GS ヨコシマ IN HUNTER×HUNTER 作:OLDTELLER
「あらためて名乗るわね。 あたしはミューズ・マールォディーよ。 ミューズでいいわ」
かつて名乗っていた仮初の名を捨て、本来の姿と名を取り戻した美女は微笑ってそう告げ、一転厳しい視線をヨコシマに向けた。
「あと、あなたの助手になるとは言いましたけど、愛人になるつもりはありませんから」
「ヴェーゼよ。 姓は捨てたわ。 こいつのマネージャー兼飼い主。 それにしても物好きね、こんなのの助手になるなんて」
騒動のせいなのか‘念’を知る故なのか、呪いの解けたミューズの姿をあっさりと受け入れたヴェーゼは、微笑をみながら名乗り返すと、躾の悪い犬を見る視線をヨコシマに向ける。
事情聴取の上、厳重注意というセッカンを受けた後も、そう簡単に許されはしないようだ。
まあ、情状酌量の余地がないのだからしかたがない。
ヨコシマは、しかたなかったんやーっ、いきなり美女が現れたからなどと訴えてはいたが、それで許されるなら性犯罪者はいなくなってしまう。
「あ、あああっ……! だんだんその視線が快感に……!?」
本気なのかオチャらけなのか、おおジルベールなどと意味不明の台詞を吐くと、ヨコシマは鼻の穴をふくらませ恍惚とした変態まるだしの表情で天に叫んだ。
どちらにしろすでに自分を見失うほどにトチ狂っている。
美女二人に蔑まれるという痛みから身を守る防衛本能が働いているのだろう。
「まあ、雇用契約のほうはあとで結ぶとして、助手って事はあなたが闇のソナタを弾くってことでいいの?」
それだと手間が省けるんだけどと、ヴェーゼはヨコシマから視線をミューズへ流しながら二人に聞く。
「…………」
若干、蒼ざめた美貌を強張らせながらもミューズはその問いにうなづく。
今ようやく取り戻したものをかつての自分が全てを失った日の光景。
自分の前で醜く変貌して死んだ友人と強烈な痛みとともに変わりゆく自らの姿を思い出しながらも、ミューズは戦う決意を表す。
(結界を張ってりゃ大丈夫ならそれでいいのか?)
そんな彼女の様子にうろたえ気味なヨコシマは、相変わらずの神眼頼りでお伺いをたてた。
頼る相手がいなければそれなりにキモを据えるのに、そうでないときはとことん他力本願な男だ。
(前にも説明したであろう。 楽譜についた念なら結界は要らぬ。 演奏で魔物を呼ぶ呪いなら文珠の結界にこもって現れたところで倒せばよい。 それは演奏者が誰でも変わらん)
一度説明したことをまたするのが面倒なのか、ヨコシマの情けなさが気に入らないのか神眼は不機嫌な声で返す。
「まあ、とりあえずその楽譜を見てみんことには判らないスけど、ひょっとしたら演奏しなくてもイケるかも」
ミューズの悲壮な表情をちらりと横目に見て、ヨコシマはへらへらとした笑いを浮かべると、ヴェーゼに向かって言う。
重い空気にならないように気を使っているつもりなのだろうが、傍から見ていると無神経なバカに見える。
長いつきあいになれば、この妙に不器用な気の使い方に気づくのだろうが、それまでにマイナスイメージが積み重なるのが、ヨコシマがモテないゆえんだろう。
「……それが本当なら雇い主に交渉してみるけど。 本当に大丈夫なの?」
現にヴェーゼは、ヨコシマのそんな気づかいを察したようだが、心配されているミューズのほうはそれに気づかず、期待半分不安半分でヨコシマのユルい笑顔を見ていた。
「んー。 まあ、たぶんスけど。 その楽譜が呪いのモトなら」
ヨコシマはあえてお気楽な調子でそう言うと、またヘラヘラと小者っぽく笑う。
「それに、そうじゃなくても結界を張れば身だけは護れますから」
「ん、いいわ。 じゃあそういうことで交渉しましょう」
少し考えてヴェーゼはそう決めるとミューズに顔を向ける。
「で、あなたはどうする? 一緒に行く? こいつの助手になるなら教師役の契約も見直さないといけないでしょうし」
「そうね。 千耳会のほうは大丈夫でも、こちらには話を通さないとね」
ヴェーゼの提案に、ミューズは冷静さを取り戻した声で、答えた。
仲介された仕事の内容はもともと闇のソナタの除念に対する協力なので問題はないが、ミューズの姿が変わったこともあり、雇い主への仕事内容の変更の報告と相談は必要だろうという配慮だ。
そういうことで、揃って雇い主のもとに向かったのだが、闇のソナタの除念さえ成功すれば細かいことはどうでもいいと、ほとんど話すことなく丸投げされてしまう。
ただし楽譜は部屋から出してはならないということで、三人は執事に案内されて、監視カメラと電子ロックに果ては催眠ガス噴出装置といった子供じみた警備システムさえ備え付けられた長い廊下を通って、展示室へとたどり着いた。
楽譜のある部屋に入りたくないのか執事は外に残り、部屋の中に入った一行を待っていたのは防弾ガラスのケースに入れられた十数枚の楽譜。
そして禍々しい霊気を放つ毛むくじゃらの魔物だった。
ネジくれながら牛とも羊とも狼ともとれない獣の頭から天を真っ直ぐに指すように伸びた二本の角。
カギ爪のついた人と獣の特徴を併せ持った手に、獣そのものヒズメのついた足。
確かな質量を持たない霊でありながら不気味な存在感を持った悪魔がそこにいた。
「うおっ!」
その姿を見てビクリと小さく跳び上がったヨコシマは、身構えると手に霊気を集中させて‘栄光の手’を発現する。
「────ッ!? 」
それにつられて身構える二人だが、悪魔の姿は見えないらしく、キョロキョロと‘凝’で室内を見回す。
(落ち着きなさい! ヤツは何もできないわ)
神眼の声が響き、ヨコシマはやっとその悪魔が自分達を見ていないことに気づく。
(それに霊圧をみなさい。 たいしたモノじゃないわ)
言われてみれば、その悪魔から感じる霊圧はせいぜい十数マイト。
文珠を使わずとも‘栄光の手’で倒せる雑魚レベルだった。
(誕生して数万年のこの世界の魔物なんてどんなに強くてもせいぜいこの程度よ。 数十億年の霊的進化を重ねた古の世界とはくらべものにならないわ)
「なんじゃ、驚かせやがって!」
ホッとしたヨコシマはその反動か、わはははと調子に乗りまくった笑い声を上げると‘栄光の手’をふりかぶる。
(待ちなさいっ!! それじゃあ──!)
そして神眼の制止も聞かず。
「弱いとわかればこっちのもんじゃ! くらえ────!!」
ガラスケースごと悪魔を両断する。
グォオオオオ!!
不気味な断末魔の声が響き、悪魔は消え。
「このバカ!! なにやってんのっ!!」
フルパワーのつっこみを受けたヨコシマは、床に叩き潰されるようにしてへばりつく。
「楽譜のことを考えないでどうすんのよっ!!」
あわてて、切り裂かれたガラスケースに近づき中を見るヴェーゼと、驚きに固まったミューズ。
騒ぎを聞きつけてやってきた執事と警備員を交えて。
この騒動はすべて楽譜の無事が確認されるまで続くのだった。