GS ヨコシマ IN HUNTER×HUNTER   作:OLDTELLER

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5. ヨコシマと呪われた楽譜。

 

 

 

「ご、五百万ジェニーっスか?」

「そう、闇のソナタっていう曲を演奏するだけでよ」

 

 ヴェーゼがその話を持ってきたのは、ヨコシマと彼女が出会って3週間ほどしてのことだった。

 

 魔王が作曲したといわれるいわくつきの独奏曲で演奏したものや聴いたものに災いをもたらすというが、情報によれば、それは‘念’によるものらしい。

 

「除霊しなくてもスか? でもそれだけヤバいってことですよね?」

 ごくりと喉をならしてヨコシマは緊張した様子でそう聞き返す。

 

 演奏者に死を。

 聞いていただけの者すら醜く変貌させたという話に、ヨコシマは完全にビビりまくっていた。

 本物の魔王とすら渡り合ったくせに、そういう怪談じみた話を聞くとおよび腰になるようだ。

 

「ええ。 演奏して無事だということが確認できたら更に1000万」

 実際は手付けに1000で終われば4000の合計5000万の仕事なのだが、残りは自分のものにする気のようだ。

 

 まあ、それでも時給250円でそれ以上に危険なところにとびこまされていた時のことを考えれば天国なみの待遇だ。

 

「で、でも、俺ピアノなんかひけないスよ」

 それでもヨコシマは、なんとか断る口実を引き出そうとするが、しばらく遊んで暮らしているばかりか、小遣いすらもらっているありさまなので、そう強くも出れない。

 

「そのためのレッスンはしてくれるそうよ。 ね、やりましょう」

 そんなヨコシマの腕を抱えて、ヴェーゼは横乳を押しつけながら止めをさしにいく。

 

「やりましょう、ヴェーゼさん!! 愛と正義と平和のために!」

 あっけなくオチたヨコシマの腕を引きながら。

(チョロすぎるわね、コイツ。 まったくしょうがないんだから)

 自分でそう仕向けておきながら、ヴェーゼはそんなヨコシマのことが心配になってきていた。

(これじゃあ、誰にでも簡単に利用されちゃうわね)

 

 ここ三週間の間に、ヴェーゼは自分の能力を使うことなしにヨコシマを完全に操るコツをつかんでいた。

 だが、それと同時に、ヨコシマのそばにいることによって自分も変わっていっていることにも気づいていた。

 

 生きるためなら他人を犠牲にすることもためらわない冷血の女王の姿はもうここにはない。

 それは、ヴェーゼが本来たどるはずだった死の運命から完全に外れた事を意味していた。

 

 だが、代わりにヨコシマが死の危険を冒すハメになるのは、やはり予定調和なのか。

 ヴェーゼにつれられ、新たな運命の開拓者は鼻の下を伸ばしながら、郊外の屋敷へとたどり着く。

 

ピアノのレッスン場所だという屋敷は、ある酔狂な富豪の持ち物で、その富豪がくだんの楽譜の持ち主らしい。

 

「それでは、ヴェーゼ様は、こちらへ。 契約書を御用意しました」

 そう告げる執事らしい初老の男につれられてヴェーゼは前金と契約書を受け取りに、ヨコシマはメイド服の大柄な中年女に連れられピアノのある部屋へと案内された。

 

(メイドかあ。 どうせならキレイなねーちゃんのほうがよかったんだが)

 そんな失礼なことを考えながら、メイドのおばさんの後ろについていくヨコシマだが、若いメイドにちょっかいだしてマズイことにならないようヴェーゼが手を回したことなど、当然知るよしもない。

 

「こちらで先生がお待ちです」

 ヴェーゼからヨコシマが異常な女好きだと吹き込まれたメイドおばさんは、無愛想にそれだけ言って去っていった。

 

 ピアノの教師は若い女性だったが、一緒にいてマチガイが起こるような相手ではないと思ったからだ。

 ハッキリいえば、女性というよりは男、男というよりは奇形といったほうがいい風貌の人間だった。

 

 後ろ髪だけのこして禿げ上がった頭に、ギョロリとした目玉、マンガに出てくるネズミのようにとびでた尖った前歯。

 

「うおっ!!」

 ヨコシマは扉を開けて、その女にあった時、驚きで身をすくめた。

 

「はじめましてセンリツよ」

 女はそういったことにも慣れているのか、固まっているヨコシマをスルーしてそう名乗った。

「あ、あんた、呪われてるんか?」

 しかし、次の瞬間ビビリ気味にヨコシマがそう言うのを聞いて、センリツは続けようとした言葉を呑み込む。

 

 ヨコシマが驚いたのは彼女自身にではなく、彼女に憑りついた怨念にだった。

 ヨコシマの霊視で見たセンリツの周りは、オドロオドロしい黒い影が、刻一刻と様々に不気味な形を変えて蠢いていた。

 

「わかるの? …………あなたの音が聞こえない。 不思議な人ね」

 センリツはポツリとそんなことをつぶやいて、じっとヨコシマの顔をのぞきこむ。

「とめようと思って来たんだけどあなたならどうにかしてくれるかもしれないわね」

 

 コッソリ演奏を止めさせできれば雇い主を説得して楽譜を回収しようとしていたセンリツがそう言った理由は二つ。

 今まで誰も判らなかった彼女にかけられた呪いを一目で見抜いたこと。

 そして彼女の念能力である聴覚による心理分析がヨコシマに通じなかったこと。

 

 前者はヨコシマが除念師であるといった情報からセンリツのことを知っていたからかもとも思ったが、それを試すべくした質問と共につかった能力を打ち消した後者は、目の前にいる小心でマヌケそうな若者が特殊な念能力を持っていることをハッキリと示していた。

 

 それならば、前者もまず間違いなく念能力だろう。

 

 本来なら人には聞こえないはずの心音をメロディーとして聞き、そこに秘められた感情や人格を知るセンリツの能力は、受動的である故に防ぐことはおろかそれと知らされるまでは能力を見破られることもない。

 

 ヨコシマが偶然にセンリツの過去と能力を知っていて、また偶然それを防ぐ能力を持っていて会う前にそれを発動させていたと考えるよりは、前者も後者も彼の念能力でパッシブで発動するものだと考えたほうが自然だ。

 

 センリツは情報系の念能力者らしいクリアーな推理で真実を見抜いていた。

 まあ、そうでなくてもヨコシマのわかりやすい態度で彼が他の人間には見えない怨念が見えるのは誰にでも判っただろう。

 

「だ、大丈夫なんか、あんた。 そんなもん背負って」

 心配そうに尋ねるヨコシマにセンリツは全てを話して救いを求めよう、そう決意していた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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