せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ! 作:主(ぬし)
‡切嗣サイド‡
「同盟、断られてしまいましたねぇ」
コーヒーの染み付いた金髪をタオルでガシガシと拭きながら、セイバーがポツリと呟く。両手に紙袋をぶら下げながら間桐邸の庭園を後にする切嗣は、それに「ああ」となんのこだわりも無く応える。サーヴァントが手ぶらでマスターが荷物を持たされている構図はなんとも情けないが、「私が茶髪になったのは誰のせいなんですかね」とジト目で睨まれては逆らいようもなかった。ちなみに、これらは間桐邸を立ち去る際のお土産だ。帰り際に
「しかし、悔いはない。そうでしょう?」
その台詞にも、やはり切嗣は「ああ」と心から満足げに応えた。一瞬、首だけで背後の間桐邸を振り返る。先ほど、そこで交わされた同盟拒否の一幕を思い出し、切嗣はふっと爽やかな微笑みを浮かべた。
………
『お断りする』
分け入る隙もないほどキッパリと放たれた拒絶に、切嗣はたっぷり一秒間、思考を空白化させた。暗殺者失格のフリーズから気合で立ち直ると、口からポタポタと滴るコーヒーを服の袖で行儀悪く拭って居住まいを正す。隣で「あちゃちゃちゃあかいあーちゃー!」と悲鳴をあげて床でのた打ち回って悶絶するセイバーを尻目に、ワケがわからないといった顔を隠せない切嗣は間桐雁夜に尋ねる。
『何故だ?』
何故だと問うのも馬鹿らしいが、理由を聞きたかった。無論、間桐雁夜ほどの非凡の男ともなれば、今さら他勢力と同盟など結ばなくとも
『だ、誰か拭くものを!タオルを!目が、目がぁあ!』
『ぐるる!ぐるる!(;´Д`)』
『おお、バーサーカー。かたじけない、使わせていただく。まったく気が利く騎士だな。ランスロット卿に貴様の百分の一でも良識というものがあればよかったのだが』
『ぐ、ぐるる〜(;´∀`)』
しかし、世界に名高き
そもそも、だ。最初から同盟を結ぶつもりがなかったのなら、どうして己の本拠地に招いて、ここまで歓待したのか。教会の神父が約束した追加の令呪など、間桐雁夜ならば必要ないだろうことを考えれば、教会の誘いなど無視すればよかったはずだ。しかし、彼はわざわざ使い魔を寄越して、切嗣たちを先祖代々の居城である間桐邸に招き入れた。この言動は矛盾しているし、道理に合わない。
『我々との同盟になにかデメリットがあると?』
唖然としつつ問うた切嗣の肩を、コーヒーのせいですっかり髪がくすんだ茶色になってしまったセイバーがポカポカと叩く。
『切嗣、ひどいじゃありませんか!顔にお茶をぶっ掛けられたのはモードレッドに『お前のハーブティーは不味い』と言った時以来ですよ!』
『……ちなみにその時、モードレッドの表情はどんなだった?』
『泣きそうでした。不味いハーブティーを飲まされたこっちが泣きたいくらいでしたけどね』
オイ待て、ひょっとしてコイツがポンコツだから呆れられて同盟無しになったんじゃないのか?
『ははは。いや、違う。そうではない。これは私の独断なんだ』
表情にばっちり現れていたセイバーへの負の感情を読み取り、間桐雁夜は片方の手のひらを軽く上げて笑った。
『独断?』
『ああ。私のサーヴァントは君たちとの同盟に好意的だった。会合の直前も同盟を組むことを推奨してくれた。私もその方が良いと思った。今でもそう思う。それをしないのは、単純に、私のワガママなんだ』
目線を横にしてバーサーカーを見やる。切嗣の伺う視線に、メイド服の鎧男は「この人、こういうところがあるんですよ」と困ったように肩をすくめてみせた。やれやれ仕方ないな、と言わんばかりの雰囲気に、このバーサーカーにも間桐雁夜の同盟拒否は寝耳に水だったのかもしれないと切嗣は想像した。それと同時に、間桐雁夜とバーサーカーの間柄が、単なる主従関係ではなさそうだという直感も働いた。
『話をしてみて、君たちとなら良い同盟関係を構築できるに違いないとわかった。君たちは善良な人たちだ』
『それでは尚さら、どうして拒否する?』
切嗣の率直な切り返しに、間桐雁夜はまるで母親に感謝を伝える息子のように気恥ずかしげに口元を歪めた。少しだけ逡巡し、そして己のサーヴァントにチラリと目線を飛ばして躊躇いがちに言う。
『私のサーヴァントに、願いを諦めてほしくはないからだ』
これにはバーサーカー本人も驚いたらしく、「ぐるる!?」と驚愕にガシャッと鎧まで跳ね上がる。
『聖杯に叶えられる願いは、勝者のそれただ一つ。同盟を結べば、我々はどちらかの願いを諦めることになる。もちろん、私の願いを諦めるつもりはない。しかし、実はここ数日で娘の体調にも回復が見込まれてきた。それを考えれば、この戦争に勝利できずに聖杯の権能を得られずとも、心はともかく、娘の肉体の健康を取り戻すという私の最低限の願いは達成される。だが……その場合、
一呼吸置いて、間桐雁夜は両の拳をぐっと握りしめる。そこに朗らかな笑みはすでに無く、戦いを挑む益荒男の顔に取って代わられていた。一瞬で熱い気迫がグワッと部屋に満ちて、瞠目した切嗣は思わずゴクリとツバを嚥下した。
『彼にも願いがある。だからこうして聖杯を巡る戦いに参戦したのだ。そんな彼の願いを、私の勝手な都合で無下には出来ない。彼は友人だ。戦友なのだ。彼には恩がある。返しきれないほどの恩が。私は、今まで逃げてばかりの臆病者だった。何もかもから逃げてきた卑怯者だった。しかし、友人の恩を踏み倒す恩知らずにまで成り下がった覚えはない。彼の願いを諦めるにはいかない以上、私は誰とも組むわけにはいかないのだ。どうかわかってほしい』
金剛石の如き頑強な決意に漲る瞳が切嗣を真っ直ぐに見返す。この決意は覆せそうにない、と瞬時に理解できるほどの真に迫る気力の波動だった。間違いなく、間桐雁夜という人間の魂から滲み出た
とどのつまり───この男は、
「いい顔をしていますね、切嗣」
「そうか?」
「ええ。とてもいい顔です。立派な
嫌味でも何でも無い、騎士王からの過分な評価にくすぐったさを覚えて、切嗣は「言い過ぎだ」と指先で頬を掻いて照れを隠す。暗殺者である自分が、他ならぬ騎士の王様からナイトに並び称されたことを知ったら、暗殺者の師匠であるナタリアはなんと言って驚くだろうか。
差し出した握手の手を無下に断られたというのに、切嗣の心にはちっとも不快な感情は浮かばなかった。セイバーについても同じ思いだった。自分たちが鎬を削ってきた、これから削り合う相手が、こんなにも男気に溢れた勇敢な戦士なのだとわかった。それはおそらく、ただ敵を打倒することより何倍も価値のあることに違いない。
「だけど……いいもんだな」
自動開閉の正門をくぐり、切嗣は最後にもう一度だけ間桐邸を振り返った。
「良い
険のあった暗殺者の顔はそこにはなく、清白な月明かりに照らされた『正義の味方』の爽やかな笑顔があった。在りし日の少年の頃のような、心からの笑みだった。
「ええ、もちろん、良いものですよ」
そんなマスターを見上げ、セイバーもまたクスリと満足げに微笑んだ。彼女は彼女なりに、己のマスターのことを心配していたのだ。戦争開始当初とは比べ物にならない良好な相棒となれたことに、口では語らないが、お互いに喜び合っていることは明白だった。
(
切嗣はコートのポケットに無造作に手を突っ込み、タバコ大のスイッチをオフにして、安全装置をしっかりと掛けた。それに呼応して、冬木市のとある貸しガレージ内でアイドリング状態にあった無人の4トントラックのエンジンの火が落ちた。バッテリーからの電源供給を喪失したことで運転席のセンターコンソールのコントロールボックスから待機状態を示す緑のライトが消え、そこから配線で繋がった箱型荷室に満載された強力無比なセムテックス爆弾が眠りにつく。雪が降るほどの寒冷地である冬木市では、寒暖差に左右されずに機能を発揮するチェコ製のセムテックスが有効だと判断し、大阪港を経由して大量に密輸入したのだ。
無線誘導式のこのトラックは地上における言わば“誘導ミサイル”として切嗣の切り札となるべく用意したものだった。もしもの時はこれを間桐邸に突っ込ませることまで計画に入れていた切嗣だったが、今はもうそんなことをする気にはなれなかった。なにより、切嗣としても、使い方を誤れば恐ろしい被害を撒き散らすこの武装は奥の手中の奥の手として、できれば使いたくなかった。これを使うのは、
「ところで、切嗣。そのお土産の中身はなんです?」
「当ててみろ。スターゲイジーパイかもしれないぞ」
「冗談にしても悪趣味過ぎます!まったく、イギリス人の味覚なんてどうかしてるんですから。あんな狭い国に引きこもってるから舌が退化するんですよ」
「祖国だろ」
切嗣の当然のツッコミをやはり当然のように無視したセイバーが犬のように鼻をクンクンと働かせ、途端にパッと顔に喜色の花を咲かせる。
「アップルパイですよ!焼き立て、しかも4つも!」
「凄いな」
この台詞には二人の人物への称賛が含まれていた。一人は、警察犬のような鋭い嗅覚でアップルパイの数を当ててみせたセイバー。もうひとりは、この土産を用意するように指示したであろう間桐雁夜である。土産を4つ用意していたということは、すなわち、切嗣、セイバー、アイリスフィール、舞弥という日本にいるセイバー陣営の構成人数を完璧に把握しているという証拠だからだ。こちらがプロを雇って事前に間桐陣営を調査していたように、間桐雁夜もまたどういう手段を用いてか、アインツベルン陣営を調べていたらしい。しかし、舞弥の偵察使い魔が常に周囲を警戒していたはずだが、監視されている気配は微塵も感知していなかった。“さすが”という他になく、切嗣は驚きを飛び越えて、苦笑いしか浮かべることが出来なかった。
「さすがだな。僕たち人数分を用意してるなんて」
「ええ、さすがですね。私が2つとアイリスフィールと舞弥に1つずつ用意しているなんて」
「ん?」
「え?」
「は?」
「あ゛?」
鼻を突き合わせて威嚇し合う切嗣とセイバー。その遥か上空を、2機のF-15Jの翼端灯が赤い流星を描いて飛びすさっていく。
これは、第四次聖杯戦争が終わりを迎える前夜の出来事。
夢物語の
日月アスカ先生の漫画『最強無双の異世界機兵-アルカンシェル-』は最高だからみんな読んで(ステルスマーケティング)