とある暗部の暗闘日誌   作:暮易

50 / 55
とある感想の変身で6月20日に更新できるってまぁたホラを吹いてしまいました。
すいやせん・・・まじ・・・。


本当はもっと次の話を長くイッキに書いてしまいたかったんですが、やっぱり私の不手際で妙に長くなってしまいましたので、ブツ切りにして投稿します。

次の話はなかなか書いてますのでひと月もお待たせせずにすむとおもいます!

次の更新目標は1ッ週間です!


episode36:猫耳猫目(キトゥニッシュ)②

 

 

 

 

 

 フライパンしかなかったが、これでも結構おいしく焼けるものである。

 あれやこれやと巧みに言葉を運び、安寿のインディアン・ポーカーを自前のカードとごっそり交換した後で、得意になった粉もの料理を披露してしんぜよう、と景朗は恭しく安寿に提案した。

 

 

「ウオ~ッ! ナニしてんの?! ナニしてんだッ!?」

 

 真後ろでドタバタと安寿が飛びはねている。

 猫のズシオウは迷惑そうな表情を隠しもせず、学習デスクの上に避難したきりめっきり降りてこなくなった。

 

 

「お好み焼きだって!」

 

 子供からすれば十分大人に見えるお兄さんが、何やら甲斐甲斐しくキッチンで料理を作ってくれているのである。彼女にとってはこれも一種の非日常、お祭り感覚になるのだろう。

 

「オンガクかけよっ!」

 

 安寿がかけた曲は、街中で流れている名曲だった。

 

 

「お、ARISAじゃん」

 

「知ってた! うん、グローリア! アリサめっちゃスキ!」

 

「めっちゃ流行ってるよなぁ、今日もやたら街で聴いたわ。俺もめっちゃ好きだけどさ……ARISAはマジですげーよ。皆聴いてる。すぐに有名になるよきっと」

 

 外を出歩くたびに、人間離れした彼の耳にはあちらこちらからARISAの曲が届いてくる。

 "人気がある"とネット上で自称する輩は枚挙にいとまがないが、彼女の歌声は学園都市で昼夜問わず響いていた。

 おかげですっかり景朗の耳にも馴染んでしまった。

 彼女の人気も実力も、ともに本物だろう。

 圧倒的な視聴者の数。それを自らの耳で実感できる景朗には、ARISAの人気がいずれ確固たるものに変わる自信があった。

 

 

 背後でテンション爆上がりの少女のキンキン声もBGMに付け加え、景朗は手を休まず動かしながら、思考を整えつづけていた。

 

 

 

 今すぐに、安寿を連れ去って保護するか?

 場当たり的に安全だけは確保できるが、しかしこれは長期的に良い案ではない。

 暗部組織と関わりを持たせてしまうことになる。

 

 既に安寿が深く関わりを持ってしまっているならば、気にする必要はなくなるけれども。

 そんなもの、まだ確信はない。

 

 何せ、一時的に利用されているだけの一般人ならば、むしろ放っておいた方が危険から遠ざけられる。

 

 

 冷静に、冷徹に、合理的に考えなければ。

 

 きっと利用されているだけだ。短い時間だったが、安寿とふれあってみて、景朗は彼女が暗部組織にかかわりがあるとは到底思えなかった。

 ダーリヤという例外を身近に置いていながら、我ながら安易な推定だと自認するところだったが。

 やっぱり、安寿が暗部の構成員である可能性は相当に低い。それが正直な感想だった。

 直感にすぎなかったが、景朗はそこに賭けてもいい気がするのだ。

 

 

 ならばむしろ、カムフラージュに使われている以上は、景朗やスパークシグナルが見張っている限り、彼女はずっと日常生活を送ることができるはずだ。

 

 酷い物言いとなってしまうが、ちょっとばかり目が良く耳がよく鼻がよい程度の児童でしかない安寿には、さほど利用価値があると言えないのだから。

 

 犯行グループは、ここまで丁寧に安寿の自宅に証拠の隠蔽工作を行っているのである。

 泳がせておけばまた彼女を利用しにくるかもしれないし、景朗の影を察したのであれば、彼らは二度とこの小学生には接触してこないことだろう。

 

 

 

 

 

「ウマ! ウマ! え~! ナンダコレ美味いゾ!」

 

 ニッコニコでもしゃくしゃ口を動かす安寿に、景朗は『ド畜生! ほっこりするじゃねええか、ダーシャはなんつーか食事そのものをめんどくさがってる節があって作ってあげてもこんなに笑ってくれねえんだチクショォ……』と思わずやさぐれた台詞が浮かんでくるほどである。

 丹生があれやこれやと悔しがってダーリヤに料理を食べさせようとするのも若干わからないでもないのだ。

 

「これナニ、ニクゥ? っぽいの入ってるゾ?」

 

「あソレ、ちくわッス。でもイケるでしょ? 流石に下の売店じゃお肉は売ってなかったからさぁ」

 

 この寮の1階にはコンビニが併設されていたのだが、そこでキャベツをGETできたことすら僥倖であろう。実はコンビニと同じフロアには食堂もあって、そもそも当初は『一緒にゴハンたべよ、たべよ!』と誘われていたのだが、あまり人に見られたくなかった景朗が急遽プランの変更を申し入れたのだった。

 

「オォン。イケルゾ~!」

 

「わかったからほらほら立つなよっ。座って食おうぜ」

 

(なんでガキは口にモノを入れたまま立ち上がっちゃうのかね?)

 

「ズシオウもちくわ好きナンダゾ!」

 

「んあ!? ダイジョウブなのか、ほら、塩分とか……?」

 

 

 景朗は少女と談笑しながらも、心の中ではこのままに彼女を泳がせようと決めていた。

 もちろん無手で放置したりはしない。部屋の中は言うに及ばず寮の周囲にも、景朗の頼りにする例の"黒い蜂"を待機させておくつもりである。

 この冷たい選択が、後悔に繋がらないように。

 しかしそう祈るだけでは、何もしないのと等しいのに。

 ぐるぐる、ぐるぐる。

 決断に伴う責任が頭の中をいつまでも廻りつづける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "繊維織り(シルクワーム)"と"宝石鑑定(ストーンエッセンス)"の自宅にも侵入し、手がかりを探したが、空振りに終わった。

 薄々、"猫耳猫目(キトゥニッシュ)"という本命に近い大物を引き当てていたので、都合よくこれ以上の成果が手に入るとも期待しておらず、決して景朗も落胆はしなかった。

 

 

「ずるい」

 

「……んなこと言ったって、前に作ってあげたときは見向きもしなかったじゃねえか、チミは」

 

 第六学区の秘密基地に帰還して、ダーリヤに最終報告を伝えている最中だった。

 『お好み焼きを作ってあげた』らへんからダーリヤは不機嫌になり始め、『自分にも今すぐ作れ』と言わんばかりの不満顔でチラチラと景朗を睨みつけてくる。

 

 はっきり言うと、これは非常に理不尽な言いがかりだった。ホットプレートを引っ張り出して、どこぞのシスターが言っていた特大ジャパニーズピッツァを提供してあげたのは、ごく最近のできごとである。

 たしか、一週間ほど前の話だろうか。

 その時のダーリヤは香ばしい匂いにも大して興味を示さず、むしろクネクネとうごめくカツオブシに戦慄し、顔面を引きつらせていたくらいである。

 

 

「とにかく、もしものときは"猫耳猫目"を確保するからな、頼むな」

「ニィェト!」

「えー?! 頼むよぉ?!」

「どうして? メリットがないわよどうしてそんな事しなきゃならないのよッ?」

 

「メリットなくても俺がやりたいって言ったら手伝ってくれよ!」

 

「ブゥゥゥゥゥ~!」

 

 ダーリヤはスネたのか、階段を駆け下りて行った。

 会話から逃げだされたのは初めてのことだった。

 

「……あ?」

 

 ちょっとばかり放置できないワガママっぷりである。

 

「嫌ならいいよ、ひとりでやるから。でも減給(お菓子の配給停止)だからな」

 

 耳の良い景朗は、パタパタと走る音がすぐに鳴りやんだのをとらえていた。

 ダーリヤは階下で聞き耳を立てている。

 まだ聞こえる距離だったので、景朗は捨て台詞とばかりに最後通告を突きつけた。

 

「ブゥゥゥゥゥ~!」

 

 

 

 

 

 

 

 思いのほかダーリヤの反対にあって時間を取ったが、景朗には報告をすべき人間がもう一人いる。

 迎電部隊の蒼月に"猫耳猫目"と出会った子細を伝えておく必要があった。

 

「"猫耳猫目"は危うい。洗い直しと、監視と保護をひと通り頼みます」

 

「心得た。ふむ。監視網には組み込むつもりだが、保護とは?」

 

「まだ幼いので、もし……」

 

「君の考察は正しかろう。その"児童"に直接的な危険が振り掛かる可能性は限りなく低いだろう――ああ、ありがとう。"猫耳猫目(キトゥニッシュ)"、低能力(レベル1)、沙石安寿、6歳。確かに頻繁に学園都市外に出入りしているが――――毎回、我々のチェックを――受けているようだ。楽観はできないが……それほど見込みがあるとも思えないが」

 

「ですが、不測の事態は起こり得ますし」

 

「学生の安全を守るのは"警備員"の仕事だ。フッフ、ハッハッハ、いちいち護衛要員まで付けてはいられない」

 

 迎電部隊は暗部部隊である。任務達成が第一であり、それが余計なトラブルを生むと判断されないかぎり、端から積極的に学生の身の安全を考慮することは無い。

 暗部の人間とはかけはなれた"ぬるい"発言に呆れ、可笑しさから笑いをこらえきれなかったらしい蒼月の嘲笑を景朗はスルーしてやり過ごすほかなかった。

 

 一度褒められたとはいえ、蒼月に期待しすぎてしまった景朗の落ち度なのかもしれない。

 

「ではその子に接触があった時は自分にも連絡をください。発見者としてこれくらいはお願いしたい」

 

「はは……仕方がないな。今回は特別に、君にも"迅速に"伝えるよう取り図っておこう。保護したいというなら許可も出しておこうか」

 

「……」

 

 景朗は答えに窮して黙った。

 確かに今回は、景朗が相手側から協力依頼を受けた形だ。

 だが、そもそも"猟犬部隊"の権限でこちらにだって"猫耳猫目"を確保する名目は立てられる。

 少し上から目線すぎやしないだろうか。

 ただ、素直に"うん"と言わせたいのか、それとも逆らって反論させたいのか。蒼月の狙いは相変わらずわからない。

 

「それでは、こちらからも。私達は膨大な数の人間を捌いているのでね、一人一人保護するマンパワーは無いぞ。お忘れなく、お願いする」

 

「わかりました」

 

 呆れたような蒼月の口調に、景朗は断ち切るようにきっぱりと一言告げた。

 

 連絡を終え、ふと下を向くと、そこにも呆れ顔があった。

 

 通話中に戻っていたダーリヤが、やれやれ、とまなじりを下げて大いに落胆してくれている。

 

「しょうがないじゃん。なんか、嫌な予感がするんだから」

 

「それって"ウルフマン"の"能力で"ってこと?」

 

「いやそういうんじゃないんだけど」

 

「はぁ~……」

 

(9歳児にここまで大げさにため息をつかれると、こう、クるものがありますね、多少は、やっぱり、ハイ)

 

「いいよもう。ほっといてくれていいよ――――と思ったけどアレだ。"予約"取っといてくれた?」

 

「うん、明後日のホウカゴよ」

 

「マジかー」

 

「明日はその女、入ってなかったもの」

 

「クソ、すぐに会えるようにしとけよ。時間もったいねえだろが」

 

 

 "予約"とは、昼間に会ったドレス女から渡された名刺のセラピーの予約である。

 ドレス女と毎回呼ぶのも面倒くさいことこの上ないが、名前をずっと訊き忘れているので仕方がない。

 彼女が予約制だと話していた通りに、こちらから事前に指名を取っておかねば利用することはできない。毎回ホテル等を予約して

 

 ダーシャに調べせさせたところ、源氏名らしきものは突き止められたがどうせ100%で偽名だ。

 "ドレス女"呼びの方がまだ名が体を表している感があるから、もうそれでもいいや、という話になった。

 出かける前にダーリヤにセラピーの予約を入れておいてくれるように頼んでいたのだ。

 景朗とて自覚はある。

 女児童に如何わしいサービスの指名を頼むゲス野郎だということは、彼とてきっと……。

 

 

 彼にも言い訳、もとい言い分はある。

 どうしても時間が無かったのだ。明日は"任務"。つまり景朗の"学校生活"がある。

 昼間は上条や土御門と一緒に過ごさねばならない。

 加えて、大覇星祭の準備や対策で最近は早く下校できない可能性もでてきている。

 

 

 ひとまず腰を落ち着けて考えようと、景朗はソファにもたれ込んだ。

 学園都市製特注のソファは、景朗の体重に悲鳴を上げつつもぐぐっと耐えている。

 "人材派遣"に用意させたソレは、本来は動物実験、それも巨大肉食獣向けに制作されたものの余剰品だった。

 景朗は知らなかったが、知れば知ったで少しショックを受けていたかもしれない。ソファをいたく気に入った景朗に褒められた"人材派遣"が製品の来歴を語らなかったのは、景朗の性格を彼もしっかり掴んでいたということなのだろう。

 

「あー。どうすっかなぁ」

 

 またぞろちょろちょろと目の前をうろつき出したダーリヤに、先程の反抗をもっと咎めなければとも思いかけていたところで。

 

 ポンッ、とケータイからポップなサウンドが湧き出た。

 特別に設定した効果音、しかも登録したばかりだったので送り主が誰だかすぐにわかった。

 

[ ズシオウのゲップ! 動画とれたミロ!]

 

[ 明日は学校だろ? 君は早よネロ ]

 

 すなはち顔を合わせたばかりの安寿からである。

 

[ ズシオウがこわがってたからしばらくゴハン食べなかったぞ やっといま食べた! ]

 

[ それは悪うござんしたね ]

 

[ マチでズシオウに会ってもイジメるなよ! ズシオウの考えてることわかるんだからナ!]

 

[ ワオ、もう立派に親馬鹿してますねえ ]

 

[ ズシオウは猫以外にも友達がいっぱいいてナ]

 

[ そういやアンジュ氏のオトモダチのハナシはめっきり出てこないけどトモダチおるん?]

 

 小学1年生といえば、"ギャングエイジ"真っ盛りだ。親よりも身近のガキ大将なんかの意見を優先させちゃう、友達がいちばん大切! とほざくお年頃である。

 であるのに、安寿からは仲のいい友達の名前がひとつたりとも出てこない。景朗はそこが少し気になっていた。

 それ故の質問だったのだが、やはり直球的に訊きすぎてしまったようだ。

 安寿からのメッセージはそこでいったん止まり、遅れてやってきたのは。

 

[ ズシオウがイチバンだゾ! んで、ズシオウは昼間にアチコチ行って、イロ~ンナヤツに会ってるんだゾ 商店街のからあげ屋さんとか全部まわってて イチバンおいしーニオイのするお店もわかってんだから ]

 

 やはり友達の話題ではなかった。景朗は未だ学生の身なれど、安寿よりは人生の先輩として友達づきあいの経験がある。

 すべてを察し、もう二度とその質問はしてやるまい、と景朗はほろろ、と涙を拭うフリをした。

 

[ なるほどねぇ、ネコイチオシのから揚げ屋か。今度おしえてくれナ。つか、昼間はその猫、外に出してんのか 大丈夫なの? ]

 

[ ダイジョブすぎ ズシオウかしこいから決まった道を散歩してるんダ んでもナ 昼間は遊んでても ウチが帰ってくると玄関でいつも待っててくれてるンだゾ!!]

 

[ たしかにそれはエライ ネ公にしては ]

 

[ ネハムってなンゾ? ]

 

 ぴこん、ぽこん、と音を鳴らしてイジり続けていると、横槍を入れたくてたまらなくなったらしいダーリヤからも突如"ふきだし"が飛んでくる。

 

[ おこのみやきは明日作ること!]

[ もし忘れたらキャンディの配給量を2倍にすること ]

[ のど飴は不可 ]

[ ニウが頻繁に食わそうとしてくる黒ッろい苦い飴も不可 ]

[ ビタミンCが大量に入ってるだけのヤツもカウント不可 ]

 

 しかも間髪いれず怒涛に飛んでくる。

 

「おいダーシャ! これ調査の一環だぞ、邪魔すんなよ」

 

 姿は晒していないが、近くのソファの裏から彼女の小さな鼻息と身じろぎする音が聞こえているのだ。

 

[ 約束してくれないなら明日の昼間中メッセージ送り続ける ]

 

「ハイそーですか。全部シカトするだけですよ~」

 

 無視して安寿とやりとりを続けていると、ケータイが通話受けの画面に切り替わる。

 ついにダーリヤからの怒りの呼び出し通話がやってきたのだ。

 受話ボタンを押した瞬間に切ってやろうと試みたがダーリヤのほうが一瞬早く、ボタンに触れた途端にプツリと回線が切られていた。

 

「あーもうやめろ、クソガキ」

 

 スネたダーリヤをあやして釣り出す良いエサ。何がいいだろうか。

 実は、何がいいだろうかと前置きしたが、この時、わざわざ考え込まなくとも景朗には秘策があったりした。

 

「キレんなよ。イイ子にしてたら"大覇星祭"の空き時間に遊びに連れてってやるから」

 

「ほんと?!」

 

 ピョロリと即座にソファの背からカオが飛び出した。

 興味津々のその様子からは、やはりダーリヤは今までまともに大覇星祭を楽しめたことが無いようである。

 

 常軌を逸した人混み。学外からの保護者(大人)の大群。

 どちらもダーシャが嫌って避けてこなければならなかったものである。

 今までは指をくわえて、ただ街の混雑を眺めているしかなかっただろう。

 

 景朗のように、全身に高性能有機的警戒センサーをガン積みした護衛でも身近に居なければ。

 

「あー、まぁ確約はできないかもだけど、精一杯努力するよ、うん」

 

 言い出した後で日和られたものの、ダーリヤはそれでも嬉しかったらしい。

 

「Уpaaaaaaa!」

 

 ソファの裏から姿を現して、景朗のとなりに勢いよく座った。

 

 

 

 

 

 翌日。休み時間。

 ARISAの話題が出たところで『絶対に売れるから青田買いしておけ』とカミヤンに力説するもどこ吹く風。寝不足だというツンツン頭は覇気がなく、そのままションボリと補習を受けていった。

 

 毎度おなじみの巻き込まれ補習のせいで下校時刻が遅くなったこと以外は、特に事件という事件もなかった。

 

 補習中に件の安寿氏から『ズシオウが帰ってこない!』という"ふきだし"が来たくらいで、これといった事件はなかったと言っていいだろう。

 

 別に重大事件が起こ『ズシオウがどこかにいっチャタよ!!』ったわけではない。

 

 再び安寿から救援要請がやってきたのは下校中のことだった。

 

 

[ そんな大げさな。猫が帰ってこないのってそんなに珍しいの?]

[ ズシオが帰ってこないのなんてハジメテだゾ ]

[ 本当にぃ? なんかお前さんがハジメテって言ってもなぁんかイマイチ信用度が低い気も ]

[ いつも帰ったらズシオウのゴハン上げてるから絶対待ってるもん! いままでずっと待ってたんだゾ!]

[ わかった。ちなみに心当たりは? もう探してんの?]

 

 文字を打つのが面倒になったのか、"ふきだし"でのやりとりはここまでだった。

 ケータイの画面に通話の要請が表示される。

 安寿は景朗と直接に話をしたくなったらしい。

 

『今もちかくをさがしてるけど全然見つからないヨォ……! 呼んでも出てこないっ、これは"がち"で誘拐だゾ!』

「あー、おいおい、それじゃ手がかりはナシか?」

 

『じつは最近はヘンな大人と遊ぶのが好きだったみたいでナ』

 

「変な大人? ちょいっと詳しく教えて?」

 

『わかんね。いっつもとびきり美味いエサくれる人たちだからズシオウめっちゃ気に入ってたけど』

 

「何だそれは。まあいい、そいつ等の顔、まだ覚えてるか?」

 

『わかんねって。見たことないもん』

 

「はぁ? ズシオウがそいつらにエサ貰ってるところを見たわけじゃないのか?」

 

『そだぞ。ウチじゃなくてズシオウが会ってただけだもん。でもなんかアヤシーから会うのヤメロって言ったのに聞いてくれなかったんだゾ。もっと怒ってればよかったヒィン……ヒェンッ』

 

「待て待て。直接、自分の目で見たわけじゃないんだよな?」

 

『そだそだそだゾ! ……そだぞ?』

 

「じゃあなんでお前さんは自分が見てきたかのように言うんだよ? どうやって知ったの? お前の妄想じゃねえよな?」

 

『嘘じゃないゾ。ホント、ズシオウの考えてること、ワカンダもん!』

 

 学園都市ではテレパスの類は珍しくはない。

 安寿は肉体変化系の能力者かと思いこんでいたが、そうではなく、"猫に焦点を合わせた特殊な能力"だという可能性はなくもない。

何しろ彼女はまだ小学一年生で"カリキュラム"を受け始めて間もない。彼女の能力の特性が浮き彫りになってくるのはもっと後の話である。

 

 ただ、安寿が猫の考えを読めるスキルを持っているのだと仮定しようにも、まだ景朗には疑問が残る。

 昼間、安寿とズシオウのやり取りを間近で見てきたが、安寿はズシオウの考えを読み取れていたようには見えなかった。

 彼女の態度は、"ズシオウに精神感応していた"と呼べるような代物ではなく、ごく普通の猫とその飼い主のやり取り、そのものだった。

 

「ズシオウと話ができるわけじゃあ、ないんだよな?」

 

『うん』

 

「そいじゃあ。そうだな、たとえばそれって、ズシオウの"見たもの"だけ、か? 音声はわからねー、とか、そういうのが知りたい」

 

『うーん、見たものとか、話しかけられた声とか内容とか、わかるぞ。うんそうそうソソソ、ズシオウのいちにちの記憶をな、一緒に見てるカンジだゾ』

 

「いつ? いつその記憶を読み取るんだよ? 昨日、俺と会った時はそんなことしてなかったよな?」

 

『夜。いや朝?』

 

「落ち着け。なるべく、正確に頼む。ズシオウ探し手伝ってやるから」

 

『うーん、寝て、起きたら覚えてるから……。ああーっ! ウチ、寝てる間にズシオウの記憶を"さいこめとりー"してるのカナ!?』

 

「……アンジュ、その記憶を読み取るのって毎日か?」

 

『うんにゃ、たまに。毎日じゃないゾ』

 

「……それってさ、夢を覗いてるって可能性はないか?」

 

『え、ゆめ?』

 

「そうそう。思い込みは無くそう。冷静に、落ち着いて思い出してみ。ズシオウの夢を、お前さんが一緒に見てる、とか、そんなカンジ、しない? しないでもないか? どうだ?」

 

『…………そうかも! する、スル! そんなカンジしる! カミジョーすげー! そうかも!』

 

 おお~、と電話口から感嘆の声が漏れ出ているが、景朗はさっぱりと楽しい気分にはなれなかった。

 

 冗談がすぎる。剛運にもほどがある。

 いくらなんでも今回は自分の第六感が、"カン"が働きすぎている。

 

 沙石安寿は"猫に肉体と精神を近づける"種類の能力者なのかもしれない。

 

 彼女は都合よくも、自前で猫を飼っているし。

 

 よしんば、捜査の手が伸びて証拠隠滅を図ろうとも、人間が対象だと誘拐として大きな事件になってしまうが、ペットならば大事には至らない。

 

 精神系能力者は能力者の系統としては数が多い方だから、動物の考えを読み取れる能力者は珍しかろうとそれなりの数がそろっているはずだ。

 くわえて、動物の夢や考えが読み取れるのだから、彼らのほとんどはペットを欲しがるのではなかろうか。自宅でペットを飼っていても不思議ではない。それこそ安寿とズシオウのように。

 

 

 景朗はダーリヤに推論を伝え、セーフハウスには帰らずそのまま安寿の寮へ直接向かうことにした。

 現時点ではそんなことが実現されているのかと疑いが拭えないが、予想は外れてくれても一向にかまわないのだ。

 

 

 "迎電部隊"が追い求めている犯行グループが、"人間"ではなく"動物"の"夢"を利用している可能性について。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 安寿の寮に着く。めんどうなので本人には会わなくていい。

 

 周囲に配置していた"蜂"を匂いをばら撒いて呼び出す。

 

 景朗の祈りは通じた。戻って来た蜂たちの数は合わず、3匹ほど少なくなっている。

 

 所詮は虫だと言って侮ってはいけない。この蜂を使いだして、野鳥の類に食われたことはまだ一度もない。複数の人間を即座に昏倒させるくらいの芸当はやってくれる。

 

 

 景朗はゴミ箱から空っぽのポテチの袋を漁って、まるでそこにゲロでもぶちまけるかのような演技をしてみせた。

 さすがに、口から次々に"蜂"を吐き出す光景を監視カメラに抑えられてはマズいだろう。

 

 その後も、消えた3匹がどこに居るのか探させるべく、新しく"蜂"を創り出して散布しては移動し、そのまま彼は学園都市を東へと横断していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 釣り針は思いのほか早く引っかかった。

 散布した"蜂"には、目標の蜂を見つけたら、飛行には使わない特殊な翅を動かすように指令をだしてあった。

 その翅には特徴的な溝がついていて、羽ばたかせると超音波を出す。その音を聴いた蜂も同じく音を出すようになる。

 無論、景朗の耳なら聞き取れるので、あとは音を頼りに蜂から蜂へと辿っていけばいい。

 

 

 そして、その先で景朗の期待は裏切られた。

 

 安寿を早々に見つけられた点や、今回の件といい、景朗は立て続けにツキが来ていることにうっすら不安を感じつつあったのだが、それは的中した。

 

 

 消えた蜂は"どこかで見たような輸送防護トラック"に引っ付いていたのだ。

 見た瞬間に景朗は直感した。

 蒼月が乗っていたトラックではないが、同じく"迎電部隊"の別班が乗っている車両ではないかと。

 

 何しろ、防音性が完璧だった。車内の音があの景朗ですら拾えないレベルに達している。

 蒼月が使っていたものと同じ型で間違いない。

 これだけの高機密性を持たせた特殊車両は、"猟犬部隊"でも使っていない。

 

 

 念のため、景朗はバレないように静かに身を隠しつつ、やがて一人の男が下車してくるまでトラックを追走しつづけた。

 降りた男をそのまま尾行し、途中で男の顔写真や毛髪を採取し、"第十五学区"のオフィスビルに入ったところで監視を打ち切った。

 オフィスビルのセキュリティはやはり暗部レベルで、強引に侵入するのは良くないと判断したからだ。

 暗部レベルと表現したものの、景朗にはオフィシャルな暗部組織じゃなかろうかという確信があった。

 

 装備・設備・施設。なんかもうあらゆる全てが、"猟犬部隊"が使っているモノより高価そうだったので。

 

 たぶん。おそらく。いや、ほぼ間違いなく。

 安寿の猫を攫ったのは"迎電部隊"だ。

 蒼月に『もう一度洗え』と報告したのは景朗自身だ。

 まさに今、こうしてその調査に当たっている、と。

 

 そういうオチだったのだ。

 まごうことなき骨折り損のくたびれもうけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウルフマン。クサツキ、"the cat's cat(猫の飼い猫)"なんて知らないって」

 

「は? ……まいったな」

 

 緊急用の連絡経路として『使うな』と前置きされ教えられていたネット上の"デッド・ドロップ(受け渡し場)"のひとつを利用し、安寿の猫について問い合わせた結果である。

 

「あそこは絶対"迎電部隊"の"ヤサ"だと思ったのに。ダーシャ、ほかに"迎電部隊"と同機密の類似機関って何か知ってる?」

 

「うーん。"流星部隊(バーストライン)"とか……?」

 

 やっとこさひねり出した。そんな言い方だった。

 しかしダーリヤ自身は、その発言を胡乱気なものだと思っているらしい。

 

「どんな部隊?」

 

「ロシアとか、アメリカとか、学園都市外に拠点を持ってる部隊」

 

「対外機関かぁ。ゼンゼン絡みが無いしなぁ。一緒に仕事したことあるのか?」

 

「ちがう。暗部に入ってなければ"そこ"がわたしを襲ってたみたい。"デザイン"に入った後で自分で調べた」

 

「……なる、ほど。プラチナバーグの部隊は福利厚生がすごかったんだな」

 

 "デザイン"はダーリヤがひとつ前に所属していたプラチナバーグ傘下の部隊だ。それまでダーリヤが辿って来たどの暗部組織よりも、やはり理事直下の部隊の方が構成員に対しての待遇がよかったらしい。

 

「でもヘンなのよ。仮に"バーストライン"だとしても、"スパークシグナル"が学園都市"内部"での活動を知らされていないなんて。ちょっと考えづらいわ」

 

「そうだよな。特に"連中(迎電部隊)"は網を張ってピリピリしてるまっ最中だぜ」

 

 景朗もダーリヤもうつむき、無言のまま、しばし無音に耳を傾けた。

 2人して息を合わせるかのように、少しずつ緊張感を造成しつつある。

 

 ダーリヤは当初から"犯人"ではなく"犯行組織"だと疑って調査すべき、と推測していた。

 だが事ここに至って、状況は"暗部組織"VS"暗部組織"という内部抗争の様相すら見せ始めている。

 

 そのことに2人して同時に気がついて、同時に後悔が始まったのだ。

 最初からもっと警戒心を持って行動すべきだったと。

 

 蒼月(くさつき)が依頼を運んで来た時を思い出す。

 彼の態度は非常に軽く、"暗部組織"同士の抗争を匂わせる様なものでは決してなかった。

 

 こうなると、この蒼月の誘い方にも不審な点がある。

 

 疑惑の対象が、"別口の暗部組織"ほど強大なものならば、もっと公的に、それこそ"猟犬部隊そのもの"に協力依頼をすべきである。

 景朗個人に協力を求める。なんてぬるい手腕でいて、それで任務に失敗すれば蒼月の首とて危ういのだから。

 

 まさか追いかけている敵が同じ暗部だとは思いませんでした、と。こんな言い訳が通るほど暗部は穏やかな組織ではないし、そんな無能はとっくの昔に処分されているだろう。

 ましてや彼は"迎電部隊"の実働班の、そのうちの一班のリーダーだ。無能では決して務まるまい。

 

 蒼月は敵が暗部なら最初からそう説明すべきだったし、もし本当に敵が暗部なのだとしたら、彼とてその可能性に気づけなかったわけがない。

 

 奴は意図的に景朗を騙して今回の一件に引きずり込んだのだ。

 

 

 

「ウルフマン。とりあえずウルフマンが言ってた、"動物の夢"を応用してる可能性だけど、これならシロクロつけられるかもしれないわ」

 

「本当か?」

 

「うん。だって人間ならともかく、"どうぶつの夢"だと産業的に見込めないマイナーなテーマだし、研究機関もすごく限られてるはずだもの。それにどうぶつの研究機関はわたし個人的にくわしいし。ただ、情報料っていうか、暗部のツテとか使って情報を買うのにお金を使うけど、いい?」

 

「もちろん。緊急事態用にプールしてるヤツ以外は糸目を付けなくてイイよ」

 

(キミの金策でイイカンジに増えそうだからネ……)

 

 ダーリヤがおずおずと提案してきた『わたしにも資産運用やらせてほしいわ』というお願いに警戒心を持ってあたった景朗だったが、少女のアイデアを聞いて彼はアッサリ堕ちて、今では"人材派遣(マネジメント)"とちょこちょこやっていた事業を全部押し付けよう……もとい肩代わりしてもらおっかな、と考えているくらいの信用っぷりである。

 油断すると"違法就労中の暗部児童"が"金のなる木"に見えてきそうになるので、景朗こそ自分を律するのに糸目を付けてはならない心境だとかそうじゃないとか。

 

 

「そだ。俺がさっき採取してきた"男"の裏どりはどうする?」

 

「もちろんやるわ。でも、こういう個人情報とか、"情報を探っているのが相手にもバレやすい"調査は、後で短時間でキメたいのよ」

 

「ふむん?」

 

「だから、オープンソースリサーチとか、間接的な情報で予測して突き止めるタイプの調査方法なら、例えば今からわたしは"どうぶつの夢の研究をしてる研究室に資金提供したスポンサー"をお金の流れとか情報屋とかから手がかりを集めて突き止めようと思ってるのだけれど、こういう調査は、わたしたちが調査してるのが相手にバレにくいでしょ」

 

「なるほど」

 

「でも、ウルフマンの持って来た毛髪とか写真で個人情報を調査しようとすると、それ専門の情報屋にお金を積めばあっという間に手に入りはするのだけど、これって相手にバレやすいのよ。わたしたちがこの男の情報を買ったって情報が売りに出されちゃったりする可能性すらふつーにあるから」

 

 ダーリヤ曰く"A氏がB氏を疑っている"という情報がC氏にお金を積ませる情報にすらなるのである。

 

「だからわたしとしては、相手にバレにくい方法で詰めてから、んで、何かしら決行するってときに、ウルフマンが実働できるときに、まとめて情報収集して相手に悟られる前にぱぱっとウルフマンにキメ(襲撃)てもらいたいのよ」

 

「おっけーまったくもって合理的というかナンにも反論ありませんでした。それじゃあ、お願いしちゃいます……」

 

「まかせて! ムフー!」

 

 ウルフマンのためにわたしがんばるわ! そういって鼻息も荒く奮起する小娘が、この時ばかりは可愛くてかわいくて、思わず頭をなでてしまった。撫でられているダーリヤも嬉しそうだったので通報はしないでもらいたい、とここにはいないどこかの誰かに言い訳せずにはいられなかった景朗だった。

 

 

 

 が、すっかり弛緩しつつも画面に目をやっていたダーリヤが、突如ズバッと反応した。

 

「あ! ウルフマンッ」

 

「どした?」

 

「追加で情報がきた。 [ prev report is wrong. we keep the cat's cat (誤送信。猫の飼い猫は我々が確保してる)] だって」

 

「はぁ? んだよもう。んっだよもう! 焦らせるなよあのクソ野郎」

 

「あのね、クサツキからじゃなかった。Crimson00から」

 

 クサツキはCrimson01だと名乗った。Crimson00は別人なのだろうか。

 

「クサツキとは違うデッド・ドロップ(受け渡し場)サイトからの報告。別人というか別の命令系統なのかもしれないわ……」

 

 Crimsonとはコールサインなのだろうが、一般的に考えてナンバーは若ければ若いほど立場が上である可能性は高いだろう。蒼月は班のリーダー。それでCrimson01なのだとしたら、Crimson00はその上なのか。考えても答えはでない。

 

 それよりも、だ。

 重要なのは、景朗が追跡したトラックも尾行した男も"流星部隊"なんてものを持ち出さずとも"迎電部隊"でした、めでたしめでたし。となったことである。

 

 

「あ~。焦ったぜ……」

 

「でもでも、ウルフマン。ウルフマン、でもやっぱり"どうぶつの夢の研究機関"は調べてもいい?」

 

 上目づかいで見上げてくるダーリヤにはこれまでとは一変して、不安ではなく好奇心が加わっている。

 これもう調査に関係なく、ただ自分が興味あるから調べてみたい、に変わってる気がする。

 けれど。

 

「……おっけー。いいよ」

 

「やたっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 途中、ちょろちょろと様子を気にかけてみたものの、ついぞダーリヤは画面に向かって作業をつづけっぱなしだった。

 早朝。景朗は登校しなくてはならず、ダーリヤにできるかぎり休息をとるように呼びかけ、後ろ髪を引かれながら"第六学区"の秘密基地を後にした。

 

 

 休み時間ごとに相変わらずぼっちの安寿からズシオウの"ふきだし"が襲って来て、昼休みにはダーリヤから『帰ってきたらハナシがある』と一言だけ連絡がきた。

 カミヤンの補習の巻き添えで下校が遅れたことを含めても、日中はごく平凡な一日だったと言えるだろう。

 

 

 ただ、件の補習のせいで、予定していたドレスの女との面会時間まで余裕がなく、景朗は帰るまもなくそのまま面会場所に指定されたホテルへと直行しなくてはならなかった。

 

 とは言っても、実は目的地は景朗とダーリヤの秘密基地と同じ学区、"第六学区"のとあるホテルの一室である。いや、今では"だった"というのが正しいか。

 

 

 セラピーの予約場所を知らせるメールが届いたのは昨日だった。

 

 だが、予約時間の30分前にいきなり"ホテルの変更"を通知するメールを受け取り、景朗は秘密基地が近場にあるのに一時帰宅する暇もなく目的地へ向かっている、という訳である。

 

(ったく、予約してたホテルが急遽変更、か。怪しいなぁ……行ってみるけどさ)

 

 "第六学区"はアミューズメント施設が目白押しの区画だ。

 となれば当然、学園都市の外からの来客も多く押し寄せるエリアである。

 大人向けの商業施設も多い。況や宿泊施設もニーズに沿う形で多種多様に存在している。

 ぶっちゃければ、"数時間のみの滞在"に使われるホテル類も、ここでは珍しくはないということだ。

 

 そういった建物を、どうやって判別するべきか?

 

 意外と簡単だったりする。

 サインゲートや出入口付近の壁にこれでもかとカラフルなポスターやチラシが張り付けてあるので、一目でそういう客層向きなのだと察せられるわけで、どこのどなたでも問題はなかろう、となる。

 大人になれば自然とわかってくるよ、な理屈です。

 

 

 そう。今更"ラ"のつくホテルごときで驚愕するほど景朗だってお子様ではない。

 

「あそこか……おぁ!?」

 

 その彼があえなく驚愕してしまったのは、ホテルとホテルの間の路地裏、そこにいつぞやの白黒知的お姉さんの露店を再発見したからである。

 

(操歯さん!?)

 

 

 ダーリヤに調べて貰った、お姉さんの個人情報。

 氏名年齢や所属学校が判明。まさかの年下だったという驚愕。

 "年上"が好き、というより"年上っぽい"が景朗のツボなのかもしれない……小萌先生然り。

 マザコンとドレス女にツッコまれたが、言い訳が浮かばず。

 

 というか普通、年下の少女に熱を上げる者に対して"ロリコン"ではなくソコに"マザコン"気質があるのだと瞬時に看破したドレス女は、やはり只者ではない。

 『流石は"第二位"垣根が重用する人財だ……ッ』と景朗はちょっぴり戦慄したとかしないとか。

 

 いやそんなことはもはやどうでもいい。

 こんなにも早く再開できるとは思ってもいなかった。

 予約時刻まで押していたがそんなの関係ねえ!

 暗殺が得意な高校一年生は本人の許可も取らず勝手に個人情報を調べたその対象である中学二年生への元へ、喜びすさびスイスイとしかし音もなく夕暮れを急く。

 

 気づかれて逃げ出される前に正面から対峙するためである。

 

 もう言い訳の余地もなく危ないヤツだった。

 

 

「おねぇーさぁーん! こんちわっす!」

 

「ああ、きみか。……君かっ!?」

 

 嫌そうな表情を真っ先に浮かべた操歯さんはとっさに立ち上がろうとしたが、既に景朗が真正面に立っているせいで逃げられないとすぐに悟った。

 仕方がない、と小声でつぶやいたが、しかし。

 もじもじと座りが悪そうに身じろぎしたり、景朗だから聞こえる彼女の動悸はバクバクと少し早まっていたり、と落ち着きが若干失われている。

 

 脈があるのか、ないのか。経験の浅い景朗にはそれがわからなかったが、わからなくともやるべきことは決まっていた。

 否、やりたいことは決まっていた。このほうが正しい。

 

 

 そこは夕暮れの商業地区である。衆目はそれなりにあった。

 景朗は『みんなに届けおれの想い!』とばかりに大声をあげた。

 

 

「操歯さん好きです付き合ってください! 前回のお返事を聞かせてください!」

 

「ヒェッ!? なんで私の名前を知ってるんだぁ!?」

 

「やべっ言っちゃった。しまった」

 

「なんでなんで。何で知っている!?」

 

「SNSで友達に聞きまくりました。この人にホレたんで絶対彼女にします、って」

 

「じ、自分の告白をネットで拡散させたのか、キミはぁぁぁぁぁぁ! わたしを巻き込むなぁぁぁぁぁぁ!」

 

 恥ずかしがって顔を真っ赤に茹で上がらせた操歯さんは文句の付けようもなく可愛らしかったが、このまま嘘をついて放置はさすがに可哀想だった。恥ずかし悶える様を十分に堪能した景朗は、たんたんと答えた。

 

「まぁ、嘘ですけど」

 

「こっ! このやろう……ッ! じゃあどうやって知った?」

 

「うーん。えー、あ、じゃあ、ネットで検索しました」

 

「……」

 

「"白黒" "可愛い" "女の子" で検索したら」

 

「……したら?」

 

「パンダの赤ちゃんとか、シャチとか子猫とかの画像が」

 

「だろうな! フン、いいよ。どうせ正直に答える気なんてないんだろうからな。キミがそういう態度を改めないかぎり、返事はNO、だ」

 

「え、改めたらYESって言ってくれるんですか?」

 

「あ、改めてもNOだ! うるさいうるさい! この話題はもう金輪際しないぞ!」

 

「ちぇー」

 

 

 

 

 

 好機の目線が薄くなりだした頃に、そそくさと商品のカードをたたんで逃げ始めようとした操歯さんを『そういえば前回のカード、俺が全部もらっちゃったんで、買い取ったってことにさせてくださいよ。お金払いますから! 今回もいっぱい買うから逃げないで逃げないで』となだめすかし、しゃがみこんでカードを物色(するフリをする景朗はインディアン・ポーカーなんぞにカケラも興味がなかったのだが)。

 

 

「というか操歯さんはどうして"こんなところ"で露店を?」

 

「……」

 

「うむ、うむ! 操歯さんはホントにかわいいなぁ。ホテル街だから、これから睡眠を取る人に売り付けられると思ったんですよね。でもなぁ、実はここいらのお客さんは部屋の中で眠ったりはしないんですよねぇ~いやぁ~代わりにナニしてるんだと思」「うるさい! やっぱり帰る!」「あぁスミマセンハイハイもうイジめないから逃げないで」

 

 わざとらしくニッコニコで質問する景朗を睨みつけるもまたしっかりと頬を赤らめ吠えて威嚇する操歯さんはなんとも可愛いすぎて、なんだか強引にその辺のホテルに連れ込みたいくらいだった。

 イジめはしないけどイジり倒しますけどねぇぇぇぇぇぇ!! と景朗は心の中で叫んでいた。

 

「ほら、無駄話ばっかりしてないでさっさと選べ」

 

 カードの説明文なんてロクに読みもせずくっちゃべってばかりいる景朗に、スネた操歯さんはふっきれたのかぶっきらぼうな口調になった。

 

「うーん。なんかもう。そうだ、これ全部買いますよ」

 

「まぁぁぁぁぁったくぅぅぅ! わかってたとも、キミはカードに興味がないんだろ、私に何の用だ!」

 

「それはもちろん」

 

 キリッと(あくまで景朗基準で)した表情に切り替えて、景朗はイケボで(あくまで景朗基準で)クソ真面目に詠みあげる。

 

「この度は真剣にお付き合いできないかとお願いしたい次第です」

 

「その話はしないって言った」

 

 きっと操歯さんは彼女なりにできうる限りの冷酷な表情を作って、それで景朗に向き合っているつもりなのだろうけれど。

 景朗の聴覚は、いっそうバクバクと強く振動し始めた操歯さんの心臓の音を拾っている。

 なにこの萌える生き物、イジりのやめどきがわかんなくなっちゃうだろ。

 

「ぬわあん、残念だ。おちゃらけてるようにみえてるだろうけど、実はめっちゃくちゃツラい。悲しい。キツイ泣きそう」

 

「そういう時はこのカードを使うと良い。悲しみや不安、緊張、焦燥に対してどうマインドセットすべきか、私なりにエッセンスをまとめてある。今なら定価の10割引きで進呈しよう。さあ商売の邪魔だ。そろそろお開きにしてもらおうか」

 

 こんなこと言ってますが告白されて心臓ドッキドキですからねこの人。

 ほっとけないんだよなぁー。

 

「いえ。どんなに悲しくても成功するまで無限にアタックする覚悟だから大丈夫です!」

 

「ぐぬぬっ」

 

 なんだかんだで異性にアピールされると嬉しいよね。操歯さんはどうやって口八丁で景朗を追い払うか躍起になり始めているが、すでにその時点で景朗の術中に嵌っているのだ。

 このまま会話を続けていけば、この初心な小娘の心に吾輩の存在が根を張っていくことになる。

 

(くっくっく……)

 

 ああ、楽しい。年下の少女を告白詐欺で困らせるのがこんなに楽しいとは。

 

(やっぱり、告白って…面白!!……)

 

 彼はもう完璧に"変装中の悪ノリ"に味を占めてしまった、質の悪い迷惑野郎だった。

 

 

 

 

 その後も、いくつかカードを物色しつづけるフリをして操歯さんと世間話に勤しんだ。

 積極的に仲良くしようと試み続ける景朗を邪険にするのが難しくなったのか、だんだんと打ち解け、あ、これは連絡先をホントに教えてもらえるかもしれない、と景朗に希望が差して来たころ。

 

 いい加減に商売の邪魔をしつづけるのも申し訳ないし、時間もギリギリになってしまっていたので、景朗は最後に真面目な質問をしてから、この至福の時に自ら終止符を打つ覚悟をようやく決めたのである。

 

「そういえば初めて会った時の俺の質問、覚えてます?」

 

「あぁ、えっと。記憶力には自信がある方でね。『犬や熊みたいな嗅覚が優れている動物なら、インディアン・ポーカーが使えるか』……いやちがうな。『嗅覚が優れている能力者専用のカードが造れるか』だったかな?」

 

「あぁ、たしかにそれでした。今回の質問はそれとはちがってて、ズバリ、犬や猫みたいな知能の低い動物用のインディアン・ポーカーは作れるか否か、です」

 

「うーん。作れるには作れるが、意味のあるものはできないな」

 

「それは?」

 

「前も言ったかな。動物には、というか人間以外には夢の中身を処理する高性能な大脳が無い。動物も、とくに哺乳類は夢を見ていると言われているし、膨大なデータを取ってその夢をカード化することはできるかもしれない。でも、カードの中身には何ら意味の無いデータしか入れられず、その様では使っても何ら有意義な情報を得ることはできまい。作るだけ無駄……と切り捨てるのは科学者の卵として言いたくはないが、下手をしたら人間と同じような情報処理された夢を見ていない可能性すらあるのだから……オススメできないね」

 

「ははぁ……。あの」

 

「なんだ?」

 

「友達が、猫の夢を見るといってるんですよ。そういう能力で。これって?」

 

「……それは双方向性の能力か?」

 

「え?」

 

「猫の夢を読み取って、その夢に意義ある情報を付加させ、その後、猫にその夢を送り返すことができる能力、なのかな?」

 

「あーと。その可能性があったら、どうなります?」

 

「哺乳類のインディアン・ポーカー作製でネックになるのは、脳の処理能力不足だ。そこを人間が夢を共有して情報処理を補ってやる、というのなら、動物用のインディアン・ポーカーを作れなくもないかもしれないが。それだけの大金をかけて、能力者ありきのインディアン・ポーカーを作り上げたとしても、そんなニッチなもの、市場に広まりっこないじゃないか」

 

「……」

 

 これほどの答えが、まさかこの14歳の少女から帰ってくるとは思わなかった。

 スキスキ、とふざけて繰り返していた景朗だったが、今回はそこに、純粋なる敬意と謝意を込めて、満面の笑みでにこりと操歯さんに「ありがとう」と言った。

 

「そ、そうか。キミの助けになったのなら、まあ、よかった」

 

 どんだけ押しても素直に照れてはくれなかったのに、素直に尊敬を表したらデレました。

 これも一種の"北風と太陽"でしょうか。

 

 おっしゃ。このノリで連絡先を正規ルートで交換してやる。

 

「訊きたかったことも聞けたし、そろそろ、連絡先――をッ?!」

 

 有頂天で女子中学生との会話を楽しんでいた、そんな彼の楽しみをぶち壊す悪魔もとい、操歯さんにとってはある意味救いの天使になるのだろうか。

 

 

 操歯の返答が降って来た天恵すぎて、すぐ側のホテルから出て来た女性客がコツコツと近づいてきてるのを把握はしていても、大して気に留めていなかった景朗だったのだが。

 その匂いを嗅いだ瞬間、彼は動揺し、戦慄した。

 

(やべっ!!!)

 

「あら、お兄さん、ココにいたの。ずっと部屋で待ってたのに」

 

 満を持して、ドレス女の登場である。

 

(もしかして……もしかして……)

 

 景朗の脳裏に、とある悪意ある姦計が、この状況に至った原因に心当たりが湧き出した。

 

(急に予約してたセラピーの場所が変わって。変更後のホテルの真横に操歯さんが居て。狙ったようなタイミングで来やがった。もしかしてこのドレスの女……わざとこのタイミングで出て来たのか?! だとしたらヤバい!)

 

 このドレスの女と景朗と操歯さんが同時に出くわしたのは、一昨日のことである。

 操歯さんが忘れるわけがない。

 

「あなたは、ああ、カレの……?」

 

 操歯さんも見覚えのある顔の再登場に混乱して、ホテルから出て来た彼女の待ち人が景朗であることに遅れながら気づいて、すこし悲しそうな顔になった。

 

(ああああああああああああ、悲しんで、くれてるってのにおうおわああああああああああああああああああああああああああああああああまずいまずいまずい)

 

「`FLIRTING THERAPY`のアヤカです」

 

「フリーティング・セラピー、ですか」

 

「……」

 

 景朗は浮気がバレた男のように、何も言葉を発することができなかった。

 

「まぁ、ありていにいうと"レンタル彼女"ね。あ、もちろん。私どもは女性のゲストもお待ちしておりますわ」

 

 ゴタイソウな演技力で、ドレス女は優雅に名刺を差し出した。操歯さんに。

 

「予約時間過ぎてるけど、キャンセルするの?」

 

(キャンセルできるわけないだろ!!! くっそおおおおおおおおおこの女ァァッァァァァァァァ!!)

 

 目的は"第二位・垣根帝督"とのコネクションである。会話の名目のセラピーを断れるわけがない。

 

 

「ほう……? ここに陣取ってから、ここ(ホテル)にエラく年齢差のあるアベック(死語)ばかりが入っていくのをみてきたが。君たちもそのクチかい?」

 

 操歯さんは、差し出された名刺を受取ろうと手を伸ばした。

 そんな彼女に、なぜか渡す気マンマンでさらに腕を伸ばしたドレス女の邪魔をするべく、景朗も横槍を入れて腕を伸ばしてドレス女の腕を掴んだ。

 

 ぐっぐっぐ。ぐいっ、ぐいっぐいっ。としばらく引っ張り合いをしていると、おもむろに立ち上がった繰歯さんは少し怒りを表すような動作で強引に名刺を掴んで思い切り引っ張った。

 名刺は最終的に繰歯さんの手中へ。

 

 引き抜いたカードを一瞬で解読すると、白黒お姉さんはかつてないジト目で景朗を睨む。

 

「お・に・い・さ・ん。よ・や・く。キャンセル、するの? しないの?」

 

 ドレス女はわかってて訊いて来てやがる。

 

「し、しな……しない、よ」

 

 景朗の発言でもはや操歯さんは最高潮に冷たい。景朗はちょっと怯えた。

 告白したときよりも彼女の心臓はバックバク鳴っている。これはアレだ。怒りだ。

 ごめんなさいゆるして怒らないでなんでもしますから……。

 

「なあ、もういちど言ってごらん? もっかい『真剣にお付き合いできないかとお願いしたい次第です』と自分の口でいってごらん。私の目を見ながら、ホラ?」

 

 ぐ、ぐーっと景朗の顔面へと操歯さんは顔を近づけて、まさしく能面を張り付けた冷たき怒りを解き放っている。

 

「シ、真剣ニオ付キ合イシタイとトオモッテマス……」

 

「この状況でダマされるわけないだろ?! 君の思考回路は下半身に直結してるのか?!」

 

 繰歯さんはぷんすかと擬音が聞こえてきそうな不機嫌っぷりで足元のインディアン・ポーカーを拾いもせず、最後にまた一度景朗を睨みつけ「もういいっ」という捨て台詞を残し、すたすたと歩き去っていく。

 

「ぷ、くふふ。あっはははは! も、『もういいっ』ですって! 完璧にフラれてしまったわねぇ! ウフフフフフ!」

 

 ドレス女は途中からとめどなくケラケラと笑いっぱなしだった。もう大爆笑である。

 

「はぁ。なあ、ハメただろ? これだけのために急にホテルの予約場所変えたんだろ? 楽しい? ヒマなの? 暇すぎてちにそうだったの? 何だと思ったじゃねーか!!!」

 

「あは、おもしろい! あはは、あはははは!」

 

(さようなら……繰歯さん……)

 

「だああもう、何がしたいんだよ、ここまで手をかけて?」

 

「え、ただのイタズラだけど? ダメだった?」

 

「……はぁ(うーむ。実は最後の方、繰歯さんに睨まれたときゾクゾクしてなんかご褒美感が……別に本気じゃなかったから、怒る気にはならないんだけども、さ……)」

 

 景朗なりにクールぶってため息を吐いたのだが、ドレス女には演技が通じなかった。

 

「あらあら、まんざらでもなさそうね? まったく、"カレ"とは大違い。本当にレベルファイブとは思えない童貞臭さね?」

 

「ちょ……おい、俺がDTかそうじゃないかは別として。なんスか? レベルファイブはDTが許されてないンですかい?」

 

「あらあら、ここまで見事に予想通りの反応がくるなんて。貴方まさかホントウに?」

 

「わかったどうでもいいこの話は。ほらさあ、行こう」

 

 少々強引に引っ張ると、ドレスの女は両足を宙に浮かばせガクッと驚いた。

 

「きゃあっ。怒らないでちょうだいな。はいはい、わかりました。これからは親しみを込めて"非童貞の超能力者"さまとお呼びしますぅ」

 

「やめろよオイ! 二つ名みたいに言うなよ! そんな悲しい称号いらねえよ!」

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。