せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 作:主(ぬし)
これはある男の夢の話なので、ちょっとした違いもあるのです。そういうことにしてくだせえ!ノリと勢い!それが一番大事!
※時系列では1−2の続きになります。
‡ケイネス先生サイド‡
「Tairamuneeeee!!」
「くっ!?き、貴様、いい加減にッ……!」
「Naititiiiiii!!」
「ぐあああ———ッ!!」
「———これは、いい展開だな」
セイバーにバーサーカーが襲いかかる様子を隠れ見ながら、ランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトはあからさまにほくそ笑んだ。
先ほど現れたアーチャーの恐るべき宝具群にはさすがに身が竦んだが、おそらくは宝具の全体が露見することを恐れたそのマスターによってアーチャーは撤退した。さて残った四体の睨み合いをどのように有利に進めるべきかとケイネスが思考を巡らせ始めるのとバーサーカーがセイバーに斬りかかったのはまったくの同時だった。
バーサーカーとは思えない洗練された斬撃に、最優のセイバーが押されている(何やら珍妙な雄叫びが聞こえた気がしたが、聞き間違いに違いない。狂戦士が「貧乳!」だなどと叫ぶはずがない)。ゲイ・ボウによって治癒不可能の傷を負ったセイバーは手負いの獲物と化した。そこへ理性を失った狂戦士が襲いかかっているとあらば、この機を利用するのが巧者の選択だ。
この戦争において強力な競争相手になると思われたセイバーを———アーチボルトに匹敵する血統、アインツベルンを簡単に脱落させることが出来うる状況に、ケイネスの口端が自然と持ち上がる。
だが、その目論見はよりにもよって己のサーヴァントによって覆される。
鼓膜を切り裂く衝突音を響かせ、ランサーがバーサーカーの刀剣を華麗な槍捌きでもって跳ね除けたのだ。
「悪ふざけはその程度にしてもらおうか、バーサーカー。そこのセイバーには、この俺との先約があってな。これ以上つまらん茶々を入れるつもりなら、俺とて黙ってはおらんぞ?」
「ランサー……」
好敵手と認めた相手には最大の敬意を払う。美しい青年騎士はまさに伝承通りの高潔さに満ち溢れていた。その騎士道精神を前にして、ケイネスは舌打ちをして「愚か者め」と奥歯を噛み締める。
ランサー……かつて主の妻を寝取り、裏切り、同胞を尽く殺した簒奪の騎士、ディルムッド・オディナのことを元から信用していなかったケイネスは、ランサーに全幅の信頼を置いているわけではなかった。いわんや、彼の掲げる騎士道や忠義にも懐疑心を抱いていた。
(使い魔風情が、騎士道などと身分不相応なものを掲げおって)
苛立ちを胸に左手の令呪を見る。初戦で切り札を使う羽目になってしまうのは些か不本意ではあるが、これからの戦争をより有利に進められるのならば安いものだ。一秒にも満たない時間でそう決断すると、声帯に指先をあてがい、次に眼前で空に魔法陣を描いて声の拡散と幻覚処置を行う。幾重もの隠蔽魔術を維持してなお自由に魔術が使えるのは、サーヴァントへの魔力供給を妻に担ってもらった結果である。
『何をしている、ランサー?セイバーを倒すなら、今こそが好機であろう』
「……っ! セイバーは、必ずやこのディルムッド・オディナが誇りに懸けて討ち果たします!何となれば、そこな狂犬めも先に仕留めてご覧に入れましょう。故にどうか、我が主よ!この私とセイバーとの決着だけは尋常に……!」
『ならぬ。ランサー、バーサーカーを援護してセイバーを殺せ。令呪をもって命ずる』
(誇りだと?それこそ、使い魔にはもっとも相応しくないものだ)
ふん、と冷たく鼻を鳴らすケイネスの左手から令呪の一角が透けるように消えてゆく。これで、ランサーは馬鹿げた騎士ごっこをやめてケイネスに忠実な使い魔となった。視力強化の魔術でランサーのご立派な美貌に注目すれば、いかにも無念そうな顔を浮かべながらも槍の英霊の名に恥じない槍技を行使してセイバーに襲いかかる。最初からそうしていれば令呪を使う必要もなかったのだ。つまらない意地を張るから結局、主人の手を煩わせることになる。ランサーの語る騎士道などとはしょせんその程度であり、極論すればただの自己満足、自慰行為でしかないのだ。
じりじりとセイバーとの距離を詰めるランサーの隣に、バーサーカーが並び立つ。狂戦士の攻撃対象がランサーに移ることを警戒していたが、やはりセイバー以外には見向きもしない。尋常の思考が当て嵌まらないのは、さすがバーサーカーと言ったところか。あれのマスターはきっと持て余しているに違いない。
狂犬と呼び捨てた者と剣の向きを揃えることになったランサーの表情がさらに険しくなるのを観察しながら、ケイネスは身の内で恍惚が膨れ上がるのを感じた。妻、ソラウがランサーに向ける恋慕の眼差しに薄々感づいていたケイネスは、ランサーが屈辱に歯噛みする様を見ることで気を紛らわせていた。
「……アイリスフィール、この場は私が食い止めます。その隙に、せめて貴女だけでも離脱して下さい。出来る限り遠くまで」
セイバーの言葉は淡々としていて、しかし自分たちが極めて切迫した状況にあると自覚している証だった。聴覚強化と集音の魔術でその台詞を耳にしたケイネスは勝利を確信する。
(殺せ!)
ケイネスの内心の叫びに反応したかのように、ランサーとバーサーカーが同時に地を蹴る。
ランサーの双槍が刺突の構えでセイバーに向かって突き出され、バーサーカーの剣の切っ先が
「え?」
次の瞬間、視界を潰す閃光。鼓膜を遮る爆音。総身を震わす激震。崩れ落ちる足場。落下してゆく浮遊感。身を圧し潰してくる冷たい鉄骨。肉が張り裂ける痛み。
(そうか、バーサーカーは最初から———)
そこで、ケイネスの意識は途絶えた。
‡ウェイバーサイド‡
「……なんだぁ?」
ライダーの呆けた声にその場にいた全員がハッとさせられる。つい今しがたまで絶体絶命の状況に陥っていたセイバーも、彼女を仕留めようとしていたランサーも、ぽかんと口を開いてただ一点を見つめている。それも無理はないと思う。
全員の視線が集まる先———バーサーカーが、突如身を180度反転させ、何を思ったか持っていた剣をセイバーとは真逆の見当外れな方向にぶん投げたからだ。
元はアーチャーの宝具だった剣は300ヤードほど離れた倉庫の一角に着弾し、直後、雷鳴に似た爆音と閃光を鳴り響かせた。直撃を受けた倉庫が音を立てて崩れ落ち、土煙を激しく舞わせる。バーサーカーの行動を理解できず、誰も口を開かない。そもそも
「ケイネス殿ッ!?」
ランサーの叫びだった。崩壊する倉庫を瞠目して見つめる焦燥の顔で、ようやく察する。バーサーカーが宝具を投げた先に、ランサーのマスターがいたことを。
「バーサーカー、貴様ッ!———なっ!?」
「な、何してんだアイツ!?」
思わずウェイバーも驚愕の声を上げる。主君を害した敵に憤怒の形相を向けたランサーの前で、バーサーカーが呆気なく構えを解いたのだ。片手に保持したままのアーチャーの短刀が降ろされる。今までのセイバーに対する雄叫びや苛烈な攻撃が嘘のように静まったその姿は、誰構わず喰らいつく狂犬というより、主人の命令に忠実な“闘犬”を連想させた。
「なるほどな。そういうことか」
頭の上から降ってきた一人で納得していやがるライダーの声に、説明と抗議の視線を発射する。精一杯の嫌味を込めた視線を難なく受け止めたライダーがさも愉快そうに破顔し、答える。
「わからんか、坊主。あ奴の狙いは最初からランサーのマスターだったのだ。ランサーがセイバーに釘付けにされ、マスターがもっとも無防備になった瞬間を突いたのだ」
「な、なに言ってんだよ!バーサーカーにそんな器用な真似が出来るはずないじゃないか!?」
バーサーカークラスの特徴は、その名の通り“狂っていること”だ。理性がないのだから、戦術もクソもない。偶然の可能性の方が高いんじゃないのか?
そんなウェイバーの反論に、ライダーは「その通り、バーサーカーには出来ん」と頷く。
「ならば、仕組んだのはあ奴のマスターということになる」
「マスター……」
ここに来てようやく、ウェイバーは事態を把握するに至った。バーサーカーがセイバーに突然襲いかかったように見えたのは、ランサー陣営を油断させるためにバーサーカーのマスターが張った罠だったのだ。攻撃を仕掛ける時ほど人間は無防備になる。ケイネスも同様であり、最強の武器であり防具でもあるサーヴァントをセイバーに向けた無防備な瞬間を狙い、バーサーカーに攻撃させたのだ。
(だけど、これはケイネスの魔術迷彩を完全に看破してないと出来ない作戦じゃないか!バーサーカーのマスターの魔術師としての腕はケイネスを超えるのか!?)
ケイネスの才覚はウェイバーもよく知っている。世界に名だたる時計塔の講師は伊達ではなく、間違いなく現代でトップクラスの魔術師だ。陰湿な性格は用心深さの裏返しでもあり、こと己の身を守るための魔術迷彩に手を抜くことなど有り得ない。念には念を入れた巧妙な隠蔽魔術を幾重にも身に纏っていたはずだ。ウェイバーが10年間かけても見破ることが出来ないだろう隠蔽魔術を、バーサーカーのマスターは瞬時に看破し、それすら利用した戦術を構築し、実行したのだ。
超えるべき大きな壁だと思っていたケイネスを難なく脱落させた未だ見ぬ強敵の出現に身を震わせるウェイバーに、ライダーは笑いかける。
「それに見てみろ、坊主。あの暴れ馬の手綱も見事に握っておる。あ奴のマスターは獣の躾に関しても上等のようだ」
その言葉にバーサーカーを凝視すれば、ランサーの槍の間合いにいるにも関わらず微動だにもしていない。まるで「待て」と命じられた軍用犬のようだ。バーサーカーは特に扱いが難しいクラスとして知られる。操るには相応の魔力と精神力が必要とされるが、今回のバーサーカーのマスターにはその両方が備わっているらしい。魔術師としての才、マスターとしての才。自分が十全に持っているとは言えないそれらを完璧に併せ持つ強敵が、どこかからこの戦場を見下ろしている。遥か高みから値踏みをされているような錯覚に、ウェイバーはゴクリと喉を鳴らす。
(……?)
鳴らして、決して凡愚ではないウェイバーは目の前の違和感に気付いた。
「お、おのれっ……!」
ランサーが、動かないのだ。殺意に満ちた眼差しと槍先をバーサーカーに向けてはいても、切っ先がバーサーカーに突き刺さることはない。それどころかケイネスを助けにも行かない。現世との楔の役割を担うマスターを失えば、サーヴァントは現界し続けることができない。サーヴァントにとってもマスターの存在は必要不可欠だ。だというのに、ランサーは何かの圧力に抗うかのようにその場でただ身体を震わせるだけだ。騎士道を重んじるこのランサーが、主を助けもせず、主の仇も討とうとしないのはどういうことなのか?
(そうか、令呪か!)
先ほどケイネスが令呪によって行った命令———『セイバーを殺せ』が、皮肉にもランサーの動きを制限しているのだ。今のランサーは、マスターから別の命令がなければセイバーのみを殺すという行動しか出来ない。だから、目の前のバーサーカーに斬りつけることもできない。
「でも、それならどうして、今の内にバーサーカーをセイバーにぶつけないんだ……?ランサーに令呪がかけられている今なら共闘でセイバーを倒せる。ケイネスが死んでいればランサーも自動的に消えることになるし、漁夫の利じゃないか」
「それはな、坊主。バーサーカーのマスターが戦場の華の愛で方を心得た粋な奴ということか、それとも———」
知らずに漏れたウェイバーの呟きに応えたライダーの目が、すっと細められる。
「セイバーを温存させる方がこれからの展開に都合が良いと踏んだか、だな」
「……!!」
最優のセイバーを残しておけば勝手にライバルを減らしてくれる。あの強大なアーチャーに手傷でも負わせてくれれば、バーサーカーの勝機も増える。アーチャーに対して有利に立ち回っていたバーサーカーなら、相手が弱っていれば勝てるかもしれない。だから、敢えてセイバーを脱落させなかった……。
先ほどまでの自分なら偶然だと一笑に付したかもしれないが、今はそんなことは出来ない。自分の才能を周囲より高く評価する傾向のあるウェイバーだが、今は見えない敵が張り巡らす老獪な知略を理解するので精一杯だった。
一つ確かだと言えることは———少なくとも一騎のサーヴァントが、ここで脱落するということだろう。
「ランサー!?」
「くっ……!」
セイバーがぎょっとした顔でランサーを瞠目し、ランサーも己の身体を見下ろして歯噛みする。おそらく、近距離にいるセイバーは気付いたのだろう。ランサーの血肉を形作る魔力が激減し始めていることを。現世との繋がりが切れた結果だ。やはり、ケイネスは先の攻撃で命を落としたのだ。ギリ、と奥歯を噛み締めてランサーが今一度バーサーカーを睨みつける。相変わらず、バーサーカーはじっと佇んだままだ。
バーサーカーに動く気配がないことを認めたランサーが、踵を返してセイバーと正面から相対する。
「セイバー、もはや俺に時間は残されていない。聖杯を献上できなかった、御守できなかった、仇を討てなかった。このままでは我が主にあまりに面目が立たない。せめて、主が望まれたお前の首級は取らせてもらう。狂犬にお膳立てされたことは気に食わないが、付き合ってもらうぞ」
セイバーもバーサーカーに苦い一瞥を送る。彼女もバーサーカー陣営に謀られたことに気付いたのだろう。不本意な死合いに納得しかねる表情をチラと垣間見せ、すぐにそれを消して好敵手の決死の申し出に剣を構えて応える。
「……いいだろう。私も些か不満は残るが、あなたとは決着をつけておきたい。行くぞ、ランサー!」
「感謝するぞ、セイバー。いざ、参るッ!!」
声高らかに言い放つと、セイバーとランサーが同時に地を蹴る。7ヤードの距離を一瞬で0にして、両者が必殺の一撃を放つ。大上段に振り上げられた不可視の剣と矢のように引き絞られた双槍が、すれ違いざまに火花を散らせながら互いの急所を狙う。
二騎の交差は一瞬で、ただ一度だけだった。
「———見事だ、セイバー」
果たして、膝をついたのはランサーだった。胴に真一文字に走る傷は見た目にも致命傷で、だというのにその顔には自嘲とも清々しさとも取れる笑みが浮かんでいる。
マスターを失ったことによって現世から切り離される寸前のランサーは、もはや令呪という補助動力で動いているようなものだ。そして、セイバーは補助のみで勝てる相手ではなかった。
背後のランサーに対し、セイバーは振り返らずに背中で応える。その凛とした後ろ姿に、ウェイバーの頭を“王の背中”という言葉が過ぎる。
「此度の貴方との手合わせは心躍るものだった。出来るならば、再び剣を交えたい。真の決着はその時につけよう。また会おう、サー・ディルムッド」
「———ああ、また会おう。騎士王」
サー・ディルムッドと呼ばれた男は、最期に静かに目を閉じるとやがて音もなく消え失せた。敗北したというのにどこか満足気な微笑を浮かべていた彼は、もしかしたら仕えたい主を見つけたのかもしれない。
そんな救われたような表情で去ったランサーとは対照的に、セイバーの表情は今も険しいままだ。なぜなら彼女のすぐ正面に、ランサーが倒れるように仕向けた者———バーサーカーがいるからだ。ギリ、とセイバーの剣を握る両手に力が漲る。それはランサーとの戦いで受けた傷が回復したことを意味する。今なら彼女は全力でバーサーカーと戦える。対するバーサーカーの得物はアーチャーの短刀のみ。
(さあ、どう出るんだ?バーサーカーのマスター!)
ウェイバーはバーサーカーを介して戦場を差配しているであろう敵のマスターの思考を読み取ろうと戦車から身を乗り出して刮目する。行動を注視し、パターンを分析し、対策をとれば、如何なる相手でも恐れることはない。セイバーとの戦いを見て何か掴めれば、バーサーカーの対処法も自ずと見えてくる。
しかし、相手はやはり一筋縄では行かなかった。
「貴様、逃げるかッ!」
「ほお。引き際も心得てるとは、なかなかどうして、敵であることが惜しい奴よ」
敵前逃亡に吠えるセイバーの眼前で、バーサーカーが黒い霧と化して掻き消えてゆく。まるでランサーの死に様を看取ったかのように厳かにこの場を去る姿に、ライダーが感嘆の声を上げる。一方、ウェイバーは尻尾も掴ませない敵の周到さに歯噛みしていた。
(せめて、バーサーカーの宝具のヒントだけでも掴みたかった)
セイバーもアーチャーも切り札の宝具を垣間見せ、ライダーに至っては真名を晒してくれやがった。一方、バーサーカーは飛来する武器を掴みとって戦えるほどの類稀なる戦闘技術を有するということ以外には何の手の内も見せていない。戦闘で消費した魔力も一番低いだろう。さらに、バーサーカーの手にはアーチャーから奪った宝具が握られたままだ。まさに一人勝ち状態だ。初戦で勝利したのはセイバー陣営だが、制していたのはバーサーカー陣営だと言っても過言ではない。
「……
消える直前、バーサーカーが掠れ切った声で呻く。今度は何を言うのかとセイバーが身構え、
「ahoge」
「き、貴様ッ!?これはアホ毛などではないぞ!こら逃げるな待て!」
顔を真っ赤にしたセイバーがぶんぶんと不可視の剣を振り回すが、時すでにお寿司。イカスミのような黒い霧は闇に溶け、バーサーカーの気配も完全に失せた後だった。それでもセイバーは頭上のアホ毛を左右に揺らしながらバーサーカーがいた空間をメッタ斬りにする。
「貧乳やらナイチチやら、私を馬鹿にしているのか!バーサーカーのくせに私を罵倒する時だけはハッキリ喋るとはどういうことだ!だいたい大きな胸の何が良いのだ!あんなものただの飾りだ!」
「セイバー、落ち着いて!大丈夫、どんな胸にも需要はあるから!」
「アイリスフィール、それはフォローになっていない!」
「ぶはははは!たしかに王のくせに貧相な乳をしているな!」
「き、貴様———!!」
セイバーを落ち着かせようとして逆に火に油を注ぐマスターと、それを指さしてゲラゲラヒーヒーと腹を抱えて笑い出すライダー。とても戦争中には見えない珍妙な光景を前に、ウェイバーは大きなため息をついて夜空を見上げ、呟く。
「聖杯戦争って、こんなノリでいいのかなぁ?」
多分よくない。
‡切嗣サイド‡
「……無事か、舞弥」
物陰にじっと身を伏せていた切嗣が押し殺した声でインカムの向こうにいる舞弥を呼ぶ。返答を待つ間、切嗣はつい先ほど起きた衝撃的な出来事を顧みる。
セイバーの劣勢を覆そうと、ランサーのマスター———ケイネスの狙撃を決意し、引き金に力を込めた瞬間、スコープの中のケイネスが爆発に飲み込まれて掻き消えたのだ。あれほどの爆発と倒壊だ。死んだに違いない。そしてその原因を探ると、なんとバーサーカーによるものだということがわかった。それを理解した瞬間、切嗣と舞弥は慌ててその場を離れ、物陰に身を隠して息を殺し、五感を総動員して周囲を警戒した。あれほど隠蔽魔術を駆使して身を隠していたケイネスですら捕捉されたのだから、当然、自分たちの位置も見抜いたのではないか、と。
「舞弥?返事を———」
『こちらは、問題ありません。ランサーは脱落、バーサーカーもすでに撤退したようです』
窮屈そうな声で、舞弥が返事をした。どこか狭所に隠れて戦場を監視しているらしい。お互い無事なところを見ると、自分たちは見つからなかったらしい。
(もしくは、見逃されたか)
後者の可能性を考えて知らずにゴクリと唾を嚥下した切嗣が、戦場の様子を確認するために再び狙撃位置まで戻り、銃のスコープを覗く。
そこには、なぜか大爆笑しながら戦車を駆って空へ逃げてゆくライダーたちと、彼らに向かって風の斬撃を飛ばしまくる怒り顔のセイバーが映っていた。
「……状況はさっぱりわからないが、僕たちは動いてもよさそうだ。舞弥、念のためにサブの合流地点で会おう。調べ直さないといけないことが出てきた」
『バーサーカーのマスター……間桐雁夜、ですね』
「ああ、そうだ。付け焼刃の魔術師だと甘く見ていたが、どうやら違うらしい」
一頻り今後の方針を伝えて通信を終えると、切嗣は手早く狙撃銃を分解してアルミケースに収納し、合流予定場所に向かう。
消去法で考えて、バーサーカーのマスターが間桐雁夜であろうことは予想がついていた。即席の魔術師ならば狂化スキルでステータスアップが出来るバーサーカーのクラスを選ぶであろうことも想定内だ。だから、切嗣は間桐雁夜のことを“当主を継がなかった落伍者が戦争のために呼び戻されたに過ぎない”と判断していた。今、それが大きな間違いであったことに気づき、己の浅薄さを悔いている。ランサー陣営を容易に脱落させる実力、バーサーカーを完全に操る手腕、あえてセイバーを温存させる戦略構築……並大抵の人間に出来ることではない。
(当主を継がなかったのではない。敢えて家から離れることで注意を逸らし、この戦争のためにじっと修練を重ねてきたんだ。間桐の虎の子、というわけか。言峰綺礼という危険な奴がすでにいるのに、とんでもないダークホースが現れたな)
間桐邸を襲撃する強行案もあったが、相手がこちらより上手の可能性が出てきた以上、白紙に戻す他ない。自分から死地に飛び込むような真似は切嗣がもっとも嫌う愚行だ。より確実に倒せる方法を考えなくては。
切嗣の中で間桐雁夜という巨大な影が膨れ上がる。それが虚像であることを、切嗣は永遠に知ることはない。
‡綺礼サイド‡
『———間桐雁夜、か』
「時臣師はバーサーカーのマスターと面識がおありなのですか?」
教会の一室。通信機から発せられた遠坂時臣の呟きに含む物を感じた綺礼は、それに敏感に反応した。“強敵”の情報は、少しでも多いほうがいい。
『いや。葵———妻の幼なじみだという話は聞いている。実際に目にしたことは数度だけで、会話もない。魔術を嫌って逃げ出した凡愚市井だと、その時は思ったものだったが』
「違った、ということですね」
『ああ、そのようだ。どこが“急造の魔術師”なのやら。間桐の老人も意地の悪いことをする』
バーサーカー陣営の脅威度は、二人の予想を遥かに超えていた。全サーヴァント中最強と確信していたギルガメッシュに一歩も引かず、宝具の発現まで追い込んだバーサーカー。そして、バーサーカーをまるで軍用犬のように御して見事に戦場を“演出”してみせたマスター。当初予想していたパワーバランスを大きく崩す敵の出現に、二人は戦略の見直しまで視野に入れ始めていた。
「アサシンを間桐邸に仕向けますか?マスターが外出したという報せはありません。バーサーカーが戻る前に殺すべきかと」
“兵は拙速を尊ぶ”ということを何より経験で理解している元代行者は障害の早急な排除を具申するが、通信機から返ってきた言葉は『いや、やめておこう』だった。
『間桐雁夜を侮るべきではない。あの老人の隠し玉だ。一筋縄では行かない相手だろう。撃退されてアサシンの存在が露見する危険もある』
「しかし……」
『心配せずとも、最強のサーヴァントが英雄王であらせられることに変わりはないさ。セイバーを敢えて残したお手並を拝見させて貰おうじゃないか』
「……はい」
“常に余裕をもって優雅たれ”———遠坂家に伝わる家訓らしい。死と隣り合わせの修羅場をくぐり抜けてきた綺礼とは無縁の規範だ。甚だ理解出来ないが、英雄王ギルガメッシュを有していれば余裕が生まれるのも仕方が無いのかもしれない。不安のため息を飲み下し、綺礼は時臣と今後の方針を確認しあう作業に集中した。
(後でマーボー食べに行こう)
あまり集中していなかった。
‡雁夜おじさんサイド‡
(ぐるる〜)
「も、戻った、のか。バーサーカー」
ランサーの消滅を見届けたバーサーカーが実体化を解くと同時に、雁夜の魔力負担は激減した。それに合わせ、雁夜の血肉を貪って魔力を生成していた蟲も活動を止める。しかし、そのダメージは尋常ではなく、雁夜は現在椅子に沈み込むようにもたれ掛かり、荒い息を吐いていた。指一本動かす力すら残されておらず、視線を動かすだけで精一杯だ。見れば、バーサーカーは霊体のまま雁夜の傍らに立っているようだった。雁夜へ負担をかけないように気遣っている。その配慮に苦笑する。
「大分、回復してきた。お前のカレーが効いたのかもな。だから、実体化してもいいぞ」
多少のやせ我慢はあるが、嘘でもない。事実、雁夜の体力回復速度は今までに比べて多少早くなっていた。カレーのおかげかは定かではないが、サーヴァントの実体化程度なら許容できるほどには回復した。それに、親しみの持てる
「ぐるる?」
「ああ、大丈夫だ。それより、お前———アーチャーの宝具を奪って来たのか」
バーサーカーの左手に握られた短刀は、アーチャーとの攻防の最中に彼が奪い取ったものだ。黒い葉脈の侵食は、その宝具の所有権がバーサーカーに乗っ取られていることを示している。それを目に入れた雁夜の口端が卑屈に釣り上がる。
(ははは、
憔悴しきっていた雁夜の顔に、鋭く暗い嘲笑が刻まれる。負の感情によって燃え上がった生命力が雁夜の口から乾いた笑い声となって吐き出される。
あれだけ圧倒的に見えた黄金のアーチャーを前に、バーサーカーは一歩も引かなかった。代々血を重ねて磨きあげた遠坂の魔術に、急造の雁夜が互角に張り合った。それどころか撤退までさせ、あっという間にランサー陣営も脱落させた。バーサーカーを信じていたが、まさか彼にこれほどの戦いの才があるとは思わなかった。遠坂時臣は激しく狼狽したに違いない。今まで見下していた相手に良いように戦いを引っ掻き回され、あまつさえ手柄をとられたのだ。
(俺のバーサーカーから尻尾を巻いて逃げやがった。ざまあみろだ。バーサーカーがいれば、お前のような高慢ちきな奴など怖くない。俺はもう負け犬でも落伍者でもない。そうだ、バーサーカーがいれば、俺を見下していた連中を脅かし、恐怖させてやれる!)
心からの愉悦にくつくつと喉が鳴るのを自覚する。その瞳はじわりと淀み、汚れた情念に染まろうとしていた。
「時臣、貴様の吠え面を見たかったぜ、ははは———うぁだッ!?」
突如、額にガツンと重く鋭い衝撃が走り、雁夜の嘲笑を強制的に止めた。痛みでチカチカと明滅する視界に、漆黒の篭手が見える。それはデコピンの形をしていた。
「グルル……」
「バーサーカー……?」
初めて聞く、狂戦士じみた血に飢えた獣の唸り声に、雁夜はゾッと息を呑む。雁夜を見下ろす双眸から感じる気迫が、いつもよりずっと鋭い。バーサーカーは———
(そうだ。俺は……俺は、何を考えていたんだ?桜を救うために協力してくれと言ったくせに、俺は自分の復讐のことしか考えていないのか!?そんなくだらないことのために、バーサーカーを利用したんじゃないだろう!!)
なぜバーサーカーが怒ったのかと想像し、答えに至った雁夜は激しく己を恥じた。後悔と悔しさに思わず涙が溢れる。これほどまで自分を浅ましいと感じたことはなかった。
「……すまない、バーサーカー。それと……ありがとう」
「ぐるるっ」
押しつぶさんばかりの剣幕を見せていたバーサーカーがヒラヒラと手を振る。「気にするな」ということだろう。その厚情に雁夜は再び涙を流す。バーサーカーがサーヴァントになってくれたことは素晴らしい僥倖だ。この戦争を勝ち抜く上で非常に心強いし、何より、道を外れそうになったら引き戻してくれる
「……そういえば、バーサーカー。お前、セイバーに襲いかかる時に貧乳とか言わなかっ———ぶべらっ!?」
再び額に衝撃。なぜ、と考える暇もなく、雁夜は強制的に休息の眠りについた。
‡バーサーカーサイド‡
サーヴァントとマスターの感覚って繋げられるんだっけか?俺が貧乳派などというデマが流れると困るし、雁夜おじさんにそう思ってもらうのも心外だ。俺は巨乳派なのだ。大は小を兼ねる。たゆんたゆんしてないオッパイはオッパイとは認めません!セイバーに襲いかかる時に罵倒して冷静さを失わせてやろうと考えた結果がアレだったわけだが、まあまあ上手くはいってたみたいだ。でも雁夜おじさんにそれを説明するのが面倒くさいので、とりあえずデコピンで眠ってもらおう。
「ぶべらっ!?」
うん、よく寝てる。俺にたくさん魔力を送ってくれたから死ぬほど疲れたんだ。だから、ついつい目的が時臣おじさんへの復讐へと流されてしまうんだよ。ゆっくり休ませてあげよう。
しかし、さっきの戦いは自分でも驚くぐらい偶然が重なっていい方向に進んでくれた。原作やアニメでケイネス先生が潜伏してる位置はだいたいわかってたから、ギルガメッシュが射出してきた宝具から広範囲に渡って爆発しそうなものをチョイスして奪ってやったのだ。それを「あの辺りだったかな?」って方向に投げてみたら見事にドッカーン!なわけですよ。マスターを失ったランサーも消滅してくれました。原作ではソラウが魔力補給担当だったんだけど、やっぱりマスターという繋ぎがいないとダメなんだね。こっちは手出しはせずにセイバーと一対一で戦って貰ったら、負けたけどなんか満足そうに消えて行きました。ランサーも原作みたいにならなくてよかったなあ。これも夢補正ってやつなのかもね。
それと、ライダーとウェイバーの会話をこっそり聞いていたけど、なんか雁夜おじさんの評価が鰻登りみたいだ。これも嬉しいことだ。サーヴァントとして鼻が高いよ。やったね雁夜ちゃん!評価が高いよ!
「ん……バーサーカー……」
桜ちゃんが寝言で俺を呼んでます。可愛いですね。頭を撫でてやるとくすぐったそうに微笑みます。大丈夫、君も雁夜おじさんも絶対に死なせないよ。目覚めの悪い夢にはさせないさ。
アーチャーの短刀を決意を込めて握りしめ、自らの戦場に向かう。さあ、ここからが俺の本当の戦いだ———!!
‡ケイネス先生サイド‡
「こ、ここは……?」
「ああ、よかった!目が覚めたのね!」
「ソラウ?」
ケイネスが目を覚ますと、そこは真っ白な部屋———病院の集中治療室のようだった。日本語が表示された機材は全てが最新のものらしく、磨き上げられて清潔だ。それらから伸びたコードはケイネスの身体のありとあらゆる場所に繋がっている。鉛のように重い身体で声の方に首を動かせば、妻のソラウが涙を浮かべて駆け寄ってきた。
「私は、バーサーカーのマスターにしてやられて、それから……どうなったんだ?ランサーは?聖杯戦争は?」
何一つ状況がわからないケイネスに、ソラウは心底残念そうな顔で応える。まさに夫を心配する妻そのものだ。このような親身な表情を向けるなど、今までなかったことだ。この異変もケイネスを混乱させた。
「負けたわ。セイバーと戦って。あなたはバーサーカーの攻撃を受けたけど、自動発動した
それきり、ソラウが潤んだ瞳で押し黙る。自分に言い辛いことがあるのか。背筋を寒気が走った。
「私は、何か取り返しがつかないダメージを負ってしまったのか?」
「……全身を大やけどしたの。しばらくリハビリをすれば動けるようにはなるし、魔術回路も無事だけど、もう元の姿には……」
「……そう、か」
自分の顔に愛着がなかった、と言えば嘘になる。決して美貌ではなかったが、才能と経験に裏打ちされた知性を感じさせる容貌ではあったと思う。自分の顔を失ってショックを覚えない人間はいない。
(だが、私はそんな凡庸な人間ではない。どんな顔になろうが、私がケイネス・エルメロイ・アーチボルトであることに変わりはない!)
己を叱咤して、ついくしゃりと歪みそうになった表情を引き締める。なぜかはわからないが、ソラウが自分に対して素直に好感情を向けてくれるようになった。想い人が自分を好くようになってくれたのだ。一番欲しかったものを手に入れたとも言える。顔を失っても、それを上回る収穫はあった。
(やはり、ソラウはランサーの呪われた黒子に操られていただけなのだ。ランサーがいなくなったから、正気に戻ったのだ)
チラ、と視線をソラウに流せば、ソラウはなぜだかうっとりと陶酔するようにケイネスの顔を眺めていた。ベッドの枕元に両肘を突き、ニマニマと満面の笑みを浮かべている。焼け爛れた顔の何がそんなに嬉しいのだろうか。一抹の疑念を感じつつ、妻に告げる。
「ソラウ、鏡をくれないか。自分の顔を見たい。どんな顔になったのか、知っておくべきだ」
「ええ、いいわよ♪」
弾むように返答をして鏡を持ってくるソラウに再び首を傾げつつ、鈍い動きで鏡を受け取って自分の顔を映す。
さあ、どんな醜い顔が出てくるのか———。
「…………」
「いい顔でしょ?最高のモデルがいたのだから当然よね。せっかく整形してもらうんだからちょっと奮発したの。医師免許はないけど凄い手術技術を持つ黒尽くめのブラックなんとかって医者に頼んで、ソックリに整形してもらったわ。どう、かっこいいでしょ?ディルムッド———じゃなくてケイネス?」
「…………」
どこからどう見ても、ランサーの顔だった。鏡に映る、輝く貌の異名を持つイケメンそっくりに改造された己の顔面とその横で嬉々とする妻に、ケイネスは真っ白になって向き合い続けた。
後に“時計塔のイケメン講師”と呼ばれる男の、始まりの瞬間である。
ケイネス先生「リロードタイムがこんなにも息吹を……」