せっかくバーサーカーに憑依したんだから雁夜おじさん助けちゃおうぜ!   作:主(ぬし)

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セイバー(アーチャーは友だち少なくて可哀想だな。私はたくさんいたのに。思い返せば彼らとの楽しい思い出がありありと蘇ってくるぞ)

〜回想〜
トリスタン「えー、これで本日の円卓会議は終了します。お疲れ様でした。皆さんお気をつけてお帰りください。くれぐれも飲酒乗馬などしないように」
ガウェイン「ういー。おつかれー」
アーサー王「ところで、円卓の騎士たちよ。ちょっと確かめておきたいんだが、我らは友だちだよな?」
騎士たち「えっ」
アーサー王「えっ」
〜回想終わり〜

セイバー(……あれ?)


2−10 ハサン「アルタイルはワシが育てた」

‡ウェイバーサイド‡

 

 

ウェイバーはこの瞬間、己のサーヴァントが間違いなく最強の英霊であると確信していた。

地平線まで拡がる灼熱の砂漠を埋め尽くす、何千何万———いや何十万にまで達する屈強な騎兵の軍団。死してなお、英霊の座に召し上げられてなお、征服王イスカンダルを唯一の王と敬して付き従う英傑豪傑の大軍。

その場にいる唯一の正式なマスターであるウェイバーのみが、彼らが何者であるのかを理解することが出来た。

 

「こいつら……一騎一騎がサーヴァントだ……!」

 

無意識の内に呟いた驚くべき事実に、セイバーとそのマスターが息を呑む。

これこそ、征服王イスカンダルが有する最強の切り札。現実を侵食し、心象風景を具現化させる固有結界。その極限の大魔術すら可能にする巨万の英霊軍団(・・・・)

 

「見よ、我が無双の軍勢を!

肉体は滅び、その魂は英霊として『世界』に召し上げられて、それでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。時空を超えて我が召喚に応じる永遠の朋友たち。

彼らとの絆こそ我が至宝!我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具———『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!!」

 

規格外という言葉すら意味を成さぬ、ランクEXを誇る対()宝具。サーヴァントによる、独立サーヴァントの超連続召喚。それが『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の正体だ。

召喚に応じた英霊たちが正規のサーヴァントではないと侮る無かれ。そこには、かつてアレキサンダー大王より王らしいと称された大英雄ヘファイスティオンがいた。幾度と無くアレキサンダー大王の危機を助けた騎兵隊長クレイトスがいた。アレキサンダー大王の大遠征を支え続けた千人隊長ペルディッカスがいた。後に新たな王朝を築いたプトレマイオスが、セレウコスが、アンティゴノスがいた。彼ら一人ひとりに脈々と語り継がれる伝説があり、後世の民に神とさえ崇められる大英霊たちなのだ。

そして彼ら全員が、その威名の大元に等しく同じ出自を誇っている。———“かつて偉大なるイスカンダルと轡を並べし勇者”、と。

唯一乗り手のいない空馬がライダーの元へと進み出る。彼はその駿馬の首を「久しいな、相棒」と子どものような笑顔で強く抱き締める。その勇壮な威風を放つ巨馬こそ、伝説の名馬ブケファロスに他ならない。イスカンダルの絆は、愛馬すら英霊として呼び寄せるのだ。

大軍団の勇姿を前に、ウェイバーの視界の隅でセイバーが総身を震えさせた。ライダーの宝具の威力を畏怖してのものではないだろう。武者震いに笑う横顔は、かつてブリテンの平野を駆け抜けた己の忠勇なる騎士軍団を———彼らを率いて『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』とぶつかり合う戦場をそこに幻視したからに違いない。

ウェイバーにすら劣る体躯でありながら、ライダーと互角に論争を繰り広げ、人格ごとに分裂するアサシンの異常能力を目にし、そしてこの常軌を逸した超宝具を前にしても、怖気づくどころか獰猛な笑みさえ浮かべてみせるセイバーの底知れぬ胆力には舌を巻くしかない。

 

(これが、アーサー王なのか……!)

 

イギリスに生まれた人間なら知らぬ者はいない伝説の勇者。聖剣を手にして正義の名の下にブリテンを統一した無敗の王、それがアーサー・ペンドラゴンだ。

ウェイバーも幼い頃はその伝説を絵本やテレビ媒体で見聞きしていた。聖杯戦争に参加して、アーサー王が実は女であったと知って正直拍子抜けしていたが、それは敵を過少評価する下の下の愚行であった。

今なら何の躊躇いもなく肯定できる。彼女こそアーサー王、彼女こそ無双の騎士たちを束ねた騎士王に他ならぬ、と。

 

「セイバーよ、先ほど貴様は『王ならば孤高であるしかない』と言ったな?」

「如何にも。そして貴様は『自分は違う。今からそれを見せつけてやる』と言った」

「それで、どうだ?我がマケドニアが誇る豪傑たちの勇姿は?」

 

ニヤと口端を上げたライダーの言葉に、セイバーが仁王立ちをして『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』を真正面からぐるりと見渡す。その厳しい目つきはまるで隊列の正確さを検分する軍師のようだった。数十万の軍勢を前にして怖じるどころか、逆に威圧しているようですらある。ちなみにアーチャーは体育座りをして蹲っている。

 

「うむ、良い兵たちだ。貴様が自らの王道を万道だと言っただけのことはある。貴様は誠に孤高とは程遠い王だったのだな」

「応とも!!」

 

セイバーの頷きに、一跳びでブケファロスの背に跨ったライダーが大声を張り上げる。王の騎乗を確かめた騎兵が一斉にそれぞれの愛馬に跨り、歩兵が盾槍を前身に構える。数十万の兵全てが一糸乱れぬ動きをするその整然さこそ、数々の強国を打ち破り続けたマケドニア軍の強さの源だ。

 

「セイバー、孤高の王もそれはそれで是だ。貴様の時代では王は気高く、孤高であるべきだったのだろう。だが、それではちと寂しいものがある。……まあ、そこの金ピカはかなり寂しかっただろうが」

「うるさい我に触れるな」

「むはは、そう言うな!ここは一つ、貴様らに我が治世では王とはどうあるべきだったのかを直接見せてやるとしよう!!」

 

まるで玩具を自慢する子どものようににんまりと破顔させ、ライダーが大きく腕を振り広げる。いや、事実自慢したいのだろう。『騎士王には彼の者を支える忠勇なる騎士たちが大勢いる』と聞かされれば黙っていられないのがこの男だ。

居並ぶ己の大軍団を背に咆哮するその顔は誇らしさに満ち満ちている。

 

「我が治世にあって、王とは———誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!

すべての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが、王!

故に、王は孤高にあらず。その偉志は、すべての臣民の志の総算たるが故に!!」

「「「「「「然り!然り!然り!」」」」」」

 

英霊たちの斉唱が大地を揺るがし、大音声の波が圧力を持って鼓膜を叩く。騎兵が、歩兵が、一斉に盾を太鼓のように打ち鳴らして歓呼する。蒼天の彼方まで突き抜けていく金属の大合唱が、ドクン、ドクン、ドクンと地の果てまで響き渡る。それはまさに、この砂漠の熱砂を形作る巨獣の鼓動であった。

ブケファロスが一歩前に出る。それに応じて隊列が攻撃的な鋭角に変化していく。流れるような陣形の変化はまるで筋肉のうねりのようだ。否、偉大なる征服王イスカンダルと心を一つにした英霊軍団は、すでに猛り狂う巨大な獣と化している。

ドクン!ドクン!!ドクン!!!と鼓動が加速度的に大きく、速くなる。巨獣は、久方ぶりの獲物(・・)を前にして興奮の絶頂にある。

 

「さて、では始めるかアサシンよ」

「「「「「————!!」」」」」

 

王の言葉を阻み、王の酒を拒んだ狼藉者に対して、征服王が行う処罰はただ一つだ。キュプリオトの剣先が空を切り裂き、アサシンの群れにピタリと突き付けられる。髑髏の仮面の下で、アサシンたちが目を剥く。

 

「見ての通り、我らが具現化した戦場は平野。生憎だが、数で勝るこちらに地の利はあるぞ?」

 

ハサンの中の百の貌は、このとき聖杯を忘れた。勝利を、令呪の使命すら忘れ、サーヴァントたる己を見失った。自分たちに訪れる結末のあまりの圧倒的さに理性のタガが外れた。

無駄を承知でわれがちに逃走する者。自棄にかられて金切り声を上げながら吶喊するもの、為す術もなく棒立ちになる者———算を乱した髑髏の仮面は、もはや烏合の衆でしかない。

王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』と相対するにはあまりに見苦しい敵を前に一度鼻を鳴らし、ライダーは号令をかけんと剣を頭上に掲げる。

 

「行くぞ我が朋友らよ、蹂躙———

 

「待たれよ、征服王」

 

その小さな声は、巨獣の咆哮をすり抜けてライダーに届くだけの威厳を持っていた。

言葉を止めたライダーが目を凝らしたその先、アサシンたちの群れの中に、その声の主はいた。

浅黒い肌、極限まで鍛えあげられ軽量化された肉体、簡素な腰みのは一見するとアサシンの特徴そのものだ。だが、よくよく見てみれば、彼は見るも無残な姿をしていた。片腕は握りつぶされ、全身に裂傷を刻まれ、髑髏の仮面は失われて顔面は醜く腫れ上がっていた。

満身創痍のアサシンがゆっくりと踏み出す。意思の力でしか動いていないであろうそのボロボロの肉体は、意志の力で動いているが故にしかと地を踏み締める。

 

「騒ぐな、貴様ら。山の翁(シャイフル・ジャバル)の名が泣くぞ」

 

手負いとは思えない威厳に満ちた声音に、恐慌状態になりかけていたアサシンたちがハッと我を取り戻して彼に視線を集中させる。

ウェイバーは周囲に遅れてようやく気付いた。あの手負いのアサシンこそ、今回の多重人格アサシンを統べる本体であることに。

先ほどまでの恐慌を忘れさせるほど静まった彼らが速やかに本体の周囲に参集する。彼はもっとも近くにいた女アサシンの肩に手を置き、気力に満ちた声で告げる。

 

「あとはこのハサンに任せろ」

「「「「「————御意」」」」」

 

力強い言葉に全てのアサシンが地に片膝をついて傅いたかと思うと音も立てずに空気に溶けてゆく。それと反比例して手負いのアサシン———ハサンの内に渦巻く魔力が充実していくのをウェイバーはマスターの透視力で察知した。腰ミノ一つだったハサンの全身が蜃気楼のように揺らぎ、その身体を戦装束が覆っていく。

幻影が晴れれば、そこにはイスラム圏特有の革の鎧を纏った若武者が雄々しく佇んでいた。魔力の漲りによって負傷は癒え、仮面に隠されていた精悍な美人顔が蘇っている。

騎士の装いに変化したハサンの顔を見て、ウェイバーは我知らず息を呑んだ。彼は今、アサシンとしての気配遮断スキルも、“百の貌のハサン”としての分裂能力も捨て去り、ただ一人の戦士(・・)として征服王と勝負するつもりだ。

無謀だ無茶だと彼の正気を疑うのは無意味だ。数十万の軍勢を前にして、まるで勝てるつもりでいる(・・・・・・・・・)かのように不敵な笑みを浮かべてみせるこのハサンに正気があるなど、いったい誰が言えるというのか。

 

「先の無礼を許せ、征服王。知っての通り、我らは暗殺者の身であるが故に宴の作法など身に着けておらん。特に貴様の杯に粗相を働いたアシュラフは我が人格の中でも頭の残念な奴でな」

「是非もない。しかし、だからと言って王の酒を拒んだ狼藉者であることに変わりはない」

「如何にもその通りだ。落とし前はつけねばならん。だが———」

 

情けなど微塵も感じさせないライダーに鷹揚に頷いたハサンが、ゆっくりと腰の剣を抜く。それは暗殺者として用いていた黒塗りの短剣ではなく、刀身が大きく反った片刃剣(シャムシール)だった。柄に美しい彫刻の施されたその剣は到底暗殺者が振るうようなものには見えない逸品だ。

しゅらりと流れるような動作で下段に構えられたシャムシールの刀身に、ハサンの鋭い笑みが映り込む。

 

「ただでは殺されてやらんぞ、征服王。この()を殺すのは、地の果て(オケアノス)を見るより難儀だと思え」

 

股を大きく開いて腰を落とす堂に入った見事な構えは、暗殺者(アサシン)というより、騎士(セイバー)のクラスに相応しく見えた。それを見たライダーが「むう」と低く喉を鳴らし、セイバーが「ほお」と感嘆の溜め息を漏らす。武芸に疎いウェイバーでさえハサンの間合いが“必殺の領域”と化したことを見て取れたのだから、武人である二人にはそれ以上の何かが見えているに違いない。

なぜ、アサシンが分裂という特殊能力を投げうって自身のクラスにそぐわない尋常な戦い方に打って出たのか。なぜ、影に潜む刺客の姿を捨ててこうも気高く堂々と振る舞うようになったのか。彼にそうさせるきっかけを与えた存在に、ウェイバーは心当たりがあった。

 

「バーサーカー……」

 

狂戦士となっても騎士道精神を失わない高潔な騎士。セイバーが彼の存在によってライダーと口舌で渡り合えたように、ハサンもまた彼の姿を通して何かを得たのだろう。負っていたひどい手傷はその代償だ。

 

「なるほど、またもやあの男の仕業というわけか。心憎い謀らいをしてくれる」

 

ウェイバーの呟きに答えるようにライダーが愉快そうに独りごちる。ハサンは答えない。しかし、その目はライダーの呟きが正しいことを雄弁に物語っている。

例え必殺の領域に侵入した敵一体を一刀の元に切り伏せたとしても、ハサンが敵しているのは数十万の大軍団だ。到底勝ち目などない。しかし、敗北が目に見えた絶望的な状況に身を置いているにも関わらず、ハサンの双眸は清々しく澄んでいた。揺るぎなく正面を見据える視線は、見失っていた道を見つけた希望に満ちて王の軍勢を貫いている。

 

「良い目をしておる。間者にしておくには惜しい傑物だ。何より、その珍しい鎧も風情があってなかなか格好が良いではないか。ううむ、我が軍門に降らせたくなってきたぞ!」

「ちょ、おまッ!?」

 

征服した国の文化や衣装を好んで実践したアレキサンダーらしい物言いに、ウェイバーが堪らず吹き出す。ほんの一瞬前に切り札の最強宝具で蹂躙しようとしていた狼藉者でさえ、朋友とする価値があると踏めば構わず手を差し伸べる。器が大きいと言えば聞こえはいいが、悪く言えば節操がない。セイバーとそのマスターは呆れ顔を浮かべ、ライダーの背後に控える兵士たちは互いに苦笑を交わしている。きっと彼らの中にも同じような勧誘をされた者が大勢いるに違いない。

キョトンと目を丸くしていたハサンが我を取り戻してカラカラと大笑する。

 

「これはこれは……全世界に名を轟かす征服王からのお声かけとは、身に余る光栄だ」

「そうだろうそうだろう。これ以上ない天与の機だぞ。して、返答は?」

「そうだな。それはまた次の機会(・・・・)ということでどうだ?」

「ふはは、であろうな!」

 

張り詰めた殺気をそのままにおどけた愛想笑いを返すハサンに、ライダーは何の含みもない哄笑を送った。差し伸べた手を跳ね除けられたというのに、童子のような笑い顔が薄れることはない。彼にとっては、朋友を得ることと好敵手を得ることは同じ価値を持っているのだ。

これから殺し、殺される間柄にも関わらず交わされる後腐れのない爽やかなやり取りに、ウェイバーの胸にも熱いものがこみ上げる。これが武人の魂というものか、と。

 

「では———手加減はせんぞ、ハサンよ!」

「それはこちらの台詞だ、征服王!」

 

ライダーが踵でブケファロスの腹を蹴れば、猛る巨馬が雷鳴のような嘶きを轟かせて大地を蹴る。キュプリオトの剣を振り上げたライダーが雷鳴に負けじと高らかに咆哮する。いざ我に続け、と。

 

「AAAAlalalalalalaie!!」

「「「「「「「AAAAlalalalalalaie!!!!!」」」」」」」

 

応じて轟くのは、耳を聾する鬨の声。狼が遠吠えに和するように、王の咆哮に呼応して数十万の豪傑たちが腹腔の奥底から哮り声を張り上げる。

天を砕かんばかりの勢いで突進してくる王の軍勢を前に、ハサンは地に足を食い込ませて動かない。その姿はあたかも獲物が間合いに入ってくるのをじっと待ち構える砂漠の土蜘蛛のようだ。

土蜘蛛が狙う獲物は、常に軍団の最先端を駆けるライダーに他ならない。ブケファロスが最速の駿馬であるが故に、征服王自身がマケドニア随一の勇猛を誇るが故に———ライダーより前に兵はおらず、その周囲に護衛はいない。それが、ハサンにとって唯一の勝機だ。

ブケファロスの蹄がついにハサンの必殺の領域に踏み込んだ。踏み砕かれた大地が石礫を八方に跳ね上げ、一際激しく鼓膜を叩く。無音となった視界にキュプリオトの極厚の刀身が翻り、ハサンの首に猛然と迫る。それはライダーが無防備になった瞬間でもあった。

二度とない勝機を確信したハサンの瞳がカッと見開かれる。

 

御首(みしるし)、頂戴するぞ!イスカンダルッ!!」

 

刹那、ギリギリまで蓄積され練り上げられていた魔力が体内で爆発し、シャムシールが一瞬で大上段に振り上げられる。

 

「勝ったな」

「ッ!?」

 

人の身には見えぬ何かを人外の感覚で視認したセイバーの小さな呟きがウェイバーの鼓膜に滑り込んだ。それがどちらの勝利を確信しての呟きかウェイバーには判断がつかなかったが———どちらかが死ぬに違いないことだけは理解できた。

直感で己のサーヴァントの危機を悟ったウェイバーが身を乗り出す。

 

「ライダーッ!!」

 

逼迫した叫びは、同時に響き渡った鋼が砕け散る破砕音に呆気無く掻き消された。

ブケファロスが力強く地を蹴り、刹那にも満たない斬り合いを交わした両者の距離が開いてゆく。グラリと傾いた彼の胸には骨ごと断ち切る深い剣傷が刻まれていた。一瞬後、切り裂かれた傷口から大量の血しぶきが噴き出して真紅の霧雨を降らせ、異国の鎧を染める。

 

「———え……?」

 

膝をついたのは———ハサンだった。

枯れ枝のように中央から折れたシャムシールを杖にして、かろうじて地に這いつくばる汚辱を防いでいる。砂地にボタボタと鮮血が滴り落ちては吸い込まれてゆく。

倒れるのは必殺の領域に踏み込んでしまった己のサーヴァントの方だと思い込んでいたウェイバーは唖然としてセイバーを見やる。彼女は何ら表情に変化を見せていない。暗殺者の仮面を脱ぎ捨て、戦士として剣を振るったハサンの雄姿を一瞬足りとも見逃すまいと厳かに見つめている。

セイバーは持ち前の直感スキルで、ハサンが絶対に(・・・)ライダーに勝てないことを察知していた。たしかに、ハサンの構えは達人の冴えを見せていた。彼が自らの間合いに生み出した必殺の領域はセイバーであっても安易と踏み込めないほどに脅威であった。しかし、ライダーの有するクラス適性効果がそれを覆したのだ。

暗殺に特化したクラスで召喚されたハサンに対して、ライダーは騎乗に特化したクラスとして召喚されている。愛馬ブケファロスに騎乗(・・)した騎馬兵(ライダー)はクラス適性一致による助勢を受けてステータスの引き上げがされていたのだ。万全の状態のライダーと、自らのクラス適性の一切をかなぐり捨てたアサシンとでは、結果は火を見るよりも明らかだ。

胸から口から血を吹き出し、決まりきっていた敗北を全力で受け止めたハサンが満足気に笑う(・・)。その澄んだ瞳に映るのは宿敵と定めた騎士の背中だ。

 

「はは、は。参ったな。短剣ばかりにかまけていたツケが回ったか。アイツ(・・・)とやり合うまでに勘を取り戻さないと———」

 

そこから先を紡ぐことはできなかった。次の瞬間、王の軍勢という巨波に飲まれたハサンの姿はあっという間に粉塵に掻き消え、軍勢が駆け抜けた後にはかつてアサシンというサーヴァントが存在した形跡は微塵も残ってはいなかった。

否———ハサン(・・・)がいたという事跡はたしかに残っている。ウェイバーのこの胸に、熱い煌めきを刻みつけて。

 

(僕も……僕も、あんな男たちになりたい)

 

心中で憧憬の言葉を口にする。途端、ウェイバーは己の胸の内で何かに火が着いたような感覚を覚えた。

これと決めた目標に向かって脇目も振らずに走るのが、男という愚かで輝かしい生き物の性だ。今はまだ篝火のように仄かな火種は、やがて少年が男になるにつれて轟々と火を噴く猛火となるだろう。

 

「「「「「「———ウォオオオオオオオオオオオオッ!!」」」」」」

 

勝ち鬨の声が湧き起こる。王に捧げた勝利を誇り、王の異名を讃えながら、ひとたび役目を終えた英霊たちは、再び霊体へと還って時の彼方へと消えていく。彼らの魔力の総和によって維持されていた固有結界が解除され、景色は元の夜のアインツベルン城の中庭へと立ち戻った。それぞれの立ち位置も固有結界の発動以前に戻っている。

 

「———“彼ら一人ひとりが導き手”、か」

 

感慨深げに低く呟いたライダーがセイバーをまっすぐに見つめる。無骨な手のひらを胸板に押し当てた仕草は、胸の内で燃え上がる炎を確かめるかのようだ。

 

「アサシンすらあのように導くとは……誠に恐れいったぞ、セイバー。騎士とはこれほどのものであったか。あれほどの導き手に満ちている国なら、王が導く必要など微塵もなく、王が孤高であったとしても何の問題もなかったろう」

「なんだ、羨ましくなったのか?言っておくが騎士は分けてやらんぞ」

 

ライダーの端然とした語りに軽口を叩いて返したセイバーは、誇りに満ち溢れている。彼女も、アサシンを導いたのがあの漆黒の騎士であることにすでに思い至っているのだろう。

 

「ふん、褒めてやったら調子に乗りおって。今のうちに言っておれ。どの道、全て征服して奪ってやるのだからな。———うん?アーチャー、どこへ行く?」

 

ライダーがふと見れば、アーチャーがトボトボと帰宅の途につこうとしていた。黄金に輝いていた鎧も金髪もなぜだかしゅんと萎れて光度を下げている。

 

「疲れた。帰る」

徒歩(かち)ではつらかろう。送ってくぞ」

「そうだそうだ。ライダーに送ってもらえ」

「いい。ヴィマーナあるからいい。お前のなんかよりもっといい乗り物だし。速いし」

 

ボソボソと不明瞭な小声だったが、それでも自慢をやめないところはさすが英雄王といったところか。黄金と翠緑色の飛行物体を王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)から引っ張り出し、よいしょと力なく乗り込むとさっさと夜暗に飛んでいってしまった。

明らかに意気消沈した様子だったアーチャーの姿を見届けて、セイバーがきょとんと不思議そうに小首を傾げる。

 

「アイリスフィール、なぜアーチャーはあんなに元気がなくなったのでしょう?私が何かしてしまったのでしょうか?」

「あなたのせいよ」

「お前のせいだよ」

「貴様が悪いぞ」

「………???」

 

それでも首を傾げて眉をひそめるセイバーに、三人は肺が縮むような溜め息を吐き出した。きっとアーサー王に仕えた騎士たちも同じ心労に胃を痛めていたに違いない。

 

「……友だちへの誘い方が悪かったのでしょうか?」

「ちょっと黙ってなさい、貧乳王」

「ひどい!」




アーサー王「マーリン!マーリンはどこか!」
マーリン「なんですか血相変えて」
アーサー王「私たちは友だちだよな!?」
マーリン「えっ」
アーサー王「えっ」


この話を投稿した頃に、arcadiaさんの『ブリジットという名の少女』というガンスリンガーガールの二次小説にハマったのです。お勧めです。とてもおもしろくて、鬱でシリアスなお話です。ほら、僕もああいう欝でシリアスな物語しか書けないから、やっぱり共感しちゃうんでしょうね。うん。

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