GS ヨコシマ IN HUNTER×HUNTER 作:OLDTELLER
キルア・ゾルディックは殺意に近い苛立ちに
きっかけとなったのは、ネテロとのささいな遊び。
ボールをネテロから奪えば勝ちという単純なゲームだ。
だが、単純故に身体能力が全てのそのゲームで片手片足しかつかわないネテロ相手に勝つ事ができなかったことがキルアのプライドを傷つけていた。
しかし、それはきっかけにすぎず、原因ではない。
暗殺者として地獄のような日々をあたりまえとして生きてきた事への自負。
殺し屋としての自分にしか価値を見出さない家族への
嫌いでもない相手を殺さなければならない仕事への嫌悪。
勝てないと思った相手からは逃げろという強迫観念。
逃げることが自分の心を殺すことになるのではないかという不安。
そういった本人も自覚していない様々な思いや情念がリミッターを外そうとしているのだ。
殺す相手は殺すべき相手だけで、無意味な殺しはしたくないという自戒。
そして、殺す気になれば別だという思いが湧き上がることを抑えられない苛立ち。
その二つの狭間で自分が苛立ち、殺意が溢れ出ているのだとキルア自身は感じているが、実はこの感情の源泉はそこではない。
それは一本の針から来ていた。
操作系能力の‘念’でキルアを操る針だ。
針は命令する、自らの身体と心を守れと。
傷つけられた暗殺者としての自信を取り戻すために、無意識に犠牲を求めキルアは汗だくになった身体を拭きもせず、上半身裸のまま、さまよう幽鬼のような顔で飛行船の通路を歩いていた。
今のキルアに出会うものは、不運としか言い様がない。
なぜなら、今この銀髪の少年と出会うことは、死神と出会うに等しいからだ。
そして、そういった不運が身近にあれば引き寄せられるのが、この男。
男の名はヨコシマ、念能力にまで昇華した悪運の持ち主だ。
寝る前に自分もシャワーでも浴びようとノコノコとやってきたヨコシマは、通路でキルアとバッタリと顔を合わせる。
「キルアじゃねーか。 まだ爺さんと遊んでたのか。 早く寝んと明日がキツイぞ」
ヨコシマはキルアが殺気まみれなのに、機嫌悪そうだなぐらいにしか思わずに、虎の尾を踏む。
「何のゲームだったか知らんがその様子じゃ負けたみたいだな」
びきりとキルアの額に血管が浮き出る。
もし、これがヨコシマ相手でなければ、キルアは爆発していただろう。
だが、小者オーラ全開のヨコシマであったことが、その爆発を止めていた。
プライドを回復させるには、キルアの目から見たヨコシマは、あまりに弱すぎた。
走りもせずに、バイクに乗って運ばれていたヨコシマ。
女二人にボコボコにされて、泣きながら謝っていたヨコシマ。
女の尻にしかれて、主人を待つ犬のように座っていたヨコシマ。
キルアから見たヨコシマは、とるに足らない雑魚以下の小虫だった。
まがりなりにもここまで実力でやってきた受験生ならともかく、そんなヨコシマ相手では弱いものイジメ以下になってしまう。
そういった思いがキルアを圧し止めたのだ。
「しょうがねーな。 ほらこれで汗ふけ」
そういってヨコシマは、持っていたナップザックから取り出したタオルを、キルアに投げるようにして渡す。
「で、ゴンはどーしたんだ? まだ遊んでるのか?」
「……ゴンなら、まだやるってさ」
あまりにユルイ態度のヨコシマを相手にしているうちに、苛立ちが収まってきたキルアは、受け取ったタオルで顔を拭きながら言う。
「ったく、ガキは遊びに夢中になると我を忘れるからな」
困ったもんだというふうに、やれやれと首を振るヨコシマだが、仕事だということも忘れて、ミニ四駆勝負で大騒ぎしていたのは、つい先頃の話だ。
「なんか、今は趣旨が変わって、ハンデだけでもなしにしてやるって燃えてたぜ」
ゴンの無闇に熱くなった様子を思い出し、キルアはあきれたような声で言う。
「なんじゃ、クールぶりおって。 おまえだってそんな汗だくになって今まで遊んでたんじゃねーか」
そんなキルアのプライドを、また逆撫ぜするような調子で笑い飛ばし、ヨコシマが頭を撫ぜようとする。
「ハッ! おまえ相手だったらこんなに時間かかってねーよ」
その手を振り払い、キルアがムッとしたように吐き捨てた。
「あー、わかった、わかった。 おまえはスゴイって」
「あ──ッ、腹立つ!! 何やったのかも知らないでいってんじゃねーよ!」
「ん? なんだそんな難しいことやらされてたのか?」
「────! よし、じゃあ、おまえもやってみろよ。 オレがじじいの役やってやるからさ」
子ども扱いするヨコシマに焦れていたキルアだがヨコシマが聞いたことで、いいことを思いついたという顔で、そう言い出す。
これを機会に、ヨコシマに自分との格の差と言う物を、思い知らせてやろうと思ったらしい。
ネテロに負けたくやしさは、ヨコシマに思い知らせてやろうという思いへと取って代わり、いつの間にか殺意に似た衝動はすっかり消え失せていた。
こうしてまた一つ暗い運命の流れはヨコシマによって打ち祓われることになったのである。
この後、めんどくさがるヨコシマを無理矢理引っ張っていったキルアが、ゴンとネテロの前でヨコシマを翻弄し、むきになったヨコシマが、サイキック猫だましを使ってまでキルアからボールを奪って、あまりの大人気なさに、ネテロはおろかゴンにまであきれられるのだが、それはまた別のお話。
霊気を感じ取れない彼らが、サイキック猫だましを閃光弾と勘違いしたせいで、子供相手にでも卑怯な手を使う小者という評価を決定づけたヨコシマのハンター試験は、まだまだ続くようであった。