GS ヨコシマ IN HUNTER×HUNTER 作:OLDTELLER
「まったく、アンタのおかげで依頼がまったくこなくて暇でイイわ」
少しもそんなことを思っていないと判るあからさまにイヤミな調子でヴェーゼがヨコシマを責める。
「除念は成功しても被害甚大なんて噂がたっちゃ、開店そうそうヨコシマGS事務所も廃業かしらね」
「そうね。 あたしのお給料もこの調子じゃでないでしょうし……このままじゃ借金のカタに売られることになるんでしょうね、きっと」
既にヨコシマが自分の除念費用を請求するつもりはないと判っているくせに、ミューズもヴェーゼにあわせる。
ヴェーゼが本気で言ってるのではなく、一ヶ月も仕事がないのに危機感もなく、自分達に鼻の下をのばして隙あらばセクハラをかましてくるヨコシマを少しイジメてやろうというつもりだと知っているからだ。
ミューズの念能力ならばそれくらいのことは簡単に判る。
常人にはとらえられない微かな音を拾い、そこから情報を引き出すのが彼女の能力だ。
現に今もヴェーゼの心音を、親愛と情愛の旋律としてミューズの耳はとらえていた。
ヨコシマのほうからはあいかわらず何のメロディーもとらえられないが、今はそれが無意識に発動した念の作用を無効化する能力だと判っている。
なぜならば、ヨコシマに始終まわりを警戒して能力を使ってられるほどの集中力やマジメさがないことなど能力を使わずとも推測できるからだ。
ヨコシマはつきあってみればわかるがかなり判りやすい男だ。
いいかえれば底の浅い男だが、まあ世の男の大半はそんなものだ。
煩悩まみれで小心者のお人好しな優柔不断のダメ男。
そんなヨコシマの本質は、能力など使わなくても人並みの観察力があれば判る。
初めはイキナリ襲われたこともあって、ヨコシマが自分のカラダ目当てで援けたのではと考えたが、よく考えればヨコシマが自分の今の姿を知っていたとは思えない。
能力を利用しようとしてというのも、あの時点で彼女の能力の詳細を知るわけでもないので、考えられない。
まして、下心まるだしで助手をやってくれれば除念費用などいらないと言い出す姿を見れば、それだけでヨコシマという男の大半は判ってしまう。
だから、今ではミューズ自身のメロディーも、ヴェーゼとアンサンブルを奏で、共に騒々しい楽曲を組み立てていた。
(さしずめ今の生活を例えるなら、狂想曲ね)
ミューズは、そんなことを考えながら、ヨコシマのほうを見やる。
「そんな~っ、もうカンベンしてくださいよ~。 俺も反省してるんスから」
へらへら笑いながら御機嫌取りにお茶を入れて運ぶ姿は、助手として美神事務所で働いていたときのままで、貫禄などどこにもない。
これが悪霊や魔物のあふれた日本なら所長代理として一時は活躍したこともあるヨコシマだ。
汚名返上のために手をうつこともできたかもしれない。
だが、ここはヨコシマからすれば異世界。
最近やっとコッチの文字をおぼえ、なんとか生活するのに充分な常識を蓄えている最中なのだ。
だから、商売はヴェーゼまかせ、知識はミューズに習いで、二人には頭が上がらなくなっているのだ。
もっとも、そんな事がなくても、年上の美女ならば媚びてしまうのがヨコシマなのだが。
「ホント、緊張感ないわね。 報酬とミューズからの謝礼金で事務所は開けたけど、この調子じゃ直ぐに資金繰りに困るわよ」
少しくらいのイヤミじゃムダと思ったのか、あっさりと嫌味さを引っ込め、ヴェーゼはヨコシマのいれたお茶をすする。
そう言いながらも彼女自身の懐は暖かいので今ひとつ言葉に説得力が欠けている。
「うーん、とはいっても仕事の斡旋所まかせじゃ、どうにもならんかと。 GS資格なんてないから、こっちじゃ信用は口コミでしか──」
それなりに色々と考えていたらしく、困ったように言うヨコシマの言葉をさえぎって、ミューズが新しい運命の扉を開く。
「それなんだけど、ヨコシマさん、ヴェーゼ。 ハンター資格をとってみない? そうすれば仕事も来やすくなるわよ」
「ハンター試験ねぇ。 ……チームを組めばなんとかなるかもね」
神々の誘導なのか、それともヨコシマの霊力によって導かれた因果律なのか、今まで危険度の高いハンター試験など受ける気になれなかったのに、ヴェーゼはそんなことを言い出した。
この何ヶ月かでヴェーゼは無意識のうちにヨコシマに頼るようになっていたので、そのせいもあるだろう。
といってもそれは愛犬に頼るような感情で恋人に抱くようなものではない。
つまり、ヨコシマを盾にする気まんまんのヴェーゼだった。
「ハンター試験? なんかの資格なんスか?」
しかし、そんなヴェーゼの魂胆を知らない呑気なヨコシマは、常識のなさをさらけ出しながら聞き返す。
この世界においてハンターは、世界で最も危険で有名な仕事だ。
それを知らないなどあり得ないと普通なら驚くところだが……。
「……あいかわらずの常識しらずね。 ヨコシマさんは」
「まあ、ヨコシマだし……しょうがないわよ」
ふたりはすでに憐れみの目でヨコシマを見るようになっていた。
「字もチャンと読めないから新聞も読めませんし、パソコンも使えませんしねぇ」
「そういえば、この前カキンって誰だとか言ってたわね」
異世界出身なのだからしかたないのだが、二人の中ではヨコシマは最低限の常識も知ることが出来ないような秘境出身の半猿人ということになっているようだった。
色欲昇華/ラストフィーバー。
神眼によってそう名付けられた念能力が誰にも知られていないせいで、いつの間にかヨコシマは性的禁忌の薄いエロ民族扱いされていた。
この能力は、煩悩の一つである色欲やコンプレックスを増幅し顕在オーラへと変換し、肉体能力を強化する能力で、ヨコシマの霊力が煩悩で充填されるのはこの能力のせいだ。
感情増幅の副作用として、極度の女好きになって色仕掛けに弱くなり、またライバルとなりそうな男、特に自分よりもてそうな男には警戒心や劣等感による敵意を抱きやすくなるという特性を持つ。
ヨコシマの能力をヨコシマより知っている神眼以外、誰も知ることはなくヨコシマにも自覚はない自動発動型の能力なので、本当の意味でこの能力は誰も知らないことになる。
その無知が幻のエロ原人ヨコシマをふたりの心に生み出した。
生まれのせいでエロ猿と化したかわいそうなひと。
その視線はそう語っていた。
「うああーッ! 見ないで──っ!! そんな目で俺を見ないで──っ!!」
あるかないか判らないような最後のプライドを砕く視線に耐え切れずヨコシマは叫んだ。
ヴェーゼに神様にさらわれて異世界から来たと言ったとき、ドン引きされて頭が不自由な人間を見るような視線を向けられた時も心が痛かったが、今度は二人分なだけに更にキツイ。
しかも、前は冗談ということにして収まったが、今度は無知と自分の行動の結果なのでどうしようもなく、ヨコシマはいたたまれない感情のまま、頭を抱えてもだえ転がっていた。
「……それじゃあ、二人分の応募カードだしておくわね」
「……ええ。 オネガイね」
そんなヨコシマを見ていられなくなったのか、スッと同時に醜態から目をそらしたミューズとヴェーゼは、そのままそっとしておきましょうとアイコンタクトをして話を進める。
こうして、ヨコシマの意見を聞かずして、なしくずしにヴェーゼとヨコシマのハンター試験受験は決められていくのだった。