GS ヨコシマ IN HUNTER×HUNTER 作:OLDTELLER
「御乗船の皆様、第3次試験、お疲れ様でした!!」
「カラさん、俺の疲れた心と体を癒せるのは貴方だけですっ!」
「当船は、これより2時間ほどの予定でゼビル島へ向かいます」
「2時間あればゆっくり休憩がっ!!」
「ここに残った24名の方々には、来年の試験会場無条件招待権が与えられます」
「そんなものより、ぜひ、電話番号を!!」
「たとえ、今年受からなくても、気を落とさずに来年また挑戦してくださいねっ」
「来年まで待てない! ねっ、ねっ!」
(うっ、うっとーしーわ!)
他の受験生が警戒心によってどんよりとした雰囲気に沈むなか、ただひとりアナウンスをする自分の横で口説いてくるヨコシマに、カラは笑顔を貼り付けたまま、心の中でそう考えていた。
「それでは、これから2時間は自由時間になります。 みなさん船の旅をお楽しみくださいね!」
そういって、去ろうとするカラの後をそれでもヨコシマはしつこくつきまとっていく。
「そうっスね。 じゃあここは若い二人で」
お互いのプレートを奪い合うという4次試験の内容を3次試験の試験官リッポーから聞かされて、他の受験生が既に臨戦態勢なのに、ユルユルな雰囲気で話しかけてきたヨコシマに興味を持って、つい愛想良く名前まで教えたのがカラのマチガイのもとだった。
一見将来有望な大物に見えたヨコシマだったが、そんな誤解は話しているうちに簡単に解けてしまう。
いや、ヨコシマの小者オーラがその力を発揮したといったほうがいいだろうか。
ユルユルな態度は余裕かと思ったのはまったくの見当違いで、連れの女の標的が自分だったので、プレートを渡して自分は落ちる気まんまんだというのだから、愛想もつきて当然だろう。
サッサと仕事にもどろうとしたカラだが、女性に愛想良くされれば営業スマイルでもついついその気になってしまうのがヨコシマという男だ。
結果、カラは延々とヨコシマにつきまとわれることになっていたが、それもそろそろ限界に近づいているようでカラの笑顔はひきつっていた。
委員会の仕事なので愛想をふりまかなければならないのに加えて、肩を抱こうとしたり匂いを嗅がれたりのセクハラも笑って流さなければならないとくれば、それはイライラもたまるというものだ。
公平であるハンター試験の審査委員会に席を置く身としては、ここで受験生に攻撃を加えることはできないという思いと、これから2時間も付き合ってられるかという思いの狭間でカラは揺れ動いていた。
優柔不断な態度に、すっかり勘違いしたヨコシマはセクハラまじりのちょっかいをやめようとはせず、女の口説き方をしらない青少年の暴走を受け止めるほどカラは見た目と違い寛容ではなかった。
(そろそろ殴っていいんじゃねーの、あたし!)
結果、カラの爆発は寸前に迫っているようで、笑顔のこめかみには、ビキッと血管が浮き出ている。
(この女、俺にホレとるのにじらしおって、もうここはガバっといくべきか!?)
一方、ヨコシマはといえば久しぶりに年頃の女性に愛想よくされるという事態に舞い上がって、色々なものを見失っていた。
ヴェーゼは試験対策に集中していたし、本来、こういうときに止めるべきミューズも4次試験に入る前の休息で席を外しているせいで、ヨコシマを止めるものはいない。
(い、いけるッ!)
話しかけながらそーっと肩を抱き寄せようとしたときカラが笑顔のままふり向き、ヨコシマはサッと手をひっこめた。
もちろん、偶然ではなくヨコシマの動きをカラが察知したのだ。
とりあえず、口でキッパリと拒絶してダメなら殴ろうと決めたようだ。
「あの、ハッキリいってキモいので、どっか行ってくれませんか?」
真正面から見られてひるむヨコシマへ、カラは心底嫌そうな顔で追撃をいれた。
「うぐぅおッ!!」
遠回しに笑顔で言われた今までのカワし文句や無視と違う直接的な言葉の刃に貫かれて、ヨコシマは地面に沈んだ。
「…………何、落ち込んでるのよ。 あんたが振られるのなんていつものことでしょ」
サッサとその場を去ったカラと入れ違いに現れたヴェーゼが、そんなヨコシマになぐさめるような口調で声をかける。
「ヴェーゼさん、俺は、おれは~ッ!!」
その胸でなぐさめてくれといつものパターンでとびかかってくるヨコシマの顔に蹴りをめりこませて迎撃したヴェーゼは、そのまま何もなかったように話を続けた。
「ちゃんと、次の試験のルールの説明おぼえてる?」
似たような問題行動を起こし続けるヨコシマにすっかり慣れてしまったようだ。
ただのケリでは堪えないのが判っているので‘硬’での蹴りなのでヨコシマは血だるまになって地面に沈む。
「ててて。 ちゃんとオボえてますよ。 自分の受験プレートが3点。 くじで当たった相手の番号も3点。 それ以外が1点でプレートをとりあって6点で合格でしょう?」
しかし、数秒もせずあっさりと起き上がり、ヨコシマのほうも何もなかったようにヴェーゼの問いに答えた。
「でも、ヴェーゼさんはもう揃ったんだから今更どうでも──」
そういう顔は既に血の跡もないいつものゆるい顔だ。
「いいわけないでしょ! アンタが4枚プレート奪らなきゃいけないのに」
落ちる気まんまんのヨコシマのセリフをさえぎって、ヴェーゼはそこで爆弾発言をぶちあげる。
「ええっ!? じ、冗談っスよね!? さっき普通無理だって言ったじゃないっスか」
すっかり次の試験は逃げの一手だと考えていたヨコシマは驚きの声をあげた。
標的が自分だとわかったとき、こういう場合は普通に考えて狙われたほうが諦めてプレートを譲るパターンだと言われてプレートを譲ったのだから、それで終わりと思っていたのだ。
「普通じゃムリだから作戦を練ったんじゃない。 だいたい危ないのは一人だけで、後は手口さえ知ってたらザコでしょ。 で、危ないのには話しつけてきたから、371を取ったら渡すかわりにアタシ達は狙わないことになってるから」
しかし、ヴェーゼは最初から二人で合格するための手を考えていたらしく、さらりと言う。
「危ないのって、あの針男っスよね。 よくあんなのに声かける気になりましたね」
そう言われてもやる気になれないらしく、ヨコシマはなんとか話をうやむやにできないかと考え、301番の男について話題をそらしたところで、ふと思いつく。
(まてよ 何も本気でプレートを獲りに行かなくても、テキトーに逃げ回ってりゃ時間切れで……)
「あれはああ見えて取引は守るタイプみたいだからね」
そうと知ってか知らずか、ヴェーゼは答える。
「ええ。 無邪気で冷徹だけれど無駄なことはしない音ね。 暗殺者のメロディ。 キルアくんに少し似てるわ」
どうやら念能力で確かめたらしく、ミューズの声がヴェーゼの弁を保証した。
「へえ、暗殺者か。 そりゃ、狙われてたらマズイっスね」
サボる気になったヨコシマはその魂胆を見破られないように、底の浅い演技でふむふむとうなずきながら、神妙な顔をしてみせた。
「ミューズが全員の音をチェックしたから見つけるのは簡単よ。 だから探すふりだけして逃げまわろうったってムダよ」
だが、当然そんないかにも疑ってくださいというような演技が通用するわけもなく、ヴェーゼは逃げ道をふさいで、にっこりと笑いかけてくる。
「や……やだなあ! 当然っスよ!」
「そうよね。 ヨコシマくんがそんな卑劣なマネするわけないわよね」
「…………はぁ」
念能力を使わなくても内心がすけてみえるやりとりにミューズはため息をもらし、ヨコシマとヴェーゼの白々しい笑いは船上に響き渡っていった。