の者として両者の意見をお聞きするためにここへ来ました。エーレンフェストの主張をお聞かせくださいませ。」
まだ、マインマインと言ってきますが...ええ、私だって否定したいわけではないのですか。なけなしの心で踏ん張っているのですよ。
どう言われてもこの場で私がマインであると認めるわけにはいきません。契約は絶対なのです。ぐすん。
ライゼガングの主張を要約すれば、何度も拉致や犯罪者を送り込みあまつさえ私を拉致し他にも何名も拉致されそうになり反省の色も見せないアーレンスバッハを絶対に許せないと。
特に、領主候補生にまでなっている私を従属契約で縛り拉致を正当化しているなど言語道断とのことです。うん、素直にそこまでしてくれるのは個人としてはとてもうれしいですが、もっと穏便な方法を取ってほしいです。
「はぁ、そんな犯罪者は知りませんわ。そのような事件を起こしたのは本当にアーレンスバッハの者なのかしら。ローゼマインについては本人が言っている通りアウブの子なのですよ。領主会議でも罪はないものとするとツェントより采配が出ているのに何をおっしゃいますの。」
やっぱりカチンとくるよね。ほとんどゲオルギーネ様の関係です。間違いなく。やる動機があるのはこの人しかいませんし、ある程度実行犯は分かっています。
「ライゼガングの皆様、どうにもマインと言う子にずいぶんご執心の様ですが、仮にわたくしがその子だとしたらこのような争いを望むとお思いですか。」
よし、だいぶ動揺しているな。もう一押しすれば止められないかな。
「仮にも聖女とか呼ばれていたのでしょう。そんな聖女がたくさんの方をはるか高みへ誘うことになると思われる争いを望んでいるなんてとても思えません。もし、その子のせいにして争いを起こすと言うなら、わたくしがその子に変わりアーレンスバッハの神殿長として許しません。」
これで引いてくれないかなぁ。
「おお、なんとすばらしい。わしはお主のような曾孫を持てて幸せだ。だからわしに任せてみてておくれ。必ずエーレンフェストに戻して見せるから。」
「仮にも私のことを曾孫としてみてくれるのならはるか高みに上る方がたくさん出るような過激な方法はやめていただきたいかと存じます。」
「おお、もう方法がないんじゃ。アウブエーレンフェストは取り戻す気はないし我々だけでやれることをやるしかないんじゃ。」
まあ、実質一人のために争いとか正気じゃないよね。ジルヴェスター様が正しいと思います。
「いずれにせよ、一度軍を境界門から離れさせ後方まで引いてください。両軍の距離を離してから明日もう一度お話しましょう。まだギーベライゼガングからお聞きしておりませんし、あらためてじっくりとお話をしたいのでそれでよいですか。」
「わかりました。お祖父様一度戻りますよ。」
とりあえず、両軍が冷静になったため突発的な衝突は避けられました。話し合いがいったん終わるとゲオルギーネ様が何を考えているか読めない良い笑顔で一言つぶやいてきました。
「うふふ、頑張りますわね。ずいぶんと無駄なことをしますわね。」
無駄ってどういうこと?私がここにいる限りは争いなんて絶対に起こさせません!
さて次の日です。使者を送って時間を確認し境界門に再度集まります。
いろいろ話し合いが行われます。敵と離れて1日たてば感情的に落ち着くところもあるよね。今日はゲオルギーネ様が特に口出しをしてこないのが気にはなりますが。
「わかった。確かにマインが争いを起こしてまで戻ることを望むとは思えん。ローゼマイン様、貴重な意見感謝します。目が覚めた思いです。お祖父様もそれでいいですね。」
一日たって落ち着いたのか、軍を引くような流れになっていきます。まあ、現ギーベはもともとあまり乗り気ではなかったようにも見えますが。
ようやく事態が終わりそうな流れになったところで、ゲオルギーネ様がおもむろに口を出してきます。
「あらあら、困りましたわね。ライゼガングともあろうものがその程度とは。ずいぶん身内に冷たいのね。」
このようなタイミングで何を言っているのでしょうか、ゲオルギーネ様は。
「ええ、昨日は否定しましたがここにいるのはあなた方がマインと呼ぶ人物とそこのローゼマインは同じという認識で間違いないですわ。わたくしの知っている方が拉致を命じアーレンスバッハに連れてきたのですから。」
「なに、罪を認めるのか!許せん。」
「皆様落ち着いてください。ゲオルギーネ様もシュラートラウムの訪れにはまだ早いのではございませんか。」
「あら、面白いことを言いますわね。あなたも私達のことをゲドゥルリーヒを奪われたエヴィリーベのように感じているのでしょう。」
私が慌てて何とかこの場を納めようと口を開きかけた時に緊急のオルドナンツが届きます。
「ただいまエーレンフェストより本物のディッターの正式な申し込みがありアーレンスバッハはこれを受諾した。私もすぐに向かうのでローゼマインとゲオルギーネはそこで待機すること。」
アウブがここに来るの!というか受諾ってどういうこと!せっかく話がまとまりそうだったのになんでこんなことになるの!?
ゲオルギーネ様暗躍無双。ゲオルギーネ様からすると、このローゼマインのせいで原作では魔力が足りないところにつけ込んで得ていたと思われる領界沿いの支持もかなりなくなっていて、旧ベルケシュトックの支持が完全に消え失せているのに加えてエーレンフェストも粛清の所為で動かせる駒が少なくなってしまい、実は焦っているので無茶をします。