GS ヨコシマ IN HUNTER×HUNTER 作:OLDTELLER
「えーっと402番、横島っス」
2階の第1応接室の前に立って、ノックをしたヨコシマだが、ネテロの返事はなく、なぜか扉の向こうからは、ただオーラを伴わない殺気だけが帰ってくる。
「あれ? いないのか? オカシーな、部屋間違ったか?」
これがヨコシマ以外の受験生なら、誰であってもその殺気に気づいただろうが、この男にそんな達人レベルの感知能力があるはずもない。
(いえ、確かに中に居ます。どうやら試す気のようですね)
神眼のほうはネテロの思惑に気づいて、どこかに船内地図でもなかったかと、不審人物のようにあたりをキョロキョロ見回すヨコシマに告げた。
緊張の余り意味もなく不審人物になっていたヨコシマが、やっぱりここでよかったのかと安堵しかけたとき。
「入りなされ」
殺気を消さないままのネテロの声が、ヨコシマを死へと誘うかのように、ドアの向こうから招く。
「あ、やっぱりここでよかったんか」
試験で試されるのはあたりまえという先入観で、神眼の言葉の意味など考えようともしないヨコシマは、ハンター失格の無防備さで、うながされるままにドアを開けた。
「ちわーっス」
それなりに緊張はしているものの、まるで高校でセクハラをして教師に呼び出されたときのような気軽さで入ってくるヨコシマだ。
(うーむ、やはりコイツ一般人にしか見えんがのう)
ネテロはとぼけた顔で、常人には気づかれぬ潜めた殺気を発し続けながらも頭の中で首を捻っていた。
念を超える霊能力の性質のせいで、ヨコシマの膨大な霊気は感じ取れず、ネテロに見えているのは霊能力に変化しきれない残りカスのオーラだ。
当然それは制御もされず、ほとんど垂れ流しになっている。
文珠の効果で‘纏’が完璧以上にできた時なら、霊気と成り損ねたオーラも完璧に制御され、それなりの念能力者に見えたのだろうが、効果が切れた今ではその精神性も含め、凡人にしか見えないヨコシマだった。
そのうえ、
ネテロも他の試験官も、ヨコシマを脅威とは思ってもいない。
彼らのハンターとしての勘も、ヨコシマは、抜きん出た人間の持つ“ 特別な何か ”を持たない人間だといっていた。
しかし、それでもネテロも修羅としての本性が、ヨコシマに“ 何かひっかっかるもの ”を感じさせていた。
だからこその殺気であり、その上での観察だ。
どんな演技の上手い者でも、戦闘者なら殺気に無意識で反応する部分がある。
それを読み取る事は容易い事ではないが、同じ戦闘者ならそれを読み取る事はできる。
そしてその反応を隠すことは、読み取る事よりも遥かに難しい。
大人と子供ほどの経験の差がなければ、隠しきれるようなものではない。
だから判別する者がネテロであるという時点で、殺気を感じ取れていないふりをできる者などいないという事になる。
つまりヨコシマは、魔族や妖怪や霊を相手の戦闘で何度となく死線を越え、その戦いの一つで愛する女を失ったというのに、未だ一般人並の感性しか持っていないのだ。
これはもう図太いとか無神経だというのを通り越した雑草のような凡人力の持ち主と言っていいだろう。
悲しみに浸ることはできても溺れる事のない
日常から離れ死に近づくことで、暴力を使いこなし破壊の力を操る戦闘者とは、真逆の
ネテロに判るのは、ヨコシマがハンターの価値基準からすれば、凡人以外の何者でもないということだ。
「まあ、すわりなされ」
背後にあまり上手くもない字で“ 心 ”と書かれた書と、その横には何の飾り気もない枯れ枝が生けられた円筒の一輪挿しとを背に、殆ど足のない座卓を前にして、6畳ほどの座敷席に座ったままネテロは、ヨコシマを観察しながら、向かいの座布団に座るように促した。
「はあ、これ最終試験なんスかね?」
少し緊張してはいたものの神眼に脅されたことを忘れてしまったかのように、ヨコシマは促されるままに座ると、口を開く。
脅しすぎたと感じた神眼にココに来るまでにフォローされたおかげだ。
魔人だとか言われてビビってしまったが、よくよく考えて見ればホンモノの魔族や神族相手に何度も渡り合ったのだ。
その事実を指摘され、だから恐れることはないといわれ、なるほどと思い直すあたり、神眼に完全に手玉に取られているヨコシマだった。
それに実物のネテロにも、ちょっと元気な爺さんくらいの印象しかなかったのもあって、いつもの調子に戻っていたのだ。
「まったく関係がないとは言わんが、まあ参考までにちょいと質問する程度のことじゃよ」
だから、好々爺の皮を被ったネテロが、そう言いながら、殺気を密かにぶつけてきても、やはり持ち前の緩さで、気づかずに受け流してしまう。
まあ、警戒していても静かな殺気を感じ取れるようなヨコシマではないのだが。
「まず、なぜハンターになりたいのかな?」
ヨコシマに“ 何かひっかっかるもの ”を感じたのは気のせいだったのかと半ば思い始めたネテロは、用意してあった質問を取りあえず口にする。
「いや、なんとなくっスかね。 資格持ってると色々便利らしいし。 いざとなったら売れるからって」
それにほとんど何も考えずに、身もフタもない理由を語るヨコシマに、ネテロの中の
運命の流れを暗い方向から明るい方向へと変える魂に染み付いた感染性があるギャグ体質が、ネテロを侵食していくのだ。
「なるほど……」
そういうハンターもいたら面白いかもと
「ひ──っ!! す、すんませんっ! すんませんっ!!」
ネテロの鬼のような形相にのけぞって座敷席から転がり落ちたヨコシマは、そのまま地べたに這い蹲ってペコペコと土下座する。
「言ってみただけでっ! 売りません、売りませんからっ!!」
もちろん、ネテロの本気の殺気を感じ取ったわけでもないし、なぜネテロが態度を急変させたかについても完全に勘違いしているヨコシマだった。
ネテロが怒りを向けたのは、
「ふぅ、……御苦労じゃった。 さがってよいぞ」
だからヨコシマのその情けない姿を見て毒気をぬかれ、ため息をつくと、残りの質問をする気も失せて、そう告げた。
(どうしようもない小僧じゃな。つきあっとるとハンターとして大事なものを根こそぎもってかれそうじゃわい)
なにげにヒドイ評価を下したネテロは、シッシとイヌを追い払うように、退室を促し。
一連のやりとりの意味も解らずに、ヨコシマは、そのまま、これ幸いに退散した。
ネテロが最低評価以下の印象値をヨコシマに持ったのは当然で、ヨコシマがネテロを避けようと考えるのも当然。
すべては当然の帰結を迎え、こうしてネテロとヨコシマともに不本意な形で面談は終了する。
これが面談ではなく一人のハンターとその天敵の対決だと本人達にも気づかれずに。
(試験の結果はともかく、この対決は勝利といっていいようですね)
そして、ただ神眼のみがこの二人の対決の結果を知り、満足していた。
ハンターの天敵であるこの能力の持ち主が、ハンターとなれるかどうか、それは誰にも判らない。